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2012年7月23日 22:13 CAT :

あの日約束したお別れの日は近い

「おまえらが頑張らんから、売上が上がらん。

だから、お前らの給料も上がらん。

全部お前らがやる気がないから。」と言う、激をいただきましても・・・

そんな言い方されたら、逆に経営陣の無能さに呆れて見限ります。

って話になるしかないんじゃないだろうか・・・

実際に、どんどん人居なくなってるじゃんか・・・どうして、分からないんだろう・・・

と、まぁ、そんな話。

よし。

愚痴はここまでだ。

昨日買った「アラバスター」の秋田書店版の単行本が、まさかの初版本だった志茂田さんです。

しかも、かなりの美品だった。

さてさて。

これまでも何度か書いた事のある話だけれども、オレには、死ぬまでに書いておきたい物語がいくつかある。

そして、もし、生きているうちにその全ての物語を描き切る事が出来れば、きっとその先には、何か素敵な事があるんじゃあないだろうかと妄想にふけっている。

その中の一つに「US」と言うお話がございます。

描き始めたのは実に高校生の時。

第1話を書いてから実に10年以上の歳月が経過している。

そして、その間。

本当に、当初思い描いていた世界観と設定を忠実に描き続け、第1話を描く前に作った設定ノートに書いていた全15部で、物語は終焉を迎えそうになっている。

大学を卒業したころから、少しずつ漫画とかを描く時間が減っていったオレは、当時、ひとつの締め切りをもうけた。

30歳までにこの物語を完結させよう。

それから、もう何年か経過してしまった。

完結まであと14話とエピローグだけと言うところまで描いている。

でも、ふと気がついた・・・もう来月には、オレは29歳になっちゃうんだよ。

これから、毎月1話ずつ描いたとしても、もう30歳までに完結させる事が出来ない。

そう考えてから、少しずつ焦りはじめている。

この物語の終わりを描く日が、どんどんと近づいている。

物語を始めるには、何の力もいらない。

でも、終わらせるには、物凄い力が必要な事を実は、これまでの経験から知っている。

これからの1年。

ひとまずの目標が出来た。

この10年以上に渡った物語を終わらせるという目的が。

来年の今頃、エピローグに手をかけている事を夢見ながら、久々に、次の1ページに取り掛かろうとしている。

そうなれば良いなぁ~。

ジョニィ・・・

お別れの日は近い。

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2012年7月22日 23:51 CAT :

夏なんです

いじめの話はもう飽きた。

例えば、加害者のやつが自殺したり、テヘペロ校長や、鼻歌担任が自殺すれば、その時に、ネットがこいつ等をいじめて自殺に追いやったとかになるんだろうか。

こいつ等は、万死に値すると思う。

それこそ、二度と社会に出てこれないように、凄まじい制裁を受ければ良い。

何だったら、死刑でも全然良いと思う。

でも、今の追いつめ方はこいつ等がやってたいじめと大して変わらないんじゃないかと思う今日この頃。

そうじゃない方向に、社会的な制裁が加えられればいいなぁ。

さてさて。

相も変わらず、死ぬことと生れ出ずる事について考える日々。

これまでも沢山そんな事ばかり考えてきた。

物語を作り出す時いつも頭の片隅にあるのは、死ぬことと生きる事ばっかりだ。

でも、こんなに色々考えた事は、あんまりなかったかもしれない。

やっぱり、本当の死ぬと言う事を目の当たりにすると、いかに浅はかな妄想だったのか思い知らされる。

戦後すぐの作家さんたちは、戦前戦後に嫌と言うほど人の生き死にを実体験として見てきたからこそ、リアルな物語を紡ぎ出す事が出来たんだろう。

今なんて、その物語のコピーのコピーのコピーみたいなもんで、それは、どうしたって、あの時代の皆様に勝てるはずがないんだ。

人生の経験知じゃない。

そんなものでは太刀打ちできないような経験をたんまり持ち合わせている。

狂気とは、そうやって生まれてくるんだろう。

雨が降る。

雨音が一定のリズムを刻まないのは、きっと狂気を生みださないため。

世界は、少しずつ狂気を生みだすことを拒否し始めた。

そして、狂気のなくなった世界は、進化を辞め、静かに衰退の時間を刻み始める。

それは、規則正しい一定のリズムを刻む雨が降るまで続く。

その雨が降り注ぐ時、再び、世界は狂気に満ち満ちた素晴らしい世界になる。

人が死ぬ。

人が生まれる。

人が死ぬ。

人が死ぬ。

その時、誰を殺すのか。

誰が生まれるのか。

静かに瞳を閉じて、その雨の日まで、心を押し殺す事にしよう。

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2012年7月21日 23:27 CAT :

夢見る夜は心果てるまでに

こんなに近しい人のお葬式など、人生で2度目の事。

それぞれに思う事はおありになるんだろう。

それとは別に、一人の人が死んでしまうと言う事について、どう向き合うべきなのかと言う一点について、思うことはまた別のベクトルに存在するはずだけれども、それでも、永の歳月を生きたと言う事実だけは変わる事はない。

例え、どんな時代を過ごしていたとしても。

今の時代が生きづらいと言う人もいる。

だとすれば、今の時代に生まれてくる子どもは全て不幸なんだろうか・・・

今の時代に死んだ人はすべからく幸せなんだろうか・・・

ただ、数十年と言う歳月を生きると言う事は、それだけで尊敬に値する。

オレは、30年にも満たない時間生きてきただけで、何だか疲弊してしまった。

そして、まだ数十年生きていかなきゃあいけないんだろう。

良い生き方と幸せな死に方について想いを馳せるここ最近。

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2012年7月5日 23:36 CAT :

1000年の監視者は何も言わず少女の散る姿を見ていた

命は、生まれては消えていくので、だったら生まれなければ良いと思っていた時期だってあったんだよ。

でも、生まれて消えるまでに時間があるのであれば、その時間に成した事はきっと無駄じゃあないと思いなおすことで、少しだけ留まる事も出来た。

そして今。

例え、生まれてから消えるまでが一瞬であったとしても、そこには意味があったと思えるようになってきた。

心情の変化は環境の変化か、はたまた・・・

さてさて。

先日、東京へ行ってまいりました。

まぁ、予定は楽天EXPOなるイベントに、社内のダレも 行きたがらない 行けなかったので、オレが行く事になったと言う、経緯があったりするのだけれども。

取り合えず、都会で1泊なんかしたくなかったので、強行で日帰りしてやった。

朝5:50分発の電車で香川を出て、夜0:06分の電車で帰ってくると言う、幸せの塊のようなランデブーだ。

と言う訳で、東京観光など1ミクロンも出来なかった。

新幹線の移動と、人ごみの多さに辟易した事と、フォーラムの内容に辟易した位だ。

その辺は割愛して、移動中に思った事を箇条書きで(↓)・・・と言う、まさかの展開をお楽しみくださいませ。

○「自殺の練習」とか、いじめの方法としては、強制オナニー位一般的なんじゃね?
○車っていっぱい止まってると、何か虫の群れみたいで気持ち悪いな。

○横のおっさん。

電車内で、ノーパソ使って仕事してんじゃねぇ~よ。

厠にも行きにくいじゃねぇ~か。

(オレは窓側だった)
○ケータイの充電器忘れた。

○東京の人って、氷のように冷たいしゃべり方するんだな。

○この女の車掌さんも、制服着たままプレイとかしてるんだろうな。

○女子高生が新幹線に乗ってる。

・・・まさかの羞恥プレイか?
○移動するってことは、さっきまでそこに居たオレは、もう居なくて、今、ここにオレが存在しているって事を0.0000000000000000001秒以下の単位で繰り返してるだけなんだよな。

って、事は一瞬ごとにオレの存在は消えては、現れてしているんだろうか?
○うんこ行きたい。

○まんこ触りたいなぁ~
○あの子のまんこに指入れたとして、横で座ってるおっさんがどんな顔をするのかでも妄想して遊ぶか。

○おっさんがオナニーしてるとこ考えて気持ち悪くなってきた…
○「発狂者。

雨音のメロディーより」って、良い感じのタイトルなんじゃね?
○人ごみ嫌いだ。

沖縄行きたいなぁ~
○オレの作る曲って、やっぱ世界で一番良い曲だよな。

○やっぱり、キンショーには勝てないなぁ~
○あの人、パンツ見えそうだけど、あんまりじろじろ見たら、捕まるかなぁ~。

と思ったら、裾直された。

覗いてたのばれたのかなぁ~?
○小梅太夫って、実はすごく面白いんじゃないのか。

○うんこ行きたい。

○眠たいけど、座ってんのだるくなってきた。

○「犬の部屋」はこれが何十日も続くのか・・・嫌だなぁ~
○ユーアヒューマンだ。

○帰って来たなぁ~。

こんな感じだったように思う。

努々忘れ得ぬように。

諸君たちよ。

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2012年7月2日 17:40 CAT :

もともとボロボロさ

ここん所、お仕事が忙しくて何だか知らないうちに、時間と言うものが経過している。

そんな感じです。

まぢで、歳をとると共に、時間が経つのは早くなる。

前は「んな事ねぇ~よ」とか思ってたけれども、今になると、んな事あったと言う訳でございます。

さてさて。

最近、実は少しずつ曲が出来上がってきたりしてたりする。

もちろん、まだ、曲として形になっているのは、2曲程度なんだけれども、このペースでいけば、そのうち「ボーニョ」以来のアルバム作りも夢ではないような気がしてしまう。

「黄泉」完成以降、しばらく、音楽なんて作れる気がしないと思ってた。

実際に、あの曲が出来てから1年以上、ほとんどギターとか触りもしなかった訳だし。

んで、久々に浮かんできた歌詞であったり、メロディーラインであったりは、ビックリする程、以前と変わりなかったと言う体たらく。

何だか、「黄泉」が完成した事で、オレは書きたい事がなくなったとか、次のステップへ進むのだとか、ずいぶん的外れな事を考えてたもんだ。

厚顔無恥とは、正にこのこと。

多分、今度作るアルバムも「ディトーションで歪めたカッティングギター」と「オーバードライブとかの手クセ優先のギターソロ」「循環コードに異分子を投げ込んだコード展開」に、「不謹慎な物語の歌詞」「ちょっと外れたボーカルと語り」が満載のものになるだろう。

タイトルも色々考えてたけど、多分「王道継承」か、または「王道軽傷」になるんだろう。

いつも通りの作品をひたすらリリースし続ける「犬神サーカス団」の如し。

そうだ。

オレは、あのバンドが大好きだったんだ。

ただ、その前に「ウミィ・マミィ」と「バクヲ」を完成させないとな。

出来れば、11月あたりまでに・・・

ちなみに、今出来てきている曲たちは
「今宵【ただいま】はゼロになる」
「犬神一座のサーカス団」
「無限ループタスクバー」
「発狂者。

雨音のメロディーより」
「ジェノサイド・ラブレター」
「捨幸超絶美貌女の死に様」
「絶望 その1」
あたりかな・・・

これに、「観客3人のライブイベント」とか「おまけの一日」とか入れたら、もうアルバム1枚分になってしまいそうだけど、まだ、もう少し出てきそうか気配がある今日この頃。

ただ、オレには、この後すごい人生のイベントがお待ちしてる訳で、作ってる暇あるんだろうか・・・

そんな事は、ちょっと頭をかすめている。

今日この頃。

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2012年6月24日 22:04 CAT :

死の物語

ここん所、実に色々とあったりした。

それは、思いのほか別れが続く日々だったりもした。

まぁ、何しか、事故を起こしてしまいまして・・・幸いにも、相手方もオレも軽傷で済み、不幸中の幸いと言えるかも知れない。

(事故を起こした事自体は、ダメな事だけれども。)
そうそう。

色々とご心配おかけしました。

あと、色々心配してくれた皆々様にも、ついでに感謝しておきます。

でも、その裏で、オレの愛車だった「ひろみつ」君はひっそりと亡くなってしまった。

俗に言う、廃車だ。

もうかれこれ8年も乗ってた・・・らしい。

何気に、嫁と出逢うよりも前からのお付き合いだった。

彼との思い出は、思いのほかに沢山あり、それこそ痛い表現を使えば、オレの少し遅れた青春を一緒にすごし続けたヤツだったと思う。

そうなんだよ。

あれの時も、これの時も、それの時も、ずっと一緒だったんだよ。

まぢで。

運転がへたくそなくせに、荒い運転する事がかっこいいとか勘違いしてた、初めの頃にぶつけまくったり、脱輪しまくったりの傷もたっぷりあった。

しかも、それを板金ごと換えたりしなかったから、いつまでたっても、傷だらけだったし、仕事やらなんやら忙しくなると、すぐに洗車すらも怠るもんだから、随分と汚れてた時期が長かっただろうて。

今になると、もっともっと大事に出来たんじゃあないだろうかと、そんな事ばかり頭の中によぎる。

それでも、あいつは文句も言わずにずっとオレといっしょに居てくれたんだよ。

それを、オレの不注意で事故を起こして、廃車とは・・・

今日、廃車になる前に、車の中の荷物を取りに入って来た。

ホントに色んなものが出てきた。

納車したばかりの頃に、西讃中のダイソーをはしごして手当たり次第に買い集めた「マメ」とか、卒業旅行の時に買ったエロ昔話本とか、ジンちゃんにサインを書いてもらった時のマジックとか、ブーと釣りをしてた時の釣り竿とか・・・

しみじみと思う。

もうこんな思いはコリゴリだ。

これで、もし誰かが命を落としていたら、どうなってたんだ。

事故なんてするもんじゃない。

今回の件で、何よりその事が良く分かった。

まぢで。

今日で、「ひろみつ」くんに会うのは最後だから、写真も撮って来た。

でも、それはオレだけのもんだ。

あんな無残な「ひろみつ」くんを誰かに見せるわけにはいかない。

そして、その裏で、もう一つの別れもやってきていた。

ここ数カ月ずっと調子が悪かった「千田」の命を終わろうとしている。

結婚前まで、実家のオレの部屋には、植物たちの楽園(と勝手に思ってた)「植種台」と言う場所があった。

今の、植物集めの原点になるような場所だ。

そこを作るきっかけになった、一番初めにやって来たサボテン。

(嫁がプレゼントしてくれた)それが、「千田」だった。

「千田」とは、すごく仲良しで、「千田」はいつもいつも、太陽の方に伸びれば良いものを太陽に背を向けて、オレの居る方居る方に伸びてきていた。

そのあとに、「イモ太」や「ガジママ」、「ブニ男」などなど沢山植物といっしょに過ごすようになったけど、「千田」ほど仲良くなったヤツはいなかったと思う。

「千田」はやさしい奴で、それでいて男気のあるヤツだから、基本的に、調子が悪くなる時は、オレからは見えない方から体調を悪くしていく。

いつも、見つけるのが遅れてしまうけれども、それでも、時間をかけて、元気になり続けていた。

「千田」は過去に一度、死にかけた事がある。

結婚して、今の家に引っ越す時だ。

もしかしたら、その時「千田」は、もう自分の役目は終わったと思ったのかもしれない。

だから、静かに死のうとしたのかも知れない。

でも、半人前の二人の生活はなかなか安定しなかったもんだから、「千田」も、もう少し手を貸してくれたんだろう。

ホントに、奇跡的に復活した。

そして、今、実は、「千田」と出逢って2度目の変化の時に来ている。

「千田」は今度こそ、もう自分の役目は終わったと思ったような気がする。

だから、静かに静かに死んでいこうとしている。

オレは、それを認められなくて、捨てることが出来ないでいる。

でも、「千田」がそう思っているような気がする。

不思議と、「千田」が思ってた事は分かるような気がする。

ただのエゴだと言われればそれまで。

別に、信じてもらわなくても良い。

でも、「千田」の5年以上の付き合いの中で、今そう思うんだから、仕方がないんだ。

そう思った時、実は、「ひろみつ」くんとの別れも、似たようなものだったのかも知れないとさえ思うようになってきた。

今、頭の中では色々な思いが交錯している。

その全てを出しきるには、まだ時間がかかるだろうけど、分かっている事は、今、大きな変化の時の中に居ると言う事で、そして、「千田」も「ひろみつ」くんも、何かを教えてくれようとしている。

忘れる事はない。

かつてオレには、8年も一緒に居た。

どんなとこへ行くのも一緒だった車が居た事を。

かつてオレには、5年も寝起きを共にした、仲良しのサボテンが居た事を。

ここでひとまずのお別れだけれども、誰かが言ってた。

忘れなければ、いつまでも一緒に居ると。

新しい時間軸がはじまる。

新しい「彼ら」といっしょに。

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2012年6月10日 22:08 CAT :

