年別アーカイブ: 2026年

2026年4月5日 12:12 CAT :

曇った空に向かってみんなで木魚を叩け

タイムラプスとは。

タイムラプス(低速度撮影)は、一定間隔で撮影した静止画を繋ぎ合わせ、長時間の変化(雲の動き、人混み、料理の調理過程など)を短時間の動画にする撮影技法です。

AIさんに聞いたところ(上記↑)だそうです。

オレも時々、このタイムラプスと言う奴を録画して、Xとかでアップしてたりする。

1年前にやったポストはこちら

1年前には、ライトとケイがリバイヤサン討伐してるとこを描いてたんですなぁ。

みたいな感じで、しんみりしながら、1年ぶりに、これをやってみた。

このタイムラプスを見ながら、自分の作画について振り返ってみると・・・

何と言うか、迷い線が多い。

この線はここであってるのか?と言う不安を抱えながら、恐る恐る描いているのが良く分かるよねぇ。

そもそもの話、じゃあ、ちゃんと下書きとかしてから描けと言う話でしかない。

下書きしないで、適当にアタリだけつけて、ざっくりとペン入れ。

それを見ながら、これであってるのか?と探り探り仕上げていってる感じだろうか。

画力自体と言うよりは、ごまかしの技術だけはここ数年でかなり上がったような気がしております。

ただ、かつてのような絵がアナログで描けるのかと言うと、それは疑問だよなぁ。

何しか、こうやって自分の作画を録画して振り返ると言うのも勉強になるので、これからはもう少しやって行こうかと思っております。

久々に満足のいくコマが描けた気がする。

こういう動きのある絵をもっと海底期待添え。

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2026年4月4日 12:12 CAT :

赤と金色に 染めた髪をからませて二人夢を語っていた

映画「鬼滅の刃 猗窩座再来」が興行収入400億円突破したそうですね。

って言うか、まだ上映してたのか。

オレが見に行ったのが、昨年の10月くらいか・・・?

半年くらい前なんですけど・・・

そんな長い期間上映して記録を作るってのも、何かズルくね?と思ってしまう。

いや所詮、数字なんですよ。記録なんですよ。

これで、無限城第2章も「歴代1位と2位を記録した鬼滅の刃の新作」と言うキャッチコピーで売り出せるんだしね。

どうせなら、このまま邦画の興行収入歴代トップ5くらいを鬼滅の刃で独占してしまえばいいんだ。

シリーズが長くなるとダレてくる日本人が、本当に最後まで応援し続けられるか。

今、日本人が試されているのかも知れない。

確かに、あの映画面白かったとは思うんだ。

でも、そこまでなのか・・・と言う気持ちがない訳でもないので、とってもモヤモヤはしております。

完結した漫画の映画の最終章を3つの章に分けて作るってのも、どうなんでしょうね。

以前、Xでポストした気もするけど、このままでは、無限城編が3章、その後に無惨戦が前後編(後編は、炭次郎戦がメインになるかも知れないけど)みたいな事になってしまう気がする。

最終章で5本の映画は流石にしんどいです。

理想を言えば、無限城第2章で黒死牟戦までいって、第3章で終わりになってくれると嬉しい。

って言うか、そうなってくれよぉ。

ただ悔しいのは、この映画本当に、面白かったんですよねぇ~。

悔しいと言うのもおかしい気がする。

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2026年4月3日 12:12 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第19弾「(ベタだけど)今年の10大重大ニュース!!」

ついでなので、ここの所やってなかった水増しシリーズでもやって、今日のところはお茶を濁しておこうかな。と思っておりんす。

いやね、思ったより過去のデータを探して引っ張り出してくる作業に時間がかかったんですよ。

勝手に自分でやってる訳なので「それがどうした。」と言われれば、ただただ「すみません。」と言う他ないんだけど。

すみません?

誰に謝ってんだ?

ここ最近、「お前それ、誰に対してどういう心持ちで謝ってんだ?」と言う謎の謝罪が多くて嫌になりますよね。

ホントに。

最近で言うと、スピードワゴンの小沢さんとか

と言う事で、今回は、ブログ形式で「超コツコツ日記」を始めた2005年。・・・今から21年前に書いた「今年の10大ニュース」をほじくり返してみましょうかね。

・・・思った以上に、恥ずかしいと言うか、情けない内容だった。

その詳細については・・・あえて書くまい。

一部、ギリギリ犯罪になりそうな事も告白してたりするし、異常に濃い1年だっただろうとは思う。

ちなみに、ここで出てくる「彼女が出来た」の彼女が今の嫁でして。

そうか、出会ってから20年以上経つのか・・・と。

まぁ結婚して15年経ったんだもんな。

取り合えず、あいつにこの記事を読まれる訳にはいかないとは思っております。

 

 

 

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いよいよ今年も終わり。

そんな最後の日に、一年を振り返ってオレのメッチャ個人的な重大ニュースを書けるだけ書いていきます。(理想は10個)

 

 

●彼女に出会ったこと

これはやっぱり外せないっす。

オレはあいつに出会って、自分の生き方とか考え方にまで多大な影響を受けた。

まだ本人にゃあちゃんと言ってないけど、アイツと結婚して、田舎で喫茶店を開いてのんびり人生を謳歌するのが、今のオレの最終目標になってしまったほど。

オレのド低脳なおつむでは、アイツよりも素晴らしい女なんか想像できませんです。

ハイ。

 

 

●漫画「クワニータ」完成

構想が出来上がったのは10年前。

それから何と、マンガのネームとして3回書き直し、演劇の脚本として2回も書いたオレの大切な物語。

こいつが駄目ならオレの作るもの全てが駄目ってくらいの自信作。

それを168ページ、1年かかって書き上げた。

いよいよ、投稿してみます。

ハイ。

 

 

●CD制作

今年1年で、馬忠・DA・ムドーのアルバム3枚、仁美・mineのアルバム一枚を作った。

特に、仁美・mineの方は、本格的なレコーディングスタジオで制作。

それが凄く楽しかった。

出来上がった作品の良し悪しは別として・・・

 

 

●教育実習に行った

人生において(多分)初めて人の優しさや出会いの素晴らしさに涙した。

こんなにも人の心に響くものなのか・・・

「先生。わたし腰使いうまいよ。エッチしてみる?」と言ってたあの子。

アレは本気なのか、ネタなのか・・・でも、採用試験は落っこちた。

 

 

●就職先が決まった

就活を始めて最初に行った会社が凄くいいところで、そこに決定。で、就活終了。

ホントに仕事って無いの?って調子に乗ってしまうほど、順調に行ってしまった。

あの会社の雰囲気はすっごく好き。

先輩の方々や上司の方々もいい人ばっかり。

・・・ただ、人見知りのオレにできるのかなぁ~・・・「営業」って・・・

 

 

●バイバイ演劇

初めて脚本を書いてから8年。

オレの人生において結構なウエイトを占めてた演劇と言う分野が、今年で終わりを告げた。

多分もう二度とすることは無いと思う。

演劇って、脚本書くのがメッチャしんどくて、演出するのがメッチャしんどくて、しかもいい仲間に恵まれてないと完成しない。

確かに、劇が完成したときの喜びは半端ナイけど・・・でも、こんな労力と時間のかかるもの、多分もうしないんだろうなぁ~。

 

 

●オーケンとウッチーが仲直り

だから?って思うかもしれない。

しか~し!!今のオレのかなりの部分を構成してる「筋肉少女帯」の主要メンバー二人が仲直りするって事は、本気で筋少の凍結解除を期待せずにはおれないでしょ!!しかも、来年二月に空バカ再結成だし。

ホントにホントにホントにホントに期待してしまう。

 

 

●初小説

小説なんか読むのも書くのも嫌い。って思ってたオレが、人生で初めて小説を書いてみた。

書いてみると以外に面白く、完結の二日後には次の話をもう書いてたりした。

元々活字を読まないんで文章力が著しく低い。

んだから読みにくい事この上なしだけど、個人的に好きだから、これからも書いていきます。

・・・でも、未だに読む方はさっぱり。

 

 

●生プロレス観戦

2月に「新日」を。

7月に「琴平プロレス」を見に行った。

どちらも興奮と感動のるつぼ。

特に「琴平プロレス」で、「佐々木健介」に触った時は感激のあまり、聞いた事の無いような奇声を上げてしまった。

やっぱりプロレス最高。

今度は「NOAH」が見たいなぁ~。

あと、「新日」また巡業で来ないかなぁ~生で「レズナー」見たいなぁ~

 

 

●F.Fをやった

まさか、未だに「F.F」って聞いて「ファイナルファンタジー」を思い浮かべてたりしね~よな~・・・今年も結構やったよ。

マイクさん。

実家に帰ってくる度にマイクさんに一回は会ってたように思う。

今年は特に「F.F2」を良くやった。

だって、弟と二人プレーできるんだもん。

 

 

ざっと、こんな一年でした。

今年一年を振り返って一言で表すんなら、やっぱり「出会い」だろうな。

今年はホント色んな人と出会った。

それは、先生であったり、教え子であったり、旧友であったり、友達であったり、大切な人であったり、憧れの人であったりと多種多様だけど、その全てがオレに何らかの(もちろんプラスの)変化をもたらしてくれた。

んで、その度に大きく成長できたと思う。

ホント皆さん。

ありがとうございました。

よいお年を~

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2026年4月2日 12:12 CAT :

古の文と言う恥部をさらけ出す所業に快感を感じる予感シリーズ 第1弾「デノナルーフルリプイエ」

昨日の記事を書いていて気が付いた。

「デノナルーフルリプイエ」の一番初めの奴がねぇじゃねえか!と言う事に。

で、調べてたら、どうもブログ形式に移行する前のサイトのコンテンツとして「コツコツ日記」を書いていた時期に書いていたみたいだった。

とは言え、そのデータは超大昔の無料ホスティングサーバーサービス「フリーティケットシアター」を利用していたもので、サービス自体が10年以上前に終了している。

流石にデータねぇかな。と思って昔のPCのHDを漁ってたら、過去のサイトを見つけた訳ですよ。

サイトコンテンツ時代の「コツコツ日記」でも、200件ほど記事があったので、それを時々水増しの形で更新していこうかなと思っております。

困った時の水増しストックが200件ほど増えた。うししし。

20年以上前のもので、流石に古すぎるまさに黒歴史と言うべき文章の数々数でございます。

記念すべき(?)第1弾は、(↑)の通り「デノナルーフルリプイエ」の第1回を更新しましょうじゃないか。

ただのエロい妄想じゃねえか。と言う気持ちもあるけれども・・・

一応改行や、明らかに変な表現などは修正しておりますので、完全な原文じゃないよ。

別にそんな事も止めてる人なんていないだろうしね。

 

 

 

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今日道を歩いていると、急にきれいなおねいさんに首輪をかけられ「今日からあなたはあたしの奴隷ね」と言われました。その方は、ひろみ様といいとても美しい方でした。

オレは、ひろみ様がフィストファック出来るようになるまでアナルを拡張していただけるそうです。

また、今日からご飯はひろみ様の残飯で、それをペット皿に入れられ犬のように食べなければいけません。

もちろん奴隷の身分であるオレは、手を使うことも許されません。

お風呂の時間にはひろみ様の黄金水で体を洗わせていただきます。

手を使うことは許されず、オレは自分の体を犬みたいに床にこすりつけて垢を落とします。

見るに見かねたひろみ様に「くさいから足で十分ね」と足で体中を踏みつけて頂きました。

そのあまりの快感に思わず逝ってしまったオレに対して、生ごみを見るような冷たい目で「処理は自分でしなさい」と仰りひろみ様が出て行かれました。

オレは捨てられたくない一心で自分の出したものをきれいに舐めとりました。

ひろみ様は「いい子だねえ」と頭をなでなでしてくれ、とても幸せでした。

明日からは、鞭やバイブなども使用していただけると聞き、今夜は興奮して眠れそうにありません。

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2026年4月1日 12:12 CAT :

51デノナルーフルリプイエ

あの日からずっと、自分を偽り生きてきた。

14歳の誕生日を少し過ぎた日の事。

部活がいつもより長引いてしまい、暗くなった道を帰っていた時、急に後ろから誰かに襲われた。

それは数人の男たちで、そのまま草葉の影に連れていかれて犯された。

ひとしきり犯し終わり、気がすんだのか男たちはどこかへ行ってしまった。

散乱した破れた衣服を拾い集め、それでも何とか平静を保って家路についたのだけれども、気が付くと目からは止めどない涙が溢れて出ていた。

自分の体が何だかとても汚いもののように思えた。

それからの日々は自暴自棄しか記憶にない。

何度も手首を切ったのもこの頃からだ。

それから20年以上の時間が経った。

自分の事を男だと言い聞かせ、せめてブログの中だけでも男のふりをして、自分の理想とする日々の生活を書き綴ってきた。

それを信じてくれた人はどのくらいいたのだろう。

男としての理想の生活、理想の結婚、理想の家庭、理想の日常・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・理想の・・・

