- 2014年9月29日 10:43 CAT :
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アトピー皮膚炎患者が色々試してみた結果良かった事をツラツラと
アトピー皮膚炎患者です。
最近は、脱界面活性剤とステロイドのお陰でずいぶん調子が良くなったけど、それでも、チョッとした事から、また、枕とか布団を血まみれにして、パソコンのキーボードを逆さにすると剥がれ落ちた皮膚がふって来る、指を曲げるのも苦痛な日々に戻るのではないかと、震えてたりする。
昔から、「手が汚れてしまえば洗えば良い」とよく言われるけど、それは、手を洗っても大丈夫なヤツの話であって、そうそう気楽に手を洗えるもんじゃないんだよ。
オレは。
良くて水まで。
石鹸で洗うとか、日に何回も出来るわけが無い。
かと言って、安物の軍手なんか使えば、その軍手のせいで、手がボロボロになる。
そんな程度の、極弱肌とアトピー持ちの志茂田さんが、如何にして回復したか。
たまには、そんな為になるお話でも加工じゃないかと思った次第ですよ。
ただし、これについては、あくまでも、オレは治った。
と言うだけで、医学的な話じゃあない。
治らなくても知ったことではないので悪しからず。
取りあえず基本。
シンデレラタイムに寝る。
シンデレラタイムは大体、夜の10時~深夜2時くらいの間。
とは言え、これは別に重要な事じゃあないので、寝れなくても気にしない。
出来れば、寝る。
位に考えてた方が良い。
寝れなくて、イライラする方がよっぽどアトピーには悪い。
ストレスがたまると、掻きみしりたくなるんだよね。
次、食生活。
食べ物は、基本的に何でも良いと思う。
むしろ、ストレスがたまらない様に、欲しいものをお腹いっぱい食べて満足する事が大切。
で、ここからがオレの場合重要だったんだけど・・・
とにかく、界面活性剤からアトピー患部をひたすら守る。
界面活性剤については、ここでは割愛するけど、取りあえず、成分に「ラウリル硫酸」と書かれているものは全て排除した方がいいと思う。
コイツが、ホントに曲者。
と言うか、肌へのダメージがでかいような気がする。
と言うか、そもそも、洗わないのが、一番良い。
顔も、頭も洗わない。
洗っても、1日1回。
それも、水(お湯)洗い。
シャンプーも、洗顔石鹸も使わない。
洗った後は、何らかの方法で保湿する。
ちなみに、この水洗い。
アトピーに関係なく、肌や頭皮、髪の毛にいいらしい。
アトピーってのは、異常に敏感な肌の延長線上にあると思ってるので、アトピー患者にダメージがあるmのは大体、本来悪いもので、使わないに越した事は無い。
・・・多分ね。
あとは、そもそも、極力汚さない。
これを守っていけば、意外と早く回復すると思う。
最後に、ステロイドについて。
世の中は、どちらかと言うと、脱ステの方に向かってる・・・らしい。
ステロイドと言うだけで、何にも知らないくせに拒否反応を出すアホも沢山居る。
でも、ステロイド自体は、使い方を間違わなければ、比較的ちゃんと治癒できる薬だと思ってる。
問題なのは、使い方を間違うと、取り返しのつかないことになる。
と言う事で、それは、世の中にある薬のほとんどに言える。
アトピーってのは、肌がきれいになっても、肌の奥で治ってない場合が多く、病院とかで処方されるなら、その分量を全て使い切るまでは、肌がきれいになっても塗り続けた方が良い。
でも、肌がチョッとキレイになったら「ステロイドは、塗りすぎるとアレだから」とか言いながら、塗るのを止めてしまう。
そしたら、またアトピーが表に出てくる。
そしたら、また、チョッとだけステロイドを塗る。
これを繰り返してたら、利かなくなってしまい、どんどん強い薬を。
そして、それさえも利かなくなり、アトピーがエライ事になる。
結果、ステロイドって薬怖いわ~になってるような気がする。
取りあえず、頻度は減らしても塗り続けて、無くなったら塗るのをやめる。
これを守るだけでも、劇的にアトピーは改善すると思うよ。
実際、オレは、手と体と顔と唇に、4種類のステロイドを塗り続けてたけど、段々回復してきた。
今は、口はステロイドじゃなくワセリンで保湿。
顔と手は、以前よりかなり弱いステロイド。
体は、ほぼ完治。
した。
物凄いボロボロの肌になって、痒くて痒くて辛そうなのに、聞くと「ステロイドは塗ってないの」と言う人もいる。
それに対して、オレは、別に何も言わないけど、使ってみればいいのに。
今よりは、悪化しないって。
オレ、アナタよりもっと酷かったよ。
って、たいていの場合にはこっそり思ってるんだけどな。
ただひとつ。
世の中には、患者の事をホントに考えてないクズ医者も居て、初期のアトピーなのに、ベリーハードの一番強いステロイドを出してくるヤツも居る。
実際にいた。
それを塗れば、確かに治りは早いけど、それは、上に書いた間違った使い方の部類だと思う。
医者の当たり外れはしょうがない。
でも、実際に、出された薬が、どの位強い薬なのか、知っておく必要はあると思う。
今はネットで調べ放題なんだから。
それで、初めて病院に行ったのに、いきなり一番強い薬を出されてたりしたら、別の病院を受診した方が良い可能性が高い。
(まぁ、症状にもよるけども。)
オレは、それで、治療として、いきなり手にアホみたいにベタベタに一番強い薬を何の説明もなしに塗りたくられて、その後も、一番強いステロイドを山のようにくれて、それ以外にも、かゆみ止めのきついのを出された上に、胃に負担がかかるからって、胃薬も沢山出されて、薬代だけで(保険ありで)5000円くらい取られた事もある。あの病院には、二度と行ってない。
そんな事もあるので、アトピーの場合には、絶対セカンドオピニオンをお忘れなく。
あと、ストレスの無いのんべんだらりんとした日々の生活を・・・(これが一番難しいけれども。)
以上!!
たまには、チョッと役に立つ・・・かも知れないお話でした!!