ヨギナクサレ

ちょっと前に触れた「家事ダイエット」。

ただいま、割かし継続中だったりする。

いや、ホント家事って大変。

思った以上に体力を使うわ。

筋トレとかするヤツって、もしかしてバカなのか。

とか思ってしまった。

いや、腕の筋肉鍛えたければ、拭き掃除をやればいい。

(ついでに、雑巾とか絞れば、握力もつくし。)足腰鍛えたければ、家中掃除機でもかけながらうろうろすればいい。

小一時間も家事してたら、もうこの季節だと汗とかもにじんできたりする。

ウォーキングとかするよりよっぽど体力を使うんだよ。

まぢで。

でも、痩せない。

簡単な話だ。

それ以上に食べているからな。

さてさて。

ここ最近、テレビで出産ネタとかをたらふくやってる。

今年は、なんでも芸能界で出産ラッシュらしく、それに比例して、ママさんファッションだのなんだのと言うネタを連日色んなテレビとかで垂れ流している。

それをチョコチョコ見てて、ホント不愉快になる。

取り合えず、「東尾理子」だ。

あいつは、近年稀に見るアホだと思う。

羊水は腐っていないだろうけど、脳髄は腐っているみたいだ。

子どもがダウン症の可能性がある事を出産前の段階で自ら公にリークするとか、正気の沙汰とは思えない。

これから、「障害のある子どもを持つママさん」キャラで芸能界を渡り歩こうとか考えているのか、それとも、何も考えてないアホなのか知らんけど。

一体その情報をこの段階で発信する事で、誰にメリットがあるのやら。

あの女はホントダメだ。

不妊治療が何だか知らんけど、そうやって授かった大切な命なら、商売のネタに使うんじゃなくて、もっと心から大切に思ってほしいもんだ。

まぢで。

テレビ見てて思ったのは、何なんだろう。

どいつもこいつも子どもの事をペットかなんかだと思ってるんだろうか。

何か、バッグでも持つかのように、子どもを持ち歩いて、自分の好みを押し付ける、その様を見ていて、何とも言われない苛立ちが募る日々です。

そして、子どもに英才教育を仕込もうとする奴らも。

自分がバカなのを棚に上げて、子どもには英才教育って・・・自分の身の程を知るべきだ。

トンビが鷹を生むとか、そんな事はそうそう起きないって。

昨日の「東京カワイイ」に出てたキチガイママさんは「子どもを孫社長みたいにしたいから、英語のテレビば番組を見せてます。」とか、ドヤ顔で自慢して、専門家にフルボッコにされてた。

一体、どの部分から孫社長のようにしたいのかよく分からないけども、多分このおばさんは在日なんだろう。

生活保護を受けて生きてるんだろう。

と、思いなおし、「ああ、日本社会の足を引っ張る最底辺のクズか。」と納得した程でございます。

今になって「天津影久」の言葉が頭をよぎる。

「親の出来なかった夢を、自分の子どもに叶えさせようと考えるなど愚の骨頂。」
取り合えず、子育てブログとかで、自分の顔は晒してないのに、子どもの顔は晒しまくってるアホママには要注意だ。

そいつらは、ただ、子どもをファンションアイテムの一つだと思い込んでいる。

だから、子ども自身に人権などあるはずもないと考えている。

将来、子どもには、自分の出来なかった英才教育と言う名の拷問を受けさせ、子どもが思い通りに育たなかったら、周りのせいにして、挙句の果てには「何でうちの子どもは成績がこんなに悪いんですか!」とか、学校に怒鳴り込んでくるようになるだろう。

そうならない事だけを切に祈る。

それは、ただただ子どもが不幸になるだけだから。

子どもに罪はない。

子どもに親は選べない。

子どもは、どんな虐待をされようとも、どんな仕打ちをされようとも、その親の元でいるしか生きる術がない。

キチガイ親がどうなろうと知った事ではないけれども、子ども達が、ニコニコと笑って「早く大人になりたい」と言いながら育ってくれる未来を作っていく必要があるのだと、真剣に迫られて考えている。

オレに出来る事は、何なんだろうか。

そんな事などを考えて見る夜。

悲しみの雨に肩を濡らし佇む傍らで。

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2012年6月9日 22:15 CAT :

I could not look back

ここ最近、少々欲求がたまっている。

何か知らんけど、バカみたいに「歌を歌いたい」
何か知らんけど、バカみたいに「爆音でギターをかき鳴らしたい」
何か知らんけど、バカみたいに「漫画を書きなぐりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「口に出すのも恥ずかしいような内容の演劇がしたい」
何か知らんけど、バカみたいに「ヘイローとかやりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「本を読みふけりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「文章を書きたい」
欲求はたまる。

減ることなどなく際限なくたまる。

取り合えず、今オレが言いたい事は、もうソース書きたくねぇ~。

もうフォトショとおさらばしてぇ~。

悲しいけど、これ、仕事なのよね。

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2012年6月7日 22:30 CAT :

人間は誰かを傷つけなければ生きられません。でも、その対象が自分か他人かの自由はあるようです。

昔、書いた「アンチスーサイダー戦場へ赴く」と言う物語がある。

中二病全開バリバリぶっちぎりの物語で、実は、かなり好きな物語の一つだったりする。

ふと考えて見た。

戦争に向かう人間。

その戦争では、毎日何百・・・場合によっては、何千人の人間が死んでいく。

その死んでいく人間ひとりひとりは、(おそらくは)望まれて望まれてこの世に生を受けた確実な命のひとつ。

戦争に向かう、一人の人間は、その事を知ってか知らいでか、課せられた使命のように、一つずつ命を摘み取って行く。

もし、人間が「生きられない事を前提として」マンボウのように何億もの子どもを産むのなら、こんな感情には囚われはしなかっただろうて。

でも、人間は「生きられる事を前提として」一つの命を大切に育てようとする。

摘み取る事は、実に簡単で、育てる事は、きっとその何兆倍も大変なのだろう。

ただ、一つだけ不思議な事は、それでも、人口は増え続けている。

命の数は決まっているので、人間が増えた分、他の命が減っていくのは仕方のない事なのです。

バランスをとる必要がある。

だから、戦争がなくならない。

それが人間の業だと言うのなら、実は、なんと悲しい生き物なのだろう。

教育も、環境も何も関係なく。

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2012年6月2日 23:19 CAT :

あなたと一緒なら天使の羽根きっと見つかる。

「ずきあかのちゃんね~」も「しまうらのろ~た~」の大好き。

今更ながら、夙川アトムを思い出して、ニヤニヤしております。

昨日、たまたまNHKで「バリバラ」を見た。

前から凄い見たかった番組だったりしたので、ただただ「ラッキー」とばかりにツラツラと見てた。

やっぱり時代は、「脳性マヒブラザーズ」なのだろうか。

ついに、オレの口癖「おまえは小児麻痺か!!」が世間的に許される時代が来てるのかと、何だか感慨深いものがあるようなないような。

そんな気持ちの私です。

番組の中でふと思った事。

めくら視覚障害のあるヤツが一人居た。

そいつは、目が見えないくせに、両行が大好きと言う、頭もチョッとぶっ飛んでるヤツだと思う。

(どうでもいいけど、目が見えなくても旅行とは楽しいものだったとは知らなかった。)
そいつは、どうも目が見えない分だけ耳が異常に発達しているらしく、音を聞き分ける能力も優れ、しかも、耳で聞いた歌詞なども一瞬で覚えてしまえるのだとか。

それをそいつの連れが「その能力が欲しい」と言ってた。

「障害とは、障害だと思ってしまえば、それまでだけど、個性だと思えれば可能性は広がります。」
という言葉は、「ブラックジャックによろしく」の一節だったか。

「音楽やスポーツの才能を欲しがる親はいても、手足のない子どもを欲しがる親はいない。」
みたいな言葉も、「ブラックジャックによろしく」の一節だったか。

オレは、なまじ目が見えてしまうものだから、耳が目の見えないヤツより劣ってしまったらしい。

例えば、オレは、何かを覚えるときに、耳で聞くだけでは覚えられず、目で見るだけでも覚えられず、悲しいかな、目で見ながら、手で書いて、それを声に出して読んで、自分の声を聞きながらじゃなければ、なかなか覚えられない。

まぁ、五感をフルに使っている訳ですな。

五感がしっかり発達しているばっかりに。

そう考えた時、もしかしたら、どちらの方が良かったのか・・・と、簡単に言えるものでもないかもしれない。

日本には、少し前まで「見世物小屋」なるものが存在していた。

そこでは、畸形に生れてしまった人間が、「親の因果が子に報い、生まれいずるは呪われた○○人間」のような前口上と共に見世物にされていた。

ある時は「蛇女」、ある時は「犬人間」と呼ばれながら。

「ぐるぐる使い」は本当はいなかったと信じたい。

障害を持って生まれた人間の生きていくためのすべの一つだった。

・・・らしい。

人権団体の皆様は、「人権」と言う名の差別意識を押し付ける事で、これらの障害を持った人間を「人前に立つには恥ずかしい人間である」と位置付けた。

その結果、彼らは仕事を奪われ、国からの保護を受けていると言う現実もある。

それはもしかしたら、身体以上に不自由なことかも知れない。

もちろん、本当に恥じている人もいる事だろうて。

でも、そうでもない人もいるはず。

「障害がある」と一緒くたにしてしまうこと自体が、自分とは違う下等で下賤な生き物を見る視線があるように思えて仕方がない。

生活が困難だと言うなら仕方がない。

ただ、それはやりたい事を奪う事とは同異義語ではないと思う。

いつかは、「目が見えない代わりに、耳が異常に聞こえる能力」と。

「脳性マヒだから純粋でいられる個性」と。

そして、「手もないくせに調子乗ってんじゃねぇ~よ」と。

言い合える日が来れば良いな。

なぜなら、昨日そのテレビに出てたの大半は、オレなんかよりよっぽど社交的で、よっぽど沢山の友人に囲まれてニコニコとしていたのだから。

明日から皆で声高に叫べばいい。

アホな事してる連れに「おまえは小児麻痺か!!」と。

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2012年5月31日 22:04 CAT :

融合なき爱はただ 意思なき妄想に等しい

もう、生活保護のネタも飽きてきた。

正直…
後は、取り合えず、河本と梶原とあと、これから多分見つかるだろう芸人さんを全員TVとか目に付くとこから追放して、それで終わりで良いんじゃないだろうか。

ダメだろうかね。

志村けんは、さすがだ。

そして、オレはカルビーがより大好きになった。

こう言う時、ちゃんとダメなものはダメだと発信できるって大切だと思う。

さてさて。

黒沢の言うところの「平均的に人生が推移している」志茂田さんです。

中学校の頃、もう、女の裸が見れたらそれで満足だ。

あとは何もいらない。

と毎晩考えていた。

悶々と、オナニーしながら。

高校に入り、AVとかで女の裸を見る事が出来たオレは、実際に、彼女が出来て、その子の裸をまぢで見る事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

「僕といっしょ」に出てくる「生マンを見た事がない男」の存在に怯えながら。

大学に入り、彼女・・・らしき人が出来たオレは、童貞を捨てたい。

取り合えず、一回やる事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

GTOの「やらはた」をバカにする描写に心を痛めながら。

しばらくして、彼女も出来、裸も見て、童貞でもなくなったオレは、この子と結婚する事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

黒沢の人生に、自分の将来を重ねては頬を濡らしながら。

その彼女と、長い時間を共にして、そして、結婚し、曲がりなりにも独り立ちしたオレは、この子と子どもをもうけて、素敵な家庭を築ければ、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と、考えている。

赤松の人生と対比して、少しドキドキしながら。

人生には、一定のゴールがある。

ゴールを迎えるまでは、そのゴールさえ迎える事が出来れば、死んでもいいとさえ考える。

でも、ゴールしてみると、次のゴールが見えてくる。

そして、これまでゴールだと思ってた事は、当たり前のことになってしまう。

今のオレは、女の裸を見る事が出来ただけでは、もう満足できない。

あとは何もいらないともなれない。

欲しいものが沢山ある。

それを一定の評価として、欲深くになっていったと表記するべきなのか、成長したと表記するべきなのか。

ひとえに、個人への視線に羨望が含まれているのか、軽蔑が含まれているのか、同情が含まれているのかなどなど、感情と主観によって変わってくるとは思う。

ただ、オレはこれを成長だと思うことにしよう。

そうしよう。

今は、取り合えず、今目の前にあるゴールに向かって進んでいきましょう。

ある時から、それは、二人三脚の様相を呈していたりする。

関係ないけれども、結構な期間オレは、おっぱい至高主義者で、まんこみたいな毛むくじゃらなものに興味ね~よ。

とか、考えておりました。

・・・本当に関係ないな。

生活保護は受けておりません。

今日も頑張って働いております。

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2012年5月28日 22:07 CAT :

メメント・モリ

「この世はあやふやな囚われに満ちる。」
「メメント・モリ」とは、どんな人間にも平等に死は訪れる。

それを忘れてはいけない。

という意味であり、その裏には、だから今を生きようじゃあないかと言う意味が隠されている。

ちなみに、ラテン語ですよ。

それを「死を記憶しろ」と和約した人のセンスもなかなか良いものだと思うけれども。

さてさて。

昨日、▼○○□●な事情があって、久々に「ファイトクラブ」を見た。

名作なのは知ってたよ。

そもそも、弟と嫁から「めっちゃ面白い」とゴリ押しされて、渋々見た(基本的に、人に勧められるのは嫌い)ら、めっちゃ面白かった。

とか、そんな話に由来したるする。

で、昨日見たのが2回目だったりするんだけれども、2回目見たときの方が面白かった。

ちびる程精巧に作られていた事に気がついた。

あれは、1回見ただけじゃあ分からない。

オチも知って、展開も全て知った上で、見てこそ理解できる。

しかも、1回目見たときにも、それはそれで、しっかりと違和感なく面白く、そして、最後でビックリすると言うおまけ付きだ。

面白い映画じゃないか。

と思ってたら、面白いどころじゃないじゃないかとなる。

作品。

多分、この後、何回か見るたびに、さらに色んな事に気がつくんだろうな。

少しだけ残念なのは、少し時間が長すぎる…オレは、2時間を超えるとダレてくる習性があるので、出来れば、1時間半から2時間でまとめて欲しかった。

お陰で、あの映画史に残るラストシーンに、何だかあんまり良い印象を持ってないと言う体たらくだ。

でも、そんな事は関係ない。

本当に面白い作品だよ。

まぢで。

関係ないけど、なぜか「ジョジョ」を1部から読み直したくなった。

「ジョジョリオン」を読んだからではなくて、「ファイトクラブ」を見たから、読み直したくなった。

ふと考える。

オレは、どのジョジョが好きなんだ?
好きなのは、3部と4部だと思うけれども、5部も捨てがたい。

6部の類を見ない絶望感も堪らないし、そもそも、歴史ミステリーと絡め、しかも、演出、台詞どれも群を抜いてしびれる憧れる1部、2部だって大好きだ。

ストーリー自体の完成度が高い7部だって、かなり面白かった。

これは難しい問題だと思う。

死ぬ事は怖くありません。

怖いのは・・・

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2012年5月27日 20:06 CAT :

キムチステマ=ゲイゴルニックス

嫁の代わりに時々家事なるものをやったりしております。

ホント、時々ちょこっとだけれども。

そして分かった事。

これ、結構重労働だ。

多分、毎日やるだけで「家事ダイエット」とか出来るんじゃねぇ~の?
筋トレとかしてる暇があれば、その時間で家事をやる。

そうすれば、嫁も助かる、家もきれいになる、ついでに、筋トレとかダイエットとかになる…
そんな戯言を少しだけ妄想してる今日この頃。

3日坊主にならないように、頑張ります。

はい。

さてさて。

ついにディアゴスティーニの魔の手に捕まってしまった。

これまでも、随分と誘惑されてきたんだけれども、何とか振り払ってきてた。

でも、今回はダメだ。

そう。

今、絶賛CM垂れ流し中の「週刊不思議のミステリー」だよ。

創刊号は特別定価100円だよ。

月刊ムーから離れてしばらく経つけれども、オカルトと呼ばれるものがとにかく大好き。

そもそも歴史とか大好きなうえに、UMAもUFOも古代文明もオーパーツも、宇宙も、心霊も、フリーメーソンだって好き。

そんなオレに、「週刊不思議のミステリー」だとぉ・・・

買いました。

100円出して。

んで、読んでみた。

・・・

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

面白い!!
面白いんだけれども、内容が薄い!!!!わずか30ページ足らず。

20分とかからずに読破してしまう。

読むのに1週間位かけてた「月刊ムー」とは凄い違いだ。

しかも、内容も全て月刊ムーで語り尽くされた上で、もはや定説(ムー読者としては)となっている事を、今更、ドヤ顔で親切だとツラツラ書いているに過ぎないじゃないか!!
もちろん、初心者向けの内容なので、オレが全然勉強不足な部分について(ムーで読んでも何の事か分かってないような項目)は、すごく分かりやすい。