女に生まれなければ、それは理想じゃあなくて、現実だったんだろうか。

そう思うと頭の後ろの方がどうしても痒くなってしまう。

気が付けば、私も閉経を迎える歳になっていた。

女としての人生が終わろうとしている。

ずっと自分を男だと偽り続けた日々に埋もれた女としての人生が終わる。

それでもまだ、人間としての人生を続けていかなければいけない。

それがどれだけ苦しい事なのか。

今、唯一出来る事は、ここに至って実は自分が女であったこと、これまでの記事が全て女である自分を否定したいために書き綴った、理想の男としての日常だったと告白する事だけだと思う。

生きて行くことに疲れちゃった。

ただ、少しだけでも気持ちを汲み取ってもらうことが出来るのであれば、女でもなく、男でもなく、ただ無為に生きてきたこの時間に対して、それでも意味があったと思えるかもしれない。

その思いを胸に秘めて、死ぬ事が出来たら、もうそれで幸せな人生だったと言う事にさせてください。

さようなら。

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2026年3月31日 12:12 CAT :

どうせ愛せるなら 完璧にと願った

先日、娘が遊びに行ったんだけど帰りが遅くなってしまったので、迎えに行くことがあった。

別にそれ自体はいいんだけど、問題なのは、娘が自転車で出かけていたということ。

オレの車には、娘の通学用自転車は乗らない。

で、どうしたかと言うと、嫁と2人で迎えに行って、娘を嫁の車に乗せ、オレが娘の自転車で帰ってくるという方法をとった。

今回はそれでオレが疲労困憊、両足筋肉痛になっただけで何とかなった。

ただ、これがくそ雨の降る日とかだったらどうしたかという話ですよ。

ここ最近のブログでも何度か触れたけど、車を買い替えるタイミングが来ている。

その理由の一つに、こういう子どもたちの送り迎えが物理的にできなくなっていることもある。

それがあるから、個人的に乗りたい車じゃない、ひどく不自由な車選びを余儀なくされているんだけれども・・・

いやしかし、こう何度もまざまざと困ってしまうと、ほんとにそろそろ何とかしないといけないよなぁ。

予算的に新車じゃなくて、中古車になるような気がしてるけど・・・にしても、お気に入りの車などないのに、買い替えるとかどういうことなんだ・・・

結局のところ、自分が一番気に入った車にする。ということはできなさそうなので、そうなると、あとはもう流れを待ってぴったりの車にするしかないですよね。

と、言ってたら、なぜか先日知り合いからBMWの320Dという車をお勧めされた。

見てみた感じでは、嫌いではない感じ。

ただし、数年前の型落ちだ。

現行モデルは、先日オレが「ブタの鼻」と言ってたデザインなので、さすがに嫌すぎる。

っていうか、オレがBMWって、笑っちまうよ。

維持費とかも高そうだしなぁ。

話聞く分には悪くないんだけど、その辺も含めて、もう少し検討する必要がありますな。

現行モデルのデザインはこれね。

流石に、ブタの鼻が過ぎる・・・って・・・

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2026年3月30日 12:12 CAT :

どんな未来たちが待ち構えていても多分平気さ

先日、近所のうどん屋さんに行ったときの話。

器を片付けに行く途中で「おい!」と声をかけられた。

目をやると、見たことのないおっさんがオレに向かって声をかけてくる。

だれだ?こいつ?仕事関係で、あったことある人か?と色々、思いを巡らせていたんだけど、よくわかんない。

ただ、一つだけ。

そのおっさんのオレの呼び方が、オレが小学生のころ、本当に一時期だけ呼ばれていたあだ名だったことから、記憶をたどっていった結果、小学生のころの知り合いだった。

なんとまぁ・・・お懐かしい。

多分、最後に会ってから15年くらい経ってる気がする。

最後に会ったのは、こいつの結婚式の時だったか・・・?

むしろよくオレのことが分かったな。という感じ。

お懐かしいけど、うどん屋さんですれ違っただけなので、特に話し込むでもなく「また、飲みにでも行こうぜ」という予定調和の建前を話して、お別れしてきた。

・・・という話だけなら、これでおしまいなんですよ。

ただ、一つだけ言いたい。

お前、老けすぎじゃね?

正直、オレは声をかけられたとき、どこかのおじいちゃんだと思った。

よもや、同年代だとは思わなかった。

禿げかけてたとか、めっちゃ太ったとか、そういう身体的特徴も・・・まぁ、あるにはあった。あったけど、それだけじゃあない何かが、とても老け込んで見えたんだよ。

なんですか。

そんなに人生に疲れ切っているのか?

聞けば、その最後に会った時の奥さんと離婚し、実家に帰ってきたのだそう。

結婚期間に何があったらそこまで老け込むのか。

子どもはいなさそうだった。(聞いてはないけど、多分・・・)

慰謝料とかで、首が回らないとかそういう言事なんだろうか?

以前オレに対して「車は良いのに乗れよ。その車でいいのか?」と愛車のぶんちゃんを馬鹿にしたあいつは乗り古した小さな軽自動車に乗って去っていった。

人生って色々あるし、それは人それぞれ。

ただ少なくとも、今うちの会社で一緒に働いてる「ひとときの暗がり」のタクヤの元ネタのやつに、こんな感想を持ったことねぇよ。

3人とも同じ年だとしたら、お前だけ老けすぎだろうが。

何があったんだよ。

という話を今度会った時にするのかもしれない。

ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、オレはこいつのことがそんなに好きじゃないということだ。

昔の嫌な性格が治ってることを期待して、今年のどこかで飲みにでもいければいいですね。

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2026年3月29日 12:12 CAT :

恋一つできなくて 何ができるのか

心の消耗を防ぐ方法を考える。

心の消耗というものがどうしてもねぇ・・・付きまとってくるわけですよ。

この年になってくると。

男の場合、厄年が42歳。

女の場合、厄年が33歳。

と設定されているのって、数字的な意味合いというよりも人生のライフステージ的な意味合いがあると思ってる。

丁度、人生においてしんどくなる年齢なんだよ。きっと。

一応、無事(?)というか、何とか厄年自体は終わったけれども、まぁ上記の理論で行くならしんどいタイミングはまだ完全には終わってない。

心の方がね、いろいろ消耗するんです。

ただ、なんか知らんけどそれに反比例するかのように、創作については絶好調らしい。

漫画描くのが楽しくて楽しくてしょうがない。

筆が止まりませんよ。

アイデアが止まりませんよ。

そんな感じで、お仕事してて、休憩時間になる度、漫画を描いてる。

基本的には、早寝早起き。

最近は嫌なお仕事も、以前より減ってきた。

っていうか、今の生活なんてサラリーマン時代と比べるべくもないほどストレスフリー。

なのに。

なのにだ。

なぜか、心がちょっぴり消耗しているのです。

なんでなんだろう?

何が原因なんだろう。

よく分かんない。

でも、心が消耗している気がするんだ。

問題なのは、特に不満のない日々の生活において、この部分の回復をどのようにして図るのか。ってことだよなぁ。

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2026年3月28日 12:12 CAT :

雨上がりのシャンデリア

4月から自転車の交通ルールが大分厳格化される。

この前、息子と2人で自転車でお出かけした時に、このルールの事を考えて運転してみたんだけど・・・コレ、無理じゃね?と思う所がかなり多い。

って言うか、まずオレの住んでるクソ田舎では、自転車専用のレーンなどあるはずもなく、歩道を通らないのであれば、車道を通るしかない。

歩道も無くて、車道の横の白い線の内側を通学する子どもも歩いてるような状況なんですよ。

何なら道路にまで植物が伸びてきているので、それをよけるため車道に入らないと歩く事も出来ないと言う場所もある。

ついでに言えば、車道も非常に狭く、2車線どころか1車線の所も多々ある。

1車線の車道なんて、どう足掻いても1m以上離れて自転車を抜く事は物理的に不可能。

じゃあ、車運転してて、目の前に自転車が存在してたら、そこでゲーム終了。と言う事になるんだろうか。

流石に、このルールはメチャクチャじゃね?と思ってしまう。

元をただせば、ロードバイクとか言う、変な乗り物に対してはこのルールも分かるんだけど、ママチャリとか、自転車通学してる学生とかに関しては、これまでと同じで良くね?

これは一体誰のための、どっちを向いたルールなのか。

全く意味不明。

まぁ、政治家の人なんて、田舎の人間は野山を駆け回ってる家畜くらいにしか認識してないだろうから、どうでも良いんだろうけど。

これで子どもたちまで青切符切られるとかになると、流石に可哀そうすぎる。

実際、どういう運用になるのかは、4月以降にならないと分からないけど、あんまりいい予感はしないよなぁ。

せめて、インフラを整備してからにしてくれ。

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2026年3月27日 12:12 CAT :

涎垂らしたオオカミさんが美味しそうなキャンディくれる

「赤ちゃんが乗ってます」のステッカーを車に貼ると、一部のエセフェミさんから怒られるらしいですね。

そんなんだから膣無事無惨様とか言われるんだよ。

それでどうすれば良いと?と。

オレも子どもが小さい頃は、この手のステッカーを貼ってた。

どうすればいい?じゃないんだよ。

子どもが乗ってるので安全運転するし、急停止するかも知れないし、子どもがドアを急に開けたりするかもしれないので気を付けてくださいね。

って気持ちだった。

どうして欲しいみたいなことはない。

そもそもの話、なんで自分主体なんだよ。

子どもが乗ってるのはこっち側なので、こっち側がそれをお知らせしてるだけの話。

そっち側に何かを要求してる訳じゃあない。

ただただ申し訳ないです。みたいな感じだと思う。

あと、何か事故かなんかがあった時に、子どもが乗ってる事を救助してくれる人に伝えるためみたいな役目もあるとか何とか。

「こっちは子どもが乗ってるんだぞ。配慮しろよ!」みたいな上から立場の奴っているのか?いるとしても、そんな多くは無いと信じたいです。

あくまでも主体は子ども。だと思ってた。

この考え方が違うのか?

この辺りの感覚が正直良く分かんない。

正解とかはないんだろうけど、怒られる謂れはないよなぁ~と。

取り合えず、ひがみたい年頃なんだろうね。と言う事にしておこう。

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2026年3月26日 12:12 CAT :

やがて花は散り 人は移りゆく

先日、娘に「漫画をずっと描いていたいなら、エロ漫画とかお金稼げるらしいよ」と言われた。

遂にオレも娘にエロ漫画を勧められるようになったのか。偉くなったもんだ。と感嘆してた。

ただ、一つだけ娘に言いたい事がある。

確かにオレは過去に漫画家を目指してた、所謂「ワナビー」と言う人種だったと思うんだ。

でも、今のオレはお絵描きも含めて、デザインとかその辺のお仕事で生活している訳で、それはそれで満足してるんだよ。

そして、お金のためにエロ漫画を描くんじゃなくて、オレの思ってる妄想を漫画で描きたいんだ。

漫画を描く事が楽しいんじゃなくて、妄想を漫画にする事が楽しい。と言う事を理解していただきたいです。

将来的に、メッチャエロ漫画を描きたくなった時には、描くかもしれないけど、それは昨日の記事でも触れた衝動の話であって、お金を稼ぐために漫画を描く。が、今のところは最終目標じゃないんだよなぁ。

とは言え、もし、今の会社が立ち行かなくなって暗雲が立ちこみ始めたら、今お仕事をしてる時間をエロ漫画とかに充てる可能性はある。

結構あるかも知れない。

もっとも、じゃあオレの描くエロ漫画がお金になるのか。と言う疑問もあるんだけども・・・

学生時代、伊駒一平先生のエロ漫画が大好きでとにかくほぼ全ての単行本を買い集めていた。

でも、それ以来、早見純先生のような圧倒的芸術作品を除いて、オレの「これだ!」と思えるエロ漫画に出会えていない。

それはきっと性癖的に合わないんだと思う。

オレに100%ドストライクのエロ漫画がない以上はオレが描くしかないでしょうが!と言う話なんだけど、そもそもの話、なぜないのかと言われれば、需要がないからに違いない。

FANZAをぼけぇ~っと眺めていても、オレが「お!これは!」と思う作品は悉くコメントが少なく、販売数もお気に入り数も少ない。

そして、コメントが多くて、販売数とかお気に入り数が多いもので、メチャクチャ良さそうなものはほぼ皆無。

あんなもんサンプルで十分だ!って話ですよ。

なので、きっとオレがオレに画力があって、しっかりとしたエロ漫画が描けたとしても、自分の性癖を丸出しにすると、きっと売れない気がする。

結局、いつの時代、どこに行っても、オレは爪弾かれる運命にあるのですよ。

この本・・・今でも、大事に持ってる。

「少女スリットえぐられ地獄」。声に出して読みたい日本語の代表みたいなタイトルですね。

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2026年3月25日 12:12 CAT :

桜の木の下には理由が眠っている

春は音楽の季節。かどうかは知らないけれども、久々に音楽的な事をやりたいなと思ったりしております。(多分、実際にはやらないんだろうけど。)

何か、昨年も春にそんなこと思って、曲書いていたなと思って過去の記事を探しても、一向に見つからない。

おかしぃな~と思って、探していたら一昨年に探してた記事がありました。(こちらの記事)

