2008年3月12日 1:01 CAT :
       

俗称のままに伝える

悲しみと言う感情を「悲しみ」と言う言葉を使わずに表現する。

感情表現において難しいのはこの部分だと思う。

昔、脚本を描いていた時に一番気を使っていたのは実の所この部分だ・・・きっとそうだ。

本当に悲しい時人間は「悲しい」と口にする事はない。

少なくともオレは過去の経験から考えて、口にしない。

同じく、本当に楽しい時は「楽しい」と言わないし、本当に幸せな時には「幸せだ」とも言わない。

90年代筋肉少女帯、最後の名曲と名高い「サンフランシスコ10イヤーズアフター」の中では、「ハッピーですか?」という問いかけに、「ハッピーです。」と口々に答え、最後に「We are Happy God Group」と叫ぶと言う演出がある。

この場合、バンド解散の末期、心が締め付けられる終末観の中であえて「ハッピーだ」と口々に叫ぶ事で逆説的に、効果的に哀愁を表現いている模範的な例だと思う。

考えてか、無意識か、偶然かは知らないけど・・・

筋肉少女帯の例は置いといて、人間の表現のリアリズムを追及する上で重要なことは、言葉ではなく、雰囲気や言動、いでたち等でその人間の感情を表現すること。

普段から「あたしって幸せなんだよね~」って言う女は、心から本当に幸せじゃあないと思う。

「悲しい」と言う言葉なく心から悲しんで、「楽しい」と言う言葉なく心から笑える。

気が付けば、オレが好きな作品はそうなっているものばかりだと思う。

追伸。

「愛している」と言う言葉も右にならえ。

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