おお。

こう言うことだったのか。

と言う新しい発見もなくもない。

でも、2号からは580円。

約600円だ。

それで、30ページ少々…果たして、次買うのかこれ?
2号の一番面白そうな話は「魔女狩り」。

物凄く好きだけれども、それについて、何冊も専門書持ってるオレでも知らなかった新しい事実とかが、載ってたりするんだろうかと言うとかなり疑問になってくるような気もする。

今更、「魔女の見分け方」とか、「拷問の内容」とかをツラツラ書かれてもなぁ~
100円だから良いものの、これが600円近く出すのなら、その辺のコンビニで売ってる奴を買うほうが得なんじゃないのか?
と、そんなこんなでどうやらディアゴスティーニの魔の手からは今回も逃れられそう。

たまに、ほとんど知らなかった(又は、知りたいと思ってたけどなかなか機会がなかった。)そんなテーマがある特に、立ち読みして面白そうなら買う。

その位で良いと思う。

定期購入などもっての外だ。

ニッチな所を狙うのがうまいと思ってたけど、今回ばかりは、全然テーマがニッチじゃないや。

正直物足りなさすぎる。

これが、「週刊魔女狩り」とか、「週刊ロズウェル事件」とか、「週刊イエス」とか、「週刊デスワーム」とか、「週刊モケーレムベンベ」とか、「週刊セルポ」とか、「週刊モヘンジョダロ」とか、「週刊ヴォイニッチ写本」とか、「週刊ムイラン人」とかだったら、間違いなく買ってたと思う。

(特に「週刊デスワーム」は絶対全号集める。

バインダーも買う。)
でも、「週刊不思議のミステリー」ではダメだ。

この、100巻分語っても多分足りないであろうテーマを、数ページで語ろうとしても、そんなものは、表面上を掬うことしかできないんだろう。

残念だった・・・

すごく期待してただけに・・・

また、今度、ホントに(↑)みたいな特集が出たときに、買おう。

でぃ~あごぅてぇ~いに♪♪

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2012年5月26日 10:10 CAT :

君と僕の逃避行劇を綴り死に

2ちゃんとかで、よく話題に上がる「中村トンネル」。

香川県に住んでるものとして、何度か、実際に肝試しがてらに行った事があったりする。

今はなくなってしまった「お地蔵さん」がまだ存在していた時、当時やってた演劇の皆さんと一緒に行ったのが、いちばん最初だったと記憶している。

「あのお地蔵さんが笑ってたら、トンネルから出られないんだって。」とか言いながら、「お地蔵さん」をのぞきこんだり、トンネルの向こう側にある覗き込むと自分の死にざまが見えると言う古井戸を見に行ったりなどなど・・・

確かに、雰囲気は尋常じゃなく良い感じ・・・だけれども、オレは残念ながら(かどうか知らんけど)現場で恐怖体験は出来なかった。

ついでに言うと、学生時代「中村トンネル」以上に恐怖スポットと言われていた「かっぱ道場」も行ってきた。

でも、そこでも特に何かがあった訳じゃあなかった。

・・・でも、そんなオレが唯一(まぁ、実家には、確実に何かが居るんだけれども)まぢで怖いと思ったお話でもお話しよう。

稲川順二が、子どもへの殺意を告白した事だし。

・・・関係ないか。

場所は、さぬき市にある「大串半島」と言う場所。

後から知ったけれども、ここはかなりの心霊スポットで、しかも、恐怖体験経験確率が尋常じゃないという、知られざるまぢ恐怖スポットだったらしい。

そんな事を知りもしない当時のオレは、友達数人と「きれいな星空」を見る目的に、「大串半島」に向かった。

昼間には良く遊びに行ってたし、周りに何もない公園だったから、さぞかしきれいな星空が見える事だろうとか、そんなことしか考えていなかった。

実際に、大串半島の「さぬきワイナリー」がある場所から上がっていく公園に着いたけれども、残念ながらその公園自体はそんなに星が見えなかった。

そのままじゃあ、不完全燃焼だとか考えたオレ達はそのまま、半島を車でグルグルと回りながら面白そうな場所を探してた。

その中で石作りの門を見つけた。

門は閉まってたけど、別段セキュリティーがあるわけでもなく簡単に侵入できそうだった。

(もう、時効だよな・・・)時間は、深夜の2時を過ぎた頃だろうか。

その中は、ローマのコロッセオみたいになってる何かのイベント会場みたいだった。

(後で調べて見ると、「テアトロン」とか言う施設らしい。)
そこからは、さぬき市(志度?)の街並みが見え、かつ何だかきれいな星空も見る事が出来、何だか、満足していた。

そのまま、帰る事が出来れば実に面白い一日だった。

で、終わるはずだったんだろうけど…
30分も経っていない。

10分くらいすると、連れの一人「SO」が急に「あかん。

あかん。」とつぶやき始めた。

見ると、今にも嘔吐しそうになって、震えている。

暗くて見えなかったけど、多分顔も真っ青だったんだろう。

「吐きそう。

何か、調子悪いから帰らへんか?」と言う、そいつの提案をオレ達は「空気の読めん奴やな。」とか罵倒しながら渋々、帰る事にした。

車の中では、オレが運転し、横に一人。

後ろのもう一人が気分悪くなった「SO」の介抱をしてる。

そんな状況だったように思う。

オレは「まぢで吐きそうとか、調子が悪くなったら、言えよ。

どっか寄るから。」と告げると、車を発車させた。

するとすぐに、オレの肩を誰かが叩く。

車を止めて振り向いて「やばい?」と聞くと、後ろのやつは「何が?」と聞き返した。

「いや、お前が今、肩を叩いたやないか・・・」と言うけれども、そんな事はしていないと頑なに否定するので、オレは、気のせいかと気を取り直して運転は続けた。

そしたら、またすぐにオレの肩を叩く。

車を止めて「だから何やって。」と振り向くと、「いやいや、何もしてないって」と首を振る連れ。

オレの横に座ってたやつも、「誰も何もしてないぞ。」と言う。

オレは、何か皆でオレをからかってんのかとか、そんな軽い気持ちでいたけど、このやり取りがあまりにも何回も続くから、段々ムカついてきてちょっとキレ気味に「エエ加減にしろや」と聞き返した。

すると、後ろでいた介抱してた方のやつも何だか体調が悪そうになってぐったりしてた。

ここへきて、オレも初めてこいつ等は何もしてないような気になって来た。

横にいた連れに聞いても誰もしていないと言う。

急に、身体に悪寒が走りはじめた。

早く帰ろう。

早く帰ろう。

急いで車を飛ばした。

途中の山道にポツンとある街灯の下に誰か居たような気がしたけれども、それも無視し、海沿いにある墓地も横切って、戻ってきた。

外の風でも浴びたら元気になるかと、家の近くの砂浜で一休憩。

その頃には、後ろの二人も、だいぶマシになってきてた。

オレの悪寒はまだ止まらなかったけれども・・・

少し休憩して、空が明らんできたから、後ろの2人をそれぞれの家に送り、横にいたヤツとオレは、オレの下宿に戻ってきて、2人で「何だったのか?」と話しながら、次第に疲れて眠りについた。

昼ごろ眼を覚まし、そいつも帰って行った。

オレは、腹が減ったので近くの弁当屋に昼飯を買いに行き、そして、何とはなしに、自分の部屋に帰って来た。

その時気がついた。

オレの下宿の扉に、でかい手形がふたつついていた事に…
その手形は、その部分だけに水分がついた上から埃が舞ったようなそんな不思議なもので、しかも、拭いても拭いてもしばらくは、扉に毎日付き続けた。

今でも、この話をすると悪寒が走るし、今、この記事を書いてる最中も悪寒が走る。

後ろに誰かが居るような気にさえなってくる。

どうか、この記事を読んだ奴も皆この感覚に襲われますように。

そして、ぜひ、大串半島に深夜出向いて素敵な体験をしますように。

こわいですね~。

こわいですねぇ~。

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2012年5月24日 23:22 CAT :

汚い声でわめき散らしてそれでカリスマのつもりかよ

最近「トクホコーラ」頼って、何とかダイエットできないかとか考えてる志茂田さんです。

嫁からは、「プーさんみたいで可愛くなってきたし、もうそのままで良いんじゃないの?」と言われ時始めました・・・もうかなり、末期的な状況だと思う。

うぬぬぬぬぬううぬぬ・・・・

何か、最近どっちを向いても「河本」「河本」となってるような気がして、うんざりしてるような気がするけど、それはオレが2ちゃんとか(しかも、主にまとめサイト)見てるせいなのだろうか。

取りあえず、もうそろそろ食傷気味になってきた。

ただ、コイツを許す訳にはいかないと思う。

それは、こいつが在日だからとか、何か生理的に嫌いだからとかそんな理由じゃなくて、もっと根本的な問題で。

だって、仕事しないで、出来ないって言い張ったら国から月に10何万って金をもらえるとか。

一生懸命働いても手取りで10何万とか稼げない奴もわんさかいる中で、割と高所得者の親族がこんな事やってたら、労働意欲そのものがそがれるって話だ。

オレだって一応、税金とか納めてるけど、こんなクソふざけた奴の遊ぶ金に消えてるんだとしたら、払う気なくなるっつぅ~の。

それは、何と言うか、政治家の汚職よりも何だか腹が経つのはなんでだろう・・・?
まぢで、徹底的に叩いて、二度と再起不能にした上で、今後、生活保護は、物品での支給プラス、生活状況を逐一国民にさらけ出す位してもらわないと、まぢで、やってられんって。

プライバシー?そんなもの、知るか。

一人では生活も出来ないのに、一人前に権利だけ主張するなってんだ。

そもそも、オレの払った税金だって、そこに充てられてる可能性が高い訳で、そう考えると、いよいよ腹が立ってくる。

いや、本当に生活苦で喘いでいる人にとっては、大切な制度だと思う。

そこに、使われる分には、全然文句もない。

でも、生ゴミ以下の腐れ在日の私腹を肥やすために使われてるってことがムカつくんだよ。

今すぐ全員、この国から出ていくか、死ねばいいのに。

腐れ在日が、アホみたいにブクブク太っていく中で、慎ましやかに生活している日本人が、生活保護すら恥と感じて餓死していく。

そんな国があっていい訳がない。

自民党に対する期待なんてこれっぽちもないと思ってたけど、今回の件で、ホント見直した様な気がする。

ここで手を緩めずに、まずは、スケープゴートとして、この「河本」とか言う厚顔無恥な腐れ在日を叩き潰してほしいと思う。

切に思う。

ただ、今回の事件を機に、本当に生活保護を必要としてる、日本人が割を食うと言うことだけは避けたいとは思う。

日本人は大好きだし、日本って国も、文化も大好きなんだよ。

ただ、そんな素晴らしい国を、ただのお人良しだと高ってくる近所のゴキブリが邪魔なだけだ。

じゅんを。

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2012年5月19日 22:05 CAT :

君の名前はずっと忘れずにいたいよ

ん・・・?
最近、色々と頭の中を通り抜ける事があったりするわけで、でも、それがなぜか、すぐにどこかへ行ってしまう。

そんな日々を過ごしております。

何なんだろう?この感じは?
それでいいんだろうか。

例えば、このまま忘れ去ってしまった諸々の出来事について、それはいずれ、いつの日か何らかの形で役に立ったりする日が来るんだろうか。

そんな不安にさい悩まれながら日々を過ごしております。

時間が経つのは、遅いんだけれども、振り返ると、ずいぶんな時間が流れてしまっている。

不思議な感覚だ。

今日のところは、最近思ったとりとめのない話でも・・・

○河本準一母マナポ不正受給
何か、言い方悪いけどやりそう。

そして、こんなヤツ日本中にかなりの人数居そうな気がする。

取りあえず、そいつらのスケープゴートとしてでも、このおっさん家族に何らかの制裁を加えればいいと思う。

そして、本当に、仕事がなくなって、金がなくなったら、その時、本当にマナポ野郎になれば良い。

その時には、もう、誰も何も言わないだろうから。

○尖閣諸島購入の寄付7億円突破
これこそ、日本の世論としてもう少しマスコミは報道するべきだと思う。

クソチョンと在日以外の本当の日本人の言葉にそろそろ耳を傾けないんだろうか・・・この7億円の使い道で、行政に対する国民の気持ちも大きく変わるような気がする。

こう言う話題こそもっと議論すべき話だ。

ただし、在日とクソチョンのいない場所でな。

○宗教の時間
創価をはじめとして、エホバも、幸福の科学も、統一教会もすべて嫌いです。

ただ、日本には宗教の自由があるので、信仰は自由だ。

ただ、オレには関わるな。

近寄るな。

あいつとか、お前とか。

まぢで。

○犬神一座の大サーカス
と言うタイトルの新曲が出来た。

もちろん「犬神サーカス団」への敬慕の念を込めに込めた曲だい。

今年で、いったん「犬神サーカス団」とはお別れすると言う意味も込めて。

運が良ければ、政策予定の「ウミィ・マミィ、夢喰いバクヲ完全版」にボーナストラックとして制作するかも。

○スマホサイト制作
自分でスマホを持つまで、「スマホ使うやつは、PCサイトでも見とけ。」とか思ってたけど、スマホでPCサイトってアホみたいに見にくい。

と言うことで、絶賛勉強中。

大分、作れるようになってきた。

あくまで仕事の面でだけど。

いずれ、mimicもスマホ対応しようかなぁ~などなど・・・

○千田が弱ってる・・・

千田が2度目の瀕死の状態になってしまった・・・最近、色々とあった為に、少し相手にしていなかった。

そしたら、なんだか赤く、腐り始めている。

取り急ぎ、乾かして、植え替えてみた。

これで様子見。

さすがに今回は、前よりもかなり厳しい状態…凄く心配してる訳ですよ。

○島田さん復帰ドキュメンタリー撮影
あ。

特に、興味ないです。

復帰したら、たまにTVで見かけるし、しなければそれはそれで特になんとも思わない。

○ちんこ切って一生ソプラノ
先日、東京で自分のちんこを人々にふるまうと言う、素敵イベントがあったらしい。

カニバリズムに興味しんしんなわけで、そのレポートも興味深く読ませてもらった。

・・・想像以上に凄まじい。

取りあえず分かった事は、映画「人食族」に出てくる、ちんこを切って食べる描写はフィクションだと言うこと。

何か固くて噛み切れたものじゃなかったらしいので。

機会があれば、オレも食べてみたいような…こんな要望を書く事は、犯罪なのでしょうか・・・

○金環日食
明日朝起きられたら見る・・・見たい・・・

○君には話せない話だってあるのだよ。

ホントはぶちまけてしまいたいけれども、そうも出来ない事情がこの世には存在する。

他にもまだまだ色々あるのだけれども、嫁が横で眠たそうなのでこの辺で。

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2012年5月12日 20:38 CAT :

触れたい感じたいキスしたい

最近お仕事が忙しいんですよ。

いや。

まぢで。

何なんだろう。

これは?仕事の事を考えるのは憂鬱になるからやめる事にしなければ、そのうち、何か、色々めんどくさい事になるかも知れないような・・・そんな気分だい。

取りあえず、仕事に対する取り組みが、淡々とこなしていく感じにシフトしている。

やる事が多すぎて・・・これじゃあ、まずいと言うことも、少々分かってはいるんだけれども…
はい。

行きつけのインドカレーのお店で、「いつものでよろしいでしょうか?」的な事を言われて、テンションが上がった志茂田さんです。

実は、そんな事を言われることが夢だったりしてた学生時代以降、ついに、その夢を30歳目前のこの時期に、叶える事に成功した。

ここから、オレの人生は、好循環に入るんだ。

知らんけど。

そんな愛の伝道師、志茂田さんが男と女についてなどなどお話します。

不愉快な事でしょう。

ケセラセラ。

実にキモイ事に先日、弟ともツラツラと語っていた内容の重複です。

結婚して2年と半年ほど…付き合い始めてからで言えば、十年にもう少しで手がかかる感じの期間、一人の女性と時間を共にした結果、最近随分と考え方が変わってきた。

・・・ような気がする。

学生時代。

(と言うか、童貞自分にかも?)
「女=まんこ」の時期が実に長かった。

いやホントに。

「女」と言う存在が実に特別なものだと言う認識が強かった。

でも、最近。

別にまんことか、そんな大切じゃあないよな。

むしろ、そんなものはおまけだよな。

と思い始めた。

女なんて、この星の人間の半分は居るわけで、街に出れば、そこかしこにまんこなんてありふれてる。

それを、何だかメディアとかが、持ち上げたりするから、なんだか、凄いもので、貴重なものな風潮になってる。

そして、ついでに女もその気になって粋がりだしたりする。

いやいや。

そんな、貴重じゃないから。

別に、どこにでもあるから。

もちろん。

「女性」って凄いと思う。

だって、命を産むことが出来るんだもん。

それは、凄まじいことだと思う。

その点では、とてつもなく尊敬している。

でも、だから、まんこは凄いと言う話にはならない。

だって、男がいて、初めて成り立つ話なわけで、一方的に、女ばっかり貴重だと思われるのはおかしい。

むしろ、男女が一つになることで命が生まれる。

と言う、この感じが奇跡に近いと言うか、凄いことなんだと思う。

大切なことは、やっぱり、相手の女に対して、どれだけ、尊敬できるとか、一緒にいられるかとか、そんな事だと思うんだぁ~
で、そいつは女だから、おまけにまんこもあるわけで、セックスだって出来ちゃうんだよ。

