- 2023年7月27日 12:59 CAT :
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感想とか書き始めたらネタ切れの前兆と語った上で映画評論をするシリーズ「大怪獣のあとしまつ」~前編
「令和のデビルマン」との異名を持つ映画「大怪獣のあとしまつ」。
この作品の監督である「三木聡」監督は、個人的には超絶大好きな監督さん。
この監督さんが撮った映画、ドラマでこれまで面白くなかったものはひとつもない。全部ストライク。めっちゃ大好き。
な訳で、「あの三木聡の新作がデビルマンだと?!」と、ずっと気になってた。

こちらの映画ですね。
やっと見ることが出来た。まぁ、お仕事しながらの傍らでと言う、あの三木聡の新作に対して失礼極まりない態度ではあるけれども・・・とにかく視聴した。
チョッとだけネタバレしながらになるけど・・・少しだけ感想を書いておこう。
もしネタバレが嫌な人はブラウザバックしてくださいな。
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と言う事で、この「大怪獣のあとしまつ」。
ダメだったわ。あの三木聡の作品なのに、ダメだった。
ただ、一つだけ言っておこう。この映画は断じて「令和のデビルマン」ではない。
「デビルマン」はもう本当にどうしようもない絶望的な映画だと思うけど、この「大怪獣のあとしまつ」は全くそんな事はない。
むしろ流石としか言いようがない、ベテラン監督「三木聡」が細部にまでこだわりぬいて作られた名作。
この作品が「デビルマン」とか、まぢでふざけんな。と言いたい。
そんなの100%、この映画を見る人間の方に問題があったことは明白だ。
純度100%。完全に三木聡の世界観。
三木聡ファンがこの映画を見たら、「流石三木聡監督はすごいよ」と言う感想しか出ないだろうて。
お前は三木聡の映画にいったい何を期待しているんだ?
怪獣の死体をどうするのかと言うテーマをシニカルに描く映画になるとでも思っていたのか。
シン・ゴジラのようなSF特撮作品になると思っていたのか?
この映画は、「大人がしょうもない悪ふざけをしただけの話」を「物凄い予算をかけて、有り得ない位の豪華キャストで制作し、狂気の沙汰とも思える規模で公開」した事を面白がる作品なんだと思う。
そもそも(↑)の公開ポスターで、大怪獣の死体の足がピーンってなってる段階で、「悪ふざけしただけのしょうもない話」なのは分かるでしょ・・・
三木聡映画の醍醐味は、ベテラン監督と日本を代表する実力派俳優さんたちが全力で真っ向から体当たりをして命を削りながら、心の底から本当にしょうもないけど、ちょっとだけ考えされられる話を作り上げる事にあるんだよ。
「コメディ映画だとしてもギャグが面白くない」じゃなくて、「ほんとどうしようもねえな」とニヤニヤするのが、この映画を見る上での正しい姿勢だと思う訳です。オレわ。
そんな感じで、いつもの愛すべき三木聡作品だった。
でも「大怪獣のあとしまつ」は、ダメだった。
何でそう思ったのかを書こうと思ってたんだけど、前置きが長くなり過ぎたので、続きは明日にでも。
次回を待て!!

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「何かの感想」カテゴリーアーカイブ
- 2020年10月27日 1:29 CAT :
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「世界の中心で愛を叫ぶ」を見ての感想 6年ザクロ組 しもたろうに
先日「スイスアーミーマン」と言う映画を見た。
まぁこれが何だ。久々に、心をグンと引き寄せられるような感覚になるほどの衝撃を受けた。
そして「いや~映画って本当に良いものですね」と水野晴郎のように思った次第です。
その結果、久々にここ最近は、映画見倒してた。
流れは下記の通り。
「ヒミズ」を見て、最後の「住田頑張れ」で涙が止まらなくなった。号泣した。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
泣ける映画つながりで「さとうきび畑の唄」を見て、森山良子さんの歌声とさんまさんの演技で隣の寝室で寝ていた嫁に「めっちゃ泣いてたね」と言われるほど嗚咽を漏らして号泣。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
「さとうきび畑の唄」がTBSオンデマンドだったことから、つながりでアマプラで「世界の中心で愛を叫ぶ」を発見。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
これ、そう言えば見た事なかったよな。アマプラで今月中に配信終了か。これも、めっちゃ泣けるドラマらしいので、これを見てみるか。
と言う事で、先週末からドラマ版11話を一気見した。
本当なら、「スイスアーミーマン」の感想をつらつら描きたかったんだけど、あの話はあれだ。一回流し見したくらいでは到底語る事は出来ないので、また、その内もう1回くらい見てから書くことにして、今日のところはもう一つの「世界の中心で愛を叫ぶ」の感想でも書こうと思った次第です。
さてさて。
という訳で、11話全部見たよ。
考えてみたら、ドラマを全話通して見たのって結構久しぶりだった気がする。
前に見たのは「帰ってきた時効警察」だったか。・・・その位ぶりだ。
先に結論を書いておこう。
正直、全く泣けなかった。
何だこのドラマは。となった。
なぁ~にが純愛ドラマだ。馬鹿野郎。これだったら「ヒミズ」の方がまだ純愛映画だ。
ドラマ版を今回見た理由としては、映画版では感情移入しづらいとか、じっくりエピソードを重ねるドラマ版こそ至高。と言った「なるほどな。なるほどなるほどなるほどな」な感想が散見したらなんだけど、それは確かにそうだった。
