- 2014年3月31日 23:05 CAT :
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下剤感情うんこオマルン
オレにはもう書けやしない。
と思う事が多々ある。
ひとつは、もうそんなものを良しとしない場合。
もう一つは、どんなに逆立ちしても出てこない場合。
前者は良いと思うんだよ。
それも成長だ。
たぶんな。
でも、後者の場合、自分の中で出したいと思ってるのに出てきやがらない。
便秘うんこみたいな感じだと思う・・・違うか。
そんな時は、少しだけ下剤を入れると出るようになったりもする。
感情の下剤とでもいいましょうか。
すごく悲しい事がある。
とか、凄く病んでしまう。
とか、何かそんな事があると、これまで出てこなかった事が嘘のように、すらすらと色んな言葉であったり物語であったりが吐きだされてくる。
普段は悩んで悩んで悩んで悩んでひり出したのに、何だかちっともトキめかないのに。
どうすれば良いのか。
気持ちを常に深く沈めておけばいいんだと思う。
でも、それは、同時に、凄く精神的に負担が大きい事でもあるらしい。
そのまま自殺してしまう人だって結構いちゃったりするほどに。
それでも、創作の世界に身を置き続けて、言葉や、音楽を紡ぎだしている皆様をひどく尊敬しますよ。
ホントすごい。
ホントすごい・・・
出来なくなっちゃった。
何か色んな事が。
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月別アーカイブ: 2014年3月
- 2014年3月30日 23:20 CAT :
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壊れるほど愛しても1/3も伝わらない
取り合えず、消費税は上がるとして、軽自動車の税金があがるとか、配偶者控除が廃止になるとかなんとか・・・
何だかこれ?まぢで生活できんのか?多少、景気が良くなったとしても。
(と言うか、消費税を増税して景気が良くなることなんて、絶対にないと思うけれども・・・・)
これについて、例えば、消費税増税は、民主党が決定して事だから、自民党の支持率にあんまり影響してないとかそんな事なんだろうか?よく分かんないけど、何しか、こんなオレでも、節約していかないかんよね。ってなってる訳で、そんな人ばっかりになって、景気は低迷するだろう。
と思う。
でも、その裏で、実は、低所得者への補助みたいなものもあって、オレはそれを(多分受けれらる)らしい。
と言う事で、少しくらい、今の現状をポジティブに考えて見るのもいいのではないか。
と、思いなおしてみる。
例えば、配偶者控除の廃止について。
配偶者控除の廃止。
とただ聞くと、何だか、今のオレの家族みたいな、子育てしてるから、嫁専業主婦(まぁ、厳密にはチョッと違うけど。)みたいな家族が対象かと思うけど、意外とその裏で、例えば、子どものいない家庭でも、配偶者控除は受けられちゃったりする。
あえて語弊のある言い方をすれば、(不妊とかは別として)次世代を育てると言う行為を放棄して、自分たちの生活水準向上のために、子どもを作らない選択をした、とか、自分が専業主婦で居たいがために子どもを作らない選択をした家庭も、この配偶者控除を受けてる訳で、それって、何だかオレからすると、チョッと不平等。
まぁ、子どもを作ると言う事も選択肢の中の一つで、オレは、それを自分で選んだから文句は言わないよ。
でも、国としては、少子高齢化を食い止めるためにも、子どもは産んで育てて欲しいと考えているので、この配偶者控除は廃止するけど、今ある子育て支援をもっと充実する。
みたいな話なら・・・
それなら、全然納得する。
実際、消費税増税するけど、その救済措置として、低所得子育て家庭には、補助金を出してるみたいだし。
ちゃんと、それについては、受け取るようにするよ。
オレわ。
そしたら、単純計算で、高額なお買いものせずに、普通に生活する分には、3%の増税分は、その補助金で多分ペイ出来るっぽいし。
まぁ、だったら最初から必需品には消費税かけずに、嗜好品にたっぷり増税しろよとも思うけど、そこを詰めるまでの時間もなかったんだろうて。
今、政治家が年寄りにだけ有利で、若い世代にはただただ絶望的な年金制度を守ろうとしているか。
理由は、単純に、ご年配の方々の方が、圧倒的に選挙の投票率が高いかららしい。
投票率の高いご年配にそっぽを向かれてまで、若い世代を守った所で、若い世代が投票してくれる訳でもなく、結局、選挙で落ちる位なら、若い世代の事なんか知った事ではない。
と。
政治家と言う人たちも、(昔は知らんけど今は)国の事や、国民の事より、自分の保身が第一なんだと思う。
人間なんてそんなもんだ。
(全員がそうだとは言わないけど、相対的に見てそう言う流れがあるのは間違いないと思う。)
これまでもそうだったのかも知れないけれども、要は、自分の生活を有利にする為には、政治家が望む人間になれば良い。消費税増税の救済措置も、あんまり大々的には、宣伝されてない。
政治にある程度関心を持って、意識的に耳を済ませてなければ、損をするよ。
と言う事なんだろう。
そんな人間を求めてるんだろう。
そして、選挙で投票に行く人間が良いんだろう。
最後に、多分、少子高齢化を食い止めるためにも、子どもを育ててる人間が良いんだろう。
もう丸くなってしまった志茂田さんですので、アウトローにはなれず、ただ、求められる人間となって、当たり前の権利を享受して生きていきますよ。
アウトローになるって事は、その覚悟が必要なんだと思う。
それもなく文句ばっかり言ってるヤツは、多分在日のチョンだ。
そう言う面では、まだ日本は、住み心地のいい国だと思ってる。
数年前みたいな無茶苦茶なチョンコロ政権ではなく、日本人が、ある程度まともな思考で政権を維持してくれている間はね。
・・・ポジティブか?これ?
