- 2022年3月4日 3:21 CAT :
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泣き叫んでも 助けちゃくれない 終わりのない恐怖におびえて生きるのさ
何から書けばいいのやら。
取り合えず、生存報告。生きてます。はい。と言うか、死んでないです。はい。
昨年はマジでクッソ激動の1年だったと思うんだ。
でも、昨年末嫁から「運気的には今年(2021年)は来年(2022年)の助走でしかないみたいだよ」と言う何とも不吉な話を聞いた。
その時には、ぶっちゃけ「何言ってんだよ。これだけ激動だった年が助走とか言ってたら死ぬっつうの」と思ってた。思ってたんだよ。
そして、今年になって早2か月が終わり3月。
その事にもまぁまぁショックを受けるんだけども、それはそれとして、これだけは言える。
去年は助走だったわ
文字大きくしてやった。
2000年代に流行ったテキストサイトみたいにしてやった。
「侍魂」とか「バーチャネットアイドルちゆ」とか懐かしいな。「探偵ファイル」も懐かしいな。MEGWINだけはまだ追ってるけど、大住さんとかどうなったんだろう。
まぁいいや。そのくらい言いたい。声高にして言いたい。
死にはしてないけど、なんかビビるほど色んな事があった。
それも今月はとかじゃなくて、週単位で。
「先週の日曜日はこんな事になるなんて思ってもなかったなぁ~」と、毎週末に思いかえす感じ。
週1でブログ更新?
4コマ週1で更新?
新作の小説を書く?
新作の短編漫画を描く?
ランナの続きを描く?
どう見ても農民体型の純日本人、中肉中背のオレでもハルバゴスになるって話ですよ。
そんな場合じゃねえよ。そもそも、お仕事さえままならないつ~の。
社員さんがいてくれるとて、今はまだオレが仕事しないと収入にならないんだよ。
それなのにオレがお仕事できないとか、このまま会社が潰れたらどうしてくれるんだ。クソが。
そんな非常に愉快な毎日を過ごしております。
全てが終わった暁には、全ての経緯を漫画にしてやろうと思ってる。
結末がどうなるかはまだ分からない。オレが再起不能なくらいズタボロになっているかもしれないし、想像を絶するカタルシスを感じられるような展開になっているかもしれない。
ただ今現在の状況でいうのであれば、「漫画やん!」と突っ込まずにはいられない状況だったりもする。
まさにこんな感じよ(↑)
ぶっちゃけ、このまま漫画にしてしまえば「現実はそんなご都合主義的にいかねえよ。はいはい。妄想ですね」と言われるような気がする。
実際オレも随所でそう思ってる。
大好きなシミュレーション仮説に置き換えて考えるのであれば、オレの人生はどちらかと言えば少年漫画寄りなんだろう。青年誌では絶対に受け入れられないわ。今起こってる展開はそんな感じ。
まぁそれも含めて、漫画にしてやる。「極ニュースチョクホー番外編」だ。
今年の創作活動の目標はそれに決めた。
もう新作漫画もランナの続きも全部来年だ。来年。
人生には山も谷もあるらしい。悲喜交々が何十にも交雑し、そして人の一生は紡がれていく。
オレ自身翻って過去を見た時、かなり精神的に来ていた時期や、実際物理的に来ていた時期もあった。記憶すら曖昧になっている時期もある。
それでも相対的に見れば、メッチャいい人生だと今のところ思ってるし、なんだったら、振り返ってみればどの時期も「まぁあれはあれで楽しかったな」と思えたりする。
だとすれば、今のこの状況もあと数年すれば「あの時はあの時でいろんな経験できたし、楽しかったよな」と思えたりするんだろうか。
いつの日か皆で笑いあえる日が来ることを信じて、今はただ目の前にある壁をひたすら上り続ける日々。
一つだけ言えることがあるとすれば、一生懸命頑張ることはきっと無駄じゃあないと言う事か。
そうなんだよ。
漫画みたいな今の展開は、例えご都合主義と笑われようとも、今まで生きてきた流れがなければ絶対的に起こりえなかった展開なんだよ。
自分で言うのものなんだけれども、尋常じゃない社会不適合者なりに一生懸命頑張ってきたんですよ。
息子のADHD診断で「お父さんが大変ですね」と言われる位なんだから、そりゃあ言い訳すれば逃げる事もできたんだろうけれども、それを選ばなかったんだよ。
こんなオレでも傍にいて支えてくれると言った嫁と一緒に頑張っていくことを選んだんだよ。
毎朝同じ時間に起きて、同じ場所に通い、他の人と同じことをする。と言う、誰でもできることが出来ず、人と話するだけでも毎回寝込むほどダメージを受ける。
人生の至るタイミングで出遅れまくって、苦しんできた
その割には、一生懸命頑張ってると思う。世間から見たら大した事ないだろうけど、元々の人間が大した事ないどころか、普通のはるか下の人間なんだから。
そんなこんなで騙し騙しやってきた日々がなければ、どうひっくり返っても今の展開なんかありもしなかった。
それだけは間違いない。
ならばこれからオレがすることは何かと問われれば。
それはもう、これまで通り一生懸命目の前にある課題に取り込むことだけ。
元々いらない心配事まで考え込んでしまう癖があるし、色んな事に気が向いてしまうんだけれども、それはそれ。
オレの人生は多分回り道が凄い。
昔から周りには「無駄なことばっかりしてる」と言われてきた。
でも時間はかかるかもしれないけど、オレの中ではそのどれも無駄なことじゃないんだよ。
人生の評価はどのタイミングで行われるべきか。
総評は死んだときだとよく言われる。
お葬式で泣いてくれる人の数が、その人の人生の評価だと。
だとしたら、その瞬間まで頑張るしかないんだろうね。
なんか良く分からない話になってきたので、今日のところはこの辺で。
おやすみなさい。
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