いや、映画版見てないけど、ドラマ版でもその部分については否めなかったので、これが2時間程度の映画尺なら何をいわんやと言う感じ。
ただ、そのじっくり重ねたエピソードがぬるくて、死ぬほどかったるい。
こんな言い方して良いのかどうか分かんないけど、命を懸けた、しかもその後の人生をずっと揺さぶるほどの大恋愛とは思えないほど、二人の付き合ってる描写が超希薄。
まぁ、地上波ゴールデンのドラマなのでと言う部分はあると思う。淡い高校生の恋愛なんだらかね。
実際見ようによっては、「このシーンでセックスしてますけど、それはわざわざ描写しませんよ。大人の方は分かりますよね」と言う演出が部分的にあるので、まぁ、この2人は男女の関係ではあったんでしょうね。と言う事は分かる。それはそれでいいんだよ。
でも、お互い告白して、好きになって、チョッと付き合ってる風なエピソードを重ねて、その後セックスしました。程度じゃねえか。と。
いやいや、それだったらオレと嫁がこれまで積み重ねてきたエピソードの方がよっぽど濃ゆいつ~の。こんな一般人が普通に嫁と過ごしてきた年月と比べても「う~ん。恋愛ごっこ」と思えるようなでしかないんだよな。
あと、主人公のサク君に対して、もう、これはホントに自分本位過ぎてただただムカつく。
何だこいつ。まぢで、周りの人の気持ち全く考えないで自分の事しか考えてない。
それにムカついてしょうがなかった。
今回、ドラマを見ていく上で、気が付けばオレは2つの目線で物語を追ってた。
ひとつは、結婚前の自分とサク君を重ねた見方。
もう一つは、娘を持った父親として三浦友和扮する亜紀ちゃんのお父さんに自分を重ねた見方。
自分が、高校生の頃の彼女が病気で死にかけていたとしても、「何考えてんだ?こいつは?」と思う。
自分の娘に彼氏が出来て、その彼氏が死にかけの娘を連れまわされて、症状を悪くさせているとしても「何考えてんだ?こいつは?」と思う。
これ結局のところは、高校生の頃の思春期特有な「自分がこの世界と言う物語の主人公」だと思い込んでいるヤツが、自分の事だけを考えて、周りを振り回した結果、一人の女の子を死なせちゃったと言う物語なんだよね。
サク君も亜紀ちゃんも全く相手の事や、周りの事を考えてないままに、ヒロイックな感情に浸って自己満足で死んでいったり、殺したりしてるだけだろう。
ただ、そういう荒唐無稽でも若い男女の恋愛もののドラマに仕立てたい上の人と、それに抗うかのような物語としての完成度を求める監督さんの矜持かなんかだろう、「そうじゃないんだ」と言う意図での演出があって、それはすごく良かったと思う。
大人の人のそれぞれの感じが凄く良いんだよ。
演者さんがやっぱり素晴らしいよね。
そんなこんなで、前半はムズムズするような淡い恋愛ものとして、後半は感動ものとして見れる。いや、見れてたんだ。だから、最後まで見る事が出来た。
問題なのはラストの2話。
こんな事をド素人のオレが言うのはどうかと思うけど、演出のセンスがあまりにも無さ過ぎて、一番いいところで全部台無しにされた気がする。
いやね。上記に言ったような粗について言えば、それは「さとうきび畑の唄」でも散見されるんだよ。結婚式の日に赤紙が届くようなご都合主義だったり、無理やりな説明口調だったり。
それでも、あのドラマが嗚咽を漏らすほど感動するのは、それを気にさせない位、物語に没入させてくれる演出の力が大きいと思う。
実際に、序盤のじいちゃんが死んじゃう付近とか、8話辺りの結婚届を出すあたりのシーンではウルウルしてたんだ。
8話なんて、かずきくんのシーンでもウルウルして、現代、過去両方のシーンでジーンとしてた。
特に9話なんて、すごく良かったと思う。高校自分と父親自分どちらから見ても、「そんなんずるいわ。こんなの泣くわ」と思ってしまう。この辺りでは、前述の物語の粗とかどうでも良くて、それぞれのキャラクターに感情移入して没入できてた。
なのに、10話で突然現実に引き戻された。
10話、11話ではご都合主義な展開で、冷静に見れば「お前ら何やってんの?バカじゃねえ?」と思わせる要所要所のシーンで、監督の「ほら、このシーンでこういう事すれば、お前ら泣くんだろ?泣くよね?」と言う意図が露悪趣味的に出てくる。そのせいで没入できないので、変に冷静になっちゃって、ご都合主義な展開が気になって、物語に集中できない。
くっそひどいのは10話の空港シーンでの「助けてください」のシーンで、なぜか二人の周りをぐるぐるカメラが回ってる演出とか。いや、そこは、淡々と俯瞰からシーン映すだけでもいいじゃん。
無音で倒れる → 音楽が盛り上がってくる → 最高潮のところで二人の周りをカメラがグルグル回る。
どれだけ物語に没入してて、感動してたとしても、耳元で監督が「こういう演出したら泣きたくなるよね?ほら、泣きなよ。泣きなよ。カメラぐるぐる回ってるよ」ってずっと語りかけられたら、冷めるっつ~の。
極めつけは最終話。
亜紀ちゃんのお葬式に行くことを拒否するサク君。
このシーンでもさ。お葬式のシーン自体は物凄くいいんだよ。(読経してる時に「この棺桶には亜紀が入ってますよ」と説明するために顔が出てるとか、「今お葬式にサク君来てませんよ」と説明するお葬式なのにサク君の座るイスが空いてたりとか、視聴者を「バカ」と決めつけたくどいほど説明調な演出は多少あるけれども…)
両方のお父さんが頭を下げあうシーンとか、すけちゃんが棺桶にブルーハーツのテープを入れてるシーンとか、松下由樹さん「がんばったね」のシーンとか。ホント良いシーンがいっぱいある。
あるんだけども、そのチョッと感動するシーンを細切れにして、その合間合間にお葬式に行かなかったサク君のシーンを入れ込む。
サク君はなぜか、どこかへ向かって走ってる。
なぜ走る?