昨年の春は、音楽の季節じゃなかったらしい。

そして、あれが2年前だと・・・と言う事に衝撃を受けている。

何しかあの曲を書いてから、全く何もしてないので、今回もこの盛り上がりをなぜか漫画とか小説の執筆にぶつけて、それで終わりになるんだろう。

DTMの環境を整えて、音源制作に漕ぎ出したいと言う欲求は常にある。

あるんだけど、漫画描くのが楽し過ぎて、それを投げ捨ててまでやる価値があるのか?と考えると「じゃあ、今じゃないか」となってしまうんだよなぁ。

少なくとも、今描いてる「風を切る日々」を描き終えて、次の「始まりは終末」を描き終えて、次の「あやつり」を描き終えて、最終章の「やみ。世界」を描き終わるくらいまでは・・・

いつの話になる事やら・・・

どうでも良いけど、「あやつり」と言うタイトルの漫画の元ネタは「ひとときの暗がり」にも出てきた「marionette」と言う恐れ多いタイトルの物語。

そのプロットをぼんやり考えて居たんだけど、ふとタイトルを「marionette of mother」ってしたいなと思ってしまった。

何か英語タイトルって中二病臭いよね。と思って、一時期からタイトルを感じとか日本語にするようにしてたんだけど、一周回って英語タイトルにしたい衝動が出て来ました。

いつの時期も、何らかの衝動に駆られて、何らかの活動を行っております。

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2026年3月24日 12:12 CAT :

コールタールに身を投げて悪魔に成りすます

数ある積み本の一つに、大好きな沙村広明先生の「波よ聞いてくれ」がある。

で、それを今ですね、読み進めておるわけですよ。

大好きと公言しておきながら、読んでいないとはこは如何に!?何だけれども、正直な話、面白い事は分かったんですよ。

ただね・・・何というか、あの天才沙村広明をして、何でラジオDJと言う非常に小回りの利いた漫画を描くのか。もっとこうどうしようもなくダイナミックな描写とかが天才的にうまい人じゃないですか。

そりゃあ、会話劇も天才的と言うか、漫画家として天才的な事は10000も承知ですよ。

それでもだ。

とか何とか、管を巻いてたんだけど、いざ読んでみたらまぁ、アホほど面白いでやんの。

そもそもこれ、ラジオDJの話である必要があるのか、非常に疑問が大きい。

まぁだからこそ。なのかもしれないけれども。

って言うか、何で北海道の地方ラジオ局の漫画で、日本を電波ジャックするテロ組織が出てきて、百琳姉さんみたいな人が監禁される展開が出てくるんだよ。

「無限の住人」みたいな凄惨な拷問シーンが無かったのは、ただ、沙村広明先生が年を取ったからだと思う。

昔だったら、絶対拷問シーンも描いてたと思う。

明らかに「無限の住人」の乙橘槇絵のスターシステムっぽいマキエさんと言う人がいるんだけど、単行本最初の登場人物紹介でやれ「作中最強の剣客ではない」とか「犬を殺してはいない」とか「茨城県で死んではない」とか、やりすぎじゃあないでしょうかね。

細かい小ネタまで含めて面白過ぎる。

一番好きなギャグマンガは「モンモンモン」で、一番笑ったギャグマンガは「ハルシオンランチ」です。

その「ハルシオンランチ」みたいなノリで、チョイチョイ銀魂みたいにシリアス展開をはさんでくると言うね。

面白くない訳がなかった。

まだ、全部読んでないけど、どうせまたしばらく単行本も出やしないんだろうし、のんびり読んでいきましょうね。はい。

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2026年3月23日 12:12 CAT :

ジュール・ヴェルヌの見た夢について

パンスペルミア説と言うものがある。

メチャクチャ乱暴に要約すると、地球上の生命が地球由来のものではなく、宇宙からもたらされたものであると言う説。

例えば落ちてきた隕石の中に存在していたとかね。

まぁ、そんなオカルトな話ですわ。

オカルト好きとしては、絶対1度は通ったであろう話なんだけど、こんな面白い記事を見つけてしまった。

【はやぶさ2が持ち帰った小惑星の砂から全5種の塩基AGCTUを発見】

これまでも、地球上にある隕石から生命のもとになる塩基配列は発見されていたんだけど、遂に宇宙空間を漂う小惑星からそれが発見されてしまったと言う胸アツ展開ですよ。

って事は、このオカルト界隈だけをにぎわせていたパンスペルミア説が現実味を帯びてきたと言う話になる。

オレが生まれた頃には、ビッグバンも、多元宇宙論も、サイクル宇宙論も、平行世界も、何だったら巨大隕石で恐竜が滅びたみたいな話さえも、全部オカルトの分野だった。

所が、今じゃあ全部真実だと言う前提のもとで、全世界の頭の良い人たちが真剣に研究しているじゃありませんか。

何が言いたいかと言うと、つまりは、オカルトこそが全ての学問の最先端を行く分野なんだ。

オカルト界隈では有名な話なんだけど、数字の3、6、9は他の数字とは違う力を持つと言うものがある。

この話をし始めるとまた、色々長くなるので、適当にググって見つけてきたこちらのページでも貼り付けておきましょうか。

【運を味方につける数式】

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」と言ったのは誰だったっけ?

実際、オカルトだと思われていた事も、全て真実なんですよ。

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2026年3月22日 12:12 CAT :

手間と労力が報われることのない別に風を切るわけでもない日々を過ごす~その21

先月が酷い状態だったので、今月は少し早めにアップしました。

はい。

月内ならいつでもいい気がしたりもするんだけど、出来れば、月1を月2回更新とか、2ヶ月で3回更新とか微妙に増やしていきたいと言う無謀な事も考えておりまして・・・色々試してる感じでございます。

いやね。早く続きが描きたいんだよ。

ここから、どんどん面白くなる(と思う)から・・・

そんな感じで、次の更新時まで少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきます!

>

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

イメージイラスト新しく書き下ろしましたよ。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

今回はこちら。

第4部交戦記 第3話「暁に想う」

このタイトルは元ネタの「ランナウェイデイズ」の頃からあるもので、結構お気に入りなので今回そのまま使用。

本編とは別に、周囲での出来事とこれから起こる事を描いていく、所謂「溜めの回」となっております。

こんなオレでも一応、1話ごとで盛り上がりとオチと言うか引きを作る事は意識してたりするんだけど、この手の「溜めの回」はこれが本当に難しい。

だって、これからの面白展開のために色々仕込むための回なんだもん。

仕込む過程で、盛り上がりを作ると言うのは実に難しい。

一応、今回なら、アスの登場と「us-second stage」では明かさなかったアスの出生についての話。

あと、バフィル両大臣の処刑と言うシーンを入れ込んだ。

(↑)の絵のやつね。

バフィルの両大臣の処刑については、もう少し後で出す予定だったんだけど、あまりにも今回の話が地味すぎたので急遽入れ込んだ感じ。

第3部37話「英雄記」でカズエルの言ってた「ガルの杞憂の元凶」とは、バフィル帝国の政治にまで入り込んでいるヴェルナリティーの存在で、その杞憂に対処したと言う事なんだけど、無理やり入れ込んだから、チョッと分かりにくかったかも知れない。

この辺りは15ページというページ内で、如何に分かりやすく、且つ盛り上がりを作るかというネーム構成の話になってくるよなぁ~。

こういうの考えるは楽し過ぎるので、もっと精進していきます。ハイ。

先日の記事でも書いたけどこの辺り、色々試したりしております。

もっと面白い漫画を描きたいんだ・・・

最期にこの回のお礼絵をば。

今回はネームじゃなくて、たまたま見つけた最初期の「ランナウェイデイズ」の原案のノートについて・・・

これは、またいずれブログの方で、がっつり書こうかなと思ってるので、今回は軽くさわりだけ。

初期設定段階での「千の戦争」について、人口生命体の設定について、幽子理論についてなど、中学生のおつむがどんなことを考えていたか赤裸々に書いていきましょうじゃないですか。

自ら黒歴史を晒していくスタイルで生きて行くよ!

show must go on!

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2026年3月21日 12:12 CAT :

あの世へのハードルはそれほど高くない

先日、深夜にふとお絵描きがしたくなって、手元のスケッチ帳に絵を描いてた。

(↑)その時のポスト。

やっぱりあれだ。アナログの方が楽しいよなぁ。

とは言え、ライトとレビの方はまだしも、下の絵はなんか違和感がある・・・

あの画像を取り込んでみたヤツがコレ。

多分ミデアが、右にズレすぎていて、左の肩(もしくは腕)がめっちゃ長くなってしまってるのと、そもそもの話、この絵だとミデアは何にもない空間に体重を預けてるみたいになってる。

最初にミデアの体を描いてしまったから、こうせざるを得なかったんだけども・・・

描きたかったのはアヤナに抱き付いてるミデアのイメージだったので、多分、本来はこうなるはずなんだよ。

と言う事で、元の絵をチョッと位置調整して追記してみたのがこんな感じ。

これなら、何となく納得できる。(ミデアの顔が少し大きい気もするけど・・・)

まぁ、ボールペンの一発書きなのでしょうがないんですよ。と言い訳しておきます。

見直した後、調整できるのはデジタルの良い所なんだけど、そのせいで、今回みたいな一発描きをした時に違和感のある絵になっちゃうのは、もしかして画力としては退化してないか?と、ちょっと不安になったりならなかったり・・・

そもそもの話、ちゃんと下書きして納得のいく絵にしてからペン入れすれば、アナログでもこんな事は起きないとも思う。・・・でも、そう言う問題でもないような気がするよなぁ。

全体の構図をもっと正確にイメージしてれば・・・

もう少しデッサンと言うか、ざっくりとアナログで描く機会を作らないといけないよなぁ~。

とか、そんな事を思いました。

この絵は別に何にもないので、これ以上描き直したりはしないけどな。

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2026年3月20日 12:12 CAT :

寂しく切なくて生きるのが辛い夜

毎年マジでギリギリなんだけど、今年も無事確定申告が終わった。

自分で会社やってるのに、確定申告をするとはこれ如何に?という話なんだけど、実は、自分の会社からの報酬以外にべつ会社の外部役員的なものをやっておりまして、その会社からの収入もある所謂「2か所勤務」と言う奴なんだよね。

メインの方は自分の会社にしているんだけど、それでも、別会社からの収入を足した収入から、自分の会社以外の経費なども色々足したり姑息な事して、最終的な所得を申告してるだよ。

オレ以外の社員さんと、取締役の嫁は会社で税理士さんに年末調整してもらってるのに、オレだけが自分で確定申告をしていると言う変な話。

それぞれの会社の源泉徴収票や、経費のレシート、領収書と睨めっこしながら、数字を打ち込んでいく感じです。

まぁ、そこまで大変でもないんだけど、それでもなかなかどうしてお時間をね・・・いただいてしまう訳でございますよ。

ただ、マイナンバーカードとマイナポータルを手に入れてからは、体感的には格段に手間は省けたような気がする。

ありがとう。マイナンバーカード。

保険証もマイナンバーカードに引っ付けたので、勝手に医療費の分も参照して登録してくれるし。

逆に言えば、不正が出来なくなってしまったとも言えるんだけど、元々やましい事などしていないので、勝手に正式な数字を入力してくれると言うのは非常にありがたい。

ADHDの定めなのか、とにかく同じ数字を見ながら打ち込むのが苦手で苦手でしょうがない。

まぁ、国にがっつり資産とか、その他色んなものを掴まれてしまうのが嫌だと言う話も分からなくもない。

国に対して1ミリ信用してないか、もしくは当たり前のように不正をしている人にとっては、これほど都合の悪いものはないんだろうね。

ただ、オレの場合は、手が後ろの回るような不正はしてないし、日本と言う国に対してはある程度の信頼を置いてるので、むしろこの辺りの手間がなくなる事の方がありがたいと思ってしまう。

そんな話です。

少しずつマイナンバーカードに便利さを覚えつつあります。

そうして、国に管理搾取されて行くと言う・・・よくある陰謀論ですな。

事実かも知れないけれどもな。

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2026年3月19日 12:12 CAT :

時間の無駄だろ 日が暮れちまう いい加減にしろ

「風を切る日々」のネームストックがなくなってしまったので、ネームを描いております。

当たり前と言えば当たり前なんだけど、漫画を描く上で一番楽しい工程と言うのは、このネームを描く、もしくはその手前のプロットを考える段階だと思う。

それについては、ほぼ全ての人が賛同してくれるんじゃないでしょうかねぇ。

そこから漫画として完成させるまでの過程はなかなかどうして、楽しみつつも大変。

そんなこんなで、モリモリとネームを描いている。

第4部に関しては、元ネタの「ランナウェイデイズ」そのままではなく、色んな所を再構成して描いているんだけど、それでも元ネタの気に入ってる部分については極力そのまま描いていくつもり。

今ネームを描いているところは、ほぼほぼ元ネタの方と同じ展開になってるんだけど、問題なのはやっぱり拙すぎて、そのまま描くのはしんどいと言う所。

だと思ってたんだけど、描き上がったネームと、元ネタの方を読み比べてみると、元ネタの方が面白いと言う事が多々あるんだよね。

「いや、これではダメだろ?」と思って描き直した方が面白くないと言うのは、どういう事なんだろう・・・?

