- 2008年4月9日 16:47 CAT :
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オレの名はペイジ、他。
何かを残すのって楽しいなぁ~。
その日、何かをしたって事が、形に残ってるだけで何だかにやけてしまう。
自分で読み直してはニヤニヤ。
そのために、いろんな物を残してると言ってもきっと過言じゃない。
だから、別に人に作ったものを見せなくても、自分で読んで面白いと思ったら満足してしまう。
結果。
ほとんど進歩も無いままのものが残っていってるのは事実だと思う。
本当に、自分の作品を高めたい。
素晴らしい作品を世に残したいと思うのならば、積極的に人に(特に否定、酷評してくれる人)見せるべきだと思う。
でも、オレはそんな事したら、凹んでしまうから、今のままでも良いような気がする。
結局は、面白い面白くないは自分の価値観だし、満足する部分の違いだと思う。
オレは、モノを作る事が目的であって、それに対する評価とかはどうでも良い。
作っていると言う事実が何より満足感を与えてくれる嫌いすらある。
より素晴らしい作品を作りたいのならば、色んな人に見せて色んな評価をもらって、それを生かしたものを作っていけば良い。
オレみたいに自分の世界観を形に残せた事に喜びを感じるのならば、何処とも無くひっそりと描き続ければ良い。
ちなみに後者の利点は、有名になれないし、お金も入らないけど、自由に好き勝手に自分の世界観を表現できるます。
おなにー。
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「気分」カテゴリーアーカイブ
- 2008年4月8日 2:00 CAT :
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オレの名はボーンナム
会社で、性格診断を受けさせられた。
何でも性格を把握して、その人に一番いい接し方を考え直そうというものらしい。
もう辞めようかって今更な感じだけれども、取り合えず受ける事に。
性格診断か・・・
3年前の入社前合宿セミナーの時の苦い思い出がチラリと頭の中をよぎる。
アレは辛かったなぁ~。
思えば、オレが社会から脱落した一番の原因はあの合宿にあったような気がする。
で。
結果。
オレは「アナライザー」タイプに「サポーター」タイプが少し混じった感じらしい。
「アナライザー」って言うのは分析型。
物事を、自分の頭の中や机上で色々とシュミレートして、納得できなければ、行動を起こせないタイプ。
また、適当な返答が嫌い、謝る場合も、褒められる場合も、何がどうなったから、この結果になったという筋道をしっかり立てないと、逆効果らしい。
オレが受けた印象は「石橋をたたいて渡る疑心暗鬼野郎」。
ちなみに「サポーター」は、その名の通り補助型。
誰かと共に物事をなす時、凄い力を発揮する事が出来る反面、任されっ放しになると途端に力が出なくなる。
誰かに頼られたり、お願いされる事を好んで、基本的には、自分だけの力で物事なすのは苦手なタイプ。
オレが受けた印象は「寂しがりやで、頼りにされて使い捨てられる野郎」。
この2つの混じったものって・・・何とめんどくさい人間なんだろう。
オレ。
多分、「人からアレコレ頼られるのが好きで、一緒に色んな事をするのが好きなんだけど、その内容がしっかりと分析した結果納得できるものじゃなかったらやる気が起きない」と言う感じだろうか。
人間としていかがなもんだろう・・・
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- 2008年4月8日 1:32 CAT :
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手塚ノーツの01
「ブッダ」を読み終わって今じゃあ「やけっぱちのマリア」を読んでおります。
「不思議なメルモ」と並ぶ手塚治虫の性教育マンガ。
「やけっぱちのマリア」によると、結婚とは男の精子を女の卵子とくっつける事を世間的に認める事だそうです。
結婚とは、ただの通過儀礼ではなく、命を育む神聖な儀式。
出来ちゃった婚が当たり前になってきている世の中を何とかするためには、「やけっぱちマリア」を性教育の教科書にでもしたらどうだろうかと思う位に、正しい性の倫理観を書いてる。
マァ、コレを読んで育ったオレが今みたいじゃあ、期待薄かかも知れんけども・・・
とは言え、今になって読み直すと、コレがなかなかどうしてステキなマンガ。
思わず泣いてしまうようなな話で満ち満ちしている。
キスをしようとして愛する人を、崖の下の落としてしまった男が、それから60年間口に絆創膏をはって生きたと言うお話は、手塚治虫にしか描く事の出来ないチョッと涙ホロリなエピソードだと思う。
やりマン女も、やりチン男も、中出し大好きカップルも、セックス大好きカップルも、童貞も、処女も、オタクも一度は読んでみたらいいと思う名作でした。
と言うか、ダメなマンガってのが、今のところ見当たらないんだけれども・・・
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- 2008年4月7日 1:39 CAT :
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夜桜ドン
嫁と2人で、夜桜を見に行ってきました。
人ごみが嫌いなので、行って来たのは誰もいないであろう「お大師さん」(善通寺)の境内。
居るとすれば、暇なヤンキー位かと思ってたけど、幸いにも誰も居なかった。
夜のお寺。
実は意外と好き。
それは、「ブッダ」を読んで仏教に傾倒してるからじゃなくて、元々何だかお寺にはあんまり怖さを感じない。
それが逆に、神社になるとチョッと怖くなるのは何でだろうか?不思議なものだ。
それはさて置き、満開の夜桜。
耳が痛くなるようなシーンとした空間を2人でツラツラと歩いたそうです。
せっかくだから、写メを撮った。
(↓)
ちなみに、嫁も撮った(↓)
割と風が吹いてて枝が揺れるから、うまく撮れたかったんだけれども、苦労していると、急に風がやんで無風になった。嫁と2人「今だ~!!」って、パシャパシャ撮ったけど、きっとアレは、お大師さんが、風を止めてくれたんだ。
と言う事で、2人で本堂にお参りして帰りました。
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- 2008年4月5日 0:36 CAT :
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ダイバダッタはスケープゴート
こんにちは。
シャカ族出身、涅槃の境地ゴータマ・カゲキ・シッダルダ・志茂田です。
ここ数日すっかり手塚治虫の「ブッダ」を読みふけって、悟りでも開いたろかなと言う気分。
仏伝をバカなオレにも分かり易く噛み砕いてくれているのか、手塚治虫の創作なのか(本人コメントでは、後者臭いけど)知らんけど、何か仏教って素敵じゃあないですか。
今の仏教ってのは、何もかもを難しく、高尚にしているんだろうなぁ~。
多分。
宗教はどれでももしかしたら同じなのかもしれないけれども、開祖は、今みたいにたくさんの勢力が出来て、互いに争って、教えを難しくして・・・と言う、布教自体を望んでいなかったような気がする。
ブッダは「苦行」に疑問を持ち、「人間は本来苦しむために生まれてきたのではない。
喜び、楽しむために生まれてきたのだ」と考えた。
そして苦しむ人民に、「苦しみの原因を考え、その原因をなくしていけば、苦しみから解放され、真に幸福になる事が出来る。」と言う心理を説いたらしい。
また、「恐怖があるのならば何も考えなければ良い。
この世の事、人間の事、周りの事、そして自分の事までも考えなくなれば、自分はそこに存在しながらに植物のように穏やかな心で恐怖を受け入れる事が出来る」とも言う。
・・・分かり易い。
かと言って、やれと言えば難しい話なんだろうけど。
もし本当に、仏教ってのが、小難しい話を抜きにして、こう言う考え方なのだとしたら、仏教は素晴らしいような気がする。
宗教と言うか、もうコレは、生きていくための最も根幹にある事だと思う。
「ブッダ」の中では、煩悩にそびえ、暴虐の限りを尽くす人間よりも、真理を受け入れ実行しているその他の動植物の方が凄いとなっている。
戒律を重んじるとか、念仏を唱えるとか、苦行、修行をする事が宗教じゃないのなら、オレも喜び、楽しむ事に生きられるんだろうか。
大切な事は、「正しい見方、正しい思い、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい判断、正しい考え方。」だそうです。
精進しよう。
ムズカシ話になったので、可愛いネコで休憩。
・・・煩悩の塊だな。 - この記事を見てみる ⇒
- 2008年4月4日 1:39 CAT :
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お絵かきしてると色々あるのね
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- 2008年4月3日 20:41 CAT :
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ねこぱその談話
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- 2008年4月3日 3:10 CAT :
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旅路ビターン
久々にたかだか4ページだけど、マンガとか描いてみた。
何だか、ほんの少しであっても、形が残ってると、それはそれでチョッとだけ充実感があるようなないような。
マァ、いつもよりはあるか。
嫁の仕事が忙しくて、一人身の休日が多い今日この頃。
何だか本気で1人の休日ってのが分からなくなった。
何をすればいいんでしょうか?取りあえず、今日した事は内緒だ。
それはきっと、後々の話になるから。
関係ないけど旅に行きたい。
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- 2008年4月2日 3:20 CAT :
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自意識過剰の海へ飛び込み自殺
手塚治虫のマンガをひたすらに読み漁ってる。
片っ端から、リアルに読み漁ってる。
今日からは、名作(と言うか、名作じゃない作品なんかあるのだろうか?)「ブッダ」を読む事にした。
手塚マンガを読んでいると、どうしたってマンガとかを描きたくなってくる。
つい最近「何にも浮かんでこない」って嘆いてたばかりだけれども、何だか沸々とネタが浮かんできた。
と言うわけで、取り敢えずの所、4月中は「US」の再開、短編「つむぎ人」「シニアニート物語」位を描いて見ようかと・・・あと、時間があれば脚本「エデン統合地獄変」も書いて行こう。
そんなわけで、さっきまで「US」の今描けてる所までを読み直してた。
こう言っちゃあ何だけど、やっぱり面白い。
マァ、自分で面白いと思って描いてるんだから、まずオレが面白くないと話にならないんだけど、それにしたって面白い。
こんな面白いのに、やっぱり続き書かないとな。
って気持ちに今なってる。
こういう人の事をナルシストって言うんだよ。
きっと明日この記事を読み直すと、何だか恥ずかしいんだろうなぁ~
とにかく、今月こそ創作月間だ~!!! - この記事を見てみる ⇒
- 2008年4月2日 3:12 CAT :
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ドメスティック・VスラッシャーBYレオナ・ハイデルン
おとといの「ネズミ」の記事。
残酷・・・だと言われた。
動物虐待と紙一重だそうです。
と言うか、それを言い出したら虐待かも知れない。
だけれども、虐待の定義とは一体何なんだろうか?
例えば、取り餅でネズミを捕まえて、そのネズミが動けずにもがき苦しんで死ぬ事は虐待か?
例えば、ゴキブリをスリッパで思いっきり叩き潰す事は虐待か?
例えば、アホほど取ったセミを虫かごに入れておいて、全部殺してしまえば虐待か?
例えば、庭に生えた草を根こそぎ虐殺すれば虐待か?