どこへ走る。
で、雨で振り出したら糞サブいよなと思いつつ見てたら、やっぱり降る雨。
って事は、コケて血とか流すんだろうな・・・と思ったら、やっぱりコケる。そして、血が出る。
なんか、昔、「魔法使いグルグル」ってマンガで語ってた、作者の江藤ヒロユキさんの「大人の人に言われて書いてけど、自分で見るとこっぱずかしくなる扉絵」の話を思い出した。
そうなんだよ。
絶望して走り出してると、雨が降ってその中でコケるって言うのは、スポンサー受けいいんだよ。物語とか全然どうでもいい大人たちからしたら、そういう「それっぽいシーン」があると喜ばれるんだよ。物語としては、糞サブいけどな。
物語としての完成度とか、視聴者の没入感とかを全無視して、物語を台無しにしてでも、えらい大人たちの方を向いてるなきゃこの演出はないだろ。
クレヨンしんちゃんの大名作「大人帝国の野望」のラストのシーンで、しんちゃんがただただ走るシーンを30秒以上連続して映すと言う演出をしてる。
このシーンで、原監督が「しんちゃんが走るシーン」を細切れにして「エレベーターで昇るケンチャコ」や「ボロボロになったヒロシたち」をチョコチョコ出した方が、偉い人の反応が良い事は分かってたはず。それでも、そのシーンを一切省くことで、しんちゃんの感情と見る人の感情を同一化させて、その後の「大人になりたいから!」のシーンが一番盛り上がるように作ってるんだろう。
実際に、「大人帝国の野望」はえらい人たちの評判はすこぶる悪かったらしいし。
そう言う計算じゃなくて、「カメラぐるぐるとか、走ってたら雨が降るとかって何か感動するだろう?」とか「細切れにしとけば、なんか画面持つし、緊迫感でるだろ?」とか「流し見しかしないえらい人たちでもこういう事しとけば、評価されるだろう」とか、そういう意図で演出されたら、どんな素敵な物語でも萎えるんだよ。バカ野郎。
そんな感じで、最後まで見切って、監督のクレジットに「堤幸彦」とあって、全てを理解した。
あぁ、そう言う事か。と。
あとで、見直してみれば、メインの監督は堤幸彦さんだけど、オレが「いいな」と思った話は全部、別の人が監督してた。
唯一最終話で良かったのは、高橋克実さん演じるお父さんが「好きなだけ周りを振り回して、悲劇のヒーローは大威張りだな。なさけねえ。」とサク君に吐き捨てるシーン。
あのシーンは良かった。ホント、ずっと心の中にあったわだかまりを全てさらけだしてくれた。
あのシーンで、最終話、萎え萎えな気分になってたお父さん目線なオレにやっとカタルシス的なものを味合わせてくれた。
でも、そのシーンでもバストアップを多用して、構図を切り換えまくり。
「淡々とした会話だから、飽きさせないよう構図切り換えまくってたら、偉い人達も気に入ってくれるよね」と言う意図が見え見えでげんなりだけどな。
あんなに高橋克実さんが素晴らしい演技で、それこそ11話全部をひっくるめた最大のカタルシスを与えてくれようとしてたんだから、その演出は邪魔なんだよ。切替最低限に抑えて、引いた構図から淡々とシーンを流してたら、後ろにうっすら写ってる仏壇からおじいちゃんも優しく眺めてくれてる最高にいい構図だったんじゃねえのか。
その上で、演者さんの細かい所作だってシーンに残ってたはずだ。
最高の素材で作られたディナーの最後の締めに出されたデザートに「デザートって甘い方が良いでしょ?」って、山盛りの砂糖をぶっかけられて、それまでのディナーの余韻も、デザートの味も全部台無しにされた気分。
まぁ、そんなこんなで長々と書いたけれども、ドラマとしては、良いドラマだと思うんだ。
最終話まで見切れるドラマなんてなかなか無いようなオレですので。
ただ、世間の評価程ほど泣けない。
泣けない一番の理由は、よく言われている「堤演出」の賜物であることはまごう事ない。
物語自体は、強引でご都合主義な所はあるけれども、よく言えば超王道で、やっぱり王道っていいなと思わせてくれる素敵なお話しだと思う。
あと、最後に。オレは堤監督の演出方法自体が別に嫌いってわけじゃないとだけ。
そもそも「trick」とか、死ぬほど大好きなドラマな訳だし、あのドラマなんて、堤演出が無ければホントグダグダでどうしようもないものになってたのは、誰がどう見たって間違いない。
「自虐の唄」って映画も、大好きで何度見ても泣いてしまう。
カメラぐるぐる演出だって、「自虐の唄」の最後の幸恵ちゃんと熊本さんの再開のシーンでは、グルグル回るほど感動できてた。
堤演出だと泣けないという訳でもない。
ただ、「世界の中心で愛を叫ぶ」と言う物語と堤幸彦と言う監督の相性があまりにも悪かっただけだと思う。
ホント、使い方なんだよ。
三池監督と堤監督と言う偉い人達から見た、評価の高いものを撮ってくれる2代巨頭監督。
コケる事が許されない鉄板のコンテンツだっただろう「世界の中心で愛を叫ぶ」だったからこそ、この偉い人受けの良い堤監督が抜擢されちゃったんだろうね。
そして、堤監督自体は本当にすごい人だから、その偉い人受けの良いものを作っちゃうんだよ。
期待に応えることが100%出来る監督なんだよ。
ただそれだけが、非常に残念。
この物語だったら、もう少し徹底したリアリズムを追及するタイプの監督さんだった方が良かったのかも知れない。
と言う事で、しばらくしたら、映画版の方も見てみようかなと。
行定監督だそうなので、もしかしたら!!とチョッと思いつつ、「濱マイク」の監督だよな・・・とも思っております。
いや、「濱マイク」めっちゃ好きだけれども・・・
あぁ、長々書いた。
では皆様。
また次回。

このドラマ見ると、綾瀬はるかさん好きになるよね。
そして、山田孝之さん…ウシジマくんとか「凶悪」の藤井記者とか、この人ホント演技力えぐいよね。
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- 2019年4月23日 2:34 CAT :
