2020年10月27日 1:29 CAT :

「世界の中心で愛を叫ぶ」を見ての感想 6年ザクロ組 しもたろうに

先日「スイスアーミーマン」と言う映画を見た。

まぁこれが何だ。久々に、心をグンと引き寄せられるような感覚になるほどの衝撃を受けた。

そして「いや~映画って本当に良いものですね」と水野晴郎のように思った次第です。

その結果、久々にここ最近は、映画見倒してた。

流れは下記の通り。

「ヒミズ」を見て、最後の「住田頑張れ」で涙が止まらなくなった。号泣した。

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泣ける映画つながりで「さとうきび畑の唄」を見て、森山良子さんの歌声とさんまさんの演技で隣の寝室で寝ていた嫁に「めっちゃ泣いてたね」と言われるほど嗚咽を漏らして号泣。

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「さとうきび畑の唄」がTBSオンデマンドだったことから、つながりでアマプラで「世界の中心で愛を叫ぶ」を発見。

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これ、そう言えば見た事なかったよな。アマプラで今月中に配信終了か。これも、めっちゃ泣けるドラマらしいので、これを見てみるか。

と言う事で、先週末からドラマ版11話を一気見した。

本当なら、「スイスアーミーマン」の感想をつらつら描きたかったんだけど、あの話はあれだ。一回流し見したくらいでは到底語る事は出来ないので、また、その内もう1回くらい見てから書くことにして、今日のところはもう一つの「世界の中心で愛を叫ぶ」の感想でも書こうと思った次第です。

さてさて。

という訳で、11話全部見たよ。

考えてみたら、ドラマを全話通して見たのって結構久しぶりだった気がする。

前に見たのは「帰ってきた時効警察」だったか。・・・その位ぶりだ。

先に結論を書いておこう。

正直、全く泣けなかった。

何だこのドラマは。となった。

なぁ~にが純愛ドラマだ。馬鹿野郎。これだったら「ヒミズ」の方がまだ純愛映画だ。

ドラマ版を今回見た理由としては、映画版では感情移入しづらいとか、じっくりエピソードを重ねるドラマ版こそ至高。と言った「なるほどな。なるほどなるほどなるほどな」な感想が散見したらなんだけど、それは確かにそうだった。

いや、映画版見てないけど、ドラマ版でもその部分については否めなかったので、これが2時間程度の映画尺なら何をいわんやと言う感じ。

ただ、そのじっくり重ねたエピソードがぬるくて、死ぬほどかったるい。

こんな言い方して良いのかどうか分かんないけど、命を懸けた、しかもその後の人生をずっと揺さぶるほどの大恋愛とは思えないほど、二人の付き合ってる描写が超希薄。

まぁ、地上波ゴールデンのドラマなのでと言う部分はあると思う。淡い高校生の恋愛なんだらかね。

実際見ようによっては、「このシーンでセックスしてますけど、それはわざわざ描写しませんよ。大人の方は分かりますよね」と言う演出が部分的にあるので、まぁ、この2人は男女の関係ではあったんでしょうね。と言う事は分かる。それはそれでいいんだよ。

でも、お互い告白して、好きになって、チョッと付き合ってる風なエピソードを重ねて、その後セックスしました。程度じゃねえか。と。

いやいや、それだったらオレと嫁がこれまで積み重ねてきたエピソードの方がよっぽど濃ゆいつ~の。こんな一般人が普通に嫁と過ごしてきた年月と比べても「う~ん。恋愛ごっこ」と思えるようなでしかないんだよな。

あと、主人公のサク君に対して、もう、これはホントに自分本位過ぎてただただムカつく。

何だこいつ。まぢで、周りの人の気持ち全く考えないで自分の事しか考えてない。

それにムカついてしょうがなかった。

今回、ドラマを見ていく上で、気が付けばオレは2つの目線で物語を追ってた。

ひとつは、結婚前の自分とサク君を重ねた見方。

もう一つは、娘を持った父親として三浦友和扮する亜紀ちゃんのお父さんに自分を重ねた見方。

自分が、高校生の頃の彼女が病気で死にかけていたとしても、「何考えてんだ?こいつは?」と思う。

自分の娘に彼氏が出来て、その彼氏が死にかけの娘を連れまわされて、症状を悪くさせているとしても「何考えてんだ?こいつは?」と思う。

これ結局のところは、高校生の頃の思春期特有な「自分がこの世界と言う物語の主人公」だと思い込んでいるヤツが、自分の事だけを考えて、周りを振り回した結果、一人の女の子を死なせちゃったと言う物語なんだよね。

サク君も亜紀ちゃんも全く相手の事や、周りの事を考えてないままに、ヒロイックな感情に浸って自己満足で死んでいったり、殺したりしてるだけだろう。

ただ、そういう荒唐無稽でも若い男女の恋愛もののドラマに仕立てたい上の人と、それに抗うかのような物語としての完成度を求める監督さんの矜持かなんかだろう、「そうじゃないんだ」と言う意図での演出があって、それはすごく良かったと思う。

大人の人のそれぞれの感じが凄く良いんだよ。

演者さんがやっぱり素晴らしいよね。

そんなこんなで、前半はムズムズするような淡い恋愛ものとして、後半は感動ものとして見れる。いや、見れてたんだ。だから、最後まで見る事が出来た。

問題なのはラストの2話。

こんな事をド素人のオレが言うのはどうかと思うけど、演出のセンスがあまりにも無さ過ぎて、一番いいところで全部台無しにされた気がする。

いやね。上記に言ったような粗について言えば、それは「さとうきび畑の唄」でも散見されるんだよ。結婚式の日に赤紙が届くようなご都合主義だったり、無理やりな説明口調だったり。

それでも、あのドラマが嗚咽を漏らすほど感動するのは、それを気にさせない位、物語に没入させてくれる演出の力が大きいと思う。

実際に、序盤のじいちゃんが死んじゃう付近とか、8話辺りの結婚届を出すあたりのシーンではウルウルしてたんだ。

8話なんて、かずきくんのシーンでもウルウルして、現代、過去両方のシーンでジーンとしてた。

特に9話なんて、すごく良かったと思う。高校自分と父親自分どちらから見ても、「そんなんずるいわ。こんなの泣くわ」と思ってしまう。この辺りでは、前述の物語の粗とかどうでも良くて、それぞれのキャラクターに感情移入して没入できてた。

なのに、10話で突然現実に引き戻された。

10話、11話ではご都合主義な展開で、冷静に見れば「お前ら何やってんの?バカじゃねえ?」と思わせる要所要所のシーンで、監督の「ほら、このシーンでこういう事すれば、お前ら泣くんだろ?泣くよね?」と言う意図が露悪趣味的に出てくる。そのせいで没入できないので、変に冷静になっちゃって、ご都合主義な展開が気になって、物語に集中できない。

くっそひどいのは10話の空港シーンでの「助けてください」のシーンで、なぜか二人の周りをぐるぐるカメラが回ってる演出とか。いや、そこは、淡々と俯瞰からシーン映すだけでもいいじゃん。

無音で倒れる → 音楽が盛り上がってくる → 最高潮のところで二人の周りをカメラがグルグル回る。

どれだけ物語に没入してて、感動してたとしても、耳元で監督が「こういう演出したら泣きたくなるよね?ほら、泣きなよ。泣きなよ。カメラぐるぐる回ってるよ」ってずっと語りかけられたら、冷めるっつ~の。

極めつけは最終話。

亜紀ちゃんのお葬式に行くことを拒否するサク君。

このシーンでもさ。お葬式のシーン自体は物凄くいいんだよ。(読経してる時に「この棺桶には亜紀が入ってますよ」と説明するために顔が出てるとか、「今お葬式にサク君来てませんよ」と説明するお葬式なのにサク君の座るイスが空いてたりとか、視聴者を「バカ」と決めつけたくどいほど説明調な演出は多少あるけれども…)

両方のお父さんが頭を下げあうシーンとか、すけちゃんが棺桶にブルーハーツのテープを入れてるシーンとか、松下由樹さん「がんばったね」のシーンとか。ホント良いシーンがいっぱいある。

あるんだけども、そのチョッと感動するシーンを細切れにして、その合間合間にお葬式に行かなかったサク君のシーンを入れ込む。

サク君はなぜか、どこかへ向かって走ってる。

なぜ走る?

どこへ走る。

で、雨で振り出したら糞サブいよなと思いつつ見てたら、やっぱり降る雨。

って事は、コケて血とか流すんだろうな・・・と思ったら、やっぱりコケる。そして、血が出る。

なんか、昔、「魔法使いグルグル」ってマンガで語ってた、作者の江藤ヒロユキさんの「大人の人に言われて書いてけど、自分で見るとこっぱずかしくなる扉絵」の話を思い出した。

そうなんだよ。

絶望して走り出してると、雨が降ってその中でコケるって言うのは、スポンサー受けいいんだよ。物語とか全然どうでもいい大人たちからしたら、そういう「それっぽいシーン」があると喜ばれるんだよ。物語としては、糞サブいけどな。

物語としての完成度とか、視聴者の没入感とかを全無視して、物語を台無しにしてでも、えらい大人たちの方を向いてるなきゃこの演出はないだろ。

クレヨンしんちゃんの大名作「大人帝国の野望」のラストのシーンで、しんちゃんがただただ走るシーンを30秒以上連続して映すと言う演出をしてる。

このシーンで、原監督が「しんちゃんが走るシーン」を細切れにして「エレベーターで昇るケンチャコ」や「ボロボロになったヒロシたち」をチョコチョコ出した方が、偉い人の反応が良い事は分かってたはず。それでも、そのシーンを一切省くことで、しんちゃんの感情と見る人の感情を同一化させて、その後の「大人になりたいから!」のシーンが一番盛り上がるように作ってるんだろう。

実際に、「大人帝国の野望」はえらい人たちの評判はすこぶる悪かったらしいし。

そう言う計算じゃなくて、「カメラぐるぐるとか、走ってたら雨が降るとかって何か感動するだろう?」とか「細切れにしとけば、なんか画面持つし、緊迫感でるだろ?」とか「流し見しかしないえらい人たちでもこういう事しとけば、評価されるだろう」とか、そういう意図で演出されたら、どんな素敵な物語でも萎えるんだよ。バカ野郎。

そんな感じで、最後まで見切って、監督のクレジットに「堤幸彦」とあって、全てを理解した。

あぁ、そう言う事か。と。

あとで、見直してみれば、メインの監督は堤幸彦さんだけど、オレが「いいな」と思った話は全部、別の人が監督してた。

唯一最終話で良かったのは、高橋克実さん演じるお父さんが「好きなだけ周りを振り回して、悲劇のヒーローは大威張りだな。なさけねえ。」とサク君に吐き捨てるシーン。

あのシーンは良かった。ホント、ずっと心の中にあったわだかまりを全てさらけだしてくれた。

あのシーンで、最終話、萎え萎えな気分になってたお父さん目線なオレにやっとカタルシス的なものを味合わせてくれた。

でも、そのシーンでもバストアップを多用して、構図を切り換えまくり。

「淡々とした会話だから、飽きさせないよう構図切り換えまくってたら、偉い人達も気に入ってくれるよね」と言う意図が見え見えでげんなりだけどな。

あんなに高橋克実さんが素晴らしい演技で、それこそ11話全部をひっくるめた最大のカタルシスを与えてくれようとしてたんだから、その演出は邪魔なんだよ。切替最低限に抑えて、引いた構図から淡々とシーンを流してたら、後ろにうっすら写ってる仏壇からおじいちゃんも優しく眺めてくれてる最高にいい構図だったんじゃねえのか。

その上で、演者さんの細かい所作だってシーンに残ってたはずだ。

最高の素材で作られたディナーの最後の締めに出されたデザートに「デザートって甘い方が良いでしょ?」って、山盛りの砂糖をぶっかけられて、それまでのディナーの余韻も、デザートの味も全部台無しにされた気分。

まぁ、そんなこんなで長々と書いたけれども、ドラマとしては、良いドラマだと思うんだ。

最終話まで見切れるドラマなんてなかなか無いようなオレですので。

ただ、世間の評価程ほど泣けない。

泣けない一番の理由は、よく言われている「堤演出」の賜物であることはまごう事ない。

物語自体は、強引でご都合主義な所はあるけれども、よく言えば超王道で、やっぱり王道っていいなと思わせてくれる素敵なお話しだと思う。

あと、最後に。オレは堤監督の演出方法自体が別に嫌いってわけじゃないとだけ。

そもそも「trick」とか、死ぬほど大好きなドラマな訳だし、あのドラマなんて、堤演出が無ければホントグダグダでどうしようもないものになってたのは、誰がどう見たって間違いない。

「自虐の唄」って映画も、大好きで何度見ても泣いてしまう。

カメラぐるぐる演出だって、「自虐の唄」の最後の幸恵ちゃんと熊本さんの再開のシーンでは、グルグル回るほど感動できてた。

堤演出だと泣けないという訳でもない。

ただ、「世界の中心で愛を叫ぶ」と言う物語と堤幸彦と言う監督の相性があまりにも悪かっただけだと思う。

ホント、使い方なんだよ。

三池監督と堤監督と言う偉い人達から見た、評価の高いものを撮ってくれる2代巨頭監督。

コケる事が許されない鉄板のコンテンツだっただろう「世界の中心で愛を叫ぶ」だったからこそ、この偉い人受けの良い堤監督が抜擢されちゃったんだろうね。

そして、堤監督自体は本当にすごい人だから、その偉い人受けの良いものを作っちゃうんだよ。

期待に応えることが100%出来る監督なんだよ。

ただそれだけが、非常に残念。

この物語だったら、もう少し徹底したリアリズムを追及するタイプの監督さんだった方が良かったのかも知れない。

と言う事で、しばらくしたら、映画版の方も見てみようかなと。

行定監督だそうなので、もしかしたら!!とチョッと思いつつ、「濱マイク」の監督だよな・・・とも思っております。

いや、「濱マイク」めっちゃ好きだけれども・・・

あぁ、長々書いた。

では皆様。

また次回。

このドラマ見ると、綾瀬はるかさん好きになるよね。

そして、山田孝之さん…ウシジマくんとか「凶悪」の藤井記者とか、この人ホント演技力えぐいよね。

 

 

 

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2020年10月20日 3:20 CAT :

高校生作家を夢見るアイツにおっちゃんがモノ申すイメージ

ご無沙汰しております。

ブログ書くのって、習慣にしないとすぐに描かなくなるもんだよね。

いや、別にいいんだけど、文章書いてないとどんどん文章力が落ちていると言う事に危機感を抱いているわけで、そういう意味で、やっぱりできる限り書いてたいんだ。

出来るだけね。

さてさて。

ただただ言う事は一つ。

時間が無いです。

な~んで、こんなに時間が足りないんだろう。

やりたいことは、たくさんあるのに全く出来ないうちに一日が終わっていく。

とは言え、9月は、お仕事しながら「G」の描きためをしつつ、短編を一つ描き切ったので、まぁ、それでも頑張った方かもしれないか。

10年ぶりに新作の短編を描いた。

これ。

「虐殺の恋文」と書いて「ジェノサイドラブレター」と読む。

元ネタは、もう7年くらい前に作ったアルバム「王道軽傷」のナンバーのひとつ。

曲が出来上がった当初から、「これはマンガの短編として掘り下げてやるぜ!」と思いつつ、全然着手できないままだったんで、今回、この話が描けたこと自体はすごく感慨深い。

そもそも、短編描いたのが「夜誘う麦わら帽子」以来10年ぶりと言う事も、なんだかなな感じですよ。

今後は、半年に1つくらいは短編を書いて「漆黒の青空」にアップしていきたいもんだ。

思い返してみると、人生において、一番創作活動をしていたのは間違いなく高校時代だよな。

あの頃と今と、本当に同じ24時間を過ごしているんだろうかね。と、いつも思ってる。

自分の高校生の頃を思い出すと・・・

バンドやって、演劇やって、漫画描いて、小説書いて、ゲーセン通ってたよな。

バンドではライブ用のコピー曲の練習と音源用のオリジナル曲の制作。しかも、キーボードとベースとギターを弾いてた。実際バンドでのパートはキーボードで、時々ベースも弾いてた。ギターは主に作曲用だったかな。(今は、ギターがメインになっちゃったけど)

作曲ペースも月に5~10曲くらいか。そのくらいは作ってた。

漫画では、毎週最低でも1話は仕上げつつ、短編を月に1話のペースでは描いてた。

演劇用の台本は、年に2回の定期公演とそれ以外に練習用と自主公演の台本として、没案含めて、1カ月に1~2本描き下ろしてた。

その合間を縫って小説とかも書いてたし、当時格ゲーブームで暇見つけてはゲーセンに通ってたし、それ以外でもめっちゃゲームしてたよな。

あと最低でも週に1本は映画見てたし、漫画も高校3年間で1000冊以上は買って読み漁った。

一応勉強もしてた。大していい成績じゃなかったけど、まぁまぁの進学校でそこそこの順位にはいた。一応、文系人間なので、国語とか社会(と言うか歴史)とかは、校内では1桁とかにもチョイチョイ食い込む感じ。

対して今は・・・と言うと、お仕事しながら、週に13ページほどマンガを描くだけ。チョッと、短編とかに手を出してみれば、ブログの更新すらままならない感じ。

本当に同じ24時間なのだろうか。

取り合えずあの頃と今の違いを考えてみると、あの頃は、とにかく寝てなかったよね。

寝るのが本当に勿体なかった。

家ではたぶん1日1時間も寝てなかったんじゃねえかな。

寝るのは、学校での授業中だけ。それも、ずっと寝てたら成績に影響するから、色々ローテ組んだりしてたと思う。

それで学校終わったら部活して、部活終わりにゲーセン行ったりして、行かなければ家でゲームして、8時頃から12時くらいまで漫画描いたり台本書いたりして、4時くらいまで楽器の練習して、それから元気だったら小説とか書いたり映画見たりして、ベッドに行ってから漫画読んで6時くらいに寝る。

まともに寝るのは、土日だけ。

それでも、全然元気で走り回れてた。

そうなんだよ。

若さゆえの体力があったんだよ。

今、午前3時で、ブログ書いてるけど、今のオレは明日多分10時前くらいまで寝て、それからのそのそと動き出して、午前中はほぼぼ~っとして終わる。んで、お昼ご飯食べて頭動かすために漫画2ページくらい書いて、2時くらいからお仕事を始めるだろう。

この差だよ。

多分高校生の頃のオレなら、今から6時くらいまで今日描けなかった分のマンガを描くだろう。

そして、朝8時には動き始めるはず。

この決定的などうしようもない差が、今感じている時間の足りなさに直結してるんだと思う。

でも、これはもうどうしようもない。

もう若くないおっちゃんなんだよ。

結果、今のオレは、学生時代に作った物語の遺産を消費しつつ創作活動に勤しんでいる。

オレが今描いている「G」の原型は、中学生の頃に落書きノートに書いてた物語だ。

それを大学生になった頃にネームの形にし始めて、そして、おっさんになってから原稿に仕上げているだけの話。

中学生の頃にはもうすでに全体の構成がある程度できてた訳で、それを描き切るための物語の割り振りを毎日考えてた。

そうなんだよ。

今、高校生とかで、ちょっとでも創作活動をしている奴がいるのなら、おっちゃんは声高に言いたい。

 

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 

 

いくらでも思い浮かぶと思ってても、クリエイティブな発想自体が出てくるのは、まぢで、高校生くらいまでだぞ。と。

それ以降はあくまでも多少、小手先が器用になるだけだぞ。と。

だから今、寝てる暇なんかねえぞ。と。

人生における創作のほぼ全てがその期間にしか作れないぞ。と。

一生ネタが溢れ続けるような天才はこの限りではないけど、多分お前は天才じゃない側だぞ。と。

 

 

出てこなくなったおっさんの頭では、一つの物語を考えるだけでも、物凄い時間を要するようになってしまった。

毎月短編描いてたのに、今なんて、10年ぶりの1本だ。ばかやろぉ。

そんな事実に抗うように、無理やりネタをひり出している。あえて、新作考えてる。「G」のラストもあえて変えてやる。

出来ないと認めたくない。あの頃のように出来ないと認めたくない。

でも、あの当時のスピード感に叶うはずもなく…

「FE」を描き切った後、「ランナ」と「マリオネット」を同時に描きながら、「G」の構想を考えながら、毎月1本短編を描いてた、あの当時には勝てる訳ないんだよ。

だからと言って今、高校生の頃に戻りたいかと言うと、戻りたくなんかない。

今、オレは、その思春期の頃に考えた世界観をやっとある程度満足のいく状態で形に残せるようになってきたことで、日々楽しくて仕方がないんだ。

ただ、時間がない。

結局そこに戻るんだよ。

もういいや。

おやすみなさい。

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2020年9月19日 3:56 CAT :

夢想の中で生きるセルロイドを舐めたげる~加勢大周もびっくり~

なんだかなぁ~と思う事があった。

本当に、なんだかなぁ~と言う感じ。

取り合えず、声がでかい奴が優遇される世の中と言う事らしい。

イヤね。そんな事、分かってるんだよ。そんな社会だ。でも、「お前もそうなのか。」と言うがっかり感が実に強い。

我慢すれば、我慢した分だけ踏みにじられるらしい。

なんだかなぁ~。もう何も考えないようにしよう。

さてさて。

忘れようとしても、ずっと悶々と考えてしまう難儀な性格でございます。

なので、それはそれとして心の奥に引っ掛けておいて・・・イラストを2点描いた。

漫画も色々描いてるんだよ。取り合えず。

過去に色んな所に出したりしてて、新都社さんの規約的に、これは載せれないな・・・と思ってた短編がいくつかある。その辺を「まんがおきば」と言うサイトさんの方へ、加筆修正して載せる事にした。

併せて、本当に久々に新作の短編のネームを切ってる。

アルバム「王道軽傷」に収録してる「虐殺の恋文」と言うお話。これは、かなり以前から、短編漫画にしたいと思ってて、やっとそのネームを切り始めた。「G」の方描きためしてて、週に1回の更新と言うノルマがないうちに、この短編も描き切ってしまいたいなとか思ってたりする。

