2026年4月21日 12:12 CAT :

そこの若いの オレを含め誰の言う事も聞くなよ

新作短編「篤実日和の花火」・・・全然ダメだったね。

まぁ、何をもってダメと言うのかという話ではあるんだけど、取り合えず、アクセス数もコメント数も、ここ数年では最低レベル。

漫画なのに、小説の「ひとときの暗がり」よりも数字的には低い感じ。

きっとダメだろうな。と思ってたけど、思ってたよりダメでした。

そうか・・・そうなのか・・・

嫁とか、リアルの周りにいる人には軒並み好評だったので、何かその辺も含めて、プペル2を彷彿とさせてる。

そうか。時事ネタに乗っかりたいと思ってたから、神様がオレにプペル2と言う時事ネタをくれたんだね。

そう信じておこう。

そうしよう。

ありがとう。神様。

学生時代から20年間くらい、誰にも読まれない漫画を延々描いてきた。

自分で描いて自分で読んで、オレの描く漫画めっちゃ面白いな。と自画自賛する究極のマニュファクチュア。

きっかけは、「us」と言う漫画を完結させた事。

どうしても「us」を誰かに読んでもらいたいと言う衝動をこらえきれなくなって、新都社への投稿を始めたのが今から12年前らしい。

この12年間の間に、人に漫画を読んでもらうと言う事の快感を知ってしまった。

これがきっと承認欲求と言う奴なんだろうね。

そもそもの話、他の人と比べるものではないんだろうけど、オレ自身の承認欲求ってどんなもんなんだろうか。

承認欲求を満たすためにアホみたいな事をやってSNSに投稿しようとは思わないので、そう言う人たちよりは低いと思う。

ただ少なくとも、一人部屋にこもって誰にも見せない漫画を描き続けていた頃のオレと比べると、承認欲求と言うものが出てきているんだろうね。

情けないと言うか、しょぼい奴になってしまった。

人の目なんか気にしないです。と言いながら、描いたものが読んでもらえるのかと言う事を気にしてるみたい。

だったら、最初から人の目を気にしてます。って開き直った方が良いよな。

でも、オレは自分の描きたいものを描きたいんだよ。

お仕事では、クライアントさんに気に入ってもらえるものを作ったり、描いたりしてる。

お仕事はお金を貰ってる訳で、当たり前だし、それに対しては何も不満も文句ない。

だからこそ、反面、趣味で描いてる漫画は自分の描きたいものを描きたい。

なのに、人の目が気になるようになってきてる。

何か、一番質の悪い感じなってしまったなと言う実感があります。

困ったおっさんになってしまった。

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2026年4月20日 12:12 CAT :

一筋の花火はいつの日か必ず花開く

新作漫画を描いたよ。

甘納豆先生とお互いにお題を出し合って、そのお題を基に漫画を描く奴。

「篤実日和の花火」

ちなみに、前回はこちらですな。

今回頂いていたお題は「空」「天国」「花火」。

最初は行方不明になった子どもを探してたんだけど実は父親が犯人だったと言う、今をトキメク京都の行方不明事件みたいな話を考えてた。(当時はまだ父親犯人とは分かってなかったけども)

これがねぇ・・・それこそ、甘納豆先生が以前オレの出したお題で描いてくれた「健人へ」って話に似てたんだよ。

こりゃいかん。という事で、その話は没に。

他にも色々考えてたんだけど、どれもイマイチ。

その頃に丁度、今年の新作短編で戦争ものを描こうかなと考えてて、その関係で特攻隊員の遺書の本を読んでおりまして・・・(それについてはこちらの記事でを参照の事。

その中に大空を墓標にすると言うものがあった。

吹野匡海軍少佐の「母上様へ」と言う遺書。

これが、凄く心を打つ内容で・・・ホントにもう・・・これしかないと。思ってしまったんですよ。

結局、その遺書をそのまま使って、イメージで絵を添えただけと言う形で完成。

この遺書を元ネタに遺書を創作するとか、遺書を使って話を広げる方向でもいくつか考えたんだけど、どう考えてもそう言う形で使うのは憚れたんだよ。

今回の話手抜きじゃね?と思われるかもしれないけど、やっぱりね・・・こねくり回す気にはなれなかった。

新都社の企画もので描く内容じゃないよな~という意味でも逡巡したんだけど、まぁやってみるかと思ったわけでございます。

元々は5ページで終わりの予定だったんだけど、あまりにもそのまま過ぎたので、最後に少しだけ自分を出したくなってしまい、1ページ増やして一つの小さな花火が空に上がると言うシーンを描いた。

でも特攻隊を花火と表現する事が何か違うな。と思い直して(まぁその段階で、貰ったお題の話を書くと言う企画自体が破綻してるんだけども。)、現代日本に脈々と繋がっております。的な最後とあいなりました。

「この国を想い」って部分はオレが勝手に付け足したものですので、悪しからず。

ただ、これを付け足す事で思想漫画みたいになっちゃった気もしてて、やっぱり要らなかったかなとも思ってたり・・・

結局当初の想定通り5ページで終わりの方が良かったのか?

6ページ目はまさに蛇足なのかもしれない。

などなど、描き終わった今でも悶々と考えております。

漫画を描くって面白いけどいつになっても難しいもんですな。

何しか(↑)のような事情から、いつもより作画の方は時間をかけて描いておりますので・・・って言うか、吹野海軍少佐の遺書を是非見てほしい。

そんな新都社らしからぬ作品でございます。

絶対受け悪いだろうな・・・

分かってるんだよ。

でも描きたかったんだからしょうがない。

悔いは無いです。

特攻服の女描くのも楽しかった。

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2026年4月19日 12:12 CAT :

Impulsive killer JACK THE RIPPER

人を疑うと言うのは良くない事なんですよ。

特に決めつけはいけない。

・・・と思うんだけど、それでもどうしても怪しいと感じてしまう事も多々ある。

息子のクラスでここ最近、チョッとしたいじめのような事が起こっているらしい。

これまでも隣のクラスで同じような事は起こっていた。

4月になってクラス替えがあった上で、息子のクラスで起こり始めた。

そうなると、このクラス替えで一緒になった奴の誰かがやってるよね。と思うのが普通なんだろうて。

でももし、そうなるように元から息子と同じクラスの誰かが仕向けていたりしたら・・・と言う可能性もゼロではない。

結局は決めつけて、動いちゃあいけないんだよ。

まぁ、誰が犯人化は分かってないんだけれども。

問題は、この対象が息子になってしまった時の事。

オレに似てしまったのか、クラスでは浮いてる存在で、友だちもあんまりいない。

どちらかと言うと、非常にその手の嫌がらせの類の標的にされやすい存在なんだよね。

対象にされてしまった時どう動くべきなのか。

流石にブチ切れて学校に乗り込むようなことはしないでおこうと思ってるけど、穏便に済ませるようなことは出来ねぇよなぁ。

犯人については突き止めて二度と息子に手が出せないように追い詰める食らうはやるかも知れない。

その前に、息子が標的にされませんように。

みたいなことを、京都府の行方不明事件のニュースを見ながら思っておりました。

残念な結果になってしまったけれども、人を疑うのは良くない事なんですよ。

ller

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2026年4月18日 12:12 CAT :

やってんな こぎつねコンコン やってんな

物価高対策として、色々と補助金をいただけました。

ありがたや。ありがたや。

それとこれとは別だがな!と言いたい気もしないでもないけれども、それを言っても詮無い事なので。

ありがたや。ありがたや。

と言う話をしていると、娘から「配るなら、最初から取らなければ良いのにね。」と言われました。

・・・

それに対して、オレから返す言葉がねぇよ。

一回取ってから、それを配るようにすると、色んな所にお金を回せるからとか、ちゃんと渡るべき人に渡るようにしてるとか、平等になるようにとか・・・

色々考えてみたけど、オレも、補助金配るなら一旦税率を下げたら良いのに。と常々思ってたりする。

まぁ、単純に考えたら、すぐに動けるのが補助金と言う話なんでしょうけどね。

減税となると、予算案の段階から色々考えないといけないだろうし。

増税の方はすんなり言ってるような気がしてならないのは、釈然としないけれども。

ついでに娘は「消費税なんかなくなればいいのに」とも言ってた。

中学生の娘にとっては、消費税が唯一実感できる税金なので、その気持ちも無理からぬことだと思う。

ただ、個人的には、消費税上げてもいいから、所得税とか法人税とか、あと社会保険料とかを下げてくれよぉおおお・・・なんですよ。

一生懸命稼いだお金が目減りしていく方がテンション下がる。労働意欲が下がる。

それに消費税ってなんと言うか、凄い平等な税金のイメージなんだよね。

金持ちは色々とお高いものを買うから必然的に税金も高くなるだろうし、不法滞在してるどっかの国の人も、「税金?ちゃんちゃらおかしいわ」と言ってる転売ヤーも、こればっかりは払うしかない。

いっその事、所得税ゼロにして、消費税を80%くらいにするのはどうでしょうか?と思ったり思わなかったり・・・

まぁ、経済については、さっぱりわかっていないので、自分の生活の範囲内で体感的に思ったお話だけなんですけどね。

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2026年4月17日 12:12 CAT :

もっと暗く冷えた広い自由な海の底へ

久々に本を借りパクされた。

この歳になってそんな事ある?と思ったんだけど、実際にあったんだからしょうがない。

前にうちの会社に研修にきてた人がいたんだよ。

その人と話をしているうちに、「その話の本を読んでみたいです。」と言うので、貸してあげた。

先日その会社の別の人にその話をしたら、チョッと前に退職したと。

もう連絡付かないんだって。

貸してた本の中で「サピエンス全史」上下巻と藤田和日郎先生の「読者ハ読ムナ」は結構ショックなんだけど・・・

しょうがないので買い直そうと思ってるけど、どうしょうもねぇな。

若い子でもないし、その辺の事ちゃんとしてそうだと思ってたのに、全然そんな事なかった。

と言うか、若い子の方がこの辺の事ちゃんとしてるか。

そんなんだから××××になったりするんだよ。

みたいな感じで負け惜しみでも言っておこうか。

読みたい本が手元になくてすぐに読めないと言うのは結構ストレスだよなぁ。

今回の話については、そんな人だと言う事も分からずに大事な本を貸してしまったオレに非があったのかも知れない。

ただ、今後もしお仕事とかで再開したとしても、絶対にこいつは信用しない。

って言うか、話しかけても来るんじゃねぇぞ。

こういう奴に限って、しれっと寄ってきたりするんだ。

さて、今から買い直すとして、売ってるよね。さすがに。

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2026年4月16日 12:12 CAT :

遥かなる3千年の時を超えて浮かび上がる

出来るだけ寝室にスマホをもっていかないように心がけております。

何か知らんけど、夜寝る前にスマホを見るのをやめると、寝つきが良いし、良く寝れるような気がしてる。

そんなの気のせいだよ。と言われてたそれまでだけど、実際そうなんだから、これはもうしょうがない。

代わりに、寝る前は本を読んでおります。

積み本になってた漫画を色々と。あと、小説なども。

やっぱり本は紙で読みたいよね。

今は、本が高くなってしまった。

ジャンプのコミックで600円。

青年誌のコミックになると1000円近い。

小説の文庫本でも500円。

単行本になると2000円超えもザラになった。

古本自体の値段も上がってきてる。

ただ、それでもオレは紙で本を買い続けると思うんだ。

唯物論者であると言う事もあるんだけど、やっぱり読書体験としては、紙をめくって何ぼと言う考え方を持ってる。

何のために、漫画とかを置くための部屋まで作ったと思ってやがるんだ。

いっぱい本を買い集めるんだ。

と思ってたら、(↑)の本を買ったたまに行くとメチャクチャ掘り出し物があったりしてた近所の古本屋さんが閉店してた。

また一つ、実物の本を買える場所が減ってしまったのか。

無念じゃ。

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2026年4月15日 12:12 CAT :

花が咲いて実る事があれば時計の針を戻そう

人によって態度を変える奴ってあんまり好きじゃないけどそう言う人って絶対一定数いる。

ついでに言うと、付き合ってる人によって態度を変える奴までいる。

そんな事を知ってから、出来るだけその辺りの情報を出さないようにすることにした。

で、大分後になってから、「○○さんとはよく一緒に仕事してますよ」とか「○○は出来ますよ」みたいな話を出す事にしてる。

人間としては終わっているので、大体どのコミュニティーでも馴染めない。

とは言え、そんなオレでも気さくに相手にしてくれる人やコミュニティーもあるんですよ。

そんな人たちとは仲良くしていきたいと思うけど、そうでもない奴に対して、上記の情報を色々出してしまうと、便利屋扱いされてしまうこと請け合い。

それは出来るだけ避けたい。と。

まぁ、そんな話ですわ。

結局のところ、人間関係ってwin-winですよね。

一方的に良いように使われるのはやっぱり違うよなぁ~とか思ってしまうあたりが、どうしても人間として終わってる所以なのかもしれない。

自分にしか出来ない事を作っていく事で居場所を作るって言う方法を使うって話を先日書いたけれども、それはあくまでも「そこに自分がいる必要があるコミュニティで」と言う枕詞が付く訳なのだよ。