生き物自体が大きくなってくれば、その生き物にも心が出来るから、殺す事が虐待になると言う論議であるのなら、そうやって命に優劣を付ける行為自体が何だかおこがましいと思う。一時期「オレは、例え蚊一匹であっても殺さないぜ」と緋村剣心ばりの殺さずをしていた時期もずいぶん長くあった。
でも、ある時その事について、何だかただの偽善のような気がしてきた。
オレと言う1人の人間が生きるためにたくさんの命が亡くなってる。
なのに、自分の手を全く汚さないで、自己満足に浸っているなんて、愚の骨頂でしかないと言う話です。
もし、生き物を食べない事がベジタリアンだと言うのなら、そんな納得のいかない話は無い。
植物だって生き物。
植種台の上を眺めていたら、植物にだって感情がある事くらいオレでも分かる。
結局のところは、どれだけエゴと偽善で自分を塗り固めていくのかって言う話になるんだと思う。
ただし、一点。
本当に意味も無くただ弄んで殺すのであれば、それはやっぱり虐待だと思う。
生きていく上で、何の関係もない生き物を刈り取る事は、ただの悪意であって、そこに関しては、反吐が出る気分になる。
そこの線引きは、あくまでも自分の気持ち。
でもやっぱり許せない事はたくさんある。
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- 2008年4月1日 18:35 CAT :
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ハイエロファント・「エメラルド」またはナイル・ウェウェ蝿
今日は4月1日。
そう。
「ユリオカ超特Q」の誕生日だ。
しかし、歴史を遡ってみても、どうして今日が「ユリオカ超特Q」の誕生日なのかについては、諸説あって正確には分かってないらしい。
それについて、詳しく見てみようかと「ウィキペディア」を開いてみても、やっぱり原因ははっきりしないのだとか・・・
ちなみに、4月1日が「ユリオカ超特Q」の誕生日である起源の諸説。
(ウィキペディアより)
○その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用した。これに反発した人々が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめたと言う説。
○インドで悟りの修行は、春分から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったことによるとする説。
○日本では、「ユリオカ超特Q」の誕生日が広まったのは「パチンコの負けをごまかすためにこの日にスリにあったと嘘をついた者がいた」ためとする説もあるが、パチンコのない時代からこの日に嘘をつく風習が記録されており、これ自体が「ユリオカ超特Q」の誕生日の可能性がある。
ではなぜ、「ユリオカ超特Q」の誕生日のような日が出来たのか・・・
一応「害の無い嘘」と言う定義はあるらしいけど、嘘をついてもいい日だなんて、何のメリットも無いような気がする。
「嘘も方便」と言う言葉もあるように、日本では元々「害の無い嘘」をつく事は、悪い事じゃないと言う風習が存在していた帰来さえもある。
「ユリオカ超特Q」の誕生日の存在意義って一体何なんだろう?
昔、凄く厳格な王様が存在していた。その王様には、1人の大切な子どもがいたんだけれども、その子どもは王様のあまりにも厳格な性格のせいで、ずいぶんと窮屈な生活を強いられていた。
王様自身も、、本当は子どもになついて欲しいんだけれども、かと言って子どもになつかれるために、自分のスタイルを崩してしまっては、コレまで厳格に行ってきた王様の政治が乱れてしまう。
悩んだ王様は、1年で1日だけ、みんなが気楽に過ごせる日を作ってた。
その日だけは、普段厳格な王様も、バカな事をやったりできる。
そうして、王様は政治も子育てもうまく両立できるようになった。
そのバカな事をしてもいい日が次第に「うそ」だけになっていき、今日の「ユリオカ超特Q」の誕生日となったのでした。
って事にしておこう。
長くなったし。
そういう事にしておこう。
最後に、かつて「ユリオカ超特Q」の誕生日にウィキペディアに書き込まれた嘘ネタの中から、チョッと面白かったヤツでも引用しておこう。
「ハリセン」についての項目だったらしい・・・
ハリセン
ベトナム戦争中に北ベトナム軍及びべトコンの特殊部隊が、1968年のケサン基地を巡る一連の戦闘で使用し、戦果を挙げた事(死者や怪我人は居なかったが、ぽかぽか殴られたことによるPTSDでの一時離脱者は、ケサン基地に配備されていた人員の平均10%にものぼった。)でも知られているが、例年より一週間ほど早く雨季が始まり、紙で出来たこの武器は実用に耐えられなくなった事と、三月下旬からピコピコハンマーと洗面器の海兵隊への配備が始まった(かつてのハリセンの優位性が消えてしまった)事で、戦果を挙げることが難しくなった事から、短期間で戦場から姿を消したが、かの国の情報機関主導のタイやフィリピンの歓楽街における一連の作戦では、これを持った美少女(『現役』や『一寸前まで』より『過去の』や『大昔の』、『自称』の方が多かった)の集団でアメリカ兵を袋だ叩きにして財布の中身はおろかけつ毛まで毟った事から、鼻の下を伸ばしたGIたちを恐怖のズンドコに落とした。 - この記事を見てみる ⇒
- 2008年4月1日 17:25 CAT :
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4デノナルーフルリプイエ
「赤い蝋燭は愛の証。」
ボールギャグから溢れんでる涎は真琴の体を恥辱に染め上げている。「赤い蝋燭は愛の証。」
蝋の溶ける温度は60~70度。溶けた蝋はほとんどそのままの温度で、真琴の体を真紅に彩る。
オレが真琴に何度も教えた普遍的な言葉の通り、オレはその温度が下がらないように、出来るだけ低い位置から、真琴に体に落としていく。
その度に真琴は体を淫らにくねらせる。
「出しなさい。」
その言葉の意味を真琴は知っている。この言葉をかけられた時、真琴は女性として生まれて、守り通すべき秘所を憐れもなくオレの前に曝け出さなければならない。
躊躇いながら真琴は、自ら足を開き、そして普段隠されているであろうヒダを手で広げた。
オレは、薄ら笑いを浮かべながら、恐らくは70度にもなるだろう赤い雫をそこへ垂れ流した。
低く低く。
低く低く。
その炎が真琴の足に触れるほどに低く低く。
「あああ・・・・!!」
ボールギャグでしゃべる事の出来ないままに、真琴は悲鳴を上げる。それでもオレは、その悲鳴に、心動かされる事無く、ひたすらに蝋を落としていく。
真琴は、あまりに熱さに失禁してしまった。
それでもオレは、やめる事無く落とし続けた。
真琴の体のほとんどが真っ赤になり、何も分からなくなった頃、オレは静かにその、もう短くなった蝋燭を机の上に置いた。
「きれいだよ。
真琴。」
そっとボールギャグをはずしてやると、真琴は「ニコ」っとだけ笑う。その笑顔に心奪われたオレは、そのまま真琴にキスをした。
いつか、オレはこのまま真琴を蝋で固めて、いつまでも朽ちる事の無い蝋人形にしてしまうかも知れない。
周りの人が何と言うか分からない。
でもコレが、オレと真琴の愛の形なのだ。
「赤い蝋燭は愛の証。」
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- 2008年3月31日 16:57 CAT :
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往年のトムとジェリー抗争記
それはある寝静まった深夜に始まる。
うにんがいつもの様に「入れるにゃ~」とベランダで暴れてる。
窓を開けてやると、口に大きな黒いものを咥えてうにんが入ってきた。
オレはあまりにも眠かったんで、「どうせ、死体が転がってるだけだろうから、明日の朝にでも埋めてやろう」と、そのままうにんの事を放って置いて眠りについた。
次の日「うにんが咥えてきた何かの死体あった?」と聞くと「そんなものは何処にも無かった」との事。
その日から、家中にネズミの糞が。
どうも、うにんは、ネズミを咥えて家に入って、家の中でそのネズミを逃がしてしまったみたい。
ネコとしての資質を問われかねないけども・・・
って事で、ネズミ捕獲作戦開始。
方法は、うにんがネズミの場所を探し、ネズミを発見したらオレと弟で、ネズミ用の罠を仕掛けて、そこまでネズミを追いやる。
(うにんの入れない狭い家具の隙間とかにネズミが逃げ込むから、うにんでは捕まえきれないみたい。)
罠は、よく「トムとジェリー」に出てくるような、中に入るとガシャンと閉まるヤツ。罠に仕掛けるエサはもちろんチーズ。
で・・・
うにんがバリバリしてる所に、ピンポイントでいた。
しかも、うまく罠の方に誘導できて、マンガみたいにガシャンと捕まえられた。
マァ、明日の朝には、死んでもらう運命にあるネズミだけど。
そう考えると、つぶらな瞳も物悲しげに、見えてくる。
オレが「殺すの可愛そうだから、外に逃がすか」と言うと、「そんな人間のエゴは嫌い」と弟に言われた。
つぶらな瞳だけど、やっぱり明日には死んでもらいます。
興味津々だけど、何だか怖くて少し離れたところから見つめるうにん。多分、ネズミが怖いんじゃなくて、見た事無い「変な銀のカゴ」が怖いんだろうな。
だって、ネズミは自分で捕まえてきたやつだし。
しばらく放っておくと・・・
関係ないけど、よくペットになる「ハツカネズミ」の仲間を英語では「rat」、嫌われて罠とかはられる「ドブネズミ」を「mouse」と言うそうです。
今回、捕まえたのは「マウス」の方。
著作権、肖像権にうるさいネズミも「ドブネズミ」の仲間らしい。
翌日。
処刑されたネズミは、土の中に埋められました。
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- 2008年3月31日 4:24 CAT :
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沈没した船
タイタニックやってたね~。
ジャックとローズではなく、その他大勢の人の人間ドラマに毎回感動してしまう。
特に、クインテッドが解散した後に、もう1度集まって演奏しだすシーンなんかは、いつも号泣もの。
あの壮大な物語に、男女愛はこの際いらないと思う。
でもマァ、主軸のキャラクター作らないと、物語が進まないか・・・
今日のところはそれだけだよ。
キャメロン君。
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- 2008年3月30日 4:03 CAT :
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ロボトミーラブ~追記
嫌な事があると、それをマンガを描く、脚本を書く、曲を書くと言う形で発散してきていた。
これまでは。
最近、嫌な事があるとただただ何もしない。
怠惰な時間を無為に過ごして、状況がチョッとでも好転するのを期待してる自分がいる事に気が付く。
いわゆる「日和見主義」。
嫌な事があったからと言って、大きな権力に向かって行ったり、暴れたりした事は思えばほとんどない。
ただ、嫌な事がある度に、創作量だけが増えていってた。
自分の気持ちの中だけの、ストレスの消化。
それで何だかうまく行ってた。
でも、最近何もする気が起きない。
ただただ時間が流れて、早く状況が良くならないかなぁ~と、特に深い考えもないままボーっとしている。
基本的には周りのせい。
「あいつが変わってくれるのを待つ」。
そんな感じ。
元々、腹立つことを注意すると言うよりは、腹立つことがあったら、それをマンガの中で訴えると言う、何ともネクラーな感じだったけど、それすらも無くなった。
腹立つことがあっても、もうどうでもいい。
自分の考えや思いを基本的には人には語りはしない。
マンガやら何やらに書きとめるだけだった。
でも、それさえしなくなった最近じゃあ、オレがいつも思っている気持ちや考えは一体どこへ行ってるんだろうか?