もちろん「G」の方も描いております。

漫画いっぱい描くのは楽しいんだけど、本当に時間がねえんだよな。

どうしたもんか。

で、今回描いた2点のイラストがこちら

 

 

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ひとつは、「まんがおきば」さんの方で今後アップしていくだろう短編を、1作ごとに登録するんじゃなくて、短編集として1つの作品として登録しようと思って、その表紙用に…

この短編集のタイトルは「漆黒の青空」。

知ってる人は知ってるかもしれない。

オレが、過去に沼レコのサイトで、詩を載せる時に使ってたタイトルの使いまわしでございます。

その「漆黒の青空」をイメージして描いてみた。

アルバム「夢喰いバクヲ」収録の「レイ=プレイpart1」って曲の中の一説。

ただただ悲しみの中で静かに空を見上げ
絶望の青い空はどこまでも透き通るように青く
あたしはその深さの分だけ悲しみに途方にくれ
泣き叫びました

レイプされた少女が、空を見上げて思う描写なんだけど、この空の色と情景こそ、まさに「漆黒の青空」のイメージにピッタリだと思って、それをイメージして描いた。

自分で言うのもなんだけど、女の子の表情がなかなか良い感じに描けてると思う。

 

 

もう一つのイラストがこちら。

これは、八神の過去の話も終わって、いよいよ最終決戦に突入すると言う事で「G」のトップ絵を描き下ろした感じ。

「G」を読んだことある人ならわかるだろう。

そう。あそこだよ。あそこのシーンを描いたんだよ。

早くあのシーンを描きたい。

そして、その先の話を描きたい。

その話を描くために、1年以上かけて、コツコツと伏線張り巡らして、描いてきたんだ。

と言う事で、「G」も最後に向けてラストスパートしていくと思う。

ただ、最近またクッソ忙しいし、他に色々やりたいことも出てきてるし、短編1本描き下ろそうとかしてるし・・・

時間がいくらあっても、ホントたりませんな。

 

 

何しか最近、カラーのイラスト描くのが楽しくなってる。

もっと色々書きたいんだけど、とにかく、こいつは時間がかかるんだよ。

1枚書くと、その日はもう漫画1ページも描けなくなる位。

なので、描きたい衝動は自重しつつ、どんどん描いていきますです。

どうでも良いけど、「G」のトップ絵、久々に、デジタルを離れて、鉛筆で紙に書いた。

その絵を取り込んで、ペン入れと着色はデジタルでした感じ。

ちなみに「漆黒の青空」の方は全部デジタル。

下書きだけでも、アナログの工程が入ると絵に力が出るような気がする。

何でなんだろう。

 

 

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2020年9月17日 0:38 CAT :

絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ「音楽」

生きていくと言う事は出会いの連続。

その出会いは時に、人生そのものを変えてしまうかもしれない大きな力があったりなかったりあったりする。

数々の素晴らしい出会いは、そのどれか一つを取ったとしても、全てに思い入れがある。

と言う前置きの上で、絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ。

第1弾は「音楽」だ。

これが意外と書いてて面白ければ、この後も「漫画」とか「映画」とか「小説」とか「ゲーム」とか「絵画」とか色々続けていきたいなと思っております。

あくまで、オレが書いてて面白いかどうかと言う観点で。

で。

でだ。

音楽は、これまで本当に人生を色々と変えてくれた。

多分、一番人生が変わったターニングポイントとなったのは、間違いなく音楽だと思う。だからこそ、一番最初にした訳だけれども・・・

そんな訳で、これは選ぶこと出来ねえよ。まぢで。

音楽の良さを教えてくれたサザンか?

初めて組んだバンドで初めてライブをやった時にコピーしたGLAYか?

手首を切りながら狂ったように聞いてたディルやジャンヌダルク辺りのビジュアル系か?

涙とともに聞き続けてた野狐禅か?

生きる希望になった筋肉少女帯や犬神サアカス團か?

今現在、何度となく立ち上がる力になってくれてる苺楽団や、スキッツォイドマン、モケーレムベンベ、水中。それは苦しいか?

などなど・・・考えだしたら、こればっかりは本当に決められないや。

バンド単位でも決められない。

更にその中から、1曲を選ぶ。

そんな事できるはずがない。

はずがないんだけれども、ここはひとつ無理やり1つを選ぶ。

選んだんだよ。

それは、やっぱり筋肉少女帯だ。中でも一番好きなアルバム「キラキラと輝くもの」の中で、更に一番好きな曲。

「ベティー・ブルーって呼んでよね」。

オレが、人生におけるもっとも好きな1曲は、これだ。まぢで。もうこれしかない。

イヤね、人生の節目節目とか、人生観が変わった曲とか色々候補に挙がったんだけど、もう、こればっかりはどう考えても、やっぱりこの曲しかなかった。

この曲自体、あんまりメジャーじゃないかも知れない。そもそもバンドブームが終焉を告げて、筋肉少女帯自体も、歴代最悪とも言える酷い状態で、作られた奇蹟の名盤「キラキラと輝くもの」。

このアルバムには「機械」「小さな恋のメロディー」「サーチライト」のような、今でも筋肉少女帯を代表するような名曲がそれこそキラキラと輝いている。

元々捨て曲などない筋肉少女帯なんだけど、このアルバムは本当に素晴らしい。

熱量でいえば、そりゃあ「仏陀L」や「シスベリ」から「月光蟲」くらいまでにははるかに及ばない。

当たり前だけど。

単純に、「筋肉少女帯と言えば?」みたいな話になれば、そりゃあ「釈迦」でしょ。「いくじなし」でしょ。「サンフランシスコ」でしょ。「高木ブー」でしょ。

でも違うんだよ。絶望と苦しみ中にいながらも、思春期のような熱量を出すことも出来ず、どうしようもなくなった大人が苦しんで苦しんでやっとひり出した、哀愁と優しさがこのアルバムには本当に詰まっているんだ。

まぁいいや。この曲の思い出を描いていこう。

オレがこのアルバムに出会った時、筋肉少女帯は凍結状態。うっちーとおいちゃんが体裁だけを守ってると言う、本当にひどい状態。

当時、たまたまテレビで「特撮」の曲(多分、アベルカイン)を聴いて「おお!カッコいい!」って思って、「大槻ケンヂ」と言う人を調べてた。前は筋肉少女帯と言うバンドを組んでた事を知って、そのアルバム売ってないかなと中古のCDショップに行った時、100円でたたき売りされたのがこの「キラキラと輝くもの」だった。

これ幸いと買って帰って、家で聴いた瞬間の衝撃は今でも忘れない。

特に「サーチライト」を聴いた時の衝撃よ。

正直レベルとか、そういう話じゃなかった。次元が違ってた。そして、まさに自分そのものだった。

誰からも見向きもされず、彼女はもちろん、友達もおらず、鬱屈としたまま一人部屋で、誰にも読ませないマンガを描いてニヤニヤしてるだけだったオレの事を歌ってるように感じた。

なんで、この大槻ケンヂって人は、こんなにオレの事を知ってるんだろう?

そんな不思議な衝撃。

衝撃が体を突き抜けた後、突然やってくる「そして人生は続く」「ザジ」と言う優しい音楽。

その極めつけが「ベティー・ブルーって呼んでよね」だった。

この3分くらいの短い曲を聴いている途中、オレは涙が止まらなかった。

世の中には絶望しかないと思ってた。

誰からも認めてもらえないまま、一人孤独にそれでも死ぬことが出来ないまま、生き続けることがほぼ確定していると思ってた。

「夢をあきらめるな」的な曲を聴いては、追い詰められていた。

「素敵な恋愛」の曲を聴いては、自分の存在価値に疑問がわいていた。

そんな中、初めてこのアルバムが、この曲が初めて「生きてていいんだよ」と、それも強く背中を押す訳じゃなくて、横に寄り添うようにそっと言ってくれたような気がしたんだ。

こんな糞みたいなオレだけど、その後一人の女性を付き合って、結婚して、子どもが出来て、家庭が出来た。

ここ数年になって、漫画とかこれまで誰にも見せた事のなかったものを、人前に出すようになった。

でも、ずっと誰にも見せずに悶々と作ってきたものなんて、独りよがりでしかなくて、当たり前だけど、ほとんどの人からは見向きもされなかった。

その事を嫁に話した時、「別に誰からも見向きもされなくてもいいじゃない。私は大好きだから。これからも描き続けてね。絶対やめちゃあだめだよ。」と言われた。

「ベティー・ブルーって呼んでよね」だ。

あの時、「ベティー・ブルーって呼んでよね」と言う曲を聴いて、「生きてていいんだよ。」と言ってもらった。

それから10年以上経って、オレも「ベティー・ブルーって呼んでよね」になった。

相変わらず、誰からも見向きもされないけど、オレは「ベティー・ブルーって呼んでよね」になれた。

人生の意味なんてものは、未だにさっぱり分からない。

多分、オーケンもこの曲に対して、こんな事思ってないような気がする。

でも少なくともオレは、この曲のお陰で人生に彩りと意味が生まれた。それは、間違いない事実だと思う。

人生のいろんな場面において、その時々に寄り添ってくれた音楽がある。

その音楽があったから乗り越えられた。そんな音楽がたくさんある。

ただ、「ベティー・ブルーって呼んでよね」はそういう話とは、少し次元の違う所にあるんだよ。・・・多分。

こういう大切な曲があると言う事自体が、凄くありがたい事だと思う訳ですよ。

この曲に対する思い入れとか言い出したら、もう尋常じゃなくある訳で、もうすでに長くなってしまった。

そろそろこのお話しは終わりにしよう。

アルバムは、この曲で感情を最高の状態に持っていったあと、「お散歩モコちゃん」で少し落ち着かせて「冬の風鈴」でキレイに終わる。

構成も含めて、本当に完璧なアルバムだよ。

未聴とか勿体ないを通り越して、「あの衝撃をこれから体験できるのか」と羨望するわ。

再発版もあるけど、あっちはボーナストラックが入ってしまってるので、オリジナル版を聴いた人が買うものだと思ってる。

なので、是非、持ってない人は中古CDででもオリジナル版の方を聴いてほしいな。

多分500円くらいで買えるだろう。

ちなみに、「ベティーブルー」はまだ見ていない。

と言う、なんだかなぁ~な感じ。

映画見たら、この曲に対する見方も変わるんだろうか。

でも、この曲だけは、見方を変えたくない。

だから、「ベティーブルー」は多分一生見ない。

 

 

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2020年9月15日 0:08 CAT :

一歩踏み出した瞬間に石ころに躓き続ける人生part2

いよいよと言うか、何と言うか地味に外堀が埋まりつつある今日この頃。

状況的なものを色々鑑みた結果、事務所が法人化の段階に入りつつあるらしい。

と言うか、多分もう法人化するだろうと思う。

いつになるかはまだ未定。

でも、何となく、記念日にしたいなと思っているので、来年の4月22日かな。

今年で、地味に結婚して10年目。

11年目を歩みだすと同時に、自分の会社を設立すると言うのは、なかなか素敵な事じゃあないかと思う。

まぁ、会社と言っても、独立して、自分の事務所を立ち上げてから5年以上やってきたことをそのまま継続していくだけなんだけどね。

節税とか、経費の管理とかその辺の事がめんどうくさくなってきたので、法人化することで、お金の流れを分かりやすくしてしまおうと言う話ですよ。

たくさん人を雇って、本格的に事業を拡大しようとかそういう事はほとんど考えてない。

何と言うか、どうしても自分で納得のいくものを作っていきたい気持ちが強い。

仕事を渡したくないとか、そういうニュアンスともちょっと違うんだけども・・・オレに対してお仕事もらえたのに、それを他の人に渡して、オレが納得できないクオリティになって、それを納品するのは、申し訳ないんだよ。かと言って、じゃあ、人にノウハウとかを手取り足取り伝えていくと言うのもどうなんだろうと・・・

それをやるのは、嫁だけで良いかな。と思ってる。

将来的には分からないけど、今のところの構想としては、スーパー家族経営。で、時々手伝いに来てくれる人が数人いると言う形態。

ぶっちゃけ、今の形態そのままでございます。

事務所を法人化してしまうって言う行為に対して、後戻りできない感が強くて、確定的な理由もなくダラダラと先延ばししてた。

でも、いつまでもその場で足踏みってのはなかなかできないもんだ。

世の中には前進か衰退しかないらしい。

現状維持と言う選択が実は一番難しい。

前進しようした結果衰退してしまう事はある。

前進しようした結果前進できることも間々ある。

現状維持をしようとした場合、ほぼ確実にそれは緩やかな衰退でしかない。

人間の思考には「安全領域」と言うものがあるとか何とかと言うお話を聞いた事がある。

安全領域とは、「今できることを今の環境のままで続ける」思考の事で、ルーティーン化した物事を繰り返すことが人間にとって一番楽な生き方なんだって。

この安全領域を抜け出す。つまりは、やった事ない事をやったり、今までと違う環境に自分の身を置くと言う行為は、物凄く力がいる生き方。

でも、この安全領域を抜け出し続けなければ、成功はないらしい。

安全領域の中に居続ける事は、少しずつ安全領域を削られていく事とほぼ同意で、いつか強制的に安全領域を追い出されてしまう。

だから、安全領域を抜け出して、新しい場所に次の安全領域を作る。それを延々繰り返す。

獲得した安全領域が消滅する安全領域より多ければ、それがきっと安定した生活なんだろう。

確かに、独立してからこっちは、ずっと何かに挑戦し続けてきた気がする。

ここ最近、少し安定してきて、「今の生活メッチャいいなぁ~」と思ってた。

でも、そろそろこの安全領域からでないといけない時期が来たと言う事か。

今日打ち合わせ来た社長さんは、オレの親父より10歳くらい年上。

77歳なのに、まだまだ新しい面白い事にどんどん挑戦していってる。

正直、バイタリティはオレより何倍もあると思う。

よぉ~し。負けないようにオレも色んな事にチャレンジするぞぉ~と、強く思えないところが情けない所だよな。

果たしてオレにとっての成功とはなんなんだろうかね。

 

 

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2020年9月9日 23:40 CAT :

メンヘラきらい死ね

チョッとばかり…とは言えないけれども、以前の自分を鑑みる。

何と言うか、人の不幸とか苦労とか、絶望とか、悲しみを見るのが好きだった。

苦しんでる人を見てはニヤニヤしてた。

そのくせ、自分に対しては、分不相応な賞賛を求めて、それがない(当たり前だけど)ことに対して不満をまき散らしてた。

結構長い期間、そんな感じのままだったんだよね。

なのに最近。

気が付けば、そんな感じでもなくなってしまってた。

人の不幸とか、悲しい話とかに対しての興味が凄く薄くなってきた。前みたいに、覗き込むようにそう言う事にあえて首を突っ込むこともしなくなった。

あと、人が頑張ってることに対して素直に「すげえな」と思えるようになってきたし、頑張ってる人に対して応援したくなってきた。

自分に対しては、賞賛がないとか、そう言う事でひがむ事も無くなったし、現状に対して感謝できるようになった。

180度変貌した感じ。

でも、24時間テレビは大嫌い。

こんな事になってしまった原因を、ただ年取って丸くなったからな。と言ってしまうのは簡単だけれども、意外とそうでもないような気がしている。

自分の今の生活とか、状況に対して不満がなくなってきたからじゃあないだろうかと思ってる。

自分が不幸だと思ってるうちは、多分、人の不幸を見たがるし、自分の現状に不満を漏らしまくるし、ついでに言うと人に対して攻撃的になるんじゃないかな。と。

問題なのは、本当に不幸なのかどうか。と言う点だよな。

そもそも幸福とか不幸って言うのは、あくまでもその人の感覚でしかない。

お金があれば幸福なのか。

家族がいれば幸福なのか。

セックスできれば幸福なのか。

仕事が出来れば幸福なのか。

美味いものが食えれば幸福なのか。

生きていれば幸福なのか。

死んだ人は幸福なのか。

障害があれば幸福なのか。

などなど…何をもって幸福と言うのか。

年収600~900万くらいの世帯収入の人が一番幸福度が高いと言う調査があるらしい。

それは、その位の年収が一番生活しやすいとかそういう話じゃなくて、幸福度の高い考え方をしている人はその位の年収になりやすいと言う事だと思ってる。

いやね。オレ自身の話だけど、お金があるに越したことはないけれども、その為に、家族とか遊びとか趣味をすべて放棄してまで、一心不乱に仕事をするのは違うと思ってる。

自分の時間があって、子どもたちを遊べる時間もあって、家族で過ごす時間もあった上で、お金が稼げると一番良いと思うんだよ。

で、今、まさにそんな状態になってる。

多分オレは幸福度が高いんだ。

だから、昔と比べて、僻んだり、不満ぶちまけたりすることが減ったんだと思う。

ただ、これ逆の可能性もある。

特に、独立してからこっち、自分の事務所にお仕事をくれる人に対しては本当に感謝しかないんだよ。だから、人に対して不満をぶちまける事が少なくなった。

あと、サラリーマンしてた頃と比べて圧倒的にストレスのない生活をしてる。

ストレスなく、自由な時間が多くて、んで、感謝することが増えた結果、僻んだり、不満をぶちまけなくなって、気が付けば、幸福度が上がってきた。

どっちが正解かは分からないけども。

一つ言えることは、やっぱり人の悪口言ってたり、人の不幸を楽しんだり、不満ぶちまけたりしてる間は、状況がどうなっても幸福度は上がらない。と言う事だと思う。

自己啓発本とかに良く載ってそうな話で、サラリーマン時代のオレは、「反吐が出るわ。そんなの金持ちのたわごとだ!」と思ってたけど、今になって考えてみると意外とその通りかもしれない。

今もオレは全く金持ちではないけれどもな。

やっぱりね。人のことを悪くいうヤツはダメだよ。

少しでも感謝できることを探して、その事を口にしていくことから幸福度を上げる循環は始まる。

・・・と、ここ最近のオレは信じております。

 

 

 

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2020年9月8日 0:18 CAT :

「中指のペンだこ」酢漬けで晩酌一献の夜は嵐

オレが書いたシナリオがマジで映像化されて公開された。

現在進行形のお仕事なので、今後もコツコツと書いていくだろうし、すでに書いたやつも今映像化されているんだろう。知らんけど。

すごく不思議な気分で、それを見ていたんだけど、一つ思ったことがある。

あ・・・これ、人気でないわ。ごめんなさい。と。

メッチャ面白いと思う。

やっぱり、自分で書いたものは面白い。

世界一面白い。

ただし、オレの感覚でなら。なんだよね。残念ながら。

はまる人は、はまってくれると思うんだけど、絶対万人受けはしない。

あんなに、個性殺して日和見な感じで書いたのに、形になったものを見たら全然いつものオレの書いた奴だった。

ここで紹介とかしないけど、多分、オレの書いた何某かを見た事ある人が見たら、一発でばれるんだろうな。

さてさて。

今週も何とか「Gの世界」1話分、13ページ描き切る事に成功した。

ホントギリギリだった。

色々忙しいけど、それでも、あと1話は描かねばならない。

区切り良い所までは、更新途切れさせたくない。誰のためにかは知らん。オレのためだ。多分。

そんな良く分からない矜持で、コツコツ絵を描いております。

前述のシナリオはお金もくれるお仕事だけど、この漫画を描くと言う行為は当たり前だけど、1円も貰えない。

100%趣味でやっている。

でも、何でか、お仕事よりも強いこだわりを持ってやってる。

何なんだろうね。

この自分の頭の中にある妄想を形にすると言う行為と、それを自分で褒めちぎると言う行為こそが、鬱屈とした思春期において、唯一アイデンティティを保つ方法だったんだと思う。

だから、今でもその行為にだけは妥協しないんだと思う。

人のために描く絵じゃない。自分のために描くものだからこそ、こだわっております。

なので、描き終わった後、少し時間をおいて読み直してみると、どうしても気に入らない絵が出てくる。

流れ的にこういう演技じゃねえんだよ。

演劇をやってた時は、脚本、演出、監督をやってた。

その時の感じに近い。

キャラクターに対して、この流れでその演技は違うよ。ここは、こうだろう?と。ね。

今回の「Gの世界」55話では、2か所あった。

たまには、その没の方も紹介したいと思った次第であります。そういう羞恥型オナニーであります。

まず、10ページの八神を慶斗が追いかけるシーン。

最初は、横のコマとの対比で叫んでる口のアップを描いてた。

でも、あとから読み直して、これじゃあイマイチ慶斗くんの感情が分かりにくいなと思い、表情が付いた顔に書き直した。

うん。

すごく良くなったと思うよ。ワトソン君。

もう一つ。

で、このあと、ラームの誘いを受けて、八神が兄弟と決別するときのシーン。

チョッとネタバレになっちゃうけど、このシーンで、八神は、兄弟を切り離したくないけど、兄弟のために自分の魂を売ってラームに協力を仰ぐ。そんな心情なんだ。

それを言葉にしちゃうとなんか軽くなるので、顔だけで表現したかった。

最初は、凄く迷いがあって、本当にこれでいいのか悩みつつ、弱みを見せないために必死。そんなイメージで描いた。

これはこれで、個人的には渾身の表情だと思ったんだけども、読み直してみたところ、ふと思った。

決別のシーンで、八神が悩むのか?と。

最初は、そんな八神でも悩むほど強烈な出来事。的なニュアンスも入れたかったから、この表情しかないと思った。

思ったんだけども、やっぱり違う。

コイツは、どんな時でも弱いとこは見せちゃダメなんだ。

だから、圧倒的に強い決意をするけれども、その奥に少しだけ迷いがある。そんな表情に出来ないかと描き直した。

さっきのも良かったけど、正解はこっちだったと思う。

強い決意の中に迷いを唯一見せるシーンだ。

唯一迷い、悩むシーンじゃなかった。

と、まぁ、こんな感じで、毎回何度も読み直して、気に入らないカットは描き直して、気持ちいいオナニーに浸っているわけですよ。

でも、先日の話通りほめてもらえたらやっぱり嬉しいことも分かったし、たくさんの人に呼んでもらいたいとも思っているみたい。

難儀な性格だと言う事ですな。

しかし、表情描くのって難しい…

全然描けない…

 

 

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2020年9月6日 0:17 CAT :

がむしゃらオナニー はじけ飛べティッシュボンバー

学生時代、良くつるんでいた連れに「ぶー」と言うやつがいた。

いつ出荷されてもおかしくない子ブタだったから「ぶー」と呼んでいた。

そいつとは、一緒にマンガ描いたりと言う創作活動的な事もよくやったし、何よりオレが団長さんしてた劇団のお荷物野郎で、一緒に演劇も作ったりしてた。

そんなある日の事。

アイツはオレに対して、自分が大好きなSlipknotの結成の話とか、各メンバーの生い立ちとかを散々語った。

どこまで本当だったのか分からないけど、メンバーがスラム出身で子どもの頃から地獄見てきたとか、金持ちになる事に異常な執着があったとか、レコーディング中に瓶で頭カチ割ってテンション上げてたとか…色々。

そしてそのあと、「だから、あいつらの音楽はシャレにならんのよ。あんたみたいなお坊ちゃん育ちには絶対に超えられない壁がある」的な事を言った。

確かにオレは、坊ちゃん育ちだと思う。

実家が裕福だったかと言えば、それは良く分からないけど、今になって思えば、「あ・・・オレお坊ちゃんだったわ」と思うエピソードがてんこ盛りだったりする。

まず、子どもの頃まぢで、坊ちゃん刈りされてた。


参考画像(↑)

お金で苦労したことはもちろんない。

家が欲しいって言えば、今でも多分、ポンとお金くれるか、建ててくれるだろうくらいには、お坊ちゃんだと思う。

でも。

でもだ。

それはそれとして、モノ作りに生い立ちは関係ねぇだろうがよ!!と、思ってる。

何だ?あれか?金に苦労して、辛い思いしてないと、良いものは作れないのか?