何の話を書いてるのか、自分でも分かんなくなっちゃったな。

今日のところはこの辺りで。

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2026年4月14日 10:28 CAT :

機械仕掛の墓石教室にはりつけた闇の書割

新作短編を描こうと準備してる。

「ひとときの暗がり」の方もノリノリで書いてる。

「風を切る日々」も続きを描きたくてウズウズが止まらねぇ。

あと、昨日の記事でも触れたけど「ひとときの暗がり」の本編で出てきた没台本をマンガ化した「亜界」と言う、もう25年以上前に描いたマンガのデータ化を進めている。

今年も昨年と変わらないくらい色んなものをノリノリで創作できてる気がする。

いいですね。

いいですね。

「亜界」と言う短編は、オレがまだ漫画家を目指していたころに、投稿用に描いていた漫画で、確かアフタヌーンの四季賞に投稿したんじゃなかっただろうか。

もしかしたら、ヤングアニマルの方だったかもしれない。

結果はもちろん歯牙にもかけられない感じ。

今読むと、そりゃそうだろ。としか言えないけど、それでも一生懸命描いてたんだよな。

この物語自体は、「風を切る日々」完結後の星の物語で、その内描くだろう「あやつり」もしくは「mother of marionette」と言うタイトルの物語のスピンオフと言う位置づけになっております。

とは言え、当時その辺りの事はぼんやりとしか固まってなかったので、今描いている「風を切る日々」や「us」の設定と矛盾してる箇所もいくつかある。

もし今後この「亜界」をちゃんと描き直す事があれば(多分ないけど)その辺りの整合性も見直して、修正すると思う。知らんけど。

ちなみに、この「亜界」がダメだった事で「よぉ~し。こうなったらとっておきの物語を描いてやるぜ!」と意気込んで描いたのが「クワニータ」と言う物語。

一応、こちらで 後悔 公開しております。

【クワニータ】

そう言えば、こっちも最終話だけまだアップしてなかったな。

イヤね、アナログ環境で描いているので、原稿をスキャナーで取り込んで、加工して、写植して・・・と、心の底から面倒くさいんですよ。

ネットにあげるには、デジタル環境の方が便利で良いです。

取り込んだだけの未加工の1ページ目。

流石に、時間の経過を感じるものですな。

この扉絵は当時持ってた「廃墟写真集」とにらめっこしながら、メッチャ頑張って描いた記憶がある。

あの頃の方が一生懸命漫画描く事に向き合ってた気はする。

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2026年4月13日 12:12 CAT :

あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その42

本来なら3月に再開したかったんだけど、なぜか「風を切る日々」の72話を描き始めてしまった関係で、1ヵ月伸びたけど、無事(?)更新再開していくよ。

まぁ、昨年12月にひと月で3話ほど更新したので、あれが無ければ、普通に月1更新できていたんだし。

あの年末の更新に意味はあったのか・・・

引き続き、書いてきましょうね。

と言う事で、来るべきその日まで少しでも多くの人を繋ぎ止めておきたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきますよぉ!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第48話 高校2年生(17)「TRAP」

こちらの話について。

以前、少しこの「TRAP」と言う演劇については記事にした事がある・・・(↓)

【頭に組み込んだ他人の思い出が傷のように痛みだし 蟲のように蠢いている】

まぁ、要はこの話については、個人的に全く気に言ってないよ。と言う事だ。

理由はいくつかある。

勘違いしてほしくないのは、今回の話が合作だったからと言う話とは全く1ミクロンも関係ない事。

って言うか、この頃の日記を読み返してみれば「先輩が一思いにオレに愛想を尽くしてくれたらどれだけ楽なんだろうか。一番かわいそうなのってあの人なんだよ。ホントゴメン」と書いてあった。

むしろ、自分一人では何にも出来ないオレに対して、気長に付き合ってくれている事に申し訳なさすら感じていたっぽい。

気に入っていないのは、その後に顧問の先生によって加筆修正と言う名の改悪が行われた点と、それ以降の作劇についてなんだよ。

その辺りをどこまで書いていくかと言う所は、まぁ色々考えております。

書くか書かないかも含めて。

ひとつだけ言える事は、何かオレがずっと持ってた記憶と事実に随分と剥離があると知れない言う事だ。

あれ~こんなかったっけ?・・・と。

これについては当時書いていた日記と言う所謂一次資料を基にして書いているので、オレの記憶よりかなり正しいんだろうけど。

まぁ、この日記自体が「こうあればいいのにな」と言う妄想を書きなぐってたものだったら、それはもうお手上げですけどねぇ。

関係ないけど、今回の本編に出てきた没台本の一つ「亜界」は、のちに短編漫画として描いてる。

今年中のどこかでデータ化して「漆黒の青空」で更新できればとか考えております。

ただ、あれ、めっちゃめんどくさいんだよなぁ~。

もう一つの「motherkillerの称号」の方も短編として描こうとしてネームまでは作ってる。

そのネームはこちらに載せております⇒「MotherKillerの称号」

今読むと「そりゃあ没ですよね。」と言う感想しか出てこないですな。

最期に、今回のお礼絵をば。

この写真自体は、実際の当時の演劇の台本でございます。

それではまた次回。

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2026年4月12日 12:12 CAT :

いらん、俺帰って寝るtonight

お仕事の話で基本的に愚痴は言わないように心がけております。

って言うか、基本的に人の陰口は言わないようにしてる。

悪口はめっちゃ言う。

言葉遣いも最底辺レベルで悪い。

でも、陰口は言わない。

例えばムカつく奴がいたとして、そいつが目の前にいてもいなくても同じように悪口は言うし、否定も罵倒もするようにしてる。

人によって態度変えたり、本人の前にに居る時だけ良い顔する奴とか、まぢで嫌いなんだよ。

と思ってたんだけど、チョッとだけ愚痴りたい。

何か最近お仕事を貰ったあるクライアントさんなんだけど、その人がまぁ「打合せしたい」と言ってくるんだよ。

それ自体は別に良い。

打ち合わせ上等じゃい。

問題なのがその打ち合わせの内容が「いかに費用をかけないか」「いかに無料でオレを動かせるか」と言う事に終始してる事。

オレは、自分の収入を減らすために自分の時間を削って打ち合わせをしてる訳ですよ。

しかも、超絶人見知りなので、まぢで一回打合せしたら、頭が痛くなってしばらく寝込んでしまうくらいのダメージを受ける。

で、それほどのダメージを受けたあとには、お金にならない作業が待っていると言う。

コレなんとかならねぇかな。まぢで。

見積もりの段階で、お互いの落としどころを探りながらやって行くと言う事はある。

そもそもの話、うちの会社が出してる見積もりなんて、ほぼほぼ限界値で「この費用で嫌なら、他を当たってくれ」と言えと営業で回ってるヤツにも言ってる。

そんな関係で、ほぼほぼ費用の話をする事はなかったんだけど、今回の人たちはオレが「あぁ・・・じゃあ、そのくらいは今回の費用に丸めておきますね」と言うのを待ってるんだよ。

最初は多少やってたけど、それが失敗だった気がする。

所謂「クレクレに餌をやった」状態になってしまった。

こっちは善意でやった事なのに、漬け込みやがって。クソが!と、最近、チョッとムカついております。

と言うお話。

それはそれとして、地元のかなり大きいグループ企業さんがうちの会社のやってる事に賛同くれて「一緒に何かやりましょう」と声をかけてくれたりなどなど・・・

最近、良い事もたくさん起きている。

これでプラマイゼロ。なんだと思う事にしよう。

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2026年4月11日 12:12 CAT :

夢を求めて挫けた時は素直になればいい

嫁から「最近、聞いた事に対する返答が遅くね?」と言われた。

意地悪で、わざと返事をゆっくりしてるのかと・・・みたいな。

そんな訳がない。

そんな訳がないんだけど・・・そうなのか・・・まぁ、あいつがそう言うんだからそうなんだろう。

返答が遅くなってきた理由はいくつかある・・・と思ってる。

大前提として、返答を遅くしてるつもりはないと言う事はあるとして、一番の理由は、薬の影響じゃあないだろうか。

オレが飲んでいる「コンサータ」と言う薬は、ADHDの症状を抑える薬として有名な奴なんだけど、これを飲むと、物事に集中でき、思慮が深くなる・・・らしい。

要するに、これまでは突発的に頭の中に浮かんできたことを片っ端から口にしてたのが、思いついたことをいったん整理して、熟考したのに、その中で最適だと思う事を口にするようになった。

その分時間がかかっている。と、こういう事なんじゃないでしょうかね。

と、この話を書いていて思ったことがある。

薬飲んでる時ってネームが描けない。

プロットが思いつかない。

作画をする分には、非常に集中できるので良いと思う・・・いや、どこまでも1コマに書き込み過ぎる方向ではダメかも知れないけど。

でも、プロットやら、ネームやらを考える時は、考えが取っ散らかってる方が多分いい気がする。

もちろん、これは「オレの場合はそうだよ。」と言うだけで、本当にそうなのかは分からない。

ただ事実として、薬を飲んでる時って、うんうん色々唸って考えてる割に出来たものを後から見るとすげぇ大した事なんだよ。

薬飲んでない時の方が、モリモリ色んな事を思いつくし、自分で深く考えてなかった展開が後になって全部繋がって行ったりする。

最近はその事に気が付いたので、ネーム描くのは薬の効果が切れた夜遅くか、そもそも薬を飲んでない休みの日にするようにしてる感じ。

まぁ、何でも思慮深く熟考すれば良いってもんじゃないと言う話ですな。

あと、お仕事をする上では、確実にこの薬を飲んでおいた方が良いと思う。

副作用であったりとか、将来的な事は怖いので今は考えないでおきましょう。

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2026年4月10日 12:12 CAT :

銀河を離れイスカンダルへ旅立つ前の心持ちとは多分違う

引き続き、「風を切る日々」のプロットなどを妄想しております。

以前にも書いたかもしれないけど、このプロットを妄想している時が一番楽しい。

「あぁ~これも描きたい。あれも描きたい」と色んな事を妄想していると、ニヤニヤが止まらない感じなんだよ。

所がそれをネームに起こす段階になると、「え・・・と、どうやって展開していこうかな。」と頭を抱える事になり、更にそれを原稿にしていく際には、こんなのどうやって描けばいいんだよ。とか、作画カロリーえぐすぎるだろ・・・ってなってしまう。

何なんでしょうね。この現象は。

とは言え。

とは言えだ。

それでも、漫画という表現方法は自分一人が苦心惨憺すれば、何とか形になるんだからまだマシだと思ってる。

音楽で考えると、それをバンドメンバーに伝えて、音源作るならレコーディングするための人にも伝えて、それで出来上がってきたものを聴くと「あれぇ~」ってなる場合が多い。

演劇で考えても、役者さんや音響さん、照明さんに意図を伝えて、何度も練習をこなしていく中で「オレがやりたかったのってこれだっけ?」と分からなくなって、結局、「オレの作品だ!」と言えるものにならない場合が多い。

最も、上記のような時に、多くの場合には、謎の化学反応でオレの頭の中にあったイメージを遥かに超越する良いものが出来上がってるんだけども。

「良いものを作りたい」と言う側面から見れば、それは良い事なんだよ。

でもオレの思ったものを形にしたいと言う意味では違うと言う話。

その観点で見れば、漫画ほど自分の思った通りの世界観を表現できるものはないんですよ。

問題なのは、この謎の化学反応を起こした音楽であれ、演劇であれ、その辺りは色んな人から評価されてきたのに、オレが思った通りに表現できてると思うマンガが誰にも見向きもされないと言う事なんだよねぇ~。

結局、誰にも相手にされない自己満足でしかないと言う事なのか・・・

それでも辞めない。

描き続けますけどねぇ。

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2026年4月9日 12:12 CAT :

バカボン様は、いつも貴方の心の中に、住んでおられます

なぜかうちの家族が大好きなドラマ「怪奇恋愛作戦」。

敬愛するケラリーノサンドロビッチが監督をした全編を通して頭のおかしいドラマなんだけど、麻生久美子が主演を務めてたり、大好きな白石和彌が監督を務めていたり、主題歌を電気グルーヴと女王蜂が担当していたりと、制作陣が凄すぎてそっちの方面でも頭のおかしい感じ出してる。

で、その中でも特に好きなのが「悪魔ブイヨン」の回。

ブイヨンのCVをピエール瀧がやってたり、メインキャストと九十九一人を森岡龍がやってたり、見栄晴を見栄晴がやってたりするゲストも豪華な回なんだけど、その中でですね・・・ケラさんの奥さん緒川たまきさんが演じる冬ちゃんと九十九一人が、空手バカボンのバカボン教の教えを復唱するシーンがあるんですよ。

