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2013年1月13日 21:50 CAT :

仲本工事の奥さん死んだ

昨日、だらだらとワンピースの「ストロングワールド」を見てた。

あの映画、なんだろう・・・シキは、盃交わしてるし、その屋敷に乗り込んでくる時だけ麦わら一味は、銃装備のスーツ姿だし、昔の任侠映画かと思ったわ。

(「アウトレイジ」はメチャメチャ面白かったよね!)
・・・でも、なんか面白くない。

ストーリーの 無意味さ 単純明快さは、ドラゴンボールの映画の方がよっぽど酷かったと思うんだけど、それは置いといても戦闘シーンがつまんない。

めっちゃかっこいいとか、緊張感のある音楽があるわけでもなし、ボコボコの殴り合いとかがあるわけじゃないし・・・いや、ドラゴンボールもこんなもんだったのか?
ふと考える。

この映画はきっと面白い。

この映画が面白くなくなったのは、オレが少年じゃなくなったからなんだ・・・と。

ジャンプのマンガに詰まんないとか、30前のおっさんが文句を言ってはいけないんだよ。

事実、あの雑誌を少年が読んで面白ければ、それで良いんだ。

腐りきって臭ってくる女しか読んでないだろう「黒子のバスケ」とか、「テニスの王子様」とか、その辺についてはなんか釈然としないけれども、「少年ジャンプ」なんだから仕方がない。

(「テニプリ」はもうスクエアか・・)
ジョジョは未だに読んでる・・・とか思い直したけど、あれも、もう「少年ジャンプ」じゃないんだよな。

「ウルトラジャンプ」なんだよな。

掲載誌。

ちなみに、「ハンターハンター」については、むしろ、このマンガが掲載誌を間違ってるんだと思う。

さてさて。

昔から、カニバリズムに尋常じゃない興味がありました。

志茂田さんです。

子どもの頃には、ドラクエの指人形を使って、「それぞれが相手の肉をお弁当として食べ合う遠足」と言うよく分からない物語を延々妄想しておりました。

その事実を知ったおかんに、「ゲームが悪影響を与えている」とか謎の誤解をされ(ドラクエの人形を使ってただけで、別に人形はなんでも良かったのに)、しばらく、ドラクエとかを禁止されたのも、今となってはいい思い出。

今までにも、カニバリズムをテーマにした物語もたくさん書いてきた・・・と思う。

演劇の台本「海の底とまぶたのない魚」とか、アルバム「オナニー遍歴」に収録している「カニバリズム・マゾヒスト」とか・・・・

でも、自分では、人間を食べたことがない。

・・・まぁ、当たり前と言えば当たり前だけれども。

興味本位で、自分の体の一部をかじったりはしてる。

カサブタとかじゃなくて、皮とか、肉とか。

特にうまくはないけれども、なんだか不思議なクセになる噛みごたえはなかなか捨てたもんじゃないかも知れない。

とは言えども、所詮、自分の体の一部。

自分の体を食べて、自分の体の一部にしているだけなんだから、そんなもん、ただのマニュファクチュアみたいなもんだ。

・・・と言う事で、食べてみた。

いや、別に犯罪的なことじゃなくて、嫁の指の剥け剥けになってきた皮みたいなヤツを。

女の体の一部を食べる。

とか書くと、実に素敵な性癖のような感じもするけれども、そんな興奮とは、数万光年剥離した、単純な興味本位で食べてみた。

感想としては、当然、自分の皮と噛みごたえとかは同じ。

・・・なんだけど、不思議と嫌な感じがする。

それは、気持ち悪いって言う感覚と、なんか尋常じゃない罪悪感みたい感じ。

・・・オレは、アルバート・フィッシュにはなれない。

・・・ソニー・ビーンみたいな家族も作れない。

でも、「エディ・E」と同じで、血の滴るステーキは大好物。

肉は、血の味がする硬い赤身がうまいと思っております。

なんか、霜降りとか好きな奴は、絶対肉好きだと思わない。

あんなもん、口の中ですぐとろけて、ほのかな甘みを感じるだけじゃないか。

オレは、肉をくいたんだよ。

肉と血の味をしっかり歯で噛み締めながら、分厚い肉の塊を頬張りたいんだよ。

昨日は、家の近くの「ビッグボーイ」で、300gのサーロインステーキ食べた。

でも、全然物足りない。

1kgぐらいステーキ食べたい・・・

え~と・・・オレが何を言いたいかというと、肉ってうまいよね。

って事・・・だ!!

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2013年1月11日 23:01 CAT :

あたいはお前の顔とアソコさえあれば充分なんだよ

「シーソーゲーム」なら、1000円出してシングル買ってもいい。

と、Mステ見ててふと思った。

誰がなんと言おうと、CDが売れなくなったのは、ネットのせいじゃなければ、コピー技術の進歩でもない。

あの当時だって、買うまでもない曲はレンタルしては、MDにコピーしたり、MDをダビングしたりしまくってたんだ。

でも、そんなもんじゃ満足出来ない。

手元に置いておきたいだけの素晴らしさがあった。

と思うのは、ただの懐古中の戯言でしょうかね。

でも、今でも「犬神サアカス團」と「キンショー」「特撮」については、発売日には、なんとしても手に入れてるわけだし。

買うまでもない曲が増えただけだなんだ。

ちなみに、ミスチルで一番好きな曲は「ゆりかごのある丘から」でございます。

さてさて。

なんかとある調査で「結婚したくないやつが全体の40%くらいになった」らしい。

ソース元(↓)
https://news.mynavi.jp/news/2013/01/10/056/index.html
その理由の多くは、実際に結婚したヤツを見てて、幸せそうに見えないから。

だそうで・・・

オレが結婚する前、会社の皆様に散々「覚悟は決まったんか?」とか、「結婚は人生の墓場」とか、「今のうちにしっかり遊んでおけよ」とか言われまくった。

・・・し、実際に、こんな事を言ってる皆様方は、本当にそんな結婚生活なんだろう。

結婚すると、どれだけ窮屈な思いをするんだろう・・・とか、ちょっと考えたりもしたけれども、実際、今の結婚生活は思ってた以上に快適だったりする。

特に、不満とかないと思う。

考えてみれば、自分の両親を見た時に、もう結婚して30年が経とうとしているのに、未だに一緒に風呂に入ったり、二人で夜に散歩に出かけたりしてる。

どちらか一方に話した話は、次の日には二人のあいだで共有されている。

ギスギスしてる時もあるけど、何だかんだ言いながら悩みを共有したりしながら、30年だ。

この二人仲がいいんだと思う。

そんな両親を見てきたオレにとって、結婚って実はそんな怖いもんじゃなかった。

(重い責任がのしかかってくることに若干ビビってはいたけれども・・・)
今だって、別に、実家でいた頃と大して生活の感じは変わんない。

と言うか、多分、嫁に使ってる気は、実家で家族に使ってた気の半分以下だと思う。

普通に、音楽活動とかも続けてるし、マンガ書いたり、創作活動も差し障り無くやってる。

連れと飲みに行ったり、なんだったり女友達と2人で出かけたりしても問題ない。

そもそも、オレがあんまり金を使わないってのもあるけど、結婚してから一度として、金を使えないと言う類の不満を持ったこともない。

ついでに、嫁の作る飯もうまいしな。

とか何とか、惚気けてみました。

見苦しかったらごめんなさい。

でも、本当に、特に何の不満もなくニコニコ生活しております。

唯一できなくなったことと言えば、弟とのヘイロー位か・・・?まぁ、これについてもやりたい衝動に駆られて、時々実家でやってたりするので、そこまで不満じゃあない。

何が言いたいかというと、「結婚は決して人生の墓場じゃない」ってこと。

本当の人生の墓場は、ロクでもない糞女に引っかかってしまったときだ。

正直、たまにテレビとかで糞女を見かけた時には、「こんなやつと結婚するくらいなら生涯独身でいい」とか思うし、結婚なんて無理にする必要はないとも思う。

ステイタスとか、世間体のために、ロクでもない女と結婚とかするのは、愚の骨頂。

結婚なんて、そんな難しいものじゃないし、そんな凄いものじゃあないと思う。

なんか、誰かが「結婚して、子供産んだ女をカッコいいという」みたいなことを言ってたけど、アホの塊でしかない。

そんな奴と結婚した男は、確実に「結婚は、人生の墓場だ」って感想を持つだろうて。

昨日、「ダウンタウンDX」で中尾彬大先生が素敵なことを言ってたよ。

「うちは、男尊女尊だ」って。

お互いを、お互いに尊敬できる間柄を築けるときに、初めて結婚ってのは、意識すればいいらしい。

女なんて、別に凄いわけでも何でもない。

男だって、別にすごいわけでもなんでもない。

性別は、理由にはならない。

それでも、男を見下して、女だってだけですごいとか思ってる女は、ベッドに縛り付けて、まんこにバイブでも突っ込んで陵辱してやればいい。

泣き叫んでも、しばき回して、二度と刃向かえなくしてやれば良い。

そして、ゴミ箱に捨てて、もっと良い女を探しに行きましょう。

そんな、生ゴミ臭いまんこより、もっといい女は、きっと世の中にたくさんいるはずだ。

とか何とか、こんな話をオレがするようになるとは・・・

いや、ただの惚気だ。

気にせんでくれたまえ。

世は正に、世紀末!!!!

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2013年1月8日 0:40 CAT :

神々のゲップ~後編~

【前回までのあらすじ】
昔、何が良かったのかさっぱりわからなかった、所謂「名曲」と呼ばれる作品たち。

あんなもの、歳とったおっさんが、回顧感に浸りながら、涙を流すだけの歌で、今の時代にはあわねぇんだよ。

と思っていた。

でも、自分が歳をとったおっさんになったとき、例えば「愛燦燦」を聞くと、例えば「上を向いて歩こう」を聞くと、例えば「やさしさに包まれて」を聞くと涙が溢れてくるようになってしまった。

これらの曲はきっと、年を重ね、経験を重ね、人生の悲喜交々をくぐり抜けたあとに、初めて本当の意味を理解できる曲なんだろうて。

やっと「昴」の本当の良さも分かってきました。

さてさて。

そんなこんなで、今日で最後にしてしまおう。

あの変な宗教勧誘のおかげで、なんかテンションが上がってしまった「神様考察」。

そろそろ飽きてきたしな。

と言う事で、最後に考えるべきなのは、やはり我が日本における「神道」をはじめとする神様信仰についてだ。

そもそも、まだ「一神教」と言う考え方が出来上がるはるか前から、人類は得体の知れない何かに対して、それらが自分たち以上の強大な力を持つ存在だとして、畏敬の念を込めて崇め奉った。

俗に言う「アニミズム」と言う奴だ。

日本では、ご存知のとおり、奈良時代に中国から「仏教」と言う宗教が入ってくるまでは、このアニミズムに傾倒した「神道」が主流であり、当時の実力者、蘇我氏と物部氏がそれぞれに、仏教と神道どちらが日本を治めていくに適していたかと競い合った過去がある。

結局、蘇我氏が勝つことで日本は国を挙げて「仏教」を信仰する事になるのだけれども、この段階では、あくまで「仏教」は政治の手段であり、今の創価学会の比じゃないくらい政治と癒着しちゃっていた。

では、その間に日本古来の神道は死滅したのかといえばそんな事はない。

むしろ、どうしても駆逐することのできなかった八百万の神と仏が共存すると言う、全く不思議な文化を作り上げてしまった。

この日本文化のお話も面白いんだけれども、今回は、あくまでもその中でも神様と言う事で、神道だけに絞ってみてく。

(仏教はあくまでも仏を信仰するものだし。


日本古来よりの神道でも、おそらくは、元々は、全世界的アニミズムと同じく、自分たちではどうしようもない強大な何かに対して畏敬の念を込めて崇め奉っていたのだろうけれども、それは日本の風土とともに少しずつ変化していった。

日本では、この世にあるもの全てに神が宿っており、そして、自分たちが常に神と接し、神によって生かされていると考えられてきた。

「八百万の神」ってヤツだ。

ついでに、事あるごとに神様を迎えて、祭りを行うようになる。

言ってみれば、神様は、自分たちと生活を共にする身近な存在になっていったとか、そんな話らしい。

お花見は、田んぼの神様「さ」がくる季節咲く花「さくら」(ちなみに、「さ」が来る頃に咲く花だから「さくら」というらしい)の下で、「さ」とともに酒を飲んで綺麗な花を愛でることで、一年の豊作を願うお祭りが形骸化したものだし、逆に、秋祭りは、その「さ」が帰るときに、その豊作の感謝と来年の豊作を願うお祭りだったりする。

モノを大切にすることで、付喪神と言う神様がやどるとも言われ、それを捨ててしまうことで、神様の宿る体がなくなることから「勿体無い」と言う言葉も生まれた。

自分たちのふるさとにも、自然にも、住む家にも、日常使うものどころか、厠や道端に落ちている石ころにさえ神様が宿っており、それらを大切にすることで、その神様が自分たちを守ってくれると考えていた。

神様となるものは、その多くが、死んでいったご先祖様であり、そのご先祖が神様に姿を変え、年に何度か戻ってくることを、心から喜び、最大限のもてなしと共に、祭りを開催していた。

自分たちが生きているという事は、数多くのご先祖様が存在しているからであり、そうして生きている今日を自分の身の回りにあるどんなものにでも感謝しながら過ごす。

自分以外の生き物にも、同等の命があり、神が宿っていると考え、大切にする。

その数限りない感謝の形が、日本の神道の根底にはあると思う。

そんな尋常じゃなく素晴らしい日本に残る文化を心の底から尊敬し、素晴らしいと強く強く思うようになっちゃったんだよな。

日本人として、体に刻み込まれたこの感覚が生きている以上は、それ以上の宗教やら、神やらなんて存在しないんじゃあないかとか思ってしまう。

それは別に、海外で生まれたそれぞれの文化や、神を否定するわけじゃあない。

それらはもちろん、その国々において生まれた大切で素晴らしい文化であり、敬うべきものだ。

けれども、日本人として生まれてきて、この感覚を持っているくせに、キリスト教ってそれはどうだろう?とかね。

そんな事を思っているわけですよ。

「父なる存在」を敬う前に、本当の父でも敬っておけ。

その父の父やさらにその父に思いでも馳せてみろとね。

「インテリジェントデザイン」ではなく、本当に神と呼ぶべき存在はまさにそこにこそ存在していると、オレは思っておるわけですよ。

まぁ、3日かけてつらつら書いてきたけど、要するに、オレが言いたかったことは、「チョンはさっさと、失業率も凄いことになってる、偉大な自国へ帰れ。

そして、二度とこっち向くな」と言う事・・・らしい。

うむ。

久々に、長々と書ききってやったよ。

じゃあの。

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2013年1月7日 1:38 CAT :