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ここ最近マンガレビューをツラツラと
オレの体の中でできたものと、嫁の体でできたものがくっついたら、新しい生き物が出来た。
と言う、この事実が未だに良く分からない。
何で、そうなったんだろうと不思議でしょうがない。
でも、子どもが可愛くて仕方がないので、それで良いと思います。
何と言うか、子どもがもう1人居たらなとは思わないんだけど、カワイイ赤ちゃんを抱っこしてヨシヨシしたい。
今は、まだ子どもたちが寄ってきてくれるけど、子ども達がもう少し大きくなって、独り立ち的なことになったら、ネコとかを飼うような気がする。オレも。
そういう事なのか。
とすごく納得いきました。はい。
さてさて。
ジャンプ読まなくなって、もう結構久しい。
ハンターハンターが載ってるときだけ、ジャンプ買ってるけど、それでも、もう読むものはワンピースくらいしかなくなってしまった。
だって、「こち亀」も「ブリーチ」も「ナルト」もないんだもん。
と思ってたけど、最近、「ファイアパンチ」で衝撃を受けた藤本タツキ先生の「チェンソーマン」が面白い。
ジャンプ最後の良心だ。単行本もちゃんと買った。
チェンソーマンが打ち切られたら、もうジャンプとは本格的にさようならだと思う。
そもそも、30超えたおっさんが「少年」ジャンプ読んでるんじゃねえよ。って話か。
でも、色々マンガは読んでる。
ここ最近買ったマンガなどを少しだけ・・・
〇暗殺教室
最初の方の、学園もの展開はチョッと読んでて辛い感じもあるけど、最初からしっかり作りこまれた物語だけあって、10巻くらいから以降は完成度が凄まじい。メッチャ面白い。構成も完璧で、何度も読みなおしたくなる。展開自体も王道で、読みやすい。しかも、チョッと考えさせられる。ホント名作だと思う。〇ボーイズオンザラン
映画を見て、メッチャ面白かったので、原作も読んでみたくなって、全巻大人買いした。映画は原作で言う第1部で、第2部は第2部で青山君の変わり果てた姿とか、本当のヒロイン花ちゃんとか、源との戦いとか面白い部分も結構あるんだけど、サラリーマンの哀愁とか含めて、第1部の方が完成度が高かったかな。そして、終わり方が何となく納得いかなかった。かも知れない。いや、面白いんだけどね。〇アイアムアヒーロー
同じ花沢健吾先生の作品。これも、映画がメッチャ面白くて、ZQNが何なのかをもっと知りたくて、全巻大人買いした。ボーイズオンザランよりはかなり面白かったと思うんだけど、だんだん尻すぼみになっていって、最後はチョッとなんだかなな感じで終わってしまった。いや、色々考察出来るので、深みがあって面白い作品だと思うんだけども。浦沢直樹か!!と言う話。〇トリコ
女子高生大好きなしまぶー先生の超王道少年漫画。なんか、キンドルの無料枠で5巻くらいまで読んで、面白すぎたのでこれも全巻大人買いした。暗殺教室が21世紀の王道的少年漫画だとすれば、トリコは、古き良き少年漫画。際限なく進むインフレとつじつまの合わない設定、取ってつけたような伏線など、そのどれもがキン肉マン的だけれども、それが面白い。おっちゃんにはすごく安心して楽しめる名作でした。〇善悪の屑
web広告でちらちら出てて気になったので買ってみた。何というか、実際にあった事件をチョッと薄味にして描いてるだけで、暴力描写はチョッと目を引くけど、それだけな感じ。ただ、3巻と5巻にある日常回が物凄く秀逸で、そこだけはホント何度も読み直した。この作者さんの日常マンガがあれば、ぜひ読みたいなと思いました。〇血の轍
1巻が出た時に、ジャケ買いしてしまった。内容は、今はやりの毒親なんだけど、1コマ1コマを物凄く丁寧に描写していて、読み込めば読み込むほど引き込まれる名作。まだ、完結してないし、どんどん展開が進んでいるので、今、かなり新刊を楽しみにしているマンガの一つ。読み返すたびに新しい発見があるので、何度読み返したことか。〇食糧人間
web広告かなんかで1巻だけ試し読みして、続きが気になったので、全巻大人買いした。(このパターン多いけども)よくあるスプラッターものとSFものを組み合わせたみたいな内容なんだけど、全7巻で中だるみせずに結構濃い内容が怒涛のように迫ってくるので相当面白いと思う。特に、最後のオチがこのタイプの物語としては異例なほどキレイでうまくまとまってたので、かなり素晴らしかった。読後感は「刻々」に匹敵するほど最高。アイアムアヒーローもこの位きれいに畳んでくれれば・・・いや、何も言うまい。〇星の王子様
有名なサンテグジュペリの名作童話を、奇才「漫☆画太郎」大先生が、忠実に漫画化した屈指の名作。今のところ、何とか連載継続されているので、ただただちゃんと完結されることを祈るばかりです。内容は、オレ程度の生き物が文句をつけれる訳もなく、最高の出来だと思う。と言うか、「星の王子様」の一番正確で正しい解釈はこの漫画だと思う。〇聲の形
チョッと前に話題になってて、ずっと気になってた作品。内容としては、しっかり作られているし、テーマ性もあって面白かった。ただ、どうしても主人公が感情移入しずらい。これ作者女じゃねえのかな。主人公の男の考えてることが「女が思う、こうあってほしい男の思考」な気がしてならない。逆に、聾唖のヒロイン含め、女キャラの表現は素晴らしかったけども。〇亜人
これも、web広告からの流れで全巻大人買いしたやつ。相当面白いと思う。・・・けど、これについては、ほとんど「寄生獣」のプロットをそのままえどってるような感じ。主人公自体がパラサイトで、サイコパスなところがあり、その相棒がシンイチの人間的な性格と言う完全に「寄生獣」と同じキャラクター配置で、ミギーが人間側に完全に味方して、後藤率いるパラサイトと国を挙げて戦争している話なんだから、面白くないわけがない。ただ、その戦いについては、期待をはるかに上回る方向に展開していくので、本当に目が離せない。これも、新刊が待ち遠しい。。。〇マイホームヒーロー
