2023年10月15日 12:17 CAT :
       

感想とか書き始めたらネタ切れの前兆と語った上で映画評論をするシリーズ「子宮に沈める」

昨日の記事で「子宮に沈める」の話に少し触れつつ、そんなの触れてるうちに入らねぇよと言う書き方をした。

と言うか、になってしまった。

なんでそんな書き方をしたのかと言うと、まぁチョッと前に「映画のレビューとか書きだしたら、まぢでネタ切れですので」と書いたからと言う訳じゃあない。

それを書いてしまったら、それはただの批評になるような気がしたからだったりする。

でも、何となく頭の中から、情景が消えない。絶望がぬぐえないんだよ。

なので、チョッとネタバレ含めて、少しだけ、映画の感想を書きます。

ええ。ええ。自分の心の整理のためにね。

ネタバレするので、未視聴の方はここでブラウザバックを。

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この作品を撮ろうと思った監督さんの熱意にはただただ敬意しかない。

胸糞悪い映画だと言う事も100%監督さんの思惑なんだろうし、鬱映画と言う事すら当てはまらない本作はホントに語り継がれていくべきだと思う。

その上で、下記の事を語らない訳にはいかないと思う訳ですよ。

この映画、BGMを一切使わない、カメラワーク子ども目線の定点カメラにするなどの演出で、徹底的にリアルを追及している。

おそらくは、この作品は「絵空事ではなく本当にあった事件」だと言う事をはっきり認識させた上で、虐待、ネグレクトについての問題提起をしたかったんだと思う。

ただ、そうであると仮定したとき、もっとも重要な部分が表現されていないと言う致命的な欠点がある気がする。

子どもたちが絶対餓死し無さそうななんだよ。

見るからに健康状態良好。

そして、餓死における悲惨さがほぼほぼ描写されていない。

グロ描写が必要だったとは言わない。

「火垂るの墓」で、今にも死にそうな節子が清太にお手玉をご飯に見立ててふるまうあのシーンがなかったとすればどうだろうか。みたいな話と言えば、分かりが良いのだろうか。

実際の事件では、あまりの空腹にお互いの排泄物を食べたりまでしているのに、その部分が一切描写されていない。

本当に子どもたちを餓死寸前までガリガリにしてしまう訳にはいかない。そんな事情があったのかもしれない。特にそらくんなんて、1歳とかなんだから。

もしそうなら、しょうがない。

ただ、徹底的にリアルを追求した素晴らしい演出とのギャップがあまりにも大きすぎる。

「誰も知らない」では、明をふくむ子どもたちが最後の方では本当に死にかけて、しかも画面を通しても臭ってきそうなほど小汚い。

それと比べると、そらくんが死んだシーンでもその前後があまりにも健康的過ぎて「え?死んでるの?」と思ってしまう。

餓死と言う表現が子役の健康状態的にできなかったのであれば、例えば、母親のいない夜が続き恐怖に泣き叫んで精神的に追い詰められる方に振り切るとか、実際の事件通り食べてはいけないものを食べて苦しみながら息絶えるとかでも良かったんじゃないだろうか。

いや、そこは現実の事件に忠実に。と言うのであれば、ラストシーンの改変も納得がいかないし。

見方によっては、直接手を下す程度には罪悪感を感じていただけ、現実の事件より救いがあるとも取れるのかもしれないけれども・・・

「誰も知らない」とか「マザー」の様に、エンタメの体裁を保ちつつ問題提起をしてくれる訳ではない。

かと言って、リアリティを追求したとすれば、明らかに健康優良児の2人に対してあまりにも違和感が残る。

いや、これは難しい所だよね。ホント。

それでもこの映画がオレの心をかき乱したのは、この映画を見ながら、「コレ現実にあった事件なんだよな。」「うちの2人の子どもがこの状態になったら」と言う強烈な脳内補完の部分が大きい。

だから映画を最後まで見て、結末を見たとしても、脳内補完した部分の行き場がどこにもなく、いつまでも引きずり続ける事になったんだと思ってる。

これねぇ。ホントにメチャクチャ惜しいんだよ。

最後母親が帰ってきた時のさちちゃんの「まま・・・おそいよぉ~」とか、ホントに相当素晴らしいと思うんだ。

これが、前述の節子みたいに、もう起き上がる力もなく横たわったガリガリのさちちゃんが虚ろな目で「まま・・・おそいよぉ・・・」だったとしたら、もうまぢでやばいシーンだったよ。

そして、母親が自ら手を下すんじゃなくて、片付けと言う名の証拠隠滅をしてる間に「まま・・・まま・・・」って呟きながらさちちゃんが息絶えてたとか言う展開だったら、途轍もなくオレ好みだっただろうて。

と、長々語ってしまったけど、ではこの作品がダメだったのかと言うとそんな事は全くない。

最初に描いた通り、この作品を作った人、携わった全ての人に対してただただ敬意しかない。

素晴らしい映画ですよ。

そもそも、毎日いっぱい映画見てる訳で、その中で「これは書かずにはいられない」となった作品だけしか書いてないんだから、もうそれはそれで、推して知るべきとかそんな感じだ。

ただ、リアルじゃない部分のせいで、逆に脳内補完が強化されてしまった結果、問題提起をして、ネグレクトや虐待について考えさせられると言う目的が吹き飛ぶほどの後味の悪さがいつまでも残り続ける事になってしまったと言う事なんだよ。

だから、オレはもう2度と見ない。と昨日の記事で書いた。

そう言う思考の流れでございます。

興味ある人は絶対に見た方が良い。

でも、問題提起的な意味合いで、皆で鑑賞するのであればオレは「誰も知らない」の方を推すかな・・・

久々に長くなってしまったな。

前後編に分ければよかった。

それでは皆様。おやすみなさい。

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