存在している証拠が欲しくてしょうがなかった時期は異常に長かった。誰にも自分のことを語らない代わりに、何かの形に残していこうとしてた。
何も残してないな。
ブログ書いてるのがせめてもの救いかな。
何かをするパワーも出てこない。
過去にすがって生きてる感じが何とも惨めです。
新しい何かをしたい・・・
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- 2008年3月29日 5:05 CAT :
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ロボトミーラブ
マンガを描くようになったきっかけについて。
小学校の頃、友達なんかいなかったオレは、休み時間も学校の登下校の時間も色んな仲間やキャラクターを頭の中で考えて、そいつ等と一緒に遊んでいた。
そいつ等とは、ただ遊ぶだけじゃなくて、色んな場所に冒険に行って、そこにいるボスと戦ったり、時には、オレ自身がボスになって、そいつ等と戦ったりしてた。
どこにいても基本一人ぼっちで、ネットはもちろん、家にゲーム関係もゲームボーイしかなかったオレにとっては、その世界にいる事は何よりも楽しい時間だった。
だから、時々不意に周りにいる子が声をかけてくると、現実に引き戻されるようでチョッとムッとしてた記憶がある。
学校での行事や、教室での事なんか断片的でほとんど覚えてないけど、あの世界での冒険の事に関しては、細かいところまではっきりと覚えてる。
もう本当にズッとその世界に入り浸ってた。
変な超能力者と戦ったり、見たことのない様なでかい青色のロボットとも戦ったし、電線の上をどこまでも走っていくゲームをしたり、雲をちぎって自分で形を作る遊びもやった。
そんな中、ひょんな事からそいつらの事をノートに書き始めた。
理由は、当時流行ってた「アニメ最終回スペシャル」を見て「僕なら、このお話はこう終わらせたい」と思った事だったと思う。
でも、もしかしたらあの頃少しずつ浮かんでこなくなってた頭の中の仲間を形に残したかったのかも知れない。
形式はマンガ。
どうしてマンガの形式で描いたのかに関しては、全く記憶がない。
当時、オレはマンガを1冊も持ってなくて、まともに見た事あるマンガは、おかんが持ってた「ベルサイユのバラ」の復刻版だけ。
その「ベルバラ」復刻版を片手に、見よう見真似ではじめて描いたマンガが、「クィングイングの冒険」だった。
「クィングイング」は、当時、一番良く遊んだヤツ。
(ただ、最初名前はなくて大泥棒と呼んでた。
マンガが進むにつれて便宜上つけた名前が「クィングイング」。)
いつもの頭の中の世界を表現した結果、一番初めの物語は世界を思いのままにしようとする悪帝王のオレを、修行して強くなった「クィングイング」が倒すと言うものになった。こんな戦いをオレは、しょっ中頭の中で繰り広げてた。
たしか、「大宇宙編」とか、「ロシア編」(コレは当時見たルパン3世ロシアより愛を込めて」に影響されてる)、「第3次地獄編」とかがあったと思う。
結局、この「クィングイングの冒険」は5つのお話で一応の完結を迎える。
その中の第3話だけ、おかんに捨てられたらしく今は手元にないけれども、残りの4つのお話は大切な宝物。
その後、今度は自分を主人公にした「ニュースチョクホー」って言う物語を書き始める。
このマンガが原点となって、それ以降たくさんの物語を書いてきた。
オレが落書きとかで書くキャラクターはほとんどがこの「クィングイングの冒険」と「ニュースチョクホー」のキャラクター。
未だに、この2つのマンガのキャラクターはほとんどが見ないでも描ける。
だって言ってみれば、友達もいなかったオレにとっての「幼馴染」で、忘れるはずもないもの。
せっかくなんで今書いた「クィングイング」でも載せとこう。
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- 2008年3月25日 22:00 CAT :
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実体のないエッセンシャルゴーマニズム
仕事だ仕事だ仕事だ。
新しい職場探しもいよいよの事、本格的に始めようとしている今日この頃。
明日もハローワークへエッチラオッチラ珍道中。
金金金金金金・・・・
仕事してない期間を設けたくないのは、いくつか理由がある。
ひとつは、やらなければ、本当に府抜けたゴミ人間になってしまいそう。
未だに、社会人になりきれていないクソガキが1人。
今、腑抜けたら、もう「うんこマン」として、残りの人生を全うしそうな気がしてならない。
ひとつは、金が必要。
昔は、金なんて最低限食べれるだけあればいいって思ってたけど、実際の所、社会の中で生きていくには、それだけでは無理。
今となっちゃあ、何もしなくても、アレヤコレやと金が必要な様で・・・
ひとつは、そろそろ自由になりたい。
ひとり立ちだ。
本当の意味での。
成人しようが、社会人になろうが、何だか手のひらの上で転がされているようなこの感覚。
仕事やめた暁にゃあ、それが今の比じゃあないと思う。
仕事探しも、結婚生活も、これからの人生も全てオレと嫁と2人でやらせて欲しい。
言われなくたって、自分なりには考えてるっての。
何のかんのと言いながら、それをクリアするためには、どうしたってそこそこ金をくれて、長く続ける事が出来そうな定職に付くことが必須条件のようです。
今の職場に対して、不満がないと言えば嘘になるけど、昔みたいにブチ切れて辞めるまででもない。
でも、今の給料と雇用形態じゃあ、完全なひとり立ちは無理な気がする。
オレがしっかりしないとな~。
そんなこんなで明日もハローワークだ。
URRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYY!!!
まずオレに教えておくれ。ポルポル君よりオレに…
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- 2008年3月24日 21:42 CAT :
-
Cherry blossom in the soup
桜の花。
全国各地で、次々と開花宣言されてるな。
最近お花見してない。
嫁と出会った年に一緒に行ったのが一番最近だから、3年前か。
今年は、お花見できるかなぁ~?
桜の花って、開花期間が1週間ほどしかないらしい。4月なるとズッと咲いているような気もする桜だけど、実は本当に一時しか見ることが出来ないみたい。
しかも、春だけしか見れないとすれば、オレがこれからの人生で桜の花を見ることが出来るのは、あと多くても100回はないみたいだ。
「あ~今年は桜見れなかったなぁ~」は、物凄くもったいない。
意外と気が付かないのは、毎年春がやって来るからだろうか?
あのキレイなピンク色を見ることが出来る数少ない機会。今年は、お花見したいな。
関係ないけど「Cherry」には、スラングとして「処女膜」と言う意味があるみたい。
だから、童貞や処女のことを「チェリー」って呼ぶのか。
スピッツの名曲も、大塚愛の名曲も共に「処女膜」だと思って聴く事にしよう。
「隣どおし あなたとあたし さくらんぼ~」
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- 2008年3月23日 22:38 CAT :
-
あしたのために~その3
ホワイトデーも込みでクッキーを作ってみよう。
コレで、嫁へのプレゼントは完成だ。
3つ手作り。
金かかってないから、そこら辺の普通の女だったら、ブチ切れられるような誕生日プレゼントだ。
マァ、そんな女には、金かけてブランド物でもやっとけば良いんだ。
コッチの方がよっぽど時間はかかってんだし。
・・・みたいな話で、あくせく作る。
とは言えども、クッキー作りは人生で2回目。
(1回は高校の頃)うまく焼けるかどうか・・・生地コネコネまでは難なく出来た。
で、焼く。
型抜きして焼く。
・・・焦げた。
食べてみると何だか苦い。
薄すぎたのか、火力が強いのか、時間が長かったのか。
取りあえず失敗。
なかった事にして、次へ。
分厚目に作って、ついでに時間も短く焼いてみる。
いい感じの色合い。
食べてみると、思いの他うまい。
多分成功。
オレが作るんだし、コレだけ出来れば上出来。
と言うか、普通にうまい。
ただココでひとつ問題が・・・作るの飽きた。
1個1個手で細かく形作るのメンドクサイ。
肩も異常に凝るし・・・
1個1個の形がでかくなった。
しかも、形作るのが面倒だから、字を書いてみた。
サムハンキンポー(見にくかったら、画像をクリック)
ん~・・・正直、形作るよりさらに大変。肩こりが限界。
もう頭もクラクラしてきた。
まだ生地たくさんある。
・・・どうしようか。
通常のクッキーの約10倍(当社比)。
最後に買ってきた包装紙にくるんだら完成。
(↓)休みの日丸々1日かかったクッキー完成~。
うんうん。
画像いっぱいでお送りしてみた。
画像いっぱいは色々めんどくさいから、もう多分やらない。
ふひ~。
おまけ。
(↓)
キャットフードとかつお節を混ぜて、マタタビをふった「うにん」専用クッキー。「うにん」だって一応女の子。
ホワイトデーにはクッキーを食べたっていいはず。
食べた後に、クッキーだけ吐き捨てるように残ってたけど・・・所詮ネコなんてそんなもの。
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- 2008年3月22日 3:42 CAT :
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あしたのために~その2
嫁プレゼントで考えたのが、何と花束。
実は、チョッと面白いヤツらを取り扱ってる花屋さんを発見(と言うか、教えてもらったんだけど・・・)したので、そこで面白寄せ植えプレゼントバージョンを作ってもらおうかと思ってたんだけど、諸事情により断念。
じゃあ、何をしようかと考えた時に自分で花束を作ってみる事にした。
前に、嫁が作ってみて欲しいって言ってたのを思い出した。
ただ、ひとつだけ問題が・・・
オレはどうもイマイチ「切り花」ってのが好きになれない。
植物だって生き物。
生きている植物の首根っこ(場合によったら胴体)をぶった切った、半殺しの死体のような気がする。
それが植物じゃなくてネコなら、ニャン束。
それはうにんの生首集めたもの。
そう考えれば、花束ってのもあんまりいかがなものかと思ってくる。
植物だからいいって言われたらそれまでだけれども。
ってな事で、考え抜いた末「造花」だな。
と言う結論に達した。
ところが、実際探し始めると「造花」ってなかなか売ってない。
100均にある事はあるけど、どうもイマイチ。
結局色んなところで探してきて何とか完成したのがコレ(↓)
マァ、正直一番苦労したのは、包装紙で包むことだったけど。ド素人が始めて作ったにしては、上出来上出来。
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- 2008年3月22日 3:24 CAT :
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スリラーバーグですら長すぎる帰来
オンエアバトル~MJの流れでNHKをダラダラと見てた。
オレが高校の頃に全盛期を誇ってた(ように思う)オンエアバトル。
数年ぶりに、決勝ファイナルを見た。
たぶん前に最後に見たのは、「ホームチーム」が再び挑戦した年だったと思う。
いつかは知らんけども。
トータルテンボス終わりから見た。
M-12006辺りから、好きになったトータルテンボスが見れなくて残念。
でも、どの人もメッチャ面白かった。
(プラスマイナスって人たち以外)正直、テレビ局の思惑が見え隠れするM-1より、面白い人が多い。
見たことない人ばっかりだったけど。
「流れ星」が結構熱い。
結果は「トータルテンボス」の優勝。
実力的には順当な感じ。
見れなかったのが異常に悔やまれるけど。
去年のM-1だって、「サンドウィッチマン」さえいなければ優勝だったんだしって思ってたら、優勝後のインタビューで「今回の勝因は敗者復活戦が無かったことです」って・・・本人たちも同じ事を思ってたようです。
その後はMJ。
今日は、海外アーティスト特集。
洋楽に興味の無いオレには辛い内容かと思いきや「マイケル・ジャクソン」「レッド・ツェッペリン」が出るとか。
全然興味ないけど、ココは抑えといた方がいいのかと思うので、見てみた。
白フランケン「マイケル・ジャクソン」は代表曲「スリラー」。しかも14分もあるPVをノーカットで放送と言う大盤振る舞い。
さすが世界で1億枚売れた曲だけある。