じゃあの。 - この記事を見てみる ⇒
月別アーカイブ: 2014年9月
- 2014年9月27日 11:46 CAT :
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旅先には、かさばる事のないタブレットを
先日、オレが読んだ「エピック~」もそうだけど、最近、ホント「コンテンツマーケティング」と言う言葉を耳にする。
日本最大手のコンサル会社「船井総研」でも「コンテンツマーケティング」がどうたらこうたら言ってる位、コンサルと言えば「コンテンツマーケティング」。
本屋に行けば「コンテンツマーケティング」。
テレビでも「時代は、SNS。
コンテンツマーケティング」。
と・・・何か、このひとつ流行ったら右へ倣え。
は、日本の文化なんだろうけどにしても、ホントよく聴く様になったと思う。
前にも書いたけど、「コンテンツマーケティング」って、めっちゃ簡単に言うと「関係ないけど、面白いコンテンツで客を引っ張ってきて、売りつけて儲けろ」と言うもの。
ひいては、どちらかと言えば、マイナーだった「ランチェスター戦略」のひとつと言う認識でもいいと思う。
ただ、これ・・・
今更、こんな事言ってるけど、日本って、昔からそうだったような気がしてならない。
昔の地域密着型の小さなお店。
商店街に対するオレの勝手なイメージだけど、お客さんと仲良い感じがする。
それこそ、商売とは関係ないところでも繋がってて、だからこそ、何かを買うときに「○○さんとこで買おう」ってなってたような・・・
そんな当たり前が、高度経済成長と欧米文化の流入で右も左もお金だけで繋がるドライな関係になり、消えていった。
それだけの事なんじゃないのか・・・?
かつて当たり前だった事を、何となく「コンテンツマーケティング」とか名前をつけて、お金になるようにしてるだけの話。だと。
まぁ、そんな風に思ったりもする訳ですよ。
ただ、この「コンテンツマーケティング」と言う言葉の裏には、かつて日本にあった「下町の人情」的な匂いは一切無く、それこそ、金儲けの為・・・と言う感じの印象しか受けない。
だから、多分。
この言葉と手法も、数年後には、新しい言葉と手法に取って代わられるだろうて。
続いていくのは、こんな言葉に踊らされる事なく、昔ながらの「下町の人情」的な、「ビジネス」ではなく、「商い」をやってる所のような気がしてならない。
日本は、更に高度な「コンテンツマーケティング」を昔から行ってきていたから、世界でも類を見ない位、長く続くお店、会社があるんだろう。
とか、たまには、そんなお話をしてみました。
どうでもいいですよ。
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- 2014年9月26日 8:53 CAT :
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手マン
と言う訳で、2週間ほど前にブログのテンプレートをリニューアルしました。
志茂田さん自体も、かなり老朽化してきているので、文字を大きくして、行間を広くして、とにかく読みやすく。
読みやすく。
をテーマにしてみました。
あとは、記事数がいっぱいあることを悪用した「関連記事」の表示と、ヘッダーのナビゲーションの改悪、トップページをナビゲート専用ページに改悪した位か・・・
まぁ、ガラリと変えてみたかったので、これでしばらく様子見してみよう。
で、少しずつ、いじっていこう。
ちなみに、もう少しで、80,000アクセスだそうで・・・凄いんだか、凄くないんだか・・・
さてさて
遂に。と、個人的には、思ってるんだけど、全くの新作マンガ書きに着手してしまった。
この物語。
実は、10年以上前の「G」と言うお話を作ってる時に、ほぼ同時に思いついた話で、その頃、次に書くのは「G」にしようか、今回書き始めた「やみせかい」にしようか。
と悩んでた。
・・・と思う。
それから、10年以上引き出しの中で温め続けてた。
で、「us」が完結し終わって、「王道軽症」が完成した6月辺りから、この物語のプロットを少しずつ作り始めた感じ・・・だったんだけど、先日、不意に出だしの数ページのイメージが浮かんできてしまったので、忘れないうちに書いてしまえ!
そして、着手してしまった。そんな流れでございます。
今回のお話を、10年以上前になぜ、選ばなかったのかというと、このお話には、終わりが無いからだったりする。
大体、お話を書くときには、「テーマ」と「終わり方」だけは、しっかり固めてから書くようにしてるんだけど、このお話に限っては、終わる事がない。
書き始めたら、終わる事はできない。
ポルノグラフィティ的に言うと「終わりなど無いさ。
終わらせる事はできるけどね。」なお話なんだよね。
だから、プロット作りながらも、書き始めることに、結構躊躇してた。
でもまぁ、やり始めたからには、多分、死ぬまで書いてるんだと思う。
それで、どこまで書けるか分からないけど・・・少なくとも、今、頭にあるところまでは、書きたいもんだ。
(多分、書いてる途中で、どんどん続きが広がり続けるんだろうけども。)
今回は、「us」の最後の方みたいに、自分で締め切りを作ったりはしないで、ちゃんと丁寧に絵を書いていく事にした。そしたら、1時間以上かけて1ページしか書けなかった。
それでも、書き始めた。
また、一区切りまで書き終えたら、色んな人に読んでもらおう。
それすらも、結構先の話になりそうだけれども・・・
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- 2014年9月25日 18:38 CAT :
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【王道軽症】オナニーノーツその5 「黒魔術ラヴィンユー」
オナニーと手コキどちらが気持ちいいかというと、単純な快感ではオナニーが上だと思う。
でも、手こきには、自分以外の誰かの存在。
がある。
これが、単純な快感以上のものを生み出すんですよね。
知らんけど。
それに気付いてしまった。
しかし、相手がいない。
しょうがない。
その辺の不特定大多数の人を相手にしよう。
それが女なら露出狂。
男なら痴漢となる訳ですね。
うむ。
分かりやすい!!