絵の問題かとも思ったけど、元ネタの方なんて画力が崩壊しているので、何だったらネームでも、今の方がちゃんと描けてるとすら思ってしまう。

間が悪いのか、セリフ回しが悪いのか・・・全く分からない。

分からないので、74話はあえて構図やコマ割りも含めてほぼそのままの感じで描いてみた。

これで、原稿完成したあと読み直してみてやっぱり面白かったら、オレは多分、学生時代と比べて小手先の技術は多少ついたけど、それ以上に面白い漫画を描くセンスを失ってしまったと言う事なんだろう。

そうならないように祈りつつ、今日もペンを持っております。

さようなら。

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2026年3月18日 12:12 CAT :

とてもまともじゃいられない 爆走All Night Long

「ラーゲリより愛をこめて」と言う映画を見た。

何かネットフリックスの「あなたにおすすめ」の欄に出てたので、特に何の前情報も無しに見ていた感じ。

丁度直前に「この世界の(さらにいくつもの)片隅で」を見てたので「同じような戦争映画ですか。ほうほう・・・」くらいのテンションで。

ただ・・・この映画、まぁそれはそれは泣いてしまった。

(↑)その時のポスト

特に、ラストの捕虜仲間たちが、遺書を届けに来るシーンとかは、もう嗚咽ですよ。

イヤァ・・・素敵な映画を見た。

二宮くんの演技は改めて素晴らしいものだと感嘆した。

これは「ライフイズビューティフル」に匹敵する名作だと思ったもんだ。

そして、数日が経った辺りで気が付いた。

ごめん、やっぱり「ライフイズビューティフル」の方が好きだった。

理由は簡単で、この「ラーゲリより愛をこめて」と言う映画には、邦画の悪い癖と言うか何と言うか、「ほら、ここ感動する場面だぞ。感動的な音楽流してやる。悲しそうな俳優の顔をアップで映してやる。さぁ、泣け!泣け」という意図が明確に分かってしまうから。

どんだけ視聴する側のIQが低いと思ってるのやら・・・そんなことしなくても、勝手に感動できますから。

そのあざとさがチョッとだけイヤな余韻として残ってしまい、しばらくすると「良い映画だったのか?」となってしまったと言う感じ。

「ライフイズビューティフル」の凄い所って、ほとんど凄惨な事を映さないし、露骨に感動する音楽とかも流さない。

一部を除き、終始明るく、楽しい音楽と展開で進んでいき、最後には爽快な音楽とともに自慢げな子どもの笑顔で終わるんだよ。

最期に付けられた「これが父が僕にくれた宝物」と言う一言だけで、全てを察した上で、もうそりゃあ号泣する。

このセンスなんだと思うんだけどなぁ。

いや、映画の事なんてよく分からないけど、本当にこれを思い出しただけでも泣きそうになってしまう。

それと比べると、あの遺書を届けるシーンが、どうしても薄っぺらく感じてしまう。

もう少し、こう・・・なんかあったんじゃないだろうかと。

とは言え、あの映画がダメだったと言うつもりはなくて、名作だと言う事は間違いない。

比較対象が悪かったのですよ。

「さとうきび畑の唄」と同じくらいの名作なのは間違いない。

みたいな書き方が正しいのかどうかは分からない。

どっちにしても、未視聴の人は、ぜひ一度おすすめです。

ホント泣けるよ。

泣けることに価値があるのかどうかは知らんけど。

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2026年3月17日 12:12 CAT :

はかない恋の記憶

身寄りのない2人の姉弟がいた。

その日のご飯もないほど貧困になった2人は、とあるレストランで無銭飲食をする。

そのあと、逃げ切ることは出来たのだが、良心の呵責に耐え切れず、2人で警察へと赴く。

・・・みたいな夢を見た。

もう少し細かい部分があったりするんだけど、まぁ、それはそれとして・・・

何じゃこの夢。

何が凄いって、オレが出てこないの。

まるで一編の映画を見ているような感覚の実に不思議な夢だった。

物凄く心に残るお話だったので、これを今年の「漆黒の青空」にアップする短編として考えるか。とさえ思った。

思ったまでは良かったんだけど、この手の話では「岬の兄妹」と言う名作があった事を思い出しちゃった。(この映画の感想についてはこちらにツラツラ書いております。

じゃあ、もう良いか。

と急激にテンションがお下がり申し上げてしまった訳でございます。

同じような題材であっても、自分なりに良い感じに作り直せるなら描きたいんだけど、同じようなテーマで同じような展開とシーンをなぞるだけなら、元の奴を見た方が良いですよねぇ。

そんなこんなでこの話は没だ。没。

何か昔だったら、絶対ネームは切ってただろうになぁ。

色々知ってしまうと言う事は良いようで悪いような。

難しいもんですな。

同じような理由で、昭和以前の日本の村社会の閉塞感を描きたいんだけど、どう頑張っても日野日出志大先生の「蔵六の奇病」と犬神サアカス團の「恐山」がオレの前に立ちはだかって、何度も諦めております。

でも、絶対に死ぬまでには、このテーマに挑戦したい・・・

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2026年3月16日 12:12 CAT :

手首を流れる血をお前の体に絡みつけたりして欲しかったのに

朝目が覚めて、スマホをいじってるといくつかの情報が目に入ってくる。

その中で「いや、それは違うだろう。」とか「オレならこう思う」と言うものって絶対に1つや2つはある訳で、それを仕事始める前に10分くらいでブログに書く。

ここ最近は、まぁそんな感じなんですわ。

所が、時々そのネタが何だったかを忘れてしまう事がある。

以前はこんな事なかった。

って言うか、「そんなことまで覚えてんの?」とよく言われていたんですよ。

それなのに、何でこんな直前まで覚えていたことを忘れてしまうのやら。

これを老化として片づけてしまうのは簡単な事なんだけど、それよりは、どうすれば忘れずにいられるかを考えた方が前向きですよね。と思っておる次第です。

何が言いたいかと言うと、まさに、今その状態が起こってるんだよ。

なに書こうと思ってたかなと、色々頭の中を逡巡させてるんだけど、一向に思い出せない。

職業の選択と自由について・・・か?

ここ最近のお仕事状況・・・か?

創作についての思う所・・・か?

最近漫画描いてて思った事・・・か?

絵を描く時の最近のこだわりの話・・・か?

イランの情勢とかガソリンの値段の話・・・か?

中国共産党についての話・・・か?

日教組のアホ教師が「中国は有史以来侵略行為をしていない」とか寝ぼけたことをポストしてた件・・・か?

そうなんだよ。

思ってる事、描きたい事、語りたい事はまぢでいっくらでもある。

あるんだけど、その中で「あ、今日はこれについて書こう!」と思ったものを忘れてしまってんだよ。

オレの頭の中はどうなってんでしょうかねぇ~

うむむむ・・・

と、ここまで書いてて、思い出した。

森川ジョージ先生が、マンガワン事件と言うか、北海道芸術高等学校での生徒虐待事件で、個人的に寄付を募るポストをしたことに対してだった。

北海道芸術高等学校のチーフディレクターが日本漫画家協会の理事長と同一人物だと言う話を聞いて、この加害者を起用していた話とかが一気にきな臭くなってないか?という話を書きたかったんだ。

思い出したところで、今日の文字数の限界が来たようですな。

こんな日もあっても良いじゃないか。

この話題については、後日、ちゃんと書くかもしれないし、そのまま忘れてしまうかもしれない。

それは神のみぞ知る。

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2026年3月15日 12:12 CAT :

悲しみは数えきれない星座になるけど

宗教は必要なのかみたいな事をぼんやりと考えてた。

先日の記事でも触れた、戦死された方の遺書の一つに、「無神論者だったことを後悔している。宗教の本をください」というものがあった。

自らの命を国のために捧げると言う極限的心理状態に、考えが及ぶはずもないんだけども、宗教がひとひらの救いになると言う事なんだろうか。

日本においては、新興のカルト宗教のせいで、非常に宗教と言うものに対するイメージが悪い気がする。

実際、あそこやあそこの信者さんなんて、オレの生活圏内に頼むから入ってきてくれるなと思ってるし。(どことは言いませんが・・・)

ただ、冷静に考えると日本人ほど宗教が生活に入り込んでいる人種もそうそうないんじゃないだろうかとも思ってしまう。

いや、オレ海外の事よく分かんねぇんですよ。

だから日本人の宗教観が海外から見てどうなのかと言う事は全く分かんない。

その上で敢えて言っちゃおうと。

一般的な日本人は、多分、神様も仏様も信じてる。

それも、宗教を信仰していると言う意識すらなく、当たり前のように。

「無宗教です。」「無神論者です。」と言いながら、お正月には初詣の列に並んでるし、誰かが亡くなったら坊さんに読経してもらってる。

そんな人がメチャクチャ多いと思う。

日本人の言う信仰とは、前述のカルト宗教にどっぷりつかってしまってる、ちょっと距離を置きたい人達のやってる事なんだろう。

子どもを学校に送る時、オレはその帰り、道中にある神社にいつも寄ってお参りしてる。

その神社は、近所に住んでるおばあちゃんが毎朝水換えをしてて、どっかのおっちゃんが境内を掃き掃除してるので、いつもきれい。

オレも、汚れてたら拭いてあげようと、いつも濡れティッシュとか持って行ってる。

でも、そのおばあちゃんとかおっさんに対して、宗教を信仰してるヤバイ人たちだと思った事ない。

いつも挨拶したら「おはようございます~」ってにっこり返してくれる。

って言うか、オレの場合、庭にくろべぇを祀る祠作ってて、毎朝ご挨拶してるし。

話を戻そう。

宗教が必要か。という事を考えた時、敢えて信仰しますと考えなければいけない類の宗教は必要ない。

ただ、日本に古くから存在し、生活の中に入り込んでいるものを宗教と言うのであれば、それはきっと必要なんだろう。

大学生の頃、フィールドワークで地元の神社を巡った事があった。

その時、神社に設置されているお百度石の年代を見ると、明治27年~29年がやたら多かった。

西暦にすると1895年で、日清戦争が始まった年なんだよね。

日清戦争で駆り出された自分の家族の無事を祈るため、色んな所にお百度石が作られたと言う事なんだろう。

都合の良い時だけは、神様にお祈りする。

それが日本土着の宗教なのかもしれない。

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2026年3月14日 12:12 CAT :

人並みに消えていく記憶の吐息

そろそろ小説「ひとときの暗がり」の続きも描いていかねばと思っております。

今月こそ、「風を切る日々」71話描き終わったら、「ひとときの暗がり」の続きを描くよ。という固い決意をしてる。

まずは頭を文章モードに切り替えるために、小説を読もうかなと思ってたのに、ワンピースのせいで、やっぱりずっとワンピースを読んでる体たらくでございます。

今年の年始に読んでメチャクチャ面白かった「点と線」の続編「時間の慣習」を読もうかなと思ってたんだけど、フジリュー先生の「屍鬼」を読んで面白かったので原作の小野先生の小説も読みたくなってる今日この頃。

先日、Xでポストした内容。

この時の清志郎の記事を読んで(多分、「バンやろ」か「GIGS」だと思うけど)、自分たちでも学校の校歌をハードロックに編曲するみたいな事をやってたのをふと思い出した。

何かこの頃、ぐるナイって番組で、ナインティナインがバンド活動をやってて、それで「ドナドナロック」って曲を作ってたのを真似したりもしてた気がする。

その辺りの音源も残ってるんだけど、それを引っ張り出して来たら「朝日が目に染みた赤フン達」ってCDに入ってた。

と言う事はあれか。守山部長の卒業式前に録音したらしいので、1部のラスト辺りのエピソードだったらしい。

あらぁ。

じゃあ、もうこのネタ入れられねぇじゃん。という事で、ブログにでも書いておきましょう。

何か、清志郎が「君が代」をハードロックに編曲してるのに対して、オレは自分の通っていた高校の校歌をハードロックにするとか、何とも器の小さい感じだよなぁ。

まぁオレの器なんておちょこの裏ですよ。ケラケラ。

それでも、学校の校歌をネタにすると言う事に、反体制的な事を少しは考えて居たような気がしないでもない。

いや、考えてなかったか。

そんな思慮深い感じでもなかったような気がする。

答えは当時のオレのみが知るのです。

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2026年3月13日 12:12 CAT :

もう誰も癒せない 傷痕に降り注ぐ雨

一旦、80巻でストップしてたワンピースの続き、90巻まで買ったので読んでみた。

ホールケーキアイランドとジェルマ66の辺りのお話ですね。

チョッと前に、「ワンピースって60巻以降も面白いじゃん」と言う記事を書いたんだけど、その続きも読んでいきましょうね。とそんな感じ。

・・・ホールケーキアイランド編。

下手したら、一番面白かったんじゃね?というくらい面白かった。

アラバスタ編とか、空島編とかの思い出補正を抜きで考えたら、まぢで1番面白かったかも知れない。

とにかく、カタクリとルフィの戦いがかっこよすぎた。

カタクリカッコよくね?

