- 2019年4月16日 2:19 CAT :
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吐いて捨てるような浮世のロックで収まる疼き
いつからかこの国では、政治的な発言を人前ではやらない事が基本となってしまったらしい。
昔、営業職をやってた時に、「営業先で、野球と政治と宗教の話はしてはいけない」と教わった事を思い出した。
野球と政治と宗教の話については、それぞれの主張が強いため、議論すると喧嘩になるからとか、そんな理由だったような気がする。
日本人はそもそも良くも悪くも協調体質と言うか、もめ事を避けようとするんだよね。
だとしたら、声高に政治批判している人は、日本人じゃないのか。と言うと、そういう話でもないのかも知れないけれども。
何しか、一部の在日朝鮮人さんに誘導されないようにだけは、心掛けておきたいもんだ。
アメリカ嫌いでも良いし、イギリス嫌いでも良いし、タイ嫌いでも良いけど、韓国嫌いだとヘイトと言われる社会だそうです。
そしてオレは韓国嫌いだ。
さてさて。
ヴィーガンと言う人種がいるらしい。
動物性のものを食べないとか、消費しないとかそんなどうでも良い事に命を懸けてる人たちの事だ。
それについて、別に何を言うつもりもない。何のためにそんな事をしてるのか良く分からなけど。
そもそも、人間は雑食性の生き物であり、穀物を食べることでエネルギーとして、植物を食べることでビタミンとかそんな栄養を摂取して、肉を食べることで強い体を作ってる。多分、そんな感じ。間違ってたらごめんなさい。
何しか、それが人間と言う生き物であり、そう考えると、それを拒否してると言う事は、多分、人間と言う生物としての何かが欠落してるんだろうね。
いや、問題なのはそんな事ではないんだ。
例え、ヴィーガンの人が、普通に生きてる人間より平均寿命が短かろうが、そんな事は知った事ではない。
問題なのは、そのヴィーガンさんが、その欠陥的思想を人に押し付けてくることなんだよね。
なぜ、押し付けてくるのかについては、色々と考察出来ることはあると思うんだけど、取りあえず、オレが言いたいのは、「生きると言う事は、命を頂くこと」に他ならないと言う事。
肉が苦手だから、野菜を食べてる。と言う話なら、全然OK。
でも、生き物を殺害すると言う行為が許せないから、肉を食べないと言う思想は、もはや、「生きると言う行為」の否定でしかないと思うんだ。
ちょっと過激かも知れないけど、じゃあ生きなくていいです。とすら思う。
この世に生存しているほぼ全ての生き物が、何らかの命を自分のエネルギーとする事で、生命活動をしている。
それを残酷だというのなら、それはもう生命活動の拒否でしかない。と言う理論は間違ってるんだろうか?
そもそも、オレが一番気に入らないのは、お前ら植物は食ってるだろうが!と言う話ですよ。
オレの家には、庭にも部屋の中にもわんさか植物がいる。
植物大好きなんだよ。植物にだって意思はあるし、命だってあるんだ。
もし本当に生き物を殺すことに反対しているのであれば、なぜ、植物を生き物として見る事が出来てないんだよ。
それはあれですよ。
牛や、豚はガンガン殺すし、何だったら、フォアグラみたいな虐待しないと作れないような食材を食べるくせに、イルカとクジラだけ何故か守ろうとしている、どっかのシーシェパードさんと同じじゃないか。
スティーブ・ジョブズって人は、木の実しか食べなかったらしい。
植物も生き物だから、殺すわけにはいかない。と思ってくれた偉大な人なんだろうか。
木の実って植物の子どもの卵ですよね。
それOKだったら、バロットもOKだ。
これも、鳥の子どもの卵だからね!
生き物を差別するんじゃない。ベシベシだ。
植物にだって感情もあるし、意思もある。何だったら、最近の研究で痛みを感じることも分かってきてるんだ。生き物を殺すことは残酷だ。と言うなら、生き物を差別するなよ。
「じゃあ食べるものがないじゃないか」と、もし言うのであれば、「そうですよ。生きるってことは食べるってことで、食べるってことは命を頂くってことだ。それを否定したら、後は何も食べないで死ぬか、自称呼吸だけで生きてる(↓)のおっさんみたいな生活をするしかないですよ。」と言う話になる
それでも私は動物は食べない!!きいいいいいいいいいいいいいい!!ってなるようなら、それはそれでもう尊重する。
別に、オレは、自分の肉食を人に押し付けたいわけじゃあないから。
ただ、もう二度と人に自分の思想を押し付けるんじゃないと思う。
最近、twitterで流れてた、ヴィーガンさんが作った画像らしい。
人は、これブーメランと呼ぶ。
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