バカボン教とは、教祖伊集院アケミ氏によれば、バカボン様が創始した尋常ではない爽やか宗教らしい。

分かりやすく説明したのが下記になる。

こーんにちは。爽やか宗教、空手バカボン教祖、伊集院アケミです。本日は、わたしたちの宗教について、 皆様に判り易くご説明したいと思います。え、なんですって? そんなものを聞くより、午後倶楽部や歌声喫茶 に行ったほうがいいですって? まーそんなことを言わず、一つ耳をか、たむけて下さい。
そもそも、バカボン教の創始者バカボン様は、エチオピアでお生まれになり、諸国を放浪の末、死ね死ね団と 戦ったのち、インドの菩提樹の下で涅槃を開き、「バリバリ全開ぶっりぎりだぜ」という悟りを得られたわけですね。

はい。

非常に分かりやすいですね。バリバリ全開ぶっちぎりですね。

バカボン教の主な教えは「なにくそ精神」であり、「なにくそのな 投げ出さない、なにくそのに 逃げ出さない、なにくそのく 腐らない、なにくそのそ 背かない」の鉄のおきて。

これを前述のドラマの中で何度も2人が復唱するすると言う、バカボン教信者にとっては胸アツな展開なんだけど・・・

問題なのは「なにくそのそ」の部分。

これがねぇ・・・

「それでもやるのよ」に 改悪 改変されてるんですよ。

そもそもの話、改変と言うのも変な話で、ケラさん自体が空手バカボンのメンバーなんだから、本人が勝手に使って勝手に変更してるだけなんだよ。

でも、やっぱりバカボン教信者としては、この辺りが、モヤモヤするよねぇ。

「なにくそのそは背かないだろぉが!」とね。

何の話をしているかは分からない人は、分からないままで結構でございます。

ちなみにと言うか・・・オレの個人的なバカボン教についてのお話については、こちらから(↓)

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第10弾「愛について、人生について、そして 青春について、語り合いましょう」

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2026年4月8日 12:12 CAT :

じじいの逆襲〜じじいになりきれなかったバージョン

先日、昔の知り合いに会ってからこっち、なんとなく見た目が若いか老けてるからを気にするようになってしまった。

基本的に他人に(特に容姿に)興味ないので、これまでそんな事考えもしなかったんだけど、最近は同年代の人の白髪やら、シワやら、服装やら、持ち物やら、色々と見てる。

で、もしかしてオレは年相応じゃなくない?と・・・

ここ最近ですね、チョッと不安になってきておるのですよ。

不安になると言うのが適当かは知らんけど。

以前、おっさんレベルの話を書いた気がするけど、未だにおっさんとしては、当然レベル1。

そして、これからも上がる余地はほぼない。

それは良しとしよう。

良しとしてもだ、周りの人でレベル1のおっさんを探してみたんだけど、思ったより居ないんだよ。

飲み会に行ったとか、パチンコで10万負けたとかさぁ・・・そんな話をしてるおっさんばっかりなんだよ。

ワンピースが面白いとか、鬼滅の刃の映画で号泣したとか、マイクラでついにエンドラ討伐に向かうぜ!とか、そんな話してるおっさんが、まぢで居ない。

信じられない・・・

世の中のおっさんは、マイクラするより、酒飲む方が楽しいと言うのか・・・

何が楽しくて生きてるんだよ。

と、ここまで書いてて分かったのは、冒頭の「不安」の正体は、多分「ズレ」なんだろうね。

人間は、自分群れの中からズレてると感じるほど不安になる生き物らしい。

自分が、本来歩むべきであった存在と大きくズレていると感じたからこその不安なのかもしれない。

にしても、人とは違うと言うことを言うアイデンティティにしようとしてたのに、それに対して一抹の不安を抱えると言うのもどうなんでしょうね。

結局は、そんな不安は見なかった事にして、自分が楽しいように生きるで良いじゃないですか。

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2026年4月7日 12:12 CAT :

めっちゃホリデーにイェーイしながらカンガルー

これまで生きてきた中で、オレ的には最終奥義的な感じで考えてきたのは、オレがいなくなる事で、そのコミュニティが困るような立ち回りをするという事だったと思う。

みんながやりたがらない、もしくは、出来ないことが出来るようになる事で、居なくなったら困るだろうと言う状況を作る。

で、その上でいなくなる事で、困らせてやると言う、なんとも捻くれた復讐方法だった。

たた、そのやり方をして行くうちに、何となくそれが自分の居場所を作るための方法としても、有効なんじゃないかとも思い始めた今日この頃。

なんか知らないけど、人にできない事が出来るようになると言う事を考えてたのは、仕事をして行く上でも、なんだか色々有利に働いてるような気がする。

そもそもの話、生きていく能力は著しく低いので、それを補えてるかと言うと、甚だ疑問ではあるんだけど、それでもなんとか生きていけているのは、この考え方が、あったのかもしれない。

みたいな事を考えながら、息子のサッカークラブのことを考えてた。

今のところ、オレも息子も、別にいなくても良い存在なんだよな。

まぁ、オレはどうでも良いんだけど、息子に関しては自分だけしか出来ないことを早く見つけた方が良いように思ってる。

あと、オレもそろそろ、そのポジション作っても良いかなと思い始めてたり…

息子はともかく、オレはそんなことばっかり考えて生きてきたので、今の段階でも、そのための方法をいくつか思いついてるんだよね。

息子にもぜひ、この生き方を教えてあげたいんだけどなぁ…

子育てって難しい・・・

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2026年4月6日 12:12 CAT :

あなたの描くくだらないお話は誰にも届くはずはない

昨日の記事で書いた(↓)このコマの話を少しだけ。

こんな話は、「風を切る日々」の裏話の方で書けばいいじゃないかと言う話ではあるんだけど、何か今日特に書きたいネタがなかったと言うか・・・めんどくさかったと言うか・・・裏話の頃には多分忘れてるだろうと言うか・・・

まぁ、何でも良いじゃないですか。

こういう動きのあるコマを描く時って、頭の中にざっくりとしたイメージはあるんだけど、元来絵心がないのと、そもそも論としてデッサンなどがまともに取れないので、とにかく難しい。

漫画を描くって結局のところどれだけ頭の中にあるイメージを写し取れるかって話じゃないですか。

それが実に難しい。

取り合えず、下書きを言う名のアタリを描いた段階。

この段階では、かなり自分のイメージに近いものが描けてたと思ってたんだよ。

オレの頭の中にあるイメージなんてこんなもん。

でも、実際にペン入れをしてみると、何か剣で突き刺そうとしているところを避けているみたいな感じになってしまった。

違う。横から薙ぎ払ってる感じなんだ。

と言う事で、ペン入れ段階で全体的に書き直したものがコレ。

イメージとしては、かなり近くなった。・・・んだけど、何と言うかあまりにも迫力がない。

ただ、バランスを崩しながら渾身の一撃を放つ。みたいな感じにしたかったので、これこれで良いのか?と思い、取り合えずOKにした。

・・・したんだけど、いざ仕上げの段階に入って見直すと、やっぱりどう考えてもカッコ良くない。迫力がない。

これは小手先じゃあどうしようもないな。と思って「バランスを崩しながら」の部分を、少し妥協して、チョッとだけバランスがおかしいくらいで描き直した。

渾身の一撃感と迫力は出た気がするけど、前のコマからの繋がりと言う意味では違和感がある。

むしろ、前の奴の方がつながりで見ると良いんだよなぁ。

などなど、迷いながら、「まぁ、カッコいいコマの方が良いか」と言う事で、最後に描いた方を採用して、仕上げたのがコレ。

この辺が落としどころかな。と。

お金を貰ってるお仕事だったら、もうちょっと頑張ってた気もするけど、まぁ、趣味で描いてる漫画ですので。

と言う言い訳はいただけないと思いつつ、これで良しとして、効果線などを追加したのが冒頭の完成形でございます。

結果的には、カッコいいコマが描けた気がするので良しとしよう。

どっちにしても、漫画描くのって楽しいんですわ。

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2026年4月5日 12:12 CAT :

曇った空に向かってみんなで木魚を叩け

タイムラプスとは。

タイムラプス(低速度撮影)は、一定間隔で撮影した静止画を繋ぎ合わせ、長時間の変化(雲の動き、人混み、料理の調理過程など)を短時間の動画にする撮影技法です。

AIさんに聞いたところ(上記↑)だそうです。

オレも時々、このタイムラプスと言う奴を録画して、Xとかでアップしてたりする。

1年前にやったポストはこちら

1年前には、ライトとケイがリバイヤサン討伐してるとこを描いてたんですなぁ。

みたいな感じで、しんみりしながら、1年ぶりに、これをやってみた。

このタイムラプスを見ながら、自分の作画について振り返ってみると・・・

何と言うか、迷い線が多い。

この線はここであってるのか?と言う不安を抱えながら、恐る恐る描いているのが良く分かるよねぇ。

そもそもの話、じゃあ、ちゃんと下書きとかしてから描けと言う話でしかない。

下書きしないで、適当にアタリだけつけて、ざっくりとペン入れ。

それを見ながら、これであってるのか?と探り探り仕上げていってる感じだろうか。

画力自体と言うよりは、ごまかしの技術だけはここ数年でかなり上がったような気がしております。

ただ、かつてのような絵がアナログで描けるのかと言うと、それは疑問だよなぁ。

何しか、こうやって自分の作画を録画して振り返ると言うのも勉強になるので、これからはもう少しやって行こうかと思っております。

久々に満足のいくコマが描けた気がする。

こういう動きのある絵をもっと海底期待添え。

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2026年4月4日 12:12 CAT :

赤と金色に 染めた髪をからませて二人夢を語っていた

映画「鬼滅の刃 猗窩座再来」が興行収入400億円突破したそうですね。

って言うか、まだ上映してたのか。

オレが見に行ったのが、昨年の10月くらいか・・・?

半年くらい前なんですけど・・・

そんな長い期間上映して記録を作るってのも、何かズルくね?と思ってしまう。

いや所詮、数字なんですよ。記録なんですよ。

これで、無限城第2章も「歴代1位と2位を記録した鬼滅の刃の新作」と言うキャッチコピーで売り出せるんだしね。

どうせなら、このまま邦画の興行収入歴代トップ5くらいを鬼滅の刃で独占してしまえばいいんだ。

シリーズが長くなるとダレてくる日本人が、本当に最後まで応援し続けられるか。

今、日本人が試されているのかも知れない。

確かに、あの映画面白かったとは思うんだ。

でも、そこまでなのか・・・と言う気持ちがない訳でもないので、とってもモヤモヤはしております。

完結した漫画の映画の最終章を3つの章に分けて作るってのも、どうなんでしょうね。

以前、Xでポストした気もするけど、このままでは、無限城編が3章、その後に無惨戦が前後編(後編は、炭次郎戦がメインになるかも知れないけど)みたいな事になってしまう気がする。

最終章で5本の映画は流石にしんどいです。

理想を言えば、無限城第2章で黒死牟戦までいって、第3章で終わりになってくれると嬉しい。

って言うか、そうなってくれよぉ。

ただ悔しいのは、この映画本当に、面白かったんですよねぇ~。

悔しいと言うのもおかしい気がする。

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2026年4月3日 12:12 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第19弾「(ベタだけど)今年の10大重大ニュース!!」

ついでなので、ここの所やってなかった水増しシリーズでもやって、今日のところはお茶を濁しておこうかな。と思っておりんす。

いやね、思ったより過去のデータを探して引っ張り出してくる作業に時間がかかったんですよ。

勝手に自分でやってる訳なので「それがどうした。」と言われれば、ただただ「すみません。」と言う他ないんだけど。

すみません?

誰に謝ってんだ?