つまり、まんこなんておまけだ。

そんな話ですよ。

体をひさぐ事で関係をつなぎとめようと案が得るメンヘラ女は一生幸せにはなれないし、やる事が目的で、我慢して女との関係を保とうとする男もきっと一生幸せになれない。

いつかは気付かなきゃあいけない。

まんこなんておまけだ。

ついでに、顔の可愛いもおまけだ。

だって、可愛い子でやれると言う、そこ基準で生きてる男と女は、歳とった時、必ず相手の事を邪魔に思うようになる。

一緒にいる事で満足できる相手で、しかも、そいつは、可愛くて、まんこもあって、子供だって作れちゃう。

これがきっと、一番の理想なんだと思う。

いや。

ほんと、女なんてそんな良いものじゃないっすよ。

そう考えないと、ただメンド臭いだけだから。

まぁ、やりたい盛りのうちはそれで良いと思うけれども、早い段階で、気が付けるかどうかなんだろうなぁ~。

ちなみにオレは、中学時代から、毎晩寝る前のオナニーをほとんど欠かしておりません。

もちろん未だにな。

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2012年5月10日 22:58 CAT :

光と影のトッカータ

幸せなことや、嬉しいことがある。

その裏で必ず、悲しいことや虚しいことがある。

光があれば、また闇もあると話していたのは、ゾーマだったか。

心の中に、秘めておく必要のある事柄が多すぎてヤキモキする日々を過ごしていたりもする訳、それがもしかしたら、大人になると言うことかも知れない。

気がつけば、オレももう30歳に近付いてきている。

ある程度自分の人生を評価しようと思えば、もしかすると出来るかも知れない年齢に到達しようとしていると言う。

子どものころ、自分の未来について驚くほど何も見えてはいなかった。

自分がどうなるのか、そんな事も何も分からない。

でも、今、もちろん、これから自分がどうなるのかと言う確定的なものは分かりはしないけれども、取りあえず、自分の嫁については分かった。

もう、コイツと離れる事はないだろうと心のどこかで確信している。

(ケンカしたりはするだろうけれども。)
併せて、家族ももう大体分かってきた。

あとは、増えるかも知れない家族が何人か居るかも知れないけれども・・・

自分の出来る事も大体分かってきた。

子どもの頃の漠然とした「オレは天才だ。」と言う確信は、実のところ大半の部分で、思いこみによるものだった。

死ぬ事を考えるには、まだ早いかもしれない。

ただ、生きる事を考えるには遅すぎるかもしれない。

これからも、幸せなことや嬉しいことが沢山あり、それに比例して、悲しいことや虚しいこともあるのだろう。

明日、起きたとき、それでも死なずに、生きていたのなら、あとは、その日一日を生きていくだけらしい。

それでも、未来は、無限大だとのたまうことが出来るかと問われれば、実は、難しい問題。

少なくとも、まだ答えは出ていないと言う体たらくぶりでございます。

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2012年5月8日 0:20 CAT :

汚れた心に囚われた首を刈れ

WBS見てたら、東電に対抗するために、東京都が電力の地産地消を考えているとか、そんな話をやってた。

尖閣諸島の購入もそうだけど、東京都ってなんだかんだ言っても、今の政府よりよっぽどしっかりやってるように見えてしまう。

オレは、政治について偉そうに語れるような知識をまったく持ってないので、あくまで、素人目だけれども。

取りあえず、東電は、ある程度痛い目を見た方がいいと思う。

それは、今、最前線で頑張ってくれてる末端の罪もない(と言うと語弊があるかも知れんけど)社員じゃなくて、上層部のお偉いさんがと言う意味で。

日本人として、あの企業の存在は、もう怒りとかそんな対象じゃなく恥ずかしい。

そんな気分です。

さてさて。

昨日のライブの物販で、色々ご購入した中に「されど闇の深さを知る」がある。

実はこの写真集、2年ほど前に、活動15周年を記念して販売されたものだけれども、なかなか、機会がなくて買っていなかったものだったりする。

で、物販で初めて見かけたので、お買い上げした。

(ちょっとだけ、割り引いてくれたし。)
そもそも、物販で買った方が、犬神サーカス団へ入るお金も多くなるだろうから、そんな意味でも、今回のご購入で良かったと思ってる。

ジンちゃんから直接手渡してもらえるって言う、特別な喜びもあるわけですからね。

サインも貰っとけば良かったとチョッと、後悔してるけど、本人前にすると、舞い上がってしまうもので…(メンバーの中でも、一番ジンちゃんのファンなもので・・・)
で、今日、時間があったので、ツラツラと読んでみた。

うぬぬうぬ・・・・ただの写真集じゃなかったのね。

面白いじゃあないか。

何か、全身のバンド「犬神サーカス団!」の頃の話とか、もっと前の結成についてのいきさつなどなど、意外とこれまでしっかり語られることのなかった内容が盛りだくさんだったりした。

一番面白かったのは、「最近、犬神サーカス団としての設定を忘れかけてるから、それを、どう生かしていくかがこれからの課題だ」と言うくだり。

・・・まさかの設定を作った事を後悔しているとは!!!
メンバーそれぞれが、自分の好きな曲とか、酷いなと思う曲とかを挙げてるのも何か秀逸だと思った。

(まぁ、この手の本の基本ちゃあ基本だけど。)自分の好きな曲への思いとかとも併せて、「そうか、団員の皆さんもこう思っていたのか・・・」とかね。

ファンならではの楽しみ方と言いましょうか・・・

ついでに、「御霊前」の制作秘話とか読んでしまうと、今度から、「御霊前」を聴く時、ちょっと違った気分で聴けるような気がするよ。

うんうん。

と言うことで、オレも勝手に、本の中と同じように、好きな曲とかを挙げて終わりにしよぉ~
○一番テンションの上がる曲
いっぱいあるけど、一番と言えば、そりゃあ、「白痴」以外に考えられないだろ!!
○一番難しいと思う曲
まぁ、オレが演奏するわけじゃあないけど、何気に「バビロニア恋物語」とか、演奏がカッコいいけど難しそうな気がする…あと、ライブで「餓鬼」を聴いてみたいとか思ったりする・・・

○一番泣ける曲
結構多いんだけど、やっぱり「サーカスの人魚」か・・・「黒髪」とか、「血の償い」とかもあるけど、一番と言われればやっぱり「サーカスの人魚」が・・・

○一番酷いと思う曲
「でもわざとじゃない」かと・・・あんな酷いことしといて「わざとじゃない」とかで、許される気でいる所が怖い。

「最初の扉」とかも酷いと思うけど、あれは、教訓染みた前向きなメッセージが込められてるような気もするし。

○好きな楽曲ベスト3
「地獄の子守唄」
まさに、犬神サーカス団の代名詞と言うか、犬神サーカス団ってどんな曲やってんの?って言われた時に、まず聴いてもらいたい一曲だと思う。

「兄の病の特効薬は死臭漂う血の池地獄のような人肉スープの形而上学」
この曲ほど、心持を揺さぶられる曲はないと言うくらい好き。

「籠の鳥」の時の奴も良いけど、昔の奴も大概に心をわしづかみにされてしまう。

「籠の鳥」
15年の集大成だと思う。

初めて聞いた時に、「15年やって、今こんな曲を書けるとか、どれだけ底知れないバンドだ」と感動した事は、まだ記憶に新しい。

と言うか、好きな曲なんて言い出したら、むしろ嫌いな曲とかが一切ないんだよ!!と言う話になってきてしまうけどな。

何しか、こう考えてみれば、オレの好きな曲ってどちらかと言えば、抒情と哀愁溢れるアングラな楽曲が多いような感じなので、そう言う意味でも、秋からの新展開も実に実に楽しみだ。

たまたま「残酷暗黒劇場」を手に取った学生時代。

あまりの衝撃に、夜興奮して眠られなかった、あの時並の衝撃を期待していたりするわけです。

今は、頭の中が「犬神サーカス団」一色なもので、2日続けてそんなネタをば・・・

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2012年5月7日 2:09 CAT :

このまま連れ去って死ぬまであなたを離さない~さいならサーカス団~

と言う訳で、遠路はるばる広島まで「さいならサーカス団」ツアーに参戦してまいりました。

なんせ、今回は、犬神サーカス団のエンターテイメント路線最後のツアー。

そして、犬神サーカス団はこの秋から、新バンド「犬神サアカス團」として活動していくらしい。

(なんか、結局大して変わらないんじゃとか、ちょっと思い始めているけれども…)
そんな最後のツアー。

気合い入れて、香川から参加してきたっつ~の!!
犬神サーカス団のワンマンは、「ビバアメリカ」のレコ発以来。

あの時は、CD発売延期だったのに、アルバム楽曲中心で、犬神サーカス団なのし、知らない曲ばっかりのちょっとしょんぼりライブだった。

でも、今回は、そんな事はない。

新曲も手に入れて、アホみたいにヘビロテ。

しっかり予習もしていったので、問題なしだった。

結論からいえば、最高の時間だったですたい。

今回のツアーは、過去にやってきたツアーのコンセプトに沿って会場ごとに異なるセットリストになる・・・らしく、広島は「サマーオブラブ」編だったりした。

と言う事は、結構レア曲とか聴けるのかなぁ~とか、そんな期待も膨らませながら、基本的に、新曲とサマーオブラブの曲を中心にツラツラ聞きながら、ライブ会場へ。

(片道高速道路通って約4時間?!)
ライブハウス近くに行った時に、不思議に思う事が。

香川のライブなら、駅からライブハウスまでの道筋に、(多分)諸事情でリストバンドをした、メンヘル臭漂うゴスロリファッションのお嬢さんとかを結構見かけるのに、広島じゃあ、一人も見かけない。

それどころか、人がいない。

本当に、ここであってんのか?と思いつつ、ライブハウスへ。

ハコ自体は、香川でいつもやってるトコよりも小さい感じ。

そして、お客さんも何だか少ない…今回、中四国は、広島だけだから、さぞかし、凄い熱気を期待してただけにちょっと肩すかし。

お客さんも、何か普通な人ばっかり。

香川のライブで見かけるような、普段は何処で生存していらっしゃるんですか?と聞きたくなるような、凄い人がいない。

あれ~・・・

ちなみに、割合は大体香川と一緒で、若い女7割、目が死んでるおっさん2割、お前別に犬っ子じゃねぇ~だろな斜に構えた男1割。

そして、いつも通り同年代はいない。

なぜか、犬神サーカス団のファン層には、若い男と、年重ねた女はいないらしい。

だから、いつもオレと弟は、何か浮いてるんだよなぁ~
まぁ、そんな人目とか、気しないで、ライブ始まったら首もげるまで振りまくるんですけどね。

そして、いざ開演。

いきなり、大好きな「デストピア」と「光と影のトゥーカッター」のメドレー。

どっちも大好きな曲なもんで(そもそも、嫌いな曲などないけれども。)テンションもいきなりマックスだ。

もう、あとはテンションあがりすぎて、セットリストとか、あんまりはっきり覚えてない。

ジンちゃん歌ってなかったっけ・・・?とか?ジミヘンとシド・ビシャスがゲストで来てなかったか?とか?
「洗脳」とか結構古い曲もやってくれたのは凄い良い感じ。

MCは相変わらずうまくはないんだろうけど、何か、凄くメンバーが仲良しで、聴きてて嬉しくなってくる。

今回のは、何かMCと言うか、メンバー皆でコントしてたような感じでもあったけど。

ただノリが良いだけじゃなくて、ホロリときたり、ゲラゲラ笑ったり、ほっこりしたり出来る事が、犬神サーカス団のライブの真骨頂だと思う。

ライブのMCでコントやってる人たちなんて、あんまり聞いたことないし。

「神の犬」のころのMCがあったり、狂子先生があったり、なんか、ホント今回のライブは凄い贅沢な感じだった。

コンセプトは「サマーオブラブ」だから、その時期のレア曲が多かったんだけど、何か、色んなところから小出しに懐かしいヤツや、見たかったヤツが垣間見えて、何回もライブに行ったかのような得した気分になれたし。

そうそう、メジャー時代の曲も何曲かしてくれた。

「都合のいい女」とか、良かったなぁ~
何よりうれしかったのが、犬神バラードでトップクラスに大好きな「サーカスの人魚」(聴いてて、泣いてしまいそうになった。)と、まさかの「黄泉の国」(ラップもちゃんとやってくれたし)。

あの振り付けを出来る日が来るとは・・・

最後にはお決まりの「犬神天国」。

これも、もう次からは見られないのかと思うと、ちょっと感極まりそうになった。

犬神天国は「Its showtime」(念仏谷)と「最後のアイドル」。

「最後のアイドル」って、これも結構レア曲なような気が・・・しっかり、踊ってきましたよ!!ええ。

ええ。

アンコールでは、恒例(?)の物販グッツ紹介。

と、ソフトカツアゲが・・・

そして、最後はもちろん「白痴」で終わり。

「白痴」のころには、もう声も枯れかけてたけど、もう、明日声でなくなってもいいや。

という気分で叫んでた。

もう、首の筋もおかしい事になってたけど、明日からコルセットつけて生活してもいいや。

という気分でヘッドバンキングだ。

ジャンプしすぎて足もパンパンだし、背中も痛いし、手首まわし過ぎでエライ事になってたけど、それもこれも全部どうでもいい。

今、この瞬間を楽しみたかったんだよ。

最後には、情次お兄さんが投げてくれたピックも拾えたし、ちゃんと物販では、ジンちゃんと色々お話も出来た。

全体として、キンメダイ以降の作品を思った以上に万遍無くやってくれたし、部分的に、メジャー時代や、それ以前の曲もあって、凄いいいライブだったと思う。

一つ思ったのは、広島のファンはマナー凄く良いね。

何か、香川だったら、「犬神天国」の時とか、どんだけ頭にエルボーして来てんだよ。

ゴルァ!!ってなりながら、オレも前の奴に突っ込んで行ったりするのに、広島の皆様は、しっかり、前後に空間をとって安全に楽しんでる感じ。

そして、香川ではよくいる「凄い人」がホントにいなかった。

筋肉痛以外の痛みがない感じで、ライブの終了を迎えましたよ。

香川って、もしかして、変態の巣窟なのか?
それとも、広島が聖人君主の巣窟なのか?
とにかく、夢のような時間でございました。

そして、秋からの新展開を心躍らせながら待ちましょう。

ジンちゃんが行ってた「今度は、香川行きたいんだよね。」の言葉を信じて、次のライブを待つ。

約束通り、美味いうどん屋案内するからさぁ~

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2012年5月5日 15:22 CAT :

ここは何処の細道じゃ

香川県にもついに「タワレコ」が出来た。

これで、もう岡山とか新居浜までえんやこら~と旅に出なくても、欲しいCDが手に入ると思ってた・・・

なのに、ショック。

あんなものは、「タワレコ」じゃない。

そもそも、キンメダイレコードのCDを取り扱ってないCDショップに用などないのだよ。

くそ韓流なCDになぞ1ミクロンも興味がない。

思うに、CDが売れなくなったんじゃなくて、CDを販売する側が、購入する側の事を無視して、売れもしないCDをステマよろしく、さも売れているかのように置いている事が一番の原因だと思う。

オレは、CD買ってるって。

ただ、近くのCDショップで昔みたいに、欲しいCDが手に入らないだけ。

基本的に、書籍にしたって、音楽にしたって、手元に残しておきたい。

だから、データとしての配信になど興味ない。

でも、オレが欲しいものを売ってる店がないから、しょうがなく、amazonとかで買うことになる。

CDショップがつぶれるのは、CDショップが悪いと思う。

何度も言うけれども、クソ韓流のCDなど1枚たりとも置く必要はない。

あいつらが、日本で偉そうな面をするのは、竹島の占拠を辞めて、従軍慰安婦の件では調子こきすぎましたと土下座した後だ。

ついでに、在日も全員今すぐ日本から出て行けばいい。

これは、「ネトウヨ」じゃなくて、純日本人なら当然に思う感情だっつ~の。

・・・と言うことで、不本意ながらも、amazonさんの力を借りて手に入れた。

犬神サーカス団最後のシングル。

「ここは何処の細道じゃ」。

犬神サーカス団らしい。

実に、らしい曲で、有終の美を飾ったと言う感じがする。

「籠の鳥」に通じるような、日本の音楽を取り入れた正真正銘の和風ロックバンド「犬神サーカス団」がここにある。

と言う感じ。

そして、新バンド「犬神サアカス團」への布石にも(多分)なっているんだろう。

名曲だ。

でも、何より凄いのは、スクリーミング・マッド・ジョージ監督のPV。

めちゃめちゃ凄い!!
スクリーミング・マッド・ジョージ監督と言えば、「光と影のトゥカッター」もおぞましく良い出来だったけど、今度の方がはるかに凄い。

もうこれは、見ないと、凄い勢いで後悔すると思う。

TVなどで放映することなぞ、一切考えてない潔さと、放送禁止な作品なのに、一応モザイクが入っていたりする遊び心と完成度の高さは尋常じゃない。

ジン兄さんがYOUTUBEに挙げてくれないとなると、買うしかない。

でも、このPVの為だけに買う価値がある。

素晴らしい作品だ。

んで、この新曲と、サマーオブラブの楽曲群を携えて、明日は、広島まで赴いてくるぜぇぇ!!