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- 2014年3月18日 1:12 CAT :
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気持ち揺蕩ういつかの夜のように
何をどう表現したらいいのやら。
苛立ちとか、憎しみとか、後悔とか、そんな色んな感情が頭の中をグッチャグッチャに渦巻いて、眠れる気がしない。
昔は、よくあった。
でも、歳をとるにつれて、なくなったと思ってた。
こんな夜は、不思議と素敵な物語を紡ぎ出せたりしたもんだけれども、今のオレには、その出来あがった物語を素敵に感じる感性がなくなってしまった。
求めている理想像が変わる。
だから、もうなくなったと思っていたこの感情が、久々に沸々と湧き出してきた。
出来る事が、実際問題ない訳で、どうする事も出来ないこの状況。
オレは、まだまだ、何にも出来ない。
どうかしたいと思っても、どうにもできない。
ただただ、頭の中でだけ、ひどくドス黒い妄想が現実味を帯びて膨らんでいく感じ。
先日、「サイコパス診断」を受けた。
どうやら、オレは「サイコパス」ではなかったらしい。
でも、その診断を受けてる間中何だかわからない寒気に全身が襲われていた。
今はただ、静かにこの感情が薄れて行く事を信じるばかり。
眠られないけれども、多分、目を閉じて、素数でも数えれば、気を失うように眠りに就く事も出来るんだろう。
前は、よくそんな事をしてた。
それでも、眠れない夜は、どこ行く訳でもなく、ほてほてと何時間も散歩をした。
今夜は、散歩はしない。
夢の中をどこまでもどこまでも歩いて行こう。
何もない先に向かって。
あいつが居る限り、何度でも、この感情が揺り起こされる。
あいつがしゃべる限り、何度でも、この感情を思い出さされる。
願わくば、このブログの記事が、ニュースにでも引用されて、垂れ流される事のないように。
大丈夫。
オレは、もう大人になったんだよ。
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- 2014年3月17日 22:25 CAT :
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日の目と陽の目と火の目
ブログに残しておこうと言うネタをevernoteにメモってたりする。
で、そのメモを見て色々と思い出しながら、ブログを書いたりするんだけど、最近、そのevernoteのメモさえ忘れがちになってしまう。
そして、先ほどそのメモを見てみると、どうやらネタのほぼすべてを書ききってしまったらしい。
何も、今日のところは書く事がないらしい。
さてさて。
これまでに結構な量のマンガを描いてきた。
その中で、ノートに書きなぐってる奴は置いといて、ちゃんと原稿用紙に書いてるマンガを何か、ネットのどこかででも公表できないものか。
などなど、考えております。
そもそも、漫画含め、大体の創作活動を自己満足のために行ってきたわけで、まぁ、賞とって漫画家として名を馳せてみたいと夢見たこともあったような気がするけど、今のところは、書いて一部の人にだけ見せて眠っているものもいくつかある。
せっかく書いたんだし、誰でもいいから読んでみてくれねぇ~かなぁ~。
と言う次第なんですよ。
何かね。
自分では、面白いと思うんだけどね。
(まぁ、面白くないと思いながら描いてる奴なんかいないと思うけれども。)
チョッと、趣味の合う方などいてくれて、読んでくれでもしたら、それだけで、ちょっぴり満足出来たりしないんだろうか・・・何しか、5年ほどやってなかった、4コマ漫画「さなだむし」さんも、再開させようかと、新しいの書きためてるとこだし、少しずつ、そんな事も始めていこうかと思っております。
まぁ、別にどうってことのない話だけれども。
そう言えば、最近、ちょっぴり料理にはまってたりする。
と言う話も、そのうち書こう。
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- 2014年3月15日 10:17 CAT :
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うんこ行きたい2014春
そろそろ、アルバム作りも再開させたいんだけども、なかなか、予定もてんこ盛りで難しそうな感じ…
そうこうしている間にも色々とアイデアは浮かんでくる。これをどこまで詰め込めるのやら…と、思いつつも、それを表現するためには、ある程度には、技術もいるので、楽器の練習でもしますか。
しかし、不思議なことに、新しい曲については浮かんでこない。
これまでなら、そうこうしてる間に、曲数がどんどん増えちゃってたんどな。
多分、今回のアルバムに関しては、本能的に、これ以上曲数はいらないと思っているんだろうて。
それか、もう曲とか作れんくなったか…
後者の場合には、素直に創作活動をやめて、歌い手さんにでもなるか…
志茂田さんが歌ったみた。何を?