ここ最近、「お前それ、誰に対してどういう心持ちで謝ってんだ?」と言う謎の謝罪が多くて嫌になりますよね。

ホントに。

最近で言うと、スピードワゴンの小沢さんとか

と言う事で、今回は、ブログ形式で「超コツコツ日記」を始めた2005年。・・・今から21年前に書いた「今年の10大ニュース」をほじくり返してみましょうかね。

・・・思った以上に、恥ずかしいと言うか、情けない内容だった。

その詳細については・・・あえて書くまい。

一部、ギリギリ犯罪になりそうな事も告白してたりするし、異常に濃い1年だっただろうとは思う。

ちなみに、ここで出てくる「彼女が出来た」の彼女が今の嫁でして。

そうか、出会ってから20年以上経つのか・・・と。

まぁ結婚して15年経ったんだもんな。

取り合えず、あいつにこの記事を読まれる訳にはいかないとは思っております。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いよいよ今年も終わり。

そんな最後の日に、一年を振り返ってオレのメッチャ個人的な重大ニュースを書けるだけ書いていきます。(理想は10個)

 

 

●彼女に出会ったこと

これはやっぱり外せないっす。

オレはあいつに出会って、自分の生き方とか考え方にまで多大な影響を受けた。

まだ本人にゃあちゃんと言ってないけど、アイツと結婚して、田舎で喫茶店を開いてのんびり人生を謳歌するのが、今のオレの最終目標になってしまったほど。

オレのド低脳なおつむでは、アイツよりも素晴らしい女なんか想像できませんです。

ハイ。

 

 

●漫画「クワニータ」完成

構想が出来上がったのは10年前。

それから何と、マンガのネームとして3回書き直し、演劇の脚本として2回も書いたオレの大切な物語。

こいつが駄目ならオレの作るもの全てが駄目ってくらいの自信作。

それを168ページ、1年かかって書き上げた。

いよいよ、投稿してみます。

ハイ。

 

 

●CD制作

今年1年で、馬忠・DA・ムドーのアルバム3枚、仁美・mineのアルバム一枚を作った。

特に、仁美・mineの方は、本格的なレコーディングスタジオで制作。

それが凄く楽しかった。

出来上がった作品の良し悪しは別として・・・

 

 

●教育実習に行った

人生において(多分)初めて人の優しさや出会いの素晴らしさに涙した。

こんなにも人の心に響くものなのか・・・

「先生。わたし腰使いうまいよ。エッチしてみる?」と言ってたあの子。

アレは本気なのか、ネタなのか・・・でも、採用試験は落っこちた。

 

 

●就職先が決まった

就活を始めて最初に行った会社が凄くいいところで、そこに決定。で、就活終了。

ホントに仕事って無いの?って調子に乗ってしまうほど、順調に行ってしまった。

あの会社の雰囲気はすっごく好き。

先輩の方々や上司の方々もいい人ばっかり。

・・・ただ、人見知りのオレにできるのかなぁ~・・・「営業」って・・・

 

 

●バイバイ演劇

初めて脚本を書いてから8年。

オレの人生において結構なウエイトを占めてた演劇と言う分野が、今年で終わりを告げた。

多分もう二度とすることは無いと思う。

演劇って、脚本書くのがメッチャしんどくて、演出するのがメッチャしんどくて、しかもいい仲間に恵まれてないと完成しない。

確かに、劇が完成したときの喜びは半端ナイけど・・・でも、こんな労力と時間のかかるもの、多分もうしないんだろうなぁ~。

 

 

●オーケンとウッチーが仲直り

だから?って思うかもしれない。

しか~し!!今のオレのかなりの部分を構成してる「筋肉少女帯」の主要メンバー二人が仲直りするって事は、本気で筋少の凍結解除を期待せずにはおれないでしょ!!しかも、来年二月に空バカ再結成だし。

ホントにホントにホントにホントに期待してしまう。

 

 

●初小説

小説なんか読むのも書くのも嫌い。って思ってたオレが、人生で初めて小説を書いてみた。

書いてみると以外に面白く、完結の二日後には次の話をもう書いてたりした。

元々活字を読まないんで文章力が著しく低い。

んだから読みにくい事この上なしだけど、個人的に好きだから、これからも書いていきます。

・・・でも、未だに読む方はさっぱり。

 

 

●生プロレス観戦

2月に「新日」を。

7月に「琴平プロレス」を見に行った。

どちらも興奮と感動のるつぼ。

特に「琴平プロレス」で、「佐々木健介」に触った時は感激のあまり、聞いた事の無いような奇声を上げてしまった。

やっぱりプロレス最高。

今度は「NOAH」が見たいなぁ~。

あと、「新日」また巡業で来ないかなぁ~生で「レズナー」見たいなぁ~

 

 

●F.Fをやった

まさか、未だに「F.F」って聞いて「ファイナルファンタジー」を思い浮かべてたりしね~よな~・・・今年も結構やったよ。

マイクさん。

実家に帰ってくる度にマイクさんに一回は会ってたように思う。

今年は特に「F.F2」を良くやった。

だって、弟と二人プレーできるんだもん。

 

 

ざっと、こんな一年でした。

今年一年を振り返って一言で表すんなら、やっぱり「出会い」だろうな。

今年はホント色んな人と出会った。

それは、先生であったり、教え子であったり、旧友であったり、友達であったり、大切な人であったり、憧れの人であったりと多種多様だけど、その全てがオレに何らかの(もちろんプラスの)変化をもたらしてくれた。

んで、その度に大きく成長できたと思う。

ホント皆さん。

ありがとうございました。

よいお年を~

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2026年4月2日 12:12 CAT :

古の文と言う恥部をさらけ出す所業に快感を感じる予感シリーズ 第1弾「デノナルーフルリプイエ」

昨日の記事を書いていて気が付いた。

「デノナルーフルリプイエ」の一番初めの奴がねぇじゃねえか!と言う事に。

で、調べてたら、どうもブログ形式に移行する前のサイトのコンテンツとして「コツコツ日記」を書いていた時期に書いていたみたいだった。

とは言え、そのデータは超大昔の無料ホスティングサーバーサービス「フリーティケットシアター」を利用していたもので、サービス自体が10年以上前に終了している。

流石にデータねぇかな。と思って昔のPCのHDを漁ってたら、過去のサイトを見つけた訳ですよ。

サイトコンテンツ時代の「コツコツ日記」でも、200件ほど記事があったので、それを時々水増しの形で更新していこうかなと思っております。

困った時の水増しストックが200件ほど増えた。うししし。

20年以上前のもので、流石に古すぎるまさに黒歴史と言うべき文章の数々数でございます。

記念すべき(?)第1弾は、(↑)の通り「デノナルーフルリプイエ」の第1回を更新しましょうじゃないか。

ただのエロい妄想じゃねえか。と言う気持ちもあるけれども・・・

一応改行や、明らかに変な表現などは修正しておりますので、完全な原文じゃないよ。

別にそんな事も止めてる人なんていないだろうしね。

 

 

 

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今日道を歩いていると、急にきれいなおねいさんに首輪をかけられ「今日からあなたはあたしの奴隷ね」と言われました。その方は、ひろみ様といいとても美しい方でした。

オレは、ひろみ様がフィストファック出来るようになるまでアナルを拡張していただけるそうです。

また、今日からご飯はひろみ様の残飯で、それをペット皿に入れられ犬のように食べなければいけません。

もちろん奴隷の身分であるオレは、手を使うことも許されません。

お風呂の時間にはひろみ様の黄金水で体を洗わせていただきます。

手を使うことは許されず、オレは自分の体を犬みたいに床にこすりつけて垢を落とします。

見るに見かねたひろみ様に「くさいから足で十分ね」と足で体中を踏みつけて頂きました。

そのあまりの快感に思わず逝ってしまったオレに対して、生ごみを見るような冷たい目で「処理は自分でしなさい」と仰りひろみ様が出て行かれました。

オレは捨てられたくない一心で自分の出したものをきれいに舐めとりました。

ひろみ様は「いい子だねえ」と頭をなでなでしてくれ、とても幸せでした。

明日からは、鞭やバイブなども使用していただけると聞き、今夜は興奮して眠れそうにありません。

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2026年4月1日 12:12 CAT :

51デノナルーフルリプイエ

あの日からずっと、自分を偽り生きてきた。

14歳の誕生日を少し過ぎた日の事。

部活がいつもより長引いてしまい、暗くなった道を帰っていた時、急に後ろから誰かに襲われた。

それは数人の男たちで、そのまま草葉の影に連れていかれて犯された。

ひとしきり犯し終わり、気がすんだのか男たちはどこかへ行ってしまった。

散乱した破れた衣服を拾い集め、それでも何とか平静を保って家路についたのだけれども、気が付くと目からは止めどない涙が溢れて出ていた。

自分の体が何だかとても汚いもののように思えた。

それからの日々は自暴自棄しか記憶にない。

何度も手首を切ったのもこの頃からだ。

それから20年以上の時間が経った。

自分の事を男だと言い聞かせ、せめてブログの中だけでも男のふりをして、自分の理想とする日々の生活を書き綴ってきた。

それを信じてくれた人はどのくらいいたのだろう。

男としての理想の生活、理想の結婚、理想の家庭、理想の日常・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・

女に生まれなければ、それは理想じゃあなくて、現実だったんだろうか。

そう思うと頭の後ろの方がどうしても痒くなってしまう。

気が付けば、私も閉経を迎える歳になっていた。

女としての人生が終わろうとしている。

ずっと自分を男だと偽り続けた日々に埋もれた女としての人生が終わる。

それでもまだ、人間としての人生を続けていかなければいけない。

それがどれだけ苦しい事なのか。

今、唯一出来る事は、ここに至って実は自分が女であったこと、これまでの記事が全て女である自分を否定したいために書き綴った、理想の男としての日常だったと告白する事だけだと思う。

生きて行くことに疲れちゃった。

ただ、少しだけでも気持ちを汲み取ってもらうことが出来るのであれば、女でもなく、男でもなく、ただ無為に生きてきたこの時間に対して、それでも意味があったと思えるかもしれない。

その思いを胸に秘めて、死ぬ事が出来たら、もうそれで幸せな人生だったと言う事にさせてください。

さようなら。

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2026年3月31日 12:12 CAT :

どうせ愛せるなら 完璧にと願った

先日、娘が遊びに行ったんだけど帰りが遅くなってしまったので、迎えに行くことがあった。

別にそれ自体はいいんだけど、問題なのは、娘が自転車で出かけていたということ。

オレの車には、娘の通学用自転車は乗らない。

で、どうしたかと言うと、嫁と2人で迎えに行って、娘を嫁の車に乗せ、オレが娘の自転車で帰ってくるという方法をとった。

今回はそれでオレが疲労困憊、両足筋肉痛になっただけで何とかなった。

ただ、これがくそ雨の降る日とかだったらどうしたかという話ですよ。

ここ最近のブログでも何度か触れたけど、車を買い替えるタイミングが来ている。

その理由の一つに、こういう子どもたちの送り迎えが物理的にできなくなっていることもある。

それがあるから、個人的に乗りたい車じゃない、ひどく不自由な車選びを余儀なくされているんだけれども・・・

いやしかし、こう何度もまざまざと困ってしまうと、ほんとにそろそろ何とかしないといけないよなぁ。

予算的に新車じゃなくて、中古車になるような気がしてるけど・・・にしても、お気に入りの車などないのに、買い替えるとかどういうことなんだ・・・

結局のところ、自分が一番気に入った車にする。ということはできなさそうなので、そうなると、あとはもう流れを待ってぴったりの車にするしかないですよね。

と、言ってたら、なぜか先日知り合いからBMWの320Dという車をお勧めされた。

見てみた感じでは、嫌いではない感じ。

ただし、数年前の型落ちだ。

現行モデルは、先日オレが「ブタの鼻」と言ってたデザインなので、さすがに嫌すぎる。

っていうか、オレがBMWって、笑っちまうよ。

維持費とかも高そうだしなぁ。

話聞く分には悪くないんだけど、その辺も含めて、もう少し検討する必要がありますな。

現行モデルのデザインはこれね。

流石に、ブタの鼻が過ぎる・・・って・・・

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2026年3月30日 12:12 CAT :

どんな未来たちが待ち構えていても多分平気さ

先日、近所のうどん屋さんに行ったときの話。

器を片付けに行く途中で「おい!」と声をかけられた。

目をやると、見たことのないおっさんがオレに向かって声をかけてくる。

だれだ?こいつ?仕事関係で、あったことある人か?と色々、思いを巡らせていたんだけど、よくわかんない。

ただ、一つだけ。

そのおっさんのオレの呼び方が、オレが小学生のころ、本当に一時期だけ呼ばれていたあだ名だったことから、記憶をたどっていった結果、小学生のころの知り合いだった。

なんとまぁ・・・お懐かしい。

多分、最後に会ってから15年くらい経ってる気がする。

最後に会ったのは、こいつの結婚式の時だったか・・・?

むしろよくオレのことが分かったな。という感じ。

お懐かしいけど、うどん屋さんですれ違っただけなので、特に話し込むでもなく「また、飲みにでも行こうぜ」という予定調和の建前を話して、お別れしてきた。

・・・という話だけなら、これでおしまいなんですよ。

ただ、一つだけ言いたい。

お前、老けすぎじゃね?

正直、オレは声をかけられたとき、どこかのおじいちゃんだと思った。

よもや、同年代だとは思わなかった。

禿げかけてたとか、めっちゃ太ったとか、そういう身体的特徴も・・・まぁ、あるにはあった。あったけど、それだけじゃあない何かが、とても老け込んで見えたんだよ。

なんですか。

そんなに人生に疲れ切っているのか?

聞けば、その最後に会った時の奥さんと離婚し、実家に帰ってきたのだそう。

結婚期間に何があったらそこまで老け込むのか。

子どもはいなさそうだった。(聞いてはないけど、多分・・・)

慰謝料とかで、首が回らないとかそういう言事なんだろうか?

