2025年11月27日 12:12 CAT :
       

「筋肉少女帯小説化計画」を読んで 5年ざくろ組 しもたろうに ~前編

今更ながら「筋肉少女帯小説化計画」の感想を少しだけ書いておこうかなと。

以前、信じられないくらいべた褒めした本作なんだけど、読み終わって少し時間が経って冷静になったので、感想も書けるだろうて。

メチャクチャ素晴らしいのは当たり前。

読んでる時は、キンショーのライブ行ってるくらい舞い上がってるので、そりゃあべた褒めしかない。

ただ、少し冷静になってから振り返ってみると・・・果たしてどうかな?と言う事だ。

と言う事で、前後編に分けて書いてみます。はい。

そもそもの話として、筋肉少女帯の楽曲が目くるめく物語の世界なので、それを単純にノベライズしてどうするの?と言う感じがあったりもする。

って言うか、オーケン自身が自作品の小説化は何度もやってるしね。

その中でも、「くるぐる使い」なんてホント素晴らし過ぎて、この作品を読んだ後には筋肉少女帯の楽曲の見え方がガラッと変わってしまったりする。(個人的には、「ステーシー」は蛇足感があったけれども。)

そんな筋肉少女帯の楽曲を、名だたる著名な作家さんが自らの解釈で物語にする。

面白い企画だとは思うんだ。

ただ、実際読んでみての感想としては、あぁ・・・皆さん物凄く筋肉少女帯のファンなんですね。と言うのが一番に浮かんできた。

二次創作感が強すぎる。

イヤ、面白いんだよ。

ただどうしても、ファンが書いた二次創作の感が否めない。

至る所に筋肉少女帯の楽曲や歌詞の一節が引用されていて、そりゃあほぼ全ての歌詞が頭に入っているファンが読めばニヤニヤは止まらないですよ。

でも、それを求めるならオーケンの小説を読めば良いんじゃね?と思ってしまう所もあったりなかったりする訳ですよ。

その意味では、群を抜いて面白かったのは、人間椅子のワジーが書いた「空耳の子ども」。

この作品だけは、オーケンの匂いが全くしない完全なワジーの作品だったし、それでいて当然というか当たり前のように面白かった。

そう言う意味では「筋肉少女帯破壊計画」として、筋肉少女帯を全くリスペクトしてない、むしろアンチの作家さんが集まって、オーケンの世界観を無視してそれぞれの作品を発表する企画も読んでみたいような・・・

いや、それは読んでて不愉快になるか・・・だったら、筋肉少女帯の名前を使うなって話だし。

筋肉少女帯を好きな人が、その作品世界をモチーフにしながら、自分の世界観で作品を構築した作品と言うのがベストか。

何と難しい課題・・・。

そう言う意味では、ワジーの作品が今回の中では一番良かったです。

と、一通りくさしたので、後編では、ちゃんと褒め褒めします。

と言う事で、次回を待て!

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