年別アーカイブ: 2023年

2023年12月31日 9:20 CAT :

300

11月くらいから水増し記事で、大分お目目汚しした感じもあるけれども、この記事で今年300件でございます。

取り合えず1年間、ほぼ毎日更新を達成できたので、良しとしよう。

2023年はこれでおしまい。

皆様、今年一年本当に色々ありがとうございました。

よいお年をお迎えくださいませ。

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2023年12月31日 8:36 CAT :

鬼に笑われないように今年の事だけに限定して振り返る~その3「生活について」

今、2023年12月31日の朝8時。

取り合えず何とか、今年中にやらなければいけないお仕事が終わったと信じたい。

いや、今、あと一つ思い出したけど、それはこの記事書いた後でやることにします。

年越せるよ。

これでやっと・・・

過去最高くらいギリギリまでお仕事してたと思う。

取り合えず、こんなとこまで来てまだ書くのかと言う気もするけど、昨日に続いて「鬼に笑われないように今年の事だけに限定して振り返る」をやっていきます。

最終回は「生活(と言うか、全体的な総括)について」。

 

 

 

先日、家族で「今年1年の自分の頑張りは何点?」と言うお話をしてた。

息子は80点。

娘は85点。

なかなか、高い評価だったみたい。

ただ、オレと嫁は2人とも、「今年はもう100点で」と言う事で一致したよ。

お仕事でも、プライベートでも今年は実によくやったと思う。

夫婦そろってなんだと言う気もするけど、ホントよく頑張ったと思うんだ。

多少の自画自賛位大目に見てほしい。いや、ホントに。

良い年だったかどうかは、良く分からないけど、とにかく色んな事が前進した年だったのは間違いないと思う。

何を隠そう、今家が建ってる土地を見に行ったのが、今年の2月だからな。

そこから、土地購入して、打合せして、お金の都合付けて、引き渡しまで出来た。

コレだけでもとんでもない経験値を稼げたんだよ。

それに付随して、とにかくやった事ない事をメチャクチャ色々やった。それもお仕事と並行しながら。

あと、今年は独立して10年目と言う事で記念の沖縄旅行にも行ってきた。

100万円近いお金がかかってしまったけど、それはそれは楽しかったので文句などあるはずもない。

漫画も小説もいっぱい描けたし、ブログも15年ぶりに300記事更新できた。

全然どうでも良いけど、脱毛エステ行き始めたのも今年だったわ。

インスタ始めたのも一応今年か・・・

Xも、何となく年内のフォロワー1000人行ったら飛んでもねえなと思ったんだけど、今日現在で1027人。

これもありがとうございますだよなぁ。

そう言えば、裁判の方もかなり色んな事があったけどほぼ終了した。

こっちは多分来年の6月くらいから「不動産売買であった怖い話 第2部」として連載再開しようと思っております。

死んでなければ。

色んな事をじっくりまったり楽しめたし、ハラハラヒリヒリもいっぱいあったけど、確実にステップアップは出来たと思う。いや、出来たと信じよう。

結局、12月31日の朝まで仕事してたけど、それだって、たくさんのお仕事をいただけていると言う事で感謝しかない。

嫁は嫁で、今年は今までやった事のない新しい事にもチャレンジして、かなりの成果を残すことに成功している。

これから先どうなっていくかなんて、誰にも分からないけど、きっと2024年はいい年になると信じている。

アホみたいに激動だった2021年が助走でしかない位猛ダッシュした2022年を得て、2023年にはある程度お空へ飛ぶことが出来た気がする(色んな意味で)。

2024年。

これまでとは違うお空の世界で、どうなっていくのか。

墜落の恐怖よりも、飛んでいく楽しさにワクワクしてる感じでございます。

フライアウェイしてやろうじゃねえかあああああああああああああああああああ!!!!!!!

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2023年12月30日 20:49 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第6弾とあの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その25のコラボネタ

「ひとときの暗がり」第1部とは年内に、蹴りをつけるんだ!と息巻いていたのに、気が付いたらもう30日だったので、汗汗と書いて行きます。

「第1部最終話の裏話何にしようかなぁ~」と思ってたんだけど、なぜか今朝、不意にこのブログの過去記事のオススメで今から10年くらい前の「そして、人生は続く」と言う記事が出てきた。

何の関係が?と思うかもしれないけれども、この「そして、人生は続く」と言う記事は、守山部長のモデルになった人と最後にあった時の話だったんだよ。

結果的に「ひとときの暗がり」第1部でほぼほぼ主役になってしまった、あの守山部長さんですよ。

と言う、まぁ何か良く分からない奇妙な偶然があったので、今回は過去の記事をほじくり返す「過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ」とコラボ。

そんな良く分からない形で、第1部を締めさせていただこうと思っております。

更に色々な事が起こりまくる第2部のプロット今作っているので、また再開した暁にはよろしくお願いします。

多分、3月くらいには再開できる・・・ようにしたい。

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

第31話「卒業式」。

(↓)の中に出てくる「高校時代の先輩さん」が、守山部長のモデルになった人でございます。

ちなみに、このブログで以前良く出てきてた「くろすけ」ってやつが、本編の黒崎先輩のモデルになった人だったりもするよ。

ではいく。

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先日、嫁から「しっかり浮気してきな」と軽く背中を押されて、高校時代の先輩さんと会ってきた。

何年ぶりだ?多分5年とかそこら振りだろうか。

そもそもの発端は、オレがアルバム音源「王道軽症」を完成させて、「人生最高のアルバムが出来た!ぜひCDを聴いてもらえないか」って連絡した事にある。

オレはただ「住所に送り付けてもいい?」と言うつもりだったんだけど、そしたら「お盆に帰省するからその時手渡しで貰うから、久々に会おうよ」とお返事いただきまして・・・

だから、まぁ、オレから誘ったと言うか、向こうから誘ったと言うか・・・え~と・・・そんな感じですよ。

この先輩さんは、オレが色々と創作したものを、ある意味初めて真面目に見て、相手してくれた人。多少は褒めてもらえたか。

その流れで、地味な恋心を学生時代抱いてた相手でもあったりする。

そんな人と、未だに定期的に連絡取ってるオレもアレっちゃあアレだけど。

もう今はお互いに別の人と結婚しているし、そもそも向こうには、端からそんな気はなかっただろうから、単純に昔の友人みたいなもんなんだろう。

いや友人どころか、高校の時の後輩の一人くらいかも。しらんけど。

あとついでに言うと、オレが元々持ち合わせていた「自分は途轍もない天才で、創作物は圧倒的に面白い」と言う勘違いを際限なく増長させちゃった人でもあると思ってる。

まぁ、この人に会わなくても、いずれ同じ道はたどっただろうけど。

そんなこんなで、久々の再開。

実際会ってみれば、相変わらず、チョッと微妙な空気から始まる。

お互いに、探りあいと言うか、そんな感じ。

その内、気持ちがお互いが時間を共有してた高校時代に戻っていって、結局、色んな思い出話に花が咲いておしまい。

それだけだった。

ケラケラ笑って、楽しい時間だったとは思う。

思うけど、今になって冷静に考えたら、オレがこの人と一緒に居た時間って、1年にも満たないんだよね。

何か、昔、結構長い時間色んな事を一緒にやった仲だと思ってたけど、実質1年にも満たない期間しか一緒に居なかったらしい。

便所裏で一緒に弁当食べてたのなんか、ほんの2ヶ月とかその位だった。

オレが1年の時、先輩は3年だった訳で、秋には演劇も引退してる。

と言う事は、一緒に演劇とかやったのだって半年足らずと言う事か。

しかも、間に夏休みを挟んでるし。うむむむむ・・・

改めて、あの頃は、1年の。1ヶ月の。1日の密度が尋常じゃなく濃かったんだと思った。

最新アルバム音源「王道軽症」のレコーディングに1年かけたんだ。

その1年。何があったんだよ。

その半分の期間なのに、毎日毎日の思い出がダラダラと沢山あって、「あの時、あいつはこう言ってた」とか「あそこ行ってこんな事した」とか「あの頃好きだったバンドはどうだ」とか・・・そんな事を何時間か話してもネタが尽きないとは・・・

思えば、その感覚は、どんどん減ってきてる気がする。

嫁とも、出会い始めの頃は、そうだったと思う。

永遠のように長く感じてたニート期間だって、実は、たかだか半年程度でしかない。

でも、あの頃の毎日は、今でも同じように思い出せてしまうんだから、きっとそうなんだろう。

同じように過ぎていく時間。

ただ、体感する自分の感覚の中でだけ、少し早まっている時間。

だとしたら、もう少し、1日1日を大切にした方がいいような。

そんな気持ちを持つ夜でした。

もう、あんまり、物語とかは書くことが出来なくなってしまった。

その分、日常を書き留めていこう。

ストーリーマンガ(ワンピース、ナルト、ブリーチ、彼岸島を省く)はすぐ終わるけど、日常マンガは終わらないんだ。

どうでも良いけど、毎回会う度「ホンコンさんにそっくり」と「演劇部をぶっ潰してやる」のネタは絶対いじられる・・・

失言だったとは思うけど、それそろ忘れていただけないだろうか。

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2023年12月30日 12:24 CAT :

鬼に笑われないように今年の事だけに限定して振り返る~その2「お仕事について」

目標年間300件を目指して、物凄い勢いで帳尻併せを行っております。

こんばんわ。

と言う事で、昨日に続いて「鬼に笑われないように今年の事だけに限定して振り返る」をやっていきます。

第2回は「お仕事について」。

 

 

 

会社を立ち上げての3期目。

これまで多々不便をぶちかましていた環境について、そのほぼ全てを改善できる新事務所の建設が出来た事はかなり大きいと思う。

ミーティングルームを作ったので「どこで打ち合わせしよう」とバタバタする事もない。

でっかい駐車場も用意したので「来客あるから車移動させてくれる?」と言った話もなくなるだろう。

お仕事内容については、オレがやった事としては、ほぼほぼ例年通りだったと思う。

昨年よりオレ自身は新しく大きい事をやったと言う認識はない。

とか言いながら、振り返ってみると色々環境自体は激変してるような気がしないでもないけれども・・・

オレ自身と言うのは、オレ以外の人では色々あったんだよ。

まず、一人社員さんが退職し、代わりの人が入ってきた。

でも、その人はコロナの後遺症がかなり激しくて今、休職してる。

あと、嫁は次々と凄い仕事をこなしたよね。

もう一人の奴も今年は新しい部門を立ち上げて、形になるように日々奔走してる。

売り上げ自体は昨年までと比べると伸びてないんだけど、会社の形がガラッと変わって、これから凄い事になるかも知れないとワクワクしてる感じ。

オレ自身はホントに相も変わらず机の前でカタカタやってるだけなんだけども。

とは言いつつ、今年は社長業みたいな仕事もかなり増えたかも・・・

何だったんだろう・・・

何しか、目の前にあるものに一生懸命取り組んでただけだったのかもしれないな。

いや、やっぱり色々あったか。

何も無い訳が無いんだよね。

まぁ、今日のところはこのくらいにしておこう。

もうすでに来年のお仕事の予定も埋まってきつつある。

それ以前に、今年中に終わらせなければいけない案件がまだ残っているんだよ。

そう言う訳でございまして・・・今日のところは、可愛いお姉ちゃんの写真でお茶を濁してさようなら。

次回を待て!