これは、本屋さんでジャケ買い。朝基まさしの漫画はたくさん読んでたので漫画がうまいのは知ってたけど、それにしても、面白さが尋常じゃない。展開が物凄く早くて、1巻の内容が手塚治虫か!って言う位濃い。こんなに濃いのは「へうげもの」以来だ。まぢで。第1部たった6巻(しかも6巻の半分)なのに、何巻にもわたる推理小説を読み込んだかのような展開と内容。正直、まだ第2部は始まったばっかりなので、今後どうなるかはまだわからないけど、今、新刊を一番楽しみにしているマンガ。あわよくば、「6巻で完結しとけば超名作だったのにな」にならずに、「あの第1部を超えてきた超名作」になる事を祈りつつ、新刊をお待ちしております。〇異常者の愛。
「食糧人間」を読んでたら何故か「こちらもオススメ」として、表示されてたので、併せて読んでみたら、こっちもメッチャ面白かったので、全巻大人買いした。と言うか、こっちの方がはるかに面白かった。絵柄が個人的に受け付けないかと思ってたんだけど、読んでたらそんなに気にならなくなってた。「聲の形」とは反対に、完全に男目線でキチガイの女の心情を書いてるので、オレが読む分には、ストレスなくワクワク読めた。何より、物語のラストが素晴らしかった。この話は、現代によみがえった江戸川乱歩で一番好きな小説「蟲」だ。ヒロインの三堂は完全に正木愛三だった。そう見え始めた時、久々にマンガで目頭が熱くなった。とまぁ、割と最近色んなマンガを読んでおります。
他にも、ダラダラ読んでみて、買うまでもなかったり、面白くなかったものなどもあるけど、上記に上げた漫画はどれも素晴らしい作品だと思う。
いつになっても、夢中にさせてくれるマンガと言う文化は本当に素晴らしい。
いや、ホントにチェンソーマン打ち切られないでくれ・・・5巻くらい出たころに、また、チェンソーマンの感想も描きたいもんだね。

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- 2016年8月11日 10:37 CAT :
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夏休みの読書感想文「河童のクゥと夏休みを見て」 6年ザクロ組志茂田聾二
深い意味はないんだけど、何となく見てみたくなって「河童のクゥと夏休みを見て」と言う映画を見てみた。
この映画。クレヨンしんちゃんの「オトナ帝国」「戦国合戦」(個人的には「ブタのひづめ」も)などで有名な「原恵一」監督がクレヨンしんちゃんがから離れて1作目の監督作品らしい。
存在自体は知ってたんだけど、まだ、見た事無かったんだよね。
・・・で、見てみたわけです。

詳しいネタばれとかは、まぁ、置いておいて。
良い映画だったよ。面白かったと思う。
2時間以上もあるのに、それでも時間が足りなかったのだろうねと言うくらい、テーマがたんまり詰め込まれている。良く言えば、内容盛りだくさん。悪く言えば、テーマブレブレ。そんな印象でしょうかね。
ただ、オレのステレオタイプかもしれないけれども、アニメなのにエンターテイメントしてないように感じられた。
全体的に、ポップな作風と演出、音楽で進んでいくけど、ほの暗く重い。見ていてふえええ・・・ってなるシーンが多い。
果たしてどの層に向けて作られた映画なんだろう。
内容も重いし、グロい描写や残酷な描写もあるし、かと言って、ワクワクするような展開もない典型的な邦画の構成なので子どもは見てられないと思う。
多分、少し前の中二病をこじらして、世間を斜に構えてみる事がカッコイイと思ってたオレが見るともっと面白かったと思う。
ここ最近のオレは、もう少し、軽くて、気楽に見られるエンターテイメントが良いんだよ。
そんな映画だった。
いやね。面白いし、良い映画だったんだよ。本当に。
ただ、もう社会の重苦しい部分については良く分かっておりますので、今更敢えて見せてもらわなくても良いです。と。それだけ。
思えば、クレヨンしんちゃんの体を取ってても、原監督の作品は、全体的にこういうほの暗く重いものが見え隠れしてたんだよね。あと、哀愁とかその辺が。
それが、クレヨンしんちゃんと言う、どうしようもないおバカアニメと融合をした事で、奇跡のバランスが取れてたんだと思う。
「戦国合戦」とか、あれ、クレヨンしんちゃんじゃなきゃ、辛すぎて見てられなかったと思うんだ。
原監督は、他にもいくつか作品を発表しているそうなので、それも見てみようかな。
今のところ、一番大好きなのはやっぱり三木監督。
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- 2015年5月2日 23:05 CAT :
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ドラゴンボールZ 復活の「F」についての感想 2年柘榴組 しもたろうに
ドラゴンボールの最新作映画「復活のF」を見てきたよ。
正直、映画を見に行くとか、6年ぶり。
その前は、嫁と「カイジ」を見に行ったと言う感じなので、何となく、チョイスがどうかとも思うけれども・・・
今回は、弟と。
チョッと弟と話してる時に、「神対神」が意外と面白かったから、見に行きたいな。
と言う話になり、「ちょうど、5月1日のレイトショーなら、1000円で見れるよ」「んだら、行くか」と。
まぁ、そんな感じだ。
公開直前に、前作の映画をすることで、映画館に来させるという戦略に完全に乗せられてしまった。
あとレイトショーなら、娘を風呂に入れた後、嫁に寝かしつけをお願いすれば、あとは、自分の寝不足だけで、何とかなる。
・・・かなぁ~とね。
むしろ、子どもが小さいからこそ可能な事に、チョッと気が付いてしまった。
(もちろん、それでも、嫁にめっちゃ負担はかけるけれども。)
