2019年6月13日 23:21 CAT :
       

空の色は何色かが分からないで生きていく無為な人生にドロップキック

最近、またとある場所で、1回2時間くらいの講義をする講師のお仕事をしている。

正直、このお仕事については、準備や実際の講義の疲労などを考えると、物凄く割の悪いお仕事ではあるんだけれども、自分の中にあるものをかみ砕いて人に伝えるために説明する事で、自分の中でも情報をしっかり整理できる。

と言うか、ぶっちゃけると、オレが一番賢くなってる気がするので、割は悪いけど、出来るだけ週に1回は講義が出来るように調整しております。

まぁ、自分の経験など含めて、いつまで、人に伝える価値のあるものをアウトプットしていけるのかは分からないけれども・・・

さてさて。

子ども達が、いよいよと言うかなんというか、親の手を離れて、幼稚園なり、小学校なりにいくようになった。

娘も息子もさっそく、そこで色々洗礼的なものを受け続けているみたい。

オレ自身もそうだったんだよな。

ハッキリ虐められてた。と言えるかと言うと、そんな事はなかったと思うけれども、取り合えず、友達とかは出来なかったよな。

特に小学校の頃とかは。

個人的には、別に一人でも平気だったんだけど(むしろ、妄想の中でニヤニヤ出来るので、一人で居たかった節もある)、親の手前で「友達がいない」と言う状態は避けたかった。

なので、オレの場合、辛かったのは、学校に通う事よりも、親子で行く遠足とか、子ども会の行事とかそういうヤツだったと思うんだよ。

今でも大して変わらないんだけど、集団に属するために、自分を抑え込んで我慢すると言う事がとにかくできない。

ついでに、自分の世界に土足で踏み込んでくるような奴が大嫌いだった。

あまりにも無神経な奴には、椅子を投げつけたり、彫刻刀で刺そうとしたりしてた。脅しと言うか、ぶっちゃけ殺してやろうと思ってた。

そのせいもあってか「やばい奴」の烙印を押されて、より友達は出来なかったよね。

今の時代には、そういう子どもは「発達障害」と言うありがたい名前を頂いて、世間的に許してくれるらしいんだけど、オレの頃はそんなものはなかったよな。

そこまではいかないけれども、嫁も、友達はまぁ、いなかったらしい。

そんな2人の子どもなんだから、そうそう友達と溶け込んで、普通に生活する事なんてできないのかもしれない。

オレが子どもの頃に味わってたような事を経験するんだろうか。

そう思うと、自分の時以上に心が痛む。

でも。

でもだ。

オレは、そんな状態でも不登校にもならずに、大学まで出た結果、片手くらいだけど、大切な友達もできたし、人生を振り返ってみれば、悪くなかったと思えるようになった。

何より、家族が出来た。

もし今、小学生の頃に戻ったとしても、将来、家族に出会うための過程だと思えば、多分辛くはないと思う。

人生は山あり谷あり。

ずっと山のやつも、ずっと谷のやつもいない。

そして、どんな奴でも苦労してない奴なんていないと思う。

子ども達は、これから結構長い時間をかけて、色んな事を頑張っていくんだろう。

その中で、何度も躓いて、どうしようもなくなることもあると思う。

それでも、諦めないで頑張れば、きっと、そのあとには良い事がある。オレは実体験としてそうだったし、嫁もそうだったらしい。

人生とはそんなもんなんだ。

子ども達に、どこまで伝えられるかわからないけど、その事を何とかして伝えていきたい。

んで、子どもたちが自分の家族を持つことができた時に、また、子どもに伝えたいと思うように…

連綿とつながる不思議なつながりにチョッと思いを馳せつつ、ちっこいカラダで頑張ってる娘、息子を見送るしかできない。

でも、信じて、見送ります。はい。

少なくとも、ゆたぼんのようには、ならないように・・・

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