神々のゲップ~中編~

【前回までのあらすじ】
メガネが壊れた上に、目の悪さが尋常ではなく、結構特殊なレンズがいるため、取り寄せに時間がかかることが判明。

しょうがなく、コンタクトで過ごしているけれども、ドライアイで目薬が欠かせない。

その上、愛用の目薬をなくしてしまい、安物の家にあった目薬を使ったところ、目の周りの皮膚がただれ始めたのであった。

(皮膚も弱い。


さてさて。

昨日の続きでもツラツラ書いていこうかなぁ~。

今日のところは、果たしてこの世界を神が「七日間」で作り上げることが可能だったのか・・・という点について。

現状では、地球が出来上がてから40億年以上が経ち、そのあいだに少しずつ、環境が整い、生物が進化してきたという考え方が主流ではあったりする。

けれども、大真面目に7日で世界ができたと考えている学者さんはいるし、この世界は出来上がってから1万年も経っていないと言う説も実際にあったりする。

取りあえず、昨日つらつらと書いた「5分前の世界が本当に存在するか証明できない」と言う考え方はなかったものとして考える。

(これを言い出したら、キリがないので。

)として、人類の歴史の記録が残っているあいだは確かに世界が存在していたと考えて、最短で1万年くらいは経ったんではないだろうか?と、そう言う話らしい。

そもそも、歴史感を考える上では、「静然説」と「激変説」のどちらの立場をとるかが重要だったりする。

「静然説」ってのは、自然環境に何らかの突発的な変化がないままに、長い時間が経っていた事を前提とする考え方で、逆に「激変説」は、これまでに自然環境に何らかの激変がなんどかあった事を前提とする考え方。

現在の考古学で主流となっている「C14年代測定法」ってのは、要は、物質に含まれている「炭素14」ってやつの量を測り、それの減っている割合から、年代を推測するやり方だけれども、これは、あくまでも「静然説」の立場からでなければ成り立たないものだったりする。

例えば、突発的にものすごい温度で熱されたり、何らかの理由で、すごい放射能を浴びちゃったりとかすれば、それだけで、「炭素14」の含有量は変わってくるわけなんだか、「激変説」の考え方からすれば、そんなものは何の当てにもならない。

だから、「これは〇〇億年前のものだ」と言っても、「いやいや激変説から考えれば、根拠はない。

もしかしたら、1000年くらい前のものかもしれない。

」という話になっちゃうという・・・

と言うことを踏まえたうえで、この世界は果たして7日間で本当に作られたのか・・・考えてみれば、実は、全く不可能ではないらしい。

それどころか、本当に、7日間で作られた上に、それから数千年も経っていない可能性だってある。

恐竜がこの地球に栄えていたのは、5~6000年程度前だったみたいな話もあるわけだから、それはそれでワクワクする。

(現在では、偽物だと断定された「カブレラストーン」だって、あながち間違いとは言えないという・・・)
ただ、問題は、なぜそのことが聖書に書かれているのか・・・という点だと思う。

それどころか、神話として、短期間に世界が強大な存在によって構築されたという似たようなお話が日本も含め世界各地に伝えられている。

昨日の「インテリジェントデザイン」の話に戻ってしまうけれども、自分のことを神として崇めさせようと考えた、その何か強大な意思が、世界を短期間でつくり、そして、その事実を、世界各地に生きていた人間それぞれに伝えた。

大元は同じであり、それが時間をかけて伝承されていくうちに、その土地の風俗や文化に合わせて微妙に変化していったと考えるとどうなんだろうか・・・

この側面から考えていったとしても、やはり、なんだかこの「神」と呼ばれる何らかの意思を敬う気にはどうしてもなれない。

ような気がする。

ただただ、畏怖の念は抱いてしまうけれども・・・

世界は、一体何のために作られてしまったのか。

そんな根源的な部分に結局は戻ってしまうらしい。

とそんな感じで、明日には、さらにもう一つ。

最後に書いておきたい「日本」における神道。

アニミズムから派生した八百万の神についてでもツラツラ書いてみよう。

(ちなみに、オレが一番神として、大切にしているのはコイツだと思う。


次回を待て!!

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2013年1月6日 0:45 CAT :

神々のゲップ~前編~

メガネがへし折れたので、メガネを買いに行った。

今からしばらくお金がたんまりいりそうなので、あんまりお金をかけなくてもいいように、安いのでいいや~みたいなノリで、近くの「眼鏡市場」に行った。

なんかCMとかもよくしてるし、なんかお値打ちで良いのがあるのかと思ってたんだけど、正直すごいがっかりしましたよ。

ええ。

ええ。

安いよ。

確かに安いよ。

でも、それはどう見ても「安い」ってことが丸分かりな代物。

どんなに頑張っても、「ニトリはニトリ」だと言う感想に近い感じだろうか・・・求めてんのは、「この値段で、このメガネなら納得だ」的なやつだったのに、「これレンズ込みで20000円だったんだぜ」と聞けば、「あぁ~っぽいな」か、または「まじで?それはぼったくられてないか?」と返ってきそうな感じのメガネばかり・・・

しょうがないので、近くの「メガネの三城」に行って来た。

すぐに納得のいくメガネは見つかった。

でも、40000円チョッと・・・前使ってたやつよりは、だいぶ安くなったけれども、それでも、予定より高いのを買ってしまったよ。

ただまぁ、それでも、このメガネなら40000円出してもいいかな。

と言う感じだったので、良しとしよう。

デフレデフレと言ってるけれども、やっぱり安いものには安いなりの理由がある。

自分が納得できないところについてだけは、どうしても、安さよりモノの良さを優先してしまう今日この頃・・・それもこれも、嫁の家計のやりくりがうまいお蔭だ。

この安月給でよくやりくりしてくれてると思うわ。

さてさて。

最近、家に某宗教の勧誘がちょくちょく来るようになった・・・元々は、オレがさっさと追い返せばいいものの、その人に対して「宗教の無意味さ」について、長々と(もちろん否定的に)語り尽くしたことが原因で、どうも、それが、相手に「話ができる家」と認定されてしまったらしい・・・

メンドくさい事になってしまった。

とは思いつつ、「神について」と言う面白い話題で、違う立場から議論すると言う状態に実は、チョッと面白いと思っている自分がいたりもするのが困ったところではあるけれども。

まぁ、何があろうとも、絶対に特定宗教への入信などはしませんよ。

たとえ殺されようともな。

「神」について。

この世界には、たくさんの神がいると信じる「多神教」と、すべてを作りたもうたひとつの神がいると信じる「一神教」と言うものがある。

個人的には、「一神教」の考え方が実に嫌い。

結婚式の時は「父なるイエス」なんぞに誓うかボケェ!と、チャペル挙式も、神前式を拒否したし。

この世界すべてを作り上げたのは、偉大なる神であったという考え方。

この「神」という表現が実に不愉快なんだけれども、実は、この世界は何者かの意思で作られたという、「インテリジェントデザイン」の考え方はアリだと思っていたりする。

でも、その「何者かの意思」は実に悪意が込められているように感じてならない。

聖書には、「ひとつの家があったとして、その家に住む者が家以上に誉れを受けるのであるならば、その家は、神が意思によって作りたもうた」という一節がある。

要するに、「インテリジェントデザイン」こそ神である。

という訳だけれども、では、現状の世界をひとつの家としよう。

この家には、ものすごくたくさんの問題がある。

雨漏りはするわ、壁は薄いわ、傾いてるわ、扉はちゃんと開かないわ・・・完全な欠陥住宅だ。

としたとき、その家を作った業者の事を偉大な父だと言えるだろうか。

その家の欠陥を何とかかんとか克服することで、欠陥住宅を克服した人として、その人が有名人になったとしても、悪意を持って欠陥住宅を作ったその業者に尊敬の意など湧くはずもない。

それを、神が与えたもうた試練だというのなら、そういう悪徳業者の作った、欠陥住宅にでも、試練だということにして住めばいいと思う。

そして、それを克服することで、やすく欠陥住宅を売りつけてくれた悪徳業者を神格化すればいい。

オレは、そんなお人好しにはなれない。

だからこそ、「インテリジェントデザイン」=「神」という図式は不自然でならないと思う。

では、この「インテリジェントデザイン」とはなんなのか?
面白いことに、哲学的には、この世界が本当に5分前に存在していたと言う事を証明する方法はないらしい。

「何を言う、オレには5分前の記憶があるぜ」と反論したところで、その5分前の記憶が、本当に自分が体験したものか、誰かに作りこまれたものかを判別する方法はない。

わかりやすく言うと、「ロマサガ2」の世界があるとする。

オレは、レオンだ。

レオンは、かつてこの世界に七英雄という存在がいて、その七英雄が世界を救った過去があることは知っているけれども、それは実際に、そのロマサガ2の世界で起こったことではない。

それはあくまでも、河津秋敏が考えて、レオンに埋め込んだ仮想の記憶でしかない。

でも、レオン自身は、それがこのロマサガ2という世界の中で、実際に起こったことだと信じて疑わない。

つまりそういうことだ。

逆に、分かりにくいか?
なんか、手塚治虫の短編で(タイトルをど忘れした)この世界は一つに演劇で、自分がその演劇の主人公として、無意識のうちに、何者か強大な存在が作った台本通りに生きて、それを、別の何者かが見ているという話がある。

まさに、そういう事なのかもしれない。

どちらにしても、この「インテリジェントデザイン」は、何らかのちょっとした悪意を持って(それは、こんなんがあったほうが、この物語は面白くなるぞみたいな、好奇心的なものも含まれるとして)、この世界を構築していったのだろう・・・

だとすれば、この存在は、果たして神か?
神ではないとすれば、なんなのか・・・妄想はとめどなく溢れてくる。

と言うか、こんな話題を一日で書ききることなどできるはずがないので、珍しく、明日(って言うか、次のエントリー)も同じネタを掘り下げていこう~
明日は、世界はキリスト教の言うように本当に神が「七日間」で作ったのか?について・・・

これについては、大学時代本格的に研究してたりしたので、少々専門的に、ツラツラ書いていこうかなぁ~
なんかテンションが上がってきたぞぉ~

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2013年1月4日 23:06 CAT :

切なさ漂う橋の下で僕は君と手を繋いでた

何か、テレビでスゲエ面白い番組してた。

【古代文明ミステリー たけしの 新・世界七不思議】ってヤツ。

これ、なんだかんだ言いながらほぼ毎年見てたような気がする。

(年末に超常現象みて、年始に世界七不思議見て、たけしばっかりじゃねぇ~かとか、毎年言ってる気がする・・・)
ん。

最後の一つが、カルナック神殿か・・・まぁ、納得。

それより、アテン信仰がモーゼとつながって、ユダヤ教の元になったって説が面白かった。

吉村教授に速攻で否定されてたけれども、こう言うとんでもな説が大好きだ。

こんなのが好きだから、大学の時に、教授からほぼ破門同然にゼミをやめることになったんだけれども・・・まぁ、好きなものはしょうがない。

さてさて。

そんなこんなで、今日は、チョッと歴史の思い出でも・・・

大学では、考古学を専攻していた。

(関係ないけれども、今の韓国がやっている歴史詐称がムカついてしょうがないのは、歴史が好きで、歴史を勉強し、そして、歴史を研究してきた先人の皆様方を尊敬してやまないからかも知れないなぁ~とか思ったりもする。


そもそもなぜ、こんなにも歴史が大好きになってしまったのかは分からない。

けれども、とにかく大学で専門的に勉強するほどになっていた。

実際に発掘現場で働いていたこともある。

あの時、オレが担当していたのは弥生時代の住居跡だったけれども、そこのかまど跡から、獣骨を発見したとき、そして、その住居から管玉を発見したとき、あの感動は今でも忘れることはできない。

幼い頃から、歴史的な話が大好きだった。

ただ、今と決定的に違うことがって、あの頃は、ただただ恐怖の対象でしかなかった。

なぜか、マチュ・ピチュとピラミッドが大好きだったけれども、例えば、ピラミッドの製作過程などを妄想すると、もう怖くて怖くて夜も眠られなくなった。

糸井重里の徳川埋蔵金とか見ても、その夜は怖くて怖くて眠られなくなった。

歴史というものは、数え切れない先人の皆様方の営みを紐解いていく行為なわけで、例えば、前述の住居跡だって、2000年くらい前には、そこで住んでいた人の営みの痕跡だったりする。

そして、その時々で、生きていた人間の感情や息遣いを、実にありありと感じることができる方法こそ、考古学だったように思っている。

土器の破片一つとってみても、その裏側に手の形のあとがあれば、どんな気持ちでどうやって、何千年前のご先祖様がこの土器を作ったのか、かなり現実に近い妄想に耽ることができる。

だからこそ、子どもの頃はそれが怖かったのだろう。

自分の命と言うものが、その数え切れない命の上に立脚してかろうじて生かされていると言う現実の重さが、怖かったのだろう。

それをよりリアルに知ることができる歴史的なお話や事柄、建造物に対して、恐怖で夜眠られなくなりながらも、それでも、興味を持っていたのだろう。

それは、恐怖ではなく、畏怖だったのかも知れない。

その気持ちは、今、そのまま、恐怖ではなく、感謝と尊敬の念となっているのだと思う。

連綿と続くその歴史という重みを再び恐怖として感じる日が来た時、きっと、オレは死んでしまうのだろう。

覚え、忘れ、そして思い出す連鎖の時間。

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2013年1月3日 21:49 CAT :