今のところのワンピースでのベストバウトはこれかも知れない。くらい痺れた。

カタクリが、敢えてもう一度背中から倒れる所とか、倒れたカタクリの口元にルフィが帽子を置くところとか、もう最高じゃないか。

誰だよ。ワンピースは60巻までだって言ってたのは。

ごめんなさい。オレでした。

本当にごめんなさい。

で、だ。

数々のワンピファンが脱落したと言う問題のワノ国編ですよ。

これが90~105巻までなので、またその内、これもまとめてお買い上げして一気読みするだろうけど・・・果たして、ここで限界が来るのか・・・多分来ないような気がするけども。

ジャンプで毎週追ってたらしんどかったと思う。

でもコミックスで一気読みしたらアホみたいに面白いと言う奴の典型なんじゃないか。

ジョジョの6部を当時、ジャンプで追ってた時、「ジョジョって5部で終わったな」と思ってた。

でも、コミックで一気読みすると絶望感と展開がメチャクチャ面白くて、ジョジョで一番面白いの6部じゃね?とすら今は思ってる。

それと同じ現象ですよ。

いやぁ~カタクリ戦はかっこよかったなぁ。

これ、鏡の世界での戦いで、余計なモブの解説が無かったのも良かったんだろうね。

戦いの規模感を出すために、モブが沢山いると言うのも分かるんだけど、こういう本当の1対1の戦いってやっぱり痺れますな。

そして、90巻で遂にイム様が登場しやがった。

ここからの展開もワクワクが止まりませんな。

問題なのは、もう単行本の発売に追いついてしまうと言う事か。

ワノ国編を読んでしまったら、もう次は完結してから残りをまとめ買いすることになるのだろうか。

うむむむむ。。。。

しかし、面白かったです。

ここのルフィの「ありがとう」もメッチャかっこいいよなぁ~

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2026年3月12日 12:12 CAT :

君の声が僕を「いつか強く強くなるのだから」と励ましている

とあることがありまして、神風特攻隊で死んでいった英霊方の遺書を読んでる。

この本を買った。

「責任編集 小林よしのり」と言う所が引っ掛かる気がしないでもないけれども、まぁそれはそれ。

内容自体は、靖国神社の資料館が担当しているので問題ないでしょう。

まだハニトラにかかって変な感じに左に傾く前のよしりんだし。(「戦争論」「昭和天皇論」などは、実際良い本だったし)

この本がねぇ・・・なかなかどうして重い。重すぎる。

軽い気持ちで手に取ってしまった事をチョッと後悔してる。

もっと・・・こう、しっかり心して向かい合うべきだった。

今の日本があるのは、この方たち一人ひとりの強く清い想いの積み重ねなんだと言う事を凄く実感してしまった。

余りにも尊いんですよ。

生きていると言う事の遥か前段階として、生かしてもらったと言う事実がある事を忘れちゃあいけないよね。

靖国神社がどうのこうのと言う話をするつもりはないし、右寄りな思想を抱いてるつもりも無い。

ないんだけど、それでも、もしこのまま隣国が戦争を仕掛けてきたとなった時、オレはどうするべきなのか。

色々と考えてしまう。

強烈な自虐史観を植え付けられた世代なんですよ。

日本は原爆を落とされて当然のクズ国家と学校で習いました。

でも、同時の空気感を知るにつれて、そんな考え方は180度変わってしまった。

この本に書かれている内容を知って、それでもなお同じ考えを持つことは出来ないって。

そんな気持ちで読み進めております。

これがいつ形になるかは分からないけど、いずれ日の目を見る時が来ると思う。

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2026年3月11日 12:12 CAT :

立ち去る前に殺して

先日久々に家族で遊びに出かけた。

昔はオレの仕事が許す限り、毎週遊びに行ってたのに、考えてみれば今年は、年始に1回行った以来。

そもそもの話、娘の部活と息子のサッカーが毎週末あるので、1日遊びに行くことが出来ない。

祝日とかでも、息子のサッカーの試合とかをぶっこまれるので、その送り迎えで1日潰れる。

娘のテスト期間中は勉強しなければいけないので行けない。

それに、オレの「今週中にしないといけないお仕事」が重なると、もう、全員でお出かけするタイミングなんてなくなってしまう訳でございますよ。

まぁしょうがない。

それが成長なんでしょうね。

そう考えると、子どもが小さい時にもっと一緒に色んな所に行って遊んでおけばよかったと思い始めている。

これからもっともっとこの機会は少なくなっていくだろうし。

家族で旅行とかにも行けなくなる日が来るのだろうか。

寂しいなぁ。

でも、しっかり成長している子どもたちを見ていると、それで良いのかと思ったりもする。

じゃあ、嫁と2人で出かけるのか?

子ども産まれてからは、子どもがずっといた訳で、2人で旅行とかどうやるのか忘れてしまった。

まぁ、行ってみれば思い出して楽しくは出来るんだろうけど、どうしても子どもたちの事を思ってしまうんだろうな。

この話は、皆が健康で元気でいればの話なので、まずはそこをクリアできるように頑張りましょうね。

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2026年3月10日 12:12 CAT :

耐えきれない孤独のセレナーデ

頭が悪いから勉強ができない。的な事を時々耳にする。

逆もある。

勉強できなかったんだよね。頭が悪かったから。みたいな奴。

個人的な意見なんだけども、勉強と頭の良さはあんまり関係ないと思ってる。

正確には、小、中学校で習うレベルの勉強については、頭の良さは関係ないと思ってる。

そりゃあ、最近よく言われる境界知能であるとか、知的障害であるとかは取り合えず置いておく。

一般的なIQとかがあればの話。

勉強が出来ないのは頭が悪いからじゃあなくて、要領が悪いから。

昔から「1を聞いて10を知る」みたいな言葉を頭が良い代名詞みたいに言う人居るけど、これは要領が良いってだけなんだよ。

娘が一生懸命歴史の勉強をしていた。

どう頑張っても歴史の勉強ができない。

次のテストの範囲が特に苦手な鎌倉時代。

全く人名とかも覚えられない。と困っていた。

北条氏には同じような名前が沢山あって覚えられないんだって。

娘に以前「暗殺教室」を読ませたところ、メッチャハマってたので「同じ作者さんが今、新しい漫画を描いてるよ。」と言って「逃げ若」を渡してみた。

歴史の勉強しなくて良いから、この漫画読んでおきな。と。

勉強しないで、マンガ読んでて大丈夫?と不安がっていたけれども、20巻くらいまで読んで臨んだテストでは、前回より15点ほど上がって90点代が取れたらしい。

そう言う事なんですよ。

頭が悪いのかな?と悩んでたけど、あれだけ色んな漫画のキャラクターについて理解できるんだから、歴史の授業で人名が覚えられない訳がない。

勉強の仕方なんて、何でいい。

要は、歴史的背景と人物を理解できれば、それで良いじゃないか。

別に面白くもない資料集とにらめっこする必要なんてないんだよ。

次のテストは南北朝時代と安土桃山時代でこの辺りも、全然ダメと言う事だったので、「へうげもの」を渡しておきました。

今、コツコツ読んでいるらしいけど、日本の漫画史上最高にカッコいい信長の死に様に興奮するがよいわ。

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2026年3月9日 12:12 CAT :

ドツボでルツボのウツボのぼーすけ

新都社で開催されてた「短ページ選手権」という企画。

新都社の先生方が1週間に1話5ページの短編を発表して、どっちが面白いかを投票で決めるトーナメントを行うと言う、ジャンプ漫画のような現実の企画。

これが実に面白い。

とは言え、オレなんて到底毎週1話短編を描くなんてできるはずもなく、参加はしてない。って言うか出来るはずもない。

してないんだけど、せめて少しでも盛り上げたい。且つ、応援したいと言う気持ちから、FAを描いて応援席の方に投稿しておりました。

投票という観点から、公平に応援するべきだよなと思って、全作品に対して同じようにFAを描いてた。

それは良いんだよ。

良いんだけども、今回に至っては敗者復活戦も含めて、48作品が投稿された訳で、その全作品のFAを描くって・・・コレはなかなかの労力だった。

もちろん、実際に参加した先生方の労力に比べたら、屁でもないんだろうけど、それでもまぁまぁ時間がかかりましたよ。

これまでは、出来るだけ先生方の絵柄に寄せたりとかもしてたんだけど、自分の絵柄じゃないイラストを描くと言うのがなかなかどうして大変。

何度も描き直して、見直して、調整してと言う普段の漫画では不要な工程がどうしても発生してしまう。

今回の大会の後半では、その時間がどうしても取れなくて、3回戦以降くらいからは全部自分の絵柄で描いてしまうと言う体たらくになってしまった。

これに関しては凄く自己嫌悪に陥ってて、オレは時間を割いてまで一体何をやってるんだ?と、まぢで心が折れかけた。

応援のつもりでやってたのに、変な義務感で中途半端なものを描いたりして、訳分かんねぇ感じになってる。

これじゃあだめだよなぁ~という事で、今後は、このFA描くのもやめるか続けるかを含めて、検討事項と言う事にしておきましょうか。

義務感でイヤイヤやるもんじゃねぇしな。

何しか、この企画はまたやってほしいし、FA描く描かないは別にして、ずっと応援はしておりますので。

しばらくは、アンソロ的なものは控えて、自分の漫画を好き勝手に描いていくことにしよう。

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2026年3月8日 12:12 CAT :

手間と労力が報われることのない別に風を切るわけでもない日々を過ごす~その20

先日も記事にしたけど、2月は、まぁ思ったより漫画描けなかった。

いや、ずっと何らかのものは描いてたので、想定より進んでないと言った方が正しいのか?

結局、「風を切る日々」の更新もギリギリの27日になってしまうと言う体たらく。

何とも情けない。

スケジュール管理が何より苦手なのでございます。

そんな感じで、次の更新時まで少しでも多くの人を繋ぎ止めたいと言う邪な心意気で今日も今日とて書いていきます!

その前に一応、リンク張っておこう(↑)。

イメージイラスト新しく書き下ろしましたよ。

頑張って書いてるので読んでください。平に!平に!

さてさて。

今回はこちら。

第4部交戦記 第2話「潜入模索暗中」

今年初めのネーム制作が1年分に満たなかったため、そろそろネームのストックも尽きてきてる。

物語を進めないといけないんだけど、そうなるとこの後の展開がモリモリ浮かんでくる訳ですよ。

その中で、この68話で出てきた見開きのページの伏線がついに回収されてしまった。

このページですな。

この「ゲイボルグ」「ガラドボルグ」「ブリューナク」の存在自体は「us」の頃から出てるし、「風を切る日々」の中でも度々言及していたわけだけれども、なぜこれが3つあったのかみたいな事は、実はオレも良く分かってなかったんだよね。

所が、この辺りの部分をキレイに回収できる展開が出来上がってしまった。

「us」の最終話辺りで、アスとリズが逆転のループの中でサードステージに突入する展開がある。

この辺りの詳細については、いずれ「やみ。世界」の第4部ジークムントの章で描こうと思ってるんだけど、結末だけはすでに描いていて、それが「風を切る日々」にアスが出てくると言う事。

その辺りも絡めた上で、物語の副題でもある「to RunawayDays」につながる展開が出来上がってきたんだよ。

だからオレは68話でマルクスと上原博士の回想シーンにこの見開きを描いたのか。と、今更ながら納得しております。

最もその展開を描く事になるのは何年後になる事やら・・・少なくとも今年1年分のプロットでは到底その展開には行きつかない。

あぁ・・・早くそのシーンを描きたい・・・

そんな思いを込めながら、今日も今日とて1ページずつ原稿を描いていく。

でも、描き続ければいつかはその日も来るだろうて。

今回は、68話関係ない話を書いてしまったけど、この辺でさようなら。

最期にこの回のお礼絵をば。

本編にも出てきた獣①。

元ネタの方では酷く貧弱な感じで描いてたんだよ。

イヤ、当時の画力ではこれで精いっぱいだったと言うだけなんだけれども・・・

show must go on!