以前オレに対して「車は良いのに乗れよ。その車でいいのか?」と愛車のぶんちゃんを馬鹿にしたあいつは乗り古した小さな軽自動車に乗って去っていった。

人生って色々あるし、それは人それぞれ。

ただ少なくとも、今うちの会社で一緒に働いてる「ひとときの暗がり」のタクヤの元ネタのやつに、こんな感想を持ったことねぇよ。

3人とも同じ年だとしたら、お前だけ老けすぎだろうが。

何があったんだよ。

という話を今度会った時にするのかもしれない。

ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、オレはこいつのことがそんなに好きじゃないということだ。

昔の嫌な性格が治ってることを期待して、今年のどこかで飲みにでもいければいいですね。

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2026年3月29日 12:12 CAT :

恋一つできなくて 何ができるのか

心の消耗を防ぐ方法を考える。

心の消耗というものがどうしてもねぇ・・・付きまとってくるわけですよ。

この年になってくると。

男の場合、厄年が42歳。

女の場合、厄年が33歳。

と設定されているのって、数字的な意味合いというよりも人生のライフステージ的な意味合いがあると思ってる。

丁度、人生においてしんどくなる年齢なんだよ。きっと。

一応、無事(?)というか、何とか厄年自体は終わったけれども、まぁ上記の理論で行くならしんどいタイミングはまだ完全には終わってない。

心の方がね、いろいろ消耗するんです。

ただ、なんか知らんけどそれに反比例するかのように、創作については絶好調らしい。

漫画描くのが楽しくて楽しくてしょうがない。

筆が止まりませんよ。

アイデアが止まりませんよ。

そんな感じで、お仕事してて、休憩時間になる度、漫画を描いてる。

基本的には、早寝早起き。

最近は嫌なお仕事も、以前より減ってきた。

っていうか、今の生活なんてサラリーマン時代と比べるべくもないほどストレスフリー。

なのに。

なのにだ。

なぜか、心がちょっぴり消耗しているのです。

なんでなんだろう?

何が原因なんだろう。

よく分かんない。

でも、心が消耗している気がするんだ。

問題なのは、特に不満のない日々の生活において、この部分の回復をどのようにして図るのか。ってことだよなぁ。

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2026年3月28日 12:12 CAT :

雨上がりのシャンデリア

4月から自転車の交通ルールが大分厳格化される。

この前、息子と2人で自転車でお出かけした時に、このルールの事を考えて運転してみたんだけど・・・コレ、無理じゃね?と思う所がかなり多い。

って言うか、まずオレの住んでるクソ田舎では、自転車専用のレーンなどあるはずもなく、歩道を通らないのであれば、車道を通るしかない。

歩道も無くて、車道の横の白い線の内側を通学する子どもも歩いてるような状況なんですよ。

何なら道路にまで植物が伸びてきているので、それをよけるため車道に入らないと歩く事も出来ないと言う場所もある。

ついでに言えば、車道も非常に狭く、2車線どころか1車線の所も多々ある。

1車線の車道なんて、どう足掻いても1m以上離れて自転車を抜く事は物理的に不可能。

じゃあ、車運転してて、目の前に自転車が存在してたら、そこでゲーム終了。と言う事になるんだろうか。

流石に、このルールはメチャクチャじゃね?と思ってしまう。

元をただせば、ロードバイクとか言う、変な乗り物に対してはこのルールも分かるんだけど、ママチャリとか、自転車通学してる学生とかに関しては、これまでと同じで良くね?

これは一体誰のための、どっちを向いたルールなのか。

全く意味不明。

まぁ、政治家の人なんて、田舎の人間は野山を駆け回ってる家畜くらいにしか認識してないだろうから、どうでも良いんだろうけど。

これで子どもたちまで青切符切られるとかになると、流石に可哀そうすぎる。

実際、どういう運用になるのかは、4月以降にならないと分からないけど、あんまりいい予感はしないよなぁ。

せめて、インフラを整備してからにしてくれ。

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2026年3月27日 12:12 CAT :

涎垂らしたオオカミさんが美味しそうなキャンディくれる

「赤ちゃんが乗ってます」のステッカーを車に貼ると、一部のエセフェミさんから怒られるらしいですね。

そんなんだから膣無事無惨様とか言われるんだよ。

それでどうすれば良いと?と。

オレも子どもが小さい頃は、この手のステッカーを貼ってた。

どうすればいい?じゃないんだよ。

子どもが乗ってるので安全運転するし、急停止するかも知れないし、子どもがドアを急に開けたりするかもしれないので気を付けてくださいね。

って気持ちだった。

どうして欲しいみたいなことはない。

そもそもの話、なんで自分主体なんだよ。

子どもが乗ってるのはこっち側なので、こっち側がそれをお知らせしてるだけの話。

そっち側に何かを要求してる訳じゃあない。

ただただ申し訳ないです。みたいな感じだと思う。

あと、何か事故かなんかがあった時に、子どもが乗ってる事を救助してくれる人に伝えるためみたいな役目もあるとか何とか。

「こっちは子どもが乗ってるんだぞ。配慮しろよ!」みたいな上から立場の奴っているのか?いるとしても、そんな多くは無いと信じたいです。

あくまでも主体は子ども。だと思ってた。

この考え方が違うのか?

この辺りの感覚が正直良く分かんない。

正解とかはないんだろうけど、怒られる謂れはないよなぁ~と。

取り合えず、ひがみたい年頃なんだろうね。と言う事にしておこう。

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2026年3月26日 12:12 CAT :

やがて花は散り 人は移りゆく

先日、娘に「漫画をずっと描いていたいなら、エロ漫画とかお金稼げるらしいよ」と言われた。

遂にオレも娘にエロ漫画を勧められるようになったのか。偉くなったもんだ。と感嘆してた。

ただ、一つだけ娘に言いたい事がある。

確かにオレは過去に漫画家を目指してた、所謂「ワナビー」と言う人種だったと思うんだ。

でも、今のオレはお絵描きも含めて、デザインとかその辺のお仕事で生活している訳で、それはそれで満足してるんだよ。

そして、お金のためにエロ漫画を描くんじゃなくて、オレの思ってる妄想を漫画で描きたいんだ。

漫画を描く事が楽しいんじゃなくて、妄想を漫画にする事が楽しい。と言う事を理解していただきたいです。

将来的に、メッチャエロ漫画を描きたくなった時には、描くかもしれないけど、それは昨日の記事でも触れた衝動の話であって、お金を稼ぐために漫画を描く。が、今のところは最終目標じゃないんだよなぁ。

とは言え、もし、今の会社が立ち行かなくなって暗雲が立ちこみ始めたら、今お仕事をしてる時間をエロ漫画とかに充てる可能性はある。

結構あるかも知れない。

もっとも、じゃあオレの描くエロ漫画がお金になるのか。と言う疑問もあるんだけども・・・

学生時代、伊駒一平先生のエロ漫画が大好きでとにかくほぼ全ての単行本を買い集めていた。

でも、それ以来、早見純先生のような圧倒的芸術作品を除いて、オレの「これだ!」と思えるエロ漫画に出会えていない。

それはきっと性癖的に合わないんだと思う。

オレに100%ドストライクのエロ漫画がない以上はオレが描くしかないでしょうが!と言う話なんだけど、そもそもの話、なぜないのかと言われれば、需要がないからに違いない。

FANZAをぼけぇ~っと眺めていても、オレが「お!これは!」と思う作品は悉くコメントが少なく、販売数もお気に入り数も少ない。

そして、コメントが多くて、販売数とかお気に入り数が多いもので、メチャクチャ良さそうなものはほぼ皆無。

あんなもんサンプルで十分だ!って話ですよ。

なので、きっとオレがオレに画力があって、しっかりとしたエロ漫画が描けたとしても、自分の性癖を丸出しにすると、きっと売れない気がする。

結局、いつの時代、どこに行っても、オレは爪弾かれる運命にあるのですよ。

この本・・・今でも、大事に持ってる。

「少女スリットえぐられ地獄」。声に出して読みたい日本語の代表みたいなタイトルですね。

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2026年3月25日 12:12 CAT :

桜の木の下には理由が眠っている

春は音楽の季節。かどうかは知らないけれども、久々に音楽的な事をやりたいなと思ったりしております。(多分、実際にはやらないんだろうけど。)

何か、昨年も春にそんなこと思って、曲書いていたなと思って過去の記事を探しても、一向に見つからない。

おかしぃな~と思って、探していたら一昨年に探してた記事がありました。(こちらの記事)

昨年の春は、音楽の季節じゃなかったらしい。

そして、あれが2年前だと・・・と言う事に衝撃を受けている。

何しかあの曲を書いてから、全く何もしてないので、今回もこの盛り上がりをなぜか漫画とか小説の執筆にぶつけて、それで終わりになるんだろう。

DTMの環境を整えて、音源制作に漕ぎ出したいと言う欲求は常にある。

あるんだけど、漫画描くのが楽し過ぎて、それを投げ捨ててまでやる価値があるのか?と考えると「じゃあ、今じゃないか」となってしまうんだよなぁ。

少なくとも、今描いてる「風を切る日々」を描き終えて、次の「始まりは終末」を描き終えて、次の「あやつり」を描き終えて、最終章の「やみ。世界」を描き終わるくらいまでは・・・

いつの話になる事やら・・・

どうでも良いけど、「あやつり」と言うタイトルの漫画の元ネタは「ひとときの暗がり」にも出てきた「marionette」と言う恐れ多いタイトルの物語。

そのプロットをぼんやり考えて居たんだけど、ふとタイトルを「marionette of mother」ってしたいなと思ってしまった。

何か英語タイトルって中二病臭いよね。と思って、一時期からタイトルを感じとか日本語にするようにしてたんだけど、一周回って英語タイトルにしたい衝動が出て来ました。

いつの時期も、何らかの衝動に駆られて、何らかの活動を行っております。

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2026年3月24日 12:12 CAT :

コールタールに身を投げて悪魔に成りすます

数ある積み本の一つに、大好きな沙村広明先生の「波よ聞いてくれ」がある。

で、それを今ですね、読み進めておるわけですよ。

大好きと公言しておきながら、読んでいないとはこは如何に!?何だけれども、正直な話、面白い事は分かったんですよ。

ただね・・・何というか、あの天才沙村広明をして、何でラジオDJと言う非常に小回りの利いた漫画を描くのか。もっとこうどうしようもなくダイナミックな描写とかが天才的にうまい人じゃないですか。

そりゃあ、会話劇も天才的と言うか、漫画家として天才的な事は10000も承知ですよ。

それでもだ。

とか何とか、管を巻いてたんだけど、いざ読んでみたらまぁ、アホほど面白いでやんの。

そもそもこれ、ラジオDJの話である必要があるのか、非常に疑問が大きい。

まぁだからこそ。なのかもしれないけれども。

って言うか、何で北海道の地方ラジオ局の漫画で、日本を電波ジャックするテロ組織が出てきて、百琳姉さんみたいな人が監禁される展開が出てくるんだよ。

「無限の住人」みたいな凄惨な拷問シーンが無かったのは、ただ、沙村広明先生が年を取ったからだと思う。

昔だったら、絶対拷問シーンも描いてたと思う。

明らかに「無限の住人」の乙橘槇絵のスターシステムっぽいマキエさんと言う人がいるんだけど、単行本最初の登場人物紹介でやれ「作中最強の剣客ではない」とか「犬を殺してはいない」とか「茨城県で死んではない」とか、やりすぎじゃあないでしょうかね。

細かい小ネタまで含めて面白過ぎる。

一番好きなギャグマンガは「モンモンモン」で、一番笑ったギャグマンガは「ハルシオンランチ」です。

その「ハルシオンランチ」みたいなノリで、チョイチョイ銀魂みたいにシリアス展開をはさんでくると言うね。

面白くない訳がなかった。

まだ、全部読んでないけど、どうせまたしばらく単行本も出やしないんだろうし、のんびり読んでいきましょうね。はい。

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2026年3月23日 12:12 CAT :

ジュール・ヴェルヌの見た夢について

パンスペルミア説と言うものがある。

メチャクチャ乱暴に要約すると、地球上の生命が地球由来のものではなく、宇宙からもたらされたものであると言う説。

例えば落ちてきた隕石の中に存在していたとかね。

まぁ、そんなオカルトな話ですわ。

オカルト好きとしては、絶対1度は通ったであろう話なんだけど、こんな面白い記事を見つけてしまった。

【はやぶさ2が持ち帰った小惑星の砂から全5種の塩基AGCTUを発見】

これまでも、地球上にある隕石から生命のもとになる塩基配列は発見されていたんだけど、遂に宇宙空間を漂う小惑星からそれが発見されてしまったと言う胸アツ展開ですよ。

って事は、このオカルト界隈だけをにぎわせていたパンスペルミア説が現実味を帯びてきたと言う話になる。

オレが生まれた頃には、ビッグバンも、多元宇宙論も、サイクル宇宙論も、平行世界も、何だったら巨大隕石で恐竜が滅びたみたいな話さえも、全部オカルトの分野だった。

所が、今じゃあ全部真実だと言う前提のもとで、全世界の頭の良い人たちが真剣に研究しているじゃありませんか。

何が言いたいかと言うと、つまりは、オカルトこそが全ての学問の最先端を行く分野なんだ。

オカルト界隈では有名な話なんだけど、数字の3、6、9は他の数字とは違う力を持つと言うものがある。

この話をし始めるとまた、色々長くなるので、適当にググって見つけてきたこちらのページでも貼り付けておきましょうか。

【運を味方につける数式】

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」と言ったのは誰だったっけ?

実際、オカルトだと思われていた事も、全て真実なんですよ。

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2026年3月22日 12:12 CAT :

手間と労力が報われることのない別に風を切るわけでもない日々を過ごす~その21

先月が酷い状態だったので、今月は少し早めにアップしました。

はい。

月内ならいつでもいい気がしたりもするんだけど、出来れば、月1を月2回更新とか、2ヶ月で3回更新とか微妙に増やしていきたいと言う無謀な事も考えておりまして・・・色々試してる感じでございます。

いやね。早く続きが描きたいんだよ。

ここから、どんどん面白くなる(と思う)から・・・

そんな感じで、次の更新時まで少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきます!