見ましたよ。今日は、そのレビューでも書いてみようかと。
と言うことで、ネタばれしかしないので、未見のやつは、ここでひっそり、この記事を閉じるよろし。

「ドラゴンボール 復活のF」
最初に、結論を書くと、見た瞬間はめっちゃガッカリした。でも、少し時間が経ってメキメキと面白かったなぁ~と思い始めた。
そんな映画だと思う。
見た瞬間ガッカリする。
その理由は明確。
フリーザが復活したから。
オレらの世代が「ドラゴンボール世代」と呼ばれるほどに、ドストライク。
もう、男全員がドラゴンボールと供に育ってきたと言っても過言ではない世代のオレたちにとって、その中でも、特にフリーザと言うのは、特別な存在。
毎週水曜日の夜に、恐怖と絶望に震えながら、それでもテレビの前を離れる事が出来なかったのは、フリーザが敵だったから。
あの時の熱狂っぷりは、その後のセル、魔人ブウなんか比にならない。
ピッコロ大魔王、サイヤ人と来ていた、恐怖と絶望の到達点こそ、フリーザだったんだ。
そんなフリーザが復活する。
となると、そりゃあ、あの頃のイメージがどうしたって頭の中をぐるぐる回るって。
映画の中のフリーザがその期待に全く応えられていない。
それが、がっかりする理由。
フリーザに絶望する一番の理由は、やっぱり凶悪な変身。
それが、映画じゃ「最初っから本気で行きますよ。」って、速効で最終形態になっちゃうし、その後に待ってるのは、なぜか金色になる「ゴールデンフリーザ」。
しかも、本人が「分かりやすいように金色にしてみました。」とか言い出すし。
「色、自分で選べるんか~い!!」って、誰もが突っ込むだろうて。
クウラみたいな変身の方がまだ良かった。
メタルクウラの方が圧倒的にカッコよかった。
いや、でも、それは良いんだよ。
それよりも、この映画に圧倒的に足りないものがある。
それが絶望感。
ナメック星編を思い出してもらいたい。
絶対に勝てるはずのない強さを持ってるフリーザ。
全員がどれだけ強くなっても、全然勝てそうにないのに、さらに変身してどんどん強くなる。
アホみたいに強くなった悟空ですら、「まいったな・・・勝てねえ」とつぶやき、ボコボコにされる。
「どうやったら勝てるんだよ・・・これ・・・」
と言う絶望感があった。夏目房之介風に言うのであれば、「絶対に勝てるはずのな強大な相手。
ただそれに、変身することで、何とか勝つことが出来る。
急激に強くなることが出来ない子どもが、絶対に勝てない大人と戦うために、身体的特徴そのままに変身して強くなり、そして、勝つことに、ドラゴンボールのカタルシスがあり、それが、見るものに快感を与えている。
その快感は、強大な相手に対する絶望感が強くなればなるほど、大きくなる。」と言う所か。
それが、少年漫画の基本であり、王道と呼ばれるものは、ほぼ全てがこれを何らかの形で世襲している。
その集大成が、フリーザであり、超サイヤ人なんだよ。
なのに、まず、悟空も最初から最終形態に変身してる。
フリーザも速攻で、最終形態になる。
しかも、それよりも強く、フリーザが勝てないから下手に出てる「ビルス」「ウィス」が最初からいる。
更に、ビルスに「ベジータと協力すれば勝てるのに」と言われつつも、「順番で戦おうぜ~」とか、悟空もベジータも余裕ぶっこいてる。
これをナメック星で例えるなら、最初から「フリーザ程度なら一撃で殺せる」と豪語してる界王神が後ろで見てる中で、超サイヤ人になる事が出来て良い感じに戦える悟空とベジータが「どっちが戦う?変わりばんこな」って、ちょっとフリーザを馬鹿にした感じで、ほんわか話しながら戦う。
(ついでに、他のメンバーも「悟空勝てるだろ。」みたいなテンションで「強いな。
2人とも」って、余裕で観戦してる。)
絶対、負けないでしょ。これ?
カタルシスも快感もあったもんじゃねえよ。しかも、ボコボコに負けて、馬鹿にされたフリーザが、ブチギレて地球を破壊したところで、ウィスが「あ。
じゃあ、時間を元に戻しますね。
今度は、倒してくださいよ。」って・・・
なんだよ。
そのオチは・・・
リセット出来るファミコンか!!それとも、「ZOO1」なのか・・・
ついでに言うと、フリーザが最終形態になってるのに、一人称が「僕」じゃなくて「私」で、第一形態と同じ話し方をしてるとか、フリーザファンからしたら、「フリーザに愛はないのか!!」と声高に叫びたくなる。
分かるんだよ。
めっちゃ強い敵が出てくる。
⇒Z戦士全員がボコボコにされる。
⇒絶対に勝てない。
⇒変身とか何かの奇跡が起きて勝つ。
ドラゴンボールの映画なんて、全部この展開ばっかりだから、外したいと言うのは。
悟空が勝てない。
ってのは「神対神」でやっちゃたから、こうするしかなかった。
ってのも。
でも、オレが求めてるのは、その王道のドラゴンボールの展開なんだよ。
だって、その展開を作り上げたと言っても過言ではないフリーザが復活するんだよ。
「ゴールデンフリーザ」が想像以上に強い。
⇒ビルス、ウィスまでが「まさかここまでとは・・・まいったな。
悟空は勝てないぞ。
だって、オレより強いもん。」みたいな事を言い出す。
⇒Z戦士全員ボコボコ。
⇒悟空「みんなすまねえ。
オラ勝てねえ・・・でも、最後までやってみっから。」とか言いながら、最後の特攻を試みる。
⇒クリリン絶叫「ごくうううううううううううううう!!」⇒フリーザが地球を破壊しようとする。
⇒悟空が超サイヤ人ゴッドSSになる。
⇒やっといい勝負になる。
⇒「ゴールデンフリーザ」に慣れてないから、フリーザは戦闘力が減っていく。
⇒やっと悟空勝利。
みたいな、展開には出来なかったんだろうか・・・
とにかく、無念が極まりない・・・
唯一よかったのは、フリーザの復活シーン。
あそこは、メッチャ良かった。
ドキドキした。
最高にカッコ良かったし。
だから、こそ余計にその後のフリーザの小物っぷりと、馬鹿にされっぷりがどうしても許せない。
心底ガッカリした!!