さてさて、5曲目は・・・「黒魔術ラヴィンユー」
ですな。この曲は、チョッと特殊なんだよ。
ホントに。
この曲の説明をする前に、「志茂田 聾二」について、語っておく必要があるだろうて。
そもそも、個人的な認識では、音楽制作においては「志茂田 聾二」はオレと弟の2人のユニットだと思ってる。
全体のプロットであったり、曲自体の製作はオレがやるけど、それの編集や演出については、ほぼ100%弟が担当しているからだ。
出来上がりについて、不満があった場合には文句言うけど、基本的には、弟の編集の他、勝手に何らかの演出的なファクターや音を追加してたりする事も良くある。
何しか、楽器の音色から、エフェクト、リバーブのかけ具合や、楽器ごとの振り方、何の楽器をメインにするかまで、全部弟が決めてる訳で・・・オレがやってるのは、骨組みを作ることだけ。
肉付けは、弟が担当してると言っても過言ではない。
と言うか、その通り。
それによって、オレが当初想定してたヤツより、毎回かなり完成度が上がったりするし、一人で作っては、絶対に作り出せない微妙な空気感がだせてる・・・と思ってる。
オレが監督なら、弟は演出。
そんな間柄なイメージ。
もし、オレが、レコーディングから、編集、ミックス、マスタリングまで全部一人で出来て、且つ一人でこなしてたら、「王道軽症」の完成度もかなり低かったと思う。
まぁ、ある意味信頼して、丸投げしてる感じだよね。
いい感じに投げ返してくるし。
とは言え、全体的な骨組みを作ってるのはオレの方が割合がでかい。
ただ、この曲に関しては、そうでもない。
この曲に関しては、弟が作曲して、全体的なイメージのデモテープまで作ってる。
これまでもサンプリング的な感じやBGM的な感じの感じの作曲はしてたけど、メロディーラインや、その他の全体的なイメージまで弟が作ったのは、多分「志茂田さん」史上初だと思う。
むしろ、オレが、弟のイメージに合わせて、ギターを弾いたり、歌を歌ったりした感じ。
まぁ、趣味趣向が似通ってるので、似たような感じにはなるんだけど、それでも、やっぱりオレが作った曲とは違う異質な感じがある。
・・・多分。
と言うか、オレの当初の予定では、3分位のアップテンポなロックをイメージしてたのに、あいつが持ってきた曲は5分を超える3拍子のミディアムテンポの曲だった。
でも、いい意味で予想外で、面白かったので、そのままやってみた。
と言う・・・そんな経緯。
結果的には、アルバムのまん中くらいに収録できそうな良い感じの曲になった。
結果オーライというヤツか。
歌詞は、前作「影の上のボーニョ」の時に作って、仮撮りまでしたけど没になった曲「ジェイリーロックとミルキーウェイ」の焼きまわし。
没になっちゃけど、ネタとしては面白いから、勿体無いなぁ~と思って、引き出しにしまってたんだよね。
書き直したら、前よりかなり良い感じになったと思っております。
・・・こんなもんか。
何か短い気がしないでもないけど。
まぁ、この曲に関しては、オレがメインで作ってないので、あんまり製作者目線で書くネタも少なめでもしょうがなし。
と、そんな、チョッと異質な曲を折り返しに、後半戦への繋ぎとして、過去の曲のセルフカバーをひとつ。
では、次回は「糧となるモノたち~ture of the world」でお会いしましょう。
さようなら。
さようなら。
さようなら。
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- 2014年9月25日 0:00 CAT :
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09/24のツイートまとめ
- gorounintameko
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今まで見てきた洋画の中で、最も衝撃的だったのは多分「ファイトクラブ」だと思います。
違う意味では、「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」です。
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「お客様感謝デー」をしてる店を見ると、ついつい「日ごろは感謝してないんかい!」と思ってしまう器の小ささを持ち合わせております。
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山本太郎が演説してた。
何の話したいのか、意味わからん
09-24 19:08 -
まぢでイライラする。
うどん食ってこんなに、イライラしたのは初めてだ
09-24 19:03 -
取り合えず来た。
食べた。
二度と来ないと思う。
うどん大好きだけど二度と来ないと思う。
まぢで。
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噂につるとんたんに来てみた。
うどんとは思えない値段とおしゃれさにチョット嫌になって来た…(; ̄ェ ̄)うどんはうまいんだよね… https://t.co/crCirQtcBB
09-24 18:14 -
生きる為に挙手!
09-24 17:16 -
オレの書いてるブログか?読みたきゃ読ませてやる・・・探してみろ!この世の全てとかそんな大層なものじゃない、何でもない文章を時々書いてみたりしております!コチラからお読みいただけます! ⇒ https://t.co/XlGMXKpXWC
09-24 14:17 -
今までで、一番はまったMADは「ディオリボン」です。
・・・多分ね。
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与謝野晶子の「ばなな」の話はもういいって言ってるじゃないですか!!
09-24 08:24
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- 2014年9月24日 22:42 CAT :
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ガルネリウスは関係ない。本文と関係ない。
いよいよ、待ちに待った筋肉少女帯さんのニューアルバムが、発売されそうになってる。
あまりにも、待ちきれないので、しょうがなく、チョッと前に出た「四半世紀」と言うセルフカバーアルバムを聴いてた。
このアルバム。
各時代から、満遍なく、しかも、チョッとマニア心をくすぐる感じで、選曲されていて、実に良い感じ。
しかも、90年代キンショーの曲に関しては、おそらく、キンショーファンなら誰もが一度は夢見た、エディーとフーミンの最高のアンサンブルで、当時の名曲が蘇ると言う凄いアルバムだ。
ただ、ひとつだけ残念な事がある。
オーケンの唄がうまくなってるんだよ。
オーケンが丸くなって、狂気がなくなってるんだよ。
それ自体は、すごく良い事。
実際に、「シーズン2」の「世界中のラブソングを君に」なんて、オーケンがこんな詞を書くようになったのか・・・と、訳の分からない感動すら覚えたんだから。
キンショーファン・・・と言うか、信者は、少なからず、オーケンをはじめとしたメンバーに自分の過去を投影してると思う。
オレの場合は、それがオーケンであって、自分の過去を投影し、共感してる人が、凄く幸せな唄を楽しそうに歌ってると、何だか、自分の過去も救われたような気がして、ウルっとするんだって。
だから、現在進行形のキンショーについては、この、本当の意味での「のほほん」とした、もう、顔のヒビも、血のりも、卒塔婆もあんまり似合わない、幸せ人生を歩む大人オーケンが歌う曲で良いと思う。
それを、皆望んでると思う。
でも、過去の曲は、意外とそうでもなかった。
過去の曲には、鬱屈したどうしようもないコンプレックスと閉塞感が漂ってたり、人間不信になりもがき苦んでたり、絶望の中で無理やりに希望を持とうとしたり・・・
そう言う、人生におけるその時々の狂気が、曲の中に、ない交ぜになって、完成してたんだと思う。
だから、今、「加奈、頭をよくしてあげる」を歌っても、当時の、絶望の中で、人間不信になり、もがき苦しみながらも、それでいて、見せる無理やりな優しさが、涙を誘う。
と言う、(おそらく)想定外の作用が、今回は、機能してない。
だから、今、「機械」を歌っても、当時、報われない天才達の悲しい苦悩を、自分の人生が報われない(と思い込んでた)まま終わってしまうと言う恐怖心がかき立てた、相乗効果が機能してない。