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2026年3月7日 12:12 CAT :

親の因果が子に報う2026

「ADHDって障害者手帳を貰えるんだよ。」と教えてもらいました。

ごめんなさい。

その話は知ってました。

ただ、オレは障害者手帳を貰うつもりはないんだよ。

その辺りの話については、過去にこちらの記事で書いてると思う。⇒ 【日本をインドにしてしまえ】

ちなみに「その手帳があると良い事ある?」と聞いてみると「補助金もらえたり、就職が難しかったり、社会で苦しかったりした時に、これを持ってると優遇してくれたりするよ」との事。

うむむむ・・・

社会で生きていけない場合には、これがあった方が良いと言う話も分かるっちゃ分かる。

でも、何となくこの手帳を印籠代わりに使うのは違うような気がするんだよなぁ。

以前それで、チョッとムカつく経験もしたし。

こう言うのは、もっと本当に必要な人が持って然るべきな様な・・・

確かにオレも社会で生きていけなかった。

そもそも自分一人では生きていけない。

でも、ありがたい事に嫁がずっとフォローしてくれてるし、周りにもこんなオレでも一緒にやろうと言ってくれる人がいるんだよ。

それでもどんな職場に行っても勤めきれなくて、結局、自分の居場所を作るために今の会社を作った。

うち会社は非常にADHDでも生きて行きやすいと思う。

多分、ADHD特化型だと思う。

じゃないと、オレが無理だから。

完全フレックスで、仕事についての時間的規定は一切無し。

一応、法律で定められた時間は働いてもらわないといけないけど、朝、何時までに来いとか、事務所の狭い空間でみんなで横並びになって仕事しろとかは言わない。

集中できる環境であれば、どんなやり方でもOK。

映画見てようが、ゲームしてようが、好きな音楽聞いてようがOK。

自分の家の方が落ち着くなら、家でお仕事してもOK。

やりたくない事はやらなくて良いし、自分がやりたい事だけやればよし。

資金は会社として出してあげる。

ただし、責任もってやり遂げて、ちゃんと成果は出せよ。というルールだけはつける。

その代わり、成果が出たら、それまでの投資分が戻ってきたら後は、会社の利益分(というか、そいつの次の投資分)とかかった経費、税金以外全部給料として渡す。

そんな感じ。

って言うか、何で皆そうしないんだろう・・・と不思議に思ってた。

思ってたんだけど、会社を作って人を雇った時、その理由が分かった気がした。

ADHDじゃない奴は、このルールにすると、勝手に自分を甘やかして仕事しなくなるんだよ。

時間を自由にすると、規定時間分働かないし、好きなところで仕事していいよってすると見てない所で怠けだす。

その結果、「全然成果も出さねぇし、責任も果たさねぇお前に払う金はねぇ!」ってなって、そんな奴は皆辞めてもらった。

今、会社にいる人間は全員ADHDだと思う。

誰も手帳など持ってなくて、何だったら自分がADHDだとすら知らないかもしれない。

でも、この環境での仕事が楽しいと言う事はあいつら全員ADHDなんでしょうね。ケラケラ。

社会から障害者のレッテルを貼られてるオレが言うのもおかしな話なのかもしれないけど、このやり方ではADHDじゃない奴の方が障害があるんじゃね?とすら思ってしまう。

朝何時から夕方何時まで、場所はここで、この机を使って、この業務をやってと言う事を決めて、枠を作ってあげないと成果を出せないとかどうなってんだよ。

ただ、今の社会では(↑)のようなADHD目線で見た障害者の方が多数派だから、そっちが常識になって、それに倣えないADHDが障害者になる。

結局社会と言うのはそう言うものなんでしょうな。

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2026年3月6日 12:12 CAT :

郵便配達のカバンに潜みどこへでも行ける

車を買い替えないといけないかもしれない。

オレの愛車「ぶんちゃん」がここの所調子悪い。

エンジンが変な音を立てたりする。

で、いつも見てもらってるディーラーさんのところにもっていったら「まだ全然乗れますけど、寿命ではあります。エンジンを組み直してキレイにすれば回復しますが、買い替えた方が良いくらいのお金がかかりますよ。」と。

そうですか・・・

「ぶんちゃん」はその前に乗っていた車が事故で大破してしまったタイミングで買った。

買ったその月に、父方のばあちゃんが亡くなって、そのお葬式で皆を運ぶ時に大活躍してくれたんだよ。

翌年初めに娘が生まれたりもしたので、皆からはお葬式と子どもが生まれる良いタイミングで買い替えたなと言ってもらったのを覚えてる。

この車に家族以外で初めて乗せたのは、大好きだった母方のばあちゃんだった。

ぶんちゃんの丸っこいフォルムは凄く可愛くて、お気に入りだったから、ずっと乗っていたかったから物凄く寂しいんですよ。

まぁ、13年乗って、走行距離も15万Km超えだもんな。しょうがないのかも知れない・・・

で、だ。

じゃあ、新しい車買うのかと新しい車のカタログを見てみたんだけど、何か全部イマイチ。

何だよSUVって。そんなの求めてねぇんだよ。

ワンボックスとか、ミニバンも全部ヤンキーしか選ばないヤン車みたいな厳つい感じになってるし。

唯一の良心だと思ってたワーゲンのバスですら、訳分からないうんこみたいなデザインになってた。

「あ!いいかも」と思ったら、2016年式とかだったり・・・

10年乗った車を買い替えるのに10年以上前のモデルにするってありなのか?

だったら、もう新車買うお金をつぎ込んで「ぶんちゃん」をパワーアップさせた方が良いような気さえしてきた。

ただなぁ、息子のサッカーの送り迎えや試合の時の道具の積み込み、娘の自転車を乗せたりみたいな事が起きてきて、「ぶんちゃん」では対応できないから困ってはいたんだよな。

タイミングと言えば、タイミングではあるんだよ。

それも含めて、悩ましいです。

こう言う奴も、ブタの顔みたいでちょっと違うと思う。

いや、慣れると可愛いのか・・・?

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2026年3月5日 12:12 CAT :

トベ・デ・レベルサの失敗で短いその命を落としました

娘ももう中学生になった。

毎年、嬉々としてひな人形を飾っていたのに、今年はうっかり飾らないままひな祭りを迎えそう。

今から(この記事書いてるのは3/2)でも、ひな人形をだそうか・・・画策中。

出さないでおくとそれはそれでカビも生えたりするので、メンテナンスの意味でも出した方が良いような気はしてる。

そして、そのまま3月中飾っておこうかなとか。

出したままにすると行き遅れになると言われるけど、このご時世に行き遅れって・・・結婚してくれるなら、それで御の字じゃないですか。

別にずっと一緒にいてくれても、それはそれでいい気がするよ。

などなど、思いにふけったりしております。

って言うか、このブログ書いている間に、お雛様出して来いよ。という気がしないでもないんだけど・・・

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2026年3月4日 12:12 CAT :

クレイジーはセーフでキチガイはアウト

先日、休みの日に急遽打ち合わせがしたいと言うクライアントさんがいて、休みの日だけどzoomでミーティングをしました。

そしたらその結論が「今日は休みで社員がいなくて決められないので、休み明けに決定してご連絡します。」だった。

じゃあ、ミーティングをみんな揃ってる休み明けにすればよくね?という気持ちが頭の中に思わずよぎってしまいました。

いけいないよなぁ。そう言う思考は。

とは言え、何となくモヤモヤするのはオレだけか。

まぁ、昔の人は「働く事こそ美徳」と言う考えが主流だったわけで、その考え方を今も貫いてらっしゃる人だって、いるでしょう。

ワーカホリックなのかも知れないしね。

12月、1月と、まぁお仕事が凄い事になってた。(3月も凄い事になりそうな気がするんだけども)

2月はそこまでお仕事が凄い事にはなってなかったので、休みの日には久々にいっぱいマイクラしてたんだけど、やっぱり最初の頃は「あれ?今日仕事してないけど、大丈夫か?」とか思ってしまってたんだよ。

これ2月もお仕事が凄い事になっていたら、先日も当たり前のようにお仕事をしていたし、ミーティングの件も何も思わなかったはず。

結局はそう言う事なんですよ。

だから、誰かを責めるとか、愚痴りたいとかそう言う話じゃあない。

そう言えば先日、いつもの英会話に行った時先生に「基本的にどのくらいの時間仕事してる?」と聞かれたので、「普段は12時間くらい」と言うと「アメリカではクレイジータイムと言うんだ」と教えてもらいました。

6時間労働以下がショートタイム。

8時間労働がノーマルタイム。

10時間労働がロングタイム。

12時間以上がクレイジータイム。

だそうです。

勉強になりました。

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2026年3月3日 12:12 CAT :

思い通りに行かないフェブラリー

2月は漫画描けなかったなぁ~・・・

まぢで時間が無かった・・・

一生懸命描いてたんだけど、「風を切る日々」70話が完成しなかった。いや、無理やり完成と言う事にしたけれども。

何でこんなに描けなかったんだろう・・・とか考えてたんだけど、一応、2月中に甘納豆先生とやってる漫画を描き合う企画用に新作短編「模索暗中」を描いてたんだよね。

あと、単ページ選手権用のFAを40枚くらい描いてたし、インスタ用漫画や極ニュースチョクホーも描いてた。

色々と描いてはいたみたいなので、まぁ、これは単純に時間切れと言う所だと言う事にしておこう。

3月はその辺の事も考慮して、引き続きお漫画をいっぱい描いていきたいと思っておる所存でございます。

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2026年3月2日 12:12 CAT :

アンテナだったら僕が持ってる お安くしておくぜ

今を時めく小学館の漫画アプリ「マンガワン」の話。

これに乗っかるのは違うよなぁ~

ネタにするのもどうなんだろうなぁ~

などなど、思いながらスルーしようと思ってたんだけど、何か女子高生大好きしまぶー先生まで巻き込まれ始めたので、これは違うような気がする・・・と。

しまぶー先生が女子高生大好きというのは、あくまでも、木多康昭と言う真正のキチガイ作家さんが生み出した偶像であり、実際のしまぶー先生は女子高生とお金を出してセックスしただけで大好きかどうかなんて分からないんだよ。

一応しまぶー先生の供述では「18歳だと言ってたけど、本当は17歳だった」そうなので、若い子が好きだけど法律違反をしようとしていたわけではない。

今回の件は、学校の先生で犯罪だと知っていながら自分の性欲を抑えきれなかった超絶小児性愛者な上に、スカトロ好きのドSと言う鬼畜野郎が洗脳まがいの事をしてうんこまで食べさせて一人の少女の人生をメチャクチャにしたと言うとんでもない犯罪を、小学館の編集者がその内容を知っていながら隠ぺいしてペンネームまで変えて原作者として作品を発表させていたって話でしょ。

そもそもの話、レベルが違う。

メラとカイザーフェニックスくらい違う。

そしてそのしまぶー先生を擁護した尾田栄一郎先生まで飛び火してると言う所が何とも言えない。

当時からこの辺りの事情を木多先生の漫画で追っていた身としては、お前らちゃんと詳細を知らないで適当に叩くんじゃねぇ。と、どうしても思ってしまうよね。

小学館のマンガワン編集部は極悪。

まぢでフジテレビのバブル期を謳歌してた社長とか幹部と一緒ぐらい極悪。

でもそれはあくまでも、マンガワンと言うアプリ媒体とそれを良しとしていた小学館の問題であって、若い子が大好きなしまぶー先生やいけないロリビデオを所有していた和月先生は関係ないじゃないですか。

オレが言いたいのは、取り合えず「喧嘩商売」の10巻くらいまでと「平成義民伝説 代表人」上下巻を読め。という事だけ。

まずはそこからだ。

と思ったら、「代表人」の単行本めっちゃプレミアついて高額になってた。

アマゾンで上下巻セット20000円だと・・・あんなクソ漫画が・・・

いや、何でもないですよ。

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2026年3月1日 12:12 CAT :

ある時は北の王様 ある時は西のペテン師

情報化社会と言われるようになって久しい。

前に、このブログでも触れたかも知れないけれども、今の人間が1日の得る情報量は平安時代の一生に得る情報量と同じらしい。

そして残念ながら、人間の脳はそんな膨大な量の情報を処理できるようには出来ていない。

生物の進化には数万から数十万年と言う時間が必要で、だから今でも甘いものがあるといっぱい食べちゃうし、お腹いっぱいになると眠くなるそうです。

今の人間は肉体的には狩猟採集生活に適応した状態で、この情報化社会を迎えていると言う事になる。

何もしなくても情報に埋もれて翻弄される現状であっても、情報を積極的に求めないと得られなかった狩猟採集生活時代と同じように情報を得ようとネットの中やSNSを覗き続ける。

しかも、情報を得ると脳内に快楽物質すら出るので、情報ジャンキーと言うよく分からない状態にすらなっている。

食料を少しでも多く摂取しようとする狩猟採集生活の本能によって、飽食の時代に肥満になる人が続出したのと同じように、情報を少しでも多く得ようとする狩猟採集生活の本能によって情報化社会で情報を過多に持ってしまった人間を情報肥満野郎と表現してはどうだろうか。

情報肥満になってしまった奴は、冷静に情報を処理することが出来なくなって、変な陰謀論や、明らかに嘘な情報にすら翻弄され、しかも質が悪い事にそれを周りに広めようとしてしまう。

糖尿病になっても食べることやめられず、食べる事の幸せを「飯テロ」とか言いながら周りの奴に吹聴するデブと同じように。

そんな情報肥満野郎にならないように気を付けつつ、情報肥満野郎の言う事を真に受けないで、自分で情報の真偽を調べるようにしたいものですな。

そう言う奴は特にSNSの中にたくさんいるらしいです。

たまにはデジタルデトックスをしましょうね。

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2026年2月28日 12:12 CAT :

起き上がりこぼしの話ではない

藤崎竜先生の名作「屍鬼」を読んだ。

実は結構前から買ってて積み本にしてたヤツ。

「封神演義」ドストライクの世代で、フジリュー先生の漫画は大好きなんだけど、この「屍鬼」だけはチョッと絵柄的に苦手で敬遠してた。

ただ、先日「封神演義」を読み直したのをきっかけに、遂に手をだしたと言う感じでございます。

原作の小野不由美先生については、流石のオレでも名前を知ってるくらいの大御所先生。

「屍鬼」の原作は未読ながら、原作付きのフジリュー先生は原作の世界観を本当に崖っぷちギリギリに保ったまま、思いっきりぶち壊すと言う唯一無二の作風なので面白くない訳がない。

実際、メチャクチャ面白かった。

極限まで描き込まれた背景と、異常にデフォルメされた人物で描かれた世界観もなれると逆に好きになってしまい、その後に「封神演義」の絵を見ると、軽く感じてしまった。

問題なのは、1巻を読んだ段階で物語が複雑に交差し過ぎて理解できなかったオレの頭の方。

結局、最終話読み終わってすぐに1話から読み直してる。

そしたらまぁ、この複雑に絡み倒した人間関係とかが1話の段階からしっかり描写されていた。

面白過ぎる。

フジリュー先生はそう言えば、最後を見据えた物語を構造した上で、描いていくタイプの作家さんだったんだよな。と思い出したよ。

後はまぁ、原作の小野先生のテイストなんだろうけど、ラストの余韻の残し方がメチャクチャ絶妙。

これこそまさに、考察が捗ると言うか何と言うか・・・

結局、尾崎はどうなったのか。

外場村はどうなるのか。

静信と沙子はどうなったのか。

そもそも、桐敷家とは何だったのか。

人狼とは?屍鬼とは?