それを言うんだったら、そんなお坊ちゃん育ちだった為なのか、元々の病気なのか知らないけれども、うまく社会に溶け込めないまま、友達も居なくて、いつも一人だったとか、そういうどうしようもない閉塞感はどうなんだよ。

小学校の頃なんて、本当の貧乏な人たちにアホみたいにたかられて、おもちゃとかカードとかごっそり持ってかれてたわ。虐められてたわ。

その結果できた鬱屈とした性格はどうなんだよ。

などなど、色々思ってたりする。

「あしたのジョー」は嫌いで、「がんばれ元気」が好き。

「あしたのジョー」なんて、それこそ、「ジョー」のような生い立ちだからこそ、ハングリー精神があってこそ強くなれると言う、ぶーの言ってた話を体現したような話だ。

「がんばれ元気」は、いつでも襟付きの服着て、大きな家に住んでいるような坊ちゃんなのに、隠しきれない狂気と暴力性があって、その結果強くなっていくと言う、「あしたのジョー」のアンチテーゼなお話し。

もちろんリアルタイムの世代な訳じゃないので、どっちも結構大きくなってから、しかもほぼ同時期に読んだ。

そして、オレは「がんばれ元気」派だった。

犯罪を犯した奴は、生い立ちをほじくられる。家庭環境をいじられる。

オレは声高に言いたい。

そう言う特殊な環境に居なくても、面白いものが作れると。

多分、普通に育った異常な奴がいっぱいいると。

オレは自分の中に悶々と出てくる妄想や願望を切り取って、形にし続けてきた。

それに対して、「甘ちゃんが描いた絵空事だな」とか言われるのは、凄く嫌なんだよ。

確かに甘ちゃんだし、苦労なんてほとんどした事ないかも知れない。

でも、創作に生い立ちは関係ない。

そう信じて、今日も悶々と出てくる妄想や願望を切り取って形にし続けていくのです。

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2020年9月2日 4:46 CAT :

長々と語る事ばかりしか能のない老人の脳みそでもロボトミーはしない

独立してから5年が過ぎた…。

孤独のグルメの井之頭五郎に対して「あんな個人事務所みたいなところが、ポンポン大きな企業から仕事来る訳がない。そう言う所で覚めるんだ」と言う、随分的外れな感想を見かけたことがある。

オレも個人事務所だけれども、独立してからずっと右肩上がりに業績上がってる。正直、サラリーマンの時とは比べ物にならない位自由だし、お金も稼げているような気がする。

今なんて、上場企業さんとか、自治体さんからも色々なお仕事もらえたりしてる。こんな片田舎で、個人でやってるクソしょぼい事務所だと言うのに。

本当にありがたいことで、今のこの状況に対して、自分でも奇蹟だと思ってる。

そんな感じだから、そりゃあフィクションだと思う人も居るだろう。ただまぁ、そんな奴はせいぜい、現実世界の中でも覚めた目で、つまらん人生を歩んでいくがいいさ。

さてさて。

そんな話に少し繋がるかもしれないけれども、是枝監督の「そして父になる」と言う映画を見た。

いや、今しがた見終わった。

今の時間は午前4時。

もう寝ろよって話なんだけど、久々に心をグイグイ揺さぶられてしまったので、その事を書かずにはいられなかった次第でございます。

イヤね、天下の是枝監督だよ。ライムスター宇多丸さんが毎回絶賛する是枝監督だよ。

外れな訳がない。

これまで見た是枝映画は全て最高だった。

あと今回は比較的出演している俳優さんも有名どころが多く安定感抜群。

「万引き家族」の取り調べシーンの安藤さんや「誰も知らない」の柳楽君の笑顔のような、瞬間最大風速がとてつもない度肝を抜くような演技はあんまりなかった。けど、その分全編を通して安定したうまい演技。

是枝監督のカメラワークも演出も素晴らしい。

本当に引き込まれる。

心に刻み込まれるような印象的なシーンもたくさんあった。

何か、福山家族と、リリーフランキー家族の対比とか、見せ方もホント最高だった。(最初貧相で嫌な感じに見えるリリーフランキー家族が最後、物凄く良い家族に見える演出とかはホント天才的!!)

言い出したら、そういう話はたくさんできる。

でも今回心を揺さぶられたのは、そういう話じゃないんだよ。

絶賛、父親中のオレにとって、一番心を揺さぶられるのは「父親と子ども」の話なんだよ。

生まれてから一番泣いた映画は、多分「ライフイズビューティフル」だと思う。

その話についてはこっちで色々書いたけれども。

「ライフイズビューティフル」は、ド直球の親子の美しさを描いて、そして結末もド直球。

だからこそ、素直に号泣するんだよ。

でも、この「そして父になる」はそんなド直球な物語じゃあない。そんな一筋縄ではいくはずもない。

この映画自体、是枝監督の倫理観とか、思想の押し付けとかがほとんどないと思う。

少なくとも表面上、面と向かって「ほら、こんな子ども可哀そうだろ?」とか「ほら、こんな生活ってしあわせだろ?」みたいな描写はない。

何が幸せで、何が不幸なのかと言う事も、本当の意味で客観的に突き放して描いている。

もののけ姫以降のキャラクターに没入させることを通して思想を押し付けようとする宮崎映画ではなくて、あくまでも客観的に徹底したリアリズムに見せる事で見る側の持つ思想とか倫理観をほじくり返そうとする高畑映画に近いものがあると思う。

それを通して考えさせられるのは、自分の今現在置かれている父親像だった。

オレの今の現状。

普段の生活はリリーフランキー家族に近いものがある。それこそ、毎日一日中子どもと一緒にいて、色んな事を体験しつつ一緒に成長してる感じがする。

でも、仕事が忙しくなると福山家族のように子どもと遊ぶ時間も無くなってしまい、ご飯の時くらいしか顔を合わさなくなる。子どもが寂しくて仕事部屋に入ってきても、ろくに相手にしない。

まさに、両方の親子関係の狭間にいるんだよ。

逆に言えば、オレの心持ち次第で、どちらの家族にもなる事が出来る。

だからこそ、尋常じゃなく揺さぶられてしまったんだと思う。

オレの人生観は、間違いなく娘が生まれた瞬間、ガラッと変わってしまった。

今でもまだ、娘が生まれた瞬間の事ははっきりと覚えている。

オレは、何があってもこの小さな命を守るんだ。って、直感的に決意した。

おそらくこの世の中のほとんどの親が、自分に子どもに対してそういう感情を持っている。(と言うか、そう願いたい)

この映画が提起する一番の問題は、その感情の持っていき方を改めて客観的に見てみませんか。と言う部分なんだと思う。

正直、娘も息子もどう考えてもオレの子どもなんだよ。

オレは他人の子どもに対してあんまりカワイイと思う感情を持ち合わせていないんだよ。

でも、自分の子どもに関しては、これはもう、本当にどうしようもないくらい可愛くて仕方がない。

そして、自分の子どもの頃にそっくり。まぢで笑ってしまう位。

もし映画同様に、「実はあなたの子どもではありませんでした」と言われても、福山雅治のように「やっぱりそうか」とは言わないだろうな。

「絶対嘘だろ!!!!」ってなると思う。

問題なのは、この映画が提起している話は、そうなった時あなたはどうしますか?と言う部分ではない事なんだよね。

それはあくまでも、問題を提起するための手段でしかない。

だからこそ、結末があんな感じなんだよ。

それはそれで良い。そんな話がしたいんじゃない。

オレは、自分の子ども達に対してどれだけ、向き合えているのか。と言う話なんだよ。

自分の気持ちの押し付けとかではなく、子どもの感情に対してだ。

作中で最も心に突き刺さったのは、作中で福山雅治が「僕にしか出来ない仕事なので、子どもより仕事を優先してます」的な事を言った後、作中ほとんど声を荒げないリリーフランキーが怒ったように言う「父親もあなたにしかできない仕事でしょう!!」と言う言葉。

今でも、絶対に忘れない体験がある。

娘が生まれて半年ほどしたとき、オレは一度心が折れかけたことがあった。

正直その時、オレは娘の事が謎の生き物のように思えてた。

当時サラリーマンだったけど、仕事が忙しくない時には、オレが娘をお風呂とかも入れてあげたりしてた。

その日は、仕事から早く帰ったから、オレが一人でお風呂に入れてあげたんだけど、娘が本当に大泣きした。

いつも泣き止むような事も全部試したけど、何をしても泣き続ける。

もちろんまだ言葉も喋れるわけない。首が座ったばかり位で一人で座ることも出来ない。

この当時、オレは、泣き始めたら嫁に渡して、おっぱい飲ませれば泣き止むとかそんな事を考えていたので、嫁を風呂場に呼んで娘を渡してしまおうと考えてた。

でもその日は、嫁が食後の洗い物をしてて、水道の音でオレの声が聞こえなかったのか、来てくれなかった。

本当に何をやってもズッと大泣きするこの得体のしれない生き物に対して、オレ自身もどうしようもなくて泣きそうになってた。

しばらくして嫁が娘の泣き声に気が付いて風呂場に来た時、多分、オレは虚ろな目で呆然として娘を抱っこしてたと思う。

オレは確か「もうオレ無理かも…」みたいなことを言った。

娘は、人一番怖がりでよく泣く。夜泣きも凄くて、寝かしつけても抱っこしてないとすぐ泣きだす。他人からも色々言われてたり、本当に色んな事があって、このお風呂の時にそれが溢れたんだと思う。このころ夫婦そろってビックリするほど寝不足だったし。

それに対して嫁は「この子の父親は一人しかいないんだから、しっかりしろ!!」と、珍しく強い口調でオレに言った。

あの時の言葉は、本当に強烈に心に突き刺さったんだよ。

あんな「何をしてもこの子はオレが守る」とか思ってたのに、いつの間にか、良く分からない生物と決めつけて、嫁に任せようとしてた事に気が付いた。

それ以降、オレは取り合えずどんなに困っても、自分の力で何とか出来るようにとにかく必死で娘と向き合った。

その結果かどうか分からないけど、子育てに関しては一通り全部できるし、一人で子どもの面倒見るとかも全然平気になった。

娘が泣いてる理由も、言葉分からなくても何となくわかるようになって、何をしても泣き止まないと言う事はなくなった。

今では、子ども達の心のブレに関してはある程度分かるようになった。いつも通りにしてても、「なんか悲しそうだな」とか「本当に楽しそうだな」とかが感覚的に分かる。で、話聞いてみると大体あってる。

そんなの当り前だと言われるかもしれないけど、情けない事にそれが出来る様になった事が凄い成長だと言う位、当時のオレはうんこ野郎だったんだよ。

リリーフランキーの言葉に、オレはこの時の自分の体験が凄く重なった気がした。

あの日からオレが決めてることは、子どもたちの気持ちに対して、絶対に(嫁であっても)人に任せないでちゃんと向き合うと言う事。

その事を改めて思い出さされた。

今のオレは、子どもたちとちゃんと向き合えてるんだろうか。

子育てって、結局答えが無いんだよね。あるのは、結果論だけ。

だから、自分が良いと思ったことをただ妄信的にやっていくしかない。

今、小学生になった娘は、寝室で抱っこすると「やめろ~~!!」って怒って暴れるけど、それでも絶対寝る時には「もう寝るよ。一緒にねべや(寝室の事)行こう。」と誘いに来てくれる。

それはあの夜、どうしても泣き止まなかった娘を嫁に投げ渡して「おっぱいあげといて」としなかった結果だと、今は信じてる。

ここ数日、本当に仕事が忙しくて、ご飯と寝る時くらいしか一緒に居れなかったけど、これはダメだな。とか思ってしまった。

・・・ダメだ。

物凄く長くなってしまった。

子育てに関しては、創作活動以上に色々と考えているんで、ついつい長くなってしまうな。

さて、では、かわいい子どもたちが寝ているベッドに行って抱っこしてくるか。

寝ている時なら、抵抗も出来まして。

本当に素晴らしい映画でした。

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2020年9月1日 16:05 CAT :

いつか死ぬとしても今はまだ死ぬ時ではないかもしれないかもしれない

新都社さんに漫画を投稿し始めて、なんだかんだでもう6年になるらしい。

その間に、「us」を一応完結させることが出来た。

「ランナ」については、1話にかかる時間が尋常じゃないと言う事や、ストーリー(と言うか見せ方)の練り直しをしてたりとかして、不定期更新になってる。けど、一応第3部の真ん中位までアップしてる。

「G」については、ほぼネームそのままに、絵だけ描き直すと言う省エネなやり方でチョイチョイ休憩入れながらも週1話のペースで、もう最終決戦直前位まで来ている。

その後には、「FE」のリベンジ版。「始まりは終末」を描く予定。

まだまだ描きたいことがたくさんあって、どうしようもない感じ。

岡田斗司夫大先生が、生きている間に語りたいことを語りつくせないから、ゼミの回数を増やすとか何とか言ってた動画を先日見かけたけど、オレもそうだ。

同じ話にしてしまうのは恐縮するけれども・・・

今のペースで描き続けたとしても、果たして死ぬまでに「やみ世界」の最後の話まで辿り着くことができるかどうか・・・

一番多感な学生時代、オレは自分が死ぬまでに形にするべき物語をまとめた。以下の通り。

〇永遠の向こうにある果て
〇やみ世界
〇連歌「忘却」
〇陀悪
〇ニュースチョクホー
〇US
〇G

(この段階で、ランナは完結済み)

この中で、「連歌「忘却」」と「陀悪」については、音楽作品になると思う。

ニュースチョクホーは、日記的な側面もあるので、最終話は多分オレのお葬式になると思う。

として、あとは「やみ世界」だけ。と言う所までこぎつけているんだよ。

ただ、今「やみ世界」を描かないで、過去の作品の焼き回しばっかりしているのにも理由はある。

「やみ世界」自体が、オレが描こう思ってた物語全てを統括する物語であり、ここまでの全ての整合性を含めた見直しの上で書かないといけないような気がしてたりする。

例えば、一番初めに書いた「FE」なんて、描きたい事と言うか頭の中にあった構想の1割も描き切らずに、途中で投げ出して、無理やり最後とつなげてたりする。

その間をちゃんと補填してあげる必要があった。

今、書いてる「G」でも、本来もっと描くべきだった「G」と他の話とのつながりの部分などについては、補填しつつ描き進めてる。

実際、ネームの時には、1話しかなかった八神の山での生活の話を、色々補填してみると、結果的に4話分のボリュームになってしまった。

でも、ここをしっかり描いておかないと、「やみ世界」の第8部「やつのかみの章」とのつながりが希薄になってしまう。

「ランナ」でも同じことで、さらっと流してしまった「ディルトンの奇蹟」の話をもっとしっかり描いておかないと、そもそものヴェルナリティーが誕生する経緯とか「FE」における、エルカサム教の流れがちゃんとつながらない。

とか、そんな事を色々考えてるんだよ。

ちなみに、エルカサム教については、ネーミングの元ネタがどうしても気に入らなかったので、今回描き直すにあたって「レイ=ティンバー」に変える事になった。

この「レイ=ティンバー」の由来などについては、今回描き直すにあたって新しく追加したプロット部分なので、まだ、ちゃんとした形になってない。

まだまだ、描きたい話は山盛りなんだよ。

もう一つ。最近「陀悪」については、こっそりと100%自分で作ってしまいたい衝動に駆られ始めている。

DTMで、自分で全て出来ないものだろうか。と。

これまで見たいなギターとボーカルだけじゃなくて、ベースもドラムも自分でやって、ミックスもマスタリングも自分でやる感じ。

やるとしたら、いきなりは出来ないだろうから、いくつか作ってみて「いける!」ってなったら、実行しようと思うんだけども、そもそも、機材集めもしないといけないよな。

やりたいことがどんどん増えてきて、時間がいくらあっても足りない。

今、この瞬間5億円くらい手に入ったら、全てを投げだして、ずっと部屋にこもって何か作り続けるのにな。

と思いつつ、お仕事頂いている以上はありがたく、一生懸命頑張るのでございます。

そんな、創作のお話し。

って、当初描こうと思ってた内容と100億光年くらい離れてしまったけど、新都社さんにお邪魔してから6年。

先週「Gの世界」を更新した時だよ。

これを見てくれ!!

初めて、hot itemに載った。あたいの書いてる「Gの世界」が!!!!

生まれてこの方、誰からも評価されなくても良い。

自分さえ面白いと思ってる作品を描き続けれれればそれで良い。

と言い聞かせて、納得して描き続けてきたけれども・・・やっぱり、こういう形になると、それはメッチャ嬉しかった。

自己完結させていければいいと思って、どんどん妄想を膨らませてきたけど、本当に嬉しかったんだよ。

と、そんなお話をしようと思ってました。

ありがたい事ですじゃ。

本当に。

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2020年8月24日 19:54 CAT :

色恋なんて贅沢すぎる

好きになった作品。マンガでも、音楽でも、映画でもなんでもいいんだけど、何となくあんまり人気がないと「なんでこんな良い奴が人気でないんだ!!もっとみんな知ってほしい!」とか、おこがましい事を考えるくせに、実際人気になってしまうと、何となく興味がなくなってしまう。

この現象を何と言うんだろうか。

取り合えず、「オレ、この人たちが無名の頃から応援してるんだぜ!」的な事は言わないように心掛けております。

さてさて。

昔、夢見た未来の自分と今の自分を見比べてみる。と言う行為を時々やってみたりする。

自分の現状を一体どう受け止めれば良いのかを考えると言うのは、なかなかどうして意味のある行為だと、個人的には思ってる。

昔、夢見た未来の自分なんて、本当にどうしようもないものだった。

あんな学生時代を過ごしておきながら、まともな将来なんてあるはずないと思ってた。

所が、現状を見てみるに、まぢで自分の人生として、これ以上ないくらい良い状態に落ち着いた。

この状態があと何年続くのかと言う不安がない訳じゃあない。10年くらいした頃に、振り返って「あの頃は良かったな」と思うかもしれない。逆に、10年後に今のオレの状態を思い出して「あの頃は大変だったな」と思うかもしれない。

それは分からない。

ひとつだけ言えることは、オレは過去には戻りたくない。

何でかと言うと、理由はたくさんある。

ひとつは、今日までコツコツと描いたり作ったりしてきた色んな創作物がなくなっちゃうと言う事。正直、あの時、あの瞬間だからできたものってのがたくさんある。それを今も記録として色々持ってる。それがすべてなくなる。もう一度欲しくなったら、また同じ労力を使って再現しなくちゃいけない上に、それはあくまでも再現であって、多分同じものは作れない。

ひとつは、選択肢をミスれない事。今、現状に満足してるのに、過去に戻っちゃったとして、もう一度、今の状況に持ってくるためには、物凄くたくさんあった選択肢を全て同じように進んでいく必要がある。「風が吹いて桶屋が儲かる」じゃないけど、意外な所で違う選択をした為に、未来が大きく変わるかもしれない。

そして最大の理由が、今の家族とお別れすると言う事。そんなの考えられる分けねえじゃねえか。過去に戻った後、全く同じ選択肢をして、全く同じ家族を持つことになったとしても、多分、その家族は、今の家族とはなんか違うと思う。特に、子どもとかは。

過去に戻りたいと思うのは、現状があまりにも辛くて、過去があまりにも幸せだった人にだけ適応されるものなのかもしれない。

現状があまりにも辛くても、過去も辛かった人は過去に戻りたいとは思わないだろう。むしろ、こんなつらい人生なら死んでしまいたいと思うんじゃないか。

学生時代、本当に色んな事が嫌で嫌で仕方がなかった。

こんなつらい人生なら、いっそ死んでしまいたいとさえ思って、何度もリストカットもどきを繰り返した。

ただ、あの当時、オレが過去に戻りたいと思わなかった最大の理由は、実は、上記の理由で言う所のひとつ目に理由だったりする。

オレは、自分の頭の中にある物語を形にして行ける事だけに喜びを感じて、それが例え、誰にも理解されなくても、世界で一番面白いものだと信じ切っていた。

過去に戻って、その描いてきたものがなくなるのが耐えられなかった。

その思いだけで、全てを忘れるように本当にひたすら書き続けた。形は、漫画だったり、小説だったり、演劇用の台本だったり、音楽だったり、ゲームだったりと本当に多種多様だったな。

今描いてるものなんて、ぶっちゃけ、その頃に書いたものの焼き回しでしかない。

あの頃のペースでは今はもう書くことなんかできるはずがない。

取り合えず、もしオレが今のまま過去に戻ってしまうのなら、当時のオレに少しだけ伝えたいことはあるか。

漫画とかは相変わらず認められたりすることはないけど、思ってる以上に未来は良い感じになるぞ。

みたいなことか。

10年後も、20年後も同じような事を思い続ける。

そんな人生にするために、おっさんは、またお仕事に戻るであります。

さようなら。

この本は、本文とは関係ないです。

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2020年8月21日 4:29 CAT :

お前を殺してオレも殺される

「ゼルダの伝説」が大好きな息子のために、DSの「ゼルダ無双」をたまたま見かけたので、買ってあげた。

息子も楽しんでるんだけど、何より嫁がめっちゃはまってるらしい。

いや、正確にはらしかった。

まぁまぁ楽しんでたんだけど、ステージが進むにつれて当然難しくなってくる。難しくなってくると、「どうしてもクリアーできない」とオレのところに持ってくるようになる。

昔チョッとゲームやってたので、やった事ないゲームでも、嫁や息子よりは多少できると言うだけなんだけど・・・まぁ、しょうがないので、倒せないボスとかだけ倒してあげてた。

で、そうこうしてる間に自分でも初めからやってみたくなるのは、自然の摂理ですよね。

実際、やってみて分かった。

これ、ゲロ程面白いわ。

何しか、自分ひとりで戦場を駆け抜けて、事態を好転させていく。無双シリーズって、そんな一騎当千なイメージで居たんだけど、全然そんな事ないんだよ。

一番難しいモードでやるようにしてるんだけど、どのキャラクターを操作するか、操作してないキャラクターにどんな命令をするかが、結構攻略のカギになる。

メッチャ激しいピクミンみたいなイメージだった。

とは言え、もちろん一騎当千な部分もある。

そのバランスが絶妙で、ホント面白すぎる。止まらねえよ。

正直な話、ここ最近またお仕事などで忙しかったりして、「Gの世界」の執筆もチョッとままならない感じになっていると言うのに…それでも、何時間も「ゼルダ無双」をやってる。

何やってるんだよオレは!!