思わず見入ってしまった。
素晴らしいエンターテイナーだ。
ネバーランドだって建つわな。
天才だ。
興味ないけど、凄かった。
「レッド・ツェッペリン」は「カシミール」って言うロックの金字塔的な作品。
情けないけど、全く知らなかった。
延々繰り返しても腐らない見事なリフはさすがジミー・ペイジ。
目茶目茶カッコいい。
でも、まさかそのまま何の展開もないまま終わっていくとは思わなかった。
リフだけで構成された曲ってのは確かに斬新だし、あのカッコいいリフは今でも全然色あせないんだろうけど、チョッとなかった。
クリムゾンを聴いた時の鳥肌の立つ衝撃からは程遠いみたいです。
後は、よく分かんなかった。
1人、レゲエのおっさんがいい感じだったけど。
分かったのは、オレが死ぬほど嫌いなのは日本人のレゲエであって、本当の(と言うのかどうか分からんけど)レゲエはなかなかいい感じ。
はまったりとかそんな感じではないだろうけど。
まぁそんな感じで、もう眠いから寝ます。
ハイ。
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- 2008年3月21日 23:10 CAT :
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あしたのため~その1
病院に予防注射に行ってから、何だか調子が悪いうにん。
抱っこすると、パニックみたいになって、「ふぎゃ~」って暴れるし、オレのいる前じゃあ寝てても「ハッ」と目を覚ましてた。
そんなうにんが、最近やっと元通りになってきた。
いつも通り寝てたら起こされるし、布団にも潜り込んでくる。
そんなうにんが珍しく、外で寝ている所を発見。
普段、外にいる時は、どこにいるのかさっぱり分かんないのに、この日は、庭の松の木の下で日向ぼっこしてた。
毎回何かある度に書き下ろして、嫁にプレゼントしてる手製絵本。
前回(クリスマス)あたりから、だんだん時間がかかってくるようになった。
今回に至っては、1回書いてたヤツがどうしても気に入らなくて、それを没にしてもう1回書き直した。
前回は色鉛筆と色マジック、筆ペン、ポスカなどを色々駆使して書いてみたけど、今回はシンプルに色鉛筆だけで書いてみた。
コレが意外と難しい。
鉛筆って言うと、濃淡とかが出しやすいし、雰囲気も出し易いのかと思ってたけどとんでもない。
考えてみたら、マンガ描く時とかって黒と白(オレはトーンは使えないので)のはっきりとした線で描く。
だから、鉛筆の絵なのに、いきなり黒で枠線を描いてしまったりとかして、少しでも要領を掴めるようになるまでに、ずいぶんな時間がかかってしまった。
で、結局描けたのはこんなんだけど・・・(↓)
喜んでくれたみたいでそれは何より嬉しかった。今回は苦労もしたし、出来に不安だったから、オレが泣きそうになる位に嬉しかった。
絵を描くってのは難しい事だ。
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- 2008年3月21日 22:31 CAT :
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お布施集金迎合物語
お久しぶりです。
志茂田という名のカゲキでございます。
前回の更新から・・・5日?6日?その間パソコンなど開きもしないで(いやまぁ、会社では開いてたけど・・・)色々お作りしてた。
主には、嫁の誕生日プレゼント。
だんだん直前まで手を付けなくなってきるのかと言えば、そう言うわけじゃあなく、悲しいかな何も出てこなくなって来てるに他ならない感じです。
歳なのか、枯渇なのか定かではないけど、ひとつモノを形にするのにかかる時間が、恐ろしく長くなってるみたい。
そんな5~6日間については、明日以降チョコチョコ更新していく予定です。
で・・・
ついに(もう?)
集金発売になりました!!筋肉少女帯のニューアルバム「大公式2」。
収録曲見れば「何が大公式なのやら?」なマニアックな、しかし、確かに名曲な選曲。大体、新録に選んだのが「福耳の子ども」って・・・そんなもの、空バカ時代を超える事出来るわけ無いんだから・・・そう言う所で、定番を選ぶ気にはなれなかったんだろうな。
前回は納得無難な「モーレツア太郎」や「イワンのバカ」だったし。
しかし、それより何より衝撃だったのは、コレまで未発表だった「タイトロープ」。
タイトルからしててっきり「サーチライト」関連かと思ってたら・・・・・・・いや、やめとこう。
それは、聞いた人だけのお楽しみです。
全体として、前回の「大公式」よりリマスタリングに統一感が安心して聞けるのと、あんまり聞かないマニアックな曲が多いのとで、聞き込めそうな気がする。
ただ「タイトロープ」が来る度に・・・・・・いや、やめとこう。
それは、聞いた人だけのお楽しみです。
ド定番はずした感じだけど、コッチこそ初心者に聞いて欲しいニコニコご機嫌アルバム。
間違いなく。
関係ないけど、去年発売したニューアルバム「新人」。
アマゾンのレビューで30件あって満点ってすげ~な。
今日の所はそんな所で。
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- 2008年3月15日 0:49 CAT :
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ぶるぶるする久保帯人と凶泰斗
ココ最近だ~っと「BLEACH」読んでます。
だ~っと読めるマンガ無いか?と聞いた所弟が出してきたのが「BLEACH」だったわけです。
「ゾンビパウダー」。
井上雄彦で言うなら「カメレオンジェイル」。
甲斐谷忍なら「翠山ポリスギャング」でございます。
読んだ感想。
あれだね。
初期の頃はまだ、「ゾンビパウダー」臭くて好きだけれども、後半はチョッと・・・残念な結果です。
斬魄刀に色んな能力があるからてっきり「ハンターハンター」ばりのスタンドバトルが楽しめるのかと思いきや、能力無視のただのバトル。
(その面でNARUTOの方が、何だか納得できた。)
しかも、尸魂界編はまだしも、虚圏編になると、なぜ一護君が強くなっていくのか、オレにはもうよく分からない。しかも完全にパワーインフレ起こしてないか?読んでて「聖闘士星矢」を思い出した。
取りあえず小宇宙が高まれば何とかなる「聖闘士星矢」。
取りあえず死んだキャラも生きてる「聖闘士星矢」。
取りあえず何でか分からないけどポーズ決めれば相手が吹っ飛ぶ「聖闘士星矢」。
ビバ車田。
そう考えると、尸魂界の護廷十三番隊ってのものきっと「聖闘士星矢」のサンクチュアリの教皇を守る聖域十二宮だ。
十刃もきっと「聖闘士星矢」のハデスを守る「冥闘士」だ。
若しくは、志々雄真実の10本刀だ。
ついでに「ウルキオラ」と「ヤミー」は「ベジータ」と「ナッパ」だ。
車田イズムに照らし合わせて考えると、「BLEACH」もなかなか捨てたもんじゃない。
「ゾンビパウダー」の頃のセンスのあるマンガを期待して読むからがっかりするんだ。
車田マンガを読む気分で、読めば面白い。
ただ、決定的に車田マンガと違う事が1つ。
展開が遅すぎる。
車田マンガは、あの自由奔放ぷりを楽しむのに実に最適な長さなんだよな。
適度にスピーディー。
それに比べて、あまりにも展開が遅すぎるような気がする。
あのペースでダラダラ続くのならば、果たしてどこまで楽しめるのかなぁ~。
「BLEACH」に限った事じゃないけど、最近のジャンプのマンガはどれもコレも展開遅くて、長いなぁ~。
個人的には、30巻くらいで終わるのが一番好きなんだけどなぁ~。
「北斗の拳」とか「聖闘士星矢」とか「るろうに剣心」とかさ・・・
「北斗の拳」で思い出したけど、あのマンガにはたくさんの「愛」が出てくる。
それぞれのキャラクターがそれぞれの「愛」を抱いて生きている。
当てはめると「フドウ」は家族愛、「サウザー」は師弟愛、「ラオウ」は男女愛・・・「ラオウ」しょぼい!!しかし、例え男女愛に振り回されようとも、そのカッコ良さは1ミクロンも減りはしない。
それが世紀末覇者。
それが「拳王」。
凄いカリスマ性だ。
DIOに匹敵するな。
いっぱいマンガネタでした。
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- 2008年3月14日 23:14 CAT :
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関係ないけど今日ホワイトデーだ・・・
今回で「気分」って言うカテゴリの記事が400件を突破。
記事自体の総数は849件目。
全体のほぼ半分を占めるこの「気分」。
行って見れば、その日の気分で思いついたことをツラツラと書いてるだけ何だけど、それでも何のかんので400件ってすげ~な~。
無駄にすげ~な~。
多分、今から1時間以内に、違う題材を並べ奉って、それぞれに自分の意見を踏まえて400件の記事を書けって話なら、そんなの出来るやつこの世にいない。
いたとしたら、そいつは大天才だから、比べて欲しくない。
時間ってヤツは凄い。
時間をかければ、凡人のオレでもこうやってコツコツと記事を積み重ねることが出来るんだから。
前にどこかで書いた気もするけれども、「モノはモノだけど忘れません」って言う曲を書いたことがある。
仁美・mineのセカンドアルバム「夢喰いバクヲ」に収録してる1曲。
確実に分かることは、今ココに自分が存在していると言う事実だけで、過去については、何らかの残されたモノから事実を推し量る事しか出来ないと言う事を大々的に歌った曲です。
だから、オレは自分がコレまで残してきたものが好きです。
それは、天才的に素晴らしいものを残してきているからと言うナルシスト的な考えじゃなくて、確実に自分が存在してきていた事が分かるから。
確かに、パソコンの前に座って、時にはケータイから、ふと思いついた事を書き綴っていたオレが過去にはいたと言う何よりの証拠だから。
ん~。
何だか感慨深い。
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- 2008年3月13日 23:02 CAT :
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不文律のわだかまり
テレビで「知的障害者」の高校受験みたいな事を特集していた。
知的障害のある人は、普通に高校には入れないのでしょうか?・・・と言うもの。
その子は重度の知的障害で中学までは、付きっ切りの養護の先生がいる普通の学校に通っていたとか・・・
あの手の番組を見ていると、凄く気分が悪くなる。
普通に生活したいと言うのが本人の要望(それが事実かどうかは置いといて)だとすれば、必死で受験勉強して、それでも希望の所へ行けるとは限らない。
高校以降は義務教育じゃなくて、学力を試される場所であることが一点。
付きっ切りの先生がいた学校が普通で、その体制の取れていない高校側が悪いかのような、学校側の都合を無視したお涙頂戴な構成が一点。
付きっ切りの教員を1人って事は、例えば、その教員の年収が300万円だとすれば、その金額分を学校側、若しくは、地方自治体、ひいてはその地区の住民に負担させていると言う観点、その子1人のために振り回される周りの子どもにだって負担を強いていると言う観点。
この2つをコレまで、周りの圧倒的な善意で賄われてきた訳で、それが出来ない分で、周りを非難するのはおかしいと思う。
この手の番組を見ていると「普通の生活って何だろう?」と言う事を考える。
ほぼ100%「障害があっても普通の生活を・・・」と言う言葉が出てくる。
オレには、「普通の生活」ってのが分からない。
みんなと同じ学校へ行って、みんなと同じように勉強して、みんなと同じように学校の行事に参加して、みんなと同じように笑い会って、みんなと同じように恋愛をして、みんなと同じように喧嘩すれば「普通の生活」なんだとすれば、オレだって、コレまで「普通の生活」なんてして来てはいない。
それを障害があるとか、障害がないとかで論議するのは絶対におかしい。
その話は、もっと別の所に論点がある。
「障害のある子どもにも普通の生活を」って活動しているほとんどの人間は偽善で、今回の番組も偽善の塊のような番組だった。
本当に「普通」を求めるんなら、勉強が出来なくて、周りに迷惑をかけていた子どもは高校に進学できない。
ってのも多分普通。
少なくともオレの周りでは普通。
それを、もう少し考えていないと、やっぱり話を聞くだけで気分が悪くなる。
オレは障害があろうとも、なかろうとも、性格的に嫌いなヤツは嫌い。
一緒にいて楽しいヤツなら、障害とかそんなの関係なく好き。
何か、それが普通の付き合い方だと思う。
・・・ダメかな?
