- 2025年10月31日 12:12 CAT :
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						空模様の機嫌が悪いには近所をうろつきまわる文章を読むと文章を書きたくなる。 漫画を読むと漫画を描きたくなる。 音楽を聴くとギターを弾きたくなる。 ではオレが本当にやりたい事は何なのか。 みたいなことをぼんやりと考えていた。 何もインプットしない状態でやる事は多分漫画を描く事のような気がする。 相当よいしょが無ければ、バンド活動とか演劇活動はしないと思う。 小説も・・・書かないだろうなぁ。 ブログと言うどうでも良い文章ですら、「よし書くぞ!」って決めるまでは年に数回しか更新してなかったし。 漫画だ。 漫画だよ。 これだけは、誰にも認められず、誰にも読まれなくても延々と数万ページを描き続けてきた。 惜しむらくは、漫画を描く才能が1ミリも備わってなかった事よ。 新都社で・・・と言うか、SNSをはじめとしたweb媒体全体で作品を発表してる人の多くが「承認欲求」に支配されているみたいな気がしてる。 コメントが欲しいとか、反応が欲しいとか・・・ その気持ちは物凄く分かる。 オレだって、アップした漫画にコメントが1件でもついてたら天にも昇るほどテンション上がりますもん。 ただ、オレはそもそも誰にも認められず、誰にも読まれないまま、ただオナニー感覚で延々漫画を描いてきたんですよ。 今は本当に良い時代だわ。 そんな悶々と描いたマンガを、誰かの目に留まるかも知れない所に発表することが出来るんだから。 読んでもらえる。 ともすれば、コメントを貰える。 何と素晴らしい環境なんでしょうね。 そんなモチベーションだから、どうしようもないクソ漫画を延々描き続けられるんです。 ネットでは、オレなんかよりはるかに才能ある人たちの面白い漫画を見かける。 なのに、その多くが「コメント(反応)が思ったよりもらえなかったから」と言う理由で、立ち消えになっているのが実に勿体ない。 そんなに承認欲求は大切か? 少なくともおっちゃんはその漫画の続きが読みたくてうずうずしているんだよ。 漫画を描く才能と同じくらい、最後まで描き切るという才能も重要なのかもしれない。 オレは何があっても最期まで描き切ってやるよ。 と思いつつ、命が尽きてしまったら、それは諦めるしかないか。  いつか見た、この最後の風景を描けるその日まで・・・ 
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