……
何をだろう?
そう言えば、人の歌を歌いたい欲求とかあんまりなかったんだよね…
歌うのが好きなんじゃない。表現するのが好きなんだった。
別に歌い手さんをどうこう言うつもりはないし、特に意識高い系の方は、オレの数千倍のこだわりがあるだろうし…
ただオレはやんないよ。ってだけなんですよ。
んむ。
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- 2014年3月13日 23:28 CAT :
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岸辺ロハンも殺された。キラに殺された
娘が聴いててテンションが上がる曲は、Queenの「Another One Bites The Dust」と「Mide in Heven」と「Killer Queen」あたりらしい。
あと、「バイシクルレース」の間奏部分の「チリンチリン」がお気に入り。
他には、NHKの「いないいないばぁ」って番組の中で出てくる「ぽいぶーぶー」とか「ごとごとごっとん」とか、その辺が好きみたい。
洋楽聴くのかよ。
とも少し思ったけれども、考えて見れば、まだ言葉がしゃべられない娘にとって、洋楽も邦楽も何言ってるのか分からない訳で、そう言う意味では、本当に偏見なく、自分の好きな音楽に喜んでいるんだろう。
生きていく上では、偏見ってものがなくならない。
それも、歳を重ねれば重ねる程、その偏見は頭の中にこびりついてしまって、もう、それはどうしようもないものになってしまうらしい。
偏見なしに、本当に好きなものとは何なのか?
その先にあるのは、偏見なしに本当に自分がやりたいものは何なのか?と言う話になってくるようにも思う。さてさて。
死んでしまう事を意識してしまうと、不意に、自分の生きてきた証を残しておきたくて仕方がなくなってしまったりする。
オレにしてみれば、文章を書いて、絵を描いて、メロディーを作ってとか、そんな事感じ。
今いなくなっちゃえば、多分「王道軽傷」や「連歌 忘却」って言うアルバムは完成しないと思う。
「やみせかい」って漫画は形になる事はないと思う。
「子どもは老人に励まされた」とか「夜誘う麦わら帽子」って言う小説は完結しないと思う。
でも、それが、この世界に与える影響なんてほぼ皆無なんだ。
皆無だから、完成しなくてもいいって言う話じゃあない。
頭の中にあるものを形にしたいと言う衝動は誰にでも平等にあるもんだ・・・と思ってる。
ないヤツは居ない。
ないと言うのであれば、そいつはきっと、自分とある程度でも向き合っていないんだ。
ひとつでいい。
ひとつからでいい。
何かを始めて行こう。
最近、気持ちは変わって来た。
これまで、オレは、自分の不満や鬱積した鬱憤を吐きだしたくてしょうがなかった。
そうして吐き出してきた。
今は、何かを伝えたくなった。
誰にかは分かんない。
分からないので、せっかくなので、もっと大きくなった娘にで良い。
娘が大きくなった時に、今オレが作ってる音楽とかを聴かせてみよう。
オレがその時、この世にいなければ、誰かに聴かせてもらえるように頼んでおこう。
出来れば、今以降に作った何かを。
今より過去に作った鬱憤のたまった愚痴や不満じゃあない。
今より未来に作る伝えたい事の詰まった何かを。
伝える事に意味はない。
でも伝わるものもあるんじゃあないでしょうかね。
オレの厨二病は新しい段階に入った模様です。
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- 2014年3月12日 23:08 CAT :
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てくてく魔神と絶望のターン
左腕にしびれとかつてない針で刺したような痛みが・・・
しかも力がはいんない。
これは、少しだけ経験した事のある感覚だった。
数年前。
オレは、そのまま左手の力を失うどころか、左半身がほぼマヒ状態になってしまい、チョッと長めのリハビリ入院を行う事となった。
その時の事を思い出し、とてつもなく嫌な予感がした。
けど、診察の結果は、腱鞘炎と肩こりによる神経圧迫のコンボ。
接骨院での、治療によってあっと言う間に回復した。
(まだ、若干左手に力が入らないけど。)
健康と言うものは、健康なうちは特に何も感じる事はないけれども、いざ、不健康になった時、とてつもなく感謝するものらしい。そして、必ず後悔する。
もっと体を大切にしておけば・・・と。
なのに、健康になると、すぐにその事を忘れて、すぐ健康にかまけるようになる。
今回の事でまた、少し思い出す事が出来たよ。
歩けると言う事の凄さ。
偉大さ。
喜び。