>

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

イメージイラスト新しく書き下ろしましたよ。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

今回はこちら。

第4部交戦記 第3話「暁に想う」

このタイトルは元ネタの「ランナウェイデイズ」の頃からあるもので、結構お気に入りなので今回そのまま使用。

本編とは別に、周囲での出来事とこれから起こる事を描いていく、所謂「溜めの回」となっております。

こんなオレでも一応、1話ごとで盛り上がりとオチと言うか引きを作る事は意識してたりするんだけど、この手の「溜めの回」はこれが本当に難しい。

だって、これからの面白展開のために色々仕込むための回なんだもん。

仕込む過程で、盛り上がりを作ると言うのは実に難しい。

一応、今回なら、アスの登場と「us-second stage」では明かさなかったアスの出生についての話。

あと、バフィル両大臣の処刑と言うシーンを入れ込んだ。

(↑)の絵のやつね。

バフィルの両大臣の処刑については、もう少し後で出す予定だったんだけど、あまりにも今回の話が地味すぎたので急遽入れ込んだ感じ。

第3部37話「英雄記」でカズエルの言ってた「ガルの杞憂の元凶」とは、バフィル帝国の政治にまで入り込んでいるヴェルナリティーの存在で、その杞憂に対処したと言う事なんだけど、無理やり入れ込んだから、チョッと分かりにくかったかも知れない。

この辺りは15ページというページ内で、如何に分かりやすく、且つ盛り上がりを作るかというネーム構成の話になってくるよなぁ~。

こういうの考えるは楽し過ぎるので、もっと精進していきます。ハイ。

先日の記事でも書いたけどこの辺り、色々試したりしております。

もっと面白い漫画を描きたいんだ・・・

最期にこの回のお礼絵をば。

今回はネームじゃなくて、たまたま見つけた最初期の「ランナウェイデイズ」の原案のノートについて・・・

これは、またいずれブログの方で、がっつり書こうかなと思ってるので、今回は軽くさわりだけ。

初期設定段階での「千の戦争」について、人口生命体の設定について、幽子理論についてなど、中学生のおつむがどんなことを考えていたか赤裸々に書いていきましょうじゃないですか。

自ら黒歴史を晒していくスタイルで生きて行くよ!

show must go on!

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2026年3月21日 12:12 CAT :

あの世へのハードルはそれほど高くない

先日、深夜にふとお絵描きがしたくなって、手元のスケッチ帳に絵を描いてた。

(↑)その時のポスト。

やっぱりあれだ。アナログの方が楽しいよなぁ。

とは言え、ライトとレビの方はまだしも、下の絵はなんか違和感がある・・・

あの画像を取り込んでみたヤツがコレ。

多分ミデアが、右にズレすぎていて、左の肩(もしくは腕)がめっちゃ長くなってしまってるのと、そもそもの話、この絵だとミデアは何にもない空間に体重を預けてるみたいになってる。

最初にミデアの体を描いてしまったから、こうせざるを得なかったんだけども・・・

描きたかったのはアヤナに抱き付いてるミデアのイメージだったので、多分、本来はこうなるはずなんだよ。

と言う事で、元の絵をチョッと位置調整して追記してみたのがこんな感じ。

これなら、何となく納得できる。(ミデアの顔が少し大きい気もするけど・・・)

まぁ、ボールペンの一発書きなのでしょうがないんですよ。と言い訳しておきます。

見直した後、調整できるのはデジタルの良い所なんだけど、そのせいで、今回みたいな一発描きをした時に違和感のある絵になっちゃうのは、もしかして画力としては退化してないか?と、ちょっと不安になったりならなかったり・・・

そもそもの話、ちゃんと下書きして納得のいく絵にしてからペン入れすれば、アナログでもこんな事は起きないとも思う。・・・でも、そう言う問題でもないような気がするよなぁ。

全体の構図をもっと正確にイメージしてれば・・・

もう少しデッサンと言うか、ざっくりとアナログで描く機会を作らないといけないよなぁ~。

とか、そんな事を思いました。

この絵は別に何にもないので、これ以上描き直したりはしないけどな。

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2026年3月20日 12:12 CAT :

寂しく切なくて生きるのが辛い夜

毎年マジでギリギリなんだけど、今年も無事確定申告が終わった。

自分で会社やってるのに、確定申告をするとはこれ如何に?という話なんだけど、実は、自分の会社からの報酬以外にべつ会社の外部役員的なものをやっておりまして、その会社からの収入もある所謂「2か所勤務」と言う奴なんだよね。

メインの方は自分の会社にしているんだけど、それでも、別会社からの収入を足した収入から、自分の会社以外の経費なども色々足したり姑息な事して、最終的な所得を申告してるだよ。

オレ以外の社員さんと、取締役の嫁は会社で税理士さんに年末調整してもらってるのに、オレだけが自分で確定申告をしていると言う変な話。

それぞれの会社の源泉徴収票や、経費のレシート、領収書と睨めっこしながら、数字を打ち込んでいく感じです。

まぁ、そこまで大変でもないんだけど、それでもなかなかどうしてお時間をね・・・いただいてしまう訳でございますよ。

ただ、マイナンバーカードとマイナポータルを手に入れてからは、体感的には格段に手間は省けたような気がする。

ありがとう。マイナンバーカード。

保険証もマイナンバーカードに引っ付けたので、勝手に医療費の分も参照して登録してくれるし。

逆に言えば、不正が出来なくなってしまったとも言えるんだけど、元々やましい事などしていないので、勝手に正式な数字を入力してくれると言うのは非常にありがたい。

ADHDの定めなのか、とにかく同じ数字を見ながら打ち込むのが苦手で苦手でしょうがない。

まぁ、国にがっつり資産とか、その他色んなものを掴まれてしまうのが嫌だと言う話も分からなくもない。

国に対して1ミリ信用してないか、もしくは当たり前のように不正をしている人にとっては、これほど都合の悪いものはないんだろうね。

ただ、オレの場合は、手が後ろの回るような不正はしてないし、日本と言う国に対してはある程度の信頼を置いてるので、むしろこの辺りの手間がなくなる事の方がありがたいと思ってしまう。

そんな話です。

少しずつマイナンバーカードに便利さを覚えつつあります。

そうして、国に管理搾取されて行くと言う・・・よくある陰謀論ですな。

事実かも知れないけれどもな。

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2026年3月19日 12:12 CAT :

時間の無駄だろ 日が暮れちまう いい加減にしろ

「風を切る日々」のネームストックがなくなってしまったので、ネームを描いております。

当たり前と言えば当たり前なんだけど、漫画を描く上で一番楽しい工程と言うのは、このネームを描く、もしくはその手前のプロットを考える段階だと思う。

それについては、ほぼ全ての人が賛同してくれるんじゃないでしょうかねぇ。

そこから漫画として完成させるまでの過程はなかなかどうして、楽しみつつも大変。

そんなこんなで、モリモリとネームを描いている。

第4部に関しては、元ネタの「ランナウェイデイズ」そのままではなく、色んな所を再構成して描いているんだけど、それでも元ネタの気に入ってる部分については極力そのまま描いていくつもり。

今ネームを描いているところは、ほぼほぼ元ネタの方と同じ展開になってるんだけど、問題なのはやっぱり拙すぎて、そのまま描くのはしんどいと言う所。

だと思ってたんだけど、描き上がったネームと、元ネタの方を読み比べてみると、元ネタの方が面白いと言う事が多々あるんだよね。

「いや、これではダメだろ?」と思って描き直した方が面白くないと言うのは、どういう事なんだろう・・・?

絵の問題かとも思ったけど、元ネタの方なんて画力が崩壊しているので、何だったらネームでも、今の方がちゃんと描けてるとすら思ってしまう。

間が悪いのか、セリフ回しが悪いのか・・・全く分からない。

分からないので、74話はあえて構図やコマ割りも含めてほぼそのままの感じで描いてみた。

これで、原稿完成したあと読み直してみてやっぱり面白かったら、オレは多分、学生時代と比べて小手先の技術は多少ついたけど、それ以上に面白い漫画を描くセンスを失ってしまったと言う事なんだろう。

そうならないように祈りつつ、今日もペンを持っております。

さようなら。

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2026年3月18日 12:12 CAT :

とてもまともじゃいられない 爆走All Night Long

「ラーゲリより愛をこめて」と言う映画を見た。

何かネットフリックスの「あなたにおすすめ」の欄に出てたので、特に何の前情報も無しに見ていた感じ。

丁度直前に「この世界の(さらにいくつもの)片隅で」を見てたので「同じような戦争映画ですか。ほうほう・・・」くらいのテンションで。

ただ・・・この映画、まぁそれはそれは泣いてしまった。

(↑)その時のポスト

特に、ラストの捕虜仲間たちが、遺書を届けに来るシーンとかは、もう嗚咽ですよ。

イヤァ・・・素敵な映画を見た。

二宮くんの演技は改めて素晴らしいものだと感嘆した。

これは「ライフイズビューティフル」に匹敵する名作だと思ったもんだ。

そして、数日が経った辺りで気が付いた。

ごめん、やっぱり「ライフイズビューティフル」の方が好きだった。

理由は簡単で、この「ラーゲリより愛をこめて」と言う映画には、邦画の悪い癖と言うか何と言うか、「ほら、ここ感動する場面だぞ。感動的な音楽流してやる。悲しそうな俳優の顔をアップで映してやる。さぁ、泣け!泣け」という意図が明確に分かってしまうから。

どんだけ視聴する側のIQが低いと思ってるのやら・・・そんなことしなくても、勝手に感動できますから。

そのあざとさがチョッとだけイヤな余韻として残ってしまい、しばらくすると「良い映画だったのか?」となってしまったと言う感じ。

「ライフイズビューティフル」の凄い所って、ほとんど凄惨な事を映さないし、露骨に感動する音楽とかも流さない。

一部を除き、終始明るく、楽しい音楽と展開で進んでいき、最後には爽快な音楽とともに自慢げな子どもの笑顔で終わるんだよ。

最期に付けられた「これが父が僕にくれた宝物」と言う一言だけで、全てを察した上で、もうそりゃあ号泣する。

このセンスなんだと思うんだけどなぁ。

いや、映画の事なんてよく分からないけど、本当にこれを思い出しただけでも泣きそうになってしまう。

それと比べると、あの遺書を届けるシーンが、どうしても薄っぺらく感じてしまう。

もう少し、こう・・・なんかあったんじゃないだろうかと。

とは言え、あの映画がダメだったと言うつもりはなくて、名作だと言う事は間違いない。

比較対象が悪かったのですよ。

「さとうきび畑の唄」と同じくらいの名作なのは間違いない。

みたいな書き方が正しいのかどうかは分からない。

どっちにしても、未視聴の人は、ぜひ一度おすすめです。

ホント泣けるよ。

泣けることに価値があるのかどうかは知らんけど。

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2026年3月17日 12:12 CAT :

はかない恋の記憶

身寄りのない2人の姉弟がいた。

その日のご飯もないほど貧困になった2人は、とあるレストランで無銭飲食をする。

そのあと、逃げ切ることは出来たのだが、良心の呵責に耐え切れず、2人で警察へと赴く。

・・・みたいな夢を見た。

もう少し細かい部分があったりするんだけど、まぁ、それはそれとして・・・

何じゃこの夢。

何が凄いって、オレが出てこないの。

まるで一編の映画を見ているような感覚の実に不思議な夢だった。

物凄く心に残るお話だったので、これを今年の「漆黒の青空」にアップする短編として考えるか。とさえ思った。

思ったまでは良かったんだけど、この手の話では「岬の兄妹」と言う名作があった事を思い出しちゃった。(この映画の感想についてはこちらにツラツラ書いております。

じゃあ、もう良いか。

と急激にテンションがお下がり申し上げてしまった訳でございます。

同じような題材であっても、自分なりに良い感じに作り直せるなら描きたいんだけど、同じようなテーマで同じような展開とシーンをなぞるだけなら、元の奴を見た方が良いですよねぇ。

そんなこんなでこの話は没だ。没。

何か昔だったら、絶対ネームは切ってただろうになぁ。

色々知ってしまうと言う事は良いようで悪いような。

難しいもんですな。

同じような理由で、昭和以前の日本の村社会の閉塞感を描きたいんだけど、どう頑張っても日野日出志大先生の「蔵六の奇病」と犬神サアカス團の「恐山」がオレの前に立ちはだかって、何度も諦めております。

でも、絶対に死ぬまでには、このテーマに挑戦したい・・・

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2026年3月16日 12:12 CAT :

手首を流れる血をお前の体に絡みつけたりして欲しかったのに

朝目が覚めて、スマホをいじってるといくつかの情報が目に入ってくる。

その中で「いや、それは違うだろう。」とか「オレならこう思う」と言うものって絶対に1つや2つはある訳で、それを仕事始める前に10分くらいでブログに書く。

ここ最近は、まぁそんな感じなんですわ。

所が、時々そのネタが何だったかを忘れてしまう事がある。

以前はこんな事なかった。

って言うか、「そんなことまで覚えてんの?」とよく言われていたんですよ。

それなのに、何でこんな直前まで覚えていたことを忘れてしまうのやら。

これを老化として片づけてしまうのは簡単な事なんだけど、それよりは、どうすれば忘れずにいられるかを考えた方が前向きですよね。と思っておる次第です。

何が言いたいかと言うと、まさに、今その状態が起こってるんだよ。

なに書こうと思ってたかなと、色々頭の中を逡巡させてるんだけど、一向に思い出せない。

職業の選択と自由について・・・か?