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2012年5月2日 21:45 CAT :

ブルセラ通いの潔癖症

と言う訳で、ついにスマホデビューすることになってしまいました。

はい。

エクスペリアと言うやつです。

アクロと言うやつです。

HDと言うやつです。

しかしまぁ、使いにくいな。

これ。

まぢで。

今気になっているのは、これによって、前の携帯で大切に育てていた「クリノッペ」と「オンプクシー」がどうなってしまったのか…と言う事か・・・

まぁ、取り合えず、twitterとかのアプリ入れて、後は、何が便利か良く分からんので、のんびり学んでいきますよ。

びっくりしたのは、月々の利用料が、ガラケーの時より安くなったこと。

びっくりして、ドコモのお姉さんに「安くなるの?何で?何が起こってんの?」とか、問い詰めてしまった。

それについては、何だか未だに納得してないけれども、まぁいいか。

取り合えず、オレもまた一つ現代人らしくなってまいりましたよ。

知らんけど。

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2012年4月30日 0:52 CAT :

あまりのショックによる失禁と生理中の血でブレンドされたオレンジジュースがこぼれている

「もののけ姫」を見た。

なんじゃ?あの素晴らしく面白い物語は?
何か、この話を見ると、これ以前の話は全て、この話を作るために存在してたんじゃないかと感じてしまう。

そして、これ以降の話は、書くものがなくなった上で、惰性で作られてんじゃないかと感じてしまう。

それくらい、突出して面白かった。

オレも、このくらいの話が書ければ・・・とか、あまりにも無茶な妄想にかき立てられている最中でございます。

さてさて。

今日は、朝から、嫁とお弁当を作って(オレは、おにぎりを握っただけだけど)、ピクニックに出かけた。

場所は、オレの大学時代の思い出の場所「門入ダム」。

オレは、大学時代、何かあると、このダムの出ぱった変な場所で昼寝をしてた。

んで、よく、ブーと夜中にここにきては、朝までどうでもいい話を語り合った・・・{ような気がする)
嫁と初めて一緒に花見に来たのもここだった。

そんな思い出の場所に、結婚した今になって、2人で作ったお弁当を持ってピクニックに来たわけだ。

何だか知らんけど、それはちょっと感慨深い。

こんな生活って・・・実は、世に言う「リア充」なんじゃないのか?とか思ってしまった。

そもそも、ネット上で「非リア充」とか、声高に言う奴に限って、ネット上でのお友達はたんまりいたり、それ所か、オフ会すらも開催してたりすると言う、ただの「ネットを通じた知り合いが多いだけのリア充」なんだけれども、オレはそんな事はない。

ネット上でも、友達が出来ない。

そして、現実の世界でも友達が出来ない。

と言うか、増えない。

まぢで。

(まぁ、必要ないと思ってるオレも悪いのかも知れないけれども・・・)
だから、オレこそが、本当の意味での「非リア充」だと思ってた。

でも、今日なんか、ゴールデンウィークに、お弁当とか持ってピクニックに行ったりしてる。

これじゃあ、ネット上で、何だかよく分からないいつでも切れるような関係を増殖させて、「いいね」ボタンを押すことや、リプライの強迫観念に迫られて、結局、実社会並に周りに気を使ってるよく分からない人たちに、「リア充」がとか、言われてしまうじゃないか・・・・

ただ、そんな今だからこそ、ちょっぴり思う。

ネットでのつながりを否定はしない。

けれども、そんなところでつながり作る暇があったら、リアルの世界で、つながり作る方がよっぽど大切なんだろう。

例えば、ある日、すべてのインフラが突然死亡したとしたとき、ネットの向こうにいた顔も知らないフォロワーはきっと助けてくれない。

リアルの世界でのほとんど知らない隣人の方が心強い。

どんなにその関係が拙くても・・・それが、もっと強い絆だとしたら。

いま社会に溢れている、金もうけのための「絆」じゃあなくてな。

「友達申請」や「フォロー」がなければ、どうしようもないと思うかもしれないけれども、そんなものなくても、ただ、顔合わせた時に、あいさつでもしておけば、それだけで、実は、十分だと言うことに気が付くべきだと思う。

今日、素敵な幟を見つけた。

「誰とでも あいさつすれば お友達」
と書いていた。

この標語の最後に「創価学会」とか「幸福の科学」と言う、一言が付け加えられるだけで、尋常じゃなく距離を置きたくなる。

そんな魔法の言葉だね。

つまりは、そう言うことなんだよ。

ジョニー。

何だかよく分かんなくなってきたけれども、つまりは、ピクニック楽しかったよと言う話です。

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2012年4月29日 0:46 CAT :

ジル・ド・レに寵愛された少年のように

「永遠の向こうにある果て」。

あんなに頑張って書いた物語だったのに、残念な結果だった。

取りあえず、あんな内容の話を純文学の賞に出したのが間違ってたんだろう。

と言う、強がりでも言っておく。

で、これにめげずに、次に新作をさっさと完成させよう。

一発目から認められるなんて思ってない。

こちとら、誰にも相手にされないまま20年以上漫画描いて来てんだ。

さてさて。

「ジョン・タイター」と言う人物をご存じだろうか?
オレは、ご存じなかった。

オカルトにはとっても興味がある人です。

尊敬する人は「並木伸一郎」と「あすかあきお」と「南山宏」です。

なりたい人は「韮澤さん」です。

最近はご無沙汰だけれど、結構長い時期「月刊ムー」を愛読しておりました。

でも、機会に恵まれなかったのか「ジョン・タイター」については、知らなかった。

彼は、一言で言うなら、「2036年から来たタイムトラベラー」らしい。

彼は、2000年ごろ突如として、アメリカの「2ちゃんねる」的な掲示板に姿を現し、安価に答える形で、未来の世界についてツラツラを語ったとかなんとか・・・

そして、次々と予言を的中させていったらしい。

と、ここまでの話だけなら、割とよくある話だ。

そんな事を言うなら、ノストラダムスが実は、未来人だったと言う説だってあるような世界なんだから。

彼になんだかリアリティーを感じたのは、まず、タイムトラベルを行う時に、自分の居た世界の過去には戻ることが出来ないと言う理論だと思う。

パラレルワールドについては、今更説明する必要もないけれども、この「ジョン・タイター」の話では、過去にタイムトラベルする時、「ワールドライン」(世界線)と呼ばれるモノをまたぐことになり、別のパラレルワールドに来てしまうらしい。

そして、移動する時間が長ければ長いほど、「ワールドライン」は大きくなる。

だから、自分のいた世界と限りなく近いパラレルワールドに移動するためには、60年以上の時間の行き来は出来ないらしい。

40年くらい時間を逆流した結果、今の世界は「ジョン・タイター」の居た世界とは、ワールドラインが2.5%ずれたパラレルワールドなのだとか・・・

よく分かるような、良く分かんないような話だけど、何か説得力があるように感じてしまうのは、オレだけなのか?
んで、もう一つ。

すごいのは、「ジョン・タイター」の居た世界では、2000年問題が、世界的に重大な問題を引き起こし、それが原因で、2015年くらいに第3次世界大戦が勃発、世界は退廃的な終末世界になると言うのだ。

ところが、「タイムライン」が2.5%ずれたこの世界では、2000年問題は、ほとんど何も起こらなかった。

その事について、「ジョン・タイター」本人が、ショックを受けていたこと。

そして、それを告白していること。

それが、なんともリアリティーがあるように思う。

だって、あれの話は、予言の類じゃなくて、自分の世界で過去に起こった出来事を話しているだけなんだから。

そして、その自分の記憶と違う事が起こる事に対してショックを受けてるんだから。

つまり、「ジョン・タイター」の話は、どこまで当たっているかは誰にもわからない。

「ジョン・タイター」本人の世界なら、100%当たっている(と言うか、実際に起こったことなんだから)だろうけれども、この世界は2.5%「ワールドライン」がずれたパラレルワールドなのだから・・・

上記のことを頭に入れた上で、この地図を見てもらいたい(↓)
158-chizu.jpg
これは、「ジョン・タイター」が2000年当時、に書いた2020年の日本の地図。

・・・を、分かりやすくかなんかしたもの・・・らしい。

(ネットから拾ってきた)
東北、関東一帯が立ち入り禁止区域になっている・・・

その理由については、特に言及されていないらしいけれども、これって、どう考えても、福島原発の影響じゃないのか・・・?
ちなみに、「ジョン・タイター」の世界では、日本は、中国の属国になり下がっているらしい…
それについても、シナチクどもが、尖閣諸島を占拠した後には、沖縄、九州と領土を広げてくると指摘する専門家も結構いるような、今になってこそ、そこそこ、リアリティーのある話のような気がする。

この話を信じる、信じないについては、賛否両論があるのだけれども、個人的には、珍しく、かなり白に近いグレーなんじゃないかと思っている。

いや、まぢで、この話に異常な恐怖を感じてしまう。

こんな気持ち、小学生の時に「MMR」のノストラダムスの予言を読んで震えてた以来だ。

ただ、この話を信じるなら、マヤ文明の終末予言2012年に世界が滅びる事はなくなってしまう。

どちらを信じればいいのやら・・・オカルト界の難しいところですね。

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2012年4月28日 20:03 CAT :

嘘の精子をぶちまける鬼畜

ゴールデンウィークには、犬神サーカス団のライブに行くことになった。

何と、犬神サーカス団は今年、活動を休止してしまい、新バンド「犬神サアカス團」になってしまうらしい。

と言う事は、憧れの「犬神天国」を見れるのも最後なんじゃないのか・・・

そんな懸念をちょっぴり抱いてしまった上での「さいならサーカス団」ツアー参戦なんだ。

今回、四国に来ないので、わざわざ橋を渡ってまで行くよ。

ホントは、移動に使う金があったら、その分、物販とかかって、お布施にしたいところだけれども、まぁ、しょうがないよな。

さてさて。

東京都が尖閣諸島を買い取るために動き出したら、本気で寄付をしようかと考えている志茂田さんです。

先日、実に普通なニュースを耳にした。

日本海と言う海がある。

ところが、その海を、自分たちがこの星の中心にいると思っている尋常じゃない勘違い国家の皆さんが、その海の名前は「東海」だと、主張していた。

つまり、自分の国の東にある海だから「東海」だと。

んで、アホみたいに到る所で、駄々をこねるように、その主張を展開してきたわけだけれども、先日「国際水路機関」が、「いやいや、お前ら粋がんなよ。

あそこは、日本海だから」と正式に決定した。

実に、当然の結果。

あいつらは、ありもしない「従軍慰安婦」とか言う謎の呼称を、戦後何十年か経ってから捏造し、それで、賠償金を請求するような可哀そうな脳味噌しか持ち合わせていない。

そんな、脳みそだから、この当然な結果でさえ、予め予見できなかったんだろう。

(関係ないけど、アメリカでは、すでに従軍慰安婦の問題での提訴自体認められていない。

そもそもねつ造なんだし。)
だから、「日本の大地震をお祝いします」とか、平気で書いたりするんだろう。

北の方のミサイルが、その国に落ちれば良かったのに。

民族同士で、殺し合いでもすればいいのに。

まぁ、これから少しずつ、こいつらの余りにもアホな主張に対して、世界的に「調子に乗んな」と言う決定が下されていくことを切に願う。

ただ一つ。

勘違いしてはいけないのは、国民自体がカスだと言う話じゃあないと言う点。

国民性と言うよりは、ありもしない事を熱心に子どもに教え込むことで既成事実を作り上げられると思っている安易な思考の国家に問題があるんだろう。

ある意味、国策の犠牲者何だろう。

多分。

なんせ、左翼のふりした日教組として、日本国内でさえも同じことをやろうとしてるアホちょんどもなのだからして、自国内なんて、それはそれはひどいことになっている事はなんとなく想像できる。

取りあえず、農心なんぞと手を組むことになったアホ企業亀田製菓はもう、死ぬしかないだろう。

ハッピーターン大好きだったけど、しょうがない。

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2012年4月25日 22:05 CAT :

夕闇の中降り注ぐ絶望に肩を濡らし生きる

ブログとかを書くテンションをあげる一番の理由は、過去のブログをアホみたいに読みしだくこと。

そこには、かつて確実に存在したはずで、そして、今となっては完全に亡くなってしまったお方が、つらつらと書きつづったその時々の、喜怒哀楽、諸行無常が累々と垂れ流されているわけです。

しかも、その人は、凄く自分と近い。

今の自分とは、明らかに違うけれども、限りなく近い。

そんな人のブログ読むのは面白いんですよ。

と言うことで、結構最近から遡って読んでいた。

ただ、ある一定期間を過ぎると、痛くて恥ずかしくて、チョッとやりきれない気持ちになる。

まぁ、それも成長と言う事にしておこう。

家の窓には、ヤモリの「もりっさん」が窓にひっついてくる虫を食べるためにやってくる。

もりっさんは、オレが今の家に住み始めた時から居て、初めはまだ子どもだった。

凄い小さな子どものヤモリが、チョロチョロ動いてるのを「かわいいなぁ~」とか思いながら見てた。

ある時には、家の中に入り込んできたもりっさんを捕まえて、外に出してやったこともあった。

でもその時、ちょっと高いところから、落としてしまって、もりっさんに怪我をさせてしまった。

数日間は姿を見せなくて、あの時は、さすがにしょんぼりしたわけだけれども・・・

それでも、もりっさんは元気になって、また窓に戻ってきている。

今年も暖かくなってきて、今日窓を見ると、もりっさんも窓に張り付いていた。

もう完全に立派なヤモリだ。

なんか、それを見るにつけて、ほっこりするとともに、子どもの時の感情とは違う「かわいいなぁ~」と言う気持ちが沸々と湧いてくる。

ヤモリの寿命がどのくらいなのかは分からないけれども、こうなってくると、もりっさんには、ずっと(少なくとも、オレがこの家に住んでいる間は)元気で窓にひっついていてもらいたい。

「ぬんちゃく」もめでたく家にきて1年を超えた。

去年の夏には、ホントに生死の境をさまよっていたのに・・・

秋には、目に怪我をしてそれが化膿してエライ事にもなったのに・・・

それでも、今は元気になった。

モリモリ餌を食べて、無事1年間生き延びた。

そして、ちゃっかり一回り大きくなった。

でも、オレと嫁以外の誰かが家に来ると、餌を食べなくなる人見知りカメでもある。

ホントに、全然食べなくなる。

あんなにがっついてメシを食べてるのがウソみたいに…
今、たくさんの植物と、ロシアリクガメとヤモリに囲まれて、生活しております。

庭も、いろんな命が自由に成長して、とてもいい感じですよ。

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2012年4月21日 19:26 CAT :

スジまんこ

パイパンっていいよなぁ~
パイパンって、写真とか見てるだけで異常に興奮するよなぁ~。

パイパンで、筋が丸見えなだけで、興奮度150%アップだよなぁ~
と心に強く思いつつ・・・

マン毛もじゃもじゃの写真を見ながら、顔はきれいなのに、マン毛がボーボーってメッチャ興奮するよなぁ~。

と、ちょっと横道にそれた、性癖を暴露しつつ・・・

でも、きれいにカットされたマン毛とかも、その生え方や、そんなとこにも気をまわしてる恥じらいが見え隠れして異常に興奮するよなぁ~
そんな志茂田さんです。

こんばんわ。

先日、NHKの深夜のEテレアーカイブで「赤塚不二夫」特集をしてた。

過去漫画家を志望していた(今も、ちょっとだけ諦めていない)オレは、その他大勢の漫画家志望さんと同じく、とにかく、トキワ荘に憧れております。

あんな場所があれば、即入居したい。

今の「トキワ荘プロジェクト」なんかじゃなくて、本当の意味のトキワ荘だ。

愛読書はもちろん「まんが道」でございます。

そんなこんなで、トキワ荘出身の漫画家が大好きなんだけれども、実は、「赤塚不二夫」に関しては、全くと言っていいほど作品を読んだことがない事に気がついた。

アニメで、「おそ松くん」や「バカボン」「秘密のアッコちゃん」(ただし、平成の方)とかは見ていたけれども、漫画は読んだことがない。

テレビでは、そんなオレの知らない「赤塚不二夫」の漫画がこれでもかとたくさん紹介されていた。

凄い興味がある・・・

なんか、想像以上に面白そう。

正直、あんな昔のギャグ漫画って、読むのダルイよ。

とか思ってた。

でも、それは、漫画の中にしょうもないギャグを照れ隠しで入れてくる手塚治虫大先生のせいであって、本当のギャグ漫画は、たぶんめっちゃ面白いような気がする。

なんか、見てて凄いもぞもぞした。

「しりあがり寿」先生の作品を読んでるときにも、似たような感覚に陥るけど、それの段違いの奴のような気がしてならない。

読んでみたいなぁ~
ただ、知らなかったけど、「赤塚不二夫」って、幼いころは結構悲惨な体験を数多くしてるみたい。

それは、どちらかと言えば、「日野日出志」にさえ近いような、結構どす黒い感じ。

その薄ら黒い感情を背景に描かれたギャグが面白くない訳がない。

とオレは思うんだけれども、どうなんだろう?
何しか、また色々買って読んでみよう。

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2012年4月17日 22:28 CAT :

