2012年2月14日 23:14 CAT :
       

ビーカン逆ピラミッド餓死物語の続き

先日読んだ超短編小説の中にすごく惹かれる一文があった。

「食べるのが苦手と言う女が嫌い」
「食べる」ことは「生きる」ことであり、「食べる」ことが苦手とか言うなら、今すぐ死ね。

と言う、そんな、とってもファニーな風刺の利いた物語だった。

命をいただくことで、生きながらえている。

その認識を持って、しっかり生きていくべきだと思う。

命をいただいて生きているにも関わらず、「食べる」ことが苦手と言うなら、今すぐ死ね。

まぢで。

ついでに、食べ物を残すやつも大嫌い。

そんなやつは、全部食べられるくらい腹減るまで絶食でもしていればいい。

大前提としてあるのは「命を摘むことで生きている」と言う点。

この世には、「ビーカン」と言うクソ舐めた考え方を持ったマジキチが存在する。

完全菜食主義者。

動物類以外にも、魚も、卵も、乳製品すら食べないと言う、頭のネジが数百本ほど腐り落ちた方たちのことだけれども、それが、健康面とか、宗教面からの理由で、食べない人の場合は、もうしょうがないと思う。

バランスよく色んなものを食べた方が健康的に長生きできると言うことを知らないまま、早死にすればいいと思う。

問題は、動物愛護的な観点から「ビーカン」を行っているやつ。

もうこれは、本当にどうしようもないと思う。

何がって・・・

「じゃあ、植物はエエんかい!」
と言うことだ。

植物には意識がないと思ってるんだろうか?
植物には感情がないと思ってるんだろうか?
もう本当に、どうしようもない。

そんなやつは、今すぐ、全員餓死すればいい。

まぢで。

今すぐ。

まぢで、今すぐ餓死しろ。

植物であっても、命があって、意識があって、感情がある。

去年、アイスプランツを育て、そいつの葉っぱをちぎっては食べてた。

「今日もお前食べる」と言って、葉っぱをちぎると「痛い!」って言う反応をしてた。

それでも、植物は心が優しいものだから、ただその事実を受け入れて我慢して、新しい葉を出してくれる。

その植物の優しさに甘えながら、何が動物愛護だ。

クソ偽善者だ。

胸くそ悪くなる偽善者だ。

植物であろうとも、肉であろうと、魚であろうと、すべて生きている。

その命をいただいて、今日もオレは生きている。

そのことを理解できないエセ偽善者の「ビーカン」野郎は、今すぐ、何も食べずに餓死しろ。

そして、その死体を、植物が沢山生きてる場所に埋めて、逆に、植物たちに食べてもらえばいい。

それは、絶対的に動物愛護ではない。

最近、食べること。

のついて、色々考えておりますれば・・・

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