学生じゃねえんだよ。こっちは。お仕事してお金稼がないと、家族がご飯くいっぱぐれるんだよ。

いや、それは分かっている。だから、仕事するよ…

このミッションをクリアしたらな!!

そして、押した分は睡眠時間を削ってやるよ。なぁ~に2、3時間も寝れば人間死にやしねえよ。

そんな中二病な感じの日々を過ごしております。

こんなにゲームやってるのは、学生時代にX-BOXの「HALO」にはまって、一晩中外国人と「ファッキュー」って言いながら殺し合いしてた時以来じゃないんだろうか。

その位、面白い。

良かったのは、この「ゼルダ無双」に複数プレイ機能が無かった事だよね。

もしそれがあって、しかもネットの向こう側の人と戦場を駆け巡れたら、オレは確実に廃人になってた。

と思って、調べててたら、switch版には協力プレイがあるらしい。

買おうと思った時には、転売狙いで買い占めてたゴミやろうのお陰で、手に入らなかったswitch。

まぁ、いずれ供給が戻ったら買うかもしれない。

その時には、多分、「ゼルダ無双」も買うかもしれない。

そして、廃人になるかもしれない。

リンクルカワイイ。

ラナちゃんもカワイイ。

何しか、大人になったらゲームとか面白くなくなるもんだと思ってたけど、全然そんな事ないと言う事が良く分かりました。

むしろ、財力と無茶が出来る分、大人の方が廃人になれてしまう。

絶望への序章。

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2020年8月20日 20:00 CAT :

ブスガス爆発で死ぬ

先日、チョッと嫁と話していた事。

果たして、オレは嫁に対して隠し事が出来るのかと言う問題。

いや、別に問題ではないんだけども。

世の中の一般的な夫婦がどんなものなのかとか、そんな事は知らないし、あんまり興味もない。

でも、多分、オレはアイツに対して隠し事無いと思う。

アイツがオレに何か隠し事をしてるかもしれない。してないと思うけど、してるかもしれない。けどまぁ、それについては、隠し事と言うよりは、言う必要ないとか、言うタイミングが無かった的なニュアンスじゃないんだろうか。

何でそんな話になったかと言うと、嫁の携帯をいじって、中身を見たいかどうかと言う話から派生したんだったと思う。

まぁ、色々あるんだよね。

あるんだけど、結局のところ、オレの場合、嫁もオレも社会人としては、ホント半人前以下なので、2人合わせてやっとのことでチョッと人並みに近いくらいになれるレベル。

そんな状態でなので、お互い協力して、色々話し合いして、騙し騙し今日まで生き抜いてきたんだよ。

隠し事とかしてる余裕なかったんだよな。

嫁がオレのPC漁って、色々ため込んだエロフォルダの中身をじっくり見られても何とも思わない。

むしろ、より具体的な性癖を理解してもらって、今後に生かしたいくらいだ。

何と言うか、今更オレの何かがばれたとして、それであいつの中のオレの評価が変わるように思えないと言う。

まぁ、そんな話なんだよね。

それが良いのか悪いのかは、良く分からない。

そんな良く分からない話。

今回の記事を書いてる途中、何回も「隠し事」が「書く仕事」とご変換された。

そう言う事から、きっと物語の構想って出来るんだろうかね。

知らんけど。

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2020年8月18日 2:42 CAT :

おっぱいだけ触ろうとしてごめんなさい

夏休みどこにも旅行に行かないのは、子ども的にも詰まんねえよ。と言う事などもあって、旅に出てきました。

とは言え、このご時世。

果たして、どこに行くべきか。

まぁまぁ考えた結果、四国内の避暑地に決定。

去年行ってメッチャ良かった、キャンプ場に行ってきた。

キャンプ場なんだけど、コテージ(ケビン?)も併設されていて、そこを貸してくれる。

直前だったので、空いてるのが3部屋とキッチン、ロフト付き8人泊まれるトコしかなったので、そこを借りました。

家族4人なので、バカにしてんのか?と言う位大きなコテージ。

そこにお泊りして、夜は、引くほどキレイな星を見て、朝にはその辺を散策。ついでに、川でニジマス釣ったり、泳いだり。

たっぷり楽しんできました。

すごいよな。エアコンとかいらないんだよな。

窓開けておけば、むしろちょっと寒いくらいで、しかもメッチャ空気もキレイなので、目覚めの気持ちよさと言ったら、もう、まぢで言葉にもならない感じ。

肌が尋常じゃなく弱いこともあって、海水浴は命がけなので、水のきれいな川で泳ぐと言うのも実に良かった。

あともう一つ。

今回の宿泊料ですよ。

gotoキャンペーンの割引もあったんだけど、それなしでも、無料だったんだ。

数年前から、家計費のほぼ全てをカードで支払うようにした。

現金を極力使わない生活。

その結果、カードのポイントが、1年で数万円分溜まるようになったんですよ。

そのポイントを使えば、年に1度の旅行の宿泊料位になると言う寸法だ。

カード使うって事は、手数料を店側が負担しないといけないわけで、結局は、商品の値上げにつながる。だから、カードを使うんじゃない。と、現金主義の方は言う。

それも一理はある。

でも、これだけ社会的にキャッシュレスが進んで来たら、それはそれで迎合しようよ。

今のところは、カード決済にした事についてはメリットしかないと思う。

強いて言うなら、カード決済が使えないお店にはホント行かなくなったな。と言う位か。

まぁ、そのポイントが、家族4人の旅費に代わるとなれば、そんな良い事はないとおっちゃんは思う訳ですよ。

経理上の事もあって、仕事の経費はもっと前から完全キャッシュレス化してたけど、家計もキャッシュレス化したと言う話。

そんな2本立てでお送りしました。

取り合えず、日焼けが痛い・・・

 

 

取り合えず、ここではないどこかだ。

 

 

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2020年8月14日 3:06 CAT :

欲しがりは悪い癖

最近、チョッと変な感じの流れで、世の中のオカルトとか怖い話とかのシナリオを書かされている。

いや、書かされていると言うと語弊があるか。

一応、お金も貰えるらしいので、ちゃんとしたお仕事なのかも知れないな。

ただ、まぁ、当たり前と言うか、原稿料自体はお安いので、普通にお仕事するのと比べると、凄い割が悪い。正直、普段の仕事の時間を削ってやってたら、家族がご飯を食べられないかもしれない感じ。

ぶっちゃけて言うと、お断りしたいんだけど、なんか気が付けば、書く流れになってしまってた感が強い。で、実際に、今現在、何本か執筆中だったりする。

いやね、それはそれとして、そういうクリエイティブなお仕事してる人に、作品とかをホメホメしてもらうと言う事自体は、凄く嬉しいですよ。

ちっちゃい頃には、漫画家を夢見たこともあったし、何かの作家になりたいなと思ってた時期もあった。その頃に、この話を貰ってたら、それこそ何もかもを投げうってたかもしれない。

でも、今、ありがたいことに、オレなんかを信頼して色々お仕事を任せてくれてれるクライアントさんがいて、そもそも大切な家族もいる。

昔のオレが見たら、「断るとか、あり得ない」と思うかもしれない。けど、実際問題、これが現実なのよ。

結局は、お仕事に影響しない程度にゆるゆるの納期にしてもらって、少しずつ書く感じで落ち着きそう。

何しか、チョッと前まで、YOUTUBEで、怖い話見倒してたオレが、そういうの作る側になるとは思わなかった。

人生何があるかわからないもんですな。

それもこれも、新都社さんで、色々マンガとか小説とかを発表できているお陰な感じがしてならない。

今回の場合、今描いてる「遊星屠殺ワンダー」見て、「良いんじゃない?」ってなったのがきっかけと言えばきっかけだし、そうでなくても、やっぱり人に見てもらい続けるって言う事は大きかったと思ってたりする。

何と言うか、日和って、人に好かれるものを書こう!とか、そう言う事は全くできないし、そもそも漫画に関しては、もうほぼ内容出来上がってしまってて、今更、物語自体変える気もない。

それはそうなんだけど、見られると思うだけで、チョッとだけ出来上がりに影響してるような気がするんだ。

そんな訳で、新都社さんには足向けて眠られない。願わくば、オレが全部のストックを原稿化して、アップしきるまで存在してほしいな。

で、だ。

その依頼貰って書いてる方については、さすがに、お金も貰ってるわけで、自分の書きたいものを書きたいように書くわけにもいかない。

人に読んでもらう事を意識して、文章読みやすく。とか、構成も分かりやすく。とか、色々考えて書いてる。

題材自体も、自由にさせてもらってるとは言え、ある程度の縛りと先方さんの希望はある。

そう言う制約の中で、何かを作ると言う行為自体、ほとんどやった事なかった事を改めて再認識しましたよ。

新鮮で面白いけど、なかなか大変。

これ実際に、どの位続けることになるのかとか、さっぱり先が見えないし、そもそも本当にオレの書いたものが形になるのかどうかも分からないけど、また、なんか動きがあったら、続報あるかも・・・

取り合えず、今のところは、オカルティックなシナリオチョコチョコ書いてると言うだけでございます。

漫画描く時間が更に無くなることは、結構な問題だと思っている。

最近、こういう写真をトレスして、水着の部分を消して、全裸の絵にして、ウヘウヘすると言う遊びにはまっております。

世も末です。

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2020年8月12日 22:34 CAT :

相変わらずに空は青く 夜は黒く 月は高く

ここ最近、色々新しい出会いがあった。

音楽的なものでいえば、「キノコホテル」と「花ト散るらん」と言う2つのバンド。

どちらも、たまたまYOUTUBEを垂れ流してたら、「お前こんなのも好きなんだろ?」とオススメ動画に出てきてた感じ。

聴いてみた瞬間「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」ってなって、どちらもCDを即買いした。

今になっても、データでは満足できない。モノで手元に置いておきたいおっさんです。

後から知ったんだけど、「花ト散るらん」は、「好き好きDIE好きスキッツォイドマン」が日本大会で優勝したインディーズの世界最大のコンテスト「エマージェンザ」で、日本人初の世界大会優勝したバンドさんらしい。

なんか知らんけど、結局どっかこっかで好きなものは繋がっていると言う事ですな!!!

ついでに、4年ぶりの「no-lie-sense」の新譜も、クラウドファンディングでお金も投資した「水中。それは苦しい」の新譜もあって、音楽的にはとっても最高。

まだまだ、凄い音楽にどんどん出会えている感じ。

映画でも、「リミット」「hostel」「sow」など(特に「リミット」はめっちゃ良かった)洋画の良い作品をたくさん見た。

あと、アニメで初めて「未来少年コナン」を全話見たな。これについても、「え?宮崎駿の集大成はこのアニメじゃん!」って思える位面白かった。

昨日は久々に「この世界の片隅に」を見直して、やっぱり泣いてしまったし、「思い出ぽろぽろ」を見て、これまでとちょっと違う見方と発見があったり・・・

などなど、取り留めないけど、本当にここ最近は良い作品をたくさん見る事が出来てるなと思ってる。

毎週1話マンガ描いて、小説書いてとアウトプットもいっぱいしてるけど、インプットも結構出来てるんじゃないかなと。

多分、良いバランスなんだろう。

それはそれとして、時間がどうしたって足りないと言う問題だけはあるけどな。

1日が48時間になれば良いと思う。

でも、48時間になったら、多分72時間になれば良いと思うような人間なので、24時間で精いっぱいできる事を頑張ります。

棺桶の中と言うワンシチュエーションだけで、全く飽きずに2時間映画を見せ切る圧倒的な演出力。まぢで、この「リミット」は素晴らしい名作だと思う。

オレも、ワンシチュエーションだけの物語とか書いてみたい。でも、出来る気がしない。もっともっと演出を勉強したい。

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2020年8月11日 23:30 CAT :

「今日だけは早く寝たい」と毎日呟く病気

なんか、色々最近、身辺が凄いバタバタしている。

何となく、しばらくマンガ描けなくなるんじゃないだろうか…と思ってる。

と言うか、実際に、ここ最近ろくにマンガ描けてなくて、とうとう、52話目にしてストックが底をつきた。

予定では、もう少し大丈夫だと思ってたんだけど、本当に、時間が取れなくなってしまった。

いつもなら、ここで、一旦ストップして、しばらく描きためして、また定期投稿始めるところなんだけど、しばらくは、それさえ難しいかも知れない。

ホント、どうしたもんだろうか。

そんな事情もあって、ここ最近、何とか作画にかかる時間を減らせないもんかと色々試してみてる。

なんか、初期の頃に比べて、「G」の作画時間がチョッと伸びてる気がするんだよね。

初期の頃は、1ページ20分にないと思ってたのに、最近は、1ページ30分を超えつつある。

よく大好きな岡田斗司夫ゼミを見ながら描いてるんだけど、大体1回分見終わるまでに、3ページくらいしか描けていない。

取り合えず、元のネームを取り込むことはやめた。

更に、下書きもやめた。

アタリ取る事さえもやめた。

で、どうするようになったかと言うと、少し丁寧なアタリみたいなのを描いて、それを主線にしてしまって、あとは、丸ペンで細かい書き込みをすると言う、実に乱暴な作画方法。

例えば。

今までなら(↑)みたな、青色で簡単なアタリを入れてから、描き始めてたんだけど、それをパス。

いきなり(↑)みたな、チョッとだけ丁寧な下書きの線をオラオラを入れる。

で、あとはその線をえどったりごまかしたり、丸ペンでどんどん線を足していく。

最後に、筆と場合によってはトーンを張って完成。筆なんて、下書きもなしで、全体のホワイトバランス見てから、ザザッて書き込むだけ。

 

 

このやり方なら、前よりだいぶ時間を短縮できるようになった。

50話くらいから、このやり方を試してるんだけど、やっぱりアタリとかを丁寧に入れてないので、いつもに増してバランスの悪い絵が増えてしまった気がする。

それについては、描き続けていれば、改善されるんだろうか。

そして、こうやって短縮させてるのに、全然時間が取れなくて、描けなくなっちゃった。

なんだかなぁ~な気分でございます。

人生いろいろあるよね。

 

 

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2020年8月10日 22:51 CAT :

ジオラママママママママ間ママ

おうちの玄関には、クランベリーのポットを釣るしている。

この子がデロンと蔓を垂らしてまたメッチャカワイイ。

ついでに、実もなる。

で、先日、それを見ていると、その蔓にサナギが引っ付いていた。

個人的に、庭で産まれた子は全部カワイイと思っておりまして、雨になったら「ゲコゲコ」なくカエルも、いつも嫁の花壇でヒラヒラしているアゲハ蝶も、何だか分からんけど、凄い愛着がある。

家の中で飼っている、金魚や、コクワガタなどなんて、比じゃない位可愛くて仕方がない。

それは良い。

それは良いんだ。

まずは、写真を見て頂こう。

これが、そのサナギなんだけども・・・

よく見て欲しい。

何が言いたいか、お分かりいただけただろうか。

そう。

そうなんだよ。

なんか、下の方に光る角みたいなのが出てね?

これは、一旦何って虫なんだろう。

写真だと分かりにくいかも知れないけど、金メッキ加工されてんのか?ってくらい、キラキラ光ってるんだよ。

光が当たると、キラーンって反射するくらいまぢで、光り輝いている。

正直、こんなサナギ、生まれてこの方見た事ない。

ただ、まぁ、なんか知らんけど光り輝いているので、縁起がいいものだと思って、大切にそっとそのままにしている。

羽化した時、どんな虫なのか分かったら、ここでまた報告する。かも知れないし、しないかもしれない。

金ぴかなので、お金が貯まるようになるといいなぁ~とか、思っております。

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2020年8月7日 18:55 CAT :

来るべき世界ーStaress & バカボンBlackー

嫁が、普段オレなら絶対買わないようなチョッとお高いアロハシャツを買ってくれた。

袖通した瞬間「お!!」ってなった。

そして、めっちゃ涼しい。来てるのに涼しい。

今度からこういうの買うか。と、気軽に言えない経済状態ではありますが、それはそれとして、やっぱり、値段のものだな。

安ければ良い!と言う話ではないと言う事か。

さてさて。

先日、チョッと近所の中古リサイクルショップに行ってきたときの話。

目的は、なんか面白いゲーム無いかなと言うものだった。

最近割とゲームとかやり始めているので、DS版のドラクエ5とか、キューブ版のリメイクバイオとか(スイッチは持ってないので…)その辺を探しに行った。

目的のものは全くなかったんだけど、ついでに、CDコーナーにも立ち寄った。

いつも、筋肉少女帯をはじめ、ナゴム関係のモノだけは、見つけた瞬間絶対に買う事を決めている。

とは言え、そんななかなかナゴム関係のCDなんて、こんな片田舎のリサイクルショップに並ぶ事なんてない。

数年前に、「サーカス団パノラマ島へ帰る」の初回限定版を見つけた事くらいしか、まともに記憶にない。

なので、あんまり期待もせずに立ち寄った。

・・・ん?

・・・・・・・・・・・・・・んんんんんんんんんんん?

「まぢかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

久々に、お店の中ででっかい声を出してしまったよ。

これですよ。

これ。

ナゴム傑作選の「空バカ」と「筋肉少女帯」の全曲集が売りに出されてた。しかも1000円で。

もちろん、どちらも持ってますよ。

特に「空バカ全曲集」に至っては、10年くらい前に状態のあんまりよくない奴をヤフオクで20000円くらいで、落札してまで手に入れたんだ。

ところが今回のやつは、ほぼ新品。

ケースの傷もほぼないし、見ての通り帯も付いてる完品が、1000円ですよ。

ふざけんな!!馬鹿にしてんのか!!??

と言うか、もうこのCDなんて、神棚に祀るレベルのものだぞ。

オレにとって・・・いや、この世に出回っている全てのCDの中で最も価値のあるCDアルバムのひとつだと思う。

このCDが音楽界に与えた影響を考えて欲しい。それはもう、本当に全くと言っていいほど、ほとんどないわ。

誰がこのCDに影響受けて、続くことができると言うんだ。唯一無二過ぎて、誰も続くことなんか出来てない。

こんなに、後世に影響を与える事が出来なかった作品があるだろうか。いやあるとは思うよ。でも、多くの人が素晴らしいと認めた上で、それでも「オレ、こうはなりたくないわ」と強く思った結果、誰も真似しようとしなかった作品なんてそうそうあるはずがない。

何だったら、ケラさんもオーケンもウッチーも全くついて行けてない感が強い。

キンショーや有頂天でどれだけ、セルフカバーしようとも、それが「空バカ」のそれに1ミリたりとも寄り添えてない。

その位圧倒的なパワーとくだらなさと、あと何だか良く分からないものが、物凄く変な感じで詰まってる。

これに後世の再発版「空バカベスト」に収録されているミニコントが加わった時、本当にもうどうしようもなくなるんだよ。

そんな、奇蹟の作品が1000円程度で投げ売りされていた。

すでに持ってるって事なんて、何の関係もない。

当たり前のように、この2枚のCDを買いましたよ。

そして、オレのコレクション棚の中に大切にしまっている。

光の届かない。湿度は測ってないけど、多分丁度いいだろうその棚の中で、昔買った状態の悪い奴と、今回買った状態の良い奴が、2つ光り輝いている。

この感動があるから、お店めぐりはやめられないんだよね。

この感動は、ネットでポチっても味わえませんぜ。

ゾルタクスゼイアンさん!!