だから、今、「パノラマ島へ帰る」を歌っても、当時、どれだけ声を出して叫んでも、見向きもされなかった自分と言う存在に対する閉塞感が生み出す「誰も歌など聴いてはないし」にリアリティーが無い。
だって、皆聴いてるんだもん。
などなど・・・もちろん、曲としての完成度は圧倒的に高くなっているんだけど、それ以上の「何だかよく分からない何か」が圧倒的に不足してるように感じた。
気のせいかも知れない。
と思いつつ、次に「ナゴム全曲集」を聴いて見た。
演奏は、拙いし、音も汚いし、正直、単純な完成度で言うなら、きっと聴くに堪えない。
でも、そんなものを全て凌駕した、息苦しくなるような閉塞感と狂気がそこにはあった。
その後、空バカを聴いて、もっと凄まじい狂気と閉塞感を見てしまった。
ついでに、未だに、ナイロンの劇とか見ると、その閉塞感と狂気を味わう事が出来るので、多分、ケラさんは、今でも同じようにキチガイなんだと思う。
まぁ、そんなこんなで、少し、物足りなかった「四半世紀」から、更に1年。
今の筋肉少女帯が放つアルバム。
期待せずにはいられないよね。
筋肉少女帯に求めているのは、閉塞感でも、狂気でもない。
それは、昔の筋肉少女帯にあったと言うだけ。
オレは、ただ、あのおっさん達が、命がけで楽しくつむぎ出した音を聴きたい。
出来れば、今、現在進行形の。
そうして出来た「蔦Q」は、狂気など無くとも、「サーカス団。
パノラマ島へ帰る」や「レティクル座妄想」、「キラキラと輝くもの」に匹敵し得る名盤だったんだから。
発売まで、あと1週間とチョッとか・・・長いな・・・
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- 2014年9月23日 14:48 CAT :
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10年前まだ処女だった君も 今ではビロビログロまんこのビッチになってしまったね
この9月で、何だかんだと言いつつも、当ブログ。
超コツコツ日記は、10周年だそうで・・・
10年一絡げとは言うけれども、考えてみれば、人生の3分の1の期間書き続けてると思うと、チョッとだけ、凄いんじゃないかとも思う。
ので、少しだけ、省みてみようかと。
そもそも、10年前。
このブログを始めた頃は、まだ、周りにネットを繋いでないヤツも結構いたし、ブログをやってるってヤツも、そうそういなかったような気がする。
まぁ、その頃やってなかったようなヤツが、その後に、MIXIから始まって、ツイッターやれ顔本や、LINEやと、SNSでドンドコ個人情報を垂れ流してるんだと思うけれども。
10年前、沼レコードと言うHP内コンテンツのひとつとして、活動内容を記録する為に、「超コツコツ日記」と言うブログを製作した。
当初は、ブログシステムも借りずに、毎日、HTMLで文章を書いては、アップする方式だった。
しばらくして、ブログシステムを運用するようになり、それから2回ほど引越しをして、今のFC2に落ち着いたのは、9年くらい前か・・・
その頃は、そんなSNSなんてものほとんどなかった。
MIXIが、流行り始めるか・・・その位。
まだ、MIXI自体が招待制と言う、よく分からない感じだったはず。
SNSもなくて、ネット上でのコミュニケーションは、今はもうほぼ死滅した掲示板でやってた。
(まぁ、2ちゃんは色々分裂したり揉めたりしながら、まだあるけど。)
沼レコにも、BBSと言う名の掲示板があって、そこで、色々やり取りもしてたんだよね。ブログにも、今で言うSNS的な役割がチョッとあって、人のブログを読みに行って、コメントを残す。
ブログの訪問履歴から、自分のブログを読みに来てもらって、コメントを貰う。
みたいなやり取りがあったり、ブログ同士で相互リンクしあって、そのブログ内で、相互リンクしてる人のことを記事に書いたりもしてた。
あと、バトンってのも流行ったよな。
いくつかの質問に答えた後、自分の知り合いのブロガーさんに、バトンを渡す。
で、そのバトンを貰ったブロガーさんは、質問に答えるみたいな・・・(ブログのバトンとかって、まだやってるヤツいるのか?)
オレも、沼レコードのホムペ作った初めの頃は、アクセス数を増やしたいと言う下心込みで、こんな事を結構頑張ってやってた。実際、あった事も、見た事も無いブログ上だけ(と言うか、ネット上)の知り合いも何人もいて、バトンとかもやってた。
最盛期には1日100人くらい見に来る・・・と言うとこら辺までは、頑張ってたような気がする。
・・・でも、今、その頃の人たちのほとんどは、ブログを辞めてしまった。
やってるかも知れないけど、ブログ自体が変わってる。
それに併せて、繋がりも消えてしまった。
10年前一緒にわちゃわちゃやってたいくつかのブロガーさんの中で、今でも、タイトル、url等変更無しのブログで、割と頻繁に更新を続けてるのは、オレだけになっちゃったと言う事実がある。
そして、あの当時よく絡んでた、○○さんも、○○夫妻も、○くんも、○○ちゃんも(一応、気を使って伏字で)、多分、もうこのブログを見てはいないと思う。
最盛期の10分の1くらいになっちゃったけど、それでも、まだ1日10人くらいは、アクセスがあるので、その10人は、よっぽどの変態なんだろう。
でも、その10人くらいは、多分、SNSはやってても、ブログはやってないんじゃないのかなぁ~と。
ついでに、身辺の話でも考えると、学生だったオレが、仕事をして、結婚して、子どもも出来て、今に至る。
最近、ちょくちょく、自分でこのブログ読み直してて、その過程が自分で言うのもなんだけど、割と面白かったりする。
それが、自分の事だからなのか、人の人生の割と長期間の赤裸々な記録だからなのかは分からないけども。
そんな意味も含めて、10年間続けてきて、やっと、ブログを書く意味ってあるかも知れないと思い始めてきた。
もう、辞められない。
辞め時を失ってしまった。
辞め方がわからない。
そんなままで、これからも20年とか、30年とか続けていくんだろうな。
辞め時が来るとすれば、それは、この今書いてるFC2がなくなるときだと思う。
でも、オレは、きっと自分の運営してるサーバーとかにwordpressとかを入れて、まだまだ、続けそうな気もする。
辞めるタイミングも、理由も、方法も無くなってしまった。
それは、寂しい事ではないと思うので、よしとするか。
10年間お世話様でした。
テンプレートも一新して、気持ち別に新たにしないで、頑張るわけでもなく、のんびり更新していきますので、これからもよろしくお願いいたします。
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- 2014年9月21日 21:36 CAT :
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あなたを責め逝かすにはまだ愛撫が足りない
9月10日に、こんな記事を書いて、それを9月21日頃にアップしようと思ったんだけど、ご存知の通り、9月11日に、例の朝日新聞の謝罪会見とかあったりしちゃったもんで、何か、チョッと変な感じになってしまった・・・
まさか、謝罪とかするはず無いと思ってたから・・・(まぁ、原発の誤報がなければ、慰安婦問題は、スルーするつもりだった可能性が高かっただろうけども。)
って、事なので、まぁ、読んでるヤツも大していないだろうけども、チョッと内容がちぐはぐになっております。今日の内容は。
・・・やっぱり、時事ネタは、書いた日にアップしないといけないね。
そんな事を、踏まえた上で、「続きを読む」以下に書きます。
です。
はい。
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- 2014年9月19日 21:40 CAT :
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【王道軽症】オナニーノーツその4 「今宵、『ただいま』はゼロになる」
例えば、無為にオナニーによって放たれた精子たちが、ティッシュ(ティシューとも言う)の中で息絶えたとして、それは無駄だったのだろうか・・・
その男の快楽の為に、自らの命を賭し、そして死んでいった精子たちを一体誰が笑えると言うのだろうか。
例え、100%毎回中出ししたとしても、そのほとんど数億が死に絶える現実の中で・・・
そんな感じで、今日もオナニーだ!!
