- 2012年9月2日 16:43 CAT :
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体を売る女
お休みなので、映画でも見てみた。
前からちょっと見てみたかった「さや侍」と、何を血迷ったか急に見たくなった「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の2本。
んで、その感想でもちょいと書いてみますよ~
ネタバレを含むので、最後の良心で「続き」にでも・・・
・・・そんな感じでまず「さや侍」。
ん~と・・・相変わらず独特というか、言い方によっては映画というより、長ったらしくてかったるいシュールなコントとも言える。
そんな作品。
その辺は、前2作と同様に、少々どうしようもない感じ。
ただ、それでも今回の作品は、一応映画の形にはなっていると思う。
・・・多分。
そして、一言で言うなら、かなり良い作品。
グダグダだし、コントかと思うような表現が至る所にあるけれども、だからこそ、最後のあのシーンが何ともいい味を出しているような気がしてならない。
んで、物語のメッセージ性だよな。
これまでの作品にあった「誰からも理解されない閉塞感」は今回も全開ながらも、その唯一の理解者として、娘が存在していることが、明らかに違う。
そして、その一人の娘のために本気で戦い続ける理解されない父親。
と言うこの設定こそ、監督の松本人志本人の心の変化なんだろう。
本人にも子どもが生まれ、心情の変化がすごい起こったんだと思う。
これまでのどうしようもない孤独感から、一筋の救いのようなものが出てきた。
んで、トドメが「竹原ピストル」だよ。
野狐禅時代から大好きなピストルさんのあの演出はずるい。
普通に聞いても泣いてしまうのに、あんな演出で、ピストル本人にあんな事されたらそりゃあ、泣いてしまうって。
完全に、これまでの2作品とは違う名作だよ。
この話は。
・・・と思って、この映画の評価をネットで拾ってみると、どうも酷評の嵐。
・・・何でだろう?と思ってたけど、どうも、皆様、この映画自体に込められた「松本人志」と言う人間の驕りが鼻についてしょうがないみたいな事を書いていた。
(部分的に、ギャグのせいでホントに死んだのかどうかわからず、感情移入しにくいみたいな意見もあったけど、そんなヤツは、基本的に映画とか見ることのできない人間なんだろう。
何があっても絶対に玉が当たらなかったルパン三世が、「カリオストロの城」で銃弾に倒れた時にも同じことを思うような揚げ足とり野郎だ。)
嫁も言ってたけど、物語を見るときに、製作者の人生から、作品を語るようになっちゃあもうおしまいだ。もうそれは、作品自体の評価じゃない。
そんな作品を作り上げた製作者個人への評価だ。
別に、野見勘十郎が松本人志の投影でもいいじゃないか。
紡ぎ出す作品には、自分の人生がにじみ出てなんぼだ。
それを理解した上で、作品自体を見れば、多分同じ評価なんか出てこないと思う。
全く無名の監督がこの作品を世に送り出したとして果たして、同じ評価を偉そうに曰うことができるのかとく話です。
取りあえず、この作品はかなりいい映画の部類に入ると思う。
個人的には。
で、もうひとつの「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」だ。
・・・この作品・・・どうすればいいんだろう・・・
取りあえず、手ブレがあまりにもひどくて、見終わったあと、ホントに久しぶりに気分が悪くて、吐きそうになった。
(内容じゃなくて、船酔いみたいな感じ。)
んなもんで、実際に作品自体がどんなものだったのか、じっくり見ることはできなかった。ただ、覚えていることは、どうしようもない恐怖と絶望感。
正直、後半見るのがきつかった。
(気持ち悪くてじゃなくて)
道がわからず、食料もなく、そして仲間が行方不明になり、さらに、夜毎繰り返される脅迫行為、心霊現象と言う極限状態。どこまでもどこまでも続く極限状態に、見てるこっちもどんどん息苦しくなってくる。
いっその事、早く死んでくれとさえ思いながら見てた。
そして、謎だけを残して終わる物語の最後の一瞬は、おそらく、一番最初に村人のばあさんが言ってた子どもの虐殺事件をなぞらえたものだろう。
すごいけど、これは映画じゃないよな。
見ちゃいけない禁断の恐怖動画に近いものがある。
以前どっかで見た、ダーバーが海にどんどん沈んでいって死んでいく過程の動画を見たときに近い感覚に襲われた。
でも、この映画はそれだけじゃあ終わらなかった。
夜が明けて、結局真相がどうたったのかをネットで色々調べていたら、それどころではなかった。
もっともっと深い物語が広がっていた。
ついでに、その物語だけじゃあなく、映画の中にもあまりにも不可解なことが多すぎる。
地図を捨てたマイクの行動、地図がなくなった途端先頭を切って歩き始めるジョシュ、殺した人間の人数分積まれる石、吊るされた木の人形、血まみれの歯、60年以上前に焼け落ちたはずのパーの家、2人を客観的に移しているときのカメラ、ヘザーの叫び声が遠くから聞こえる映像などなど・・・
その結果、ネット上を簡単にサーフィンするだけでも、村人犯人説、ジョシュ犯人説、本当に魔女がいた説、異次元空間に迷い込んだ説、マイク・ジョシュ共犯説、3人の狂言説などなど、いくつもいくつも真相が出てくる。
しかも、そのどの説もある程度の説得力がある訳で、読みながら、昨日見た映画の場面と照らし合わせていくと、どんどんと新しい気がつきがあったりする。
結局、この映画は、作品としては、ただ臨場感のある恐怖を感じる以外に何もない。
映画と呼べるかどうかもわからない代物ではあるけれども、その真相をそれぞれで考えることによって、どこまでもどこまで広がっていく凄まじい作品だと言うことはわかった。
今は、この作品の真相について誰かと、一晩くらい語り合いたい気分。
びっちり「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」に巻き込まれてしまった格好だね。
そんなこんなで、秋の夜長は、また色々映画とかも見たいなぁ~と思っている今日この頃でした。
ではでは。
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