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2020年8月5日 22:54 CAT :

空の色は説明できない

個と言うフィルターを通してみる世界

時に赤いものは
時に赤黒く見える

世界には個の数と同じだけの赤色があり
そのどれも共有などできもしない

争いはなくならない

同じ赤色がない以上なくならない

フィルターの存在をなくすことも出来ない

出来ることを考える

出来ることはフィルターのついている自分を消す方法しかないと気付いた時
実行するのか
実行しないのか
それはこれまで歩んできた道のりによるらしい

死に急ぎたいわけじゃあない
生き急ぎたいわけじゃあない

ただその日を受け入れる

フィルターは外せない

時々汚れ濁る

これまでの赤がある日濁ったドドメ色になるだけ

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2020年8月4日 20:36 CAT :

意味のない会話を続けることで意味を見出す哲学の話ではない

TikTokが日本でも規制され始めるかもしれない。と言うお話。

メディアではいつもの感じで、あんまり大々的には取り上げられていないけど、それでも、少しずつ浸透してきているのかも知れない。

TikTokジャパンの方でも、「個人情報を渡す要請に応じるつもりはない」と発表した。まぁ、これは暗に「要請はあるんだね」と言う話だったりする。そして、中国国内では、「共産党が渡せと言ったら、問答無用で渡さなければいけない」と言う法律がある。

例えば、TikTokジャパンでは渡さないけれども、中国の本社との情報を共有してた場合(と言うか、普通してるような気がするけど)、TikTokジャパンが応じなくても、筒抜けになる。

結局は、使ってる以上個人情報はダダ洩れですよね。

実際、TikTok使ってる人のケータイに中国語でワラワラ話しかけてくる電話がかかってきまくってると言う事案はすでに起きている。

チョッと前には、LINEがアップデート時に「個人情報を要請があった場合には、公の機関に渡します」にデフォルトではチェックが入っていると言う素敵仕様になってた。

このこと知らないでLINEを使ってる多くの人は、「個人情報を渡しても良いよ!」と許可を出していると言う事になる。

だから、漏れたとしても、どこかに責任を問う事は出来ないんだよね。

と言うか、スマホにアプリを入れる際に、「許可する項目」を見てたら、時々、絶対関係ない情報も取得します。って書いてる奴があったりして、その場合には、入れないようにしてたりする。

何で、ゾンビ撃ち殺すゲームで、電話帳にアクセスする許可が必要なんだよ。みたいなやつですよ。

そこまで、チェックしてる人ってどのくらいいるんだろう・・・

ただそれとは別で、今思う事もあったりする。

お前の個人情報にどれほど価値がある?と言う話。

個人情報を守ると言う観点からも、色々な利権が絡んでるような気がしてならない。そのために、個人情報を守りましょうねをうるさく言うようになって、その為に、いろんな場所にお金が流れるようになってきたんだろう。

個人情報がもっと公に駄々洩れの時代と比べて、今の方が、良くなった事なんてない。

今でも、家の電話にもケータイにも、アホみたいな「マンション買いませんか?」とかの営業や、「教材買いませんか?」の訪問販売だって来てる。

そもそも今の時代、何らかのそういうサービスを使わないで生きていくことはほぼほぼ不可能な訳で、そうなると、もう自分の個人情報がだだ漏れになっていることにも気が付くべきだと思う。

大体、ネット使ってる段階で、「どこに住んでる、誰が、いつ、どんな検索キーワードを検索したのか」は分かる訳で、googleはその情報を基に、検索システムの精度を上げてるんだよ。

自分はネットを使ってない。TikTokは使ってない。LINEは使ってないと言っても、他の人が使ってたら、そこから全部ダダ洩れなんだよ。

なので、正直な話、今回のTikTokの話も今更感が否めない。

中国共産党に個人情報抜かれたくないのに、TikTok使ってたとか馬鹿なの?って話。

TikTok使ってんだから、そりゃあそうでしょ。

韓国に個人情報ややり取り全部筒抜けになってるの知らずに、LINE使ってたのか?って話だ。

今回に話は、今話題のコロナ含めて、中国を牽制するために、トランプさんが仕掛けたやつに決まってる。チョッと前のファーウェイ締め出しと同じだ。

東西冷戦時代。アメリカとソビエトがずっと敵対関係にあった。

今はそれが、中国とアメリカになったと言う事ですよね。

日本は、中国ではなく、アメリカ側につくから、足並みを揃えるために、TikTokを問題視し始めただけ。

なので、この話自体を深刻にとらえる必要はないと思う。

ただ、個人情報抜かれたくないなら、まぢで、コミュニケーション系のアプリは使うの止めた方が良い。

無料で使えるって事は、裏があるって事なんだ。

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2020年8月3日 22:37 CAT :

DEAD END KIDS

夏なので、怖い話とか色々みたいよなぁ~とか、悶々としております。

この4月くらいからしばらく、何かわかんないけど、怖い話のゆっくりばっかりYOUTUBEで見倒してた。ホント、100や200ではきかない位見たと思う。

都市伝説から、ホラーやオカルト、異世界ものなどなど。。。ホントに種々雑多に見てきた。まさに雑食な感じ。

特に好きなのは「ヤマノケ」の話。なんでなんだろう。この「ヤマノケ」の話には、物凄く興味を惹かれる。

あと、あれですな。異世界ものは、なんか自分のマンガの世界観そっくりなものが多い。

その世界観そのものが、パラレルワールド、異世界ありき。と言うか、多元宇宙論とかを基にしてるもんだから、まぁ、しゃあないと言えばしゃあない。

特に、今後出てくる「アリス」と「テレス」の宇宙の話なんて、もろそうだもんな。

それはそれ。

何と言うか、聴いてたら何となく「これ作り話じゃね?」ってやつと「これは本当なんじゃね?」ってやつが分かってくる。

前者は、基本的に起承転結がはっきりしていて、原因と言うか怖い部分の原因がはっきり明示されてる場合が多い。何より事情に詳しいお寺か神社が出てきたり、そうじゃない場合にも、なぜかスゴイ霊能力者が身内にいる場合が多い。

後者は、ホントに行き当たりばったりで良く分からないし、結末もすっきりしない。そして、事情に詳しい神社とかお寺も出てこないので、モヤモヤしたまま終わる。

オレが学生時代行った事があって、実際に、めっちゃ怖い思いをした県内の有名な心霊スポットの話とかは、「これ本当だろうな。オレも同じような経験したし」と思うヤツもあった。

で、色々見た結果、思ったことは、後者の方が何となく良く分からない不気味さはあるんだけど、面白いのは、前者だと言う事。

ここに来て思うんだよ。

別に嘘でも、作り話でもいいじゃん。

面白ければ。

そこにリアリティがあれば尚良しってだけで、真実以外が全てダメな訳じゃあないと思うんだ。

よく言われる「プロレス」のブック論争。

プロレスには、筋書きがあって、勝敗含めたストーリーが決まっている。だから、プロレスはダメだと。

プロレス大好き人間から言えば、それは、本当にどうでもいい話なんだよ。だって、筋書きがあったとしても、エメラルドフロージョンはメッチャカッコいいし、メッチャ痛そうなんだもん。

お前、エプロンサイドからの投げっぱなしタイガースープレックスを、筋書きにあるからくだらないと言うのか?

そこから血を吐きながら立ち上がる小橋建太を見て、感動しないのか!?

と言う話ですよ。

オレは、プロレス見て声がかれるまで声援を送るし、ドラマや映画、漫画を読んで涙を流す人間だ。

だから、作り話だろうと何だろうと、怖い話を聞くと、夜中トイレに一人で行くのが怖くてしょうがない。

ちなみにオレは良くプロレスと比較されるK-1やプライドみたいな格闘技系には1ミクロンも興味なかったよ。だって、見てて痛々しいだけで面白くなかったんだもん。

暑い夜には、ヘッドホンで大音量で、怖い話を見たり聞いたりしていきましょう。

有名な見たら死ぬ絵シリーズです。

見て、死んだ人が居たらごめんなさい。

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2020年8月2日 23:56 CAT :

あっちゅうまやねん。人生

とある知り合いが、オレの事を「メッチャうまくいって、稼ぎまくってる」とかなんか、人に吹聴しているらしい。

ホント勘弁してください。

カツカツの生活だっつ~の。お前にオレの何が分かる。

そりゃあ、こんなオレに仕事をくれている皆様方には、ホント感謝してもしきれないし、今の現状については、もうオレのこれまでの人生鑑みるに、及第点どころか100点満点だと思ってる。これ以上の状態など望むべくではない。と言うか、出来過ぎだ。

でも、だからって、毎日知らない人にお金配り歩けるわけない。

それこそ、AV1本買うのも「どうする?まぢでいくか?やっぱりやめとくか?」と1日くらい悶々と考える感じの生活レベルです。スマホゲーの課金に至っては100円ですら躊躇している生活レベルです。

ただまぁ、「美味しんぼ」的に言えば「とんかつを好きな時に家族で食べに行ける」レベルだと言うだけだと思う。

さてさて。

そんな生活をしているんだけど、従来の遊び性だけはどうしようもなくて、そんなお仕事もらえてる状態だとしても、その仕事を投げ捨てて遊びに行こうしてしまう。と言うか、実際にバックレて遊び惚けたりもしてる。

そんなんじゃダメだ!一生懸命仕事に向き合え!逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!

と自分に言い聞かせつつ、追い込むために、貧困ドキュメンタリーを見ると言う、何とも人として最低な方法をとっていたりする。

要するに、いかに自分が恵まれているか。気を抜けばこうなるぞ!と自分を戒めるために、貧困ドキュメンタリーを利用しているわけであります。

これを個人的には「士農工商政策」と呼んでいる。(最近、「士農工商」ってのも、明治政府の捏造の可能性が高くなってきてるけども)

いやね。そういう貧困系のドキュメンタリーって、作ってる側は置いておいて、見てる側で、本気で社会問題として真剣に見てる人の方が少数派だと思うんだよ。大多数は、オレと同じような「うわ~可哀そう。オレ、いまの状態でまだいい方じゃねえか」と思うために見てると思う。それが、例えマスメディアによる洗脳行為の一環だとしても。(その辺は、話がずれるのでまた、いずれの機会にでも…)

トネガワ先生の言っていたやつですよ。「セーフティーと言う愉悦」ですよ。

いや違うか。

でも、それによって自分を戒めると言う方法自体は、帝愛方式なので、ゆくゆくは兵頭会長になれると信じております。

そんな最近見た貧困系のドキュメンタリーで、ふと思った。

大体のものは見てて、胸が締め付けられるような感じになる。サイコパスじゃないんだ。オレはサイコパスじゃないんだ。

地方の貧困。大学進学、勉強して都会に出たかったのに、親が倒れたために高卒で働かなくてはいけなくなって、資格も経験もなく、且つ過疎の進む地方のために、超低賃金の仕事しか見つからなかった女性。でも、自分の親だから、見捨てる訳にもいかず、ちょっとでも収入を上げるために、仕事から帰ってきてから、くたくたの体に鞭打って資格を取り、時給が10円上がって喜んでた。なんて優しい女の子だ。

シングルマザーの貧困。実家にも頼れず、離婚して1人で子ども2人を育てている女性。子どもの事で良く休まれそうと言う理由で、なかなか職場が見つからず、見つかっても低賃金の仕事ばかり。その仕事だけでは生活できないので、仕事が終って家に帰ってから、子どもとの時間を過ごして、子供を寝かしつけた後、深夜のバイトにも出ているとか。それでも、自分の子どもにはちゃんと教育をしてあげたいと、自分の贅沢はしないで睡眠時間3時間でずっと貯金をし続けている。何て素晴らしいお母さんだ。そして、そんなお母さんを見て「貧乏でも良いから、もう少しお母さん休んで欲しい」と言う優しい子ども。こんな家族と離婚した糞旦那死んでしまえ。

などなど・・・何と言うんだろう。これ、オレだったらどうしただろう。と考えつつ、色々見ておりました。

けど、その中で一つ。

闇金に手を出したために日々の生活すらままならなくなったおっさんの話。

そのおっさんは、明日必要なお金がなくて、給料日もだいぶ先だから、借金を申し込んだけど、どこも審査が通らずに、仕方なく闇金に手を出した。「十日後に5割乗せで返済」と言うウシジマくん的な金利でお金を借りたけど、給料日も先なので、返せる宛てもなく、地獄が始まった。と。

いや、ちょっと待て!今の話、おかしくね?

なぜ、少なくとも10日以内にお金が入る見込みもないのに、トゴの借金をした。しかも、そのお金は、学資保険の支払いだったとか。そっち、チョッと待ってもらったほうが良かったのでは・・・

そのおっさんは、その為に極度の貧困に陥ってしまい、会社から交通費として支給される5000円を家計に入れて、少しでも収入を増やすため、毎日自転車で3時間の道のりを自転車通勤している。と。

いや、ちょっと待て!毎日6時間チャリで仕事場に通ってるとして、それで25日分なら、その5000円のために150時間くらいだよね。それ時給換算したら33円なんですが・・・だったら、普通に通勤して、空いた時間で(↑)のお母さんみたいに、深夜バイトとかした方が圧倒的に効率いいのでは・・・そもそも、交通費貰ってて、使わないのは良いの?そればれたら、もらえなくなるのでは・・・

そのおっさんは、自転車を買うお金もないため、捨てられた自転車を使っている。ペダル部分のプラスチックは壊れているけど、それを直す100円すら惜しんでいる。そのために、1足しかない靴は穴が空いてしまった。と。

いや、ちょっと待て!その100円を惜しんだために、靴がぼろぼろになって、買い替えるお金はどの位だ?どう考えても、新しい靴100円じゃ買えないだろう。あれか?100均のスポンジのサンダルみたいなので凌いでいくつもりか?

そのおっさんは、借金を申し込んでしばらくした時に、3人目の子どもが生まれました。と。

いや、ちょっと待て!2人の子どもの学資保険が払えなくて、闇金に手を出してながら、中出ししてんじゃねえよ。それで、3人目の子どもが生まれた為に、生活はさらに苦しくなりました。じゃねえよ。ビッグダディか!

などなど、それはそれは悲惨な貧困生活のように編集してたけど、至る所に「相席食堂」せずにはいられない箇所がモリモリあった。

他にも、奥さんが糖尿病らしいけど、その薬も病院代も捻出できてないと話してる時、机の上に完全にビールらしい缶とおつまみが置いてあったりとかね。

ついでに言うと、もう一つ「アメリカ貧困の実態」と言うやつも、大概突っ込みどころ満載だったです。

本当にどうしようもない状況になってしまい、貧困にあえいでいる人もたくさんいると思う。

でも、中には、なるべくしてなった人も居るのか・・・と思った今日この頃。

まぁそんなこんなでオレは、自分の現状にとっても感謝しつつ、今日を今日とて頑張っていきます。はい。

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2020年8月1日 23:24 CAT :

こねくり回してヨガファイヤー

この歳になって、人生で初めて、ちゃんとお金を出してAVを買った。

と言うと、とっても語弊があるような気がする。

例えば、レンタルしてきたり、中古ショップで買ったり、色んな人から貰ったりとか、あとあんまりここで大っぴらに書けない方法とか、色んな形でいくつか所持はしてた。

それはそれとして、製品を正規の値段で買うと言う意味で、ちゃんとしてお金を出して買った。と言う事。

何と言うか、結構前からいくつか達観した感はあったんだよ。

結局なんだかんだ言っても、おっぱいとまんこでしょ。みたいな話。

こんなオレだけど、結婚してたりする訳で、しかも、嫁について言うのであれば、結婚したくて婚活パーティー頑張って、「まぁ、この人ならいいか」と思って結婚した。とか、そんな話では全然なくて、まぢでもうオレの人生において、コイツしか考えられねえよと言う理由で結婚した。

そんな嫁がいつも横にいるのに、何で知らねえ男と女がやってるの見ながらオナニーせにゃあならんのだ。って話だ。そんな童貞の中学生でもないのに・・・いや、中学生の頃は、ホントどんなものでも抜くこと出来てたか・・・まぁ、いいや。

そんな感じなので、見てたAVってのは、基本的に、「これリアルな世界で、嫁にやる訳にはいかねえよな」と言う内容のもので、且つ、オレがめっちゃ好きなものに限定されていたんだよね。

SMとかでも、かなりハードな奴とか。

もう、いかに女を凌辱するか。しかも、取り返しのつかないレベルで。と言う、「これならまぁ、お金出してみる価値がある」と思うやつに限ってた。

実際、結構なもの色々見てきた。

でも、そのどれもが新品を正規の金額出して買って、所有しておきたいと思わせるものとはチョッと違ってたんだよな。

そして、先日、遂にと言うか、「あああああああああああああああああああああああああ!!オレが最高に求めていたのはこういう事だったのか!!!!!」と思うものに出会えたんだよ。

正に運命の出会い。

普通にセックスとかそんなんじゃなくて、凌辱してるような奴でもない。全く違う方面で、意識して見ようと思ったこともなかったそのジャンル。

AVなんて、抜きどころ以外はスキップじゃ。と思ってたオレが、オナニーのために1時間とか2時間スキップなしで見続けることができたジャンル。

いや。そうなんですよ。ぶっちゃけて言っちゃえば、普通にセックスしてるシラン男と女を見ながらオナニーするくらいなら、嫁を抱くわ。と言う話だったんですよ。

だから、そっち方面から攻めている限り、絶対に出会えなかったんだよ。

どんなものでも取り合えず見てみようと思う無駄に強い性欲と好奇心がなければ、絶対に出会えなかっただろうと思う。

まぁ、今日のところはそんな感じでございます。

人生には、まだまだ出会えていない理想の何かがたくさん存在している。

人生はまだまだ捨てたものではない。

この歳になっても、まだそんな事を実感できる毎日は、多分幸せなんだろう。

ただ、自分で言うのもなんだけど、この変態な感じは一生治らない気がする。

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2020年7月31日 22:07 CAT :

遊星屠殺ワンダー

久々に、過去に書いた小説を見直して、加筆修正しております。

アルバム「影の上のボーニョ」収録のうんこナンバー「遊星屠殺ワンダー」って言う曲を小説に書き下ろした奴でございます。

この話自体が、「女が凌辱される」「UFO」と言う大好きな2つのネタを融合させた自信作。

なので、小説化する際に、歌詞として書いたものから色々変更させて、結局ほぼ別物になっている。(そもそも、「影の上のボーニョ」が、最初で最後の恋愛アルバムと言うコンセプトだったと言う事も結構影響してるんだけども・・・)

まぁ、それはそれとして、文章読んでて、加筆修正してると物凄く文章書くの下手になってることに、愕然としたんだよ。

一応、学生時代から色々物書きの真似事してきて、文章自体はそこそこ書けてる風な評価を貰ってたはずなのに。ずっと努力してきてたマンガの画力とは違ってたはずなのに。

ここ最近、書いた文章については、なんだか全然しっくりこない。

考えてみれば、そもそも、文章書くことが激減した上に、忙しいとか色々理由付けて、本も読まなくなったんだよね。

その結果がこの体たらくなのだとしたら、それはそれは情けない話。

文章力を向上させたい。そのためには、文章書く機会を増やす必要がある。そのためには、ブログを再開させよう。

そんな流れで、今回、またブログ書くようになったわけでございます。

なんか、前回の時も同じようなこと書いてたような気がするけども。

要するに、ブログをまた書き始めるタイミングは、大体、文章能力の著しい低下を実感した時だと言う事ですな。

ついでに言うと、漫画描くのも下手になってきてる気がする。

画力については、先日の記事でも触れたように、まだ多少は向上してるっぽいんだけど、なんかマンガ描くの本当に下手になったよな。

色々な面で劣化が激しい今日この頃。

カプローニ伯爵の言う最もクリエイティブな10年の真っただ中にいる。

でも、オレの最もクリエイティブな10年は多分もう終わってるような気がするな。

あとは、過去の遺産をいじりつつもがくだけの人生なのだろうかね。

そうならないように、ブログ書いて、小説書いて、漫画描いて、ギター弾いていきます。はい。

今のところは、「始まりは終末」が、これまでのどれをも圧倒するようなお話になるように。それを目標に…

遊星屠殺ワンダー用に書き下ろしたイラスト。

そもそも裸だったり、足捥がれてたり、もっとやばい感じだったんだけど、新都社さんのトップに載せたいなと思ったので、自主規制を色々入れてしまった。

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2020年7月30日 22:08 CAT :

傷だらけの真心

新型コロナウィルス。

2020年は完全にこのウィルスさんに全てを持っていかれた感がある。

このウィルスについては、終息してしまう事はないんだろうね。

もし終息したとしても、その後の世界の価値観はなんか色々ガラッと変わってしまうような気もする。

大きなパラダイムシフトがこんな形で起こるとは、思いもしなかった。

それでも、毎日は続いていく。

今日も、明日も生きていかなければいけない。

そうなると、何が必要なのか。と言う事を改めて色々考えてしまう。

今年一年の日本での自殺者の数は昨年より20%ほど減っているらしい。

コロナによって、何でも自粛になった。イベントごとや集まり事も中止になり、会社行かずに、家で仕事をするようにもなった。

その結果、追い詰められて自分から命を絶つ人が20%も減っている。もちろん、コロナによって、追い詰められた人だったたくさんいると思う。

でもだ。それでもだ。

コロナウィルスが、日々の生活の中で、本当に必要な事は何なのかを改めて見直すことを強制した結果、不要な事で追い詰められていた人が、自殺をとどまったのだとすれば、それはそれでとっても複雑な話ではある。

だからこの話は、どちらかと言えばタブーになるみたい。

連日テレビでは、取り合えずショッキングな数字を取り上げている。感染者数が何人を超えたと。過去最高だと。でも、検査数も過去最高なのはほとんど報道されない。

検査数における感染者率とか、重症化率とか、死亡率とか、そういう本当に気になる数字はあんまり教えてくれない。

多分、その数字はそこまでショッキングじゃないんだと思う。

上記の自殺者が減っているって言う話も、ショッキングじゃないんだと思う。

情報化社会と言うのは、自分で情報を取捨択一できる社会になったと言う事な訳で、この時代になってもまだ、食いつきやすい数字だけを取り上げるマスコミを鵜呑みにしてしまうのは危険な事だと思う。

同時に、ソースの曖昧な情報に踊らされることも危険だと思う。

問題なのは、そんな危険な奴ほど声がでかくて、無駄に行動力があって、思想を押し付けようとすることなんだろうね。

会社に行かなくてよくなり、アホな上司と離れられてストレスを抱えずに済み、家族と一緒に過ごす時間が増えた。その結果、多少収入が少なくなったとしても、自分の命を絶つ人は減った。としたら、その話はその話でしっかり伝えて欲しいもんだよね。

子どもの行事関係も軒並み中止になって、それに合わせてPTAとかの活動や話し合いも激減した。

そっち方面でも、無駄に集まる事はなくなって、ストレスなくなったし、少なくともオレの子どもたちはそれでしょんぼりしてる様子はないんだよね。

如何に無駄な慣習が多かった事か。

そして、その慣習がいかに、一部の人間の都合だけで、たくさんの人に押し付けられていたか。

アフターコロナの時代、本当に無駄なことがなくなって住みやすい社会になるといいな。と思いつつ、チョッととある電通の記事を目にして、「まぁ無理だろうな」と思った次第でございます。

マスクはもうどこでも買えるようになったな。

まだ、以前より少し高いけど…

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2020年7月29日 20:26 CAT :

隅から隅まで全部頂戴

このブログを常時SSL化した。

この作業自体は、仕事でもよくやるし、むしろあれだけ人のサイトをSSL化しておいて、自分のブログはまだ非対応と言うのもいかがなもんだったのか…

いや、そんな話し始めたら、まず自分の事務所のサイトを作れって言う話になるんだけれども…

何しか、「はいはい。SSL化できましたよぉ~」って思って、しばらくして、アクセスしてみたら、サーバーが安全な接続じゃないよエラー。

何でだ?何がダメだったんだ?