吸血鬼なのか?ゾンビなのか?

最期に辰巳が言った言葉の意味は・・・

などなど、色々考えてしまうよねぇ~

もう少し読み込んだあと、ホムンクルス以来の深い考察をしようかなとさえ思ってしまった。

まだまだ、オレの知らない面白い漫画はいくらでも湧いて出て来やがるぜ・・・

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2026年2月27日 12:12 CAT :

居たたまれないと言う言葉

LUNA SEAの真矢が亡くなった。

BUCK-TICKのあっちゃん以来の衝撃。

この世代の訃報は流石にもうしんどいって。

オーケンとウッチーが還暦を迎えたと言う話題に対して「いつまでも元気で」とニコニコしていたのに、その2人よりも若い真矢が亡くなるなんて・・・

好きなアーティストが次々居なくなっていく。

まぢでファンの人の心持ちを考えると居たたまれなくてしょうがない。

BUCK-TICKもLUNA SEAも良く聴いてたし大好きだったけど、でも「ファンです!」と言うのはおこがましいと思ってる。

そのくらいの距離感。

オレが誰にでも自信をもって「ファンです!」と公言できるのは、筋肉少女帯と犬神サアカス團だけだと思う。

他にも好きなアーティストはめっちゃいるけど、この2バンドだけはやっぱり別格。

どの年代のどのメンバーであっても大好きなんだ。

あの人たちの訃報なんて聞いたら、多分まともな精神状態じゃいられない。

だからこそ、今、LUNA SEAのファン(と言うかSLAVE)の人の心持ちを考えると居たたまれないんだよ。

しょうがない事なんだけど、だとしても、こればっかりはいつか来ることだと言い聞かせるしかない。

出来る事と言えば、機会があれば逃さずに会いに行くことくらいしかないんだろう。

ご冥福をお祈りいたします。

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2026年2月26日 12:12 CAT :

愛ゆえの悪口合戦

アーティストさんのライブで観客がでっかい声で歌うか問題。

と言う話が盛り上がっている。

そもそもの話は、king gnuのライブで横の客がクソ音痴な金切声でずっと歌ってた最悪だったと言うXのポストからだそうで。

うむむむ・・・正直、大好きなバンドの大好きな曲とかだったら歌ってしまう人についてもしょうがないような気がする。

ちなみにking gnuの常田さん(井口さんだっけ?)は歌う事を奨励しているらしい。

じゃあもう答えは出てるではないですか。

king gnuのファンはライブで歌って良いんだよ。

どれだけ音痴だろうが、耳をつんざく様な金切声だろうが気にせず思いっきり歌えば良い。

ライブの楽しみ方は人それぞれ。問題ないじゃあないですか。

オレの場合で考える。

オーケンが「ライブは皆さん好きに楽しんでください。好きな歌があったら一緒に歌いましょう。」と言われたら、もうそう言うライブなんだから、横のおばちゃんがでっかい声で歌ってても気にしないと思う。

だって、オーケンが言ってるんだもん。

逆に、オーケンが(絶対言わないだろうけど)「オレの歌を聞いてほしいから、マイクを向けた時とコールアンドレスポンス以外では歌わないでほしい。」と言っていたのに、隣のおばちゃんがでっかい声で歌ってたら「こいつ、筋肉少女帯のファンじゃねぇにわかだな!」と言う意味でムカつくかもしれない。

そんなもんじゃないでしょうかね。

個人的にはやっぱり好きなアーティストさんの歌を聴きたいので、自分で歌うのはあんまりしないような気がする。

それぞれにアーティストさんの考え方があると思うし、ファンならそれに賛同するだろうから、あくまでもオレ個人としてはと言う話だけれども・・・

と、ここまで書いておいて、king gnuの場合、曲が好きだけどメンバーの人間性や考え方は好きじゃないと言う人がライブに行くかもしれないと思ってしまった。

筋肉少女帯のライブに行く人で、曲は好きだけどメンバーの人間性とか考え方は好きじゃないと言う人は流石にいないと思う。

ましてオーケンの歌声が聞こえなかったと言う事で文句言う人もいないだろうて。

そんな事言ったら、オーケンは疲れたら歌わなくなるし、ほぼ毎回歌詞間違うし、何だったら音程だってメチャクチャ不安定な訳で、それに対しても文句を言う事になってしまう気がする。

そんな奴は、筋肉少女帯のファンではいられないはず。

何しかこの話題に関しては、正解なんてなくて、ライブの楽しみ方はやっぱり人それぞれで良いと言う事で落ち着くしかないんだろうね。

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2026年2月25日 12:12 CAT :

君のララミーがファミリーマートに夜食を買いに行くような少年達によって凌辱されてしまった

筋肉少女帯の代表曲と言えば、やっぱり誰が何と言おうと「釈迦」だよな。

「ボヨヨンカレーブー」と揶揄されていた時代さえもう今の人たちは知らないだろうけど、筋肉少女帯の代表曲と言えば「ボヨヨンロック」でも「日本印度化計画」でも「高木ブー伝説」でもなく、やっぱり「釈迦」ですよ。

そもそもの話、名曲はどれ?と言われたら、全部じゃい!と言うしかない訳で、こればっかりは言い出したらキリがない。

ただそれでもあえて言う代表曲と言えば「釈迦」になっちゃうって話。

「いくじなし」だろ。とか、「サンフランシスコ」だろ。とか、「サーチライト」に決まってんじゃん。とか、そこは「イワンのバカ」だろとか・・・全部その通りなんですよ。

そんな事わかってる。

それを言うんなら、オレの中で最高の一曲は「ベティー・ブルーって呼んでよね」だっつ~の。

まぁいいや。

今日の話はそれじゃねえんだよ。

何が言いたいかと言うと、先日ふと「釈迦」を聞いてた時、「そう言えばこの曲の歌詞ってメジャーになったタイミングで変わったんだよな」と思い出した。

そもそもの話、オーケンの歌詞などその時々で色々変わる訳で、じゃあどれが正解なのか?と言われると分かんない。

UGSから出た「80年代の筋肉少女帯」VHSに入ってた一番古いPVのバージョンでは間奏部分で「仕事ばかりで遊ばない だったらそのうち日が暮れる」と言う謎の語りが入ってる。

ナゴムから出た「あつまり」に入ってるバージョンと、その後に出た「とろろの脳髄伝説」のバージョンでも結構違ってる。

80年代にはライブによっても歌詞が違ってたりする。

ただ、「とろろの脳髄伝説」のバージョンが一応の完成形だと思ってる。

メジャーデビュー後も、ライブでは時々その本来の形で歌ってるテイクが存在してたりもする訳で、このバージョンが一応の完成形と言う認識は間違ってないはず。

とは言え、メジャーデビューに際して変更を余儀なくされた部分があり、公式発表された音源として残っているのはこっちの歌詞のバージョンに統一されてる。

メジャーデビューアルバム「仏陀L」に収録される際に大きく変更されたのは、多分この部分。

 

 

「歳は14で気が違ってて だけど可愛くって」⇒「歳は14でおしゃべり過ぎて だけど可愛くって」

「割れた娘の頭からはじける脳髄」⇒「月の光浴びてアンテナが錆びる」

 

 

後者はともかく、前者の「気が違ってて」はダメだよなぁ。さすがに。

とは言えだ、これねぇ・・・実に勿体ない。

この部分を変えてしまったら、サビの「とろろの脳髄」の意味が分かんなくなってくると思うんだよ。

 

 

村の博物館の孫娘は、脳髄がとろろ。歳が14の気が違ってる少女。

その博物館にアンテナを建てようとしたアンテナ売りは足を滑らせて、下にいたキチガイ少女の落ちてくる。

アンテナ売りに潰された娘の頭は割れてしまい、そこから脳髄がはじけ飛んだ。

その脳髄の毒電波をアンテナが受信する。

「結構いい人だったから 恋してあげても良かったけどね」

でも、少女は頭がパーンとなってしまって、とろろの脳髄ははじけ飛んじゃったね。

 

 

そんな何ともアングラな物語なんだと思う。

物凄く惹かれるのに、それがメジャー期以降の歌詞では、分かりにくくなてしまったのが実に残念。

とは言え、「月の光浴びてアンテナが錆びる」と言う部分も、その後に作られた「月光蟲」に収録された曲の歌詞と重ねて考えてみると、月面から届く毒電波で犬神付きになった娘こそが、実は博物館の孫娘だったんじゃないのか。じゃあ、「僕の宗教にようこそ」の少年がアンテナ売りだったのでは。

だから「アンテナだったら僕が持ってる」と言う歌詞があるんだよ。

その少年教祖が「仕事ばかりで遊ばない だったらそのうち日が暮れる」奴なんだろうとしたら、全部が繋がるよね。しかも、その少年はペテン師だったんだし。

となると、「仏陀L」収録の「ペテン師 新月に死す」のペテン師が死ぬ前に最後に見る夢は・・・何だったんだろう。まるで月面のような終わりの風景だったのかも知れないな・・・

みたいに無限に妄想が膨らむわけです。

ダメだ。

筋肉少女帯の話をし始めると、止まらなくなってしまう。

こんなマニアックな妄想をいつもの倍くらいの文章量で書いてしまったとは・・・

だがしかし、それに対して1ミリも後悔などしてはいないのであった。

そう言えば「ララミー」の歌詞でも、「とろろの脳髄伝説」収録バージョンの「君のララミーがファミリーマートに夜食を買いに行くような少年達によって 凌辱されてしまった」が「シスベリ」収録バージョンでは「君のララミーは深夜コンビニエンスストアに行くような少年によって なすがままにされてしまった」に変えられたな。

まぁ、これはしょうがない気がする。

「とろろの脳髄伝説」バージョンの方が色んな意味で好きだけれどもな。

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2026年2月24日 12:12 CAT :

モコモコボンボン

不意に見かけたこのXのポスト。

なかなかショッキングな動画だとは思いつつも・・・豚肉食べられない訳があるか!と言うのが正直なところだったりする。

ヴィーガンが思想的にどうのこうのとか言うつもりは毛頭ない。

押し付けたりしなければ、全然良いと思う。

ただ、オレは豚さんありがとう!と言う気持ちを込めて美味しくいただきますよ。

命をいただいて、命を永らえさせる。

それが普通なんじゃねぇの?みたいな話ですよ。

どうでも良いけど、魚って捌く前から美味しそう~って思うのに、ブタとか牛って生きてる時はカワイイと思うのは何でなんだろう?

これがメッチャ不思議。

子どもの頃から、親が生きた魚をしめて捌いてたのを見てたからなのだろうか。

だとしたら、ブタとかを飼ってて、自分でしめて捌いてる家の人はブタを見ると「美味しそう」と思うのかね?