あぁ~気持ちいいじゃあないか。ちみちみ。
と言う訳で、第4回目は「今宵、『ただいま』はゼロになる」。
生来のあまのじゃくなので、人がそう言うと、「そうじゃねえよ。」と言いたくなってしまう。
実際に、そうやって作った曲も結構あって、例えば、「永遠の向こうにある果て」の時につくった「花々木々」と言う曲がそうだったりする。
この当時、今はどっか行ってしまった「オレンジレンジ」さんと言うバンドが「花」を言う曲をヒットさせた頃だったように記憶してる。
その曲の中では、とにかく花を賛美し、「花になろう」とか「花になりたい」とか歌ってるんだよ。
それを聞いて、「こいつらはアホか?花になりたいって、花は多分人間になりたいって思ってるわ。
ボケが!!」って思ったことが、この曲を作ったきっかけ。
そして、「今宵、『ただいま』はゼロになる」もこれと同じような経緯で生まれた曲だったりする。
この曲を書き始めたきっかけは、この頃(まぁ、今もかも知れないけど)騒がれてた「高齢化社会の弊害 孤独死」。
なんかやたら、テレビとかで「悲惨な孤独死」と言う表現が飛び交ってた。
「孤独死した老人」=「悲惨な人生だった」と言う、謎の数式が刷り込まれている事にすごく違和感を覚えたオレは、じゃあ、「幸せな孤独死はないのか?」と考え始める。
平凡だけど、幸せな人生を歩んできて、そして、家族みんなを見送ったあとに、最後に自分が孤独死で、家族のもとに行く。
とすれば、人それぞれに価値観はあるかも知れないけど、それでも、それは、悲惨な人生を歩んだ上での孤独死じゃあないんじゃないか。
オレは、そう思ったりしてる訳ですよ。
タイトルは、チョッと「村上春樹」っぽくしようと、「今宵、『ただいま』はゼロになる」にした。
(これが結果的に、村上春樹っぽいのかどうかは、よく分かんないけど。)
ただ、この曲。ここから先が長かった。
歌詞を何度書いても、何か納得できなくて、しかも、長々となってしまう。
最終的には、いくつか端折ったりした為、歌詞の中で「で・・・?その子どもたちはどうなったよ?」とか、突っ込むところがたくさん出来てしまった。
それに、細かい描写をとにかく何度も変えまくったのに、最終レコーディングの時に、間違って、完成のひとつ前の歌詞で歌ってしまったので、本当の完成した歌詞が御蔵入りという、よくわからない状況になってしまってる。
曲は曲で、ホントなかなかできなかった。
一番最初は、電車ってバンドの「お別れの背景」みたいな、明るいけど悲しい曲みたいな感じだったんだけど、気に入らなくて、一転して、しっとりとしたバラードの曲に書き換えてみた。
でも、その曲だと、何となく、中だるみするし、歌詞が頭の中に入ってこなかった。
その後、三拍子の曲にしては「惑星ひとりぼっち」とかぶるから没にしたり、ひと思いに、メタルっぽくしようとして挫折したり・・・ほんと、今回のアルバムで一番曲を書き直したと思う。
その過程で出来たリフをメインに朗々と語る形式の曲にする事でやっと納得できるものになった。
おまけで、サビだけ新しく作り、Bサビには、一番最初に作った曲のヤツを流用。
紆余曲折を得て出来た曲。
今回のアルバムの中で最もらしくない(良い意味でも、悪い意味でも)曲になってるはず。
でも、この感じの発展系がこれから先になるように感じてならない。
いつしか、「今宵、『ただいま』はゼロになる」の最終系な曲が誕生することを願って、今日のところは、スッキリすることにする。
と言う事で、次回はたいひー初の作曲曲「黒魔術ラヴィンユー」でお会いしましょう。
さようなら。
さようなら。
さようなら。
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- 2014年9月17日 22:45 CAT :
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ひろげればピンクの奥の奥まで見えるようになったぜ
コンタクトレンズを新調しました。
昔から、ハードレンズ使ってるんだけど、ハードレンズでも、最近定額制のヤツがあるそうで・・・
なんか、うまいように搾取されてる気がしないでもないけれども、まぁ、いくらでも新しいレンズが手に入ると言う良いんだか悪いんだか良く分からないサービスだから、良しとしようか・・・
使い始めると、やっぱりコンタクトって便利だよね。
昔よりも、酸素透過性とやらも良くなって、目に優しいらしいし・・・
まぁ、何しか、昔から、コンタクトを新しくすると、脳内で、TAK MATSUMOTOの「THE CHANGING」が流れ始める。
コンタクトレンズに変えて見た~
ですよね。 - この記事を見てみる ⇒
- 2014年9月15日 22:42 CAT :
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新人バンドのテーマ~セカンドシーズン
先日、「X」の「紅」と言う曲を聴いていたとき、頭の中で、こんなイメージが再生された。
「ペンキ職人の彼は、3時の休憩の時に、持って来てたオレオを食べようと思ったけれども、手が滑ってしまい、オレオを赤いペンキの中に落としてしまった。」
「紅に染まった このオレオ・・・慰めるヤツは もう居ない・・・」
さてさて。バンド再結成ブームもひと段落したのかと思いきや、今年に入って、ウルフルズががっかり再結成して、光GENJI(ん?バンドじゃねえか・・・)が再結成するとか言う話が出てて、ついに、再結成しないだろう筆頭のひとつだった「BOOWY」までも、再結成の話が出てきてる。
バンドの再結成・・・
となると、どうしてもキンショーの「新人バンドのテーマ」を思い出す。
再結成後、初のアルバム「新人」の最後を飾る名曲。
本人達がどう思ってるかは別として、ファンの気持ち・・・をこれほどまで、的確に描いた曲もそうないだろうて。
「新曲なんか聴きたくない。
昔の曲をやってくれ。
どの面さげて戻ってきた?
ロックバンドの再結成」
う~ん。この曲を、再結成したバンドが歌うと言う所が、やっぱり良いよね。
再結成ってなると、どうしても、きな臭い金の臭いがしてならない。
結局、ソロになって売れなくて、お金がなくなったから再結成。
見たいな気がしてしまう。
または、過去の栄光を思い出して・・・とか。
期間限定の再結成のはずだったのに、いつの間にか、なし崩し的に、ズッと続いてるとか、何度も期間限定の再結成をしてるバンドに対して、ファンはどう思ってるんだろう・・・?