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- 2008年3月12日 21:41 CAT :
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懐愁の念は見えないものばかり
1日。
久々に充実した1日だった。
基本的には、家の中でゴロゴロするのが好きな訳ですけれども、そんなオレだからこそ、外に出て色々と出来た時の充実感は、そん所そこらの遊び好きにも負けないような負けるような・・・
朝。
仕事行くよりも早起きして、愛車の「ひろみつ」さんを車検に出しに行く。
車検代約8万円。
ん~・・・貧乏人のオレにとってはかなり重い額だけど、コレは仕方があるまいて。
大事な「ひろみつ」さんが元気になるための必要経費。
その足で、嫁の車に乗り込んで2人で一路高松へ。
前の会社の時にお世話になった人と久々に会う約束がある。
わざわざ今日のために(オレのために)セッティングをしてくれたんだ。
1時間半ほどかなぁ~。
懐かしい話やら、近況やらをツラツラお話。
久々に会ったけれども、本当にいい人たちばかりだ。
オレが一番世話になって、んで、慕っている「高松のママ」に嫁を紹介すると言う目的も無事達成できた。
約束してから、何年経ったのだろうか・・・
あの会社にいた時が、オレは社会人になってからで一番楽しい時期だったような気がする。
嫁との半同棲生活も楽しかったし。
帰りに、渡すか渡さないか悩んでいた「オナニー遍歴」のCDを2枚プレゼントした。
持って行ってた手土産と一緒に。
あの音源を聞いて、もうオレを相手にしてくれなくなる。
そうならない様に、神に祈るばかりです。
その後は、生命保険がおりると言う事で、必要書類をかつてオレが入院していた病院に書いてもらいに行って、最後は、2人で1度行こうと思っていた高松に新しく出来た「ジャスコ」でお買い物。
え~と・・・あそこのジャスコは広い。
んで、しんどい!!とにかく、ショッピングモール的なところが苦手なオレにとっては、なかなかどうしてヘロヘロになる場所だった。
とは言え、雰囲気は「ゆめタウン」よりはるかに好き。
今度から、お買い物はあそこだな。
うんうん。
嫁に、可愛い服をプレゼント。
「高いから私も出すわ」とおっしゃるけど、ホワイトデーって事にしといた。
車検の時に持って行き過ぎたお金が結構財布の中にあったし。
財布の中にお金があるとたんまり使ってしまう癖はいつまで経っても抜けやしない。
何だか疲れたから2人で温泉寄って帰ってきましたとさ。
充実してヨイヨイだけれども、もう疲れたし眠たいよ。
くーまん・・・
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- 2008年3月12日 1:01 CAT :
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俗称のままに伝える
悲しみと言う感情を「悲しみ」と言う言葉を使わずに表現する。
感情表現において難しいのはこの部分だと思う。
昔、脚本を描いていた時に一番気を使っていたのは実の所この部分だ・・・きっとそうだ。
本当に悲しい時人間は「悲しい」と口にする事はない。
少なくともオレは過去の経験から考えて、口にしない。
同じく、本当に楽しい時は「楽しい」と言わないし、本当に幸せな時には「幸せだ」とも言わない。
90年代筋肉少女帯、最後の名曲と名高い「サンフランシスコ10イヤーズアフター」の中では、「ハッピーですか?」という問いかけに、「ハッピーです。」と口々に答え、最後に「We are Happy God Group」と叫ぶと言う演出がある。
この場合、バンド解散の末期、心が締め付けられる終末観の中であえて「ハッピーだ」と口々に叫ぶ事で逆説的に、効果的に哀愁を表現いている模範的な例だと思う。
考えてか、無意識か、偶然かは知らないけど・・・
筋肉少女帯の例は置いといて、人間の表現のリアリズムを追及する上で重要なことは、言葉ではなく、雰囲気や言動、いでたち等でその人間の感情を表現すること。
普段から「あたしって幸せなんだよね~」って言う女は、心から本当に幸せじゃあないと思う。
「悲しい」と言う言葉なく心から悲しんで、「楽しい」と言う言葉なく心から笑える。
気が付けば、オレが好きな作品はそうなっているものばかりだと思う。
追伸。
「愛している」と言う言葉も右にならえ。
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- 2008年3月11日 3:08 CAT :
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「さだむじーく」垂れ流し
最近好きな番組「SONGS」。
そして音楽の話。
ただ素敵な音楽を聞かせてくれる「SONGS」。
凄いはまってます。
と言っても好きなアーティストさんと時しか見てないけど・・・純粋に、音楽の良さを体感させてくれるあの番組。
いいなぁ~。
作ってる側が、本当に音楽を好きなんだろうな~って伝わってくる。
音楽に余計なものってあんまりいらないようです。
今日は、「さだまさし」だった。
(先週見逃したので、再放送・・・)フォークブームの頃の音楽が大好きで、その中でも特筆して好きなのがこの「さだまさし」。
(まぁ、クレープでも良いけど。)吉田拓郎も好きだけど、メロディーと歌詞の美しさで、やっぱりオレは「さだ派」。
南こうせつはチョッと違う。
世代が違うと共感できない。
で、今日見てて知った。
名曲「無縁坂」は23歳の時の作品だと。
23であんな歌詞を書くなんてどんなヤツだ。
と思ってたら、本人も「嫌なヤツですよね」って言ってた。
と言うか、普通の人じゃないんだろうな。
23歳の人が作った歌を、30年後に高校の頃のオレが聞いて感銘を受けるって何だか面白い。
何でも、45歳の自分に向けて書いた歌詞だそうで。
そう考えるとあの異常に人生を達観した詞の世界も何だか納得できるけど、それを体現できるかどうかと言う点において、圧倒的です。
異能者とはこう言う人の事を言うんだろうな。
来週は平井堅。
ん~・・・もう在り来たりな恋愛の歌はいらないか。
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- 2008年3月8日 4:33 CAT :
-
左下のリンクからフライアウェイ
もう1つのブログ「サナダムシより細く薄く」。
ずいぶんと更新しない内に、パソコンが新しくなって、履歴とかクッキーが全部なくなったら、このブログの編集ページへのパスワードが分からなくなった。
気が付けば、変な広告が一番上に出ている状態。
それじゃあ、何だか悲しいから、意地で昔、登録した時のメールを探してきてたった今更新してきた。
新作と言うわけじゃなく、過去に描いてアップするのを忘れていた作品が1つだけあったもんで。
モノ作りのペースがどんどん落ちてきている。
このまま、全く何もしなくなるんじゃないのかと密かに怯えている。
久しぶりに描こうとしたマンガも、不満の塊で途中で描くの放棄したし。
小さな事からコツコツと。
また「サナダムシより細く薄く」も更新しようかな。
植田まさし恐るべし。
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- 2008年3月6日 22:34 CAT :
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オナニストの共演を踏みしめる
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- 2008年3月6日 10:51 CAT :
-
近年ヴァージンロードなどではない
「いやだ。」という事は、思いのほかたくさんある。
それでも、その「いやだ」の多い日常を現状で維持しているのは、ただのヘタレ根性からかも知れない。
新しいことをする事。
新しい環境へ飛び込む事。
新しい出会いをする事。
その全てに異常な力を必要とする社会不適合人間です。
周りを見渡せば、やってのけている人ばかり。
どうすれば、オレもそうなれるのだろう?