・・・と、長くなったけど、ここまでが、見た直後の感想だった。そして、しばらくして思い直した。
面白かったなぁ~と。
これね。
映画としては、相当面白いんだよ。
ドラゴンボールドストライク。
フリーザドストライク世代で、あの頃の興奮を期待しなければ。
フリーザを「何か過去に因縁があった強敵」くらいにしか思わずに見たらね。
作画もメッチャきれい。
バトルシーンはもうホント見入ってしまうほど素晴らしいし、前作で「年取ったなぁ~」とショックだった野沢さんの声も、まさかの全盛期に近いくらいまで復活してた。
ストーリーも小ネタも捻りが利いてて、最後まで飽きさせないし、展開が読めない。
各キャラクターの見せ場もちゃんとあって、間延び一切無しで、90分程度でしっかり物語が終わると言うのも最高。
長すぎてだれる事も無く、もっと見たいな・・・位で終わるんだよ。
頭の中で冷静になるにつれて、物足りないのは、オレの思い出補正込みのフリーザへの思いの部分だけじゃねえか。
面白いよ。
となった訳でございます。
考え直してみれば、初期の頃のドラゴンボールって、こんなかったじゃねえか。
最初の頃の天下一武道会とか、こんなノリなんだよ。
この映画の唯一の欠点があるとしたら「ドラゴンボールZ」と冠しておいて、「ドラゴンボール」のノリだった事なんだろうて。
まぁ、今回は、鳥山明が作ったお話であって、鳥山明の原作漫画には「Z」なんて無いんだから、そもそも(↑)の感覚なんて無かったのかもしれないけどね。
この映画を面白くない。
と言うのは、多分、フリーザドストライク世代で、未だに、あの頃の思い出補正から抜け出せてないオレみたいなヤツだけなんだと思う。
ドラゴンボールファンの人は、絶対に面白い名作映画なんだろう。
オレは、それでもやっぱりフリーザの扱いにチョッと満足いってないけどね。
・・・って、気がつけば、ものすごく長くなってたので、この辺で・・・
いきなり、さようなら。
しかし、まぁ、映画は、やっぱり映画館で見るべきものだ。
と、今回ので、心底思ったよ。
多分、次に映画を見に行くのは、娘と「プリキュア」な気がしてならない志茂田さんがお送りしました。
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- 2015年4月13日 23:01 CAT :
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かぐや姫の物語についての感想 2年桃組 しもたろうに
アンパンマンってコスパ悪すぎるように思う。
ちょっと水に濡れただけとか、一部分だけかけただけで全部取り換えないといけないとか・・・
あれ、結構なでかさだから、小麦粉もアンコも結構使ってると思うんだけどね。
いや、アニメとかにそんな事言うのは野暮ってものでしょうかね。
さてさて。
高畑監督の新作「かぐや姫の物語」が、準新作になってたので、レンタルしてきて見た。
正直、「風立ちぬ」より見たかった。
(と言うか、「風立ちぬ」はまだ未見。)
と言うことで、今日のところはその感想でも・・・ネタばれたっぷりするので、未見の方は、ここでブラウザを閉じるよろし。
と言うことで・・・

年を取ってから、高畑監督の作品の方が面白いような気がしてきていたので、相当楽しみにしていた「かぐや姫の物語」。まず、予告編を見ただけで、「なんじゃ!!この映像美は!!!」となった。
そして、娘の成長を見守っているいちお父さんとして、かぐや姫の成長度合いに対する共感具合が半端なものではなく、予告編だけで泣いてしまった。
「いまの全てが 過去の全て」
この歌にも心が震えた。と、アホみたいに期待しまくってみた「かぐや姫の物語」。
先に結論を描いてしまおう。
映像美はホント凄まじい。
でも、たぶんガッカリする。
理由を長々と説明しますよ。
(まぢで、長くなるよ・・・たぶんね。)
とにかく、この映画の見所は、圧倒的な映像美だと思う。これはホントに凄い。
凄まじい。
日本人が美しいと感じるであろう、線が生き生きとしている日本画。
その1枚絵が、動くんだよ。
それも、何の違和感もなく。
1枚絵が動く。
と言うのが、一番的確な言葉だと思う。
もちろん、ジブリ作品なので、TVアニメのようなカクカクとした箇所なんて一切ない。
滑らかで、アニメである事を忘れてしまうほど自然。
本当に、最初から最後まで、細部にわたって作りこまれている事が、オレみたいなド素人でも分かる。
ついでに、声に関しても、宮崎作品と比べると不思議と違和感がない。
同じように、声優さん使ってないのに・・・
演出面に関しては、文句などあるはずもない。
いや。
もうね。
本当に、凄いよ。
なんじゃ?このクオリティーは!!ってなる。
宮崎作品の場合、どうすればそんなの思いつくんだよ。
と言うような、現実感のない表現を自然に演出し(そんな事が出来る人が、そもそも宮崎監督位しかいないんだろうけど)、それが強烈に印象に残る。
でも、高畑作品の場合には、何でもない普通のしぐさを常軌を逸したリアリティへの追及で普通に表現し、それが強烈に印象に残る。
・・・と思ってる。
今回も、その高畑作品の特徴が凄く出てる。
あんな絵なのに。
唯一、今回、そうじゃなかったのは、あの賛否両論を呼び起こした最後のシーンだけだと思う。
ただ、その分、あのシーンは、本当に圧巻だった。
独特な音楽も相まって、本来なら悲しいだけになるであろうあのシーンで、明らかに異質な感じと、少しの恐怖を見る人に植え付ける。
良く考えたら、物凄く悲しい。
何の救いものない最後なのに、嫌な感じはしない。
と言うか、こんな感情初めて。
何と表現したらいいのか分からない。
怖いし、悲しいし、ホッとするし、そして少し面白い。
極限まで煮詰めたリアリティの先にある非現実。
と言う、矛盾を体感できるシーンだと思う。
演出に関しては、ホント、こんな凄いの見たことないよ。
・・・では、なぜ、その上でも、がっかりするのか・・・について。
理由は、もう本当にひとつだけ。
「誰でも知ってるかぐや姫だから」。
でしかない。
いやね。
もう本当に、最初から最後まで、誰でも知ってるかぐや姫だよ。
多少、オリジナルキャラはいるものの、これからどうなるのかについて、誰もが知ってる。
そして、その通りになる。
高畑監督が、この映画のキャッチコピー「姫の犯した罪と罰」と言うものが凄く嫌だった理由が分かったよ。
そんなコピーつけたら、「かぐや姫を題材にしつつ、そこからさらに膨らましたのかな?」と思うもん。
実際には、そんなもの何にもない。
本当に、かぐや姫。
最初から最後までかぐや姫。
竹から生まれたかぐや姫が美しく育って、貴族や、帝から結婚を申し込まれるけど、無理難題を出して断り続けて、月に帰る。
それだけを2時間以上の時間をかけてやるだけだよ。
これを、退屈せずに見続ける事が出来るのは、ひとえに、前述の圧倒的映像美と完璧な演出があるからに他ならない。
多分、高畑監督でなければできなかっただろうて。
それは、間違いない。
でも、本当に、「ただのかぐや姫」なんだよ。
ひと思いに「セロ弾きのゴーシュ」の時みたいに、1時間くらいでまとめていたら、凄まじい名作になったんだろうけど、その部分がどうしても引っかかる。
あと、最後の「不老不死の粉」のくだりが、なぜかカットされているのも・・・
尺の関係でカット・・・とは、考えにくいし、何でカットしたんだろう。
「ほたるの墓」とチョッと被るからかな?