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2023年12月29日 12:42 CAT :

鬼に笑われないように今年の事だけに限定して振り返る~その1「創作活動について」

記事として描きたいネタは沢山あるんだけど、何となく、年末のこの時期に描くのってどうなんだろうと思う。

こんな時は、今年一年どうだったとか、そう言うお話をやっぱり描くべきなんじゃあないだろうか。と。

いや、知らんがなと言う気持ちも勿論あるんだけども・・・

取り合えず、「年老いたら若い頃の作品をリメイクしろ!」と「だからダウンタウンってそういう人たちなんだって」と言う記事については、鮮度堕ちそうだけど、来年以降に回してしまおう。

で、何かここに来て残りのブログで、いくつかにテーマ分けして、今年を振り返っていくと言う、柄にもない事をやってみようと思った訳でございます。

第1回目は「創作活動について」とでもしておこうか。

ではやってみよう。

 

 

 

今年は何より、創作活動いっぱいしたような気がしてる。

まずブログだよ。

3月頃に毎日更新やってみようと思い立ってから、1年間。

沖縄旅行に行ってた少しの間と、8月のホントに死にかけてた時を除いて、ほぼほぼ毎日更新出来た。

現段階ではまだ分からないけど、もう少し年越しまでに水増しして、年間300記事を達成してやろうと目論んでおります。

それ以外では、4月に1年ぶりの短編「BirthDay Kill-RE」を描いた(↓)

こちらですね。

ホント誰からも見向きもされなかった感じだけど、自分の描きたい話をしっかり時間をかけて取り組んで描けたので、満足しております。

一緒にしたら怒られそうだけど、きっとM-1グランプリ決勝の「さや香」もこんな気持ちだったんだと思う。知らんけど。

あと、数年前からやるやる詐欺を繰り返していた「風を切る日々」の方も、本格的に再開した(↓)

こちらですね。

新都社でも選りすぐりの不人気作家で、ほぼ誰からも見向きもされていなかった漫画な上に、3年ぶりの更新再開と言う事で、ほぼ誰からも相手にされていないけれども、オレ個人は物凄い高いモチベーションで描いてるので、それはそれで良いんだよ。

月1とは言え、今年60ページくらい描けたのか。上出来だよ。

きっとM-1グランプリ決勝の「さや香」も・・・

あと小説「ひとときの暗がり」だ。

こちらですね。

小説自体は、2022年頃「不動産売買であった怖い話」を描き始めたころからコツコツ書き溜めてたんだけど、それでも20話以上描いて、先日全31話で第1部が完結。

まだ第2部、第3部とお話は続くので、来年も描き続けると思う。

一応、そんなところか、他にも色々やりたい事を妄想はしてたんだけど、結局進められたのは、この辺りか・・・

とは言え、例年と比べると、創作量は多い方だよね・・・ブログだけでも。

何か知らないけど、1年を振り返ると胸がドキドキする。

もしかしたら、恋でもしているのかもしれないな。

次回を待て!

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2023年12月29日 9:27 CAT :

「車輪の下」を読もうと挑戦し続け今のところ全敗中のおっさん

大好きだったじいちゃんが亡くなったのは、オレが小学5年生の時だったと思う。

そのじいちゃんが好きだった言葉。

「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」

確か、ゲーテの言葉だったと思うんだけど・・・

(↑)ゲーテさん

オレは人生の本当の味が分かっているのだろうか。

いや、それは良いんだよ。それは。色々思う所もあるにはあるけれども。

先日、この言葉が変な風なとらわれ方をしていると言う話をちらっと聞いた。

この言葉自体の意味って、「苦しい経験をした人間でなければ人生の喜びを本当の意味で感じる事は出来ない」的な感じでとらえてたんだけれども・・・

これ・・・オレが間違ってるのか?

その変なとらわれ方と言うのが、「涙を流しながらパンを食べるほど人生は辛く苦しいもの」つまり「人生の本当の味は絶望的に美味しくない」と言う意味だと。

馬鹿な・・・

それはねえだろ。

と思いつつ、なかなかどうしてこの解釈をする人が多いので、「え?オレが間違ってる?」って、オズワルドの漫才の伊藤さんみたいになってきている感じです。

SNSの台頭によって日本人の読解力は絶望的に低下しているらしい。

先日、キレイな日本語使う人減ったよなぁ~と言う話を書いたけど、それ以前に普通に日本語を理解できない人間が増えていると言う事なのか・・・

「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳す日本語独特の情緒が理解できないなんてレベルじゃあない。

ちなみに、この(↑)の話だって、日本人はすきだああああああああ!って抱き着いていくんじゃなくて、「月が綺麗ですね」と話すことで、こんな綺麗な夜にあなたと一緒に居られて幸せですと言うニュアンスを込める事で、「好き」だと言う気持ちを伝えるとかそんな感じだと思ってた。

今じゃあ、「この夜は月が綺麗だった」事がなんで「好き」と関係あるの?と言う人がいっぱい居ると言う事なんだろうか。

さもしいなぁ。

また最近、色んな映画を見てるんだけど、有名どころの映画になればなるほど「バカにしてんのか?」と言うくらい分かりやすいセリフが出てきて辟易する。

いや、そう言う分かりやすい奴はハリウッドで見ますので、邦画では日本独特の情緒を楽しめる奴をお願いしたいんだけど、それは難しい事なんでしょうかねぇ。

チョッと一言・・・と思ったのに、長い記事になってしまった。

無念じゃ・・・

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2023年12月28日 12:31 CAT :

「片翼の堕天使」と言う中二病の権化のような響きに心揺さぶられる日々

遂にお家の引き渡しが終わった。

家の鍵を貰い、晴れてオレの家が出来上がった。

人生最高の買い物。そして、多分最初で最後の買い物だと思う。

自分で家に上がってみた。凄く不思議な感覚なんだよ。

ここでオレがこれから住むんだよな・・・と。

嫁と2人の終の棲家にするんだよな・・・と。

凄く不思議な感覚に陥っております。

とは言え、まだ引っ越しまでもう少し時間があったりするんだよね。

大きな家具、家電は引っ越し屋さんにお願いしたんだけど、自分で運べるものはこつこつ年末年始のおやすみを利用して運んでいこうと思ってる。

年賀状も描いて出した。

まだ、今年中に終わらせなければいけないお仕事が終わり切ってないので、もうひと頑張りしないといけないんだけど、それでも少しずつ今年の終わりが見え始めてきた。

来年は、新しい家に引っ越し、併設した事務所に会社も移転させる。

次のステージでのスタートを切る事になるんだよ。

何か知らんけど、凄い勢いでワクワクはしている。

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2023年12月27日 12:15 CAT :

ジェノバとの再会を夢見る

人生に絶望した回数なら、なかなか人に負けない自信があるような気がしないでもない。

あと、自分で言うのもなんだけどなかなか面白い人生を生きてこれたような気がしている。

まだ死んでないので、これから何が起こるか分からないけれども、それでも、現時点ですでになかなか面白い人生だったと。

ただ、絶対的に言える事は、昔と比べて物語が描けなくなった。

と言うと、語弊があるな。

描けなくなったんじゃなくて、描くのに躊躇するようになったと言う感じか。

以前は、思いついたものを粗削りでもポンポン作品化していた。

それなのに、今じゃあ、なまじ余計な知識をつけちまったもんだから、この話じゃあページ数内でまとまらないなとか、登場人物を絞って短編として際立たせるにはこのネタは使えないとか、どうでも良い事ばっかり考えて、全然筆が乗らない。

加えて、何か作画にもこだわりたいので、以前と比べると作画時間も膨大になった。

単純に「Gの世界」描いてた頃と、今の「風を切る日々」でも多分1ページ当たりの作画時間が数倍になってる。

忙しい中時間を割いて、描くのにこんなネタじゃあな・・・とか、いらない事を考えてしまう事もダメな原因の一つだよなぁ。

負の感情が沢山ある方が、物語がいっぱい描けるような気がしていた。

でも、それもそうでもなかったらしい。

いや、やりたい事、描きたい話はアホほどあるんだよ。

実際ネームまで出来上がってる話もたくさんある。

なのに(↑)の理由で、作画しないまま終わらせてしまってる。

何とも情けないと言うか、勿体ない話でございます。

いや、ネタはホントいっくらでもあるんだよ。

それこそ20年くらい前からずっと描きたいと思ってた「ツンボとメクラのラブゲーム」とか「ロボトミーラブ」、「処女はアイアンメイデンに入れて殺すに限る」「せんたくの島」などのお話を何とか形にしたいとも思っているんだよ。

その上で、ここ最近書いたネーム「出来すぎた準備」とか「今宵、ただいまはゼロになる」などのお話の作画もしていきたい。

思う所があって「風を切る日々」の次の話からのネームを作り直そうとも思ってる。

考えてみたら、やりたい事めっちゃあったみたい。

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2023年12月26日 12:06 CAT :

思い出の回廊を旅する

人生で一番やり直したゲームは間違いなく「ドラクエ5」だと思う。

これに関してはやり直し過ぎて、全てのダンジョンマップの宝箱配置まで全部記憶してる。

しかも、子どもの頃に覚えたからなのか、未だに忘れることなく全部覚えているんだから、昔の記憶ってすごいと思う。

ただ、ここにはある程度の思い出補正が入っている気がしてるんだよね。

それを省いた上で、頑張って冷静に考えてみれば、一番心を動かされたゲームはやっぱりどうしても「グランディア」になる。

「ファイナルファンタジー7」の衝撃もすごかったんだけど、後になって冷静に考えてと言う事で行けば、どう考えても「クロノトリガー」と「グランディア」の2つしか残らない。

そして、どちらも素晴らしいんだけど、あとはオレの好みで「グランディア」に軍配が上がる。

何が言いたいって。

イヤ、それだけです。

何となく、記事数が足りなかったので、水増ししただけです。

おやすみなさい。

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2023年12月25日 12:28 CAT :

後はガス栓を捻るだけ そして最後にキャンドルに火を灯しましょう

クリスマスですな。

昨年は、何か地元の児童会の副会長とかやってたので、クリスマス会なるものを催して、手品したり、●×クイズ作ったり、ビンゴやったり色々あった。

今年は・・と言うと、前述の通りお家が遂に完成して、引き渡しになりました。はい。

とは言え、年末年始なので、引っ越しは1月に入ってからと言う、なんともお預け状態でございます。

娘が今年の「クリスマスプレゼントはおうちだね」と言っていた。

クリスマスプレゼントなのに自分でお金を出しておりますが・・・とは思うけれども、多分そうじゃない。

無事ここまで漕ぎ付けることが出来たと言う事実がクリスマスプレゼントなんだろう。

裁判の方も、何とか終わりが見えてきた。

2024年は色んな面で新しいスタートが切れると思う。

今年の振り返りをしようかなとも思ったんだけど、それはもう少し後にしよう。

いつもなら、とかなんとか言いながら結局振り返りしないまま年越しましたやん!となるんだけど、今年はまぁ、きっとこのままずっと毎日更新していけるだろうしね。

M-1グランプリを楽しんだ後、ギリギリまでお仕事して、ヘロヘロになりつつ大掃除して、おせち作って、すき焼き食べながら年越しをすることが出来たら、もうそれでオレの2023年は多分OKだ。

そこを目指して、あと一息頑張るです。

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2023年12月24日 12:16 CAT :

ザ・ブラックメイジーズの逆襲

チョッと前に、YOUTUBEだったか、テレビのドキュメンタリーだったかで、7秒前の記憶を忘れると言う障害を持った女性の話を見た。

7秒前に起こった事を記憶できないので、日常生活ではずっと手帳にメモを残し続けているらしい。

何か、そう言うネタを昔「時効警察」のドラマの中でも見た気がするな。

「世界5分前仮説」と言うものがある。

このブログで書いた事あったっけなと思って調べてみたら、一応書いてた。

流石、記事数3000は伊達じゃないです。

一応以前の記事はこちら⇒【神々のゲップ~前編~

もう10年前だって。

怖いですねぇ~。

で、だ。

要するにこの世界が5分前に出来た。この世界が5分前には存在しなかったと言う事を証明することはできないと言う哲学的な考え方の一つなんだけども。

この記憶障害の女性は、5分どころか7秒前に自分が行った行為や、言動、起こった事象を記憶しておくことが出来ない。

相当恐ろしい話のような気がしないでもない。

今、目の前で話している人が誰なのか割らなくなって、いつの間にかそこに知らない人がいると言う感覚なのだろうか。

繰り返していくと少しずつ覚える事は出来るらしいけれども、それでも相当数繰り返す必要があるんだって。

例えこの世界が5分前に出来たとしても、それ以前の記憶を持っているから何とかやっていけるんだろうね。

もし、5分前に出来た世界において、その5分間の記憶しかなかったとしたら、どんな世界が見えるんだろう。

思考を繰り返す事は楽しい反面、怖くなる。

いつか戻れなくなってしまったらどうしようと言う不安に襲われつつ、年の瀬を迎えております。

おわり。

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2023年12月23日 12:53 CAT :