思い悩む日々。結婚式について、最近良く話をするようになった。
何だか、未だにオレみたいなものが結婚なんて…と言う思いから来る、現実感の無さにアイツは辟易しているかも知れない。
若いうちに結婚をするのか、しばらく仕事しながら一人身なのか・・・女として、決断に迫られる時期が25歳だと思う。
その決断で、大きく人生は変わるよな。
30歳にして、子どものいるお母さんか、仕事を頑張る一人身とじゃあ、同じ歳には見えない。
別に、どちらが良いとか、悪いとかそんな事は抜きにして・・・違うなぁ~と・・・
男は、子どもがいるか、いないか、家庭が歩かないかの違いはあれど、どちらにしろ仕事をだけ。
女の人生って、未知数で面白そう。
それは、男だから吐ける言葉。
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- 2008年3月5日 4:34 CAT :
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白でんわと黒でんわ
携帯を買う。
と言うか、買いました。
嫁と2人だけ用の携帯。
おととしの夏以降、2年近く慣れ親しんだウィルコムを解約して、ソフトバンクに乗り換えだ。
要は、ワンセグとかを一切無視すれば、ホワイトプランなど色々駆使して、ウィルコムよりはるかに安く出来るという事みたい。
だっているか?携帯にその機能・・・そんなこと言うオレはもうおっさんなのかな?
次々と出てくる定額制と値段競争。消費者としても、混乱の中にいながら、本当にコレで良かったのか?と疑問がないわけじゃない。
でも少なくとも、値段の比較をしてみて、前よりは安く済むはず。
お金を貯めないといけない。
小さな事からコツコツとです。
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- 2008年3月3日 2:47 CAT :
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ドボドボと注ぎ口
コレまでいろいろな事で疲れてきた中で、一番キツかったのは「何もしない」事での疲れだったような・・・アレに比べれば、仕事での疲れも、思い悩む事での疲れも、何かをした後の疲れもなかったかのよう。
何もしないでいる事は出来ない人間のようです。
少し前にケラさんが言っていた、「1億あげるから今後一切30年間何もしてはいけない。」のと、「ただでアホほど働け」なら、オレはケラさんと同じく後者を選ぶと思う。
とは言っても、自分の命、時間を切り売りしているんだから、そこそこの対価は求めてしまうけど・・・そう考えれば、30年間で1億円ってのも、ある意味適正な価格なのかも知れない。
ただ、何もしてはいけない。
と言う縛りが、守れそうにないな。
やっぱり。
ニートはダメだ。
って言う議論。
ただ、働かない人間はダメだ。
だけじゃあなくて、何もしないという事で、疲れていく事をもっと声高にした方が良いような気もする。
別道。
悲しい事もイヤというほどあるけれども。
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- 2008年3月2日 4:16 CAT :
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五臓六腑に染み 渡さん 46歳 童貞
今週は何だか1週間が早かった。
と言うか、いつも通り早かった。
先週のアホほど遅い時間の流れは一体何だったんだ?仕事の忙しさとかもあんまり変わらなかったし・・・変なの。
今月は待ちに待った筋肉少女帯のニューアルバム(と言うか集金活動)だ。
収録曲を見て一言、「何が大公式だ!!」と言わずにいられないマニアックな選曲。
隠れた名曲がずらり並んだ裏ベストだな。
と言うか、未発表曲「タイトロープ」(曲名からして、「サーチライト」と関係がある?だったら作曲はおいちゃんか?)が入っているってだけで、もうオレとしては、問答無用で買いです。
お布施を収めます。
ハイ。
しかも、来月には犬神サーカス団待望の(1年と半年ぶり)ニューアルバム発売。
収録曲は・・・案の定「サマーオブラブ」の5枚のシングルからカップリングも含めて1曲もなし。
バカじゃね~の?5ヶ月連続シングルリリースの後のニューアルバムの収録曲が全部未発表曲ってどういう事だ。
しかも、犬神サーカス団の別名義「Angelique」としてのデビューシングルも同時発売だそうです。
キンメダイレコード立ち上げてから、ノリに乗っていすぎる・・・でも、どっちにしてもアルバム、シングルどちらも買います。
お布施収めます。
ハイ。
今のところのバンドヒエラルキー。
筋肉少女帯 > 犬神サーカス団 > 聖飢魔Ⅱ > X
別枠で真心ブラザーズや、エレファントカシマシ、ウルフルズなどなど・・・ - この記事を見てみる ⇒
- 2008年3月1日 3:38 CAT :
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24人の堤さやか
オレは関わってる訳でもないし、当事者でもない上に又聞きだけれども、何だか会社内で、「いじめ」みたいなのが起きているらしい。
・・・って、いい歳したおばはんが「いじめ」って・・・程度低すぎる上に、ガキ過ぎるような気がして・・・最近すっかり低下した労働意欲に拍車がかかったような気がする。
相変わらず、女同士って色々めんどくさいな。
ハリーポッターと麻薬中毒の話を書こうかと思ってたけど、さっきたまたま覗いたMIXIのアクセスランキングで上位に表示されてたからやめる。
面白そうな話題だけど、そんな被りネタいらぬ。
変なこだわりを見せてみよう。
意味もなく。
興味ある人はこんなクソブログ見るのやめて、MIXI行ってマイミクでも増やしとくれ。
3月は創作強化月間って事にして、色々しようかと思ってたんだけど、いきなり(2月29日)躓いた。
最初に手を付け始めたマンガ。
一生懸命考えたネタなのに、いざネームを描き出したら、何だか面白くない。
こんなもの描いてもしょうがないと思い始めた。
それを嫁に話したら「確かにそのネタは、集大成みたいなノリじゃない」って・・・自分でも冷静に考えて、それも納得。
と言うことで、何だかやる気も失せてしまった。
気分屋です。
自分でもイヤになる位に。
まぁ、そんなこんな言いながら今月こそは、ウキウキワクワクの「オナニー遍歴」が完成しそうだし、それを聞いてたらまた創作意欲でもわいてくるだろうか?
自分の作ったものが大好き。ナルシストって言うのは、自分の容姿のことを言うみたいに思われているけど、オレみたいなのも十分ナルシストだと思うんだけどなぁ~。
だって普通に考えれば、曲書いて、それでCD音源を作って、みんなに配る。
しかも、その楽曲解説を自分のブログでやるなんて、痛すぎて反吐が出ますぜ・・・
何だか、そう考えると恥ずかしくなってきた。
でも、今更そんな事言うのもなんだし、コレまで通りのノリでナルシスト気取って行きます。
多分。
まとまりのない文章。
堤さやか。
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- 2008年2月29日 3:14 CAT :
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てくてく魔神
ミステリーサークルのコンテストが開かれるほどに、ミステリーサークルは人的に作られた芸術作品だと言う認識が広まっていると、アンビリバボーでやってた。
しかも、ミステリーサークル職人まで登場する始末・・・じゃあ、コレまでそれを夢中で取り上げてきた「ムー」や「たま出版」はどうするんだ。
と思ってたら、はじめにミステリーサークルを始めた2人のじじいは「気の毒だね~でも儲かったからいいじゃないか。
僕たちなんか何も得をしていないんだし。」と言い放ちおった。
そういう問題じゃなくて、夢を返せ~!!と声を大に訴えたい。
プンプン。
うるう年なんだよな。
今年は。
クソ北京でオリンピアの祭典もあるし。
メズラシの2月29日だ。
ひょんな事から、足の関節が若干ずれてしまって、それ以来何だか右足が痛い。
(関節はゴリゴリ戻したけど・・・)歩きにくい訳なんだけれども、そうなると、2年前の入院してた頃を思い出す。
あの時は、左半身が麻痺してしまって動かなくなった。
そして、嫁にはアホほど苦労をかけた。
ものすごい感謝してる。
ん。
まぢで。
色々なリハビリをした。
その中で、一番大変だったのは、歩くときにいつ力をいれて、どっちに重心を傾けるかだったように思う。
そんな事、普段は考えないでテクテクと歩いていたけれども、いざそれを頭で理解して、力を入れていく段になると、スムーズに歩くのは恐ろしく難しい。
ほんとに毎日毎日歩く練習ばっかりしてたんだもん。
赤ちゃんの時、きっと、同じように必死で歩く練習をしながら、バランスとかを学んだろうな。
赤ちゃんの学習能力は本当に凄い。
日本語だって、普通にしゃべってるけど、コレ習得するのってかなり難しいよな。
英語の授業がものすごく大変だった上に1ミクロンも身にならなかった今なら心底そう思う。
まぁ、そんなこんなで足が痛くてうまく歩けない時とか、何だかあの頃の事を思い出して、重心とか力の入れ方とか、どこで足を曲げるのが正しいとかそんな事を考えてしまったりする。
普段は意識しないけど、人間は凄いことを常にしているんだ。
って話とは関係ないけど、乳房って何となく違和感のある言葉だと思う。
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- 2008年2月29日 2:58 CAT :
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隠匿の絶望の果て
ドナドナ~アウシュビッツつながりの話題をもうひとつ。
アウシュビッツの話について調べれば調べるほど、どす黒い気分になってくる。
いわゆる「便所を這いずり回るネズミもゲロを吐くようなゲスな気分」だ。
人体実験も、ガス室も、絶滅収容所も全て60年前に実際にあった出来事なんだ。
そんな中でひとつ。
その大量虐殺の中において、最後まで生き残った人たちにはある共通点を見出すことが出来たと、後の研究報告にある。
それは、体力のあるなしや、肉体の強靭さとは無縁のものだったらしい。
共通点は3つに分けられる。
1つは「愛をつらぬいた人」。
どんなに自分が辛くとも他人を思いやるやさしい心を持った人。
愛する人を外に待たせたままだった人。
大切な自分の子どもを守り続けた人。
形はさまざまだけれども、ズッと、愛をつらぬいた人たちだ。
もう1つは「美をつらぬいた人」。
どんな苦境にあっても、美しくいようとした人。
一片の枯葉にも美を見つけて喜ぶことが出来た人。
この世の素晴らしさを常に胸に刻んでいた人。
基準はそれぞれにあったけれども、人としての大切な何かを持ち続けた人たちだ。
最後は「夢をつらぬいた人」。
どんな絶望的な状況にあっても、出た後の夢を嬉々として語った人。
人々の幸せを願った人。
希望を最後まで捨てなかった人。
夢を持つことが最も苦しいだろう絶望の中で、それでも夢を捨てなかった強い信念を抱く人たちだ。
コレは、出来すぎた物語じゃあない。
本当の話だ。
本当の話、人は愛や夢、美を大切にすることで強くなれるという事らしい。
嫁はこの話を「パンドラの箱」と表現した。
オレはこの話を「人体実験の最終結果」と表現する。
いずれにしても、多くの悲しみの中で人間の本質とは何かを考えさせられる話ではあると思う。
・・・ドナドナ
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- 2008年2月28日 1:33 CAT :
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拝啓。地球外生命体さま
「やりたいなぁ~」って常に呟くオレは一時期、嫁のことを「ただ単に性欲を満たすために一緒にいるんじゃないだろうか?」とひどく不安になった事があった。
一緒にいろんなことをするのが楽しいとか言いながら、裏では本当はセックスしたいだけなのでは・・・って考え出すと、グルグル頭の中を色んな思考がうねりまくる。
好きだから一緒にいたい。
好きだからセックスしたい。
って気持ちと、やりたいから一緒にいる。
やりたいからやる。
っていう気持ちが同じように思えてきたりもした。
ずいぶん悩んだもんだ。
今じゃあそんな事はあんまり考えなくなったけども、ココってなかなか紙一重な部分だと思う。
性欲満たす対象じゃない女の事なんか、本当に好きなのかどうか怪しいし、性欲を満たすためにその女の事を好きだって言うもの何だかな・・・
まぁ、いいじゃないか。
好きなんだから。
まんこじゃなくてあいつ本人が。
だから良いのだ。
って事になりましたとさ。
さてさて、とある宇宙学者の見解では、地球がある銀河だけでも100万の知的文明が栄えているそうです。
で、そんな銀河系が宇宙には少なくとも100億はあって、その中には太陽みたいな恒星が100億以上はあるそうです。
規模のでかい話だ。
ただ、ほとんどの学者が地球外生命体が存在していることに関しては否定しない。
なのに、地球で見られるUFOや地球外生命体の話になると途端にオカルト扱いされるのはなぜだろう?きっと、科学者たちは遠くの話だから、100万の知的文明があると言えるけど、それが身近な話になると信じたくないんだろうな。
だって、自分たちがまだ、別の惑星に行けるだけの科学力を持ってないから。
自分より強いものの存在は、なかなか認められないものだ。
うんうん。
そんな中で他方では、何十年も前から、どこかにいるかも知れない地球外生命体に向けて、大海に瓶詰めの手紙を投げ込むがごとく、色んな情報を流し続けているそうだ。
例えば、0と1で作られた地球の画像をデータをつんだものがある。
地球人の姿かたちを記したデータは打ち上げから数十年、今じゃあ地球から160億Km離れた漆黒の闇を飛んでいる。
地球上では、50年以上前から、地球外生命体から送信されたデータを受信するための施設が世界中に作られている。
ムー的に言えば、コレだけの事をしておきながら、知的生命体をオカルト扱いする事で、すでに発見されていると言う事実を隠蔽していると言う事になるんだろうけど。
そう言われても仕方のない矛盾っぷりではあると思う。
未来。
「昔は、地球の外に生き物がいるなんて信じる人はいなかったんだぞ~」「え~。
何で?ばかみたい~」なんて会話が交わされている事を想像してなぜかほくそ笑んでしまう。
グレイ!!