個人的には、やっぱり、ズッと活動してるバンドの方がカッコいいと思う。「真心ブラザーズ」と「エレファントカシマシ」。
どっちも大好きだけど、最近「エレファントカシマシ」の方がカッコいいと思うようになった理由もこれだと思う。
あと、断続的なラルクより、ズッと頑張ってるGLAY。
とか。
キンショーみたいに、一思いに「再結成」をネタにしてしまうのも、凄く好感が持てる。
(まぁ、その前に、単純にキンショー信者なので、再結成自体が涙モノの感激だったんだけれども。)
ふと思ったんだけど、再結成の時って、大抵、解散時のメンバーが集まるよね。キンショーもかつてのメンバーを集めて再始動しようとして、ファンにボロカス言われて、オーケンが不貞腐れて脱退した過去があるし。
やっぱり、止まった時が動き出す。
と言う感覚なんだろう。
(今でも、キンショーのドラムスは、やっぱり太田明が良いと思ってるオレが言うんだから、間違いない。
と思う。
なぜか、キーボードは、秦野さんじゃなくて、エディがいいんだけど・・・)
ただ、ライブにかつてのメンバーがゲスト出演するって言う演出は凄まじく好きだと思う。少なくとも、オレはそう。
Xの再結成ライブの時、東京ドームのステージにTAIJIが現れたら、多分、あのライブは、もっと伝説になってただろう。
でも、それは叶わなかった。
どうしても、脱退メンバーって言うのは、解散よりも絶望的な決別で、お別れした場合が多いからだと思う。
活動中の脱退ってのは、その位の覚悟がいるんだろう・・・
一部を除いては・・・
聖飢魔Ⅱなんて、頻繁に「悪魔オールスターズ」とか言いながら、歴代のメンバー全員呼んでライブしてる。
あいつ等、悪魔のクセに仲良しすぎる。
キンショーだって、しょっ中色んなトコで、元メンバーと一緒に活動してる・・・と思ったら、武道館のライブの時に、歴代ギタリストは来るわ、絶縁してた太田明は来るわ、キーボードがエディと、秦野さん2人になるわ、挙句の果てに、元ドラムのみのすけが何故かギターで参加して、あの伝説の「大釈迦」でしょ・・・
こいつらも仲良しすぎる・・・
挙句の果てには、去年のケラの「ケラリーノ・サンドロヴィッチ・ミューヂック・アワー」だよ。
かつてのケラが携わったほぼ全てのユニット、バンドが参加って・・・しかも、有頂天なんか、第何期ごととかで、そのメンバーが参加したとか何とか・・・
しかも、場所は、新宿LOFTって・・・あそこ、キャパ500人くらいじゃなかったっけ?
この人たちは、そもそも仲良しな上に、本当に音楽を楽しんでるんだろうね。そんなの見てると、XのライブにTAIJIが参加できないまま、TAIJIが死んでしまったとか、哀しすぎる。
オレは、X信者じゃなくてよかった。
キンショー信者だからニコニコしながら彼らの活動を見守れるけど、X信者だったら、多分色々辛すぎて、心が病んでると思う。
・・・んと・・・何が、書きたかったのか良く分からない、変な文章になっちゃった・・・けど、長くなっちゃったので、この辺で・・・
確か、10月のキンショーの新譜が楽しみだ~って話を書こうと思ったはずなんだけどなぁ~・・・
THE SHOW MUST GO ON!!
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- 2014年9月14日 10:14 CAT :
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ビロビロまんこ見聞録(無修正)
少し前に、ふと思い立って、関連記事を表示できるようにして見た。
下の出てる「関連記事」ってのが、それ。
(個別表示じゃないと、表示されないよ。
悪しからず。)
このブログも、何だかんだと言いながらもう10年やってる訳で、途中色々さぼったりしてるけれども、それでも、2000近いエントリーがあったりする。んで、関連記事と言いつつ、特に関連してなくてもランダムで、表示されるようになってるので、多分アクセスするたびに、全く違う(し、何にも関係ない)関連記事が表示されてる(はず)。
それがまた、自分で結構面白い。
なんだこの記事?みたいなののオンパレードだ。
何より良いのが、いつまで経っても終わらない事だよね。
そりゃあ、オレの10年のコツコツを、一晩や二晩で全部辿られてたまるかってんだ。
と言う事で、お暇な方がもしいたら、まぁ、どこまででも戻る「関連記事」で、色々読んで見て下され。
その当時の時事ネタとか、嫁と出逢った付近の惚気とか、社会に出る前の青臭い主張とか、単純な下ネタとか色々あるよ。
それが、面白いかどうかは、知らんけどな。
あとは、ブログのテンプレート自体を少々いじってやりました。
せっかく、自分でテンプレートとか作れるようになったのでね。
少々思い切った感じでございますが。
ただし、めんどくさいのでPC限定だよ。
取りあえず、更新。
でも、今から、少しずつ改変させていく感じかな。
なんせ、前のヤツもう5年くらい使ってたから、変な感じ・・・
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- 2014年9月12日 20:34 CAT :
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頭が悪くて深くは分からないけれど そんな事くらいは分かるんだ
よく「子どもは親を選べない」と言う話を聞く。
とある機関が、まだ胎内の記憶があり、しかも、ある程度コミュニケーションを取れる位になった子ども(だいたい2~4歳くらい)に、昔ことを覚えている?と聞く実験を行ったらしい。
何人・・・とか、詳しい事忘れちまったんだけど、覚えてる子には、前世の記憶を語る子や、それこそ胎内の中に居た頃の記憶を語る子など、まちまちにいたとか。
その中で、結構共通して語られたのが「お母さんを選んだ」と言う類の記憶。
中には、これから生まれてくるであろう兄弟と一緒に。
と言う記憶すらあったそうだ。
・・・子どもは、お母さんを選んでる・・・選んでるんだよ。
実は、子どもには、親を喜ばせたいと思う本能があるらしく、一説には、「お母さんを選んできたんだよ」と言う事で、親を喜ばせようとしている・・・つまり、嘘で言ってると言う切もある。
でも、オレは、そんな事はないと思う。
選んでるんだって。
選んでくれてるんだって。
・・・としたとき、ふと思う。
虐待するような、クソ親でも、そいつを選んで生まれて来たんだろうか・・・。
例えば、すっごい中二病な赤ちゃん(中二病な赤ちゃんって時点で、すでにアレっちゃあアレだけど)が居て、「どうせ、どの親に生まれたって、世の中は行き辛いんだよ。
誰を選んだって一緒さ。
だったら、最悪なヤツを選んでやるよ。」とか、「人に世話されたくないんだよ。
ネグレクト気味にあの女。
オレと気が合いそうだね。」とか、そんな感じで選んでるんなら、もうしょうがない。
きっと、「思ったよりきつかったぁ~」って後悔してるだろう。
中二病ってのは、その場の発想のために、将来後悔するものだから。
そうじゃない場合はどうだろう・・・
運命まで見えた上で、その親を選んでいる。
もっと高尚なのになれば、「僕が、救ってあげたい」とか思って、その親を選んでるとか・・・
赤ちゃんは、比喩的な意味じゃなく、本当に天使だった。
そんな妄想をする。
世の中には、やり切れない虐待が沢山ある。
出来れば、虐待した親には、全く同じ虐待を与えていただき、そのままいじめぬかれて死んで欲しいと思う。
でも、そんな時、こう考えれば、少しだけ(本当に、少しだけだけど)、気分が楽になったりする気がする。
幸せになる権利があるのは、誰なのか・・・
少しだけ、思いを寄せる。
そんな夜。
少し涼しくなってきましたね。
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- 2014年9月10日 21:45 CAT :
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まんこに色々はめ込むためだけに人間は生きている訳じゃあなんですよ
さぁ、今日はみんな大好き。
素敵な隣人。
韓国のことわざを紹介するよ!