時々遊びに来る兄さんと近所の小学校の鉄棒で10万回は回る話

ヒストリエの新刊・・・出なさ過ぎじゃないだろうか。

確か、単行本作業に入るので休載しますが、昨年の夏ころじゃなかったんだろうか・・・

今年はなんか嫌な訃報が多かった事もあって、続報が無い事が心配でしょうがない。

オレは雑誌の方で追ってないので良く分かってないけれども、単行本11巻以降の連載分だとどうも2冊分ほど溜まっているらしい。

だとしたら、もしかしたら12巻13巻同時発売と言う事で、いつもの2倍単行本作業があったとか、そう言う話なのかもしれない。

いや、きっとそうに違いない。

来年の春頃に、2巻同時発売とかになるんだ。

そう信じさせてほしい。

岩明先生も64歳・・・まだ64歳とか全然若いし大丈夫でしょ。と言うには、昨年から今年にかけて訃報が続き過ぎてるんだよ。

何卒、お体ご自愛いただきつつ、無理のないペースで続きを書いてください。

オレから言えるのはそれだけでございます。

ハンターハンターは、先日のテレビで最終回を見たので、「あぁ~そう言う話か」と言う事で、無理やり納得させることにします。

いや、連載再開はもちろん心待ちにしているんだけれども。

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2023年12月22日 12:51 CAT :

あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その24

2023年に「ひとときの暗がり」第1部に蹴りをつけたい。

無事、最終話をアップ出来たので、こちらの裏話の方も一気に書いてしまって、心機一転第2部の制作に取り掛かる所存でございます。

と言う事で、しばらく間があいてしまうので、その間少しでも多くの人を繋ぎ止めておきたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきますよぉ!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第30話「携帯電話」の話。

この話について、以前チラッと書いた通り実際とかなり内容に剥離がある。

詳しくはこちらから ⇒ 【あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~番外編

記事の通り、高校1年生の段階のオレが、黒崎先輩と夜中に色々お話していたのはメールではなく、電話での通話。

それをしょっ中、2時間とか3時間とかやってたんだよ。

この頃の日記には、親から「電話代が高い!」と注意された的な事まで書いていた。

何やってたんだか・・・

ただ、内容については割とそのままだったような気がしている。

まぁ、この辺りの電話での内容が第2部以降の話の伏線にちゃんとなっていると言う所が、何とも良く出来た物語ですよ。

実話だけれども。

ほらあれだ。

事実は小説より奇なりと言う奴だ。

(↑)上記の事情により、1年ズレたけれども、オレが高校生の頃に購入した携帯電話が、お礼絵でも紹介したp209isと言う機種。

この機種が実に心地よかったため、この後、スマホでエクスペリアを買うまでの間、ずっとパナソニックのシリーズのみを使い続けていた。

その中でも特に思い入れがあるのはやっぱり一番最初に購入したp209isなんだよな。

この機種にプリインストールされたモグラたたきのゲームとか、ホントメッチャ遊んでたよ。

あと、嫁と付き合い出してから、嫁との通話用に用意したもう一つの携帯電話は確か東芝のシリーズで、その携帯で「くーまん」ってやつを育てて遊んだこともなぜか覚えている。

「くーまん」参考画像

と言う事で、あと1話分結構すぐに更新します。

では、また次回。

この記事を見てみる  ⇒
2023年12月21日 12:41 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第5段「命→ちんこ→子犬→沼→まんこ→こま→まんこ」

先日、NHKでやってた「プロフェッショナル仕事の流儀」と言う番組で、宮崎駿特集をやってた。

「君たちはどう生きるか」はホント面白かったなぁ~と言うのと、ラストにあえてナウシカのカットを入れると言う事は、次回作はいよいよ「ナウシカ2」ですな。とか。色々思う番組だったと思う。

ただ、あれは「君たちはどう生きるか」の制作ドキュメントじゃなくて、岡田斗司夫が散々言ってきた「宮崎駿・高畑勲・鈴木敏夫の3PBLもの」をいよいよ包み隠さず世間公表しただけと言う感じだよね。

いや、その側面からでも十二分に面白かったけれども。

その一角である高畑勲監督が亡くなってしまったためか、番組の中でこれでもかと「死」について語ってた。

まぁ、宮崎駿も御年82歳だっけ。そりゃ「死ぬ事」もさすがにオレよりもっと身近になってるよなぁ。

でだ。

なんと18年前にまだまだ超絶青二才のオレが、命について語ってみた何とも青臭い記事を見つけた。

そのままでも良いんだけど、流石に18年も前となると、青臭すぎて恥ずかしいなんてものじゃないので、いつもより多めに加筆修正しております。

あぁこっぱずかしぇあああああああえええ!

ちなみに本文に出てくる「奥山貴宏」と言う人について、自分で全く記憶にないんだけど・・・どうも、当時テレビで取り上げられた、若くしてがんに侵されつつも懸命に生きた人らしい。

でも、こういう形であれ生きていたことが残っていると言う事に対して、少しだけ羨ましくも思う今日この頃・・・

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先日、日本テレビの「ジェネジャン」って番組で、「命」特集をしてた。(ジェネジャンと言う番組についての詳細はこちら

またまた随分と深いテーマでやるもんだなと思ったけど、取り合えず見てみる事に。

正直どうでも良かった。

なんか、甘ったるくて、ダル~い感じ。

でも、番組後半の「奥山貴宏」って言う人のドキュメントは凄く良かった。

オレは、軽く泣きそうになってた。

番組最後の「この人の死を無駄にしないためにも、皆生きていこう」みたいなしめ方は鼻に付く感じだったけれども。

以前、まだオレが教員採用試験の勉強をしてた頃に、過去問で「生徒に『生きる』を教えるにはどうすれば良いか?」と言うものがあった。

どうせ、そんじょそこらの凡庸な奴らは「大切な命を守っていく事」とか、「たくさんの人と出会い成長していく事」とか、「親からもらった大切な時間」とか言うんだろうと思う。

まぁ、それも間違いじゃない。

それぞれにいい解答なんだよ。そして、求められる解答なんだよ。

でも、それで本当に「生きる」がなんなのか分かるんですか?ね~皆さん?と、声高に言いたい気持ちもある。

要するに、全然具体性が無いような気がしませんか?と。

この時オレが実際に提出した解答は「死んでみればいい」だった。

少し語弊があるかも知れない。

詳しく書くと、死んだら出来なくなる事を考えていけばいい。それが出来る事が「生きる」って事だよ。みたいな感じ。

凄く分かりやすいと思う。

それでもイメージ掴めないんなら、手首を切るなり、体を殴るなりの自傷行為をやればいい。

痛みを感じる。

血が流れる。

怖くなる。

それが「生きる」って事だ。

自殺するんじゃない。

生きてる事を認識するのです。

手首って、切って死のうと思ってもなかなか死ねないものだから安心して切るんだ。

バタフライナイフで、ざっくり手首半分以上切り落としても生きてたヤツだっている位だから思いっきりやればいい。

最近流行の「練炭」や「首吊り」、「薬」、「飛び降り」なんかは絶対ダメだ。あの辺は、「生きている事」を実感できないまま、本当に死んでしまう。

死んだら意味が無い。あくまでも、「生きる」事について考えるための行為だから。

こんな解答を提出したオレに対して、この時の教授は「君は教師には向いてないね」と言ったように記憶している。

至極同感。

オレも教師は無理だと思う。

一応言っておくけど、まぢで自傷行為に入ってもオレは責任は取らないよ。

もちろん本当に死んでしまっても自己責任。

そんなもの、自傷行為でもやらないと生きる事が認識できない奴が悪いと思う。

生きてるんだから、それで良いじゃないか。

良いじゃないか。

良いじゃないか。

要するにそう言う事なんだよ。

知らんけども。

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2023年12月20日 17:56 CAT :

泡沫の泡にすがり沈み溺れる最後に見たまどろみにも似た風景

ダメだと思う時は

実は本当にダメな時ではなくて

ダメだと思いたいほど心が疲弊している時

心が疲弊していなければ大抵の事はダメだと思わない

心が疲弊し過ぎていても大抵の事はダメだと思わない

いつか誰かの言っていた言葉に耳を傾けることが出来れば

それだけで乗り切れる時もきっとある

夜になり暗くなる

時間の流れに抗いたいほど追い詰められた最後に出てくる

縋るものさえ持たないまま

最後に溢れ出てきた希望のようなもの

それはおそらく蜃気楼

もしくは洸中花

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2023年12月20日 12:05 CAT :

頑張れ若者 負けんな若者 立ち上がれおっさん

宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」の中で、カプローニさんが「創造的人生の持ち時間は10年だ」と言ってた。

これをつい最近までは「才能が枯れた」と言われるようになるまでの期間が10年だと言う意味で解釈してきた。

でも、先日のエンジンコータローさんの件を見て思い直したんだよね

きっと10年以上続ける事は至難の業なんだ。

10年以上続ける事が出来るとすれば、それは自分のうちから溢れてくる創造的人生ではなく、外部的な要因に引き出してもらうしかない。

その上で、10年を超えても尚自分のうちから溢れてくるものを信じて戦い続ける事は本当に神業。

エンジンコータローさんはそれを体現している稀有な例なんだと思う。

ホントカッコいい・・・

Xで、知らなかったとはいえ、中学生とか高校生の子をフォローしてしまってる事がある。

その子たちは、この創造的10年の最初の段階なんだと思う。

凄い熱量で創作活動を楽しんでる感じがして、見てて自分の子ども頃を思い出してニヤニヤしてしまう。

ただ、このまま全く目が出ないまま20年が過ぎてもこの熱量のまま漫画を描き続ける事が出来る奴がどれだけいるのか・・・と言う、チョッと意地の悪い見方も出来てしまうんだよね。

逆に、40~50代になって、少し身辺が落ち着き、また漫画を描こうと筆を取った人もたくさんいる。

そう言う人は心から応援したくなる。

「明日死ぬとしてもやり直しちゃいけないって誰が決めたんですか」

古畑任三郎のこの回はホント素敵だよ。

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2023年12月19日 12:25 CAT :

もう大丈夫と信じて振り返る 改めて「お家を建ててみよう」 第2章~土地を購入すると言う事

何か思ったより間があいてしまったけど、第2章を書いて行きます。

土地関係に関する裁判もいよいよ大詰め。

弁護士さん的にもこれまで経験したことのない、想定の斜め上を行く展開だと言う事なので、漫画にしたらそれはそれで面白いと思ってるんだけど、まだ終わってはないので、今しばらくは描けないよなぁ~。

ただ、家の方は本当に全て順調で、いよいよ今週引き渡しを迎えることが出来ました。

流石にもう大丈夫だろうと言う事で、「お家を建ててみよう」と思い立ったおっさんが実際にお家を建てるに至るまでの3年に渡る経験談を、複数回にわたってお話していきたいと思います。

少しでもこれからお家を建てたいなと思っている人の参考になったら嬉しい。

ただ、実際に自分が行ったり経験したり思ったりしたことを誇張せずに書くつもりなので、あくまでオレの個人的な感想と考え方。

全く参考にならなかったらごめんなさい。

一応、過去のアーカイブのリンクもまとめておきます。はい。

第1章~一戸建てかマンションか。賃貸か持ち家か

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

 

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↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

土地を買うと言う事について。

これがオレにとって一番問題の発生したファクターだった。

詳しくはこちらを読んで欲しい。

まだ擦るよ・・・

土地を手に入れると言う事自体が実がディモールト面倒くさい。色んな兼ね合いが複雑に絡み合ってる。

自分がここに家を建てたいなと思ったとしても、その通りになる事なんてほとんどない。

一番簡単な方法は、不動産屋さんが区画整理した住宅地を買う事。これなら起こりうるほぼ全ての諸問題を解決した上で、その分割り増しの価格で土地を購入することが出来ると思う。

ただ、オレは(と言うか、うちの家族は)そう言う住宅地で住みたくなかったんだよ。

周りに誰もいないようなところを希望してた。

そうなると話が変わってくる。

まず、元々住宅地ではなく、農地の場合が多い。(特にオレが住んでいるようなド田舎では)

農地の場合、それを家を建てることが出来る住宅地に転用しなければいけない(いわゆる農地転用と言う奴)んだけど、農地転用するためには、区画のうち2辺が道路に面していないといけなかったり、土地の前に広い道が付いていたり、その場所が農業推進地域でなかったりと、とにかく制限が多い。しかも、農地転用せずに農地のまま販売する場合には、農家にしか売ってはいけないと言うルールもある。