どれが君のガラクタ 何が君の宝物

例の靖国神社の放火犯。

な、生ゴミチョン。

日本への引渡しについて、韓国側が正式に拒否することが決まったらしい・・・(↓)
https://news.livedoor.com/article/detail/7285046/
相手は、日本の活動家が落書きした杭を設置しただけで引き渡せとか言ってきてるくせに、歴史建造物に放火したやつは問題ないとか。

さすが、脳髄までキムチで出来ている方の思考回路は凄まじい・・・

新年早々異常に気分が悪いわ。

いや、あの土人国家の対応については、当然だと思う。

だってそんな、例えば、その辺の野良犬に噛まれたからと言って、それを野良犬に抗議したところで、聞く耳持たずで噛み付いてくるのは当たり前。

あいつらに、まともな国際条約とかを守れるとか期待するからいけない。

あいつらは、ただの池沼国家。

気分が悪いのは、そう言う(下手したら、野良犬の方が恩義とかある分遥かにマシなだけども)非人間のゴミチョンに対して、何ら強気に出ることのできない日本政府側だ。

これまで、日本側は、シナチクのアホ活動家とかをことごとく開放してきている。

だから、今度は、こんな舐めくさった対応をとられるんだと思う。

せっかく、ミンスから変わって、日本から在日含む生ゴミを掃除しようと言う動きも見え始めているんだから、そのまま、この大掃除をしっかりやってもらいたいもんだ。

それで、もしあのゴミチョンがファビョろうとも無視すればいい。

国交断絶ならむしろ喜ばしい。

戦争なんかできるわけない。

あいつらは、野良犬と一緒で、ちょっと蹴り上げれば、キャンキャン言いながら逃げていくだけなんだからな。

さてさて。

「爆音列島」がついに完結してしまいました。

ほとんどの単行本を所持している大好きな漫画家さん「高橋ツトム」の自伝的漫画。

(多分、全部単行本持ってる漫画家さんって「岩明均」「荒木飛呂彦」「徳弘正也」「慢画太郎」くらいしかないと思う。


途中、「士道」のせいで(そういえば、「士道」だけ持ってないや・・・)なんかないがしろにされてる感もあったけれども、ちゃんと10年以上の歳月をかけて完結してしたことがまず嬉しい。

んで、個人的には、あんまり「ヤンキーモノ」とか好きじゃあないけれども、それでも、最終話を読み終えて、なんだか泣いてしまった。

素晴らしい作品だこれは。

ここまで生きてくる上で、ヤンキーとか、不良とか、暴走族とかとは、ホント、接点がないというか、むしろ、カツアゲとかされてきた部類の人間なわけで、その手の漫画とか、ホント苦手なんだけど、この話は大好きだった。

それがなんなのかは、よくわかんない。

内容読んでてても、やっぱりアウトロー独特の思考回路とでも言うのか、オレにはよく分かんない話がどんどんと展開していく。

そこは、やっぱりオレとは違う。

じゃあ、何に惹かれたんだろう・・・とか考えてみた。

そこは、やっぱり自伝的な作品であり、リアリティーがあったんだろうなとも思ってみた。

でも、多分違う。

最終話まで読んでみて思った。

多分、この漫画の主人公も、根本の部分は同じなんだ。

大人になっていく過程で、やっぱりどうしても納得できない部分があって、そこについて、いろいろともがき苦しみながら、結局は、大人になっていくんだろう。

もがき方に大同小異あろうとも、その過程は誰でも同じなわけで、そうして感情移入していった結果、なんだか、最終話で、泣いてしまったんだろう。

いつか来るであろうその時を描いた、正に、青春群像劇として読めば、誰にでも感動できる漫画なんだということだと思う。

そんな意味で「グミチョコ」とだって、そんな変わりないんだと思う。

バンドでも、漫画でも、バイクでもなんでもいいんだよ。

そんなもんは。

・・・そういえば、そんな話が書きたくて、「超ニュースチョクホー」って小説も書いてたんだ。

オレは。

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2013年1月2日 23:27 CAT :

容赦は大儀の敵

先日、60くらいのおばあちゃんが「年配の方だからできるだけ柔らかいものが・・・」とか言ってるのをふと耳にした。

いや。

あなたも十分に年配だ。

前々から言ってたけれども、人には、それぞれに年相応というものがある。

60歳は、もうおばあちゃんだ。

年配の方だ。

美魔女とか言って50代なのに20代に見えるとか、それ最悪だからな。

それは、普通の人間が50年かけて獲得していくモノを投げ打って、エセの20代の見た目になるように。

そんなことばっかり考えてきた空っぽの人生だ。

10代には10代の良さがあり、20代には20代の良さが有り、30代には30代の良さがある。

それを理解できないまま、自分が60歳になっても、若いつもりでいるとか愚の骨頂。

60代になったのなら、良いおばあちゃんになることに尽力したほうが良い。

その方が、絶対にいい人生だ。

今年で30なので、オレは、これから良いおっさんになることに尽力いたします。

さてさて。

例年なら、年末に書いてたのに、仕事が忙しくて最近すっかりこの時期に書くようになった、昨年の振り返りでございます。

昨年1年。

振り返ってみると、近年稀に見る何にも作らなかった1年だったような気がしないでもない・・・けれども、取りあえず・・・

↓ ↓ ↓ ↓ ↓
〇馬忠・DA・ムドーのケンヂくんになりたかった【ロマンズ クエスト ファンタジーXXXVⅡ~竜王を探せ~】サントラ集
と言うね、なんとも長ったらしい(と言うか、馬忠らしい)、馬忠・DA・ムドーの3年ぶり8枚目のアルバムを製作いたしました。

今回は、架空のゲーム「ロマンズ クエスト ファンタジーXXXVⅡ」のサントラ集と言う、よく分かんないコンセプトをもとに、本当に「街の音楽」とか「フィールドの音楽」「バトルの音楽」などなどを作っていきましたよ。

ちなみ、スーファミ音源をイメージして、できるだけ電子音、4チャンネルいないなど、勝手に制限をつけた中で作っていった。

これがまた楽しかった。

実に良い名盤ができたと思う。

今回のボーナストラックは、演劇用に書き下ろした台本「観客3人のライブイベント」のテーマソングと、7年前に制作した、馬忠・DA・ムドーの4枚目のアルバム「大日本帝国産業【萌え】」に収録してた「君とふたりで」の再録。

もちろん「ケンヂくん」とは、オーケンであり、20世紀少年の「遠藤ケンヂ」であり、カレーライスとかで有名な「遠藤ケンヂ」であり、そして、サントラと言う事で、偉大な作曲家イトケンでございます。

〇観客3人のライブイベント
昨年、「アクアコーラス」さんに提供した演劇用の台本「手のひら収集家の末路」が何げに好評だったので、「今年もなんか書けよ」みたいなご依頼を頂きました。

で、メンドくさいありがたく、頭を床にこすりつけて書き下ろさせていただきましたよ。

な演劇用の台本。

今回のが、好評だったのかはよくわからないけど、個人的には実に良いものが書けたと思ってる。

で、そのテーマ曲として、同名の「観客3人のライブイベント」と言う曲も書いてみましたとさ。

〇US (200ページ)
オレは、この物語を20代のあいだに描き上げるんだと何年も前から決意していたわけで、気がつけば、もう20代は終わりを迎えようとしている。

そして、昨年の誕生日から1年間、この「US」と言うお話のラストスパートを始めたわけでござます。

とは言え、色んなものと同時並行だったりするし、かと言って、クオリティーを著しく下げたくもないので、2週間に20ページというローペースながらも、確実に描いていく作戦で言ってる感じ。

取りあえず、今のところ、いいペース。

この調子なら、おそらく春頃には、完結を迎えることだと思う。

今年、創作活動が多岐に渡らなかったのは、間違いなく、この作品を描いてたからだと思う。

〇子どもは老人に励まされた
「永遠の向こうにある果て」以降に書き始めた小説。

今回は、恋愛などをテーマに書いてみようと試みては見たものの、自分の年齢を思い知り、それどころじゃなくなった為、現在は、ちょっと執筆をストップさせてる。

「US」が完成次第、こちらも、再び書き出す予定。

と言う事で、今はまだ未完の状態。

〇夢喰いバクヲとウミィ・マミィ
10年くらい前にやっていたバンド「仁美・mine」で作った2枚のミニアルバムの楽曲を、当時の演奏をできるだけ再現させて録り直そうと言う感じで制作したアルバム。

かと言って、当時のメンバーを呼び寄せたりそんな事はしてないので、このアルバム自体がありなのかどうかはよく分からない。

でも、当時のメンバーのひとりにあった時に、このCDを渡すと、「ありがとぉ~」ってめっちゃ喜んでくれたので、あの笑顔だけでも、良しとしよう。

そして、このアルバムが出来上がったことで、やっとこさ、「黄泉」完成以降ストップしてた音楽制作も再開し始めた。

ストックというか、宙ぶらりんの曲もなくなったことだしな。

とまぁ、このくらいしか、本当に作ってない。

ただ、「影の上のボーニョ」以来のオリジナルアルバムの構想が大分固まってきている。

すでに、「絶望1」「カポをつけて奏でる発狂者」「今宵【ただいま】はゼロになる」「ジェノサイドラブレター」「お耳汚しを召し上がれ」「犬神一座の大サーカス」「白痴にも書けるラブソング」辺りが完成している。

こいつらのレコーディングに入れるのは、まだあと1年位後だとは思うけど、なかなかいい感じにバラエティー豊かなモノができそうな気がしている。

今年は、取りあえず「US」の完結と、このアルバムのレコーディング開始を目標にのんびりやっていきます。

まぁ、そんな感じでございますです。

ではでは。

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2013年1月1日 23:57 CAT :

あけましておめでとうございます~

皆様。

あけましておめでとうございます。

昨年の今頃に、偉そうに今年はブログとかいっぱい書くぞぉ~と意気込んでいた結果は・・・(↓)
2012年01月 26件
2012年02月 16件
2012年03月 14件
2012年04月 13件
2012年05月 13件
2012年06月 5件
2012年07月 6件
2012年08月 4件
2012年09月 8件
2012年10月 5件
2012年11月 8件
2012年12月 5件
と言う訳で、完全に最初の半年で失速してしまったわけですな。

むしろ、1月とか、ほぼ毎日更新してたんだから、まぁ、凄いっちゃすごいんじゃねぇ~の?
と言う事で、今年は、こんな事にならないように、平均的に更新できる程度に頑張ると言う事でやって参ります。

毎年恒例の、「今年の重大ニュース」とか「今年やったもの」(どちらも2012年ね)は、近いうちに書く。

多分な。

取り合えず、今年は例年みたいにアグレッシブに、オレを今年1年守ってもらう神様を選ぶ「神様選手権」も出来ない身でありますので、氏神様となぜか大好きな神社だけお参りしてきやした。

そんな感じで、今年もよろしくお願い致しまするぅ~

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2012年9月30日 0:45 CAT :

どんとたっちみー

仕事が忙しくて忙しく、もうあたしゃあ、やってらんないよ。

まぢで。

なんで、グループ会社含めて、サイト構築できるのが、オレ一人なんだよ。

グループ会社のサイト全部、ほぼ一人で更新とか、狂気の沙汰だっつぅの。

こんなの、会社辞めて 害虫 害虫ってことで、1サイト月5万位の管理維持費貰った方が、給料より高いんじゃねえのか?
そんな感じの日々でございます。

うぬぬぬ・・・

さてさて。

ここ最近、仕事とは別に、頭が異常に冴えまくってる。

・・・ような気がする。

クリエイティブな方向で。

きっかけは、8月のお誕生日をきっかけにした、マンガ書きという名の、落書きだったかと。

それやり始めてから、なんか、色々と物語とかのネタが浮かんでくる浮かんでくる。

やっぱり、オレの場合には、中心にあるのは、マンガとかなんだろうな。

引っ張られるように、曲がかけたり、小説のネタが浮かんできたり。

それを、このアホみたいにWebサイトデザインしながら出てきまくるとか、すごい久しぶりな気がしてならない。

大切なことは、ある程度期限を決めて頭を回転させることなんでしょうね。

取りあえず、8月以降、2週間で20ページと言うペースを何とか崩さずに描けたりしている。

もう、80ページほど描けた。

あと、300ページほどで、完結だ。

予定通り行けば、来年の春頃には、書き終わる見通し。

10年前から温めてたシーンを描いている今。

凄い感慨深いものもあるのですよ。

まぢで。

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2012年9月17日 18:41 CAT :

アルバート・フィッシュの爪と手紙

こんなこと言うのもなんですが、スマホさんのfacebookのアプリをねアップデートしたんだよ。

そしたら、いろんな奴にオレから「招待状」みたいな奴が送られてしまったみたい。

よく見たら、このアプリを入れるってことは、お前の電話帳の内容を勝手に覗き見る事が出来る権限を与えるってことだぜ。

みたいなのに、同意したみたいになってたらしい。

要するに、オレのケータイに入ってるアドレスで、かつ、facebookをしてないアドレスに勝手に、オレの名前で招待状みたいなメールが送られてるんだって。

そんなもんだから、オレにケータイのアドレスにも、オレからの招待メールが来てた。

(ケータイのアドレスは登録してないので・・・)
ふざけんな!!という気持ちが非常に強い感じだ。

何か、そんなメールが届いた奴がいたらごめんなさい。

オレは別に、お前と、facebook上で仲良くなろうとか思ってないし、facebookやった方がいいとも思ってないので。

あんなものは、暇人か、リア充か、仕事上余儀なくやらされてる奴以外やる必要なんてありませぬよ。

あんなものに時間をかける暇があったら、今住んでる家のお隣さんに、夕食に作った煮物でも、おすそ分けした方が100万倍位意義がある関係が築けるわ。

取りあえず、スマホにアプリ放り込む時は、結構注意した方がいいと思う。

中には、通話履歴とか、メールの送信履歴が筒抜けになったりするやつだって、たくさんあるからね。

もう、ホント、在日キムチは全員死ねばいいのに。

と言うことで、今日は、敬老の日。

歳をとればとるほど、老人に対する敬慕の念が強くなってきている志茂田さんがお送りしました。

死んだら金は使えないんだから、貯め込むばっかりしないで、がっつり使って、そして、経済を圧迫しない程度に、ある程度生きたら、大往生してください。

オレが、じいちゃんの歳になるには、今からまだ50年も生きなくてはいけない。

今まで生きてきた人生の2倍近い年月を生きなくてはいけないのだ。

ニャホニャホタマクロー

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2012年9月16日 11:47 CAT :

