- 2025年9月21日 12:12 CAT :
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中央線に飛び込んだ聖者の最後の言葉は「カレーはなんて辛いんだぁ!」
いじめをする奴の脳では、人が苦しむと喜ぶ回路がある事が分かったらしい。
と言う記事がこちら⇒【人の災難を喜ぶいじめっ子の脳】
人が辛い思いをすると喜ぶというのは、ある意味脳の欠陥なのではないかと言う話なら、もう一思いにいじめをする奴は脳に障害があるという認定で良いんじゃないだろうかね。
オレだって、人と同じことが出来ないという理由で、発達障害と言う病名をいただいて、立派に障害認定を受けているんだし。
近い将来、ADHDみたいなアルファベット3つか4つくらい並ぶ脳の病気にされて、社会から生暖かい目で見られながらそっと隔離されていくんだろう。
そうなんだよ。
いじめなんて、どれだけ「いじめられる側に問題がある」と言う話をしたとしても、いじめたヤツが100%悪い。
これがまかり通らないなら、ミニスカートはいてた女がレイプされました。レイプされた女に問題がある。
みたいな話もまかり通るじゃないか。
こんなものいじめたヤツが100%悪い。
って言うか、いじめと言う言い方をいい加減やめないといけないよね。
ただの傷害事件だったり、恐喝事件だったりする訳で、せめて「いじめ」ではなく「学童犯罪者」くらいの名前にした方が良いって。
懸念されるのは(↑)の通り、いじめをする奴は脳に障害があると言う認定になった時、「いじめをする子は可哀そうな頭の子だから許してあげましょうね」みたいになる事だけ。
犯罪起こしても、精神疾患があったら無罪になったりするパターンと同じ感じだよね。
そうならないようには、子どもに罪は無いけど親には子どもがやった事相当の刑罰を与えるとかそう言う形になるんだろうか。
その場合、じゃあ、子どもの生活は誰が見るんだ?みたいな話にもなるのか?
意外と難しい問題なのかもしれない・・・
まぁ、世の中のだいたい事は簡単に解決しないもんだよね。
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