田舎では高齢化でもう田んぼをすることが出来ないけど、(↑)のような事情で売る事も出来なくて困ってるおじいちゃんおばあちゃんがいっぱい居て、荒れ地と化している元田んぼが、それこそ1坪1000円とかの価格で売られている。

オレは元々そう言う所を希望していたんだけど、希望しているところは悉く農地転用できない場所ばかり。

そして、やっと見つけた土地は、何も知らないヤツは良いように吹っ掛けてやろうと言う不動産屋が所有していた土地だったため、トラブルに巻き込まれてしまった。

素人が、「ここの土地荒れ放題だし、買えないのかな?」と思ってもまず手に入れる事は出来ないと覚えておいた方が良い。

じゃあ、なぜ、今回は土地売買がうまくいったのかについて。

一番大きかったのは、実際その土地の所有者のおじいちゃんと知り合うことが出来たことだと思う。

前の一件で、いきなり不動産屋さんに連絡する事をためらったオレは、いきなり現地を無許可で勝手に見に行った。

その時、たまたまその土地の草刈りに来ていた所有者のおじいちゃんと話をすることが出来、連絡先を手に入れることが出来た。

一応書類の不備などがあってはいけないので、不動産屋さんと司法書士さんは通したけど、オレが直接所有者さんと話が出来ると言う事だメッチャ大きく、当初よりかなり好条件で土地を購入することが出来たんだよね。

しかもおじいちゃんがこの土地を持て余していて、早く処分したかったと言う事情もあって、「買ってくれるなら、あれもつける。これもやる」とかなりの事をやってもらえたんだよ。ありがたやありがたや。

もう一つ今回オレがやった事としては、入ってもらう不動産屋さんについて、契約前にかなり念入りに話をして、ついでに「前に不動産屋さんとトラブルになって裁判している」と言う事まで全て話した。

その上で、契約前に契約書の写しを貰い、知り合いの司法書士さんやハウスメーカーさんに契約書の内容におかしい所が無いか全てチェックしてもらい、且つ、スケジュールの延期があった場合の罰則と賠償金についてとか、契約終了後問題が発生した場合の具体的な補償内容を、契約書に明記してもらい、きっちり詰めてから契約を交わした。

今回の場合、業者さんも良い人だったし、所有者のおじいちゃんもめっちゃ良い人だったので、その辺りの事は何の意味もないまま、滞りなくスムーズに売買出来たんだけど。

最初の土地購入の時から、この2つをやっていれば、不動産屋がどれだけポンコツの悪徳業者だったとしても、うまく立ち回れたかもしれない。

長くなってしまったけど、最後にまとめ。

もしこれから、整地された住宅地ではない土地の購入を検討している人がいた場合には、絶対にやってもらいたいのは下記の2点。

●契約前に契約書を持ち帰り、そっち方面に詳しい人も交えて内容を検討する事。(その際に、滞りなく進まなかった場合の賠償についてもしっかり明記してもらうまで契約しない)
●(不動産屋さんは嫌がるけど)所有者の人も交えて契約を進める事。

ただし、土地自体を不動産屋が所有している場合もある。

その場合は法務局に行き、不動産屋以前の土地の所有者を調べておいた方が良いと思う。

オレも前の時、これをやって先に自治体の土地改良区から土地の話を聞いていれば、問題が起こる前に手を引くことが出来ていたと思う。

土地だって、何百万、何千万円と言うたっかい買い物。

オレみたいに、無知だからと言って、業者に良いようにされて、変な条件で無駄なお金を使う人が一人でも減ってくれれば何よりでございます。

と言う事で、めっちゃ長くなってしまったけど、今回はこの辺りで。

次回「ハウスメーカー巡り」をお送りいたします。

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2023年12月19日 9:49 CAT :

いつか見える終わりの風景を刻み込む余白を黒く塗りつぶす作業

嫌なものを見なくていいように目を潰した

何も見えない世界が広がる

ひと時の安堵が訪れた

しばらくすると、それまで見えていた嫌なものばかりが頭の中をぐるぐると回り始めた

もう何も見えないのでその嫌なものはいつまでも変わることない

回り続ける

回り続ける

回り続ける

回り続ける

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる

そして初めて目を潰してしまったことを後悔しました

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2023年12月18日 12:02 CAT :

エンジンコータローのカッコよさを早く誰かに伝えたい

先日、「水曜日のダウンタウン」でやってた「スベリ-1グランプリ」。

あれ、視聴者の皆さんはクッソ詰まらない芸人さんの滑りまくる様を見て、背筋を凍らせていたんだろうか。

オレも正直見ててきっついなと思ってたよ。

これを2週にわたってやるとか、いよいよ狂気の沙汰だと。

ただ、優勝したエンジンコータローさんのネタバラシされた後にはなった「いや面白いでしょ」と言う一言を聞いた時、メチャクチャこの人がかっこよく見えたんだよね。

このシーンだよ。このシーン。

逆張りするほど中二病拗らせてる訳じゃあないですよ。

他の芸人さんと違い、自虐でもなく、活舌が悪い訳でもない。

ちゃんと自分の面白いと思う世界観をしっかり伝えた上で、一番面白くないと言う烙印を押され、それでも「いや面白いでしょ」と言えるこのエンジンコータローさんのカッコ良さよ。

オレが学生時代、オレの周りには漫画を描いてるやつがいっぱい居た。

どう考えてもオレより才能がある奴ばっかりで、中には実際に同人誌出して、コミケである程度売れる位の奴や、投稿して賞を取った奴もいた。

あれから20年近い時間が流れ、関係が切れたヤツもいるけれども、近況をオレが知っている奴で、今でも漫画を描き続けている奴は誰もいない。

結局、あの当時漫画を描いてたヤツの中で、本当に漫画を描くのが好きで、自分の世界観を表現するために漫画を描いていた奴なんていなかったんだと思う。

承認欲求を満たすための手段として漫画を選んだだけで、そこで承認欲求を満たせなくなると、皆描くのを止めてしまった。

オレだけがあの頃と同じテンションで、誰からも読まれないへっぽこ漫画を描き続けている。

漫研部の人に、オレの漫画を会報誌に載せたくないと言われたこともあった。

編集部の人にこの画力でよく漫画を描き続けていられるねと言われたこともある。

まだ新都社にマロンが存在していたころにはcold四天王の中でも最下層と評価されてた。

それでも、いつどのタイミングでもオレは自分の描く漫画がめっちゃ面白いと思い、そして、当時の仲間が全員描かなくなった今でも、一人漫画を描き続けている。

いったい誰が、このエンジンコータローさんを馬鹿にできると言うんだよ。

オレと同じだと言うのはおこがましいけれども、オレはめっちゃ尊敬してしまったよ。

めっちゃカッコいい人だよ。まぢで。

何か分からんけど、勝手に勇気をもらった。

多分、オレはこれからも誰にも相手にされなくても漫画を描き続けるんだろうな。と。

それこそ死ぬまで。

そんな気がする今日この頃。

12月も「風を切る日々」の原稿完成しました。

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2023年12月17日 12:06 CAT :

かっこいい初めて見る様なジャンパー

「時間が無いから出来ない」と言う言い訳を止めたいと思ったのは、今年の3月頃だったか。

到底無理だと思ってた「ブログの毎日投稿」をやると決めた。

そのまま、ホントに毎日投稿を続けられてまま2023年が終わろうとしている。(・・・沖縄旅行中はストップしてたけど)

実はこれを契機に今年1年時間の使い方についての考え方が少し変わったような気がする。

その結果、漫画を描いたり、小説を描いたりする時間も出来た。

お仕事の時間を減らしたわけでもなく、これまで通りの生活をしているのに、今年は例年にない位創作活動もお楽しみできた。

それも、家を建てると言う人生の一大イベントをこなしつつだ。

では、無理だと思ってた生活の中でどうやって時間を捻出したのか。

実際にやった事(↓)

〇時間が無いから出来ないと言う考え方を捨てる
〇やりたい事(と言うか絶対やると決めた事)をリスト化する
〇リスト化したものを実行するための時間を確保する
〇残った時間にやらないといけないお仕事などの時間を当て込む
〇残った時間に別にやってもやらなくても良い事を当て込む
〇残った時間に更にやってもやらなくても良い事を当て込む

以下その繰り返し。

たったこれだけ。

これで意外と出来てしまうもんらしい。

この話を非常に分かりやすく解説してくれた動画を見つけた(↑)

また機会があったら、ぜひ見てくださいな。

1日を48時間にしてほしいなと言う気持ちは今も持ってるけど、24時間を大切に使うと言う事も重要かもしれないと言うお話。

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2023年12月16日 12:24 CAT :

フェティシストの兄さんはいくぢなし

先日、近所のファミレスでご飯を食べてた時の話。

ふと駐車場に目をやると、おじいちゃんがうつぶせになってぶっ倒れてた。

横でもうお一人のおじいちゃんがオロオロしてる。

ぶっ倒れている方のおじいちゃんはピクリとも動かない。

凄く嫌な予感がして、気が付いたら外に飛び出していた。

事情を聞くとストッパーをかけてなかった手押し車に寄りかかってしまい、こけてしまったらしい。

ただ、至る所を擦りむいているし、手が変な方向に曲がっていた。

これはチョッと良くねえなぁと思って、救急車を呼んで、店員さんからタオルを貰って、あと雨が降り始めてたから傘をさしてあげた。

あとは、どうする事も出来なくてオロオロ・・・

しばらくすると救急車がやってきて、おじいちゃんは運ばれていった。

意識もあったし、多分大丈夫だろう。多少怪我はしてるだろうけども。

高齢化社会日本において、田舎の高齢化は尋常じゃなく深刻になってきてる。

自分でおっさんだと思ってるけど、オレなんてまだまだ若造の部類なんだよな。

結局今回に関して、オレは介助らしい介助は何にもできなかった。

けど、困ってるおじいちゃんを見て、とっさに体が動いただけでも自分で良しとしよう。

あら~とか言いながら飯食ってた隣の席のおばさんや、うわ~とか言いながらその横を通り過ぎて店に入っていったサラリーマンの集団よりは良いじゃないか。と。

ここ最近、女性にAEDを施すかどうか問題が色んな所で議論されている。

今日ぶっ倒れてたのが若いお姉ちゃんだったらオレはどうしただろうか。

まぁ、今日の場合は、誰がとか、そう言う事考える前に「やばい!」と思ってとっさに飛び出していったので、多分若いお姉ちゃんだったとしても同じことをしていたか。

あと多分だけど、田舎のお姉ちゃんは介助したとしても、訴えられないんじゃないだろうかとか勝手に思ってたりもする。

それは分かんないか・・・

人助ける時に、そんな事を考えないといけないとか嫌な時代になったもんですな。

おっぱい見られるくらいなら死ぬ。と言うなら、その意思も尊重してあげても良いのかもしれない。

本当にそれでいいなら。

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2023年12月15日 12:06 CAT :

あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その23

第1部完結まで残り2話。

何とか年内に完結させることが出来そうで良かった。

そろそろ、2部のプロット作り始めたい所なんだけど、師走の忙しさに今年は、新しいお家への引っ越しなどもあってアホみたいにバタバタしている。

そのこと自体は、ありがたい事この上ないんだけど、それはそれとして、引っ越しして落ち着いてからになるかなとは思っております。

まぁ、それはそれでしょうがないよね。

まずはあと2話お付き合いいただけるように、邪な心意気で今日も今日とて書いていきますよぉ!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第29話「解散ライブ」。

先日の記事で、日本語の美しさをさもありなんと語っておきながら、自分の文章を読み直すと、まぁ小汚い事この上ない。

もう少し精進しないといけないなとも思っているんだけども・・・

この解散ライブの話については、ホントにほぼ何も記憶にない。

ライブに向けて、練習もしたはずなんだけど全く練習した記憶もない。

唯一覚えていたのは、守山部長の大学受験とライブの日が被ってて「受験止めようかな」と言い出したのをオレとタクヤで必死で止めた事くらい。

セットリストもGLAYのコピーをやってたらしいけど、記憶にはない。

記録に残ってただけ。

オレ自身がコピー曲に対して価値を見出してなかったからと言う理由だけではないような気がする。

このライブの頃、ホントに毎日をふわふわ生きてたんだよ。

総文祭と、ホールライブを終えた事である意味自分の中で燃え尽き症候群のような状態になってたんだと思う。

再び燃え始めるのは、第2部以降。

と言う事で、このやる気のない状態のままのんべんだらりんと残された時間を無為に過ごしてしまったどうしようもない局長のポンコツ具合をあと2話ほどお見せすることになってしまう。

その点は至極申し訳ないと思ってる。

ただ、ここを割と詳細に書いておかないと、今後のお話につながっていかないと言う事もまた事実。

人生は決して突発的な出来事だけで構成されてはいない。

常に原因があるから結果がある。

因果律と言う奴でございます。

1話が長いのでホントに申し訳ないけれども、残り2話お付き合いいただけますとうれションします。はい。

では、また次回。

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2023年12月14日 12:13 CAT :

彼は世に類もあらぬ厭人病者であった

日本には元々「恋愛」と言う言葉が無かった。

恋愛と言う概念が初めて日本で初めて認識されたのは明治時代に入ってかららしい。

近代日本文学の大家「夏目漱石」が、海外の小説を翻訳する時「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳すように指示したと言う話が、嘘か真か伝わっている。

真偽は置いておいたとして、このニュアンス自体は日本人なら凄く良く分かると思う。

夏目漱石はさすがにセンスがあるな。とも思うんだけど、それ以前に、日本の文化として「君が好きだあああ」と言う感覚自体があまり存在しないんだろう。

日本人にとって、「愛」と言うものは凄くなじみが薄い。

と言うか、ピント来てる奴なんて実際に存在してるんだろうか?