翁が不老不死の粉を焼く。その煙が立ち込める少し悲しい画面。
「不老不死の粉を焼いた山は、その後、不死の山。
富士山と呼ばれることになったそうです。」的なナレーション。
しばらく富士山の絵。
背景が写実的になる。
後ろに飛行機とかが飛ぶ・・・エンディング。
(「いまの全てが 過去の全て」の歌詞にもつながる?)
みたいにした方が、分かりやすかったのでは・・・とか、素人のオレなんかは思ったりするけどね。まぁ、そんな誰でも思いつくような終わり方はダメだろうけどな。
ただ、ダメな映画。
と言うことではない。
おそらく、今後日本の映画界で二度と作られることのない、超絶名作である事は間違いない。
ついでに、たぶん、これから10回、20回、100回と見れば見るほどに、新しい発見があり、どんどん好きになっていく映画なのも間違いない。
(「セロ弾きのゴーシュ」、「おもひでぽろぽろ」がそうだから。)
取り合えず、日本人として生まれたなら、一度は見ておかなければいけない映画だと思う。いやね。
この映画が公開された当時生きていて、当時の空気を知っていると言う事を、たぶん、後世になると羨ましがられるとか、そのレベルの作品だと思うよ。
言い過ぎじゃなくて。
高畑監督の作品・・・何でも、今度は「平家物語」の構想があるとか・・・
物凄くみたいです・・・
現実的に厳しいだろうし、この「かぐや姫の物語」ほどのクオリティは難しいかも知れないけれども。
やっぱり長くなったな・・・
でも、こんなものじゃないくらい、もっと語りたい事はある。
それは、あと100回くらい見た後にだな。
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- 2007年10月11日 22:18 CAT :
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大自伝を読んで~志茂田さんの感想
最近また仕事面でもプライベートな面でも色々やりたい事と言うか、やらなければいけない事が増えてきている。
偉そうに言ってみれば「忙しく」なってる気がする。
そんな中でも、やっぱり嫁と遊びに行ったり、ダラダラゲームやったり、本読んだり、ギター弾いたりやりたい事ばっかりやってる。
どこにそんな時間がある・・・と言われれば、その分やらなきゃいけない事が遅れてるだけなんだけど・・・
やりたくなった時以外はモチベーションが上がらないから、その時々にやりたい事をやる。
どんなにやる事が増えても。
高校の頃からの相変わらずなスタンスです。
基本的に、やらなきゃいけない事も、自分のやりたい事も常に一緒くたにやる。
それが出来なくなった時は、多分倒れる時なんだろうな。
去年の入院騒ぎよろしく。
さてさて、そんな中で今はコレしか読んでない。
先日嫁と遊びに行った時に買ったもの。
と言うか、殆どコイツ目当てで商店街に繰り出したんだけど・・・香川でこんな本売ってるのは宮脇書店本店位しかないだろうと思って。
結構なページ数だけど、もうほとんど読んでしまった。
メチャクチャ面白い。
「ナゴムの話」読んだ時もかなりのもんだったけど、ナゴムのバンドは全部知ってるわけでも、全部好きなわけでもないからどうしても自分の好きなバンドばっかり読んじゃう。
でもコレは頭から全部筋肉少女帯。
面白くないわけがない。
特にオーケンの話はよく聞くけど、普段黙して語らずなウッチーやおいちゃんの話が沢山載ってることがうれしかった。
もちろん橘高の話も。
アルージュとか当時のビーイングとかについてほとんど知識がないから、知らない事だらけで新鮮だったし。
って事で、まだオーケンだけ読んでない。
最初にウッチーから読み始めた。
筋少凍結のあたりだって、オーケンからの目線は良く聞くけど、実際に屋号を守り通したおいちゃんやウッチーの目線からはあんまり語られる事がなかったからなぁ~。
読んでてやっぱりこのメンバーは最高だなって思ったよ。
と言うか、とにかくウッチーがステキ。
文章からも人の良さが出てるし、やっぱり大好きだな~あの人。
ビバみりたマ。
イヤホンとに。
何だか、物凄く苦労したんだろうけど、性格的に何かのほほ~んととそれでいて皆から好かれてみたいな・・・いかん。
オレの書き方も内田調になってきてる・・・マァ、癖の強い文章だったけどね。
橘高の話も凄くよかった。
ただのメタル野郎かと思ったらとんでもない。
オーケンやウッチー所じゃない暗黒の過去をお持ちで、それであの明るさと優しさを持った3児のパパだと考えると、ますます好きになった。
だって、橘高の優しさクッションがなかったら今回の復帰だってもっと難航してたと思うんだもの。
おいちゃんは、元々予想して通りの面白ろ人生。
凄くバカバカしくて、それでいて必死で・・・マァいいや。
おいちゃんは元々オレと弟の間でどのライブや演奏の時にも要チェックな人物なのでもうエエ。
大槻ケンヂと橘高文彦の仲直りライブ見た後、キンショーのライブ見たら分かるって。
おいちゃんの存在感。
もうそれだけでいい。
しかしこれ全部本当か?と思うくらい運命的なバンドだ。
何かなるべくしてなっていった感じが、物語を読むよう。
いつかグミチョコ見たいなのじゃなくて、本当の「筋肉少女帯物語」にして欲しい。
オーケン小説の再開まだかなぁ~
そうそうおまけの未発表音源CDも凄かった・・・と言うかどれだけ昔の音源出て来るんだよ。キンショーのナゴムコレクションの時煮出しつくしたのかと思ったのに・・・
何しか、ステキな一冊でした。
関係ないけど、リンクも張らせてもらってる「るみね」さんの自主出版キンショー活動本。
その内分けてもらおうと思ってたら、気が付いたら配布終了になってた・・・是非とも読んでみたかったのになぁ失敗したよ~。
今からでも下さいってお願いしてみようか・・・
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