隣人の文化を知る事は、とっても大切な事。何も分からないまま、闇雲に付き合っていくなんて、大変な事だと思う。
と言う事で、まずは有名なこれ!!
「泣く子は餅を一つ余計もらえる」
ゴネ得ってヤツだね。揉めた時には、泣き喚いた方が得すると言う教え。
日本人から見たら、クズでしかないけど、これも韓国の文化だからしょうがないね。
あいつらが、泣き喚いてる時は、打算的に考えて喚いてるだけだから、無視した方が良い事がわかるね。
次!
「女は三日殴らないと狐になる。」
女は、殴って言う事をきかせないとダメだと。さすが、世界一のレイプ国家。
男尊女卑が、文化の根底にまで根付いている。
この精神で、嫁を殴って言う事をきかせようとしたために、韓国人男性との結婚を法律で禁止してる国も、アジアには、沢山あるんだよ。
でも、日本では、そんな法律はない。
良かったね。
セキネマリさん。
次!
「弟の死は肥やし。」
他の人が不幸になる事は、得てして自分にとって都合の良い事。と言う意味のことわざ。
弟が死ねば、自分に回ってくる遺産も増えるし、めんどくさいシガラミも亡くなると。
とことん、冷静に人(例え親族であっても)と付き合える事が良く分かるね。
次!
「長生きすれば姑の死ぬ日がある。」
凄くうれしい事が起こった時に使うことわざだそうです。嬉しい事の例えが、人の死しか思いつかないとは、さすが韓国。
韓国民の根幹にある感情が「恨」と言うのが、非常に良く分かることわざではないでしょうか。
次!
「一緒に井戸を掘り、一人で飲む。」
大変な事は、自分一人ではやらないで、誰かに手伝わせれば良い。でも、それによって齎された利益は、誰にも渡すな。
と言う、素敵な教え。
全員がこんな事考えてたら、誰も協力なんてしてくれなくなる・・・じゃあ、誰に協力させればいいか。
今の韓国を見る限りは、日本人ですよね。
たぶんね。
そろそろ最後!
「姑への腹立ち紛れに犬の腹をける。」
逆らえない人にムカついた時は、無抵抗なヤツの当たれ。と言うことわざ。
何か、基本的には暴力だよね。
あとは、ムカついた時には、それをため込む事は基本的には出来ない。
そして、それをどこかにぶつけなければどうしようもない。
これを韓国人の民族的精神病「火病」と言う。
今回、紹介したヤツ以外にも素敵なことわざが沢山あるので、興味ある人は、勝手に調べれば良いと思う。
どちらかと言えば、分かりやすいものばかり選んだけど、もっと意味不明なヤツとか、「なんでそうなるの」と言うヤツも結構あるよ。
まぁ、これが、ことわざ。
文化の根底にある・・・とまでは言わないけど、思考と行動に幾分かの影響を与えてると考えると・・・
そんな素敵な隣人と、仲良く付き合うかどうかは、人それぞれ。
勘違いしてもらったら困るのは、オレは、韓国と言う国が嫌いで、韓国人も嫌いだけれども、個人としての韓国人に対して、嫌悪感を持ってる訳じゃあない。
ただし、それは、上記のような考え方を持っていなくて、まともに話し合いが出来て、ファンタジーな歴史を信じていなく、かつ、「竹島」を占領している事を詫びてくるようなヤツだ。
それ以外のヤツは、オレには、近寄らないでください。
別に、どこぞの人みたいに、死ねとは言わないので。
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- 2014年9月7日 21:44 CAT :
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【王道軽症】オナニーノーツその3 「惑星ひとりぼっち」
きっと誰も期待していない。
孤独なオナニーの夜だよ。
オナニーとは、どこまでも孤独であり、そして、どこまでも誇り高いもの。
全ての男子諸兄よ。
今こそ、ちんこを握るのだ。
まんこを妄想しながらも。
と言う訳で、第3回目は「惑星ひとりぼっち」
これも、実は、その前の「死合わせとシャボン玉の唄」と「惑星ひとりぼっち」でひとつの曲なので、ひとつの曲として書く。もっと言うと、実は、「死合わせとシャボン玉の唄」の前半部分は、全然別の曲「幸せと死合わせ」の前奏部分。
この曲自体が、罰曲となったけど、前奏部分だけは気に入ってたので、それを「シャボン玉の唄」の前奏に無理やりくっつけた。
と、そんな感じ。
で、この曲の内容。
この曲は、多分、今回のアルバムにおいて、「白痴にも書けるラブソング」と並ぶ、最も思い入れの強い曲。
正直、強すぎて、アルバムに収録するんじゃなくて、「もよもよの風」のように、ひっそりと要所要所で歌い継いでいく曲でもいいと思ってた。
詳しくは、書かない。
と言うか、書きたくない。
許してもらうつもりもないし、忘れるつもりもない。
ずっと背負って生きていく。
ただ、そう言う唄。
それ以上でも、それ以下でもない。
誰にも分かってもらえなくても良い。
オレと、嫁が分かればそれでいい。
オレと嫁だけはこの曲を聴くと、悲しい事が色々まざまざと浮かんできてしまう。
そんな唄。
登場人物は3人。
歌詞の中で、あえて、目線の表記は省いているけど、3人それぞれの目線から見たそれぞれをない交ぜに描写してる。
そうする事で、きっと、分からないヤツには、良く分からない抽象的な表現だけど、分かるヤツ(まぁ、オレと嫁だけど)には、それがわかるようになってると思う。
大切な曲なので、率先して聴きまくる事も、歌いまくる事もないけど、いつまでも受け継いでいくと思う。
この曲で、一度落としたあと、ここから、アルバムは本懐となっていく。
と言う事で、次回は珍しい長調の曲「今宵、『ただいま』はゼロになる」でお会いしましょう。
さようなら。
さようなら。
さようなら。
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- 2014年9月4日 21:42 CAT :
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黒い合言葉
個人的に、一番お気に入りなタイトルは「ジャム地獄ジャム」。
これ、相当いい感じだと思うんだけど、どうなんだろう?