でも、「愛情」と言われると、意外としっくり芯を食う事が出来るような気がする。

色んな本を読む。

マンガばっかり読んでる訳じゃあないんですよ。

その中で、この上記のようなキレイな日本語が最近めっちゃ減ってきてる気がしてならない。

これは文法の話をしてる訳ではない。

文法で言えば、「君を愛しているんだ」と言う事も「月が綺麗ですね」と言う事もどちらも間違っていない。

でも、美しい日本語の流れと言う意味で考えれば「月が綺麗ですね」の方が圧倒的に当てはまる。

そう言う話。

オレが、これまでに読んできた全ての小説の中で最も心を打たれたのは江戸川乱歩の「蟲」だと言う事は、このブログでも何度も書いてきた。

もうパブリックドメインになってるので、気にしないでここでチョッとだけ引用(↓)。

醜く朽ちてしまった木下芙蓉を前にどうする事も出来なくなって、ふらふらと街に出た柾木愛造の行動を描いた「蟲」の中でもオレが一番好きな一節。

どこをどれ程歩いたのか、彼には少しも分らなんだけれど、三十分も歩き続けた頃、余りに心の内側ばかりを見つめていたので、つい爪先がお留守になり、小さな石につまずいて、彼はバッタリ倒れてしまった。痛みなどは感じもしなかったが、その時ふと彼の心に奇妙な変化が起った。彼は立上る代りに、一層身を低く土の上に這いつくばって、誰にともなく、非常に叮嚀なおじぎをした。

社会から断絶した生活の中、心の中では自らの行いを悔いつつも、それを表立って表現する事さえできなかった柾木愛造のこの行動。

どうしようもない深い哀愁。

オレが最も美しいと思う「ものの哀れ」とも言うべき情景がありありと伝わる。

この一節だけでオレの涙腺は緩くなってしまうんだ。

日本語には、世界のどの言語にもない奥深さと情緒がある。

それを知るべきだと思う。

この浅野忠信版の映画もなかなかいい味出してるよ。

娘が少し前に学校の授業で百人一首のお勉強をしてた。

持統天皇の有名は歌「春過ぎて 夏来にけらし 白たへの 衣干すてふ 天の香具山」とかも、ホント美しい日本語だよね。

ちなみにオレが一番好きなのは「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」。

調べたら光孝天皇の歌だった。

正に平安時代の「I love you」だわ。

皆様、美しい文章を読みましょうね。

この方が光孝天皇だそうです。

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2023年12月13日 12:34 CAT :

貴方は僕にとっての永遠のヒーローでした

今年は本当にミュージシャンの訃報が多い・・・まぢで多すぎる。

その中には、ぶっちゃけそこまで聴いてなかった人もいるんだけど、「頭脳警察」のPANTAさん、「BUCK-TICK」のあっちゃんはさすがにこたえた。

どこからでもやり直しは出来るだろう・・・ホント素敵な曲だ。ううう・・・

他にも、YMOがもう細野さんだけになったのか・・・とか、YOSHIKIとTOSHIがケンカしてる間にHEATHが居なくなったじゃねえか!アルバムどうすんだ!とか、今年はどう考えても多い。

そしてその都度やっぱりしょんぼりする。

しょんぼりするけど、もう正直に言うと、実は、犬神サアカス団からジンちゃんと情次にぃが脱退した時の方が絶望の度合いは大きかった。

あと、筋肉少女帯は別に誰が脱退しても、また戻ってくるだろうからあんまり気にはしないと思う。

その辺のお話はこちらから【犬神サアカス團とtime gose byのお話し

音楽は人生を彩ってくれる。

人生の要所要所には音楽が絶対的に存在する。

高校生の頃、失恋して泣きながら聞いた真心ブラザーズの「流れ星」。

大学生の頃、全く前が見えなかった絶望に一筋の光が射した筋肉少女帯の「ベティー・ブルーって呼んでよね」。

サラリーマンになって、会社でズタボロにされた夜の車の中で聴いてた犬神サアカス団の「華麗に舞え」。

他にもいっくらでも挙げられる。

人生の節目には本当に必ず音楽があった。

思い出と一緒に、好きだったアーティストさんの訃報に悲しみを語っても良いじゃないかと思う。

ただ、何なんだろう・・・

頭脳警察もBUCK-TICKも大好きだったんだけど、オレごときがファン気取って悲しみを述べるのは違うような気がしてしまう。

正直な話、人生の節目において、狂ったように縋り続けてはいなかった。

オレにとっての筋肉少女帯や犬神サアカス団の様に、BUCK-TICKを愛していた人を差し置いて、オレが偉そうに悲しむのはどうなんだ。と。

いや、実際はそんなことどうでも良いんだろうけど、何となく個人的にそう思ってしまったんだから、もうこれはしょうがない。

そんな話ですよ。

オレが本当に泣き崩れるような人達も、もういいお年。

出来る限り長生きしてくださいませ。

家族・親族以外で、本当に泣き崩れたのは今のところ三沢光晴だけかな・・・。

この時は、東京のディファ有明まで献花しに行って、リングの前で号泣した。

周りもみんな号泣してた。

まぢで、三沢はオレのスターだったんだよ。

うむ。

取り留めのない話になってきたな。

今日のところはこの辺で。

未だにスパルタンXを聴くと涙腺が緩みます。

入場シーンカッコいいよなぁ。

この時のGHCヘビー戦、テレビの前で涙が止まらなかった。

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2023年12月12日 12:12 CAT :

何か話してと頬濡らす子どもの死に様

自分で作った曲が世界で一番好きと言うくらいにはナルシストです。

時々思うのは、めっちゃ良い曲だと思うんだけど、他の人はどう思ってるんだろうと言う事。

マンガについては、何となく分かる事がある。

オレは自分の書いたマンガが世界で一番好きなんだけど、同時にダメだと言う事も分かっている。

オレが自分で描いたマンガを素晴らしいと思える理由は、元々脳内にある情報や情景によって補填作業が行われているからなんだよ。

では、音楽ではどうなんだろうか。

客観的に見ると言う事はもう無理無理マイマイカブリだとしても、個人的にはこの補填作業をほとんどせずにいい曲だと思ってる。

漫画については新都社さんのお力添えで公開する事が出来た。

それなのに、更に良いと思ってる音楽についてはホントにほとんどの人に聞いてもらったことないと言う気持ちもある。

ミュージシャンになりたいわけではない。

バンドを組みたいわけでもない。

聴いてもらいたいだけなんだよ。

で、どうすればいいのかなと考えたところ、音楽の場面描写を数枚のイラストにして、それを基に音楽を聴いてもらうと言う動画にするのはどうだろうか。と。

これが、今年の3月頃に甘納豆先生との「ぬとらじ」でチョッと語った「場末の紙芝居」と言うアイデアだったりする。

その辺の話はこちらか【闇夜が妖しくお前を隠す

来年あたりから、これもマジで始めたい・・・

やりたい事が無限に増えてくる。

誰か、まぢで1日を48時間にしてくれ。

32時間でも良いから・・・

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2023年12月11日 12:50 CAT :

安らぎはひと時の暗がり

先日、インスタの方でアップした動画で「何アホな事言ってんの?飛行機に決まってんじゃん」と、ご尤もなご指摘をまぁまぁたくさん頂いた。

「日本もここまで堕ちたか」と言う、こんな末端を生きるおっさんのインスタ見て日本の現状を憂う憂国の志士まで現れてしまった。

うむむむ・・・

何か色々難しいよなぁ。

オレはオカルトなお話でお金を稼ぎたいわけじゃあないし、ただ、自分が思ったことや感じたことをツラツラ描きたいだけなんだよ。

興味ある人とひっそりやり取りしたいだけなんだけど、なぁ~んか昔から横やりが入る。

これは、学生時代からあったんだけど・・・これやってる人って何が目的なんだろう。。

オレは、価値観を押し付けるつもりは毛頭ないし、そもそも信じてくれとも思ってない。

今回の事についてとか「嘘を吹聴して洗脳してるヤツが居たから、正確な情報で正してやった」と言う事なのかなぁ・・・

オレの言う事になんて1ミリも影響力ないし、そもそも誰もまともに聞いてないから洗脳なんて出来ないって。

どうせならドラゴンスクールとかやってて、もっとちゃんと凄い影響力あるシンゴさんとかに突撃してくれ。

おっちゃんは、面白おかしく日々を過ごしたいだけなんだ。

と言うのは難しいお話なんだろうかな。

何が言いたいかと言うと、たま出版の韮澤さんは凄いと言う事ですよ。

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2023年12月10日 15:36 CAT :

足音だけがいつの時代も背後まで追いついている事を知る勇気など持てるはずもない

当たり前にできる事があった

当たり前にできるのだから、やり方を考えたことなんてなかった

ふと立ち返り、やり方を考え始める

冷静に考えると、それは当たり前にできるはずのない事だった

その事に気付いてしまったその日から、それは当たり前ではなくなった

そして、出来なくなってしまった

立ち止まり振り返る事で退化する事がある

何もできない

どうする事も出来ない

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2023年12月10日 12:29 CAT :

うんこに行きたいのを我慢して急いで書いたお話

先日のこの記事で紹介した本(↓)

引き続き、読んでおります。

で、過去に自分の書いたマンガで、自分でも特に面白いと思ってた箇所であったり、面白いと思ってたのに、実際公開してみたらイマイチ反応がなかった箇所であったりと重ね合わせてくると、ビックリする位内容が腑に落ちる。

あぁ~なるほど。

確かに本当だ。

目から鱗とはまさにこの事。

うんうん唸って色々描いてみて、あとから読み直して「めっちゃ面白いやん!」ってなるところと「なんか面白くないな」と思う所があったんだけど、その理由さえしっくりきた。

いや、これは凄い本ですよ。

でだ。

その上で、今描いてる「風を切る日々」のネームをチョッと見直してみた。

今51話の原稿描いてるんだけど、一応54話までのネームは出来てる。

出来てるんだけど、ダメな気がしてきた。

一応再開後4話くらいの展開は良いと思う。丁度今描いてる51話までは。

ただ、ここから先の展開がダメなんだよ。

(↑)の本で言う所の内容省き過ぎと、設問なさ過ぎ問題が物凄く気になり始めた。

多分次の52話とか、この話自体を2話に分けて、更にその前に「設問」に相当するくだりを足した方が良いような気が悶々している。

51話描き切ったタイミングで、丁度、年末年始のまとまったお休みが取れると信じて、ここから次のお盆までに描く内容をもう一度精査してネームを作り直そうかなと思っております。

どうせ、オレがそんなところこだわったって誰も読みはしねえよ。とか、そう言う話じゃなくて、少しでも面白い漫画を描きたいんだよ。

そんな良く分からない矜持のもと、残り少ない今年も、そして来年も創作活動を楽しんでいきたい所存でございます。

はい。

まだ軽い人物ペン入れしか出来てないページだけど・・・

今、「うんこ行きた過ぎて」こんな気分・・・

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2023年12月9日 12:11 CAT :

