- 2026年10月11日 12:12 CAT :
-
皆が死んでしまっても 誰も困りはしない
努力をするのは成功するためではなくて、チャンスが来た時に逃さない為。
・・・だそうです。
そもそもの話、人に努力してるぜぇ~と声高に言えるほどの努力をしてないので、偉そうに語る事はできない。
でも、努力について話す人は、皆だいたい同じことを言うよね。
有名な(↓)の画像とかね。

これねぇ・・・個人的な意見ではあるんだけど、努力って言葉が悪いと思うんだ。
努力って聞くと、辛くて苦しいものっぽい。
辛くて苦しいものなんて誰がやるか!って話なんですよ。
昨日の記事じゃないけど、オレはマジシャンになろうと思ってる訳でもないのに、トランプを操れるように努力をしてるのか?
練習はしてるよ。
でも、楽しくてやってるので、練習ですらない気がする。
ただ遊んでるだけだわ。
マンガ描いてるのだって、絵が上手くなるように努力をしてる訳じゃあない。
楽しいから描いてるだけ。
冒頭の言葉に戻る。
「努力をするのは成功するためではなくて、チャンスが来た時に逃さない為」
これは素晴らしいと思うんだけど、辛く苦しい事を続けて得た成功は、結局辛く苦しいんじゃないだろうか。と思ってしまう。
楽しんだもの勝ちじゃあダメなんでしょうかね。
そもそもの話、努力してると思ってる奴って、辛く苦しい事を頑張って続けてるので、成果が出ないと不満に思うだろうし、頑張ってる事を誰かに言いたくてしょうがない。
楽しくてやってる奴は遊んでるだけなので、それに対して成果が出るとか考えないし、遊んでるだけだからそれについて誰かに自慢することもない。
ただ、費やした時間は同じだとしたら、楽しくやった方が良いんじゃないでしょうかね。
昨日一日、オレは、漫画も描かずに机の横に置いたトランプをお仕事の合間、隙あれば触ってた。
下手したら5時間くらい触ってたんじゃないだろうか。
これを努力だとすれば、1日5時間って結構凄い事ですよ。
そりゃあ、誰かに言いたい。
何らかの成果が欲しい。
誰だってそう思う。
だから、努力ってダメなんだよ。
と言うと、それはそれで極端な話になっちゃうのかな。
要は心の持ちようですよ。

- この記事を見てみる ⇒