エグゼクティブ・フリーランス・セックス黙示録

昨日は、なんだかうどん屋で嫁の友達とあったり、そのあと、家に、すごい珍しい皆様が来たり、そのあと、恒例の飲みに行ったり、なんか、すごい一日でいろんな人とあったりした感じだった。

うん。

なんか、この歳になると、こうやってたまに集まって、どうでもいい話とかをダラダラやるのが楽しくなってくる。

子どもの頃、オヤジがやってんのを見て、何が面白いんだろう?とか思ってたのに、見事に、オレも同じ道をたどっているみたいだ。

ついでに、昨日、飲みに行った先では、もう何かみんな歳をとってしまったのか、頼むものも何か油気のないものばかりに・・・湯葉の刺身とか、漬物とか、きゅうりとか・・・唯一の揚げ物は「軟骨唐揚げ」くらいでそれすらも、食べあぐねていると言う体たらくぶり・・・

この飲み会も、実にもう10年以上も続いているそうで・・・う~ん。

気持ち悪い。

いつまでも、続けばいいなあ~とか、チョッと哀愁を感じてしまった。

みんなおっさんになったぞ。

ドイツもコイツも嫁曰く、なんだか「気を使わなくていい人たち」らしい。

まぁ、自然体でいられると言う関係は多分大事だよな。

そう思ってるのが、オレだけではない事を切に祈る。

いやしかし、赤ちゃんって可愛いなぁ~。

見知らぬ人の赤ちゃんでも尋常じゃなく可愛いくて、それが、連れとかの赤ちゃんになるともっと可愛くなる。

これで、自分の赤ちゃんになるとどうなるんだろう・・・

取りあえず、かじるとは思う。

噛みちぎらないようにだけは、留意が必要ですぞ。

皆様。

それぞれに、色々な時間お過ごし方をしてきたと言う感じが、やっぱり見てて面白い。

学生時代は、どうあがいても大差がないけれども、それを土台にしても、社会に出てからの経験で、色々変わるもんだ。

その割に、基本はあんまり変わってないような。

それもまた一興と言う事か。

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2012年9月13日 11:49 CAT :

体ばっかり見られてる

人を見る時に、持ちもののブランドなどで判断するという人間が少なからずいるらしい。

と言うか、それをステイタスにすら思ってる奴がいるらしい。

多分、仲良くはできないその人種。

まぁ、持ち物自慢は勝手にやってくれれば良いけれども、問題なのは、そんなうんこ臭い人種とも交わっていけあなければいけないであろう、近未来必ずやってくる現実の方だと思う。

作られた流行とか、センスに高い金を払って、それを自分のセンスの良さと勘違いしたあげく、人の来ている服のタグチェックまでして、その服や小物のの金額で、その人のことをはかろうとするとか、正に、正気の沙汰とは思えない。

「服を見れば人がわかる」とか言ってる奴ほど人のことを見られない奴もいないだろうて。

創造性皆無。

できれば、安いとか高いとかではなくて、自分が本当に良いと思うものを選ぶ力を持つことが大事ですよね。

とか、そんな話をチョッとしてただけ。

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2012年9月9日 16:02 CAT :

夢喰いバクヲとウミィマミィ

そろそろ作るぞ的なことを書いてから、何ヶ月経ったことやら・・・

やっとこさ完成した次第です。

取りあえず、さっきまで昼寝してて、寝起き、頭がボーッとした状態だけど、書いちゃうよぉ。

(文章が若干おかしくなってもしょうがないと思う。)
そもそも、学生時代に「仁美・mine」と言う名前のバンドなぞやっておりまして、その当時「ウミィ・マミィ」と「夢喰いバクヲ」と言うに2枚のアルバムを制作しておりました。

ただ、ギター集めに狂ってしまいい借金で首が回らなくなって去っていったボーカルさんや、彼女狂いになってバンドどころじゃなくなったベースさんや、お笑い芸人になるとだけ言い残して東京へ行きその後音信不通になったドラムさんのために、それぞれの楽曲が最後まで完成しないまま、バンドは、自然分解、で、2枚のアルバムについては、放置することになってた。

(今、考えると凄まじくロックな皆様だったけれども・・・)
その後は、バンドなど組もうとはせず、ほそぼそと音楽制作などやってきておりましたが、何と言うか、このバンドで作ったやつについては、あんまり弄らないでおこうとか勝手に思ってた。

うち何曲か、変なアレンジにしてみたりした位。

・・・多分。

今年始めあたりに、音楽とかやってる場合じゃないとか、思うようになって来たりして、(色々な環境の変化から・・・)、そしたら、このやり残してた楽曲を何らかの形で完成させたいと言う思いも出てきた。

まぁ、経緯としてはそんな感じだ。

わかりにくい?知らん知らん。

オレは、今寝起きなんだ。

で、そのアルバムが要するに完成した。

中には、作ってから10年以上経つ曲もあったりする。

(「マイクの街」とか「アリスとテレスのアイスクリーム」とか・・・)
色々と難航した部分もあるけれども、完成は完成だ。

これで、ひとまずは、「仁美・mine」と言う名前のバンドさんからはおさらばしよう。

ありがとう。

そして、さようなら青春と言う奴だ。

と言うことで(↓)
「夢喰いバクヲとウミィマミィ」
<< 収録曲はこんな感じ >>
M1.Boy’s & Girl’s Ambitious(ボーナストラック)
M2.波子の心
M3.夢想代理人
M4.天使になれました。

感謝いたします
M5.レイ=プレイ Part1 ~まん見え大妄想~
M6.タンタン ~海の底とまぶたのない魚より~
M7.モノはモノだけど忘れません
M8.スクエア
M9.アイエルマ(ボーナストラック)
M10.レイ=プレイ part2 ~死にかけ大妄想~
M11.悲しみを具現化できる世界
M12.アリスとテレスのアイスクリーム
M13.マイクの部屋
M14.ふーふー
M15.夢喰いバクヲ
一応、今回のコンセプトは、バンドの頃の編曲の完全再現と完成なので、ほとんどの曲が当時、スタジオでゲラゲラ笑いながら作った時の編曲のままになってる。

部分的に、作り直したり、本来入れたかったけど、諸事情で追加できなかったパートが入ったりしてるけど、結構、昔のまんまだと思う。

あと、収録時間が余ったので、馬忠・DA・ムドーの「良さ恋祭り」と「有江不尾 雄眞のレポート」にボーナストラックとして入ってた「Boy’s & Girl’s Ambitious」と「アイエルマ」をおまけで、入れたりしてる。

こっちは、歌だけ取り直して、リマスタリングした感じ。

もうひとつ。

「夢喰いバクヲ」に収録していた「嘘つきロンリーウルフ ジャック=デマ」は、昨年作ったアルバム「Do Get The Star」の中で、先に完成させてたので、今回は、未収録。

聴きたきゃあ、そっちで聴いてくれい。

と言うことで、1年と半年ぶりに完成した新しい作品。

また、そのうち、皆様にお配りして歩きます。

多分。

最後にジャケットはこんな感じですよ(↓)
ウミマミバクオ
いやあ、すごいいい出来。

自信作ができたよ。

うんうん。

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2012年9月6日 22:27 CAT :

翌日から家を出なくなりました。

過去を鑑みる。

その時々に色んな形ではあるのだけれども、なんとなく心情を残していたりする。

マンガに始まり、音楽、演劇、小説、ゲーム、ブログ、日記、つぶやきなどなど・・・ホント色々やってみたもんだ。

それは、6歳の頃から続けている訳で、そう考えたら、すごいことではある。

・・・と思う。

もちろん、今考えると「青いなぁ~」とか「痛いなぁ~」とか、そんな感想しか持たないのけれども、それでも、間違いなく、オレ自身から出てきた言葉であって、思い返せば、実は懐かしくもある。

誰もわからない裏話というものが、どの形式でいつ書いたものにだってテンコ盛りなんだよ。

その辺は、モノ創りしていらっしゃる皆様方にはわかっていただけるかと思うけれども。

懐かしいと同時に、うまいこと言うな。

とか、そんな事を思ったりする事も多い。

ペースは落ちたといっても、これだけは死ぬまで続けていきたいものですな。

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2012年9月3日 22:36 CAT :

知恵遅れの佐吉

昔作ったものが、新しく生まれ変わるってすごく気分がいいものですね。

うんうん。

早く完成しないかなぁ~。

しかし、曲順とかどうすればいいんだろう・・・

編曲のテンションにあまりにも差がありすぎて繋がらないよぉ~
今日は、もう眠いのでそんだけぇ~

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2012年9月2日 16:43 CAT :

体を売る女

お休みなので、映画でも見てみた。

前からちょっと見てみたかった「さや侍」と、何を血迷ったか急に見たくなった「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の2本。

んで、その感想でもちょいと書いてみますよ~
ネタバレを含むので、最後の良心で「続き」にでも・・・

続きを読む 体を売る女

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2012年8月31日 23:24 CAT :

あたしも恋がしてみたいの

本当のことを書くとやれ「ネトウヨ」だの、軍国主義だのと言われるこのご時世。

日教組をはじめとする、在日達はほっといて、きちんと日本人としての意識だけは持っておきましょうね。

学校で習う戦争の歴史はだいたい嘘ですよぉ~。

取りあえず、朝日新聞だけは取るのをやめようね。

さてさて。

そうこうしている間に随分と時間が空いてしまったようで・・・

その間も、色々とやりこんでたりはいましたよ。

仕事はあいも変わらず忙しいけれども、それでも、マンガとかつらつらと書いて・・・んで、ちゃんと、レコーディングも終了いたしました。

今日は、そんな話を。

なんしか、今、ミックス終わりのヤツを聞いて、最終確認みたいな段階。

思った以上に良い出来になりそうな気がする。

今回は、全く新曲など無しで、過去に制作しておきながら、完成させずに10年近く放置しておいた2枚のアルバム「ウミィ・マミィ」と「夢喰いバクヲ」の作品を新しく録音し直して、完成させてみようとか、そんな感じなわけですよ。

作品自体は、10年近く前のものだから、至る所に若気の至りというか、恥ずかしい限りな部分が見え隠れしてはいるものの、あえて、その辺りを直さずに、基本的に当時やりたかった編曲をそのままやり直してる。

(まぁ、部分的に変えたりはしているものの・・・)
当時、ボーカル兼ギターの奴がいなくなったために、録音できなかったそいつのパートを復活させた「タンタン」とか「天使になれました。

感謝します。」とか、そもそも、ベースパートが入ってなかった「夢喰いバクヲ」の曲全般とか、レコーディングまでにドラムが出来上がらなくて、弾き語り形式を余儀なくされた「ふーふー」「レイプレイpartⅡ」とか、すごい聞いてて感慨深い。

思うに、あの頃よりは技術的にだいぶマシになったはずの今でも、難しすぎて弾きこなせない編曲の数々。

やりたい事と技術の剥離は、思いの奥底ですごいストレスだったんだろうと思う。

形は見えているのに、形にすることのできないジレンマ。

そいつが、今回ある程度ではあるけど、解消されたという気持ちの補正が入っているかもしれない。

入ってるかもしれないけど、すごい良い出来のアルバムのような気がする。

いや、まぢで。

「Do get The Star」作った時に感じた違和感は、どの曲も原曲よりショボくさいと言う面が強かった。

それは、あの収録曲たちが一応にも、完成させて納得してた曲だったからだと思う。

でも、今回は完成させれずに、心のどこかに引っかかってたやつで、多分、ほぼ全ての曲が当時の音源より良い感じになってる。

(と信じたい。)
なんしか、あとは、微調整と言うか細かい修正して、マスタリングでもすれば、完成だ。

歌詞カードとか作んないといけないけど・・・

「夢喰いバクヲ」とか、「モノモノ」とか、「タンタン」とかホントすごい仕上がりだぜい。

興味ある奇特な奴がもしいたら、何らかの形で連絡くだされ。

Facebookでも、twitterでも、コメントでも、メールでも・・・

身近な皆様にはいつも通り無理やり押し付けるので、また聞いてやってちょんまげ。

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2012年8月17日 21:19 CAT :

それは今かもしれない・・・

韓国が、「誤解ニダ!!そういうつもりで言ったんじゃないニダ!!記者が勘違いしたんだニダ!!」とか、今になって慌ててるらしい。

どうやら、今回の陛下に対する発言は、記者が勘違いして変に意訳してしまったものらしい。

せっかくなんで、この意訳前の直訳でも貼っておこう。

(ちなみに、ネットで拾ってきたものなんで、真偽のほどは読んだ人にお任せしますが・・・)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
『日王は韓国民に心から土下座したいのなら来い、重罪人に相応しく手足を縛って頭を踏んで地面に擦り付けて謝らせてやる
重罪人が土下座もしない、言葉で謝るだけならふざけた話しだ、そんな馬鹿な話しは通用しない、それなら入国は許さんぞ』
だそうです。

確かに誤解してたわ。

なんだろ・・・これが、腸煮えくり返ると言う感情なのだろうか・・・

これからどうするのか、いち日本人としてじっくり見させてもらおう。

んで、来るべき時には、立ち上がろう。

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2012年8月15日 19:28 CAT :

