- 2007年6月18日 21:52 CAT :
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赤の女王その愛深きゆえに
「有性生殖のパラドックス」と言う言葉をご存知だろうか?
生物の繁殖方法には2種類ある。1つは無性生殖。
もう1つは有性生殖だ。
単純に考えてみると無性生殖の方が圧倒的に合理的で危険が少ない。
例えば有性生殖の場合、相手をわざわざ見つけないといけないし、それと交尾するのに時間も体力も沢山いる。
挙句の果てには、交尾の最中なんか無防備で命の危険すら伴ってしまう。
そんないわゆる「有性生殖のコスト」を考えると、どう考えても無性生殖の方が生物的に見ても子孫を残しやすい。
でも実際には90%以上の生物が有性生殖の形を取っている。
この矛盾を「有性生殖のパラドックス」と言うんですよ。
さてこの生物化学における最大の矛盾には、もちろんの事それを説明する仮説がいくつも存在する。
その中でオレが一番気になるのはいわゆる「赤の女王説」。
ルイス・キャロルの鏡の国のアリスに出てくる赤の女王のセリフ「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」に生物の進化を当てはめた学説です。
その場とはこの場合地球だとして、地球に留まるためには全力で走り続けなければいけないと言うこと。
本来強い遺伝子を作るためには、いくつかの遺伝子をペアにする事で得られる相乗効果に期待する場合が多いらしい。
もちろん突然変異やウイルスによるものもあるけれども。
無性生殖の場合、遺伝子の完全なコピーなので環境が激変した場合には、その環境の変化についていくことが出来ない。
逆に、有性生殖は、減数分裂による遺伝子のシャッフルなので、強い遺伝子の組み合わせが出来やすい。
いうなれば急激な進化がしやすいと言うのだ。
ちなみに冷めた事を言うと、このより強い遺伝子の組み合わせが作れる配偶者を探そうとする本能を人間は「愛」と名づけた。
それはもしかしたら、知性を持ってしまった人間の野生としての本能の否定だったのかもしれない。
それはもしかしたら、知性を持ってしまった人間の従来の野生としての本能を敬愛したのかもしれない。
いずれにしろ、人間は「愛」と言う形でその衝動を表す方法を考え出した。
愛のために全てを投げ捨てた男は、本能に忠実な人間だったんだろう。
愛に覚めた女は、本来の生物としての人間ではなくなっているのだろう。
こんな事を科学的に考える科学者でもきっと愛する人がいたりする。
結局の所、人間はその本能から逃れることは出来ないんだろう。
「有性生殖のパラドックス」。
興味の尽きない話題だわ。
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