全世界の軽度のアトピーで苦しむ紳士淑女に捧ぐ

気がつけば、カウンターが70000を回ってた。

はるか古に、キリ番ゲットで何だかんだとイベントを行っていたこともひどく懐かしい…
しかし、もうあまりはっきりとした記憶もない。

そんな感じ。

ちなみに、70000のキリ番は一体誰が踏んだんだろう・・・・?
さてさて。

先日、あまりにもアトピーによる手荒れが酷くなってきたので、皮膚科の病院へ行ってきた。

んだら、なんか、変な薬をたっぷり(おそらくステロイドだろう)塗ったガーゼをマスキングテープみたいなので、手にグルグル巻かれた。

さらに、飲み薬やら塗り薬やら諸々と出され、4000円以上お金を取られた。

これまで、行ってた病院なら、薬代含めても2000円でお釣りが来てたのに・・・この病院は、どうやらぼったくりのようだ。

でも、2日で、ある程度治った。

ステロイド恐るべし。

そんなこんなで、今回オレの手荒れが酷くなった原因について、少々書いておこう。

(せっかくだし。)
オレは、子どものころからアトピー持ち。

子どものころには、何だかたくさん食べちゃあいけないものがあったような気もするし、アトピーの影響で、耳たぶは千切れそうになってたし、指の関節は赤ギレとかきむしった後で、曲げるのもなかなか、間接には汗ものような症状が出来、いつも布団は血まみれ。

そんな感じだった。

今となっては唇と、手。

あと、体の一部分以外にはアトピー症状が出なくなる程度に回復したけれども、それでも、相変わらず、異常に肌が弱い。

例えば、今はやりの「ライスフォース」関係の洗顔フォームを使うと、凄い勢いで、唇がただれてしまい、しばらくはまともに口をあける事さえできず、ご飯だって、刺激のないもの以外痛すぎて食べられなかった。

化粧水なども、基本的に、今世に出ているものの90%は受け付けない。

塗った日には、赤くただれてしまう。

んで、今回の手荒れの一番の原因は、シャンプー。

シャンプーと言えば、汚れを落とすという名目で、とにかく体に良くない物質がたんまりと入っていたりする。

それとは別に、禿げる事を恐れてここ最近は、噂の「スカルプD」を使ってた。

実際、それで抜け毛が減ったかどうかと言うと、それは意外と微妙だと思うけれども、とにかく、なんだか、頭皮がすっきりしたような感覚はあった。

んで、このシャンプー凄いなぁ~と思ってたんだけれども…
週刊ダイヤモンドかなんかで、実はこの「スカルプD」を500円位のシャンプーと効果的に大差ないぼったくり商品だとかなんとか、書いてある記事を読んだ。

まぁ、ショックと言えば、ショックだったんだけれども、それよりも、そう言うことなら、その記事で書いてあった、同じ効果が見込めるシャンプーをオレも使ってやろう。

と言う事になった。

「サクセス」って奴だ。

よくCMで見かけるあの青いボトルのやつね。

実際、使ってみた。

確かに、少々スースーするけど、頭皮のすっきり感は大体同じ。

週刊ダイヤモンド本当だ。

「スカルプD」はただのぼったくりシャンプーだ。

ところが、その日の夜から、手が痒くて痒くて、全然眠れない。

指をかきむしって、かきむしって、血まみれにして、ズキズキドクドクと痛くなれば、痒みがおさまって浅い眠りに就くことが出来る。

と言う、アトピー特有の苦しみが始まった。

最初のうちは、シャンプーのせいだと思わずに、たまたま、かゆい夜(そんな夜もいまだに時々あるので)だと思ってたけど、1週間ほど経つと、まぢで見るも無残な感じになってしまい、キーボードを叩くのすら困難になってきた。

人差し指が曲げられないから、マウスもクリックできないと言う体たらく。

その頃になって、原因が「サクセス」にあることに気がついた。

そして、病院に行って、シャンプーを「スカルプD」に戻した結果、見る見る手は快方に向かっていった。

まぢで、ほんの数日で。

「サクセス」には、どんだけ肌に悪い成分が入っていたんだろう…
まぁ、結局は、4000円のシャンプーをケチるために、シャンプーを変えたら、その為に爛れた手の治療費で4000円以上かかってしまったと言う、笑うに笑えない話になったと言うだけだけれども・・・

あくまでも、週刊ダイヤモンドの記事は、アトピーとかを持ってない、普通の人間の話だったんだと思う。

アレルギーや、アトピーなどなど・・・この世はとかく、そう言う人の事を無視して進んでいくもの。

オレみたいな人間は、うわべだけの情報に踊れされちゃあいけない。

と言う、良い勉強になった。

取りあえず、今回学んだこと。

○週刊ダイヤモンドの比較系の記事は、当てにならない。

○サクセスには、肌に悪い成分が(オレのアトピーを急激に悪化させる)たんまり入っている
○スカルプDは、そう言う悪い成分が入ってない上に効果があるから、値段が高い。

以上の3点。

取りあえずオレに言える事は、アトピー患者で抜け毛を気にする奴は、「サクセス」じゃなくて「スカルプD」だ!!じゃないと、結局、治療費で、シャンプー代以上のお金がかかるぞ!!
では、さようなら。

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2012年4月15日 22:12 CAT :

優しい嘘ならいらない

ダイエットしようと心にきめて、実行してるはずなのに、一向に痩せる気配のない志茂田さんです。

じゃあ、この我慢してる感じは一体何なんだろう・・・こんなことなら、思いっきり満足するまで食い倒してやろうか。

とか、ちょっぴり思う。

でも、我慢して、現状維持なのかも知れない・・・

そう考えると、むしろ代謝をあげるとか、運動するとか、そっちを先にするべきじゃあないのかな?
でも、なぜか、筋トレすると痩せるわけでもなく、ただレスラー体系になっていくんだよな。

さてさて。

こんなオレですが、スマホを買おうか最近結構まぢで悩んでいたりする。

理由はただ一つ。

仕事上でも、スマホサイトの構築をせねばならない状況に追い込まれ、それなのに、スマホを自分で使い倒していないので、いまいち的外れなものを作りかねないから・・・

と言う、なんとも退廃的な理由から、スマホへの移行を考えているわけなんだけれども・・・正直どうなんだろう?
そもそも、実際スマホユーザーの何割くらいが、スマホをしっかり使い倒しているんだろうか?
ガラケーだって、そんな使い倒してる奴いないだろうし、ただ流行りでスマホへ移行してる奴が多いんじゃないのか?
聞いてみた。

実際に、スマホにするべきなのかを。

大体の人が、電話とメールするだけなら、スマホはいらない。

と回答しやがる。

オレのケータイの使い道(↓)
1.電話する。

2.○メールする。

3.エロサイト回遊して、オナニーネタを探す。

4.曲のイメージが浮かんできた時に忘れないように録音する。

5.道が分からない時に「iタウン」を使う。

位か・・・

スマホにして、いい感じなのは、3と5位か。

でも、正直、3に関しては、ノーパソもあるし、最近ケータイの出番は極端減ってる。

となると、たまに旅行とかで、行ったことない土地で地図見るためだけに、オレはスマホに変えなければいけないのか?
っていうか、仕事でサイト作るのに、何で、確認に自分のケータイを使わにゃあならんのだ。

しかも、その為に、スマホを購入せにゃあならんのだ。

なんて、愚痴ってもしょうがないか。

前やってた営業なんて、仕事中も自分の私用ケータイで連絡取らされてたしな。

それよりはマシか?
多分、オレが、そう言う時代の流れとか知らなくても出来る仕事してたら、100%スマホ移行はしてないと断言できる。

だって、オレは、今、ガラケーで何にも不自由してないんだし。

まぁ、会社員してる以上は、そう言う時代の流れもある程度知っておく必要があるんだろうな。

不本意だけれども。

うぬぬんうぬぬぬぬぬぬ・・・

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2012年4月10日 23:18 CAT :

あの頃はいくつものドアをノックした

こんばんわ。

おそらくは、寝てる時にギリギリと歯ぎしりをしたために、今、耳付近の筋肉がキリキリと痛む志茂田さんです。

ストレスだ。

多分。

橘さんもそんな事言ってたし。

さてさて。

ここんところ、再レコーディングに合わせて「ウミィ・マミィ」とか「夢喰いバクヲ」の昔の音源をタラタラを聴いていたりしております。

あの頃のオレは、ホントいろいろ頑張ってたと思う。

一曲一曲に絶対一か所は引っかかる場所があるし、そもそも、一つの曲でどれだけフレーズがあるんだよ。

と言うくらい、パターンに飛んでる。

そして、技術的に圧倒的に物足りないけれども、ホントに、死に物狂いでギターを弾いてるし、歌を歌ってる。

過去、「彼岸島」でレコーディング中に親父が「気が狂ったのかと思った」と、神妙な面持ちで覗きに来た事があった。

はたから見たら、それはもうキチガイでしかないくらい、頑張ってたんだろう。

それは、それ以外にも全てにおいてそんな気がしてる。

ギターを弾く時にも、出来る技術内で編曲のパターンを考えている。

出来もしないことに我武者羅に立ち向かっていった結果、意味不明なギターソロになってたあの頃とは、にべもない感じだ。

漫画や小説を書くにしても、仕事の余裕がある時に、書けるだけ書くと言う、なめ腐ったスタンスになってしまった。

高校時代、受験勉強の合間を縫って、それでも、毎週20ページ仕上げていたあの頃の頑張りは、ただ、青春の力で片づけてしまっていいものだろうか・・・

去年の夏。

本当に久しぶりに、凄い頑張った時期があった。

小説「永遠の向こうにある果て」を書いてた期間。

あの間だけは、本当に毎週1話ずつ、何があっても書こうと頑張ってた。

通勤中も、仕事中も、ずっと物語の事ばっかり考え、ネタが浮かんで来れば、逐一evernoteにメモって、週末には、それを時間をかけて形にしていく。

そうして出来上がったあの物語は、久々に、本気で満足のいく仕上がりになった・・・と思ってる。

でも、あれからでも、もう一年が経とうとしている。

明らかに落ちたペースは、もう本当にどうしようもない。

そして、それにひたすら焦っている今日この頃。

こうして、人生を全うする事への疑問は、日々少しずつ大きくなっていく。

何か、きっかけが欲しい。

そんな事をぼんやりと考えている毎日なのです。

遊びを仕事へするステップ1。

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2012年4月9日 23:50 CAT :

ふーふー

過去を振り返らないおっさん。

志茂田さんです。

基本的に、過去に作り上げた何かより、今作り上げている何かばかりを贔屓にしている。

なんて言うか、過去に作り上げた何かには、もう、その当時の思い入れが思い出せなかったりするわけで、何だか自分の中から出てきたものじゃあないような気がしてしまう。

他人が作ったとまでは言わないけれども。

多分、オレにとって、過去のオレは、今のオレとは違う人なんだろう。

知らんけど。

と、こんな話をしといて、何だけれども、大学時代「仁美・mine」と言うバンドを組んでいた。

当時、オレは、ギターを担当していたんだけれども、ボーカルの奴が、なぜかギターをコレクションする事にはまってしまい、そして、借金苦で脱退してしまったために、オレがボーカルも兼任した3ピースバンドになってしまってた。

あの頃は、ちゃんと、毎週スタジオに籠って、ライブへ向けて、曲作りに精を出していた。

・・・ような気がする。

そんな「仁美・mine」で作った曲たちを何とか形に残そうとした。

自宅に、今みたいなレコーディングスタジオ「彼岸島」もなかったので、徳島にあるレコーディングスタジオまでいって、レコーディングを敢行したりもした。

そうしてできた2枚のアルバム。

「ウミィ・マミィ」と「夢喰いバクヲ」。

でも、当時、お金がなかったことと、技術的に未熟(まぁ、今なら未熟じゃないと言うわけでもないけれども)のために、どちらのアルバムも未完成のまま、バンドは何だか自然消滅的に解散してしまった。

その後、当時作ってた残りの曲をまとめて、弟と二人で、「仁美・mine」として、あと一枚だけ「永遠の向こうにある果て」と言うアルバムを作ったりもした。

ちなみにこの作品が、スタジオ「彼岸島」で作った最初の作品だったりもする。

そんなこんなで、「ウミィ・マミィ」と「夢喰いバクヲ」の楽曲については、部分的にセルフカバーしたりはするものの、基本的に日の目を見ることなく今日まで来てしまった。

音楽活動においてやり残していたこと。

この2枚のアルバムを形にすること。

と言うことで、ここへきて、2枚のアルバムを出来るだけ当時の編曲のイメージを残したまま、再編曲し、再レコーディングをしようと画策しております。

当時録った音源もあるのだけれども、それはそれ。

どうやっても、それに手を入れる気がしないので、まったく新しく、録り直す。

多分ね。

今、日程を調節中だけど、夏までには、完成を目指して。

完成した暁には、当時のメンバーさんに送りつけてやろう。

ついに、完成したぞ。

みたいな感じで。

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2012年4月8日 11:55 CAT :

凍えそうなカモメ見つめ泣いていました

オレの音楽の目覚めは、たぶんポケットビスケッツだと思う。

そして、globeに以降して、サザンオールスターズになるだろう。

実は、そん前に、ちょっとだけB’zがあったりする。

個人的には、「こわいですねぇ~のテープ」なるものが存在しているわけだ。

(その存在については、家族しか分からんだろうけど・・・)
ただ、最近、気が付いてしまった。

もっと前に、オレの音楽の目覚めがあった。

それは、おかんが、オレに絶対音感と音楽の英才教育を施すため、ピアノを習わせていた時のこと。

幼稚園に通うころに話だ。

当時、オレは、何か知らんけど、両親共働きだったこともあり、じいちゃんばあちゃん子だった。

それも、幼稚園に入るまでは、おかん方のじいちゃんばあちゃんに預けられ、幼稚園に通うようになって、親父方のじいちゃんばあちゃんに色んな経験を施してもらったと言う、筋金入りのじいちゃんばあちゃん子だったりする。

おかん方のじいちゃんは、芸術はだが実に好きで、そして、プロレスが大好きだった。

絵を描いたりするのは、子のじいちゃんの影響だ。

おかん方のばあちゃんは、オレに「きんちゃんネコ」と言う妄想の物語を毎日話してくれた。

オレが、日常的に、現実と妄想の区別なく、悶々としてるのは、このばあちゃんの影響だ。

で、親父方にじいちゃんばあちゃんは、実にカラオケが好きだった。

(ばあちゃんは途中から、諸事情によりやめちまうけど。)
家の離れには、レーザーディスクのカラオケがあり、じいちゃんとばあちゃんはしょっ中のその離れでカラオケをやっていた。

オレと、妹もよくそこに入り浸りだったりしたような気がする。

そして、そこで気に入った歌があると、テープにダビングしてもらい、ラジカセと言うにはあまりにも陳腐なテープ再生器にマイクをつないで、2人で歌っていた。

ジャンルは、もちろん「演歌」。

「河内男節」「昴」「麦畑」「心」「天城越え」「1円玉の旅ガラス」「酒よ」「与作」「無我夢中」「歩」「津軽海峡冬景色」などなど、この辺りは今でも、完全に覚えてしまっている。

それを、音楽の目覚めと言えるのかどうかは分からないけれども、確かに、幼稚園から、小学生のころにかけて、バイエルなどでピアノを練習しながら、演歌をひたすら歌ってたのだ。

最近ふと、演歌のCDを見つけて聴いてた。

すると、当時の事をありありと思い出してきた。

妹と二人で「麦畑」をデュエットしていた事や、「無我夢中」に振付を付けて歌いながら踊っていたことを・・・

なんか、自分で作る曲にどうしても「和風」の要素が入るのは、たぶん、この頃に淡い記憶が関係してるんじゃあなかろうかと、そんな事をふと思ってしまった。

と言う、少しだけノスタルジックな話。

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2012年4月3日 21:15 CAT :