ここ最近のお仕事状況・・・か?

創作についての思う所・・・か?

最近漫画描いてて思った事・・・か?

絵を描く時の最近のこだわりの話・・・か?

イランの情勢とかガソリンの値段の話・・・か?

中国共産党についての話・・・か?

日教組のアホ教師が「中国は有史以来侵略行為をしていない」とか寝ぼけたことをポストしてた件・・・か?

そうなんだよ。

思ってる事、描きたい事、語りたい事はまぢでいっくらでもある。

あるんだけど、その中で「あ、今日はこれについて書こう!」と思ったものを忘れてしまってんだよ。

オレの頭の中はどうなってんでしょうかねぇ~

うむむむ・・・

と、ここまで書いてて、思い出した。

森川ジョージ先生が、マンガワン事件と言うか、北海道芸術高等学校での生徒虐待事件で、個人的に寄付を募るポストをしたことに対してだった。

北海道芸術高等学校のチーフディレクターが日本漫画家協会の理事長と同一人物だと言う話を聞いて、この加害者を起用していた話とかが一気にきな臭くなってないか?という話を書きたかったんだ。

思い出したところで、今日の文字数の限界が来たようですな。

こんな日もあっても良いじゃないか。

この話題については、後日、ちゃんと書くかもしれないし、そのまま忘れてしまうかもしれない。

それは神のみぞ知る。

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2026年3月15日 12:12 CAT :

悲しみは数えきれない星座になるけど

宗教は必要なのかみたいな事をぼんやりと考えてた。

先日の記事でも触れた、戦死された方の遺書の一つに、「無神論者だったことを後悔している。宗教の本をください」というものがあった。

自らの命を国のために捧げると言う極限的心理状態に、考えが及ぶはずもないんだけども、宗教がひとひらの救いになると言う事なんだろうか。

日本においては、新興のカルト宗教のせいで、非常に宗教と言うものに対するイメージが悪い気がする。

実際、あそこやあそこの信者さんなんて、オレの生活圏内に頼むから入ってきてくれるなと思ってるし。(どことは言いませんが・・・)

ただ、冷静に考えると日本人ほど宗教が生活に入り込んでいる人種もそうそうないんじゃないだろうかとも思ってしまう。

いや、オレ海外の事よく分かんねぇんですよ。

だから日本人の宗教観が海外から見てどうなのかと言う事は全く分かんない。

その上で敢えて言っちゃおうと。

一般的な日本人は、多分、神様も仏様も信じてる。

それも、宗教を信仰していると言う意識すらなく、当たり前のように。

「無宗教です。」「無神論者です。」と言いながら、お正月には初詣の列に並んでるし、誰かが亡くなったら坊さんに読経してもらってる。

そんな人がメチャクチャ多いと思う。

日本人の言う信仰とは、前述のカルト宗教にどっぷりつかってしまってる、ちょっと距離を置きたい人達のやってる事なんだろう。

子どもを学校に送る時、オレはその帰り、道中にある神社にいつも寄ってお参りしてる。

その神社は、近所に住んでるおばあちゃんが毎朝水換えをしてて、どっかのおっちゃんが境内を掃き掃除してるので、いつもきれい。

オレも、汚れてたら拭いてあげようと、いつも濡れティッシュとか持って行ってる。

でも、そのおばあちゃんとかおっさんに対して、宗教を信仰してるヤバイ人たちだと思った事ない。

いつも挨拶したら「おはようございます~」ってにっこり返してくれる。

って言うか、オレの場合、庭にくろべぇを祀る祠作ってて、毎朝ご挨拶してるし。

話を戻そう。

宗教が必要か。という事を考えた時、敢えて信仰しますと考えなければいけない類の宗教は必要ない。

ただ、日本に古くから存在し、生活の中に入り込んでいるものを宗教と言うのであれば、それはきっと必要なんだろう。

大学生の頃、フィールドワークで地元の神社を巡った事があった。

その時、神社に設置されているお百度石の年代を見ると、明治27年~29年がやたら多かった。

西暦にすると1895年で、日清戦争が始まった年なんだよね。

日清戦争で駆り出された自分の家族の無事を祈るため、色んな所にお百度石が作られたと言う事なんだろう。

都合の良い時だけは、神様にお祈りする。

それが日本土着の宗教なのかもしれない。

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2026年3月14日 12:12 CAT :

人並みに消えていく記憶の吐息

そろそろ小説「ひとときの暗がり」の続きも描いていかねばと思っております。

今月こそ、「風を切る日々」71話描き終わったら、「ひとときの暗がり」の続きを描くよ。という固い決意をしてる。

まずは頭を文章モードに切り替えるために、小説を読もうかなと思ってたのに、ワンピースのせいで、やっぱりずっとワンピースを読んでる体たらくでございます。

今年の年始に読んでメチャクチャ面白かった「点と線」の続編「時間の慣習」を読もうかなと思ってたんだけど、フジリュー先生の「屍鬼」を読んで面白かったので原作の小野先生の小説も読みたくなってる今日この頃。

先日、Xでポストした内容。

この時の清志郎の記事を読んで(多分、「バンやろ」か「GIGS」だと思うけど)、自分たちでも学校の校歌をハードロックに編曲するみたいな事をやってたのをふと思い出した。

何かこの頃、ぐるナイって番組で、ナインティナインがバンド活動をやってて、それで「ドナドナロック」って曲を作ってたのを真似したりもしてた気がする。

その辺りの音源も残ってるんだけど、それを引っ張り出して来たら「朝日が目に染みた赤フン達」ってCDに入ってた。

と言う事はあれか。守山部長の卒業式前に録音したらしいので、1部のラスト辺りのエピソードだったらしい。

あらぁ。

じゃあ、もうこのネタ入れられねぇじゃん。という事で、ブログにでも書いておきましょう。

何か、清志郎が「君が代」をハードロックに編曲してるのに対して、オレは自分の通っていた高校の校歌をハードロックにするとか、何とも器の小さい感じだよなぁ。

まぁオレの器なんておちょこの裏ですよ。ケラケラ。

それでも、学校の校歌をネタにすると言う事に、反体制的な事を少しは考えて居たような気がしないでもない。

いや、考えてなかったか。

そんな思慮深い感じでもなかったような気がする。

答えは当時のオレのみが知るのです。

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2026年3月13日 12:12 CAT :

もう誰も癒せない 傷痕に降り注ぐ雨

一旦、80巻でストップしてたワンピースの続き、90巻まで買ったので読んでみた。

ホールケーキアイランドとジェルマ66の辺りのお話ですね。

チョッと前に、「ワンピースって60巻以降も面白いじゃん」と言う記事を書いたんだけど、その続きも読んでいきましょうね。とそんな感じ。

・・・ホールケーキアイランド編。

下手したら、一番面白かったんじゃね?というくらい面白かった。

アラバスタ編とか、空島編とかの思い出補正を抜きで考えたら、まぢで1番面白かったかも知れない。

とにかく、カタクリとルフィの戦いがかっこよすぎた。

カタクリカッコよくね?

今のところのワンピースでのベストバウトはこれかも知れない。くらい痺れた。

カタクリが、敢えてもう一度背中から倒れる所とか、倒れたカタクリの口元にルフィが帽子を置くところとか、もう最高じゃないか。

誰だよ。ワンピースは60巻までだって言ってたのは。

ごめんなさい。オレでした。

本当にごめんなさい。

で、だ。

数々のワンピファンが脱落したと言う問題のワノ国編ですよ。

これが90~105巻までなので、またその内、これもまとめてお買い上げして一気読みするだろうけど・・・果たして、ここで限界が来るのか・・・多分来ないような気がするけども。

ジャンプで毎週追ってたらしんどかったと思う。

でもコミックスで一気読みしたらアホみたいに面白いと言う奴の典型なんじゃないか。

ジョジョの6部を当時、ジャンプで追ってた時、「ジョジョって5部で終わったな」と思ってた。

でも、コミックで一気読みすると絶望感と展開がメチャクチャ面白くて、ジョジョで一番面白いの6部じゃね?とすら今は思ってる。

それと同じ現象ですよ。

いやぁ~カタクリ戦はかっこよかったなぁ。

これ、鏡の世界での戦いで、余計なモブの解説が無かったのも良かったんだろうね。

戦いの規模感を出すために、モブが沢山いると言うのも分かるんだけど、こういう本当の1対1の戦いってやっぱり痺れますな。

そして、90巻で遂にイム様が登場しやがった。

ここからの展開もワクワクが止まりませんな。

問題なのは、もう単行本の発売に追いついてしまうと言う事か。

ワノ国編を読んでしまったら、もう次は完結してから残りをまとめ買いすることになるのだろうか。

うむむむむ。。。。

しかし、面白かったです。

ここのルフィの「ありがとう」もメッチャかっこいいよなぁ~

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2026年3月12日 12:12 CAT :

君の声が僕を「いつか強く強くなるのだから」と励ましている

とあることがありまして、神風特攻隊で死んでいった英霊方の遺書を読んでる。

この本を買った。

「責任編集 小林よしのり」と言う所が引っ掛かる気がしないでもないけれども、まぁそれはそれ。

内容自体は、靖国神社の資料館が担当しているので問題ないでしょう。

まだハニトラにかかって変な感じに左に傾く前のよしりんだし。(「戦争論」「昭和天皇論」などは、実際良い本だったし)

この本がねぇ・・・なかなかどうして重い。重すぎる。

軽い気持ちで手に取ってしまった事をチョッと後悔してる。

もっと・・・こう、しっかり心して向かい合うべきだった。

今の日本があるのは、この方たち一人ひとりの強く清い想いの積み重ねなんだと言う事を凄く実感してしまった。

余りにも尊いんですよ。

生きていると言う事の遥か前段階として、生かしてもらったと言う事実がある事を忘れちゃあいけないよね。

靖国神社がどうのこうのと言う話をするつもりはないし、右寄りな思想を抱いてるつもりも無い。

ないんだけど、それでも、もしこのまま隣国が戦争を仕掛けてきたとなった時、オレはどうするべきなのか。

色々と考えてしまう。

強烈な自虐史観を植え付けられた世代なんですよ。

日本は原爆を落とされて当然のクズ国家と学校で習いました。

でも、同時の空気感を知るにつれて、そんな考え方は180度変わってしまった。

この本に書かれている内容を知って、それでもなお同じ考えを持つことは出来ないって。

そんな気持ちで読み進めております。

これがいつ形になるかは分からないけど、いずれ日の目を見る時が来ると思う。

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2026年3月11日 12:12 CAT :

立ち去る前に殺して

先日久々に家族で遊びに出かけた。

昔はオレの仕事が許す限り、毎週遊びに行ってたのに、考えてみれば今年は、年始に1回行った以来。

そもそもの話、娘の部活と息子のサッカーが毎週末あるので、1日遊びに行くことが出来ない。

祝日とかでも、息子のサッカーの試合とかをぶっこまれるので、その送り迎えで1日潰れる。

娘のテスト期間中は勉強しなければいけないので行けない。

それに、オレの「今週中にしないといけないお仕事」が重なると、もう、全員でお出かけするタイミングなんてなくなってしまう訳でございますよ。

まぁしょうがない。

それが成長なんでしょうね。

そう考えると、子どもが小さい時にもっと一緒に色んな所に行って遊んでおけばよかったと思い始めている。

これからもっともっとこの機会は少なくなっていくだろうし。

家族で旅行とかにも行けなくなる日が来るのだろうか。

寂しいなぁ。

でも、しっかり成長している子どもたちを見ていると、それで良いのかと思ったりもする。

じゃあ、嫁と2人で出かけるのか?