かごいっぱいの食料品

なかなか色々な人生経験を積んできたような気がしている。

いや、そんなものどんな人でも人生色々。積み重ねて生きているので当たり前と言えば当たり前なんだろうけど。

オレの場合、クッソ貧乏だった時期と、意外とそうでもない時期を行ったり来たりしている。

昔はそれで良かった。

お金が無さ過ぎて、嫁と2人で、身を寄せ合って何とかその日をやりくりする日もそれはそれで楽しかったと思う。

ただ子どもが生まれてから、子どもにだけはそんな思いをさせたくなくて、一生懸命働いた。

ホント朝4時とか5時に家に帰ってきて、7時には家を出る。

休日は週に1日。それさえも、休日出勤でなくなる。

そんな生活だった。

その結果、体が限界を迎え、またクッソ貧乏な時期が訪れ、結局子どもたちには相当不自由をさせてしまった。

子どもたちは、生まれた環境がそんなものだから、別に気にしてなかったらしい。

むしろ、オレが超絶ブラック企業で、朝から朝まで働いて家に居なかった時期の方が辛かったとさえ言ってた。

まぁ、その辺のお話は擦りすぎるほど書いてきたので良いとして、最近YOUTUBEの広告で「シングルマザーの貧困で、満足に食べられない子どもたちが~」と言うものが良く流れてくる。

このタイプの奴・・・(↑)

あれマジでやめてほしいんだけど、何とかならないのだろうか。

自分の過去を抉られてるみたいで見てられない。

この辺の事については、尋常じゃなく無知蒙昧なので、こういうYOUTUBE広告とかにも意味があるのかもしれないので、変に誤解してたらごめんなさい。

別に批判したいわけでもない。

ただ、もうオレには見せないでくれ。

オレは今、子どもたちに少しでもいい暮らしをさせてあげたくて必死なんだよ。

子どもたちが、何の躊躇もなく食べたいものを買い物かごに放り込めるように頑張ってるのでございます。

頑張ってるんだから、それを誉めてくれるのは良いにしても、過去を抉るのは止めてくれ。

そう言うお話。

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2023年12月8日 12:05 CAT :

誰を傷つける訳にもいかないので薬指の爪をはぎ取りました

サラリーマンをしていた頃、勤めていた会社は今思えば超絶ブラック体質だったと思う。

で、社長さんのパワハラなどで体調を崩して・・・と言うか、おもっくそ鬱で退職することになった。(その辺りの話はこの記事で書いてる

それからしばらくは、ただただ貯金を切り崩す日々。

ホントにお金がなかった。超絶貧乏時代。

その日のご飯に悩むような日々で、子どもたちに満足なおもちゃなんて到底買ってあげられない。

当時住んでいた賃貸では、ごみの収集が無くて、週に一度自治体が運営していたゴミの集積場までゴミを持って行ってた。

ある日、ごみを捨てに行ってた嫁と娘が帰ってくるなりオレに「お父さん!凄いよ!」と言って見せてくれたものがある。

それは色あせて古びたアンパンマンの乗り物のおもちゃだった。

(↑)こんな奴。ただ、もっと色あせてボロボロだったけど。

話を聞いてみると、粗大ごみ置き場においてあったもので、職員さんに訳を話すと「どうせ捨てられたものだから持って行っていいよ」と言ってもらえたとの事らしい。

やっと歩き始めた息子を乗せたそのアンパンマンを娘が嬉しそうに押している姿を見て、「良いものを貰えてよかったなぁ」と思いつつ、そんなおもちゃすら満足に買ってあげられない自分がとんでもなく情けなくなったのを覚えている。

当時は本当にお金が無かったんだよ。

一念発起したと声高に言える訳ではないけど、曲りなりにそこから今のスタイルでお仕事を始めて、あれから10年近い時間が経った。

当時と比べれば、多少なりとも子ども達に不自由な思いはさせていないと信じている。

今建築中の家に引っ越すために、家の中のものを整理している。

もう使わなくなったものを処分していってるんだけど、その中でこのアンパンマンの乗り物が出てきた。

元々かなり古びていた上に、子どもたちが乗り回したので、後ろの押すところはバキバキに折れてしまっているし、息子が色々落書きとかもしてしまっている。

誰かに譲るなんてもうできない位に遊び倒してしまった。

先日、貰って来たごみ処理場にそのアンパンマンをお返ししてきた。

どうしても捨ててきたとは言いたくない。

本当に感謝しているんだよ。

ずっと家に置いておきたいなと言う気持ちと、お別れした方が良いんだろうなと言う気持ちがかなりせめぎ合ってて、今もこれで良かったのかは分からない。

オレがそう言う事を結構引きずる事を知ってる嫁は、オレの負担にならないようにひっそりとお別れしようとしてくれていたらしい。

今回はたまたまそれを目にしてしまったんだよ。

不義理なもので、確かにあのアンパンマンのおもちゃの存在も忘れていたしね。

「あの時、子どもたちと遊んでくれてありがとう」。

そう思いながらお別れしてきた。

今はまだ、引きずっている。

いくつになっても、こう言う事を割り切れない。

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2023年12月7日 12:03 CAT :

もう大丈夫と信じて振り返る 改めて「お家を建ててみよう」 第1章~一戸建てかマンションか。賃貸か持ち家か

書く書く詐欺にならないように、こちらの話も時々更新していきたいです。

やっと、おうち関係のお話が諸々片付いている。

ただ、裁判についてだけ終わりが見えてきたと思ったのに、まだ伸びる事が確定した・・・「不動産売買であった怖い話」第2部再開はまだ先になりそう。

こちらの第2部ですな。この画像もそろそろ擦りすぎか・・・

と言う事で、「お家を建ててみよう」と思い立ったおっさんが実際にお家を建てるに至るまでの3年に渡る経験談を、複数回にわたってお話していきたいと思います。

少しでもこれからお家を建てたいなと思っている人の参考になったら嬉しい。

ただ、実際に自分が行ったり経験したり思ったりしたことを誇張せずに書くつもりなので、あくまでオレの個人的な感想と考え方。

全く参考にならなかったらごめんなさい。

一応予防線を張っておいたところで・・・

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

 

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前置きが長くなったけど、第1章は「一戸建てかマンションか。賃貸か持ち家か」と言う話について。

そもそも論、なんで家を建てようと思ったのかと言う話についての経緯については以前書いたので詳細は割愛するけど、めっちゃざっくり書くと「自分の資産をなぜ知らんおっさんに渡さにゃならんのだ!」と言う気持ちがあったからだと思う。

今、オレは大体月10万円くらいの賃貸で生活している。

と言う事は、オレが一生懸命働いて稼いだお金のうち、年間120万円ものお金を知らないおっさん(大家さん)に渡していることになるんだよ。

見知らぬおっさんイメージ(↓)

10年住めば1200万円。

20年住めば2400万円だ。

これだけあれば、オレの住んでる田舎なら、もうそこそこ広い土地付きの家が買える。

35年ローンとか組まなくても、20年で完済できる程度のローンで自分の家が手に入るわけですよ。(もっと言えば、オレの住んでるクソ田舎では中古物件なら土地建物込みで500万くらいのものもゴロゴロある。)

しかも、当たり前だけどその家は自分のもの。自分の資産なんだ。

オレが賃貸のままで20年間、2400万円を知らないおっさんに手渡したとしても、オレにとってそのお金は何の資産にもならない。それはただの支出。

子どもたちに対しても将来的に何らかの資産を残してあげたいと思った時、例え、価値が激減しようとも、少しでも資産になるものにお金を使う方が絶対に良いと思った。

2400万で買ったものが2400万で売れるとは思わない。

でも、その土地に近くに商業施設が出来たと言う理由で、買った時の3倍で売れたと言う話だってたくさん田舎にはある。

売らなくても、もし子どもたちがお金に困った時に、戻ってこれる場所を作ってあげられるだけでも意味はあるんじゃないかと。

もちろん賃貸で住むことが全くダメだとは思わない。

見知らぬおっさんにお金を渡す代わりに、面倒くさい手続きとか、物件の手入れとかそう言う事は一切しなくても良いから。

そう言う手間をお金を払う事で省いていると言う認識で賃貸なら、全然問題ないと思う。

ただオレはは、将来子どもたちに対して、何らかのものを残してあげたいと言う気持ちがあったから、この決断をした。

実家に戻らない事が決まった時、実際嫁とかなりいっぱい話し合いをした。

その上で二人で納得した結論として、持ち家を選択したことに間違いはないと思ってる。

そこから先がメッチャ大変だったけども。

まぁ、この大変だった理由は持ち家とは全く別のベクトルの話だったので、ここでは省くけど。

あともう一つ、マンションか一戸建てか問題について。

これについては、賃貸であるならどっちでも良いと思う。

ただ、買うのなら一戸建てしかない。

自分の意志で好きにできる事が持ち家の最大のメリットだと思ってるので、結局のところ、人様の土地に建てられた建物の1室に住む権利を購入すると言う意味でしかないマンションの購入になど、何の意味もないと考えてる。

だって、マンションの所有者側が、クソだったら終わりな訳でしょ。

購入するにあたって自然災害とかではない部分で、自分でどうする事も出来ない事があると言うのは、オレにとっては途轍もないマイナスでしかない。

まぁ、そんなこんなでオレは一戸建て持ち家と言う選択をした。

これについては、マンションの方が良いと言う事はホントにないと思うんだけどなぁ。

最後にもう一つだけ。

じゃあ、持ち家の奴が勝ち組なのかと言うと絶対にそんな事はない。

あくまでも人生においてそう言う選択をした人であると言う事だけ。

だって、上記の通り、別に金銭的に言えば、賃貸でも持ち家でもあんまり変わらない。別に結婚もしてないし、子どももいないのであれば無駄にでっかい家を買う必要なんて1ミリもない。

その人の選択でしかない。

たまにいる、持ち家マウントするやととかは、考え方を改めた方が良いよね。

と言う事で、今回はこの辺りで。

次回「土地を購入すると言う事」をお送りいたします。

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2023年12月6日 12:19 CAT :

あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その22

書き終わった分を含め、読み直しながら修正更新など進めているんだけど、如何せん1話が長い・・・

書きたい事が溢れすぎて止まらなかったんだけど、だとしても、1話で6000文字とかどうなんだろうか。

何となく、「序章のつもりで書いてた1部が30話を超えるなんて抵抗があるぜ!」と思ってたので、こんな感じになってしまったけど、2部以降は話数気にしないで1話2000~3000文字くらいにしたいと思っております。

お忙しい現代日本において一番罪深い事は人の時間を奪う事なのは間違いない。

その上で、こんな長ったらしい文章を読んで貰おうなんて恐縮しきり。しかも、オレの書いた文章なんかを。

長くてすみません。いや、ホントに。

そんな気持ちを込めながらも、少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきますよぉ!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第28話「解散騒動」。

高校生の頃にやっていた「シータ」と言うバンドでは、記憶にあるだけでも数回解散しようとした。

皆思春期真っ盛りで尖ってたからなのか、よく「解散」と口にしていた気がする。

カッコいいと思ってたんだろう。

「バンドは音楽性の違いから解散するもの」と言う共通認識があって、それが自分たちのバンドにも適応されると言う事が無意識的に嬉しかったのかもしれない。

いまなら、解散するとか、解散しないとか、そんなこと良いから練習しなさいよと思うんだけれども、当時はそう思ってたんだから、これはもうどうしようもない話。

ただ、実はこの頃の事について記憶が曖昧だったりする。

めっちゃ忙しかった総文祭前後の方が、色んな事があったのに一つ一つの情景をはっきり記憶してる。

一生懸命生きてなかったのかもしれないな。この時期・・・

ちょっと話がそれるけれども、当時の楽譜見たら、クリスマスライブに弾き語りで出演するために書き下ろした曲が残ってた。

ライブの日が12月23日だったから、「いぶいぶ」と名付けた曲。

ただ、高校1年の時のクリスマスライブにオレは絶対に出演してないんだよな。

と言う事は、タクヤに歌ってもらおうと思って書いたんだろうか。

それとも1年ずれてて、高校2年生の時2人で弾き語りユニットとして出演しようと考えてた時に書いたのか。

何かクリスマスライブに向けて、「いぶいぶ」の他にも「ブルームーン」とか「ねってぃ~+α」とか数曲クリスマスっぽい曲の残骸が残ってるんだよね・・・

まぁ、この辺の話もその内記憶が戻ってくるかもしれない。

戻らなかったら、スルーするだろうし。

そんな感じでございます。

1話が長いのでホントに申し訳ないけれども、残り3話お付き合いいただけますとうれションします。はい。

では、また次回。

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2023年12月5日 12:13 CAT :

