2008年6月18日 23:48 CAT :
       

まごまごの余韻

ポケットビスケッツで音楽に目覚めて、GLAY・ラルクに憧れてバンドを結成して、ショパンとヴィジュアル系に影響を受けた後、音楽に嫌気がさしてバンドを辞めちゃった。

筋肉少女帯に出会って、また音楽を作りたいと思うようになって、ナゴム系に触発されて作風がまとまってきた頃に、ケテルビーを聞いて、組曲を作りたいと思い、「Art of Life」を聞いて、まじめに音楽を作ることを諦めた。

多分こんな感じ。

こんな感じで、音楽ってモノをやってきた。

色々と音楽を聴いてきました。

多分、日本だけでも、数限りなくある音楽の1割未満くらいの音楽は聴いてきたと思う。

そんな中で、どうしようもない天才ってヤツがやっぱり存在するわけで、そこには、どうしたって才能の差と言うものが歴然とそびえたっている。

そんな才能なんて気にしないで、自分のやりたいモノをやり続ける事。

それが、本当に大切な事なんだと思う。

・・・し、好みにはやっぱり偏りがあってしかるべき。

なので、今日のネタは、この世で今普遍的に扱われてる評価とはかなりかけ離れていると思う。

だって、オレが天才だと思うミュージシャンさん、名曲だと思う歌などの中で、世間的に凄い評価を受けてるのなんか、キッと「井上陽水」位だから・・・ショボイ音楽しかしない人だなぁ~と思ってた人が、圧倒的な名曲を発表したと思ったら、その曲が、その人の最低セールスを記録した。

何て事もビックリするくらい良くある。

いや、まぢで。

そんな理由と、あと調子に乗って粋がっていると言う事で、この続きは、(↓)で。

・・・と言う、自主規制。

変人の戯言を笑える大器の方だけどうぞ。


チョッと前に、意味を持たせるなんて、センスの無いヤツのする事だ・・・的な内容を偉そうに綴っておいてなんだけど、暗喩的に物事を表現できる。

事が、何より素晴らしいと思う。

例えば、「愛の歌」を書こうとする。

その時に・・・

ストレートにそのものを表現しようとしてたら、もうその瞬間に、萎え萎えになっちゃう。

ましてや「I LOVE YOU」「I NEED YOU」「愛してる」などの言葉を使うのなら、今すぐにでも転職を考えるか、素晴らしい作詞家さんを探せばいいのにと思ってしまう。

大体日本語の素晴らしさは、遠まわし、暗喩的表現にあるのに、その日本語を使ってストレートな恋の歌はなぁ・・・そう言うストレートなのは、英語に任せておけば良い。

とは言っても、英語を使うのも実に陳腐。

日本で作詞活動をする上で、日本語の美しさを無視した語感重視の作詞なんて・・・もう嫌だ。

それは、サザンだけでいい。

英語には英語の良さってのはもちろんある。

だったら、洋楽みたいな音楽をやれば良いと思う。

日本語に、英語が混じってるのとかは、もう聴いた瞬間に終わったなって思う。

洋楽で英歌詞の中にそんなしょっ中日本語が出てくる洋楽の評価を考えれば、その逆が客観的に見てどんなものか分かると思うんだけどなぁ~。

犬神サーカス団みたいに、そこの部分を踏まえてあえて馬鹿にした「ネタ」として英語を入れるのはアリだと思うけど。

日本ならではの、美しい語感で、暗喩的に物語を表現できた上で、その世界観を見事に再現した楽曲が用意されていた時に、その曲は初めて名曲だと思う。

もちろん、曲先でもいいんだろうけど、曲先だとどうしても、語感の関係上作詞が大変なような気もするんだけど・・・

ただ、たまにそれらを全て踏まえた上で、さらに「多分こうなるだろうな~」と言う予想のはるか上を行く作品を作ってくる天才ってのは、存在するみたいです。

もうそうなったら、ただウヌヌヌヌヌ・・・となってしまうだけで・・・

クオリティーって何だろうか?

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