子ども産まれてからは、子どもがずっといた訳で、2人で旅行とかどうやるのか忘れてしまった。

まぁ、行ってみれば思い出して楽しくは出来るんだろうけど、どうしても子どもたちの事を思ってしまうんだろうな。

この話は、皆が健康で元気でいればの話なので、まずはそこをクリアできるように頑張りましょうね。

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2026年3月10日 12:12 CAT :

耐えきれない孤独のセレナーデ

頭が悪いから勉強ができない。的な事を時々耳にする。

逆もある。

勉強できなかったんだよね。頭が悪かったから。みたいな奴。

個人的な意見なんだけども、勉強と頭の良さはあんまり関係ないと思ってる。

正確には、小、中学校で習うレベルの勉強については、頭の良さは関係ないと思ってる。

そりゃあ、最近よく言われる境界知能であるとか、知的障害であるとかは取り合えず置いておく。

一般的なIQとかがあればの話。

勉強が出来ないのは頭が悪いからじゃあなくて、要領が悪いから。

昔から「1を聞いて10を知る」みたいな言葉を頭が良い代名詞みたいに言う人居るけど、これは要領が良いってだけなんだよ。

娘が一生懸命歴史の勉強をしていた。

どう頑張っても歴史の勉強ができない。

次のテストの範囲が特に苦手な鎌倉時代。

全く人名とかも覚えられない。と困っていた。

北条氏には同じような名前が沢山あって覚えられないんだって。

娘に以前「暗殺教室」を読ませたところ、メッチャハマってたので「同じ作者さんが今、新しい漫画を描いてるよ。」と言って「逃げ若」を渡してみた。

歴史の勉強しなくて良いから、この漫画読んでおきな。と。

勉強しないで、マンガ読んでて大丈夫?と不安がっていたけれども、20巻くらいまで読んで臨んだテストでは、前回より15点ほど上がって90点代が取れたらしい。

そう言う事なんですよ。

頭が悪いのかな?と悩んでたけど、あれだけ色んな漫画のキャラクターについて理解できるんだから、歴史の授業で人名が覚えられない訳がない。

勉強の仕方なんて、何でいい。

要は、歴史的背景と人物を理解できれば、それで良いじゃないか。

別に面白くもない資料集とにらめっこする必要なんてないんだよ。

次のテストは南北朝時代と安土桃山時代でこの辺りも、全然ダメと言う事だったので、「へうげもの」を渡しておきました。

今、コツコツ読んでいるらしいけど、日本の漫画史上最高にカッコいい信長の死に様に興奮するがよいわ。

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2026年3月9日 12:12 CAT :

ドツボでルツボのウツボのぼーすけ

新都社で開催されてた「短ページ選手権」という企画。

新都社の先生方が1週間に1話5ページの短編を発表して、どっちが面白いかを投票で決めるトーナメントを行うと言う、ジャンプ漫画のような現実の企画。

これが実に面白い。

とは言え、オレなんて到底毎週1話短編を描くなんてできるはずもなく、参加はしてない。って言うか出来るはずもない。

してないんだけど、せめて少しでも盛り上げたい。且つ、応援したいと言う気持ちから、FAを描いて応援席の方に投稿しておりました。

投票という観点から、公平に応援するべきだよなと思って、全作品に対して同じようにFAを描いてた。

それは良いんだよ。

良いんだけども、今回に至っては敗者復活戦も含めて、48作品が投稿された訳で、その全作品のFAを描くって・・・コレはなかなかの労力だった。

もちろん、実際に参加した先生方の労力に比べたら、屁でもないんだろうけど、それでもまぁまぁ時間がかかりましたよ。

これまでは、出来るだけ先生方の絵柄に寄せたりとかもしてたんだけど、自分の絵柄じゃないイラストを描くと言うのがなかなかどうして大変。

何度も描き直して、見直して、調整してと言う普段の漫画では不要な工程がどうしても発生してしまう。

今回の大会の後半では、その時間がどうしても取れなくて、3回戦以降くらいからは全部自分の絵柄で描いてしまうと言う体たらくになってしまった。

これに関しては凄く自己嫌悪に陥ってて、オレは時間を割いてまで一体何をやってるんだ?と、まぢで心が折れかけた。

応援のつもりでやってたのに、変な義務感で中途半端なものを描いたりして、訳分かんねぇ感じになってる。

これじゃあだめだよなぁ~という事で、今後は、このFA描くのもやめるか続けるかを含めて、検討事項と言う事にしておきましょうか。

義務感でイヤイヤやるもんじゃねぇしな。

何しか、この企画はまたやってほしいし、FA描く描かないは別にして、ずっと応援はしておりますので。

しばらくは、アンソロ的なものは控えて、自分の漫画を好き勝手に描いていくことにしよう。

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2026年3月8日 12:12 CAT :

手間と労力が報われることのない別に風を切るわけでもない日々を過ごす~その20

先日も記事にしたけど、2月は、まぁ思ったより漫画描けなかった。

いや、ずっと何らかのものは描いてたので、想定より進んでないと言った方が正しいのか?

結局、「風を切る日々」の更新もギリギリの27日になってしまうと言う体たらく。

何とも情けない。

スケジュール管理が何より苦手なのでございます。

そんな感じで、次の更新時まで少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきます!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

イメージイラスト新しく書き下ろしましたよ。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

今回はこちら。

第4部交戦記 第2話「潜入模索暗中」

今年初めのネーム制作が1年分に満たなかったため、そろそろネームのストックも尽きてきてる。

物語を進めないといけないんだけど、そうなるとこの後の展開がモリモリ浮かんでくる訳ですよ。

その中で、この68話で出てきた見開きのページの伏線がついに回収されてしまった。

このページですな。

この「ゲイボルグ」「ガラドボルグ」「ブリューナク」の存在自体は「us」の頃から出てるし、「風を切る日々」の中でも度々言及していたわけだけれども、なぜこれが3つあったのかみたいな事は、実はオレも良く分かってなかったんだよね。

所が、この辺りの部分をキレイに回収できる展開が出来上がってしまった。

「us」の最終話辺りで、アスとリズが逆転のループの中でサードステージに突入する展開がある。

この辺りの詳細については、いずれ「やみ。世界」の第4部ジークムントの章で描こうと思ってるんだけど、結末だけはすでに描いていて、それが「風を切る日々」にアスが出てくると言う事。

その辺りも絡めた上で、物語の副題でもある「to RunawayDays」につながる展開が出来上がってきたんだよ。

だからオレは68話でマルクスと上原博士の回想シーンにこの見開きを描いたのか。と、今更ながら納得しております。

最もその展開を描く事になるのは何年後になる事やら・・・少なくとも今年1年分のプロットでは到底その展開には行きつかない。

あぁ・・・早くそのシーンを描きたい・・・

そんな思いを込めながら、今日も今日とて1ページずつ原稿を描いていく。

でも、描き続ければいつかはその日も来るだろうて。

今回は、68話関係ない話を書いてしまったけど、この辺でさようなら。

最期にこの回のお礼絵をば。

本編にも出てきた獣①。

元ネタの方では酷く貧弱な感じで描いてたんだよ。

イヤ、当時の画力ではこれで精いっぱいだったと言うだけなんだけれども・・・

show must go on!

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2026年3月7日 12:12 CAT :

親の因果が子に報う2026

「ADHDって障害者手帳を貰えるんだよ。」と教えてもらいました。

ごめんなさい。

その話は知ってました。

ただ、オレは障害者手帳を貰うつもりはないんだよ。

その辺りの話については、過去にこちらの記事で書いてると思う。⇒ 【日本をインドにしてしまえ】

ちなみに「その手帳があると良い事ある?」と聞いてみると「補助金もらえたり、就職が難しかったり、社会で苦しかったりした時に、これを持ってると優遇してくれたりするよ」との事。

うむむむ・・・

社会で生きていけない場合には、これがあった方が良いと言う話も分かるっちゃ分かる。

でも、何となくこの手帳を印籠代わりに使うのは違うような気がするんだよなぁ。

以前それで、チョッとムカつく経験もしたし。

こう言うのは、もっと本当に必要な人が持って然るべきな様な・・・

確かにオレも社会で生きていけなかった。

そもそも自分一人では生きていけない。

でも、ありがたい事に嫁がずっとフォローしてくれてるし、周りにもこんなオレでも一緒にやろうと言ってくれる人がいるんだよ。

それでもどんな職場に行っても勤めきれなくて、結局、自分の居場所を作るために今の会社を作った。

うち会社は非常にADHDでも生きて行きやすいと思う。

多分、ADHD特化型だと思う。

じゃないと、オレが無理だから。

完全フレックスで、仕事についての時間的規定は一切無し。

一応、法律で定められた時間は働いてもらわないといけないけど、朝、何時までに来いとか、事務所の狭い空間でみんなで横並びになって仕事しろとかは言わない。

集中できる環境であれば、どんなやり方でもOK。

映画見てようが、ゲームしてようが、好きな音楽聞いてようがOK。

自分の家の方が落ち着くなら、家でお仕事してもOK。

やりたくない事はやらなくて良いし、自分がやりたい事だけやればよし。

資金は会社として出してあげる。

ただし、責任もってやり遂げて、ちゃんと成果は出せよ。というルールだけはつける。

その代わり、成果が出たら、それまでの投資分が戻ってきたら後は、会社の利益分(というか、そいつの次の投資分)とかかった経費、税金以外全部給料として渡す。

そんな感じ。

って言うか、何で皆そうしないんだろう・・・と不思議に思ってた。

思ってたんだけど、会社を作って人を雇った時、その理由が分かった気がした。

ADHDじゃない奴は、このルールにすると、勝手に自分を甘やかして仕事しなくなるんだよ。

時間を自由にすると、規定時間分働かないし、好きなところで仕事していいよってすると見てない所で怠けだす。

その結果、「全然成果も出さねぇし、責任も果たさねぇお前に払う金はねぇ!」ってなって、そんな奴は皆辞めてもらった。

今、会社にいる人間は全員ADHDだと思う。

誰も手帳など持ってなくて、何だったら自分がADHDだとすら知らないかもしれない。

でも、この環境での仕事が楽しいと言う事はあいつら全員ADHDなんでしょうね。ケラケラ。

社会から障害者のレッテルを貼られてるオレが言うのもおかしな話なのかもしれないけど、このやり方ではADHDじゃない奴の方が障害があるんじゃね?とすら思ってしまう。

朝何時から夕方何時まで、場所はここで、この机を使って、この業務をやってと言う事を決めて、枠を作ってあげないと成果を出せないとかどうなってんだよ。

ただ、今の社会では(↑)のようなADHD目線で見た障害者の方が多数派だから、そっちが常識になって、それに倣えないADHDが障害者になる。

結局社会と言うのはそう言うものなんでしょうな。

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2026年3月6日 12:12 CAT :

郵便配達のカバンに潜みどこへでも行ける

車を買い替えないといけないかもしれない。

オレの愛車「ぶんちゃん」がここの所調子悪い。

エンジンが変な音を立てたりする。

で、いつも見てもらってるディーラーさんのところにもっていったら「まだ全然乗れますけど、寿命ではあります。エンジンを組み直してキレイにすれば回復しますが、買い替えた方が良いくらいのお金がかかりますよ。」と。

そうですか・・・

「ぶんちゃん」はその前に乗っていた車が事故で大破してしまったタイミングで買った。

買ったその月に、父方のばあちゃんが亡くなって、そのお葬式で皆を運ぶ時に大活躍してくれたんだよ。

翌年初めに娘が生まれたりもしたので、皆からはお葬式と子どもが生まれる良いタイミングで買い替えたなと言ってもらったのを覚えてる。

この車に家族以外で初めて乗せたのは、大好きだった母方のばあちゃんだった。

ぶんちゃんの丸っこいフォルムは凄く可愛くて、お気に入りだったから、ずっと乗っていたかったから物凄く寂しいんですよ。

まぁ、13年乗って、走行距離も15万Km超えだもんな。しょうがないのかも知れない・・・

で、だ。

じゃあ、新しい車買うのかと新しい車のカタログを見てみたんだけど、何か全部イマイチ。

何だよSUVって。そんなの求めてねぇんだよ。

ワンボックスとか、ミニバンも全部ヤンキーしか選ばないヤン車みたいな厳つい感じになってるし。

唯一の良心だと思ってたワーゲンのバスですら、訳分からないうんこみたいなデザインになってた。

「あ!いいかも」と思ったら、2016年式とかだったり・・・

10年乗った車を買い替えるのに10年以上前のモデルにするってありなのか?

だったら、もう新車買うお金をつぎ込んで「ぶんちゃん」をパワーアップさせた方が良いような気さえしてきた。

ただなぁ、息子のサッカーの送り迎えや試合の時の道具の積み込み、娘の自転車を乗せたりみたいな事が起きてきて、「ぶんちゃん」では対応できないから困ってはいたんだよな。

タイミングと言えば、タイミングではあるんだよ。

それも含めて、悩ましいです。

こう言う奴も、ブタの顔みたいでちょっと違うと思う。

いや、慣れると可愛いのか・・・?

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2026年3月5日 12:12 CAT :

トベ・デ・レベルサの失敗で短いその命を落としました

娘ももう中学生になった。

毎年、嬉々としてひな人形を飾っていたのに、今年はうっかり飾らないままひな祭りを迎えそう。

今から(この記事書いてるのは3/2)でも、ひな人形をだそうか・・・画策中。

出さないでおくとそれはそれでカビも生えたりするので、メンテナンスの意味でも出した方が良いような気はしてる。

そして、そのまま3月中飾っておこうかなとか。

出したままにすると行き遅れになると言われるけど、このご時世に行き遅れって・・・結婚してくれるなら、それで御の字じゃないですか。

別にずっと一緒にいてくれても、それはそれでいい気がするよ。

などなど、思いにふけったりしております。

って言うか、このブログ書いている間に、お雛様出して来いよ。という気がしないでもないんだけど・・・

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