8月15日だからこそ思うこの気持ちに

今日の話が理解できない奴とは、一生友達にはなれないので、意味わからんやつは、今すぐ、日本から出ていけばいいと思う。

少々過激な話だけど、怒りが収まらないので、そのままに書くよ。

まぢで。

これまで、韓国とかいう変なキムチ臭いチョンが住んでる国が隣にあることは知っていた。

この国に住んでる生き物が、世界的に非常識で、傲慢で、ムカつく存在だということも知っていた。

ドラえもんで言うところの、スネ夫がチョッと粋がりだした程度だと思ってた。

別に、この国が粋がったところで、別になんでもない。

正直、中国ほど、経済的に影響があるわけじゃあないし、さっさと国交断絶でもした上で、死滅でもすればいいと思ってた。

・・・でも、今回の発言だけは、日本人として、どうしても許せるものじゃあない。

在日の腐れチョンが牛耳る、街宣車を走り回すしか能がないバカ右翼も、反戦ならなんでも良いと思ってる馬鹿左翼でもない。

これだけは、やってはいけない一線。

それが、天皇陛下だと思う。

少なくとも、オレはそうだ。

戦争には、大反対だし、平和に大賛成だ。

でも、天皇陛下を侮辱された以上、もう、あのキムチどもは殺すしかない。

開戦ももうやむなしだ。

子どもの頃から、日教組を中心とする、在日による反日、反戦の洗脳を受けてきたオレだけど、そんな事は関係ない。

陛下を侮辱されたこの怒りだけは、どうしても収まらない。

これだけは、どうしても許せない。

日本人として、あいつらを殺しに行こう。

戦前のご先祖様はこんな気持ちだったんだろうか・・・

終戦記念日の今日だからこそ、強く思う。

なぜ、この祖国を守ってくれたご先祖を敬うことも非難されるのか?そして、国民を誰よりも思ってくれる陛下に対して侮辱されたままで、なぜ引き下がれるのか。

そこだけは、日本人の誇りとして、絶対に守るべきものだ。

絶対に許せない。

ただ、謝罪するくらいであのキムチどもを許すことはできない。

あの国は、ほかの国から見れば常識的な「親を、先祖を敬う」という行為すら、儒教とか言う宗教で統制しなければ守れないような、虫けら以下の精神の持ち主だから分からなかったんだろう。

先祖を、親を、人を敬うと言う気持ちが分からないなんだろう。

でも、せめてやって良いこと、悪いことの区別位つけるべきだったな。

GHQやアメリカ大統領、ローマ教皇までもが敬う存在である陛下について、何も考えてなかったとは・・・その辺の虫けらよりも空気の読めないやつらだ。

そもそも、不法占拠とかせずに、国際司法に出てきてみろ。

内政干渉するな。

韓国内の日本大使館を解放しろ。

今すぐ、日本国内から、在日のキムチ臭いチョンを全員連れ出せ。

そして、国交断絶だ。

二度と、関わるな。

従軍慰安婦とか、ありもしないでっち上げで金をせびるしかできない乞食どものくせに、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ。

少なくとも、今回の発言で、日本人の多くに「陛下のため、お国のために」という気持ちが芽生えたと信じたい。

口先ではない、本当の意味で陛下に対して何かがあったとき、立ち上がろう。

殺しに行こう。

その時は、キッとオレもその列に加わる。

愛国心とは、決して引かれるものじゃなく、世界中の誰もが心に持つ当たり前の気持ちだ。

人として、生まれてきて、生きていく上で何も恥じることはない。

最後に、以前貼り付けたことあるけれども、この動画を貼り付けとくので、せめて、こんな話を見て、本当の右翼とか左翼について、愛国心について、しっかり考えてみればいいと思う。

少なくとも、今日くらいは・・・(↓)

くれぐれも、在日のキムチの手のひらでなど転がされないように・・・本当の日本人ならば・・・

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2012年8月10日 21:31 CAT :

死はまた少し隣に佇む

お久しぶりですな。

最近、マンガを書き始めたがために、なんか、すごいブログとか書かなくなってしまった・・・

いやね、言いたいことはたくさんあるんですよ。

でも、それを吐き出すチャンネルは、そうそう要らない。

マンガに書いて、それを吐き出している間は、なんか知らんけど、ブログとか書こうかな~って気にあんまりならない。

それよりも、オレは(前にも書いたけど)あと、1年以内に、「US」と言う物語を終わらせなければいけないのだよ。

それは、大学生時代のオレが決めた事だ。

オレが決めたことを、オレが守らないで誰が守る。

誰だ。

約束は破るためにあるとか言った奴は。

そんなヤツは、うんこちんちんだ!!!
と言う言い訳。

終わり。

さてさて。

昨日付で、29歳にお成り申した。

会社で、その話をすると「まだ30来てないの?」と言われた。

どう言う意味だろう?見た目が若く見ても40代にしか見えないとかそんな意味だろうか・・・考えないでおこう。

死にたくなるから。

とにかく、29歳になった。

いよいよ20代最後の1年が、始まったわけだ。

20代最後の1年。

最初に読んだ本は、並木伸一郎の「スーパーUMA目撃ファイル」だった。

昨日、コンビニで買ったものだ。

内容は過去に読んだものとだいたい同じだった訳で、既に知っていた。

いい金儲けの方法だと思う。

昨年一年を省みて思う。

いい一年だった・・・と。

んで、今年一年を妄想して思う。

多分いい一年だろう・・・と。

幸せって言うものは、状況や環境の問題じゃなく、いかに満足できるかで決まるものだろう。

そんな裕福なわけでもなければ、遊びほうけたり、好きなことを思う存分できるわけじゃあない。

けれども、今は、この生活で満足している。

そしたら、何だか、一日一日は色々思うことはあるけれども、幸せかもしれないと思えるようになった。

そんな時間を積み重ねていけば、30歳の自分を迎え入れることになるだろうて。

そして、そんな一年を積み重ねて、死んでいければ、それはもう、十分な人生なんだよ。

倉持陽一は言っていた。

「名前を残そうとか欲のかき過ぎだ。」とな。

カラフルメリィの名前がそこかしこ・・・

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2012年7月26日 0:04 CAT :

おっぱい揉む蔵の悲劇的まんこ妄想絵巻の結末

たまには、スマホから投稿してみる。

実は、スマホデビューから3ヶ月。

全く使いこなせてなかったりする。

そもそもまだ文字が打てない。

理由は簡単。

メールする相手もいないし、Twitterとかは、基本PCから、ばっかり投稿してるから。

マァ、苦手だからあえてスマホを使ってなかっただけと言えなくもないけど…
そんなこんなで、やってみたけど、マァ打てないわ。

まぢで。

何か、オレは今、凄い無駄な努力をしてるんじゃないだろうか…
そもそも、ブラインドタッチ出来てたんだよ。

ガラケーでは…その努力が無為になっている現状から、鑑みるに、今、スマホでの入力になれたとて、次の何かの端末になった時、結局同じなのでは…
うむむまむむ…
まぁいいか。

紙が残り少なくなりました。

田中さんからもよろしくとの事でした。

ごきげんよう。

と言う、加川良の手紙でフィニッシュだ。

はぁ、疲れた。

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2012年7月23日 22:13 CAT :

あの日約束したお別れの日は近い

「おまえらが頑張らんから、売上が上がらん。

だから、お前らの給料も上がらん。

全部お前らがやる気がないから。」と言う、激をいただきましても・・・

そんな言い方されたら、逆に経営陣の無能さに呆れて見限ります。

って話になるしかないんじゃないだろうか・・・

実際に、どんどん人居なくなってるじゃんか・・・どうして、分からないんだろう・・・

と、まぁ、そんな話。

よし。

愚痴はここまでだ。

昨日買った「アラバスター」の秋田書店版の単行本が、まさかの初版本だった志茂田さんです。

しかも、かなりの美品だった。

さてさて。

これまでも何度か書いた事のある話だけれども、オレには、死ぬまでに書いておきたい物語がいくつかある。

そして、もし、生きているうちにその全ての物語を描き切る事が出来れば、きっとその先には、何か素敵な事があるんじゃあないだろうかと妄想にふけっている。

その中の一つに「US」と言うお話がございます。

描き始めたのは実に高校生の時。

第1話を書いてから実に10年以上の歳月が経過している。

そして、その間。

本当に、当初思い描いていた世界観と設定を忠実に描き続け、第1話を描く前に作った設定ノートに書いていた全15部で、物語は終焉を迎えそうになっている。

大学を卒業したころから、少しずつ漫画とかを描く時間が減っていったオレは、当時、ひとつの締め切りをもうけた。

30歳までにこの物語を完結させよう。

それから、もう何年か経過してしまった。

完結まであと14話とエピローグだけと言うところまで描いている。

でも、ふと気がついた・・・もう来月には、オレは29歳になっちゃうんだよ。

これから、毎月1話ずつ描いたとしても、もう30歳までに完結させる事が出来ない。

そう考えてから、少しずつ焦りはじめている。

この物語の終わりを描く日が、どんどんと近づいている。

物語を始めるには、何の力もいらない。

でも、終わらせるには、物凄い力が必要な事を実は、これまでの経験から知っている。

これからの1年。

ひとまずの目標が出来た。

この10年以上に渡った物語を終わらせるという目的が。

来年の今頃、エピローグに手をかけている事を夢見ながら、久々に、次の1ページに取り掛かろうとしている。

そうなれば良いなぁ~。

ジョニィ・・・

お別れの日は近い。

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2012年7月22日 23:51 CAT :

夏なんです

いじめの話はもう飽きた。

例えば、加害者のやつが自殺したり、テヘペロ校長や、鼻歌担任が自殺すれば、その時に、ネットがこいつ等をいじめて自殺に追いやったとかになるんだろうか。

こいつ等は、万死に値すると思う。

それこそ、二度と社会に出てこれないように、凄まじい制裁を受ければ良い。

何だったら、死刑でも全然良いと思う。

でも、今の追いつめ方はこいつ等がやってたいじめと大して変わらないんじゃないかと思う今日この頃。

そうじゃない方向に、社会的な制裁が加えられればいいなぁ。

さてさて。

相も変わらず、死ぬことと生れ出ずる事について考える日々。

これまでも沢山そんな事ばかり考えてきた。

物語を作り出す時いつも頭の片隅にあるのは、死ぬことと生きる事ばっかりだ。

でも、こんなに色々考えた事は、あんまりなかったかもしれない。

やっぱり、本当の死ぬと言う事を目の当たりにすると、いかに浅はかな妄想だったのか思い知らされる。

戦後すぐの作家さんたちは、戦前戦後に嫌と言うほど人の生き死にを実体験として見てきたからこそ、リアルな物語を紡ぎ出す事が出来たんだろう。

今なんて、その物語のコピーのコピーのコピーみたいなもんで、それは、どうしたって、あの時代の皆様に勝てるはずがないんだ。

人生の経験知じゃない。

そんなものでは太刀打ちできないような経験をたんまり持ち合わせている。

狂気とは、そうやって生まれてくるんだろう。

雨が降る。

雨音が一定のリズムを刻まないのは、きっと狂気を生みださないため。

世界は、少しずつ狂気を生みだすことを拒否し始めた。

そして、狂気のなくなった世界は、進化を辞め、静かに衰退の時間を刻み始める。

それは、規則正しい一定のリズムを刻む雨が降るまで続く。

その雨が降り注ぐ時、再び、世界は狂気に満ち満ちた素晴らしい世界になる。

人が死ぬ。

人が生まれる。

人が死ぬ。

人が死ぬ。

その時、誰を殺すのか。

誰が生まれるのか。

静かに瞳を閉じて、その雨の日まで、心を押し殺す事にしよう。

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2012年7月21日 23:27 CAT :

夢見る夜は心果てるまでに

こんなに近しい人のお葬式など、人生で2度目の事。

それぞれに思う事はおありになるんだろう。

それとは別に、一人の人が死んでしまうと言う事について、どう向き合うべきなのかと言う一点について、思うことはまた別のベクトルに存在するはずだけれども、それでも、永の歳月を生きたと言う事実だけは変わる事はない。

例え、どんな時代を過ごしていたとしても。

今の時代が生きづらいと言う人もいる。

だとすれば、今の時代に生まれてくる子どもは全て不幸なんだろうか・・・

今の時代に死んだ人はすべからく幸せなんだろうか・・・

ただ、数十年と言う歳月を生きると言う事は、それだけで尊敬に値する。

オレは、30年にも満たない時間生きてきただけで、何だか疲弊してしまった。

そして、まだ数十年生きていかなきゃあいけないんだろう。

良い生き方と幸せな死に方について想いを馳せるここ最近。

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2012年7月5日 23:36 CAT :

1000年の監視者は何も言わず少女の散る姿を見ていた

命は、生まれては消えていくので、だったら生まれなければ良いと思っていた時期だってあったんだよ。

でも、生まれて消えるまでに時間があるのであれば、その時間に成した事はきっと無駄じゃあないと思いなおすことで、少しだけ留まる事も出来た。

そして今。

例え、生まれてから消えるまでが一瞬であったとしても、そこには意味があったと思えるようになってきた。

心情の変化は環境の変化か、はたまた・・・

さてさて。

先日、東京へ行ってまいりました。

まぁ、予定は楽天EXPOなるイベントに、社内のダレも 行きたがらない 行けなかったので、オレが行く事になったと言う、経緯があったりするのだけれども。

取り合えず、都会で1泊なんかしたくなかったので、強行で日帰りしてやった。

朝5:50分発の電車で香川を出て、夜0:06分の電車で帰ってくると言う、幸せの塊のようなランデブーだ。

と言う訳で、東京観光など1ミクロンも出来なかった。

新幹線の移動と、人ごみの多さに辟易した事と、フォーラムの内容に辟易した位だ。

その辺は割愛して、移動中に思った事を箇条書きで(↓)・・・と言う、まさかの展開をお楽しみくださいませ。

○「自殺の練習」とか、いじめの方法としては、強制オナニー位一般的なんじゃね?
○車っていっぱい止まってると、何か虫の群れみたいで気持ち悪いな。

○横のおっさん。

電車内で、ノーパソ使って仕事してんじゃねぇ~よ。

厠にも行きにくいじゃねぇ~か。

(オレは窓側だった)
○ケータイの充電器忘れた。

○東京の人って、氷のように冷たいしゃべり方するんだな。

○この女の車掌さんも、制服着たままプレイとかしてるんだろうな。

○女子高生が新幹線に乗ってる。

・・・まさかの羞恥プレイか?
○移動するってことは、さっきまでそこに居たオレは、もう居なくて、今、ここにオレが存在しているって事を0.0000000000000000001秒以下の単位で繰り返してるだけなんだよな。

