- 2026年7月28日 12:12 CAT :
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地球は僕らを乗せてぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるまわる
人にものを伝えると言うのは、本当に難しい。
自分では分かってる事とか、出来る事とか、当たり前だと思ってた事が、他の人にとってはそうでなかったり。
もちろん、その逆もある。
オレが凄い発見をしたと思って嬉々として話す内容が、他の人にとっては「今更その話か」と言うレベルだったり。
特に、普段から一緒にいない人の場合は特に難しいよね。
なにせ、お互いの事を良く知ってないんだから。
そんな時にどうするべきなのか。と言う事を、考えていた。
大切な事は最初の認識のすり合わせなのかもしれない。
お仕事においても、AIを使いこなすと言う事が必須になってきてる。
とは言え、じゃあ、オレがAIを使いこなせるようになってるのかと言うと、全然そんなことはないと思う。
どのくらい使えてるのかと言う事も良く分かってない。
ただ、使ってて思ったのは、AIに指示するのも、人に指示するのも結局一緒じゃね?と言う事なんだよ。
プロンプトをYAML方式で書きましょうね。とか、mdファイルにまとめてAIに作らせましょうねとか、結局、マニュアル作って人に作らせるのと同じなんだよね。
作業スピードとそもそも持っている知識のレベルが違い過ぎるので、その意味では同じではないかもしれない。
人件費と利用料金と言うコスト面でも大きな違いはある。
でも、結局その成果物に関しても、例えばコーディングさせても、そのコードの確認とか、完成物のチェックは自分でしないといけないし、その際に、コードが読めないとエラーが出ていたとしても、その原因が分からない。
よく「AIを使ってノーコードでアプリを作れるセミナー」みたいな広告を目にするけど、それは「コードや言語を理解しなくてもいい」と言う意味ではないと思う。
じゃ、無ければ嘘つきだ。
現段階で、上がってきた成果物に対して、どうやってそのコードが本来の正確なものであるかを判断すると言うんだ。
その判断もAIに行わせるとして、AIがまとめてきたエビデンスの真偽はどう判断する?
結局のところ、知識は必要で、その使い方が「自分でコードを書く」から「上がってきたものをチェックする」に変わっただけなんだと思う。
そこの所をはき違えたものは、結局生涯地を這う事になる。

最近、カイジを読み直しております。
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