左手でものを持てると言う事の便利さ。
リハビリの時、改めて「歩く」と言う行為を理論的になぞりながら、歩く練習をした。
でも、それは、筋肉を動かしつつ、同時に重心を移動させつつ、バランスを取らなければいけなく、また、どのくらい足を動かすかを考えると言うとても難しいものだった。
感覚を取り戻した今となっては、また、当たり前のように歩けているけれども、それは本当は大変な事。
今、娘が、一生懸命立って、そして、この「歩く」と言う行為を一生懸命練習している。
娘の場合、健康体。
ありがたい事に。
もうしばらくすれば、多分歩けるようになるんだろう。
願わくば、娘が、もう一度、「歩く」と言う行為を学びなおし、練習する日が来る事のないように。
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- 2014年3月3日 23:39 CAT :
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やみせかい~シムガルドの章~
頭の中に、物語が浮かんでくる。
頭の中に、イメージが浮かんでくる。
頭の中に、言葉が浮かんでくる。
頭の中に、構成が浮かんでくる。
そんな感じで、久々にマンガでも描こうかと少し思ったり、思わなかったり・・・
物語は、イグニアと言う、それはもうどうしようもないほど広大な世界から始まる。
タイトルは「やみせかい」。
実に、大学生のころから、妄想してた物語。
その終わりのない物語の第1章に手を付けてしまうべきかどうか。
そんな所でちょっと躊躇してる。
だって、この話描き始めたら、多分、もう終わらない。
オレが死ぬまでにどの位描けるか分からないけど、死ぬまで描き続けても終わらない。
それは何と無く分かってる。
だから、手をつけれられずいる。
そうやって気がつけば、もう当初のイメージが浮かんでから10年近く経とうとしている。
けど、まだ、描きだしてはおりませぬ。
いや、その前に、「王道軽傷」の完成だよな・・・
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- 2014年3月1日 16:23 CAT :
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しめりほか弁ファイヤー
「ほっかほか亭」は「ほか弁」と略す・・・らしい。
「ホットモット」は「ホモ弁」と略す・・・らしい。
そんな所から、チョッぴりどちらの方が、高感度が高いのか分かるような・・・わからないような。
学生時代には、よく「ほか弁」。
食べました。
いつも、丼ものにおかずを注文してたから、お箸は2膳くれる。
で、家帰ると、自分の箸を使うから、結局、物凄い量のほか弁割り箸を所有してたように思う。
もう少し過去に遡ってみる。
オレが、中、高校生の頃。
午後が半日休みの時とかには、いつも、今は亡きばあちゃんが、ほか弁を買ってきてくれてた。
オレがいつ帰ってきても、お弁当があるように、結構早い段階で買ってきて、それを冷えないように毛布にくるんで置いてた。
学校から帰ってくると、その毛布をあけ、もわぁ~っとするほか弁の匂いをかいだ。
温かかった弁当は、冷えていて、それで居て、元湯気の水蒸気が蓋にびっしり。
それどころか、水となって弁当自体に満遍なく降り注いでいるもんだから、軽く全体に水を拭きかけたような状態だった。
でも、それは悪意があったわけじゃなくて、いつ帰ってきても食べるものがあって、しかも、それが冷えないように。
と言う、ばあちゃんなりの心使いだったんだろうて。
ほか弁を食べると、不意にあの頃の事を思い出す。
昨日も、久々に食べながらそんな事を思い出してた。
色々あったばあちゃんだけど、故人を悪く言うのは好きじゃないし、そもそも、亡くなって1年以上経つと、思い出すのは、どちらかと言えば、チョッと良い思い出ばかりだったりする。
(オレが誤って、コンタクトを洗面所で流してしまった時に、一日中下水のドブ攫いをしてた事とかね・・・)
そんなばあちゃんも、じいちゃんも居なくなっちゃった。オレは、結婚して家を出て、新しい場所で家長になった。
そして、子どもが生まれ、親父とおかんが、じいちゃんとばあちゃんになった。
世代交代が進み、オレが育ってきた場所はもうなくなり、新しい場所と関係が出来始めている。
そんな10年に思いをはせて出来上がった曲が「3653」って曲だったりする。
まぁ、何が言いたかったかと言えば、「憂さ晴らし」だ!!
と、かつての沼さんの名言を使ってみた所で、お別れですね。さようなら。
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