色々調べてみたけど分からん。

データベースまで色々いじったり、htaccessに追記してみたりしたけど、一向に直らない。

少し時間をおこうと、大きく息を吸い込んで、休憩。

しばらくしてから、サーバーの設定を確認してみたら、ブログのドメインと違うドメインをSSL化してたと言うオチですよ。

そりゃ、絶対安全な接続は出来んわな。ぷんすかぷんすか。

さてさて。

7月末でひっそりと、「Gの世界」連載1周年を迎えた。

こんな、ほとんど誰からも見向きもされてない、糞不人気な漫画をよく毎週毎週書くよな。と、多分、この漫画の存在を知っているほとんどの人が思ってる。そして、ほとんどの人がまず、この漫画の存在すら知らないと思う。

でも、アップするたびに、200人くらい読んでくれる人がいるんだ。

これを多いか少ないかで判断するなら、めっちゃ多いと思う。

そりゃあ、世の中オレなんて、漫画描く人としては、最底辺の人から「あいつが居るから、まだ自分がましだと思える」と蔑まれるレベルだろう。

でもな、オレはマンガを描き始めてた頃、親にすごい勢いで「やめとけ」と言われ、こっそり描いてたやつを学校とかでクラスメートに見つかっては嘲笑された。

その後は、誰にも見せずにただ一人黙々と、誰に読ませるわけでもなく、「オレメッチャ面白いマンガ描いてるわ~」と自分で自分を褒めちぎるクリエイティブなオナニーを30年程続けてきたんだ。

そんな今、100人とか200人と言う人に、見られながら(それがチラ見だろうとガン見だろうと)、ほぼ公共の場で全力でオナニーしてるんだ。気持ち良くないわけが無いじゃないか。

一人でも見てくれる人がいるのであれば、それは、オレの30年ほど描いてきた時間の中で最も充実した時間なんだよ。

と言う、まぁ、言ってみればそんな、過去最高レベルの射精感をもって、1年描き続けてきた。

お仕事の傍ら、1ページにかける時間は20分以内(最近は30分くらいに伸びたけど)で、1日2ページ。1週間に13ページくらい。コツコツコツコツコツと…

ちりも積もれば何とやらで、気が付けば、1年。50話だ。ページ数にすれば、700ページに近いくらいになってた。

しかも、妹とか弟に多少は読ませていた「ランナ」や「アス」じゃなくて、多分嫁にチョッと見せたかな?くらいの、ガチガチに誰にも見せた事なかった「G」を描き続けている。

多分、世界中でオレにしか分かって貰えないだろうけど、これが何よりも感慨深い。

今回は、せっかくなので、今日描いた一番新しい1ページと、1年前に書いた第1話の割とマシなページを並べてみる。

これが1年前に描いた1話の7ページ目?

こっちが今日描いた51話の7ページ目。

なんかこの1年はほぼ前のやつを振り返らなかったので、あんまり思わなかったけど、こんなオレでも、未だにまだ多少はうまくなってる気がする。

そりゃあ、普通に見たら、「ほぼ一緒じゃねえか」と言われる程度の微々たる変化かも知れないけど、オレにはすごい進化だと思う。

こんな感じで、自分で「オレ絵うまくなったな!」とか、読み返して「オレの描く漫画面白れぇ~」とか、自画自賛して気持ちよくなってたんですよ。

これをモチベーションに、これまで30年ほど1人でやってきたわけですよ。

今回のこの公開オナニーをモチベーションに、あと1年・・・あれば、多分「G」は描き切れると思うので、頑張ろう。

その後には、「FE」をリメイクした「始まりは終末」を描くんだ。こっちは、今、プロットから作り直してる所。

考えてみれば、最後にプロット作ったのが、20歳の頃の「やみ。世界」だから、10何年振りに新作(リメイクだけど)のプロットを考えてる。

久々なので、こっちはこっちでワクワクしながら毎日妄想しております。

まぁ、結末については、「was born」の最後と同じになるのは決まってるので、そういう意味では、こういう形でのプロット作り自体は初めてかも知れない。

いくつになっても、楽しい事はあるもんですな。

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2020年7月28日 21:20 CAT :

オナニー新世界に入り浸るのです

お久しぶりです。

色んな事があったりなかったりやっぱりあったりな日々を過ごしております。

漫画描き倒したり、ギター弾き倒したり、その割に全然レコーディングは出来なかったり、コロナで外出できなかったり、お仕事色々したり、ゲームソフト買いまくったり、面倒くさいことに巻き込まれたり、新しいオナニーにはまり倒したり、じいちゃんの遺品を色々引き取ったり、漫画買いまくって読んだり…あと何した?よく覚えてねえや。

取り合えず、もう7月だって。

至る事だ中止になった2020年。

そのせいなのかもしれないけど、中身の空っぽな1年になってるような気がしてならない。

オレにとっては、それでも良いかも知れないけれども、子ども達にとってはそれでも大切な1年には違いない訳で、このままで良いはずはないと思ってる。

取り合えず、コロナはコロナとして、夏休みどこかに旅行に行こうと思ってたりする。

外出しなかったからな。

そのくらいはいいだろう。岩手には行かないので。

そんな感じで、また飽きるまで、ちょこちょこブログ書いていこうかなぁ。と。

やっぱりね。文章書くの好きなんだよ。才能があるかとか、センスがあるかと言う話とは別で、何かしらの文章を残していきたい。

アウトプットについては、マンガを描き倒しておりますので、それはそれでたっぷりしているので、そっち方面のアウトプット以外の事をね。

久々にブログ立ち上げたら、プラグインの更新と言うか、WP本体の更新もあったりしたので、色々メンテナンスしつつ、今更ながらブログを常時SSL化もした。

そんなこんなで明日から、しばらくは毎日更新したいもんだなぁ~

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2020年3月7日 11:12 CAT :

ティッシュ品薄への対抗策がオナ禁しか思いつかない生活

前回のブログで書いた内容が、一瞬のうちに本当の事になってしまって、どうしたもんかと思っている日々でございます。

タイトルよろしく、オナニー止めておこう。とか、セックス止めておこう。とか。そんな事ばっかり考えてたりする。

あの辺って、やたらティッシュ消費するんだよね。あの液拭いたり、あそこ拭いたりで。

まぁ、一番品薄なのはトイレットペーパーなので、うんこ我慢する方が良いのかも知れないけど、それは結構難しいしな。

さてさて。

夜中になると、なんか知らんけど、変な方向にムラムラすることがある。

なんか、エロい絵を描きたいというそんな衝動。

で、いざ描こうとすると、困った事に、途中でなんか萎える。

乳首とかまんことか描いてると、ふと我に返ってしまって「オレは何を描いてるんだ?」ってなる。

特にひどいのが、陰毛描いてるとき。

エロい絵とかは、人が描いたの見るのが一番だと言う事ですよ。

あんな絵を描いてる人は、どんなテンションで描いてるんだろうね。

オレは少なくとも、ムラムラした気分では描けないんだよな。

大好きなエロ漫画家の伊駒一平先生は、確か「おっさん描いてる時が一番楽しい」みたいなことを言ってた。と言う事は、結構冷静にマンガ描いてたんだろうか。

まぁいいや。

そんな話なんだけど、今回は最後まで描き切るぞ。と言う事で、描いてみた。

そうなんだよ。顔描かずに、乳首とかまんこを晒さない絵を描けば良いんだよ。

中学生のガキじゃないんだから、モノが見えてなきゃ興奮しないわけじゃないんだよ。大体何があるかなんか、実物めっちゃ見たおっさんなんだよ。こっちは。

こうすれば、描いてるときに我に返ることなく、頭の中で色々妄想してるムラムラエロテンションで最後まで描けることが分かった。

まぁ、あとは深夜だってことも重要なファクターだね。

朝になってから見ると、うむむむってなる。今、そう思ってる。

朝になって、冷静になった時に、なぜかブログでその話をしようと思った次第でございます。

このイラストせっかくなので、今描いてる「G」の本編のどこかで使いまわそうと画策してる。

多分、37話くらいで。

この縛られてる女はいったい誰なのか!!答えは、「Gの世界 37話 決定権」で明らかに!

乞うご期待。

してる人は多分いないと思う。

取り合えず、結構描きため出来たので、また来週月曜日からは、続き更新していこう。

そんな感じで、スマッシュでさよなら。

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2020年2月28日 3:11 CAT :

洗面器いっぱいに溜まった悪夢のようなあたしの命の中に切り落とされた乳首が浮かぶ

凄い面白いマンガのネタを思いついた。

ここ最近、「G」を毎週1話描き続けてる関係で、頭の中が創作する感じになってる気がする。

お仕事しながら、毎週1話、ちゃんと原稿を描いてるんだから、結構すごい事じゃあないのか。と思ってたりする。

誰も褒めてくれない。誰も認めてくれない。でも、自分でだけはちゃんと褒めてあげて、認めてあげる。幼少期からそれだけをアイデンティティにして生きてきました。

承認欲求と言う言葉も最近は良く聞くようになったけれども、オレの場合、人に認めてもらえないまま大人になってしまったので、その部分はあんまりないような気がしないでもない。

さてさて。

と言う事で、お久しぶりです。

何となく、生存報告含めて、ブログでも書いてみようかと思った次第でございます。

漫画を描くって形で、アウトプットを続けてたので、ブログ書いてやろうという欲求が全く出てこないまま、気が付けば、もう2ヶ月くらい過ぎてたらしい。

相変わらず、どんどん時間が経つのは早いな。

ここ最近、お仕事でも色々思う所はあったんだけども、それとは別で、色々スゴイ事になってる。

家に引きこもって、お仕事とお絵描きばっかりのオレの耳にも否が応でも入ってくるんだから、もうこれはどうしようもないという話だ。

コロナウィルス・・・何だろう。驚異のレベルでは、何となくエボラ出血熱の時の方が恐怖感があったような気がしないでもないんだけれども。

アメリカではインフルエンザでバタバタ人が死んでたと思ってたら、そのうち結構な数が新型コロナウィルスだったとか・・・まぁ、あの国では金持ち以外は病院行くことも難しいとか言う事もあるのかも知れないけれども・・・

実は、結構やばいウィルスなのか?

「AKIRA」の予言通り東京オリンピックは中止になるのか?

イルミナティカードの予言通り、日本は崩壊するのか?

ジョージア・ガイドストーンに書かれている通り人類は5億人まで減ってしまうのか?

陰謀論的に言えば、今回のウィルスは、人間選別のために人為的に作られたモノ立ったりするのだろうね。

ただ、それとは別で今回ムカついてるのは、転売野郎だよな。

前置きが長くなったけど、今回はその話をチョットだけ・・・

いやね。オレは転売自体、別に良いと思うんだ。価格釣りあげてるのも、やりすぎ感満載だからお前ら絶対地獄行きだ!と思うけれども、その価格でも買うって言うやつがいるんだから、まぁしょうがないよな。

すっごい薄められているけど、経済社会って大体そんなもんだ。

それでもムカついてしょうがないのは、転売野郎のやってることが、オレにとってマイナスでしかないという点なんだよ。

フォーイグザンポー。

マスクが全く手に入らない地域に、転売野郎が各地で買い占めてきたマスクを定価の10倍の価格で売りに来たとしたら、オレは全然ムカつかない。

むしろ、感謝さえするだろうて。転売屋さんがいてくれて良かったとさえ思う。

それはもう商売として、確実に成立してると思う。

と言うか、商売ってそういうもんだよ。仕入れてきたものを、皆さんにお届けして、その代わりに手数料を取ってるだけなんだ。人のためになる事をやって、その代わりにお金をもらう。それは当たり前の事。むしろ、それで、「値段釣りあげてんじゃねえ!!」って非難する奴が居たら、そんな奴オレが殴ってやる。

問題なのはあの糞ども、その逆をやってるって事なんだよ。だからムカつくんだよ。

誰でも買えるものをわざわざ買えないところに持っていって、陰でこっそり一部の人間にだけメッチャ手数料を吹っ掛けて売りつけている。これはいったい誰がプラスになるんだ?

多分、転売野郎以外全てにとってマイナスでしかない。だから、糞野郎なんだよ。今すぐ死ねばいいんだよ。

究極的な話ドラッグストアの前で、「今その店で売ってたマスク買い占めましたぜ!」って言いながら店頭で10倍の価格で売ってるとかでも、むしろ、「おお!!お陰でオレが買えたよありがとう!!」ってなるわ。

せめて、普通に商売としてやって欲しい・・・あいつらは自分が儲ければいい以外、本当に何も考えてないから、何を言っても無駄なんだろうけども。

認識するべきなのは、普通に経済活動とは逆の事をやっている以上は、何を言おうとも社会にとってマイナスでしかない存在であって、そういう存在の事を「反社会勢力」と言うんだ。と言う事。

法律的に問題がない?

問題があると自覚してるからから、買い占めた後堂々と売らないで、こっそり陰で横流しみたいな売り方してるんじゃないのでしょうかね。そうじゃないなら、買い占めたその場で売りつけてみろ。

マスクはまぁ、別にいいよ。なくても生きていけるから。

気になるのは、今回の事に味を占めたアホどもが、ティッシュとか、お米とかそんな生活に必要なものまで買い占め転売し始めないかって事。

社会にとってマイナスな存在は、自分もその社会の中で生活している以上、自分にとってもいつかマイナスになるって事くらいわかる頭をもっていてくれることを切に願うばかり。

チケットとか、スイッチとか、マスクとかその辺で止める良心をもってたらいいんだけど、そうだったら、そもそも、やらないよな。

コロナウィルス以上にこっちの方が怖い日々を過ごしております。

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2020年1月6日 18:25 CAT :

明けましておめでとうございます~サムネで釣られろエロ男2020

明けましておめでとうございます。

何しか、昨年、毎日更新してやるぜ!!ヘイヘイ!!と調子に乗ってたのに、途中から、全く更新しないまま、年を超えてしまった。

理由としては、色々あるんだけど、一番は「G」の原稿化を始めたことだと思う。

何しか、7月に「us」を完結させてから、ほぼ毎週1話更新をずっと続けることができた。

「ランナ」の方も、最初の方は月に1話程度書いてたんだけど、こっちは、途中で力尽きてしまった。

どうも、お仕事のペースを落とさずに書き続けるなら、月産50ページ程度が限界らしい。自分の限界を知ることも大切なんだと思う。

と言う事で、今年もよろしくお願いします。

で、終わろうかとも思ったんだけど、せっかくなので、少しばかり今年の抱負でも…

 

 

【何をおいても、お仕事頑張ります】

そろそろ法人化しようかなとか、そんな事も考えていたんだけど、それよりも、現状のままで事業を継続維持していく方向にした。

現状のままになるか、規模を拡大するかはまだ決定してないんだけど、多分、現状維持の少し斜め上くらいを目指していきたい。

昔、誰かが言ってた。年成長102%が永続的な事業継続に最も適していると言う言葉を信じて、頑張ります。

目指せ、売り上げ昨年対比102%!

 

 

【NEWアルバム「不良債権」を完成させる】

「ヤンディール制作(所)」のNEWアルバム「不良債権」。

なんか、去年の夏くらいには完成するかなぁ。と思ってたんだけど、年越してしまったので、もう無理しないで、今年中に完成位気長に進めていきます。

曲が出揃ったのは、去年のスキッツォイドマンのワンマンライブのあとだったので、まだ、曲作り始めてから1年経ってない。

そう考えると、そんな生き急がなくても良いように思っておる次第であります。

前作「公共事業」では、ほとんど制作に関与してなかったような気がする。1曲だけ昔描いた曲を引っ張ってきたのと、多少歌詞書いたりしたけど、基本的にはもらったデモ音源を基にギターパートとネタを考えて、後は、その場でのらりくらりとしてた感じ。

に対して、今回は半分作詞作曲したので、前よりはかなり色々製作してると思う。

特に、久々に10分越えの大作「ゴキブリ男の人生」と言う自信作も出来上がったので、この曲だけでも、ぜひ聞いていただきたいです。

 

 

【マンガをいっぱい描く】

「G」の元ネタは77話で完結してるんだけど、それはそれとして、現状ですでに元ネタより話数を重ねているので、多分、完結は90話~100話くらいになると思う。

今年一年休まず順当に描き続けても、完結までは難しいんだよな。

と言う事で、完結に向かって順調に描き続ける事を目標にしたいです。多分、年末には「ソーパズ」と「デジャ」のくだり位まで描けていると信じております。

あともう一つ「ランナ」の原稿化、「風を切る日々」の方も、今年こそは月に1話は描き続けたい…出来れば、月に1話なので、1話20ページくらいで。

実際に、正月休み中に、次の1話のネームはちゃんと20ページで完成したし。

いよいよ第3部一番の山場「コロッサ編」だし、内容的には描きたいシーンてんこ盛りなので、ネーム作るテンションはかなり高いんだけどな。

月産70ページか…

お仕事に支障をきたさない程度に、これを進めるために、何とか方法を考えたいもんだ。

 

 

と、ここまでは、ほぼ毎年同じような感じで目標にしつつ、他に、その年ならではの目標とか立てたりするんだけども、今年はあえて、これ以上何もしないで、とにかく、この3つを達成できるようにします。

なんしかね、楽しい事ばっかりの1年にしたいもんだ。

いっぱいマンガ描いて、アルバム作って、お仕事も頑張る。

そんな2020年になる予定なので、今年も何卒よろしくお願いします。

もう一回。

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2019年11月12日 1:30 CAT :

犬神サアカス團とtime gose byのお話し

人生を変えてくれたバンドがある。

「筋肉少女帯」と「犬神サアカス團」の2つ。

これだけは、多分、いつになっても変わる事はない。永久不変。

出会ったのは、どちらももう20年以上前になる。

当時、筋肉少女帯は、オーケンとうっちーの仲違いがあり、活動凍結中。オーケンは、特撮でデビューしたばっかりだったと思う。

犬神サアカス團は、まだ、犬神サーカス団でマーシー(薬中じゃない方)のプロデュースでWIDE TREADから、「首吊りの森」を販売したばっかりだったと思う。

あれから、20年間の間、筋肉少女帯は、まさかの仲直りを経て、太田明がまだ合流してはいないものの、仲良くのびのびと活動を続けている。

相変わらず、唯一無二の筋肉少女帯の音楽は、一部ではマンネリだの、古臭いだのと言われながらも、マンネリ上等!と言わんばかりに安定して、新しいのに結局は良い意味でいつもの筋肉少女帯の音楽を届けてくれていた。

犬神サアカス團は、断続的と言うにも憚れるほど積極的に、止まることなく活動を続けている。

リーダーの犬神明兄さんは、音楽的造形が尋常じゃなく深くて、いろんな形での音楽を見せてくれた。オレ自身の好みと合わない時があったり、引くほどシンクロする時があったりと波のように近づいたり、遠ざかったり…それでも、ずっと聞き続けていた。

・・・と前置きが長くなったけど、そんな人生を変えてくれたバンドの一つ「犬神サアカス團」の4人のメンバーのうち2人が脱退することになった。

それを知ってから、未だに、気持ちの整理がついていない。

ついていなさ過ぎて、どうしたもんかと思い、ふと、ブログで気持ちを綴ってみたら少しは何か変わるかなと思って、久々にログインしてみたような感じ。

でも、いざ、書こうと思ったら、何も書くことが思いつかなかった。

脱退理由については、メンバーさんの人柄の良さがにじみ出ると言うか、かつてここまで誠実なコメントは見たことがないと言うほど、誠実にファンと向き合ったそれぞれの言葉で、述べられていた。

それを見たおそらく全てのファンが、納得したと思う。

オレも、納得した。

でも、それとこれとは別で、とにかく悲しくて仕方がない。

そんな事言わずに、もう少し続けてくださいよ。何て、とても言えない。そもそも解散するわけでもない。「漸進的に」という言葉を使われていたように、これからも精力的ではないかもしれないけれども、確実に前を向いて進んでいってくれると信じている。

全部わかっている。

でも、やっぱり悲しくて仕方がないんだよ。

バンドって、何だろう。とかそういう事を考えた場合の話。

筋肉少女帯っていうのは、実に不思議なバンドで、中心メンバーであるオーケンがいない時期でも、キンショーはキンショーだし、90年代のキンショーメンバーが居なかったナゴム時代も、メジャー初期もちゃんとしたキンショーだし、何だったら、期間限定だった80年代の筋肉少女帯だって、ちゃんとキンショー。どの時代も大好き。その時々に演奏している人たちの音を楽しむことができる。やっぱりメタルのギターはフーミンだと思いつつも、「シスベリ」を聴いた時には、ジェットフィンガーカッチョイイ!!とか、エディのピアノ最高!になる。

でも、犬神サアカス團はなんか違う気がする。

あの4人のサウンドが奇跡的に作用しての犬神サアカス團のような気がする。

それくらい本当に物凄い微妙なバランスで成り立っていたバンドだったのかも知れない。

この先、オーケンとうっちーがまたケンカして、キンショーが活動凍結したとしても、あんまりショックはない。おいちゃんやふーみんが脱退して、ドラムに太田明が復帰したとしても、さもありなん。そして、多分、またいつか皆で「釈迦」とかやってる気がする。10年もしたらまた再結成して、仲良くライブを始めると思う。