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- 2008年2月28日 1:09 CAT :
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戦慄のドナドナを誤解釈する
またしてもポッカリ素敵な話題を忘れてしまった。
最近本当に良くある。
どうしたものか…面白い話を書こうと思って考えてたら、ポッとネタは出るのに、そのネタをすぐに忘れてしまう。
ネタのメモ帳でも作るか?昔はそんなの必要なかったのに・・・情けないな。
ドナドナ。
「あ~る晴れた~昼下がり~」でおなじみのあの歌。
個人的にも大好きな歌なんだけど、あの歌って、アウシュビッツに連行されるユダヤ人が口々に歌っていた歌だと今日、嫁から聞いた。
オレはてっきり、市場に売られていく牛を歌ったもっと牧歌的なものだと思ってたのに・・・しかも、2番は「もしも翼があったならば 楽しい牧場に帰れるのに・・・」
悲しい過ぎる。昔たまたまNHKBSで見た映画に「ベント」ってのがある。
もう1度見てみてみたくて、探したんだけど、結局どこを探しても見つからなかった。
悲しくて、やりきれない映画だった。
ゲシュタポに捕まってアウシュビッツに連行されたゲイのカップルが、同性愛者であると言う事から、非人道的な扱いをされ、それでも2人で強く愛を貫いていくと言う映画だ(ったような気がする。)見たのがずいぶん前だから、あんまり自信ないけど、多分そんなだった。
終わりのない仕事をかせられて、いじめられて、そして最後は・・・
当時(たぶん高校の頃)は、暗い話とかをとにかく貪欲に見たり読んだりしていた時期だったけど、それでもあそこまで沈み込んだ物語は他になかった。
凄い衝撃を受けた記憶がある。
映画や本を通してしか知らなくとも、とかく戦争ってヤツは恐ろしすぎる。
そして悲しすぎる。
何食わぬ顔で気に入っていた「ドナドナ」にも、そんな真実があったなんて。
今のご時世色々言われているけれども、戦争がない時代と言うだけで満足するべきなのかもしれない。
とは言っても、世界中では内戦や紛争が絶え間ないけれども。
何だか沈んできた。
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- 2008年2月27日 6:22 CAT :
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うにゃむろねむぴー
ホムペ作りに明け暮れた1日が終わったよ・・・仕事でやって、沼レコでやって、I SLEEP GALでやって・・・
さすがに疲れた・・・かれこれ20時間位パソパソとにらめっこしてた。
んでも、お陰でI SLEEP GALのページが完成した。
あとは、確認して、良ければアップと相なります。
ふい~疲れた・・・
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- 2008年2月27日 0:43 CAT :
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寝耳つんざくデジタル文学の果て
うにんが昨日から、同じ鳥を何匹も捕まえてくる。
それも夜中に・・・お陰でオレの部屋も、階段の下も鳥の血まみれ内臓ロックンロールだ。
どうも、その鳥の巣を見つけたらしい。
所詮うにんも獣。
狩猟本能は抑えられないんだろうか?あの鳥・・・トラウマになりそう。
うえ~・・・
最近気になること。
聞き取り能力が低下しているような気がする。
それもこれもテレビのせいだと分析するんだけどどうだろう?あの、しゃべる言葉に片っ端からテロップを付ける手法。
アレのせいでオレの耳はかなり弱っていってるんだと思う。
昔より、音楽とか聴いても歌詞を聞き取れない。
意味を理解できない。
気がつけば歌詞カードを片手に曲を聴くようになってた。
何だか電話じゃあ集中して話が出来ない。
1部分ずつなら理解できるけれども、全体を通した会話の流れを把握できない。
その他色々・・・
と言う事で、何とかこれらを改善するために、テレビを音で聞いたり、曲を聴いてる間、歌詞をかみ締めて意味を理解しようとしたりしてる。
これを繰り返せば、その内また、耳も鍛えられるような気がする。
と言うか、そうなって貰わないと困る。
根本的に五感で感じる事が好き。
なのに、耳が悪くなってきたらきっと楽しさも半減だ。
しばらく意識してやってみよう。
きっとマシになるはず。
一時期、全く文章を書かなくなった事があって、その時には、冷や汗が出るくらい文章を書けなくなってた。
コツコツ書いてた事で、今は冷や汗は出なくなったし。
耳もきっと同じ。
幸運を祈る。
オレの耳よ。
・・・関係ないけど、1ヵ月ぶりに沼レコホムペを更新した。
今回の更新は、詩集「漆黒の青空」のΘ時代の楽曲2曲。
Θ最後のオリジナル曲「あすなろ」と未だにオレのバラード最高傑作だと信じて疑わない「悲色」。
もうひとつは、CD紹介ページのジャケット3作品アップ。
「朝日が目にしみた赤ふん達」「朝日が目にしみた白ふん達」のCDの写真を撮ったのと、ズッと前に作ってそのままだった「Sirisubomi」の3つ。
また暇な時(があると言うのならば)見てみて~。
沼レコホムペはココだよ~(↓)
沼だ!!アレだ!!レコードだ!!
ほんじゃ。 - この記事を見てみる ⇒
- 2008年2月26日 21:26 CAT :
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かまいさんの群れ、夜辺へ突入
あ~エロイ事したいなぁ~。
嫁に「あなたの性欲にはついていけない」と言われたらどうしようかと、日々ドギー&マギー。
クラシックもいいけど、セックスも大好きな志茂田さんです。
最近不意に買った「かまいたちの夜」に大はまり。
(箱、取説付きで280円だった。)アレって、多分オレが小学生の頃にはやったゲームだよな。
あの頃は、従兄弟の家で少しだけやったけど難しすぎて、ぜんぜん出来なかった。
でも、今やるとかなり面白い。
最初の頃は何度やっても有名なヒロインに刺し殺されるエンディングばかりだったけど、昨日、やっとこさ全部のエンディングを見て「ピンクのしおり」になったよ。
ワトソン君。
次は、「金のしおり」だろうけど、とても出来る気がしない。
何より、全シナリオを楽しんだ後に、もうただAボタンを押すだけの時間を過ごしたくない。
今、小学生自分ならやったかもしれないけど、年をとって気力も体力も、やる気さえも損なわれたようだ。
(まぁ、小学生の頃は難しすぎて出来なかったんだけどね)
しかし、本編の「かまいたちの夜」もいんだけど、「スパイ編」「悪霊編」には衝撃が走った。あんなちゃんとしたストーリーだったとは・・・子どもの頃、横で友達と言うか、Dの仮面ってサイトの管理人「DarkSide」(名前は伏せといてやろう)が「スパイ編がなぁ~」って行ってた意味が、この年になってやっと分かった。
あの頃に、すでにそこまで行ってたと言うのもなかなか凄いな。
ちなみにソイツは「金のしおりになった~」って言ってたんだよな。
キチガイだ。
きっと。
まぁ、何しか本筋の推理もの、本編後半や悪霊のホラーテイストや、スパイ編みたいなアクションものまで色々とバラエティに富んで小説を書けると言う、原作者の才能も凄いよな。
専門外のジャンルをうまく書けるってのは、センスがあるって事だ。
メタルバンドの美しいバラードとか、恐怖漫画家のギャグ漫画とか、プロレスラーの銀幕デビューとか、ロッカーなのにタレント作家として有名なヒビの人とか、手塚治虫とか(この人は専門のジャンルないか・・・)
「かまいたちの夜」。面白かった。
やっぱり昔のゲームは侮りがたいな。
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- 2008年2月25日 0:49 CAT :
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涙の海で絶叫ファイナルヴァージョン
少し前に触れたメイプルソープの作品は裁判の結果「芸術作品であり、わいせつ物ではない」と言う判決が出たらしい。
日本もまだまだ捨てたもんじゃない。
人間の美しさとは本当には何か、何を芸術とするか、色々考えさせられる話だったよ。
まんみえまるみえ。
関係ないけど、叫んでしまいたくなる事がある。
色々と。
いつからか、毎日をストレスと我慢に彩られて生きていると不意に叫んでしまいたくなる。
死にたくなるってのとは別で、叫んでしまいたくなるんだ。
内容が何かはわからない。
例えばこぶしを振り上げて「やったるで~」でもいいし、海に向かって「好きだ~」でもいい。
そんなベタなので良い。
もともと人見知りだし、どちらかと言えば内向的だと思うので、普段自分の意思をおもっくそでかい声で表示することはない。
でも、小出しに出来ないからこそ、叫びたくなる時ってのがあるもんだ。
常に不満を口にしているヤツには分からない事かも知れない。
叫べば何かが変わるってわけでもない。
泣くことも同じ。
誰だって、どんな時だって泣きたくなる事があるんだって。
損だけ。
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- 2008年2月24日 0:14 CAT :
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大塚愛がレイプ事件は妄想の産物
聖飢魔Ⅱが熱い。
弟が、オススメの聖飢魔Ⅱの音源を1枚のCDにまとめてくれた。
オレは個人的に何枚かベストを持ってた程度で、「WORST」以外はそんなでもないな・・・位に思ってた。
ところが、メッチャかっこいい曲ばかりだ。
へヴィメタはそんな好きじゃなくて、ジャパメタだって「X」位しかまともに聴かないオレだけども、ありえない位にかっこよくて、そして、センスにありふれている。