って、事は一瞬ごとにオレの存在は消えては、現れてしているんだろうか?
○うんこ行きたい。

○まんこ触りたいなぁ~
○あの子のまんこに指入れたとして、横で座ってるおっさんがどんな顔をするのかでも妄想して遊ぶか。

○おっさんがオナニーしてるとこ考えて気持ち悪くなってきた…
○「発狂者。

雨音のメロディーより」って、良い感じのタイトルなんじゃね?
○人ごみ嫌いだ。

沖縄行きたいなぁ~
○オレの作る曲って、やっぱ世界で一番良い曲だよな。

○やっぱり、キンショーには勝てないなぁ~
○あの人、パンツ見えそうだけど、あんまりじろじろ見たら、捕まるかなぁ~。

と思ったら、裾直された。

覗いてたのばれたのかなぁ~?
○小梅太夫って、実はすごく面白いんじゃないのか。

○うんこ行きたい。

○眠たいけど、座ってんのだるくなってきた。

○「犬の部屋」はこれが何十日も続くのか・・・嫌だなぁ~
○ユーアヒューマンだ。

○帰って来たなぁ~。

こんな感じだったように思う。

努々忘れ得ぬように。

諸君たちよ。

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2012年7月2日 17:40 CAT :

もともとボロボロさ

ここん所、お仕事が忙しくて何だか知らないうちに、時間と言うものが経過している。

そんな感じです。

まぢで、歳をとると共に、時間が経つのは早くなる。

前は「んな事ねぇ~よ」とか思ってたけれども、今になると、んな事あったと言う訳でございます。

さてさて。

最近、実は少しずつ曲が出来上がってきたりしてたりする。

もちろん、まだ、曲として形になっているのは、2曲程度なんだけれども、このペースでいけば、そのうち「ボーニョ」以来のアルバム作りも夢ではないような気がしてしまう。

「黄泉」完成以降、しばらく、音楽なんて作れる気がしないと思ってた。

実際に、あの曲が出来てから1年以上、ほとんどギターとか触りもしなかった訳だし。

んで、久々に浮かんできた歌詞であったり、メロディーラインであったりは、ビックリする程、以前と変わりなかったと言う体たらく。

何だか、「黄泉」が完成した事で、オレは書きたい事がなくなったとか、次のステップへ進むのだとか、ずいぶん的外れな事を考えてたもんだ。

厚顔無恥とは、正にこのこと。

多分、今度作るアルバムも「ディトーションで歪めたカッティングギター」と「オーバードライブとかの手クセ優先のギターソロ」「循環コードに異分子を投げ込んだコード展開」に、「不謹慎な物語の歌詞」「ちょっと外れたボーカルと語り」が満載のものになるだろう。

タイトルも色々考えてたけど、多分「王道継承」か、または「王道軽傷」になるんだろう。

いつも通りの作品をひたすらリリースし続ける「犬神サーカス団」の如し。

そうだ。

オレは、あのバンドが大好きだったんだ。

ただ、その前に「ウミィ・マミィ」と「バクヲ」を完成させないとな。

出来れば、11月あたりまでに・・・

ちなみに、今出来てきている曲たちは
「今宵【ただいま】はゼロになる」
「犬神一座のサーカス団」
「無限ループタスクバー」
「発狂者。

雨音のメロディーより」
「ジェノサイド・ラブレター」
「捨幸超絶美貌女の死に様」
「絶望 その1」
あたりかな・・・

これに、「観客3人のライブイベント」とか「おまけの一日」とか入れたら、もうアルバム1枚分になってしまいそうだけど、まだ、もう少し出てきそうか気配がある今日この頃。

ただ、オレには、この後すごい人生のイベントがお待ちしてる訳で、作ってる暇あるんだろうか・・・

そんな事は、ちょっと頭をかすめている。

今日この頃。

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2012年6月24日 22:04 CAT :

死の物語

ここん所、実に色々とあったりした。

それは、思いのほか別れが続く日々だったりもした。

まぁ、何しか、事故を起こしてしまいまして・・・幸いにも、相手方もオレも軽傷で済み、不幸中の幸いと言えるかも知れない。

(事故を起こした事自体は、ダメな事だけれども。)
そうそう。

色々とご心配おかけしました。

あと、色々心配してくれた皆々様にも、ついでに感謝しておきます。

でも、その裏で、オレの愛車だった「ひろみつ」君はひっそりと亡くなってしまった。

俗に言う、廃車だ。

もうかれこれ8年も乗ってた・・・らしい。

何気に、嫁と出逢うよりも前からのお付き合いだった。

彼との思い出は、思いのほかに沢山あり、それこそ痛い表現を使えば、オレの少し遅れた青春を一緒にすごし続けたヤツだったと思う。

そうなんだよ。

あれの時も、これの時も、それの時も、ずっと一緒だったんだよ。

まぢで。

運転がへたくそなくせに、荒い運転する事がかっこいいとか勘違いしてた、初めの頃にぶつけまくったり、脱輪しまくったりの傷もたっぷりあった。

しかも、それを板金ごと換えたりしなかったから、いつまでたっても、傷だらけだったし、仕事やらなんやら忙しくなると、すぐに洗車すらも怠るもんだから、随分と汚れてた時期が長かっただろうて。

今になると、もっともっと大事に出来たんじゃあないだろうかと、そんな事ばかり頭の中によぎる。

それでも、あいつは文句も言わずにずっとオレといっしょに居てくれたんだよ。

それを、オレの不注意で事故を起こして、廃車とは・・・

今日、廃車になる前に、車の中の荷物を取りに入って来た。

ホントに色んなものが出てきた。

納車したばかりの頃に、西讃中のダイソーをはしごして手当たり次第に買い集めた「マメ」とか、卒業旅行の時に買ったエロ昔話本とか、ジンちゃんにサインを書いてもらった時のマジックとか、ブーと釣りをしてた時の釣り竿とか・・・

しみじみと思う。

もうこんな思いはコリゴリだ。

これで、もし誰かが命を落としていたら、どうなってたんだ。

事故なんてするもんじゃない。

今回の件で、何よりその事が良く分かった。

まぢで。

今日で、「ひろみつ」くんに会うのは最後だから、写真も撮って来た。

でも、それはオレだけのもんだ。

あんな無残な「ひろみつ」くんを誰かに見せるわけにはいかない。

そして、その裏で、もう一つの別れもやってきていた。

ここ数カ月ずっと調子が悪かった「千田」の命を終わろうとしている。

結婚前まで、実家のオレの部屋には、植物たちの楽園(と勝手に思ってた)「植種台」と言う場所があった。

今の、植物集めの原点になるような場所だ。

そこを作るきっかけになった、一番初めにやって来たサボテン。

(嫁がプレゼントしてくれた)それが、「千田」だった。

「千田」とは、すごく仲良しで、「千田」はいつもいつも、太陽の方に伸びれば良いものを太陽に背を向けて、オレの居る方居る方に伸びてきていた。

そのあとに、「イモ太」や「ガジママ」、「ブニ男」などなど沢山植物といっしょに過ごすようになったけど、「千田」ほど仲良くなったヤツはいなかったと思う。

「千田」はやさしい奴で、それでいて男気のあるヤツだから、基本的に、調子が悪くなる時は、オレからは見えない方から体調を悪くしていく。

いつも、見つけるのが遅れてしまうけれども、それでも、時間をかけて、元気になり続けていた。

「千田」は過去に一度、死にかけた事がある。

結婚して、今の家に引っ越す時だ。

もしかしたら、その時「千田」は、もう自分の役目は終わったと思ったのかもしれない。

だから、静かに死のうとしたのかも知れない。

でも、半人前の二人の生活はなかなか安定しなかったもんだから、「千田」も、もう少し手を貸してくれたんだろう。

ホントに、奇跡的に復活した。

そして、今、実は、「千田」と出逢って2度目の変化の時に来ている。

「千田」は今度こそ、もう自分の役目は終わったと思ったような気がする。

だから、静かに静かに死んでいこうとしている。

オレは、それを認められなくて、捨てることが出来ないでいる。

でも、「千田」がそう思っているような気がする。

不思議と、「千田」が思ってた事は分かるような気がする。

ただのエゴだと言われればそれまで。

別に、信じてもらわなくても良い。

でも、「千田」の5年以上の付き合いの中で、今そう思うんだから、仕方がないんだ。

そう思った時、実は、「ひろみつ」くんとの別れも、似たようなものだったのかも知れないとさえ思うようになってきた。

今、頭の中では色々な思いが交錯している。

その全てを出しきるには、まだ時間がかかるだろうけど、分かっている事は、今、大きな変化の時の中に居ると言う事で、そして、「千田」も「ひろみつ」くんも、何かを教えてくれようとしている。

忘れる事はない。

かつてオレには、8年も一緒に居た。

どんなとこへ行くのも一緒だった車が居た事を。

かつてオレには、5年も寝起きを共にした、仲良しのサボテンが居た事を。

ここでひとまずのお別れだけれども、誰かが言ってた。

忘れなければ、いつまでも一緒に居ると。

新しい時間軸がはじまる。

新しい「彼ら」といっしょに。

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2012年6月10日 22:08 CAT :

ヨギナクサレ

ちょっと前に触れた「家事ダイエット」。

ただいま、割かし継続中だったりする。

いや、ホント家事って大変。

思った以上に体力を使うわ。

筋トレとかするヤツって、もしかしてバカなのか。

とか思ってしまった。

いや、腕の筋肉鍛えたければ、拭き掃除をやればいい。

(ついでに、雑巾とか絞れば、握力もつくし。)足腰鍛えたければ、家中掃除機でもかけながらうろうろすればいい。

小一時間も家事してたら、もうこの季節だと汗とかもにじんできたりする。

ウォーキングとかするよりよっぽど体力を使うんだよ。

まぢで。

でも、痩せない。

簡単な話だ。

それ以上に食べているからな。

さてさて。

ここ最近、テレビで出産ネタとかをたらふくやってる。

今年は、なんでも芸能界で出産ラッシュらしく、それに比例して、ママさんファッションだのなんだのと言うネタを連日色んなテレビとかで垂れ流している。

それをチョコチョコ見てて、ホント不愉快になる。

取り合えず、「東尾理子」だ。

あいつは、近年稀に見るアホだと思う。

羊水は腐っていないだろうけど、脳髄は腐っているみたいだ。

子どもがダウン症の可能性がある事を出産前の段階で自ら公にリークするとか、正気の沙汰とは思えない。

これから、「障害のある子どもを持つママさん」キャラで芸能界を渡り歩こうとか考えているのか、それとも、何も考えてないアホなのか知らんけど。

一体その情報をこの段階で発信する事で、誰にメリットがあるのやら。

あの女はホントダメだ。

不妊治療が何だか知らんけど、そうやって授かった大切な命なら、商売のネタに使うんじゃなくて、もっと心から大切に思ってほしいもんだ。

まぢで。

テレビ見てて思ったのは、何なんだろう。

どいつもこいつも子どもの事をペットかなんかだと思ってるんだろうか。

何か、バッグでも持つかのように、子どもを持ち歩いて、自分の好みを押し付ける、その様を見ていて、何とも言われない苛立ちが募る日々です。

そして、子どもに英才教育を仕込もうとする奴らも。

自分がバカなのを棚に上げて、子どもには英才教育って・・・自分の身の程を知るべきだ。

トンビが鷹を生むとか、そんな事はそうそう起きないって。

昨日の「東京カワイイ」に出てたキチガイママさんは「子どもを孫社長みたいにしたいから、英語のテレビば番組を見せてます。」とか、ドヤ顔で自慢して、専門家にフルボッコにされてた。

一体、どの部分から孫社長のようにしたいのかよく分からないけども、多分このおばさんは在日なんだろう。

生活保護を受けて生きてるんだろう。

と、思いなおし、「ああ、日本社会の足を引っ張る最底辺のクズか。」と納得した程でございます。

今になって「天津影久」の言葉が頭をよぎる。

「親の出来なかった夢を、自分の子どもに叶えさせようと考えるなど愚の骨頂。」
取り合えず、子育てブログとかで、自分の顔は晒してないのに、子どもの顔は晒しまくってるアホママには要注意だ。

そいつらは、ただ、子どもをファンションアイテムの一つだと思い込んでいる。

だから、子ども自身に人権などあるはずもないと考えている。

将来、子どもには、自分の出来なかった英才教育と言う名の拷問を受けさせ、子どもが思い通りに育たなかったら、周りのせいにして、挙句の果てには「何でうちの子どもは成績がこんなに悪いんですか!」とか、学校に怒鳴り込んでくるようになるだろう。

そうならない事だけを切に祈る。

それは、ただただ子どもが不幸になるだけだから。

子どもに罪はない。

子どもに親は選べない。

子どもは、どんな虐待をされようとも、どんな仕打ちをされようとも、その親の元でいるしか生きる術がない。

キチガイ親がどうなろうと知った事ではないけれども、子ども達が、ニコニコと笑って「早く大人になりたい」と言いながら育ってくれる未来を作っていく必要があるのだと、真剣に迫られて考えている。

オレに出来る事は、何なんだろうか。

そんな事などを考えて見る夜。

悲しみの雨に肩を濡らし佇む傍らで。

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2012年6月9日 22:15 CAT :