その躯はやぶの中で泣いている

facebookのアカウントがセキュリティー上の理由から停止されてしまった。

セキュリティー上の理由って何なんだよ!!とか、チョッとイラッとしたけれども、とりあえず、再開させてみようかなぁ~と思っていろいろ見てみると、電話番号での認証が必要とか・・・

なんでやねん!!
オレが一体何をしたって言うんだよ。

お前がそう来るなら、こっちにも考えがある。

もう、facebookなんかさよならしてやる。

そもそも、そんなものなくたって、1ミクロンも困ることなんかないっつ~の!!
と言うことで、もう、しばらくfacebookについては、アカウントを放置する。

しばらくして、気が変わったら、再開するかも知んないけど、しばらくは、そんな予定はないので。

facebookだけでオレとつながってた(つながってたって、ちょっとエロいね!!)皆様。

さようなら。

また会う日まで。

さてさて。

ここんところ、人生についてと言う、なんとも厨二病な事をツラツラと考えていたりする。

そもそも、色々と物語など作っていく過程で、どうしても、その登場人物一人一人に対して、生まれてこれまでの人生と言うものが存在するわけで、それは、小説でも、漫画でも、音楽でも何でも、関係ない。

その裏付けがないままに書き始めると、実に薄っぺらいものが出来上がってしまうことは、もう結構前からわかっていたりする。

昨今溢れかえっている、どうしようもなく薄味な音楽や物語は、きっと、この部分が雑なんだと思う。

西野カナとか、西野カナとか、西野カナとか、その辺の皆さんの話だ。

街中を歩けば、軽く100人や200人を超える人間とすれ違う。

その人間1人1人に、等しく人生があり、物語がある。

問題なのは、自分よりも年上の人間を描写する必要があるとき。

今、執筆中も小説には、一人の老人が出てくる。

しかも、チョッと人生を達観してしまったという設定の。

でも。

オレは、別にまだ人生を達観したわけでもなければ、老人と言うほど時間を重ねてもいない。

そんな人間をいったいどう描写すれば良いのか?
そんな人間の心情をいったいどう推し量ればいいのか?
そこに悩み始めた瞬間、書く手が止まった。

んで、そのまま1週間が経ってしまった。

書き始めたら、出来るだけ止まらずに書き続けた方が、まとまりも出てくるし、何より文章が乗ってくるので、いいんだけれども、こればっかりは、なかなか難しい問題だと思う。

ただ、ここを何とかかんとか、乗り越えないと、この物語は、完成しないんだよなぁ~。

そして、冒頭のとおり、人生とは何だろうと言う、問答を延々と繰り返していると言う。

夢の中では、簡単に死ぬことも、殺すこともできるのに・・・

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2012年4月1日 21:34 CAT :

7デノナルーフルリプイエ

愛するあなたは、何もしゃべらなければ、それはそれは可愛く、そして美しい存在であったのに、悲しいかな、あなたは、いつも、口汚くオレに事を罵るばかりでしたね。

それが心地いいと思うこともありました。

でも、そんなオレの性癖ではない場所に、あなたの美しさはあるのです。

そっかくのその美貌を無為には出来ない。

オレは、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもそんな事ばかり考えていたのですよ。

彼女は、明日香と言いました。

薄暗い二日月の夜に、オレは、一人とぼとぼと家路を急ぐ明日香を襲いました。

後ろから、その柔らかい体に抱きつき、不本意ではありましたが、腹部に強く強く打撃を加え、もだえる明日香をさらうことに成功したのです。

もう、誰も使わなくなって久しい古びれた納屋の中に、小さな蠟燭をともしました。

揺れる炎は、明日香をより妖艶に見せつけるには十分な演出でした。

そこにきて、オレの顔を見た明日香は、いつものように、オレの事を随分と口汚くののしりました。

でも、それも分かっていたこと。

この日のためにオレが用意していたのは、「悪魔の洋なし」と呼ばれる簡易な拷問具。

それを静かに明日香の口の中に詰め込みました。

「悪魔の洋なし」は、もとは小さく、そして、ネジをひねることでどんどん大きくなります。

キュッキュと言う音ともに、「悪魔の洋なし」は明日香の口の中で広がっていきました。

さっきまでオレを口汚く罵っていたその口いっぱいに広がった「悪魔の洋なし」を避けるように聞こえてくるのは、おそらくは懇願でしょう。

でも、残念なことに、オレが聞き取るに足る声量と発声はすでに不可能となっておりました。

さらに、中世ヨーロッパで使われていた「指潰し」「スペインの長靴」を用意し、明日香の指を、足と少しずつキリキリと破壊していくのです。

はじけ飛ぶ明日香の肉片。

滴り落ちる明日香の体液。

そして、まともに発声することも出来ない明日香の呻き声。

そのすべてが、オレを至福の心持ちへといざなって行きました。

やがて、明日香は絶命したのでしょう。

いつ絶命したのか、それはわかりませんが、それに気づいたのは、オレが明日香の中に果てた後でした。

オレには、ネクロフィリアの性癖はありません。

もし、挿入する前に明日香が絶命していたのなら、それは、ひどく残念な事実でしょうね。

血まみれになり、オレに犯され、破壊された明日香の姿は何よりも美しく思えました。

オレは、静かに、大きな小瓶の中にホルマリン溶液をなみなみと貯め込み、その中に、明日香の肉片を浮かべました。

いまでも、家の寝室には、その大きな小瓶が置いてあり、今日もまた、明日香の美しい姿を恍惚の表情で眺めるのです。

あれから、もう5年の月日が流れてしまいました。

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2012年3月29日 23:05 CAT :

緊縛レイプ地獄ver71

今執筆中の新作小説関連で、俗に言う「縄師」、「緊縛師」について、お勉強している。

それが、また面白いんだよ。

すごい、深い世界すぎる。

もともと、SM的なものに興味津津なオレなので、そう言うプレイ的な意味で良いと思ってたけど、実にそんな単純な話でもなかった。

大切なことは、女性をいかに気持ちよく、そして、美しく見せる事が出来るかだ。

それも、妖艶に。

荒縄で絞めあげられた女性が、恍惚の表情でもだえる様子は、単純な興奮を超越した何かがあるように思う。

芸術だと思う。

西洋では、裸婦。

つまり、神が作り上げた造形を芸術の対象に見る節があるけれども、日本では、どうも違うらしい。

絞めあげた縄の痕。

荒縄で縛りあげられた状態。

それは、必ずしも、裸である必要はなく、大切なのは、どれだけ妖艶に見せる事が出来るか。

しかも、女性にとって、拷問になってしまわない程度の具合で苦痛を与える職人的技術が必要な世界らしい。

緊縛の花形「吊り」なんか、いかに体の負担を分散し、それでいて、苦痛を与え、美しく見せるかと言うまさに、芸術の結晶。

大学生のころ、オナニーのネタにと杉本彩姉さんの「花と蛇」のDVDを買ったのに、その妖艶美にオナニーも忘れて見入ってしまった過去をなんだか思い出してしまった。

女体の美しさとは、どこまでも奥深いものなのですね。

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2012年3月28日 22:37 CAT :

草むらに名も知れず咲いている花ならば・・・

顔面センター あっちゃんが卒業することになったそうで・・・なんか、まったく興味のないオレでも、おおおお!!ってなったような気がする。

でも、人気メンバーが脱退すると言うのは、グループ凋落の兆しのような気がしないでもない。

栄枯盛衰だ。

諸行無常だ。

ひゃっほ~い。

さてさて。

先日、ふと考えてみた。

たとえば、「セックスが気持ち良くなければ。」と。

それも、凄い苦痛を伴う行為だとしたら。

もともと、気持ちが良い。

と言う事実自体が何なのかよく分からなかったりはする。

人間がこの世に存在する最大の目的が、自らの遺伝子を後世に残すためだとして、その目的を達成できていることへの快感とかそんなものなのか。

はたまた、本能に即することへの快感なのか。

逆に、人間は、自らの遺伝子を後世に残したくない生き物で、でも、神的なものの意志で残させるために、あえて、快感にしたのか。

少し突飛なけど、人類は、本来地球外に住んでいる生命体で、何らかの罪を犯し、罰として、地球と言う狭い星の中で、お互いに殺しあうと言う罰を受けている。

しかも、その罰が永遠に終わることのないように、増殖する行為に快感を伴わせている。

みたいな話もある。

個人的に一番好きな意見は、この最後の奴だったりもする。

もし、存在する目的を達成できていることへの快感だとしたら、無性生殖・・・とりわけ分裂とかも快感なんだろうか。

とかも、考えてしまう。

この話が本当なら、オレが無性生殖で増える単細胞生物だとしたら、凄まじい勢いで増えていくような気もするし。

などなど、こんな事をもんもんと考えながら、オナニーしてる日々でございます。

今日も多分平和だ。

知らんけど。

文章が支離滅裂としてる気がするけど、気にしない。

気にしない。

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2012年3月24日 19:38 CAT :

2度と戻れないこの世に別れを告げれば胸の高鳴りとともに発車のベルが鳴る

やったぁ~ついに「IKUZO」と犬神サーカス団が奇跡の融合を果たしていた!!
そりゃあ、単純に考えて、この融合に違和感なんてあるはずがないと思う!!
そして、この作者さん、本気で 草加を嫌い 犬神サーカス団を好きなんだと感じた。

愛のあふれる傑作をあなたにもおすそ分け(↓)

いやぁ~犬神サーカス団は良いバンドだ。

ホント。

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2012年3月23日 0:49 CAT :

悲しみ降り注ぐその傍らでたたずむはあなた

ルパン3世vsコナン(別に闘ってない気がするけど・・・)をみた。

うぬぬぬ・・・作品の出来栄えよりも、CMで流れてた来週の「カリオストロの城」と再来週の「紅の豚」にばかり興味がいってしまったよ。

恐るべしは、宮崎駿か・・・

にしても、せっかく新声優でTVシリーズも始まるのに、その宣伝に、旧声優陣(しかも、ひとつは、山田康雄ルパンと言う・・・)を流すとは、何を考えてるんだろう・・・

まぁ、新声優ではまだ1作しかやってないしな。

だとしたら、TVシリーズが次期尚早なのか・・・

ん?どっちでもいいか。

さてさて。

最近、異常に色んなところから「人生を楽しむコツは仕事を仕事じゃなく、遊びとして楽しむことだ」的な話を聞いたりする。

最初の頃は、「うるせい!!仕事は仕事。

遊びは遊びだ!!バカ野郎!!」とか思ってたけど、少し考え方が変わってきた。

つまり・・・それはそうかも。

と、思うようになってきた。

こんな事を言えるヤツには、二つのパターンがあると思う。

ひとつは、遊び(趣味)が仕事になってしまった(または、お金をもらえる類の事が趣味だった)場合。

もう一つが、わき目も振らずに没頭できる遊びや趣味を持っていないから、仕事を遊びにしてしまった場合。

どっちが良いとか悪いとかは知らないけれども、オレの場合、完全にやりたい遊びが山のようにあるわけで、後者のパターンを選ぶことは出来やしない。

と言う訳で、今の遊びをお金に出来る方法がないものか。

そんな事を、まだぼんやりだけれども考え始めた。

もしこれが成功すれば、毎日毎日律儀に、会社に通うことも、自分の個性を押し殺して売れるためのページ制作をすることも、会議に出て恫喝されることも無くなるわけですな。

ハゲる事にビビる日々も終わるだろう。

とは言え、バンドなり、小説なり、演劇なり、デザイナーなり、漫画家なりその辺のどれをやっていくにしても、結局のところは、色々と苦労はすることになるんだろう。

・・・それはそうだと思う。

でも、決定的に違うことは、これら創作については、どれだけ貶されてもめげずに(しかも、楽しみながら)やっていける事だと思う。

オレが物語を書き始めたのは実に6歳のころだ。

それ以来20年近くに渡って、誰からも認められず、相手にもされず、それどころか時には嘲笑の的にされ続けてきた。

最近になって、やっと一部地域の変態さんがたに小説やら、音楽やら認められるようになってきたけど・・・

そんな20数年間、オレは、オレが作るものが世界で一番面白いと信じて、書き続けてきた。

んで、今更、多少なりとも認めてくれる人が少しだけど居てくれたりする。

この延長線上で、発展的意味での否定なら、いくらされようとも、むしろテンションあがるだけだ。

これまでの凌辱の対象としての、小馬鹿にされた否定とは違う訳で、その否定を受け続けても20年以上めげなかった分の確固たる自信だけは備え付けてきた。

まだ、ぼんやりとした、何の具体性もない話だけど、そのうちこの「仕事を遊びにする」計画を始めようかと思ってたりする。

実は、すでに少しずつ行動に起こしてたりもする。

詳細については、もう少ししたらと言うことで。

取り合えず、今年の6月には、一つの結果が出るらしい。

その結果次第では、早ければ、夏くらいには、この計画は実行されるだろうて。

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2012年3月22日 0:39 CAT :

f分の1揺らぎと夢

今日、死んだじいちゃんの夢を見た。

おかんとばあちゃんと従妹とオレが4人で四角いテーブルのそれぞれに座って、お互いに、じいちゃんの思い出とかをツラツラと語るだけのなんとも不思議な夢だった。

お彼岸でじいちゃんがこっちに来ていたのか、先日、命日にお参りしたからなのか。

でも、ホントに久しぶりに夢にじいちゃんが出てきた。

んで、心なしか目が潤んでいた。

じいちゃんが死ぬ直前、最後のお見舞いにおかんとかが行く時、オレは、ゲームをしてたかなんかで、行かなかった。

確かに、全然元気だったし、まさか、それが最後になるなんて誰も思わなかったけれども、それでも、あの日、行かなかった事を実は、今でも後悔していたりする。

もうあんな思いは嫌だから、今入院してるばあちゃんにも、時間があれば顔を見に行くようにしてたりする。

何かがあるかもしれない。

無ければそれにこしたことはない。

あの日の経験は、オレの中で凄く影響を与えてる・・・ような気がする。

同じ後悔はしたくないんだよ。

オレわ。

いつか、絶対にやってくる別れに際して、後悔しないことは絶対にないだろうけど、それでも、少しでも後悔が減るように・・・出来ればなくなるように。

そんな事を考えて今日を生きております。

雨の音は少しだけ昔を思いめぐらせてくれる時間。

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2012年3月21日 19:01 CAT :

戦争に行くと言ったら頬を強くぶたれました

twitterでも、少々触れたけど、中国がいよいよ狂気染みた事をやりだした。

「南京大虐殺否定罪」提出・・・だそうです。

要するに、歴史の歪曲をした上に、それを正そうとすれば罪に問われる。

と言う・・・もう、笑えないキチガイ染みた法案だったりする。

そもそも、この法案って、100%中国国内じゃなくて、日本政府に向けた威嚇でしかないよな。

自国のバブルがはじけそう必死になってることも分かるし、日本人が良い人すぎるから、ありもしない歴史を改竄してもう少しカモろうと言うカスみたいな国民性ももうしょうがないだろうけど、でも、この法案はあり得ないだろ。

んなこと言ってたら、今後歴史の解釈について、政府が都合のいいように歪曲したものを否定すれば、すべて罪に問われる変態国家が誕生するだけじゃあないか。

もし、こんな法律がまかり通ったら、この国は、本当の意味で終わったと思う。

さてさて。

先日、嫁とちょっとお話してたことでも・・・(↓)
一年の目標を立てる。

と言う行為について。

目標を立てる事について、オレはあんまり感心しない。

目標を立てる。

と言う、行為について掘り下げてみた。

たとえば、オレが「今年は小説で今あるストックを全部作品化するぞ」とか、目標を立てるとする。

ところが、ものすごく良いメロディーラインが浮かんできた。

今すぐにでもギターを握って、このメロディーを形にしたいと言う衝動に駆られたとする。

そんなときに、今年の目標だから、この素敵なメロディーラインは諦めて、小説でも書こう。

・・・そんな気持ちで書いたお話が面白い訳がない。

そんなときに、目標はあくまで目標だから、この素敵なメロディーラインを形にしよう。

・・・その程度の目標なら立てなくていい。

むしろ、ただの足かせ。

目標って言うのは、何もやることがなくて、ただ漠然と無為に時間を過ごしてる人が、あせって、自分の人生を意味あるものにしたいがために立てようとするただの現実逃避でしかないと思う。