きっと愛だけでは地球は救われない

感動ポルノだの、偽善だの、とにかく批判が多い24時間テレビ。

数年前には、NHKのまぢ障害者番組「バリバラ」で真っ向から批判めいた内容を裏の時間帯で放送されたりもした。

とは言え。

とは言えだ。

それでも、これまで500億円近い寄付金を集めたことは事実な訳で、まぁ需要があるんだし、それもいいんじゃないのと思ってた。

アホみたいに薄っぺらい「感動ポルノ」なんて映画でもドラマでも幾らでもあって、それを見て感動してるヤツだっていっぱい居る。

それなのに対象が障害者になると、感動の押し売りになるのはおかしな話。

それこそ障害者差別じゃあないのか。

オレはどっちも嫌いだけど。

ただ、今回の寄付金着服はさすがにどうなんだろう。

例え制作陣が「さて、今年も障害者を使った安い感動でアホな視聴者騙して金儲けしますか」と思っていたとしても、それを表に出してしまってはいけないよね。

バレバレだとしても、本人たちは「本当に社会貢献でやってます」と言う体を保ってもらわないと。

「うすうす勘付いてたけど本当に金儲けのためにやってたんだ」と言う認識が広まってしまったような気がする。

こうなってからの来年の24時間テレビでどうするのかは実に見物だと思う。

まぁ、テレビ局なんて視聴者を馬鹿にしてなんぼだと思ってる節があるから、多分「アホな視聴者は半年もすれば着服の事なんか忘れてるだろう」と言うスタンスで、いつも通りの内容を放送するだろう。

そうじゃなかったら、ほんとに凄いな。

反省したんだなと思う事にしよう。

そうはならないだろうけど。

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2023年12月4日 12:39 CAT :

あの高速道路の橋を 駆け抜けて君連れたまま

高校時代、深夜に「吉本超合金」と言う番組を生きがいにして、その日を生き延びていたと言っても過言ではないと思う。

「一番好きな芸人さんは?」と問うならば、未だに「それはヘキサゴン期以外のFIJIWARAですやん」と答える。

あれだけ、インパルス堤下をいじってたのに、自分が当て逃げをすると言う壮大なボケをして絶賛自粛中のフジモンには、もうテレビは諦めてYOUTUBEで体を張り続けていただく形でも良いので、復帰してもらいたいです。

以前にも、書いた事あると思うけど、ここ最近のコンプライアンスと言うか、異常なまでの締め付けは何とかならんのでしょうかね・・・

※参照記事 ⇒ 【退屈でギターを手にしたあの日から変わってしまったBaby Blue

犯罪を肯定するつもりはない。

ダメな事はダメで、しっかり償ってもらう必要はある。

でも、冷静に考えてほしい。

テレビに出て、好奇の目にさらされながら体張って皆を笑わせるとか、常識を持っている普通の人にできるはずが無い。

絶対にどっかぶっ壊れてないと出来るはずが無い。

ぶっ壊れてる人間に、常識や品性方向など求めても詮無い事ではないのでしょうかね。

「子どもが真似する」「子どもたちに悪影響」って、それは、親の躾の問題であって、メディアに出てくる人たちの性格とは関係ないと思う。

オレなんか、昔、親に怒られた時に「ダウンタウンがテレビで言ってた」と言ったら、「ごっつええ感じ」の視聴を禁止された。

でもオレは知ってる。

親父がオレを寝かしつけた(と思ってる)後で、こっそり「ガキの使い」を見ていたことを。

それで良いじゃないか。

今の時代にこそ、「キャシー塚本」を復活させるべきだと思うんだ。

食材を思いっきり無駄にして、冷蔵庫をドーン!っと倒して暴れ狂ってほしい。

そう言うものを見たい・・・

切に思う。

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2023年12月3日 12:25 CAT :

だから君は行くんだ どこまでも

先日、Xさんでもチラッと触れたけれども、今、(↓)の本を読んでる。

メッチャ内容が面白いのは、敢えて言う事でもないけれども、凄いためになる本だよ。これ。まぢで。

漫画家になりたい人は、絶対読むべきなのは間違いないけれども、それだけじゃなくて、普通に社会生活においてもかなり活用できると思う。

同じような感じで、荒木飛呂彦先生の「漫画術」って本もあったよな。

あっちはまだちゃんと読んでないんだけど、チラッと見た感じでは天才の頭の中を覗き見るにはディモールト良い感じだけど、自分の創作活動や社会生活に落とし込めるかと言うと、なかなか難しそうで食指が伸びなかった。

それに比べてと言うと語弊があるけど、この藤田先生の話は、めちゃめちゃ落とし込めてしまう。

少し前に、嫁から「なんで、暗くて重い話ばっかり描くのか」と問われた。

そこで、答えに困窮してしまったんだよね。

この「読者ハ読ムナ」では、自分の作品について「なぜ」を常に持つことが重要だと言う事を結構なウェイトで語られている。

そう言うものを書きたいんだよ。とか、そう言うものが自分の中から出てくるからだよ。ではダメらしい。

そういう奴は、藤田先生の仕事場では即クビになるらしい。いや、アシスタントとして勤めるつもりはないけれども・・・

物語においても、主人公の行動においても、設定においても、全てに「なぜ」を投げかけていく事で、しっかりと深堀していける。その結果、物語自体が動き始める。

ぐうの音も出ない。

ただ、露悪趣味的に描いてるつもりはないんだけど、言われてみればなんでオレはそんなお話ばっかり描いていたんだろう・・・

踏みつけられて脳みそが流れ出たり・・・

SMプレイとして指を切断されたり・・・

食べるものが無くて虫を生で食べたり・・・

槍で突かれて目玉が飛び出たり・・・

少女を緊縛して刃物を突き立てたり・・・

この辺りの描写とかモロですよね。

学生時代には、この世の全てに対して色々な憎しみをじっくりと持っていた訳で、それを吐き出す手段として漫画で暗い話を描いてたような気がする。

でも今、オレはそんなに世の中に対して深い絶望も、強い憎しみも持ってない訳で、敢えて暗い話を描く必要ってないんだよね。

いつの間にか何となくそう言うものを描くんだと、勝手に思い込んでた気がする。

立ち戻ってみよう。と。

そして、自分で描きたいものってなんだろうとか、そう言う事を自問自答してみよう。

これはあくまでも短編の話。

それとは別で、子どもの頃に描き切ることを決めた世界を掬い取る物語については、これからも相変わらず書き続けていくよ。

ただ少し物語の描き方は変わるかも知れない。

その位、面白い本だったよ。

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2023年12月2日 12:03 CAT :

師走の鬱に2本立てで対抗してみる

1年で一番苦手な季節がやってきた12月・・・

この時期には、放っておいても鬱っぽくなるのに、なぜか病んでしまうような動画とか本とかに兎角手を出しまくってしまい、その結果、毎年1年間で最も精神的にも不安定になってしまう。

それでも、1年の終わりには、今年はいい年だったと思って終わることが出来ているので、感謝しかない。

ありがとうございます。と、強烈な感謝をした上で、精神的な不安定などオレ個人の我がままでしかないと言う事も何となく理解している。

時期的なものはどうしようもないのだろうか。

苦手なのは12月なんだけど、嫌な季節は4月。

どちらも共通するのは、環境が変わる事が多かったと言う事だと思う。

今は4月になったとて、環境が変わることはないんだけど、それでも4月も苦手だよなぁ。

今年は、過去に類を見ないレベルでの環境の変化がこれから1月末までにかけてあるので、その辺りが影響しているんだとは思うんだけども。

閑話休題。

日野日出志大先生のベスト盤と言う大それた名前の本が発売されたので購入した。

「太陽伝」はどうした。とか、「赤い蛇」を抜かして何がベスト盤だ!とか、思う所は多々ある。

それでも、「蔵六の奇病」と「地獄の子守唄」と「地獄変」が収録されているだけでも、ページ数的には限界突破なので、十分にベスト盤だよな。

マンガ作品において、ベスト盤的単行本と言う形では、ここまで最良なものはないのかも知れない。

ただ、読んでいてなんか違和感があった。

何だろう・・・なんかいつもと比べて、恐怖感や哀愁が薄い気がする・・・

と思って、見直してみると、ページ単位で見た時の上下の余白。

こいつが非常に気になる。

これは、オレが持ってる別の単行本の「蔵六の奇病」のある見開き(↓)

で、こっちが今回の「ベストワークス」の見開き(↓)

本来は、最初の場面描写のみが断ち切りになってて、それ以外のコマと区別することで、読者に対して無意識に息苦しさとか、圧迫感を与えるような演出がなされている。

一方「ベストワークス」の方では、上下に余白があるために背景描写の方も断ち切りではなくなり、この物語最大の特徴でもある息苦しくなってしまうような圧迫感が著しく低下してしまっている・・・ような気がする。

その上、何となく物語全体に箱庭感が出てしまい、「これは所詮本の中の絵空事なんですよ」と言う感じが出てしまう。

これが違和感の正体だわ。

これって「地獄の子守唄」のような没入感ありきの話では、結構致命的な問題だと思うんだけどいいのか?

この本を作った人は、どう言う意図でこんな収録方法にしたんだろうか。

漫画家さんって、この断ち切り辺りの空間とか絶対作画時に計算して描いてると思うんだけどな~。

そんな感じで、収録内容には非常に満足なんだけど、チョッと不満な一冊でございました。

さて、元気出るかなぁ~

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2023年12月1日 12:48 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第4段「悲しみを具現化できる世界などありはしないのです」

「悲しみを具現化できる世界」と言う設定を作ったのは、学生時代の事。

「ひとときの暗がり」がちゃんと書き終わった後に、リメイクしたいなと考えているもう一つの小説作品「夢喰いバクヲ」と言うお話の中に出てくる「悲しみを具現化できる世界」と言う世界観について。

この物語を書いた当時、自分の人生が苦しくてしょうがないのに、その苦しみを誰もわかってくれない事に絶望してた。

その上で、この悲しみ、苦しみが具現化できれば、如何にオレの悲しみが途轍もないかについて理解してもらえるだろうか。とか、そんな事ばかり悶々と考えていたんだよ。

最近、チョッとやばい気がしている。

あの頃と比べると圧倒的に恵まれた状況にあると思う。

それなのに、この「悲しみを具現化できる世界」の事をいっぱい考えてしまっている。

あんまりよろしくないよなぁ。

「悲しみを具現化できる世界」について、振り返ろうと思ってこのブログの過去を漁っていた時に見つけた記事でございます。

YOUTUBEの動画も切れていたので、改めて紡ぎ直してみる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

猫が「死ぬ」と言う事象を理解しているとは断言しない。

それでも、大切な人が動かなくなった事が嫌で嫌で、もう一度だけでいいから動いて欲しいと思った。

そんな気がする。

BGMが、鼻に付くので、見るときはゼヒとも、ミュート状態で見る事をオススメします。

泣いてしまうことが出来るのなら、それは心持ちの優しい人か、心持ちに余裕のある人なのだろう。

その感情に「悲しみ」と名付けるのは、人間だから。

そんな気もする。

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2023年11月30日 12:21 CAT :

手間と労力が報われることのない別に風を切るわけでもない日々を過ごす~その3

当面は1ヵ月に1話描き切る事を目標にしてはいるんだけど、ここから先、12月は色々忙しそうな匂いがしているので、ここに来て、最初の山場になりそうな気がしないでもない予感。

あとここ最近、気持ちが落ち込み気味で、アホみたいなポカやらかしまくってるので、それも不安材料ではあるんだよなぁ~

まぁ、それはそれとして、少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきます!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第3部25話「コロッサの戦い(2)」の話。

この回については、とにかく1コマだけ、何度描いても納得できないコマがあった。

結局、今も何となく納得はしてないけれども、その流れについて少しだけ・・・(お礼絵にもあったヤツだけども)