I could not look back

ここ最近、少々欲求がたまっている。

何か知らんけど、バカみたいに「歌を歌いたい」
何か知らんけど、バカみたいに「爆音でギターをかき鳴らしたい」
何か知らんけど、バカみたいに「漫画を書きなぐりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「口に出すのも恥ずかしいような内容の演劇がしたい」
何か知らんけど、バカみたいに「ヘイローとかやりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「本を読みふけりたい」
何か知らんけど、バカみたいに「文章を書きたい」
欲求はたまる。

減ることなどなく際限なくたまる。

取り合えず、今オレが言いたい事は、もうソース書きたくねぇ~。

もうフォトショとおさらばしてぇ~。

悲しいけど、これ、仕事なのよね。

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2012年6月7日 22:30 CAT :

人間は誰かを傷つけなければ生きられません。でも、その対象が自分か他人かの自由はあるようです。

昔、書いた「アンチスーサイダー戦場へ赴く」と言う物語がある。

中二病全開バリバリぶっちぎりの物語で、実は、かなり好きな物語の一つだったりする。

ふと考えて見た。

戦争に向かう人間。

その戦争では、毎日何百・・・場合によっては、何千人の人間が死んでいく。

その死んでいく人間ひとりひとりは、(おそらくは)望まれて望まれてこの世に生を受けた確実な命のひとつ。

戦争に向かう、一人の人間は、その事を知ってか知らいでか、課せられた使命のように、一つずつ命を摘み取って行く。

もし、人間が「生きられない事を前提として」マンボウのように何億もの子どもを産むのなら、こんな感情には囚われはしなかっただろうて。

でも、人間は「生きられる事を前提として」一つの命を大切に育てようとする。

摘み取る事は、実に簡単で、育てる事は、きっとその何兆倍も大変なのだろう。

ただ、一つだけ不思議な事は、それでも、人口は増え続けている。

命の数は決まっているので、人間が増えた分、他の命が減っていくのは仕方のない事なのです。

バランスをとる必要がある。

だから、戦争がなくならない。

それが人間の業だと言うのなら、実は、なんと悲しい生き物なのだろう。

教育も、環境も何も関係なく。

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2012年6月2日 23:19 CAT :

あなたと一緒なら天使の羽根きっと見つかる。

「ずきあかのちゃんね~」も「しまうらのろ~た~」の大好き。

今更ながら、夙川アトムを思い出して、ニヤニヤしております。

昨日、たまたまNHKで「バリバラ」を見た。

前から凄い見たかった番組だったりしたので、ただただ「ラッキー」とばかりにツラツラと見てた。

やっぱり時代は、「脳性マヒブラザーズ」なのだろうか。

ついに、オレの口癖「おまえは小児麻痺か!!」が世間的に許される時代が来てるのかと、何だか感慨深いものがあるようなないような。

そんな気持ちの私です。

番組の中でふと思った事。

めくら視覚障害のあるヤツが一人居た。

そいつは、目が見えないくせに、両行が大好きと言う、頭もチョッとぶっ飛んでるヤツだと思う。

(どうでもいいけど、目が見えなくても旅行とは楽しいものだったとは知らなかった。)
そいつは、どうも目が見えない分だけ耳が異常に発達しているらしく、音を聞き分ける能力も優れ、しかも、耳で聞いた歌詞なども一瞬で覚えてしまえるのだとか。

それをそいつの連れが「その能力が欲しい」と言ってた。

「障害とは、障害だと思ってしまえば、それまでだけど、個性だと思えれば可能性は広がります。」
という言葉は、「ブラックジャックによろしく」の一節だったか。

「音楽やスポーツの才能を欲しがる親はいても、手足のない子どもを欲しがる親はいない。」
みたいな言葉も、「ブラックジャックによろしく」の一節だったか。

オレは、なまじ目が見えてしまうものだから、耳が目の見えないヤツより劣ってしまったらしい。

例えば、オレは、何かを覚えるときに、耳で聞くだけでは覚えられず、目で見るだけでも覚えられず、悲しいかな、目で見ながら、手で書いて、それを声に出して読んで、自分の声を聞きながらじゃなければ、なかなか覚えられない。

まぁ、五感をフルに使っている訳ですな。

五感がしっかり発達しているばっかりに。

そう考えた時、もしかしたら、どちらの方が良かったのか・・・と、簡単に言えるものでもないかもしれない。

日本には、少し前まで「見世物小屋」なるものが存在していた。

そこでは、畸形に生れてしまった人間が、「親の因果が子に報い、生まれいずるは呪われた○○人間」のような前口上と共に見世物にされていた。

ある時は「蛇女」、ある時は「犬人間」と呼ばれながら。

「ぐるぐる使い」は本当はいなかったと信じたい。

障害を持って生まれた人間の生きていくためのすべの一つだった。

・・・らしい。

人権団体の皆様は、「人権」と言う名の差別意識を押し付ける事で、これらの障害を持った人間を「人前に立つには恥ずかしい人間である」と位置付けた。

その結果、彼らは仕事を奪われ、国からの保護を受けていると言う現実もある。

それはもしかしたら、身体以上に不自由なことかも知れない。

もちろん、本当に恥じている人もいる事だろうて。

でも、そうでもない人もいるはず。

「障害がある」と一緒くたにしてしまうこと自体が、自分とは違う下等で下賤な生き物を見る視線があるように思えて仕方がない。

生活が困難だと言うなら仕方がない。

ただ、それはやりたい事を奪う事とは同異義語ではないと思う。

いつかは、「目が見えない代わりに、耳が異常に聞こえる能力」と。

「脳性マヒだから純粋でいられる個性」と。

そして、「手もないくせに調子乗ってんじゃねぇ~よ」と。

言い合える日が来れば良いな。

なぜなら、昨日そのテレビに出てたの大半は、オレなんかよりよっぽど社交的で、よっぽど沢山の友人に囲まれてニコニコとしていたのだから。

明日から皆で声高に叫べばいい。

アホな事してる連れに「おまえは小児麻痺か!!」と。

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2012年5月31日 22:04 CAT :

融合なき爱はただ 意思なき妄想に等しい

もう、生活保護のネタも飽きてきた。

正直…
後は、取り合えず、河本と梶原とあと、これから多分見つかるだろう芸人さんを全員TVとか目に付くとこから追放して、それで終わりで良いんじゃないだろうか。

ダメだろうかね。

志村けんは、さすがだ。

そして、オレはカルビーがより大好きになった。

こう言う時、ちゃんとダメなものはダメだと発信できるって大切だと思う。

さてさて。

黒沢の言うところの「平均的に人生が推移している」志茂田さんです。

中学校の頃、もう、女の裸が見れたらそれで満足だ。

あとは何もいらない。

と毎晩考えていた。

悶々と、オナニーしながら。

高校に入り、AVとかで女の裸を見る事が出来たオレは、実際に、彼女が出来て、その子の裸をまぢで見る事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

「僕といっしょ」に出てくる「生マンを見た事がない男」の存在に怯えながら。

大学に入り、彼女・・・らしき人が出来たオレは、童貞を捨てたい。

取り合えず、一回やる事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

GTOの「やらはた」をバカにする描写に心を痛めながら。

しばらくして、彼女も出来、裸も見て、童貞でもなくなったオレは、この子と結婚する事が出来れば、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と考え始めた。

黒沢の人生に、自分の将来を重ねては頬を濡らしながら。

その彼女と、長い時間を共にして、そして、結婚し、曲がりなりにも独り立ちしたオレは、この子と子どもをもうけて、素敵な家庭を築ければ、それで満足だ。

あとは何もいらない。

と、考えている。

赤松の人生と対比して、少しドキドキしながら。

人生には、一定のゴールがある。

ゴールを迎えるまでは、そのゴールさえ迎える事が出来れば、死んでもいいとさえ考える。

でも、ゴールしてみると、次のゴールが見えてくる。

そして、これまでゴールだと思ってた事は、当たり前のことになってしまう。

今のオレは、女の裸を見る事が出来ただけでは、もう満足できない。

あとは何もいらないともなれない。

欲しいものが沢山ある。

それを一定の評価として、欲深くになっていったと表記するべきなのか、成長したと表記するべきなのか。

ひとえに、個人への視線に羨望が含まれているのか、軽蔑が含まれているのか、同情が含まれているのかなどなど、感情と主観によって変わってくるとは思う。

ただ、オレはこれを成長だと思うことにしよう。

そうしよう。

今は、取り合えず、今目の前にあるゴールに向かって進んでいきましょう。

ある時から、それは、二人三脚の様相を呈していたりする。

関係ないけれども、結構な期間オレは、おっぱい至高主義者で、まんこみたいな毛むくじゃらなものに興味ね~よ。

とか、考えておりました。

・・・本当に関係ないな。

生活保護は受けておりません。

今日も頑張って働いております。

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2012年5月28日 22:07 CAT :

メメント・モリ

「この世はあやふやな囚われに満ちる。」
「メメント・モリ」とは、どんな人間にも平等に死は訪れる。

それを忘れてはいけない。

という意味であり、その裏には、だから今を生きようじゃあないかと言う意味が隠されている。

ちなみに、ラテン語ですよ。

それを「死を記憶しろ」と和約した人のセンスもなかなか良いものだと思うけれども。

さてさて。

昨日、▼○○□●な事情があって、久々に「ファイトクラブ」を見た。

名作なのは知ってたよ。

そもそも、弟と嫁から「めっちゃ面白い」とゴリ押しされて、渋々見た(基本的に、人に勧められるのは嫌い)ら、めっちゃ面白かった。

とか、そんな話に由来したるする。

で、昨日見たのが2回目だったりするんだけれども、2回目見たときの方が面白かった。

ちびる程精巧に作られていた事に気がついた。

あれは、1回見ただけじゃあ分からない。

オチも知って、展開も全て知った上で、見てこそ理解できる。

しかも、1回目見たときにも、それはそれで、しっかりと違和感なく面白く、そして、最後でビックリすると言うおまけ付きだ。

面白い映画じゃないか。

と思ってたら、面白いどころじゃないじゃないかとなる。

作品。

多分、この後、何回か見るたびに、さらに色んな事に気がつくんだろうな。

少しだけ残念なのは、少し時間が長すぎる…オレは、2時間を超えるとダレてくる習性があるので、出来れば、1時間半から2時間でまとめて欲しかった。

お陰で、あの映画史に残るラストシーンに、何だかあんまり良い印象を持ってないと言う体たらくだ。

でも、そんな事は関係ない。

本当に面白い作品だよ。

まぢで。

関係ないけど、なぜか「ジョジョ」を1部から読み直したくなった。

「ジョジョリオン」を読んだからではなくて、「ファイトクラブ」を見たから、読み直したくなった。

ふと考える。

オレは、どのジョジョが好きなんだ?
好きなのは、3部と4部だと思うけれども、5部も捨てがたい。

6部の類を見ない絶望感も堪らないし、そもそも、歴史ミステリーと絡め、しかも、演出、台詞どれも群を抜いてしびれる憧れる1部、2部だって大好きだ。

ストーリー自体の完成度が高い7部だって、かなり面白かった。

これは難しい問題だと思う。

死ぬ事は怖くありません。

怖いのは・・・

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2012年5月27日 20:06 CAT :

キムチステマ=ゲイゴルニックス

嫁の代わりに時々家事なるものをやったりしております。

ホント、時々ちょこっとだけれども。

そして分かった事。

これ、結構重労働だ。

多分、毎日やるだけで「家事ダイエット」とか出来るんじゃねぇ~の?
筋トレとかしてる暇があれば、その時間で家事をやる。

そうすれば、嫁も助かる、家もきれいになる、ついでに、筋トレとかダイエットとかになる…
そんな戯言を少しだけ妄想してる今日この頃。

3日坊主にならないように、頑張ります。

はい。

さてさて。

ついにディアゴスティーニの魔の手に捕まってしまった。

これまでも、随分と誘惑されてきたんだけれども、何とか振り払ってきてた。

でも、今回はダメだ。

そう。

今、絶賛CM垂れ流し中の「週刊不思議のミステリー」だよ。

創刊号は特別定価100円だよ。

月刊ムーから離れてしばらく経つけれども、オカルトと呼ばれるものがとにかく大好き。

そもそも歴史とか大好きなうえに、UMAもUFOも古代文明もオーパーツも、宇宙も、心霊も、フリーメーソンだって好き。

そんなオレに、「週刊不思議のミステリー」だとぉ・・・

買いました。

100円出して。

んで、読んでみた。

・・・

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

面白い!!
面白いんだけれども、内容が薄い!!!!わずか30ページ足らず。

20分とかからずに読破してしまう。

読むのに1週間位かけてた「月刊ムー」とは凄い違いだ。

しかも、内容も全て月刊ムーで語り尽くされた上で、もはや定説(ムー読者としては)となっている事を、今更、ドヤ顔で親切だとツラツラ書いているに過ぎないじゃないか!!
もちろん、初心者向けの内容なので、オレが全然勉強不足な部分について(ムーで読んでも何の事か分かってないような項目)は、すごく分かりやすい。

おお。

こう言うことだったのか。

と言う新しい発見もなくもない。

でも、2号からは580円。

約600円だ。

それで、30ページ少々…果たして、次買うのかこれ?
2号の一番面白そうな話は「魔女狩り」。

物凄く好きだけれども、それについて、何冊も専門書持ってるオレでも知らなかった新しい事実とかが、載ってたりするんだろうかと言うとかなり疑問になってくるような気もする。

今更、「魔女の見分け方」とか、「拷問の内容」とかをツラツラ書かれてもなぁ~
100円だから良いものの、これが600円近く出すのなら、その辺のコンビニで売ってる奴を買うほうが得なんじゃないのか?
と、そんなこんなでどうやらディアゴスティーニの魔の手からは今回も逃れられそう。

たまに、ほとんど知らなかった(又は、知りたいと思ってたけどなかなか機会がなかった。)そんなテーマがある特に、立ち読みして面白そうなら買う。

その位で良いと思う。

定期購入などもっての外だ。

ニッチな所を狙うのがうまいと思ってたけど、今回ばかりは、全然テーマがニッチじゃないや。

正直物足りなさすぎる。

これが、「週刊魔女狩り」とか、「週刊ロズウェル事件」とか、「週刊イエス」とか、「週刊デスワーム」とか、「週刊モケーレムベンベ」とか、「週刊セルポ」とか、「週刊モヘンジョダロ」とか、「週刊ヴォイニッチ写本」とか、「週刊ムイラン人」とかだったら、間違いなく買ってたと思う。

