- 2024年11月1日 11:11 CAT :
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町のはずれで シュヴィドゥヴァー
嫁から、先日の短編読んで「かなり面白かった」と「前半部分はカットしてよかったと思う」と「最後の普通ってどういう意味」との感想を貰った。
そう言う事なら、もうオレとしては満足ですやん。
良かった良かった。
感無量ってなもんだ。
だがしかし!
最後の「普通」の部分、分かりにくいのか・・・そうなのか。そうなんだろうな。
以前、「BS漫画夜話」と言う超絶マニアックなテレビ番組で、夏目房之介先生が、いしかわじゅんというおっさんと「弥次喜多 in deep」と言うマンガについて討論してた回があった。
当時、オレはしりあがり寿先生にぞっこんで、とにかく「弥次喜多 in deep」や「箱舟」を経典の様に崇めて読んでいた。
短編「口頭無形」とかを描いていた時期だな。
作風も思いっきり影響されてるような気がする。
当時、オレはしりあがり寿作品を、何となく難解な文芸的作品だと思ってた。
ところが、上記の番組内で夏目先生は「こんな分かりやすい漫画はない。ここまでわかりやすいものをいちいち細かく説明するのは野暮なんですよ。だから、いしかわさんや僕なんかは、この漫画を読んだ後は「なぁ~」ってなもんです。」みたいなことを言っていた。
それにかなりの衝撃を受けた。
「弥次喜多 in deep」は、考察したり、後半の展開について「宗教とはいかに」とか「生と死とはいかに」みたいな議論をする漫画ではなく、分かりやすく提示されたその辺りの話に対して、お互い顔を見合わせて「なぁ~」ってする漫画だったらしい。
そのテーマについて細かく説明するのは野暮なんだよ。
実は、今回の「NO HEAD NO HEART」は、この時の感覚に相当引っ張られてたりする。
とにかく主人公の心情をこれでもかと分かりやすく描写したつもり。
それでいて、その心情に補助のモノローグまで入れておいて、最後に「普通」で落としてやった。
こんな分かりやすい漫画はない。
ここからさらに、この「普通」を説明するのは野暮ってもんですよ。
と思ってる。
ただ、これについては嫁の読解力が著しく低いんだ!とか言うつもりは毛頭ない。
あいつは、オレより色んな本を読んでるし、考察も深いと思う。
オレの技量不足だよ。
オレが分かりやすいと思って書いていたものが全然分かりやすくなかったんだよ。
前作「BirthDay Kill-RE」はその辺りを考察すればいっぱい考察できるように、という思いを込めて色んな描写をちりばめた。
今作「NO HEAD NO HEART」では、そう言う伏線的描写を極力省いて、とにかく分かりやすい漫画に努めた・・・つもりだったんだけどなぁ~。
くそぉ!そうなってくると、今度はどんな奴描いてやろうか。
見てやがれぇ~!!
な気分でございます。
最期に、あと一回だけ宣伝しておこう。
もうこの短編のお話はおしまい。
マンガ夜話・・・ホント面白い番組だったなぁ~
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