なんだか良さげなと言う予感はやっぱり正しかったようで・・・特にダミアン浜田殿下の曲がヤバイな。
よくある話で、初期が熱い。
特に「悪魔が着たりてへヴィメタル」と「THE END OF THE CENTURY」の2枚はすご過ぎる。
しかも年代的には、「X」だってまだ表立って活動してないし、筋肉少女帯なんて「今の時代はドラムマシーンだぜ~」って言いながら、最凶のテクノポップ「釈迦」を発表した頃だと考えれば、当時リアルにトップクラスのバンドだったんだろうな。
・・・オレの好きな方面で。
「オナニー遍歴」完成までオレはとにかく聖飢魔Ⅱにひたすらはまるだろうな~その後は・・・
さてさて、日曜日に嫁とクラシックコンサートに行きました。
「東京フェスティバルオーケストラ」って言うオーケストラの。
前に連弾ピアノのコンサートに行った時にも、すごい良かったから、2人ともワクワク。
実際、始まってみると案の定凄い。
鳥肌ものの美しさだ。
もともと、割とクラシックは好きなんだけど、オレが好きなしっとり系の曲が多くて、その中でどこまでも伸びるバイオリンの高音にうっとりしてた。
未だにどうしてあの楽器からあんなきれいな音が出るのか、不思議でしょうがない。
トロンボーンを昔吹いてたので、金管楽器は理解できる。
コントラバスとか、チェロもなんとなく理解できる。
ピアノは言わずもがな。
でも、バイオリンだけはなんだか納得がいかないな。
イヤホンとに。
まぁそれは置いといて、特に良かったのはケテルビー作曲の「ペルシャの市場にて」です。
イエルメェンと言う老人が、40年以上仕えた家を理不尽に追い出され、本当の正義とは何かと言う疑念を心に抱きながら、1人ただトボトボとどこ行くでもなく旅に出ると言う悲しいお話を背景に、とても美しく明るい曲が朗々と展開していく。
名曲だ。
思わず泣いてしまった。
このお話の結末はこうある。
あるこじきに「正義とは何か?」と聞くと、「お前がそう思うとおりの行動をとればいい。
それが正義だ。」と言った。
教会の神父に全てを伝え「正義とは何か?」に聞くと、神父は「イエルメェンよ。
それが正義としてまかり通るのなら、それに従いなさい」と言った。
イエルメェンは静かにその場を立ち去り、40年間仕えた家を全て焼き払ってしまうのだった。
なんとも考えさせられるストーリーだ。
長く伝えられる音楽には、どことも知れない深みがある。
どの曲もなんだかわからない感情がうねり尽くしているような気がする。
素敵な曲はまだまだたくさんあった。
嫁が好きだと言う「剣の舞」や「春の声」の他、「グリーンリーヴス」など、割とおなじみの曲まで色々・・・
あっという間の2時間。
帰りに、その舞台を演出した舞台演出家の先生が開いている教室の生徒さんの作品を見て帰った。
どれも素晴らしかったんだけど、その中でひとつ圧倒的に異彩を放っている作品があった。
2人ともが大絶賛したその作品を、許可もなく勝手に載せておこう。
(↓)暗い中で携帯で撮ったので荒い画像だけど・・・
実にそう思う。
と言うわけで、音楽の話を並べ奉ってみた。
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- 2008年2月23日 23:46 CAT :
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ディムロフェレィアは夜に彷徨う
何か知らんけど、今週はアホみたいに長かった・・・いつまで経っても終わらない。
まだ木曜・・・まだ金曜・・・そして、やっと今日だ。
だのに、うにんに買ってやった首輪は1週間もしないうちにボロボロ。
世の中なんてそんなものかも知れない。
サイエンス・・・何とかって言うテレビを見てた。
多分「サイエンスミステリー」だと思う。
アシュリーが出てたし。
毎回毎回ダラダラと見ているんだけど、だんだん嫌気がさしてきた。
と言うか、今回のは何だか酷かった。
もうサイエンスでもミステリーでも何でもない。
ただ悲劇を並べ立てて、泣かそう泣かそうとするテレビ局側の意図が見え隠れ・・・そう言うコンセプトの番組だったけか?
そんなこんなで、人間の不思議に興味津々の志茂田さんです。昨日のテレビで「UA」が地球の環境破壊についてツラツラ語っていた。
嫁からもらったアルバム「泥棒」を聴いた時には、この人は天才だと思ったもんだ。
素晴らしく美しい曲を書く人です。
そんな「UA」なもんだから、どんな事を言うのかとウキウキしていたんだけど・・・なんか違うと思った。
「少しでも暮らしの中に感じた違和感を大切にして」と言うメッセージが繰り返し流れ、強調されていた。
違和感。
自然に対する人間の考え方は違和感だらけだ。
テレビで「UA」が訪れていたのは「ツバル」と言う、世界で最も標高の低い島。
温暖化で、消滅寸前らしい。
でも、その島の人たちは、ただ静かに現実を受け止め日々を暮らしているとか・・・
人間も自然の一部であって、決して自然を作り出した神じゃあない。
自然に優しいとか、自然のためにとか言う見当はずれなキャッチコピーにこそ違和感を感じる。
人間も自然の一部なんだから、自然に優しいは人間に優しい、自然のためは人間のためを偽善化した言葉なんだろうな。
自然を守ると言うのは、人間が生きていくのを守るため。
環境を人間が破壊しているとか、自然を人間が保護しているとか言う上から目線がどうも嫌い。
それも含めた上での「自然」なのだと思う。
きっと「自然」って言うのは、もっと大きなものだ。
きっと「ツバル」の人たちは、そう考えているから、静かに現実を受け入れているんだ。
人間は人間を過大評価し過ぎてる。
違和感。
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- 2008年2月23日 0:02 CAT :
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カニバリズム・マゾヒスト
AVって、買う(借りる)までは異常にテンションが高いんだけど、1回見て、オナニーしたら、その後何だか後悔する。
それってオレだけの話?何しか、そうやって後悔しながらもAVはたまっていく。
しかも、パッケージで想像してた内容と全然違う時のガッカリ感ときたら・・・それなら、パッケージだけ見てオナニーした方がマシだ。
このやろう!!
さてさて、ミックス段階の曲が出来上がったと言う事で聞いてみる事になりました。と言ってもまだ3曲だけど。
「るりゑ」と「ひとときの暗がり」と「カニバリズム・マゾヒスト」。
(「中央悲劇閲覧センター」も出来てたんだけど、やり直しになったので除外。)
結果。「カニバリズム・マゾヒスト」はメチャメチャカッコよくなってる。
曲作ったときから「カニバリズム・マゾヒスト」と「アンチスーサイダー戦場へ赴く」の2曲は良い曲になりそうな気がする自信作だったんだけど、それにしても予想以上にカッコよくなった。
「カニバリズム・マゾヒスト」。
コイツは「Don’t 永眠ファラオ」に匹敵する位に強力なのが出来てしまった気がする。
(マァ、「Don’t 永眠ファラオ」一部地域除いて不人気だけど・・・)
曲を書く時、大まかな編曲のイメージやメインになるリフとかも一緒に作っていくので、後はそれをどう表現していくかと言う問題になる。例えば、ドラムやベースラインに関しては、一人で作るんじゃなくて、一緒に作っていくから、最初考えていたイメージから外れていったりする事もよくある。
(ギターは自分で作って自分で弾いてるんであんまり変らない)その結果、変な化学変化が起きて、時々予想以上に良い曲が出来上がったりする。
今回の楽曲の中ではどうも「カニバリズム・マゾヒスト」がそれに当たるみたい。
う~ん。
完成が待ちどうしい・・・早く出来ないかなぁ~
うずうず。 - この記事を見てみる ⇒
- 2008年2月22日 22:50 CAT :
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アルルカンは本文と関係なし
嫁が欲しいって言ってた「耳をすませば」のセルビデオを保存用にプレゼントしようかと、いくつかの店を探して回った。
どこ行っても無い。
「ラピュタ」や「もののけ姫」、「千と千尋の神隠し」はあったのに・・・やっぱり「耳をすませば」はジブリの中じゃあマイナーな方なんだろうか?日本のアニメ映画としてどうか知らんけど・・・
その途中、魔が差しすぎて「がなり」も認めた「ブックメイト」に立ち寄ってしまった。
せっかくだから、ステキAVをお買い上げしようと言う魂胆で。
中でステキな「漢のクレーンゲーム」を書かれたUFOキャッチャーを発見。
早速100円入れると・・・
・・・
・・・・・
・・・・・・・
迷惑も省みずパチリ。
だって、こう言うアダルト専門店の景品と言ったら、「バイブ」とか「手錠」とか「オナホール」とか、最悪「ローション」とか、恥ずかしがりやの志茂田さんにとっては、なかなか買えないステキグッズでしょ?そりゃあテンションも上がるって。
嫁とどんなプレイを楽しんだら良いんだ。
ウッシッシッシッシッシ…
早速人見知りでまともに相手にしてくれない、何だか共感してしまう店員のところへ持っていく。・・・で、人見知りでまともに相手にしてくれない、何だか共感してしまう店員からもらった景品は、何と「ネーブル」(って言うエロげー会社)の「萌えジュース」(↓)
さすがは、「がなり」も認めるブックメイトだ。馬鹿みたいに面白い。
UFOキャッチャーの景品が缶ジュースだなんて聞いた事が無い。
しかも250ml。
圧倒的と言うか何と言うか。
誰かオレの期待感とワクワク感を返してくれ。
ダダをこねてもしょうがないから、缶ジュースは弟にプレゼントして、おとなしく帰りましたとさ。
今一番熱いお店は「ブックメイト」。
嫁のプレゼントは買えなかったけど、何だか楽しめたから良しとしよう。
それでいいのか?オレ・・・
日曜日は、嫁とクラシックのコンサートに行ってきます。
ペプシコーラ。
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