目標なんて必要ない。

ただ、日々、その日にやりたい事が常にあり続ける。

それだけで良いと思う。

それを見つける事が出来れば、きっと、目標を立てる事の無意味さを感じる事が出来ると思う。

逆に、目的はあってもいいと思う。

「○○がしたいから、金をためる」。

それは、目的と手段。

それは、全然ありだと思う。

つまり、「目標を立てなくても、充実した日々を送りたいから、その為の何かを見つける。」と言う、目的と手段は良いと思う。

でも、目標はだめだ。

特に、「今年こそは、ギターを始めるぞ」みたいな目標の立て方をしてる奴は、多分、ギターを始められたとしても、何の意味もない。

無為な人生を引き続き送り続ける事になると思う。

やりたい事がない。

とか、それはそれはもったいないって。

時間はいくらでも欲しい。

一日が72時間あったとしたら、たぶん144時間欲しくなる。

オレは、そんな人間なのですよ。

時間は、今、逆流を始める。

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2012年3月19日 21:03 CAT :

泣きたいときほど涙は出なくて・・・

凄いよこれ。

(↓)
見れば見る程、考えさせられる。


鉄拳やるなぁ~・・・素晴らしい才能だと思う。

時々考える。

嫁とオレとが死別した時の話を。

どちらが先にいなくなったとしても、居た堪れないと。

ただ、ぽっかりと穴があくだけなんだろう。

その穴を埋めなければ、次へも進めやしないし、生きてもいけないけれども、でも、きっとその穴は、もう埋める事も出来ないような気がする。

どんなに大ゲンカしても、同じ部屋で居る今の生活が、いつまでも続くことを日々願いつつ、今日と言う一日を終えよう。

少しの感謝と、少しの喜びを抱いて。

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2012年3月17日 23:32 CAT :

プログレッシブおばあちゃん

会社の知り合いの人の身内と言うことで、骨董品屋さん営むおばあちゃんを紹介してもらってにあってきた。

うぬぬぬぬう・・・すごい。

話のレベルが違いすぎる。

と言うか、何なんだろう、このアグレッシブなおばあちゃんは。

おばあちゃんなのに、オレの数百倍は行動力があり、そして、人生を楽しんでいる。

2時間くらいダラダラと話をしてたけど、その中で、それはそれは面白い話をいっぱい聞くことができた。

そして、色々やりたいことも見つかったような気がした。

やっぱり、面白い人と会うのは、いい感じですね。

ちなみに、今は、島根に旅行中。

明日は、出雲大社にいってくる。

・・・しかし、カップルと、必死さがにじみ出てる女が多い・・・縁結びの神様だからだろうけど・・・それでいいのか?まぢで・・・

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2012年3月7日 0:05 CAT :

また振り出しに戻る。夜明けに巡る想い

犬神サーカス団がエライ事になってしまった・・・それを、今日、今更知った。

ある意味、犬神サーカス団の活動休止だよな・・・最後のワンマンツアー。

行きたいなぁ~。

でも、四国には、寄ってくれないみたい。

相当嫌われたな。

・・・無念だ。

んで、新しい「犬神サアカス團」は、どうなるんだろう。

なんか、抒情的なアングラ和風ロックって、イメージ的には「犬神サーカス団!」の時代のノリに戻るだけのような気がしてならないんだけど・・・そうじゃなかったら、ある意味凄いよな。

気になるのは、ライブとかでもう「犬神天国」とかそんなのやらないのか。

とか、ライブでは、以前の曲はやらないのかとかそんな事ばっかりだ。

さんざん「最高傑作は、地獄の子守唄だ」とか、言いまくってたけど、いざ、こんな事態になっちゃうと、なんだか、今の犬神サーカス団が懐かしくてしょうがない。

数えきれないくらい名曲があるんだよ。

まぢで。

好きになったきっかけの曲「赤い蛇」「血まみれ内蔵ロックンロール」「陽炎」から始まって、個人的に思い入れが深い「花嫁」や、エディのピアノも素晴らしい「レクイエム」、「最新型アンドロイド」や「都合のいい女」「待ちわびた日々」「夜行列車極楽行」に「籠の鳥」、それに、絶対の名曲「地獄の子守唄」や「白痴」、あと「父親憎悪」とかも大好きだよなぁ~。

いやまぁ、言い出したらキリがないか・・・その辺の名曲たちはどうなるんだろう・・・

でもきっと、「ひと夜だけの犬神サーカス団復活ライブ vol18」とかやってくれたりするんだろう。

ライブに行って、アンケートに、犬神サーカス団の曲もきかせろぉぉお!!って書きまくったら、やってくれるんだろう。

と、信じつつも、新しい「犬神サアカス團」にものすごい期待しておこう。

実は、「夜行列車」あたりで、今の方向性は頂点を迎えてた感もしてたし。

(そこから、下がってはないけど、上がってもいない感じ)それを、ご本人さんもわかってたんだろう。

だからの、コンセプトチェンジなんだろう。

そこから、「地獄の子守唄」を超える名作が生まれる事を想像しつつ、今日のところは、おやすみなさい。

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2012年3月6日 0:39 CAT :

人は簡単に殺されるけれども、なかなか死ねない生き物なのですよ

今週のハンターハンターめっちゃおもろいやないか!!このまま、本当にハンターなお話になってくれたら、やばいことになるような気がする。

イメージとしては、グランディアな感じやね。

それ以上はネタばれになるので描かない。

取りあえず、このまましばらくは、続いてほしい。

完結とかすんなよ。

まぢで。

さてさて。

今日は、「バトルロワイヤル」なる映画を見た。

確か、高校生くらいの時に劇場で観たような気がしないでもないけれども、記憶が定かではない。

そんなもんだから、内容なんか全く覚えていない。

変な関西弁の兄ちゃんくらいしか記憶にない。

(それが、山本太郎だったとは・・・)
そんなこんなで、ウキウキしながら見てみた。

・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

めっちゃ面白いやないか!!
部分的に、説教臭くなるけれども、寄生獣や狂四朗などのそう言う説教臭い物語が大好きなオレなので、そこはそれ。

あんまり気にならなかった。

深いテーマもあるんだろうね。

今見たら、色々、露骨にテーマが埋め込まれてるのが分かるよ。

そして、内容が濃い・・・2時間が2時間じゃないみたいだ。

昨日ツラツラと書いてたほかの映画(バタリアンは除く)は、内容が薄いんだ。

全部。

本来30分の話を2時間にまとめてるからだるいんだ。

多分、この「バトルロワイヤル」は5時間くらいのを2時間くらいにまとめてるんだろうな。

とか思った。

展開も早い早い。

ワンピースも少し見習ったらいいのに。

なんか、面白い映画を見たわ。

まぢで。

しかしまぁ、当時はあんまりメジャーじゃなかったんだろうけど、キャストも凄い豪華だった。

「食堂かたつむり」の倫子と、「バトルロワイヤル」の光子。

同じ、柴崎コウなんですって。

色んな意味で凄いわ。

ちなみに、前回のバトルロワイヤルが実施された学校が「善通寺の中学校」とか、劇中で言ってたような気がしたので、調べてみると・・・正確には、善通寺第四中学校だった。

っていうか、原作では「香川県の善通寺東中学校」なんだと。

・・・オレの母校やないか!!
確かに、県下でも有名なヤンキー校だけども。

まさか、こんなとこで、モチーフにされていたとは・・・

別の意味でも、好きな作品と相成りました。

と、2日連続で映画の感想などなど・・・

今は、引出しに貯めてる時間なのかも知れませんよ。

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2012年3月4日 23:48 CAT :

独善的テーマのいきつく果て。1

恫喝のワンダーランドによく連れて行かれる志茂田さんです。

って、書こうかと思ったけど、その直前に「ワタミ」の話をちらほら聞いてしまった。

あれに比べれば、オレ全然マシなような気がする。

ブラック企業だとか云々関係なく、この社会には、恫喝とかパワハラは溢れかえってるんですね。

うぬぬうぬぬう・・・

そいつの為を思って言ってると、ワタミの会長さんは言ってたらしいけど、「今すぐここから飛び降りて死ね」とか、そんなの言われた側の気持ちが分かるんだろうかね。

まぁ、分からないから言うんだろうけど。

そして、多分「私は、そう言われたら、がむしゃらに頑張るだろうから、部下にもそう言う」的なことを言うんだろう。

自分の価値観だけでしか、物を図れない想像力の欠如した人間だ。

一人の社員を過労死させといて、外国に学校を作るとか、偽善の極み。

ラジオを届けてることを誇らしげにCMで垂れ流してる草加となんらかわんね~よ。

とか、なんとか。

さてさて。

ここんところ、立て続けに映画を見た。

「バタリアン」「ニライカナイからの手紙」「食堂かたつむり」「亀は意外と速く泳ぐ」「転々」「なくもんか」・・・

分かった事は、この中では、圧倒的に「バタリアン」が面白かった事。

アイデア、音楽、演出、脚本。

すべてダントツで面白かった。

そして、大好きな三木聡監督の「亀は意外と速く泳ぐ」「転々」。

この二つは、どちらも絶対の名作。

ただ、「亀は意外と速く泳ぐ」で主演してる上野樹里だけが厳しかった分だけ、「転々」の方が面白かった。

三木聡の作風に上野樹里は合わないんだろう。

多分。

物語としては、抜群に面白かっただけに。

「なくもんか」は、クドカン脚本、阿部サダヲ主演のドタバタコメディー。

なんか、こう言うノリ見たことあるな。

と思ったら、たぶん「罪とか罰とか」だったと思う。

でも、オレは、やっぱりケラさんの黒い笑いが大好きなわけで、だったら、ナイロンみるっつ~の。

と言う感じだったかも。

伏線いっぱい張ってて、ほとんど未消化のまま、特に何も残さないで終わっていく感じは、ある意味、何度も見たくなる味があったようななかったようなあったような。

そんな、アンニュイな午後の日差し。

んで、「ニライカナイからの手紙」。

大好きな沖縄の雰囲気を堪能できた分はすごく良かった。

演技も棒読みだけど、竹富島の人の雰囲気とか感じられてすごくいい感じ。

蒼井優は演技うめ~なぁ~と思う。

でも、こいつは、話が駄目だぁ~。

泣かせる形の物語なのに、要所要所に「ばかなぁ~」って笑ってしまうシーンがでてくる。

ご都合主義とかそういう問題じゃなく、ネタですよね?と思うしかないシーンがちょいちょいあるんだよ。

かと言って、「デビルマン」くらい本気だしてくれてるかと言えば、そうでもない。

実に中途半端な映画だった。

これは、見なくていいと思う。

特に、沖縄好きなやつは。

最後。

今日見た「食堂かたつむり」。

なんか良く分からない。

ユニークな世界観は、はまる人にははまるんだろうけど、オレにはチョッとダメだった。

エルメスは可愛かったけど。

テンポが遅すぎて、だるくなってしまう。

そして、何より、物語みながら、オレが嫁と「●○になったらおもろいのになぁ~」と話してた(そんなネタみたいな展開あるわけねぇ~よ。

もっと、王道な展開で終わるよな。

という気持ちを込めたジョークなノリ)事が、すべて、後半で実現した。

設定だけ聞いて、ゲラゲラ笑いながらスピンオフを作るかのようなノリで、後半すさまじい展開をしていく。

そこの意表を突かれる感じは、実は名作かもしれない。

面白くはないけど、記憶には確実に残る映画。

そして、内容が薄っぺら過ぎて、予告編だけ見れば、本編すべて見た分とおなじ情報量が得られる凄まじい映画。

ぜひ、お勧めです。

何しか、こうやって、色んな作品を愛でていくのは実は結構楽しいものかもしれない。

そう言えば、ついでに「ヤッターマン」もテレビでしてたから少し見たわ。

アニメを忠実に再現してた。

でも、だったらアニメ見ればいいじゃねぇ~の?と言う感じだった。

特にドロンジョとか、ボヤッキーとか・・・

まぁ、偉そうにつらつら書いたけど、それでも、第一線で活躍してる皆さんですからね。

それ相応のなにかはあるんだろうて。

知らんけど。

ちなみに、個人的には、話も面白くないし、脚本も詰まんないし、ただ眠いだけなんだけど「純喫茶イソベ」が好きなんです。

毎回、見た後に「あぁ~おもんなかったなぁ~。」とか「時間もったいなかったなぁ~」とか思うんだけど、なぜかまた見てしまうと言う・・・魔性の映画と名付けております。

いやぁ~映画って本当にいいものですね。

さよなら。

さよなら。

さよなら。

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2012年2月28日 23:21 CAT :

夜に咲く花黒い花

人間の体内時計は25時間。

でも、地球上の生物で、体内時計が25時間なのは人間だけらしい。

それ以外の生物は、すべて、24時間。

そして、地球の自転は24時間周期であり、火星の自転周期は25時間。

人間だけが、火星から連れてこられた地球外生命体かもしれない・・・と言う、面白話。

他にも、昆虫すべてが地球外生命体かもね。

と言うお話や、イカが宇宙人の探査装置だと言うお話などなど・・・世の中は面白不思議な話がテンコ盛りだ。

ムー的な目線で見た時にな。

さてさて。

少ししょんぼりする事実を知ってしまった。

嫁と付き合い始めのころから、良く言っていた思い出の公園が近々閉鎖になるらしい。

その公園には、何気に色んな思い出があったりする。

そもそも、その公園に行っていたころは、二人ともお金もないし、仕事も安定してなくて、凄く将来が不安だった。

2人で、悲観的な将来について考えずに、その日を2人で居れた事をよしと考えながら、よく散歩したり、車の中で昼寝したりしてた。

当時は、自分の周りになんだか重苦しい空気がいくら振り払っても、ぬめぬめと纏わりついていた。

結婚して、独立し、ある程度の収入を得ながら、2人で暮らしてる今からは考えられないほど、追い詰められた状況だったように思う。

自分が、自分たちがこれからどうなっていくのか、まったく何も見えない中で、どうすれば良いのかも分からないまま、それでも、前へ前へと進もうとしてた。

今考えれば、無茶すぎる毎日だった。

だから、あの公園は、思い出の公園であると同時に、少し苦い場所でもあったりする。

事実、結婚してからこっち、一度もあの公園には行かなかった。

2人とも、無意識のうちに避けてたのかもしれない。

でも、それは、あの場所がいつまでもあそこにあるだろうと言う、根拠のない妄想が根底にあったわけで、事実、閉鎖になると言う話を聞いた時には、どう表現するかもよく分からない、何だか居た堪れない感情に襲われてしまった。

もう一度だけでもいいので、あの場所へ2人で足を運んでおこう。

当時の事は、あんまりいいイメージではないけれども、でも、あの時があるから今があるわけで、そう考えたとき、大切な期間であったことに間違いはないのだから。

大切な場所は、思い出の中だけになり、そして、静かに忘れ去られていく。

これを、シッダルダは「無常」と表現したそうです。

今から2000年以上前のお話です。

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2012年2月27日 22:50 CAT :

お前はここから生まれてきたんだ。かなり醜悪な姿でな

最近、とりあえず、沼レコのホムペをリニューアルしようかなぁ~とか考えてたり、めんどくさいなぁ~ってあきらめたりしてる。

何しか、これまでにためてきたコンテンツをひとまとめにしようかなぁ~と。

そう、今をときめくwordpressでな。

でも、めんどくさい。

オレには、他にもいろいろとやりかたい事が沢山あったりするわけですよ。

そろそろ、新作小説を書き始めようかとも思ってる。

そういえば、「観客3人のライブイベント」の公演は昨日?一昨日?無事に(かどうか、知らんけど)多分、終了したはず。

オレは、休日出勤でお仕事してたので、見に行くことも叶わなかったけれども・・・次の話が来なかったら、今回の作品は、失敗だった。

と言うことで。

ケセラセラ。

馬忠の新作は、しかし、ホントに良い出来だと思う。

まぢで。

自分で作ったものを自分が一番聴き込むと言うものは、クリエイター冥利に尽きますな。

次作るなら、普通の曲物で、「恍惚の殺人子宮」みたいな曲ばかり延々垂れ流すキチガイアルバムにしたいなぁ~。

そう、犬神サーカス団の「御霊前」のような作品ですな。

うしししし・・・・

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2012年2月25日 18:29 CAT :

街でうんこ娘と呼ばれて…

「売れているのが良いもんなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンだ」と言う、甲本ヒロトの言葉を心に刻み、マイノリティーを突き進む志茂田さんです。

自分がいいと思うものが世界一良いんだよ。

それでいいんだよ。

それでも、裏腹に、誰かに認められたいと言うはしたない下心が存在したりする。

何かを作るときに、そんな葛藤に苛まれる事も実に多い。

曲を書くとき、本当は、こんなメロディーラインにしたいけれども、こっちの方が何かかっこいい感じに聞こえるからこんな風にしよう。

とか、物語を書くときに、どうしようもなく暗い、死にたくなるような物語を書きたいけれども、最後で少しだけ救いのある結びを書いて、チョッといい話みたいにしようとしたり・・・

そんなこんなだけど、今度の馬忠の新作は、久々にまぢでやりたい放題な気がする。

やっぱり、馬忠・DA・ムドーと言うスタンスは大切なんだろうな。

そろそろ、色んな皆様に送り付けたりとかしますよぉ~
(↓)こんなジャケットイメージですって。

1枚目 表

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