でも、今回の犬神サアカス團は話が違う気がする。

10年とか先に、また4人が集まることがあったとしても、もう、今の犬神サアカス團の音にはならないような気がする。

本当にそんな良い意味で危ういバランスが生み出す緊張感こそが、犬神サアカス團を最高たらしめる要因だったんじゃないだろうか・・・

4人じゃ位ならもう犬神サアカス團じゃないから、もう応援する気にはならないとか、そんな事は一切なくて、これからもずっと応援し続けるし、聞き続ける。それは絶対。

ただ、今後絶対に懐古主義のように「あの頃の音はどうのこうの」と言わない。と約束できる自信はない。

プロデューサーが変わろうが、環境が変わろうが、ライブだろうが、スタジオ音源だろうが、あの4人が表現する音楽は全て間違いなく犬神サアカス團だった。

これから先、どんな方向に展開していくのか正直想像もつかないし、どんな音になるのかも分かりはしない。

「新しい犬神サアカス團最高じゃねえか!!」ってなる可能性だって全然ある。と言うか、むしろそれには物凄く期待している。

でも。でもだ。

人生に絶望した中で聴いた「暗黒残酷劇場」を聴いて何だか救われた気分になった事。

大学自体車の中でアホ程「神の犬」を聴いた事。

今の嫁と結婚前、どうしてもCDが欲しくて、当時四国唯一のタワレコまで6時間かけて「待ちわびた日々」を買いに行った事。

初めてライブに参戦した時、物販でジンちゃんと情次さんに会えた感激で泣き崩れた事

嫁のお腹の中で子どもが大きくなっていく中で、それまで大好きだった「人工妊娠中絶」を1年間聞かずに過ごした事。

お仕事で色々追い詰められてた時に、毎朝「華麗に舞え」を聴いて自分を鼓舞していた事。

改名後初のアルバム「恐山」の凄まじい出来に、鳥肌が止まらなかった事。

明兄さんが、このブログのアルバムの感想を読んでると知って、恐れ多くなって感想を書き込めなくなってしまった事。

他にも、いくらでもある。

人生の要所要所で聴いてきた。

本当に、人生を変えてくれたバンドなんだよ。

悲しくて仕方がないくらい許して欲しい。

いつの日か、「あの脱退は本当にショックだったなぁ~」と振り返る想い出のような感じになってくれれば・・・

やっぱりスッキリしない。

する訳がない。

まぢで、大きくぽっかり穴が空いてる感じ。

感激して泣き崩れた時のライブで、物販で購入して、サインももらったDVDだ。

今は、犬神サアカス團の曲を聴くのさえ辛い。

こんな気持ちになったのは、初めて。

でも、振り向くな 目を背けるな 真実は今だけ。

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2019年9月27日 10:59 CAT :

通り過ぎる町

コーヒーを飲んだコップで抹茶ラテを入れると、チョッとだけ濁った抹茶ラテが出来た。

庭では、レモンの木も柿の木も実が付き始めた。

夏に親戚からもらったノコギリクワガタがどんどん衰弱してきていたので、息子に「お庭に逃がしてあげようか?」と言うと、「そうする」と言った。

その後、息子は思い出したように走っていき、家で育てていた時にあげていた昆虫ゼリーを持ってきて「お腹減ったら可哀そうだから、これを置いておく」って。

オレが同じ年頃の頃は、物凄い量の虫を捥ぎ殺して遊んでたというのに・・・

優しい子に育ってくれているようでした。

さっき庭を見てきたら、昆虫ゼリーに食べた形跡があった。クワガタが食べたのか、他の虫が食べたのか・・・

生存報告。

今日も、まだ生きております。

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2019年6月23日 19:32 CAT :

パンと蜜を召し上がれ

先日、息子を寝かしつけてた時の話。

最近、息子によく寝る前にオレの子どもの頃の不思議な話をしてた。

「夜だけ現れる仮面ライダーのカーテンの話」とか、「夜なのに外が明るかった話」とか、「ネコでも犬でも人間でもない何者かの言葉を聴いた時の話」とか、そんなお話を色々。

で、その日は、「たまには、息子の不思議な話を聞かせてよ」と言ってみた。

そしたら、息子が少し悩んで「穴の話しても良い?」と話し出した。

取り留めのない話だったんだけど、物凄く興味深い話だったので、色々質問しながら詳しく聞いた内容は以下の通り。

〇前に(ただし、息子はまだ時間の概念がイマイチわかっていないので、どのくらい前かわからない)穴に落ちた

〇穴の中に落ちると今のおうち(今の世界的なニュアンスだった)に来れた

〇穴に落ちたからお父さんと会えた

〇穴に落ちる前の場所は何もなかった

〇穴に落ちる前の場所は真っ暗じゃないけど、明るくなくて、周りに誰もいない

〇穴は明るくて、光ってた

〇でも、穴の中を見ても何も見えなかった

〇何で落ちたかはよく分からないけど気が付いたら穴を通ってた

〇もう穴には落ちたくない

・・・息子は、嘘を絶対につかない。と言う事だけは、自信を持って言える。

アイツは、自分が怒られることや、どんなやばい事でも、ちゃんと本当のことを言うんだよ。イタズラ大好きで、悪い事メッチャするわんぱく野郎だけど、嘘だけは本当につかない。

かと言って、まだ、幼いので、物語的なものを構築できるとも思えない。

でも、この話については、オレが質問すると、そのほとんどの事に的確な答えがあった。

幼稚園に行って帰ってきたときに、「幼稚園はどうだった?」と聞いた時と同じような感覚で・・・

これが、もしかしたら、前世とか、生まれる前の記憶と言うヤツ何じゃあないのか・・・と、凄い興味がわいてきた。

そういえば、息子は、この家に引っ越してすぐの頃に良く「今日はむらさきのおっさんがいないね」と言う話をしていた事を思い出す。

なんでも、契約前の内見の時には「むらさきのおっさん」がこの家をうろうろしていたらしい。

ちなみに、案内してくれた不動産屋さんは、スーツ姿のお姉ちゃんだった。

オレも小さい頃は、あれは座敷童だったんじゃないかと思う誰かと遊んでたとか、実家の応接間に飾ってあった虎の絵が動いてるのを見たとか、そんな記憶がちらほらあったりするんだよな。

息子にも、何かそう言う力的なものがあるのかも知れないな。

今でも、チョッと怖い経験はしたりするけど、それでも、昔みたいに不思議な経験をすることはほとんどなくなってしまった。

息子も、きっと、大人になるにつれて、不思議な経験も不思議な記憶もどんどんなくなっていくんだろう。

子どもの話をじっくり聞くのは、面白いです。

この手の地面に空いた穴が尋常なく怖いです。

エロい方の穴は大好きなんだけどな・・・

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2019年6月20日 22:18 CAT :

不幸せな化学についてお話ししましょう

自分の本分・・・とは言わないけれども、やっぱりこれだ。と言うのは、マンガを描くことだった。

ふと、その事を思い出して、マンガをメッチャ描いております。ここ最近。

取り合えず、ずっと気になってた「us」を最終話までアップするため、とにかく取り込んでは、加工。ついでに、気に入らない部分を一部加筆・修正など・・・

それとは別で、モラリル編描き切って、一旦ストップしてた「R.D」の方も、タイトルを本来の「風を切る日々」に戻して、再スタートした。いよいよ、第3部の山場、コロッサ編なので、色々展開を考えつつ、モラリル編くらいのバランスで、本来の展開とオリジナルの展開を混ぜ合わせた感じで構成考えております。

ただ、今のところの構想だと、元ネタの方と比べて、コロッサでの戦闘が凄いことになる。その部分の作画が出来るのか・・・と言う不安があったりなかったり・・・

でも、それはそれ。思いついたアイデアを優先する。作画の方は、まぁ、何とかなるだろう。思いついちゃったんだからしょうがない。

もうひとつ。

「us」が完結した後、次は「G」をアップしていこうと思ってる。

ただ、「G」も見たら、描き始めたのはなんと17年も前・・・さすがに、絵がひどすぎるので、こっちは、構図とかコマ割りまで基本的には、そのままで、全て描き直してる。

とは言え、「風を切る日々」ほど原稿をしっかり作りこまないで、ペン入れと、ベタだけと言う、本来ノートに書いてたくらいの書き込みで何とか出来ないかと色々試してみてる。

今のところ、この方法なら、週に1話くらいは出来そうな気がする。

取り合えず、「us」がアップし終わるまでに、4話くらいまで描ければ、そのあとは多少遅れても、基本的に週1更新可能だと目論んでおります。

この位の書き込み量で描いております。

一番びっくりしたのは、「G」の最終話描き終わったのが、2007年だったと言う事・・・

実に、12年ぶりに堤君を描いたわけですな。

時間の流れまぢでやばくね?

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2019年6月17日 23:51 CAT :

形のない夢でも良い

「オナニーマスター黒沢」と言うマンガ。

遥か昔に、webマンガとして、ネットで公開されてたこの漫画が、まぁ、とにかくビックリするほど面白かったことを記憶している。

最近、kindleで売られていることを知ったんだけど、どうも単行本化はされてないみたい。

単行本化されてたら、間違いなく買うのにな…それは、ネットでいつでも無料で読める事とは関係なしに。

まぁ、作画の感じからしても、単行本として売り出すのは難しいかもしれないけど。

さてさて。

ここのところ、思いついたかのようにマンガをいっぱい描いております。

どうも、アウトプットする場合に、色んな方向に出していくと言う事が、昔に比べて出来なくなってきているようで・・・曲作ってるときはそればっかり、ブログ書いてるときはそればっかりになるみたい。そして、それが今はマンガの方に向いているらしい。

曲作りはある程度形になって、今は、ギターの練習とかしながら、レコーディングできる日程を待ってる感じ。

で、マンガを書き出すと、不思議なことに「あぁ、これだ」って感じになるんだよね。

とにかく、楽しいんだよ。

アップ開始から4年ほどかかったけど、遂に「us」は完結目前までやってきた。

あと、5話。

加工の方は、次の1話も大体できているので、この取り込み、加工の作業をするのもあと4回と言う事になる。

「R.D」の方は、本来のタイトル「ランナウェイデイズ」の和訳である「風を切る日々」と言うタイトルで、リスタート。ちょうど、モラリル編の話が終わって、今から、コロッサ編とカリスト編が始まるんでね。

こっちも、出来ればもう少しペースを上げて書いていきたいので、出来るだけ線を減らしたり、トーン処理を減らしたり、色々工夫中。

白いけど、ホワイトバランスは良い感じの原稿になれば一番いいんだだけれども。

更に、「us」が終わった後には、「G」をアップしていこうかと。

「G」については、元々のノートに書いてたやつをアップするのではなくて、新しい試みとして、ノートに書いてるやつを、構成そのままで、線だけ書き直してみようかなと思ってる。

さすがに、10年以上前の絵なので、見直してると「これをアップするの?」と言う気分になってきたので、そのままで書き直すと言う方法で準備中。

「風を切る日々」のように、ゼロから再構成して、新作として描いていくと、ネーム考えるところから始まって、1話作るのにかなり時間がかかるので、構成や展開、コマ割りはそのまま。

作画についても、線と一部ベタのみ。トーンは無し。と言う、「us」の最後ら辺と同じくらいの書き込みで何とかならないかなと。

で、「G」がある程度形になれば、そのあとで、3年ほどストップしてる最新作「やみ。世界」の方もやっと再開できると思う。

過去作をある程度消化できて、初めて「やみ。世界」は意味を成してくる物語だしね。

この辺を、「風を切る日々」をちびちび描きながら、進めていきたい。

「風を切る日々」も、物語の半分・・・にもう少しで届くだろうし。

多分、今回始まるコロッサ編終わりで、ちょうど物語の半分くらいか。

まだまだ、先は長いな。

そんな感じで、楽しくやってはおりますよ。

お仕事もやりつつな。

デジタルでは、コミスタとワコムさんのペンタブ使っております。

アナログでは、パイロットのインクとGペン。開明墨汁を習字用の5000円くらいの筆ペンを使っております。

アナログの方が描いてて楽しいけど、時間短縮のためにはデジタル作画は素晴らしいと思う。

ちなみに、背景の画像処理については、フォトショでやってから、コミスタにインポートしてる。

写真の加工とかは、やっぱり悔しいけどフォトショが良いんだな。

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2019年6月13日 23:21 CAT :

空の色は何色かが分からないで生きていく無為な人生にドロップキック

最近、またとある場所で、1回2時間くらいの講義をする講師のお仕事をしている。

正直、このお仕事については、準備や実際の講義の疲労などを考えると、物凄く割の悪いお仕事ではあるんだけれども、自分の中にあるものをかみ砕いて人に伝えるために説明する事で、自分の中でも情報をしっかり整理できる。

と言うか、ぶっちゃけると、オレが一番賢くなってる気がするので、割は悪いけど、出来るだけ週に1回は講義が出来るように調整しております。

まぁ、自分の経験など含めて、いつまで、人に伝える価値のあるものをアウトプットしていけるのかは分からないけれども・・・

さてさて。

子ども達が、いよいよと言うかなんというか、親の手を離れて、幼稚園なり、小学校なりにいくようになった。

娘も息子もさっそく、そこで色々洗礼的なものを受け続けているみたい。

オレ自身もそうだったんだよな。

ハッキリ虐められてた。と言えるかと言うと、そんな事はなかったと思うけれども、取り合えず、友達とかは出来なかったよな。

特に小学校の頃とかは。

個人的には、別に一人でも平気だったんだけど(むしろ、妄想の中でニヤニヤ出来るので、一人で居たかった節もある)、親の手前で「友達がいない」と言う状態は避けたかった。

なので、オレの場合、辛かったのは、学校に通う事よりも、親子で行く遠足とか、子ども会の行事とかそういうヤツだったと思うんだよ。

今でも大して変わらないんだけど、集団に属するために、自分を抑え込んで我慢すると言う事がとにかくできない。

ついでに、自分の世界に土足で踏み込んでくるような奴が大嫌いだった。

あまりにも無神経な奴には、椅子を投げつけたり、彫刻刀で刺そうとしたりしてた。脅しと言うか、ぶっちゃけ殺してやろうと思ってた。

そのせいもあってか「やばい奴」の烙印を押されて、より友達は出来なかったよね。

今の時代には、そういう子どもは「発達障害」と言うありがたい名前を頂いて、世間的に許してくれるらしいんだけど、オレの頃はそんなものはなかったよな。

そこまではいかないけれども、嫁も、友達はまぁ、いなかったらしい。

そんな2人の子どもなんだから、そうそう友達と溶け込んで、普通に生活する事なんてできないのかもしれない。

オレが子どもの頃に味わってたような事を経験するんだろうか。

そう思うと、自分の時以上に心が痛む。

でも。

でもだ。

オレは、そんな状態でも不登校にもならずに、大学まで出た結果、片手くらいだけど、大切な友達もできたし、人生を振り返ってみれば、悪くなかったと思えるようになった。

何より、家族が出来た。

もし今、小学生の頃に戻ったとしても、将来、家族に出会うための過程だと思えば、多分辛くはないと思う。

人生は山あり谷あり。

ずっと山のやつも、ずっと谷のやつもいない。

そして、どんな奴でも苦労してない奴なんていないと思う。

子ども達は、これから結構長い時間をかけて、色んな事を頑張っていくんだろう。

その中で、何度も躓いて、どうしようもなくなることもあると思う。

それでも、諦めないで頑張れば、きっと、そのあとには良い事がある。オレは実体験としてそうだったし、嫁もそうだったらしい。

人生とはそんなもんなんだ。

子ども達に、どこまで伝えられるかわからないけど、その事を何とかして伝えていきたい。

んで、子どもたちが自分の家族を持つことができた時に、また、子どもに伝えたいと思うように…

連綿とつながる不思議なつながりにチョッと思いを馳せつつ、ちっこいカラダで頑張ってる娘、息子を見送るしかできない。

でも、信じて、見送ります。はい。

少なくとも、ゆたぼんのようには、ならないように・・・

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2019年6月12日 20:17 CAT :

魅惑のバンビーナ

思春期の頃、下ネタ大好きだったけれども、その反面、「このセックスと言う行為は本当に、この世の中で行われているのか?」「本当にまんこにちんこを入れると言う事は可能なのか?」「絵空事ではないのか?」と真剣に悩んでいた。

子どもいる今となっては、「童貞だ」って言っても誰も信じてくれなくなってしまった。

今では、世の中には男と女がほぼ同数いて、そのほとんどがこの「セックスと言う行為」を経験していると言う事も、まぁ、そうなんだろうね。オレもそうだしね。と思えるようになった。

思えるようになったけれども、それはそれとして、今の世の中、凄まじいペースで童貞率が急上昇しているらしい。

何と、20~30代の男の4割が童貞らしい。

これって、かなり凄い数字のような気がする。

ただ、一つ忘れてはいけない事がある。

実は、1980年代の方が20代の童貞率は今より高かかったらしい。

ただ、1980年代30代の童貞率は、わずか5%~8%ほど。

要するに激増してるのは、30代以降の童貞率なんだよね。

どういうことかと言うと、多分、「日本男児たるもの、みだりに性行為など行うものではない。結婚する女性と出会えた時まで、そのような行為は慎むべきであ~る!」と言う事だったんだろう。想像だけども。

現代では、単純に結婚しなくなったので、そのまま30代以降もずっと童貞率が高いままになっていると言うそんな話だろう。

なんで、結婚しなくなったのかと言う話については、これはもうただ「結婚したい女がいないから」としか言いようがない。

オレだって、嫁と出会って無ければ、確実に結婚なんかしてなかったと思う。

「取り合えず、誰でも良いから、結婚はしておかないとね。」と言う時代でもないし、「声をかける勇気もないから、良い人見繕って仲人さん」と言う時代でもないだけの話なんだよ。

結婚してるからえらいとか、子どもがいるからえらいとか、仕事をしてるからえらいとか、自立してるからえらいとか、そういう事で判断できる社会じゃなくなってきてる。

何か、そういう環境的なもので自分を肯定しない代わりに、自分自身で自分の生き方を肯定できるようになることが定説なんだと思うんだ。

そうしない限り、どんな状況になったって、自分が不遇だと思うだろうし、どうしたって、その負の螺旋から抜け出すことはできないだろうて。

魅力的な女が居なくなったと言う人もいるけど、それだって考え方次第だ。多分ね。

こういうやつが多分世の中には多いんだと思う。

欲求とか、希望は伝えるけど、自分をちゃんと客観的に見る事も大切なんだよ。

かく言うオレは、多分、客観的に自分を見れていないと思う。

見ないようにしてる。

ただ、後悔はしないし、ネガティブにはならないようにしてる。

そう考えると、今の現状と言うか、自分の人生が結構悪くないものに思えてくる。

不思議な話でございます。

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2019年6月11日 23:04 CAT :

ドラムを破壊してから倒れ込む

お仕事の方で、チョッとペースを落とそうと思って、6月は余裕を持ったスケジュールを考えてたんだけど、お陰様で、なんだかんだとたくさんお仕事をいただけております。

それについては、もうひたすらに感謝するのみ。

ありがとうございます。

むしろ、ここ数カ月オーバーワーク気味で、納期あって無きが如くと言う、チョッと調子乗った感じになっておりましたので、今年後半は、初心に戻って、仕事数もある程度絞りつつ、一つ一つのお仕事を丁寧にやっていきたいなと。そんなこと思っております。

と言うか、もう今年半分終わったのか!!

令和になって1ヶ月以上たったのか!

もう少しで誕生日じゃねえか!

子どもが小学校行き始めて、もう1学期終わるじゃねえか!