みたいなことをチョッと思ってしまいました。

YOUTUBEとかでも、美味しそうなお魚を捌く動画とかいっぱいあるけど、軒並み全部美味しそう。

お魚さんありがとう!と言う気持ちを込めて食べましょうね。

断トツで不愉快なのはやっぱり食べ物を粗末にしてる系の奴だよね。

そもそもの話、お残し自体許せないまま生きてきたのでな。

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2026年2月23日 12:12 CAT :

でも許されないなら どうぞメチャクチャにしてほしい

物価高物価高と言われている昨今。

まぢで、物価上がってる気がする・・・

至る所で値上げしますって文言を見かけて、いい加減辟易してきてる。

そんな現状になって、改めて「コスパ」とはと言う事を考えたりしたりしなかったりしております。

ちなみに「タイパ」と言う言葉は大嫌いなので、そもそもこの言葉を使ってるやつとは多分仲良く出来ないと思う。(と言う話についてはこちらの記事を参照の事。

コストパフォーマンスが高いと言う事は、値段が安いとは似て非なるもの。

「これだけの価値があるなら」と言う枕詞をつける事でかなり正確な意味合いになると思う。(ならない奴は、コスパの意味をはき違えた誤用でOK。)

悪かろう安かろうは決してコスパではないのですよ。

その意味で言うと今最もコスパが悪いのはコンビニだと思う。

「いつでも空いてるから」と言う理由で値段が高いと言うのならまだ納得も出来たけど、ここ最近じゃあ24時間営業のスーパーとかが出てきて、そこは値段も普通のスーパーと変わらない。

となると、コンビニの良さって何よ?なんでわざわざ同じものを50円とか100円とか高く買うためだけにそこに行く必要があるのよ。となってしまう。

ここ最近じゃあ、コンビニ行くのは娘が「一番くじをやりたい」と言う時くらいになってしまった。

あと、100均もコスパが悪すぎて行かなくなったな。

これに100円出すなら、500円出してもう少しい物を買おうかなと思ってしまうようになった。

物価高になると、冷静に「コレは今買う必要があるのか?」と考える事が出来るようになったんだと思う。

その意味で、家の中に以前ほど無駄なものが無くなった気もする。

要は、以前は安いからとか言うよくわかんない理由で、別に要らないものを買ってしまっていたのだろうて。

どこで聞いた言葉が忘れちゃったけど、モノを買う時に「値段が理由で我慢するものは買え、値段が理由でほしいものは買うな」と言うものがあるそうです。

それを実感している今日この頃でございます。

何でもネガティブに捉えるんじゃなくて、ポジティブに考えた方が人生楽しいらしいので、物価高を前向きに捉えてみました。

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2026年2月22日 12:12 CAT :

おりしも桜が舞い散り 犬死に僕はタチムカウ

以前、新規オープンするお店の看板デザインのお仕事もを貰った。

で、イラストを描き下ろして看板デザイン作って納品したんだけど、そのお店がメッチャ好調らしくて、今度都内に3店舗目をオープンするらしい。

おおお・・・

別にオレがお店をやってる訳でもないけど、メッチャ嬉しいじゃないですか。

んで、オレが描いた絵も好評いただいてるみたいで、それを使ったロゴを作ってほしいと言われました。

嬉し過ぎて失禁ししてしまいそう。

何度も何度でも言い続けてるけど、子どもの頃からとにかく絵に酷いコンプレックスがあった。

頭の中にイメージはあるのに、それを全く形にする事が出来ないんですよ。

そのくせ漫画家になりたいとかご大層な妄想だけは持ってたから、ずっと誰にも読まれることのない漫画を描き続けてた。

そして30年以上・・・

結局、漫画家にはなれなかったけど、今、オレの描いた絵にお金を出してくれる人がいる。

これまぢで凄い事だと思うんだ。

昔から絵のセンスがある奴には分からないだろうて。

お前は「こんな落書きみたいな絵で漫画描いてんの?」と嘲笑された事があんのか?って話ですよ。

学生時代、オレの周りにも漫画家を目指してるヤツ、イラストレーターを目指してるヤツがいっぱい居た。

そいつらはオレの100倍絵が上手くて、才能に恵まれていたと思う。

って言うか、最底辺は間違いなくオレだったよ。

それでも絵を描く事をやめずに30年以上。

そんなオレが絵を描いてお金を貰えるようになったわけですよ。

この嬉しさは、きっとオレにしか分からないし、分かってくれなくて良いと思う。

Xでは日々「賞を受賞しました。」とか「担当さんが付きました。」とかそんなポストが沢山流れてくる。

その人たちに対しては、心の底から頑張ってくれ!と、嫌味じゃなく心の底から応援してるよ。

でもその陰で、1ミリも日の目を浴びなかったまぢで才能の無い奴が死屍累々としていることも忘れないでほしい。

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2026年2月21日 12:12 CAT :

愛の亡霊 ラブ

メルカリとかで、商品のインプレッション数を稼ぐために、自分の体を敢えて大きめに見せる商品写真を取ると言う手法が流行り始めているらしい。

いやはや・・・もう何というかですな。

チョッと前に(と思ったら、10年前の記事だったけど)「お前のまんこに価値はない」的なブログを書いた。

そうなんですよ。

別に興味なくても男の子はエロい体があるとついつい「げへへへ」って見てしまう習性があるんですよ。

ただそれは生物としての本能なので勘違いしないで頂きたい。

とは言え、この本能を利用したインプ稼ぎは大したものだと思う。

Xでも、それ系のポストが流れてきて辟易してる。

ホント声高にして言いたい「お前のだからじゃねえからな!」と。

ぶっちゃけ誰でも良いんだよ。

「あたしって凄いんだ」とは思わないでください。

凄いのは神様です。

そう思ってると、35歳過ぎたくらいから急激に相手されなくなってきた時に、訳の分からない事言う似非フェミニストに進化してしまうよ。

そして謎の「性的搾取」と言う言葉を使い始めると思う。

この言葉を使い始めたらもう終わりですよ。

アラフォーに近づいてきて「性的搾取」と言う言葉を使い始めたら、そいつはもうモンスターとなる道しかないだろうて。

話がそれちまったな。

取り合えず、変なインプレッション稼ぎなんとかならんものでしょうかね。

など思っておる次第です。

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2026年2月20日 12:12 CAT :

遥か遠い国の伝説と既に死んだはずのあなた

中国のお話っていちいち規模がでかすぎると思う。

日本と同じどころか、日本以上に経済的危機に陥っている中国では、遂に出生率が1を割って0.97とかになったらしい。(それでも韓国の0.72よりはまだマシだけれども・・・)

25年の新生児の数は720万人。

そして、亡くなった数は1300万人で、1年間で600万人ほどの中国人がこの世から居なくなったそうです。

ちなみに、新生児の出生数は18世紀の新王朝の時代まで退行しているとか・・・

長年続けてきた一人っ子政策の影響もかなりあるらしい。

1人しか産めないなら家を継ぐ男の子が良いと言う事で、女児だと分かったら堕胎するなどしていた結果、一人っ子政策直撃世代では男の方が3000万人ほど多く、その為結婚相手が見つからず、独身の割合は50%ほどもあるとか。

いちいち数字が大きいのよ。

3000万人多いってなんだよ・・・

日本人って1億2000万人くらいだから、男の方が3000万人多いとなったらこれはとんでもない事ですよ。

ただひとつ。

日本の25年の新生児数は初めて70万人を割って68万人だったらしい。

中国の数字を10分の1にすると、実は状況としてはほぼ同じなのでは・・・と言う話。

こうなったら産めよ増やせよの富国強兵政策に打って出るしかないですな。

リベラル気取りの左派の言う事などおくびにもせずに、右寄りで前進していきましょう。

など言いつつ戦争になりませんように。

いやまぁ、もうほぼ戦争状態なんだけどね・・・

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2026年2月19日 12:12 CAT :

息をしてても叱られて 気持ちが悪いと殴られた

引き続きマイクラを楽しんでおります。

お仕事の合間なので、基本的に土日くらいしかまとまった時間は取れないし、それすらもここ最近は忙しくてままならないけど、それでもコツコツ楽しんでおります。

いつくらいからやり始めたのかなと思って振り返ってみると、去年の10月くらいに今のセーブデータを始めたらしい。

そうか、もう4か月もやってたのか・・・

拠点の方もなかなか充実してきて、拠点の壁内に村人の村を併設。牧場も畑も完備出来た。

先日は、ゾンビスポナーを見つけたので、ゾンビトラップを作り、そこで手に入ったアイテムを水流エレベーターで自動的に拠点に運べるようにした。

運ばれてきたアイテムは、カッパーゴーレムちゃんがチェストに仕分けしてくれる仕様になってる。

畑についても、村人が収穫したものをホッパー付きトロッコで集めてきて、カッパーゴーレムちゃんが仕分けしてくれる。

で、昨日遂にメサバイオームを見つけた。

しかもそのメサバイオームの中に、壊れたネザーポータルがあったので復元してネザーに行ってみると、そこがなんとソウルサンドの谷。

もしやと思って探してみると、骨の化石の中にガストの化石を発見した。

何と言う行幸。

これで超かわいいハッピーガストで冒険に行けると言うものですやん。

そのメサバイオームが拠点から4000ブロック程離れていたので、拠点にあるネザーゲート地下とその場所をネザー間で繋げた。

ネザーは、オーバーワールドの8分の1に距離が縮まるので500ブロック程の移動で済むのが実にありがたいんだよね。

この2カ所をメサバイオームの炭鉱からおそらく見つかるだろうレールでつなげば、メサと拠点の移動が更に楽ちんちんになるはず。

しかも、メサを探してる途中で偶然にも海底神殿も発見した。

ネザー要塞は攻略済みで、ネザーウォートはすでに1000個ほど制作済みなので、(その過程でブレイズロッドも5スタック程確保)メサ攻略後は、水中呼吸と水中作業のポーションを大量に作って海底神殿の探検に出かけようか。

あとは、ピグリン要塞の宝物庫からネザライトの型を見つけて、ネザライト装備を作れば、いよいよエンドに向かう準備も完了と言っていいだろう。

当面の目標はエンドラ討伐なんだけど、そこまでの道筋も見えてきたかもしれない。

これまでは息子の気分ひとつでデータ初期化されてたけど、今回は使ってない娘のswitchを貰って、自分のセーブデータを一人でやってるので、初めてのエンドラ討伐まで行けるかも知れない。

実はまだ1度もエンドまで行った事ないんだよ。

いつまででも遊べますな。

ワクワクが止まらない。

そして、この子マジでかわいい。

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2026年2月18日 12:12 CAT :

机仕事も水商売も売春だってへっちゃら

子どもの学校の役員会があった。

役員を決めると言う事らしいんだけど、ここ最近都会ではPTA自体がなくなりつつあるそうですね。

自分たちの子どもの事なんだから、PTA運営くらいやれよ。と思ってしまう所が、田舎者なのだろうか。

知らんけど。

とは言え、面倒くさいものは面倒くさい。

当たってしまったらやりますけど、進んで諸手を上げて参加したいとは思えないし、思わない。

と思ってたんだけど、世の中には進んでPTA会長とかの面倒な役職になりたい人がいらっしゃる。

何でだろう・・・と不思議だったんだけど、その辺の役職になると、役所や教育機関とのコネクションが出来るんですね。

ついでに言えば、生徒の保護者に対しても悪い印象はない。

そして、そのまま市議議員にでもなって、ゆくゆくは市長になる。みたいなルートがあるらしい。

結局のところは、そう言う立場って政治的に利用できるんだよ。

どこの学校とは言わないけど、もうずっと同じ人がPTA会長やってるとこも知ってる。

多分、市長さんになろうと思ってるんだろうね。

何かそう言う裏を見てしまうと、それはそれで何かゲンナリしてしまうよなぁ。

オレも、数年前に児童会の副会長が当たって1年間色々やってきたけど、確かにやる気になれば役所の人とのコネクション作れたと思う。

まぁ、オレは人見知り過ぎて一切そう言う事はやらなかったけども。

思い返せば、仕事に繋がるコネクション作れたような気もしたなぁ~と。

ただ昔から人前に立つことに対しては特に抵抗ないので、今後流れか縁か分かんないけど、そう言う役職が当たった時には、経験としてやってもいいかなとも思ってたりしております。

みたいなことを言ってると、事実になっちゃうから、あんまり言わないようにしておきます。

世の中は大体思った通りになるのでな。

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2026年2月17日 12:12 CAT :

ちょっとの搾取ならば誰だってそりゃあ我慢出来るさ

フジテレビで先日放映されたノンフィクションの婚活回が話題になってたので、お仕事の合間に見てみた。

うむ。

・・・なぁ~んと言うのでしょうね。この不快な感じ。

メインになってた介護職のお兄ちゃんは、あんなにボロカス言われるほどダメなのか?

あんなオシャンティな街の無駄に意識高い系の婚活相談所に行かなければ、普通に結婚できてたんじゃないだろうか。

そもそもの話、そこまでしてまでする必要があるのか。結婚って・・・とか、思ってしまうよなぁ~

男だからとか、女だからとかその辺関係なく、あそこまでして結婚しなければいけないのなら、もう一生独身で良いや。とか思っちゃう人も多い気がする。

デートなんだからおしゃれをしていくのが当たり前。だとか、今の仕事では結婚したくないから転職してほしい。だとか、そんな話があるのか。

まぁ、テレビなので、どこまでが本当でどこからが演出なのかは分かんないけど、終始不愉快だった。

着飾って、年収上げなきゃ結婚できないなんて訳ないじゃねぇか。

そんなもんじゃねぇような気がしてならない。

正直な話、結婚は置いておいたとして、子育ては確かにお金がかかりますよ。

でもお金がないから結婚しないとか、子どもは要らないって言うのは、あまりにも短絡的な気がする。

お金がないと言うのはあくまでも現状の話であって、そして、それを理由に行動に移さないと言うのは、未来永劫お金がないと言う事を自分自身で確信してると言う事になる。

そりゃあそれじゃあダメですよ。

オレもお金が全然ない。

そして、これから子どもが高校、大学と進学していく。

今のままじゃあ、家計が破綻するかも知れない。

でもきっと数年後のオレは、それでも何とかなれるくらいお金持ちになってるんだ。

そう信じてる。

そして、今のところ何とかなってる。

高度経済成長期にあれだけ結婚や子どもを産むことに抵抗が無かったのは、今この瞬間貧乏だったとしても、未来永劫ずっと貧乏な訳がないと誰もが信じていたからなんだよ。

結局のところは、心の持ちようと言う事なんですよ。

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