- 2024年7月18日 12:14 CAT :
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マンガを大考察シリーズ(1)「ホムンクルス」 ~その5
そんな話が色々ありまして、「ホムンクルス」と言う漫画を考察していきます。
ここに来て、チョッとだけアーカイブをご用意いたします。
【マンガを大考察シリーズ(1)「ホムンクルス」】
長くなったけど、今回で最終回。
最後にするために無理やり色々詰め込んだので、普段のブログの3倍くらい長くなってしまいました。先に言っておく。ごめんなさい。
本題。
名越のホムンクルスについて。
作中では、散々色んな人物について、具現化したホムンクルスからその人物の過去とか深層心理を読み解く、と言う展開が繰り返されてきた。
その度に、名越自身にそのホムンクルスが乗り移るように具現化する。
街には、ホムンクルスが見える人と見えない人がいる。
伊藤は、それを名越自身のトラウマとリンクした時に見えているものだと説明していたけど、これ自体は違う可能性が高い。
「~その2」の時に書いた「自由意志」の話をオカルト的に解釈すると、自分以外の誰かが自分の意志を決定しているという書き方が出来る。
でも、その「自分以外の誰か」を、例えば自分の過去の経験を含めた周囲の環境だと考えれば、つまらない書き方だけれども現実的な気がしてくる。
名越自身の人生は、おそらく何のトラウマもなく、特に何かがあった訳でもない普通の何でもない人生だったはず。
今の社会を生きているほぼ全ての人間に当てはまる事象だと思う。
人間と言うのは、とかくヒロイックに語りたがる。
そして、本当にヒロイックな人生を送ってきた人間に対して、それをコンプレックスに思う。
それこそが、名越のホムンクルスだったんじゃないだろうか。
実は何でもなかった経験を無理やり自分のトラウマであったと改竄し、自分と言う存在がヒロイックで特別な存在だと思いたい。
自分の事を親がブサイクと言った。それが強烈なトラウマだから整形をするしかなかった。
本当は、何でもない出来事を大げさに自分の中で理由づけて、自分を特別なものにしようとしていた。
あれだけ散々引っ張った「ななこ」から離れた理由も、最後の最後で吐露したのは「ブスとクリスマスに一緒にいたくなかった」と言う、どうしようもなく陳腐なものだった。
自分と言う世界に中身はない。形だけしかない。
だから、中身を持つ人間を見る事に取りつかれ、そう言う人間の真実に触れることで、自分自身が経験したかのようにそのホムンクルスを自分に移してしまう。
それが、名越のホムンクルス。
自分だけはその辺にいる通り一辺倒の人間とは違う。自分だけは特別な人間だと信じて疑わなかった。
それなのに、いつになっても特別な人間であると言う「何か」が起こらない。
整形をしてまで特別な人間になろうとしたのに、それでも特別たらしめる「何か」は起こらない。
気が付けば、普通の人間になるしかなかった。
自分の存在とはいったい何なのか。
自分と言う存在が消えてしまったとしても、それがこの世界に対して何の影響を与える事もない。
自分が存在する必要も意義も何も見出せない。
存在を確かめるため、自らの手首を切る思春期の少女のように、自分の精子を貪ってさえも存在を感じられない。
もちろん、周りの誰にも見出してもらえない。
行きつく果てにあったのは、自分で自分の存在と意義を見出す事だった。
だから、自分自身とセックスをして、自分自身と会話して、自分自身しか見えない世界に没入していった。
念願だった自分と言う存在を見出してもらえると言う天国。
自分と言う存在を自分で見出すしかなかったと言う地獄。
自分で自分を肯定し、自分の存在を自分で認める事でしか、この世界で生きていく術がない。
それこそが最後の最後に名越が考えた「ここは天国か?地獄か?」と言うセリフに繋がるとしたら、実にキレイな結末だと思う。
今自分が持っている「もの」は自分で選んだものなのか。
今自分が考えている「価値」は自分で判断した価値なのか。
今自分が考えている「理想」は自分で夢見た理想なのか。
情報が溢れかえり、ほぼ全ての人間が自ら発信できるようになった時代において、その自らを肯定している「何某か」は、本当に自らで選び決めたものなのか。
それは、いつかの誰かから移ってきた、自分以外のホムンクルスではなかったのか。
作者さんが読者さんに訴えたかったのかそんな強烈な問いかけだったのかもしれない。
自分が着ている服やヘアスタイル、持っている小物、住んでいる場所、働いている仕事、食べている食事・・・その他全てのものを改めて見直したとき、自分の存在や自分の意志がそこにどれほど介入できているのかと考えると、発狂してしまう人がもしかしたら多くなっているのかも。
ネットやSNSで誰かに勧められたものを買い、メディアが取り上げられた流行に乗り、垂れ流される動画で情報を得た気になり、そこそこだと思っているその人生に、果たしてどれだけ「自分と言う存在」が介入しているのか。
近年特に、顕著にこの現象は起こり続けている。
まとめると・・・
誰かの意志の介入によって同じように形作られた、自分と言う存在を持てない空虚な人間。
それが現代社会における多くの人間であり、その象徴として作られたのが、他人のホムンクルスが次々と自分に移っていく名越と言う存在だった。
・・・そんな話。
これはあくまでも「オレは、ホムンクルスって漫画をこう読んだよ」と言う体で、好き勝手書いてきたので、これが合ってるか合ってないかみたいなお話では決してない。
と、最後にチョッとだけ言い訳をして、長々と書いてきた「ホムンクルス」と言う漫画の考察は終わりと言う事にしておこう。
漫画の考察・・・やってみて分かった。
面白いと言えば面白いんだけど、内容が長いので考察もべらぼうに長くなってしまう・・・
映画とかの方が2時間くらいの内容でがっつり深掘り出来るので、程よく気楽にできていいな。と思いましたよ。ええ。ええ。
もしかしたら、第2回があるかも知れない・・・と言う含みを残しつつ・・・
今日のところはここでおしまい。
長い上にどうしようもない駄文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
それでは皆様、おやすみなさい。
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