そもそも、最初のネームで書いた段階のものはこちら(↓)

プログラムをミデアに奪われて、インヒが「めんどくせぇなぁあああ!!」ってなるシーン。

ブチギレてると言うよりは「ああああああああああもおおおおおおお!!思い通りに行かなくてムカつく!!」みたいな感じにしたかったんだよ。

ネームの時には頭の中にさっくりイメージ湧いてた。

で、実際に描いてみたやつ(↓)

なんか違う。

こうじゃない。

ネームを見直すと、あぁ、ブチギレてるんじゃないのか。もう少し伏し目がちで「ああああああああああ!!」ってなってる感じか。

と言う事で、もう一度書き直してみる。

一応、これでOKと言う事にして、最後まで描き切った。

その上で、見直してみるとやっぱりこのコマが気になってしょうがない。

どうしようか悩んだけど、どうしても納得が出来ない。

久々に昔から漫画描きにずっと愛用してたシャーペンとGペンを取り出してアナログで「こういうイメージなんだよなぁ~」と描いてみると、何か頭の中のイメージに一番近かった。(↓)

結局、アナログ環境で描くのが一番思い通りのが描けると言う事らしい・・・

この絵で良いかなと実際にコマに当て込んでみる。

ここへきて分かった事は、他のコマと比べるとアナログで描いた線がめっちゃ浮いてるのよ。

クリスタさんって相当自由に漫画が描けると思ってたんだけど、線がキレイすぎるんだよね。

個人的には、線一本にも感情は宿ると思ってる派なんだけど、この線では感情は出せないよなぁ。と思った次第です。

まぁ今回の場合、線に感情が云々は置いておいて、普通に角度的なものとあとは、筆ペンの掠れ具合の話なんで、この絵を基にもう一回、クリスタさんでトレースしても良かったんだけども。

懐古主義者なのかもしれないけど、やっぱりアナログ派のおっさんみたいです。

解決策は、アナログで描いて、パソコンで加工すると言う形しかないのか・・・

ただ、流石にそれでは今の状態では、月に1話描ける気がしない。

クリスタさんの設定とかでもっとアナログに近い感じ出来る方法があるのかもしれない。

操作方法については、超不勉強だしね。

色々思い悩むお年頃でございます。

次回更新は、12月26日を予定しております。

show must go on!

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2023年11月30日 8:41 CAT :

過去に追い立てられた先にある暗闇の中 射す一筋の光は見つからない

いつ死ぬか分からないから、悔いのない生き方を

と、強いられて生きている

死ぬことを考えなければ始められない事なんてきっと続きはしない

生きる事を考える

生きるために始められた事はきっと死ぬまで続けられる

死ぬ事は1度きり

今日を生きる事は死ぬまで延々と続く

死体を眺めて考える朝

今日も空は厚い雲に覆われている

雨はまだ降らない

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2023年11月29日 12:32 CAT :

あの頃の話を振り返る愚行を犯し続ける別にひとときでもなかった暗がり~その21

いよいよ終盤に差し掛かってきた「ひとときの暗がり」第1部。

とは言え、これ第1部なんだよ。

ぶっちゃけて言えば、第1部は本編に向けた序章だと言う認識で書いてた。

なのに、書き始めると「あああ!こんな事もあった!」が繰り返されて、気が付けば全31話。

全然序章じゃなかった。

うむむむむ・・・

まぁ、その位先がまだまだ長いので、少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきますよぉ!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

第27話「Janne Da Arc」。

いかに「リュックベッソン」と言う監督に影響を受けたかと言うお話を書こうかとも思ったんだけど、それより、ケンカの話だよなぁ。

オレと、このタクヤの元ネタの奴とは、幼稚園からの腐れ縁なんだけど、ホントに仲が悪かった。

お互いの存在を認識してはいたけど仲が悪いまま。

高校生の時、他に知り合いがいなかった為に緊急避難的な感じでつるむようになった。

でも、元々そりが合わなかった訳で、ケンカが絶えない。まぢで毎日なんかかんかでケンカしてたと思う。

内容もクッソくだらない事が多い。

「笑う犬の生活のコントの好き嫌い」だったり、「好きな音楽をけなした」だったり、「作曲する時コード進行に頼る奴はセンスがない」だったり、「歌詞が書けないのは恋愛経験が足りない」だったり・・・

ホントクソどうでも良い事で毎日ケンカしてた。

ただ、ケンカの回数が増えるほど何だか仲良くなっていったような気がする。

ちなみに、今でも正直全く趣味が合わないし、考え方も多分ズレてる。

それなのに、こいつは今オレと一緒にいる。

それどころか会社運営をして、それぞれ別の部門を立ち上げて、お互いのやりたい事に取り組んでる。

何か良く分からん関係なんです。

まぁ、その辺は別に理解してもらう必要はないと思うんだけど・・・

ただ、この意味のないケンカに巻き込まれちゃった人は悲惨ですよね。

一番ケンカに巻き込まれてたのは、間違いなく演劇部の部員さんだったと思う。

まぁ、今回の本編であった巻き込まれ方は、その中でも一番悲惨な巻き込まれ方だったよなぁ~。

今更だけど、あの時は申し訳なかったです。

いや。ホントに。

最後に、この回のお礼絵を。

「リュックベッソン」の「ジャンヌダルク」って映画も、バンド「janne da arc」も素晴らしいですよ。

と言う事です。

「劇ハマり」じゃなくて「激ハマり」ですね。

では、また次回。

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2023年11月29日 8:08 CAT :

幸せな夢は冷たい雨の降り注ぐ朝にだけ記憶に残る

夢を見た

幸せな夢だった

幸せな夢を見るほど 人生に絶望していたことに無理やり気づかされた朝

外には強い風は吹きすさび

冷たい雨が降り注ぐ

笑顔で横にいてくれた君がもうこの世には居ない事を再確認する

お庭へ行こう

君が眠っているお庭へ行こう

今でも君が育てているモクレンの木の下は今年も落ち葉でいっぱいになった

まるでそこに眠っている君の姿を隠すように

晴れ間はきっと虹を連れてくる

だけれども虹なんか見ても傷が癒える事はない

誰だって知っている

僕だって知っている

君はもう起き上がらない

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2023年11月28日 12:26 CAT :

泣くだけの我がままなら いつでもできる

お金がないですな。

お金がないのに、支出がえぐいですな。

これはよろしくない。

ここで何が出来るかと言えば、それはただ一つ。

お仕事を頑張る。

今年一年、創作活動をたっぷりやれたと思う。

でも、そのせいでお仕事自体が停滞したとも思えないんだよなぁ~

いや単純に家関係とお引越しでの支出が数千万単位になっていると言う事が、どう考えても一番の原因ではあるんだよね。

何しか、今途轍もなくしんどい。

まぢで、過渡期はしんどいなぁ!

気持ちはもうあっちに向いてるのに、現状で色々不満抱えながら日々の事も進めていかないといけない。

頭の切り替えがこの上なく難しいんだ。

そんな時は、やるべき事だけに集中できればいいんだけど、それすら難しいと言う体たらく。

今目の前にある事だけに集中さえできれば、きっと道は開けると信じている。

今更、全集中の呼吸でございます。

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2023年11月27日 12:50 CAT :

もう大丈夫と信じて振り返る 改めて「お家を建ててみよう」 序章

以前(と言ってももう2年半も前だった・・・)、1話だけ書いて立ち消えになってしまった「お家を建ててみよう 第1話「土地を買ってみよう」」と言うシリーズ。

この後、すぐにこの不動産屋さんとトラブルになった事や、家を建てるってすげぇと脳内お花畑になってた自分が恥ずかしくなり、立ち消えになった。と言うか書くのを止めた。

不動産屋とのトラブルについては、今も裁判係争中。

裁判が一区切りついたら、「不動産売買であった怖い話 第2部」として漫画にしようと思ってる。

こちらの予告の奴。

これはこれで、なかなかない体験だしね。

ちなみに、予告で描いていた第3部の方は、ある程度話も完結したんだけど、そっちは、オチも含めてそこまで面白い話にならなかったし、その経験から得た不思議な話は今、インスタの方で細切れにアップしてるので、多分もう描かないと思う。

それはこの予告の奴。

その上で、以前少し触れてはいたけど、この話を実現させようと言う事ですよ。

土地売買についてはもちろん完了し、その後の諸問題も先日全て片付いた。(今回については周りの人がめっちゃ良い人達で、信じられない位協力してくれたお陰なんだけど・・・)

お家の方も引き渡し間近まで来た。

もう、問題は起きないと思う。と言うか、信じたい。

その上で、今回の3年に渡る家を建てると言う人生の一大イベントの経緯をいくつかに分類して、書いて行こう。

と、そう言う訳でございます。

多分、「一戸建てかマンションか。賃貸か持ち家か」「土地を購入すると言う事」「ハウスメーカー巡り」「お金をかき集める」「打ち合わせの悲喜こもごも」「恐ろしい税金」「引き渡しでは終わらない」位の章立てで書けたらいいかなぁと思っております。

何となく、あと10年もすればオレみたいな中流以下の一般人が自分で家を建てることが出来ない時代が来ると思う。

それどころか、中古物件の価格も高騰し、リフォームすらままならなくなるような気がする。

もし家を自分で建てたいのであれば、この10年が多分勝負なんだろう。

そんな人のお役に少しでも立ててればと思ってるんだけど、いつものように何の役にも立たない話になるような気もしてる。

前置きがツラツラ長くなってしまったので今日はここまで。

もう以前のような書く書く詐欺にはならないと信じているよ。未来のオレくん。

次回を待て!!

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2023年11月26日 12:37 CAT :

中也のパクリはもう辞めた

中学生の頃、割と恩師的な立場で凄く良くしてくれた国語の先生が「良いか。学校の勉強で一番出来ないといけないのは文章能力だ。これが無ければ、まず問題文が理解できないから土台にすら立てない」と教えてくれた。

馬鹿正直だけが取り柄のオレはその話を真に受けて、その先生が進めてくれた「新聞の社説を毎日読んで感想を書く」を言う方法を中学生の間と、高校生の受験勉強の間ずっと続けた。

その結果、劇的に文章を書けるようになったと思う。

それまでかすりもしなかった賞などにも引っかかるようになり、高校の時の県下統一テストで奇跡の24番を取った(現国だけだけど)。

香川県で、オレより文章能力高い奴は23人しかいないのか!!と、お鼻高々天狗さんになったもんだ。

その後大学進学後も文章能力を磨き続け、日本語文章能力検定なるものの1級も1発で取ることが出来た。(そもそもこの検定が凄いものなのか知らないけど)

と、ここまで散々自慢タラタラ書いてきたけど、このブログやオレの小説をちらっとでも見ていただいた奇特な方はお分かりいただけるだろう。

オレの絶望尾的な問題点について。

圧倒的なまでの誤字脱字の量ですよ。

これは、後年になって(と言うか、つい最近)ADHDの注意欠陥多動性障害と言う素敵な病名をいただく事である程度、原因と言うか理由を理解できた。

今は、薬を飲むことで多少この症状についても緩和出来つつある。

逆に言えば、緩和してこの程度なんだよ。

こればっかりはねぇ・・・

どれだけ文章能力を磨いたとて、この障害を抱えている以上はある程度の誤字脱字はしょうがないと諦めるしかないのか・・・

高校時代、オレの書いた演劇の台本を、「守山部長」「黒崎先輩」のモデルになった人が全て、代筆清書してから皆に配ってくれた。

大学時代、オレの書いた演劇の台本を、「ウェズリー」と言う劇団の女の人が全てパソコンに打ち込んで形にしてくれていた。

そう言えば以前、小説を賞に応募しようとしたときには、嫁に全て添削してもらった。

人に助けられて何とか誤魔化し誤魔化し生きてきたんだよ。

今は、そんな人もいないまま、自分で書いた文章をそのまま表に出している。

ええと・・・

何が言いたいかと言うと・・・

誤字脱字めっちゃ多いけど、許してちょんまげ。

と言う事でございます。

一応、wordさんの文章校正機能を使ってチェックはしてるんだけどなぁ。

それでも誤字脱字が止まらないんだよ。

もう一度言う。

許してちょんまげ。

もしくは誰か助けて。

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