などなど・・・衝撃が走る事は多々ある。

そして、もう一つ。

子ども達が大きくなる。

当たり前だけども、それと同時に実家にいる両親や、ばあちゃんは確実に年老いてる。

オレ自身も、昔より弱っていってる。

先日、ばあちゃんにあった時に、見るたび弱ってるな・・・と思った。

1ヶ月ちょいぶりだったと思うんだけど、その1ヶ月で・・・

前にもちらっと話したかもしれないけど、オレは、親の都合(と言うか、妹の都合で)生まれてすぐから、しばらくの間、毎日ばあちゃんちに預けられてた。

下手したら、オレの幼少期一番面倒を見てくれたかもしれないばあちゃんだよ。

もう、90歳も過ぎたばあちゃん。

ばあちゃんに、ひ孫を見せることができたこと。今のところ、それぐらいしかお返しになるようなことが出来てない。

両親にも、孫を見せてあげることはできた。

一応、あの二人は自立してくれたから何も言う事はないと言ってたけど、それはそれとして、何か親孝行のようなものが出来ないものかと・・・考えてたりする。

考えてる間にも当たり前だけど、時間は過ぎる。

いくつかの懸念事項が首をもたげているんだよ。

相も変わらず。

出来ることは何なのか、色々考えるよね。

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2019年6月9日 23:42 CAT :

子ども部屋を占拠したテロリストもどき太郎

6月に入ってから、色々と面白そうと言うか、気になる事件とかが色々あったりなかったり・・・

中でも、子ども部屋おじさん。こどおじの話と、老人の交通事故については、なかなか考えさせられると思う。

30歳くらいになっても、実家で親に与えてもらった子ども部屋に住んでいるおっさんの事を「こどおじ」を言うらしい。

何かオレの感覚では、昔「パラサイト・シングル」って言われてなかったっけ?とか思うんだけど、これ、語源調べたらプロゲーマーのウメハラさんの事を揶揄した言葉が元なんだって。

この「こどおじ」と「パラサイト・シングル」って、どっちも似たような意味なんだろうけど、一つ大切な条件が入ってると思う。

「パラサイト・シングル」って言葉には、親に寄生して、いつまでも実家で居る、大人になり切れない社会人。と言う意味合いがあったような気がするんだけど、「こどおじ」については、この中の「親に寄生してる」と言う部分が以前より弱くなったような気がする。

そもそも、不景気や就職氷河期などで、経済的な自立が昔より難しくなってると言う事情があるだろうとも思う。

バブル期から90年代までくらいは少なくともお仕事もたくさんあって、経済的な自立は今よりよっぽど簡単だっただろうて。そんな中でも、親に寄生して、いつまでも実家に住んでるやつらが「パラサイト・シングル」と揶揄されていたんだとすれば、現状とは、また少し意味合いが変わってくる。

ついでに言うと、不況にあえぐ不動産業界の陰謀で、「実家に暮らしてる」=「子どもの頃から同じ部屋に住んでる」=「子ども部屋おじさん」=「情けない」と言うイメージをすり込もうとしていると言う考え方もあるらしい。

オレ自身、結婚するまで子ども部屋に住んでた訳で、別にこの部分については、特に何も思う事はない。

むしろ、なんか今年になってから、よくこの言葉聞くようになったので、陰謀論の方が真実味があるようにさえ思う。

ついでに言うと、昨今のニート、引きこもりや、ここ最近の事件と「こどおじ」さん方を結び付けてる論調は、さすがにどうかと思うんだよ。

話はそれるけども、事件を起こした奴は、その事件を起こした奴が100%悪いわけで、もうその話はそこで終了。

同じような状況で、同じような環境で住んでる99。99%以上の大多数は問題なく暮らしているんだから、そこに原因を求めるのは失礼な話だ。

と、人間学園と言う所の澤井課長は言っておりました。

本当にその通りだ。

ただ、時間に流されて、特に展望もなく、親に寄生してたら楽だから実家にいますと言うやつの事は、やっぱり「子供部屋おじさん」ではなくて「パラサイト・シングル」の方がしっくりくる。

本当は自立したいけど、経済的に難しいとか、将来の事を考えてお金を貯めるためにも実家に身を寄せてるとか、そんな人は自信をもって「子ども部屋に住んで何が悪い!」と開き直るべきなんだよ。

ちなみに、この「子ども部屋おじさん」と言う言葉には、実家で住んでいると言う意味以外に、いつまで経っても子ども部屋みたいな部屋に住んでると言う意味もあるらしい。

オレの仕事部屋は、仕事上の事務所としても機能してるんだけど、嫁に言わせれば「男子中学生の部屋」らしい。

そういう意味では、オレも「こどおじ」か。。。

あと、引きこもりとか、ニートもそれぞれ別問題だよね。

切り分けて考えるべき案件だと思う。

血と長くなったので、老人の交通事故については、また次回にでも・・・

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2019年6月4日 20:04 CAT :

月刊 ぬー

世の中には、説明のつかない不可思議な現象がある。

そして、それはいつ自分の身近で起こるかわからない。

さてさて。

ここ最近、筋トレなどチョコチョコしているんだけれども、先日腕立て伏せしてるときに気が付いた。

腕立て伏せしてたのは、家の仕事場のラグマットの上なんだけれども・・・そのラグマットに明らかにオレのものじゃない何者かの足跡が付いてた。

いや、言葉より、実際に写真を見ていただこう。

これが、オレが腕立て伏せしてた時の手の後。

フコフコのラグマットなので、こういう跡が結構はっきり残る。

近くにあるのは、オレの足跡。

で・・・

で、だ・・・

問題の足跡はこちら

これは何?

鳥の足跡のようにも見えるけど、四本指なんだよ。

一応、サイズ分かるように、チョッとオレの足も写してみたけど、まぁまぁ、人の足くらいのサイズはある。

一瞬、庭で卵温めてるハトさんか?とも思ったんだけど、そんな訳もないし・・・

結局、この足跡は何なのかわからないまま、息子が踏み荒らして消えてしまった。

ちなみに、写真には写ってないけど、マットの上をうろうろ歩いてるようだった。

世の中には、未だ分からない事がある。

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2019年6月3日 16:53 CAT :

ワルシャワ条約は特に関係なし

家の庭にある木にハトが巣を作った。

前から、ちょくちょく居たから、何をしてるのかなぁ~と思ってたら、巣を作って、そこで卵を産んだらしい。

今は、絶賛温め中らしく、ずっと巣に座ったままでいる。

何か分からんけど、凄く嬉しくて、子どもも無事孵化してほしいと思っております。

思っておりますが、なんか、ハトの巣って初めてなので、どんなもんかなぁ~って、しょっ中覗きに行ってしまう。

そっとしておいてあげるのが一番いいらしいんだけど、可愛くてつい様子を見に行ってしまい、嫁に怒られております。

知らなかったけど、ハトってカラスとかが寄ってこないように、人間の近くに巣を作るらしい。

なのに、人間が近づくと凄いストレスを感じて、卵を放棄して出て行ってしまうとか・・・

この話だけ聞くとどないやねん!な気がしないでもないけれども、カラスが寄ってこないように、でも、ハトがストレスを感じないように接していくと言うのは、実に難しい。

いや、気にしないで普段通りに生活していればいいらしいんだけども・・・

そこに、巣があってお母さんハトが一生懸命卵温めてるのに、普段通りなど生活できるか!!

ちなみに、お父さんハトは、心配そうに離れた所から巣を見てる。

いや、お前は巣に近寄らねえのかよ。

何か、奇妙な感じだけれども、お庭に生き物が住み着くのは何とも嬉しい。

カエルも何匹か住み着いてて、雨が降りそうになったら「ゲロゲロ」喜んでるし。

混沌とした良い庭になってきたと思う。

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2019年5月31日 12:50 CAT :

私を地獄へ連れて行って

先日、アニメ版の「MONSTER」を全話一気見した。

浦沢直樹は全然物語を畳めないとかいう話をよく聞くんだけど、「MONSTER」見ててストーリー構成とんでもねえな。と思った。

ホント凄い。

ついでに言うと「20世紀少年」も、大概凄かったと思う。

あれについては、「MONSTER」の経験が悪い方向で作用してしまったのか、自己陶酔が凄いのだけが、チョッと残念だけれども…

それがない「MONSTER」は、本当に掛け値なしの名作だよ。最後の最後まで。

さてさて。

と言う話の後に言う事かどうかわからないけど、実は、最後の最後までと言いつつ、実は、アニメの最終話を見てない。

それは、物語が面白くなかったわけじゃあないし、マンガで最後知ってるから見る必要を感じなかったわけでもない。

実は、昔から、映画でもなんでもとにかく映像作品を「最後まで見る」と言う行為が物凄く苦手なんだよ。

マンガとか、小説、などの書籍関係は大丈夫。

でも、映像作品だけはどうしても「最後まで見る」ことが出来ない。

ほぼ全てのアニメとか、ドラマとか、映画とかを最後まで見ない。

メッチャ面白かった映画とかは、初見の1回だけは最後まで見るけど、それ以降は一切最後を見たことがない。

何でなのか、原因は良く分からないんだけれども、物語が終わりそうになると堪らなくなって、そわそわして画面の前にいることが出来なくなる。で、結局、最後を見ることなく消してしまう。

ホント、昔からそうなんだよな。

映画でエンドロールを見ないとか、そう言う類とは全く違って、ドキドキして最後まで見る事が出来ないんだよ。

内容に関係なく。

例えばそれが、筋肉少女帯のライブ映像とかであったとしても、最後のアンコール辺りが来るともう駄目になる。

なので、大好きな「武道館へ帰る」のDVDでも、最後の大釈迦とか、そのあととか、多分映像では1回しか見たことないような気がする・・・

そんな中、オレが唯一何度でも繰り返して最後まで見られるものがあった。

それは、ケラさんが監督した連続ドラマ「怪奇恋愛作戦」。

内容も面白いんだけど、これだけは、何度でも繰り返して最後まで見られる。

でも、チョッとテイストの似ている三木聡監督の(と言うか、一部ケラさんも監督してる)「時効警察」とか、「熱海の捜査官」とかは、最後まで見られない。

チョッと前に、はまって見てた「透明人間」ってドラマも結局、最終話だけ結局見てない。

あと、アマプラで見てた「trick」もドラマシリーズの最終話、全シリーズ見てないんだよな。

この辺りを追及していくと、この現象の原因が分かるような気がするんだけど、どうなんだろう。

同じような感覚の人って、結構いるんだろうか?

女優さんだと、麻生久美子と中谷美紀さんが好き。

何故かはわからないけど。

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2019年5月29日 20:51 CAT :

安全ピンとヴィヴィアン・ウエストウッドとシド・ビシャス

最近、ネットでちょっぴり賑わっている「痴漢されたら安全ピンで刺してしまえ」と言う話。

「正当防衛だから問題ない」と言う話と、「傷害事件になる」と言う話があって、結構賛否両論あるらしい。

まず、前提として痴漢はダメ。

あと、人を傷つけるのもダメ。

この2点は、問題ないんだけれども、自分を守るためには、暴力を辞さないと言う、この考え方、実は、少し前に話題になっていた事を思い出した。

それは「集団的自衛権」の話。

「集団的自衛権」が閣議決定されたとき、さんざん言われたことだけれども、「今の日本の状態は、自分に危害を加えてくる相手に対して、何もしてはいけない。ただただボコボコにされることしかできない」と言う状況だ。と。

そして、似非サヨクなのかなんなのか、どこの国の味方なのか良く分からない人たちは、「それこそが日本の素晴らしい事であり、集団的自衛権を行使してはいけない」と散々言ってたよね。

まさか、「痴漢に対して安全ピンで刺しても良いけど、ミサイル打ち込まれても領土を武力で侵略されても、それは我慢しましょうね」とか言うやつはいないだろうな。

あの時デモまでしてた似非サヨクの皆さんは、安全ピンの話に対して、絶対にダメの立場に立っていると思いたいもんだ。

でないと、それはダブルスタンダードとか言うレベルの話じゃねえよ。まぢで。

個人を守るためには、武力の行使もいいのであれば、個人が生活している国を守るための武力はもっと必要になってくるんじゃあないだろうか。そのくらいオレにもわかるって。

もし、集団的自衛権の話の時に、顔真っ赤にして反対してたやつがいて、そいつが、痴漢に遭ったら安全ピンで刺してもいいよと言ってたら、そいつは、自分の意見を何にも持ってないバカか、想像力が極端に欠落したバカか、日本と言う国を侵略したいどこかの国の人が通名を使ってるかのどれかで間違いない。

ちなみにオレは、安全ピンで刺しても良いと思う。

ただし、間違った人を刺した場合とか、傷害事件に発展した時のリスクを理解した上でやるべきだとも思う。

何も考えてないバカなら、やっちゃあダメだ。

特に、ネットでこんな記事を読んだから、痴漢を刺してみたけど、ダメだったの?みたいなやつが一番最悪。

集団的自衛権も賛成だし、オレは、自分の家族とかが危険になってたら、頑張って戦う。

平和なのが一番好きだけれどもな。

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2019年5月27日 20:25 CAT :

愛する者よ、死に候え

やりたいことがたくさんあって、時間がいくらあっても足りない感じになってる。

取り合えず、新しいアルバム「不良債権」の新曲のギターの練習、「R.D」改め「風を切る日々」の41話の執筆、「us」の残りの6話の取り込み(あと、加工と追記を使用としてる)などを進めつつ、取り合えず、お仕事を頑張っていく感じで・・

お仕事の方では、なんかまた、講師のお仕事が増えたので、色々レジメ作ったりもしつつ、デザイン制作とか、コーディングなどのお仕事を・・・

これはきっと、充実していると言う事なんだと思う。

今の現状について、不満などあるはずもなくて、本当に色々ありがたいことだと思っているわけでございます。

これが続くように、頑張っていきたい。

陰謀論によると、2030年くらいまでに世界は激変するらしい。

本当にどうなるのかは分からないけど、それでも日々を生きていくしかない。

生きていくと言うのはそういう事らしい。

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2019年5月22日 11:29 CAT :

シャバ駄馬シャバ駄馬シャバ駄馬

何かを始めるのは色々な面で難しい。

もっと難しいのは、それを続ける事だと思う。

多分、一番簡単なの事は何もしない事だろう。

でも、なぜか、何もしないでいると心が摩耗していく。

何もしない日を作る事が、充実した日々を送るために大切だとかなんとか、そんな話を以前聞いた。

何もしない日と言うのは、何にもしないと言うのではなく、何も予定を入れないでやりたい事を好きにやる日の事らしい。

そういう意味では、オレは結構色々と何もしない日を作ってるような気がしないでもない。

ただ、その何もしない日も、やりたいことはいっぱいある。

時間が足りない。

何かに絞っていくことも必要かもしれないな。

どうすればいいんだろう?

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2019年5月21日 22:06 CAT :

オッス!おらオナニスト。

女の持つ卵子の数は生まれた時に決まっていて、その数を生理で流し切ると閉経するんだって。

だから、子どもを産んだ女の方が、お腹の中に子供がいる間生理が無くなるので、閉経するのが遅くなるらしい。

10人子どもを産んだ人の場合、産んでない人と比べて、10年近く違うと言う事になる・・・んだろうか。

逆に、男は射精回数が減ってくると、体の中で作られる精子の数が減っていく。

中学生くらいから、毎日オナニーを欠かさないオレは、まだまだ、体の中でたっぷり精子を製造しているんだろうて。

元から決まっている卵子を出し切ったら終わりの女と、性欲が衰えなければいつまで経っても精子作り続ける男と言うのも、何と言うか、変な感じがする。

まぁ、女の方が、子どもを産むリスクを考えれば、年齢とかもやっぱりあるんだろうしね。

先日の磯野貴理子の離婚話。

離婚理由が、子どもが欲しい。

何だろう。この悲しさ。

これを言われてしまったら、女の方は、もうただ引くしかなかったんだろうな。

どれだけ頑張ったとしても、やっぱり40歳くらいから、子どもを産むと言う行為は難しくなってくる。それだけは、どうしてもしょうがない。

女の場合、働き盛りの20~30代の間に、子どもは作らず仕事に邁進するか、仕事をセーブして家庭を作るかのどちらかを選ばなければいけない。

男の場合、仕事を頑張ることで家庭を作っていくことが出来るので、こういう悩みはほとんどないよな。

それが良いのか、悪いのかは知らないけれども。

問題なのは、潰しがきかない事。

40歳くらいまで仕事を頑張った女が、やっぱり寂しくなって、結婚しても、もう子どもはほとんど望めなくなってしまい、その結果が、今回の磯野貴理子の離婚話につながっていくんだろうね。

逆に、40~50歳くらいまで子育て頑張って、子どもがほとんど手を離れたので、仕事を頑張る。と言っても、50歳くらいで社会経験のない人が果たして、容易に社会に入っていけるのだろうかと言う話。

多分、大切なことは、後悔しない事なんだろうね。

オレは、男だけど、結局「家族のために家族を犠牲にしてまで仕事に邁進する」事が出来なかった。

家族のために働いてはいるけれども。

でも、それで良かったと思ってる。

実際に、毎日、日付変わるくらいまで仕事してて、休みの日もよく休日出勤してた時と比べて、子ども達がいつもニコニコしてるような気がする。

将来の事は分からないけど、少なくとも、今の生活に対して後悔はない。

人生には、いつか、どの段階かで、決断が必要になる時が来る。

その時に大切なのは、今どうしたいか以上に、将来どっちの方がニコニコしてられそうか。と言う点なんだろう。

もう一つ問題がある。

結婚できる相手がいるかどうか。

オレが、結婚できたのは、ホントに奇跡も奇跡。

それだけでも、オレの人生は実にいい方向だと思う。

何か、フラフラした内容になったな。

まぁ、良いか。

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2019年5月20日 20:01 CAT :

これからの綿カタコッテリの話がしたい

ペースが落ちてきたような気がしないでもないけれども、それはそれ。

取り合えず、コンスタンツに書き続けるのです。

そして、段々書かなくなって、気づけば半年・・・とかならないように。

先日嫁が買ってきたティッシュが、保湿ティッシュと言う、とってもお肌に優しいものだった。

このティッシュでオナニーするのが、何となく勿体ないような気がしております。

さてさて。

ダイエットするする。詐欺を続けているんだけど、先日の健康診断で遂にと言うか、やっぱりと言うか、「メタボ」診断を受けてしまった。

内蔵の数字が色々良くないらしく、取り合えず、経過観察で「痩せてください」と言われた。

健康診断と言えば、数年前に、一度「胃がんの疑いあり」と言わせたことがあった。(あの時は、ただ胃が荒れてただけだったけど)

それとはまったく別で、ちゃんと痩せないといけないらしい。

確かに、結婚してから、10㎏程太った。

元々ガリガリだったわけでもないので、結構な中肉中背だとは思う。

でもなぁ~ご飯食べるのが美味いんだよ。どうしたらいいんだ。

いっぱい食べても太らなかった、昔のようになればいいと思いなおして、コツコツと筋トレなど初めてみております。

多分、3日坊主。

いや、そんな事はない。

病院の先生に言われると、さすがに、チョッと頑張ろうと言う気にはなっているんだよ。

まぢで。

しばらくは、腹筋とか背筋とか、腹筋ローラーとか、体幹運動とか、色々やってみます。

ホルモンの亮君のような素敵なスタイルになりたいです。

ファンキーさんのような、素敵な歌を歌いながらゲスな私生活を送る人にはなりたい。

現実は、ゲスな歌を歌いながら、幸せな生活を送っております。

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2019年5月17日 23:50 CAT :

風を切る日々に変わるその瞬間まで

そろそろ漫画とか描きたい。

1年ほど止まってたけど、あと6話で完結まで来てるんだから、USも最後までちゃんとアップしたい。

「R.D」の方は、モラリル編まで描き切ったので、タイトルを本来の「ランナウェイデイズ」の和訳である「風を切る日々」に変えて、続きを書いていこうかと。

第3部英雄記の半分くらいまで描けたと言う事なので、全体の物語の半分くらいは消化出来てると思うんだよな。

いや、でも今は、新しい音源「不良債権」のギターの練習が先か・・・

どうしても、日々の時間が足りない・・・

ここまでは描けてるんだよ。

ここまでは。

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2019年5月16日 2:37 CAT :

容姿は幼稚で陽気な様でも 酔うと異様に妖艶なヤツ

ジュースのむ時には、ペットボトルより絶対に缶の方がうまいと思うんだけど、コンビニとかだと、最近、缶が売ってないんだよな。

・・・と思ってたら、近所のデイリーヤマザキだけ、缶のファンタとか、コーラとか売ってることを発見した。

これからは、そこで買う事にするデス。

さてさて。

子どもの検診があった。

娘の時には、特に何もなかったんだけども、息子の方が、身長がかなり平均より低いらしい。

よく知らなかったんだけども、背が低いのはそのうちある程度伸びてくと思ってたんだけど、低身長症と言う病気があるそうで・・・息子は、それかも知れないんだって。

この病気自体は、治療が早ければ、ほとんど成長してからは影響のないものらしいので、そこまで心配するほどもないっぽいけど。

にしても、ちょっとびっくりした。

まぁ、オレ自身、右脚ブロックと言う心臓の病気で、子どもの頃は色々難儀したけど、無事大人になれたので、そんなもんだと勝手に解釈しております。

もちろん、必要ならちゃんと治療も受けさせてあげる。

それはそれとして、その時に発達障害とかの項目を見てたら、オレは、完全に病院行きレベルの「多動症」だったらしい。

オレが子どもの頃は、ただのジッとできない問題児のような扱いだったのに、今の時代では、それも病気として認定してくれるとは。

病気だと認められたら、オレが小学校の時にやられたみたいな、卒業式の練習の後に毎回「今日一番のごぞはお前だ!」と立たされて、名指しで怒鳴られたりすることはなかったんだろうか。

病気だと認められたら、授業中に立ち上がって、物凄い冷たい目で見て無視されたりすることもなかったんだろうか。

今でも、どうしても我慢できない事もあるし、何だったら3歳の息子よりもジッとしているのが苦手なんだけれども・・・

時代と言えば、それまでだけれども、果たしてそれが良い事なのかどうなのかはまだよく分からないですよね。

いや、別に布袋さんが多動症だと言ってる訳じゃあないんだけども。

YOUTUBEで多動症の子どもを見てたら、何となく、布袋さんがギター弾いてるときに似てたように思ったとか、思ってないとか・・・

バンビーナ。

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2019年5月13日 23:11 CAT :

心弱き者のたわごと

悩むならやってしまえ。

悩むと言う事は、やってしまいたい心と、本当にやってしまって大丈夫かと言う不安が混在している状況。

でも、大丈夫かと言う不安については、未確定の将来なので、結果がどうなるかについては、現段階では分かったもんじゃない。

なので、悩んでるときは、やってしまう事にしております。

ただ、問題なのは、一段階前のやる気が出ない時。

モチベーションをあげる方法とか、頑張る気になる方法が欲しい。

スイッチが入ったら、結構良いペースでお仕事できると思うんだけどな。。。

大体、スイッチが入るのが、一日の終わりごろなのが一番の問題点なのでございます。

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2019年5月12日 23:54 CAT :

時計は左回りでも犯した罪は変えれず

何か、弟がマンガの置き場所が無くなったので、処分したいとか・・・そんな話を聞いた。

基本的に、漫画とかは間違って買ったもの以外は処分しないと、昔から決めてたので、弟に貸してたマンガをごっそり実家から引き取ってきた。

まぁ、弟が、自分で集めてるマンガについてまでは、オレがどうこう言うのもなんか違うので、取りあえず、ここ数年でオレが読みたくて買ったマンガで、弟にオススメして渡してたマンガだけね。

やっぱり、自分で買ったマンガを処分はしたくないんだよな。

ついでに、それが置けるように新しい本棚も買った。

タンボールにして、3箱分。

300冊くらいだけど・・・ここ数年で新しくそろえ始めたものを中心に。

これで、多少実家の本棚にも余裕が出来て、処分されるマンガもチョッとはなくなると信じたい。

急にたくさんのマンガに囲まれて、結構ホクホクしております。

と言うか、置き場がないとか、もう読んだとか、そういう事情があるなら、早めに言ってほしかった。

読み直したい奴も結構たくさんあったんだよ。

ついでに、貸してて、途中から買えてなかったマンガとかも、まとめていくつかネットで購入いたしました。

本好きなんだよな。やっぱり。そして、電子書籍ではなぜか満足できない。

本は、人の人生を豊かにするそうです。

嘘かホントか知らないけど。

ただ、オレはいつでも本を読んでる気がする。

ほとんどマンガだけどな。

いつか、こんな本だけたっぷりの部屋を持てるようになりたい。

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