この曲を良いって言ってくれるのって、弟くらいしかいないのがチョッとしょんぼり。やっぱりなかなか、自分が良いと思うものと、人が良いと思うものには、どうしても差があるらしい。
例えば、オレの場合、自分が心地いい。
と言う事を一番にして、作っているからいいとして、果たして、人のために作っている人の場合はどうなんだろう?
人のために、曲を書く。でも、自分の良いと思うものと人が良いと思うものに、絶対的な剥離がある場合は、色々苦しいんだろうな~と。
それが、俗に言う「産みの苦しみ」なのかも知れない。
冷静に考えて、自分の作りたいものを作っているなら、自分が良いと思うものにしかならない訳で、そうなると「産みの苦しみ」って、ないんじゃあないだろうか?とか思っちゃうんだけども。
と、ここまで書いててふと思った。
自分の思い通りに作れなければ・・・
頭の中にある絵を、全く同じに表現できない時に、凄いイライラするんですよ。
オレは、特に、マンガとか書いてる時にね。
そう言う事か。
そう言う事なのか。
だとしたら、オレは、音楽に関しては、才能があるか、志が低いかなんだと思う。
前者だと思いたいけど、人の目もあるし、後者と言う事のしておこう。
テ・キベクナ・レ・テスエナ
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- 2014年9月3日 22:00 CAT :
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死ね!死ね!死んじまえ!
実は最近、予約投稿を駆使しまくって、ブログ書いてる。
具体的に言うと、どうせ、毎日、ブログを書く時間なんて取れる訳ないんだから、書ける時にオラオラ書いておいて、貯めておこう。
とかそんな感じ。
(時事ネタについては、基本的に、即日投稿。)
ちなみに、この記事書いてるのは、8月17日だけど、多分、表示されるのは、9月2日以降だろう(いつにするか、決めてないけど・・・)
初めは、何か「これ書いてるのは、夏だけど、載るのは秋なんだよね」みたいな良くある作家さんの独り言・・・そんな感じになった~
位にしか思ってなかっただけど、段々溜まってきたら、自分の今の考え方と、実際に表示される内容にチョッとしたタイムラグが生まれてチョッとそれが面白かったりもする。あと、「あぁ~あぁ~こんな事書いた書いたww」みたいな感じとか。
タイムラグを暫くは楽しんでみようと思ってるんだけど、それがまた、なんとも心地よくて、結構な頻度で更新しております。
年内は、このペースを崩せずいけるといいなぁ~と思ってるんだけど、例年通りなら、このペースも、1ヶ月位だろうて。
もうそろそろ、限界かも知れない。
別に、限界じゃあないかも知れない。
どっちでも良いと思う。
けど、取り合えず、更新頻度上げると、読んでくれる人がいる事は確認できました。
何と奇特な方!
ありがたや~ありがたや~
揉み手で、本日も書かせていただきました。 - この記事を見てみる ⇒
- 2014年9月1日 20:00 CAT :
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リンスしかいらないデ・メリット
仕事の範疇について考えてみる。
何か、社蓄だけでなく、経営者にしても、365日休みなし!と、何を言いたいのか自慢してるおっさんとかいるけれども…
それは、果たして自慢できる事なのか…?と。ただ、それを考える為には、冒頭の「仕事の範疇」と言う部分を結構、考えていかないといけないと思う。
会社に来て働く事は仕事なのか?
家で会社の仕事の残りを片付ける事は仕事なのか?
家で副業をしている事は仕事なのか?
家で趣味に没頭している事は仕事なのか?
本を読むことは仕事なのか?
それが、漫画の場合には仕事なのか?
子どもと遊んでいるのは仕事なのか?
家事をやっているのは仕事なのか?
・・・仕事。とは、現代社会において、「対価をしてお金を貰うこと」と、甚だ誤解されがちだけれども、そうじゃないと思う。
個人的には、仕事とは、生きていく事を維持していく為にするべき事だと思っている。
例えば、完全自給自足をしてるおっちゃんが居たとして、そのおっちゃんは、別にお金の為じゃあないけど、自分で食べる為の作物を作る事を多分「畑仕事」と言うと思う。
なぜなら、完全自給自足で、生きていく事を維持する為には、自分で食べるものを作らなくちゃあいけないから。
これは完全に仕事だと思う。
この観点で、飛躍すれば、生きていく事を維持する為に、家庭を維持する事(つまり、家事や子育て)も十分に仕事だと言えるだろうて。
・・・と考えれば、さて。
365日休みなし!は自慢できる事なのか。
結論を言えば、普通誰でもしてる事だ。
むしろ、そんなの「オレ、朝ごはん食べる為に、自分でご飯よそって、目玉焼き作ったもんね」と自慢してるレベル。
本人からすれば、頑張ってるつもりかも知れないけれども、傍から見れば失笑ものでしかない。
しかも、そんな事を自慢してるおっさんなんて、下手したら、休日には、本当の意味での仕事をしてない場合が多い。
家事をしない、子育てをしない。
「仕事で疲れてる」から、仕事をしないらしい。
ひとつの会社としてみた場合。
「オレ午前中仕事して疲れたから、午後からは、仕事しないね。」は、なかなか通らないと思う。
それを、自分の視野が狭いから、会社と言うひとつのくくりでしか、仕事を見れてなくて、もっと大きな社会的な視点で見たときに、失笑ものの自慢をしてしまってる。
と言う場合が多いかも知れない。
(知らんけど)
ついでに言うと、経営者の場合なんて、もっと情けないと思う。だって、自分の初めた事の話でしょ?
自分で始めておいて、それを1年中やってるから「オレ凄いだろ」って、そんなのしらね~よ。嫌なら、辞めろよ。
と言うだけ。
なんだったら、会社で仕事した後、家帰ってからも、副業をしてたり、家事を手伝ったり、それを休日にしてる、365日休みなしって結構居ると思うけども。
ビジネス書を読んでる?だからなんだよ。
じゃあ逆に、漫画読んでるのか?小説読んでるのか?映画見てるのか?ドラマ見てるのか?
ビジネス書しか読んでないから、そんな狭い視野で、固い頭になってんだろうが。もう少し、漫画でも読んで、柔軟性を持たせてみろ。
インプットの方法も、広げられないから、そんな、恥かしい事自慢するんだよ。
と、なるんだと思う。
理想を言えば、楽しい事をやって、生きていけたら、それが何よりなんだけど、それが出来てる人って、なかなかどうして少ない。
「仕事を遊び」と言い切れる、数少ない勝ち組の方には、羨望のまなざしを向けつつも、今日も色々頑張ります。
嫁ともども365日、休みなく。
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