(特に「週刊デスワーム」は絶対全号集める。

バインダーも買う。)
でも、「週刊不思議のミステリー」ではダメだ。

この、100巻分語っても多分足りないであろうテーマを、数ページで語ろうとしても、そんなものは、表面上を掬うことしかできないんだろう。

残念だった・・・

すごく期待してただけに・・・

また、今度、ホントに(↑)みたいな特集が出たときに、買おう。

でぃ~あごぅてぇ~いに♪♪

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2012年5月26日 10:10 CAT :

君と僕の逃避行劇を綴り死に

2ちゃんとかで、よく話題に上がる「中村トンネル」。

香川県に住んでるものとして、何度か、実際に肝試しがてらに行った事があったりする。

今はなくなってしまった「お地蔵さん」がまだ存在していた時、当時やってた演劇の皆さんと一緒に行ったのが、いちばん最初だったと記憶している。

「あのお地蔵さんが笑ってたら、トンネルから出られないんだって。」とか言いながら、「お地蔵さん」をのぞきこんだり、トンネルの向こう側にある覗き込むと自分の死にざまが見えると言う古井戸を見に行ったりなどなど・・・

確かに、雰囲気は尋常じゃなく良い感じ・・・だけれども、オレは残念ながら(かどうか知らんけど)現場で恐怖体験は出来なかった。

ついでに言うと、学生時代「中村トンネル」以上に恐怖スポットと言われていた「かっぱ道場」も行ってきた。

でも、そこでも特に何かがあった訳じゃあなかった。

・・・でも、そんなオレが唯一(まぁ、実家には、確実に何かが居るんだけれども)まぢで怖いと思ったお話でもお話しよう。

稲川順二が、子どもへの殺意を告白した事だし。

・・・関係ないか。

場所は、さぬき市にある「大串半島」と言う場所。

後から知ったけれども、ここはかなりの心霊スポットで、しかも、恐怖体験経験確率が尋常じゃないという、知られざるまぢ恐怖スポットだったらしい。

そんな事を知りもしない当時のオレは、友達数人と「きれいな星空」を見る目的に、「大串半島」に向かった。

昼間には良く遊びに行ってたし、周りに何もない公園だったから、さぞかしきれいな星空が見える事だろうとか、そんなことしか考えていなかった。

実際に、大串半島の「さぬきワイナリー」がある場所から上がっていく公園に着いたけれども、残念ながらその公園自体はそんなに星が見えなかった。

そのままじゃあ、不完全燃焼だとか考えたオレ達はそのまま、半島を車でグルグルと回りながら面白そうな場所を探してた。

その中で石作りの門を見つけた。

門は閉まってたけど、別段セキュリティーがあるわけでもなく簡単に侵入できそうだった。

(もう、時効だよな・・・)時間は、深夜の2時を過ぎた頃だろうか。

その中は、ローマのコロッセオみたいになってる何かのイベント会場みたいだった。

(後で調べて見ると、「テアトロン」とか言う施設らしい。)
そこからは、さぬき市(志度?)の街並みが見え、かつ何だかきれいな星空も見る事が出来、何だか、満足していた。

そのまま、帰る事が出来れば実に面白い一日だった。

で、終わるはずだったんだろうけど…
30分も経っていない。

10分くらいすると、連れの一人「SO」が急に「あかん。

あかん。」とつぶやき始めた。

見ると、今にも嘔吐しそうになって、震えている。

暗くて見えなかったけど、多分顔も真っ青だったんだろう。

「吐きそう。

何か、調子悪いから帰らへんか?」と言う、そいつの提案をオレ達は「空気の読めん奴やな。」とか罵倒しながら渋々、帰る事にした。

車の中では、オレが運転し、横に一人。

後ろのもう一人が気分悪くなった「SO」の介抱をしてる。

そんな状況だったように思う。

オレは「まぢで吐きそうとか、調子が悪くなったら、言えよ。

どっか寄るから。」と告げると、車を発車させた。

するとすぐに、オレの肩を誰かが叩く。

車を止めて振り向いて「やばい?」と聞くと、後ろのやつは「何が?」と聞き返した。

「いや、お前が今、肩を叩いたやないか・・・」と言うけれども、そんな事はしていないと頑なに否定するので、オレは、気のせいかと気を取り直して運転は続けた。

そしたら、またすぐにオレの肩を叩く。

車を止めて「だから何やって。」と振り向くと、「いやいや、何もしてないって」と首を振る連れ。

オレの横に座ってたやつも、「誰も何もしてないぞ。」と言う。

オレは、何か皆でオレをからかってんのかとか、そんな軽い気持ちでいたけど、このやり取りがあまりにも何回も続くから、段々ムカついてきてちょっとキレ気味に「エエ加減にしろや」と聞き返した。

すると、後ろでいた介抱してた方のやつも何だか体調が悪そうになってぐったりしてた。

ここへきて、オレも初めてこいつ等は何もしてないような気になって来た。

横にいた連れに聞いても誰もしていないと言う。

急に、身体に悪寒が走りはじめた。

早く帰ろう。

早く帰ろう。

急いで車を飛ばした。

途中の山道にポツンとある街灯の下に誰か居たような気がしたけれども、それも無視し、海沿いにある墓地も横切って、戻ってきた。

外の風でも浴びたら元気になるかと、家の近くの砂浜で一休憩。

その頃には、後ろの二人も、だいぶマシになってきてた。

オレの悪寒はまだ止まらなかったけれども・・・

少し休憩して、空が明らんできたから、後ろの2人をそれぞれの家に送り、横にいたヤツとオレは、オレの下宿に戻ってきて、2人で「何だったのか?」と話しながら、次第に疲れて眠りについた。

昼ごろ眼を覚まし、そいつも帰って行った。

オレは、腹が減ったので近くの弁当屋に昼飯を買いに行き、そして、何とはなしに、自分の部屋に帰って来た。

その時気がついた。

オレの下宿の扉に、でかい手形がふたつついていた事に…
その手形は、その部分だけに水分がついた上から埃が舞ったようなそんな不思議なもので、しかも、拭いても拭いてもしばらくは、扉に毎日付き続けた。

今でも、この話をすると悪寒が走るし、今、この記事を書いてる最中も悪寒が走る。

後ろに誰かが居るような気にさえなってくる。

どうか、この記事を読んだ奴も皆この感覚に襲われますように。

そして、ぜひ、大串半島に深夜出向いて素敵な体験をしますように。

こわいですね~。

こわいですねぇ~。

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2012年5月24日 23:22 CAT :

汚い声でわめき散らしてそれでカリスマのつもりかよ

最近「トクホコーラ」頼って、何とかダイエットできないかとか考えてる志茂田さんです。

嫁からは、「プーさんみたいで可愛くなってきたし、もうそのままで良いんじゃないの?」と言われ時始めました・・・もうかなり、末期的な状況だと思う。

うぬぬぬぬぬううぬぬ・・・・

何か、最近どっちを向いても「河本」「河本」となってるような気がして、うんざりしてるような気がするけど、それはオレが2ちゃんとか(しかも、主にまとめサイト)見てるせいなのだろうか。

取りあえず、もうそろそろ食傷気味になってきた。

ただ、コイツを許す訳にはいかないと思う。

それは、こいつが在日だからとか、何か生理的に嫌いだからとかそんな理由じゃなくて、もっと根本的な問題で。

だって、仕事しないで、出来ないって言い張ったら国から月に10何万って金をもらえるとか。

一生懸命働いても手取りで10何万とか稼げない奴もわんさかいる中で、割と高所得者の親族がこんな事やってたら、労働意欲そのものがそがれるって話だ。

オレだって一応、税金とか納めてるけど、こんなクソふざけた奴の遊ぶ金に消えてるんだとしたら、払う気なくなるっつぅ~の。

それは、何と言うか、政治家の汚職よりも何だか腹が経つのはなんでだろう・・・?
まぢで、徹底的に叩いて、二度と再起不能にした上で、今後、生活保護は、物品での支給プラス、生活状況を逐一国民にさらけ出す位してもらわないと、まぢで、やってられんって。

プライバシー?そんなもの、知るか。

一人では生活も出来ないのに、一人前に権利だけ主張するなってんだ。

そもそも、オレの払った税金だって、そこに充てられてる可能性が高い訳で、そう考えると、いよいよ腹が立ってくる。

いや、本当に生活苦で喘いでいる人にとっては、大切な制度だと思う。

そこに、使われる分には、全然文句もない。

でも、生ゴミ以下の腐れ在日の私腹を肥やすために使われてるってことがムカつくんだよ。

今すぐ全員、この国から出ていくか、死ねばいいのに。

腐れ在日が、アホみたいにブクブク太っていく中で、慎ましやかに生活している日本人が、生活保護すら恥と感じて餓死していく。

そんな国があっていい訳がない。

自民党に対する期待なんてこれっぽちもないと思ってたけど、今回の件で、ホント見直した様な気がする。

ここで手を緩めずに、まずは、スケープゴートとして、この「河本」とか言う厚顔無恥な腐れ在日を叩き潰してほしいと思う。

切に思う。

ただ、今回の事件を機に、本当に生活保護を必要としてる、日本人が割を食うと言うことだけは避けたいとは思う。

日本人は大好きだし、日本って国も、文化も大好きなんだよ。

ただ、そんな素晴らしい国を、ただのお人良しだと高ってくる近所のゴキブリが邪魔なだけだ。

じゅんを。

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2012年5月19日 22:05 CAT :

君の名前はずっと忘れずにいたいよ

ん・・・?
最近、色々と頭の中を通り抜ける事があったりするわけで、でも、それがなぜか、すぐにどこかへ行ってしまう。

そんな日々を過ごしております。

何なんだろう?この感じは?
それでいいんだろうか。

例えば、このまま忘れ去ってしまった諸々の出来事について、それはいずれ、いつの日か何らかの形で役に立ったりする日が来るんだろうか。

そんな不安にさい悩まれながら日々を過ごしております。

時間が経つのは、遅いんだけれども、振り返ると、ずいぶんな時間が流れてしまっている。

不思議な感覚だ。

今日のところは、最近思ったとりとめのない話でも・・・

○河本準一母マナポ不正受給
何か、言い方悪いけどやりそう。

そして、こんなヤツ日本中にかなりの人数居そうな気がする。

取りあえず、そいつらのスケープゴートとしてでも、このおっさん家族に何らかの制裁を加えればいいと思う。

そして、本当に、仕事がなくなって、金がなくなったら、その時、本当にマナポ野郎になれば良い。

その時には、もう、誰も何も言わないだろうから。

○尖閣諸島購入の寄付7億円突破
これこそ、日本の世論としてもう少しマスコミは報道するべきだと思う。

クソチョンと在日以外の本当の日本人の言葉にそろそろ耳を傾けないんだろうか・・・この7億円の使い道で、行政に対する国民の気持ちも大きく変わるような気がする。

こう言う話題こそもっと議論すべき話だ。

ただし、在日とクソチョンのいない場所でな。

○宗教の時間
創価をはじめとして、エホバも、幸福の科学も、統一教会もすべて嫌いです。

ただ、日本には宗教の自由があるので、信仰は自由だ。

ただ、オレには関わるな。

近寄るな。

あいつとか、お前とか。

まぢで。

○犬神一座の大サーカス
と言うタイトルの新曲が出来た。

もちろん「犬神サーカス団」への敬慕の念を込めに込めた曲だい。

今年で、いったん「犬神サーカス団」とはお別れすると言う意味も込めて。

運が良ければ、政策予定の「ウミィ・マミィ、夢喰いバクヲ完全版」にボーナストラックとして制作するかも。

○スマホサイト制作
自分でスマホを持つまで、「スマホ使うやつは、PCサイトでも見とけ。」とか思ってたけど、スマホでPCサイトってアホみたいに見にくい。

と言うことで、絶賛勉強中。

大分、作れるようになってきた。

あくまで仕事の面でだけど。

いずれ、mimicもスマホ対応しようかなぁ~などなど・・・

○千田が弱ってる・・・

千田が2度目の瀕死の状態になってしまった・・・最近、色々とあった為に、少し相手にしていなかった。

そしたら、なんだか赤く、腐り始めている。

取り急ぎ、乾かして、植え替えてみた。

これで様子見。

さすがに今回は、前よりもかなり厳しい状態…凄く心配してる訳ですよ。

○島田さん復帰ドキュメンタリー撮影
あ。

特に、興味ないです。

復帰したら、たまにTVで見かけるし、しなければそれはそれで特になんとも思わない。

○ちんこ切って一生ソプラノ
先日、東京で自分のちんこを人々にふるまうと言う、素敵イベントがあったらしい。

カニバリズムに興味しんしんなわけで、そのレポートも興味深く読ませてもらった。

・・・想像以上に凄まじい。

取りあえず分かった事は、映画「人食族」に出てくる、ちんこを切って食べる描写はフィクションだと言うこと。

何か固くて噛み切れたものじゃなかったらしいので。

機会があれば、オレも食べてみたいような…こんな要望を書く事は、犯罪なのでしょうか・・・

○金環日食
明日朝起きられたら見る・・・見たい・・・

○君には話せない話だってあるのだよ。

ホントはぶちまけてしまいたいけれども、そうも出来ない事情がこの世には存在する。

他にもまだまだ色々あるのだけれども、嫁が横で眠たそうなのでこの辺で。

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2012年5月12日 20:38 CAT :

触れたい感じたいキスしたい

最近お仕事が忙しいんですよ。

いや。

まぢで。

何なんだろう。

これは?仕事の事を考えるのは憂鬱になるからやめる事にしなければ、そのうち、何か、色々めんどくさい事になるかも知れないような・・・そんな気分だい。

取りあえず、仕事に対する取り組みが、淡々とこなしていく感じにシフトしている。

やる事が多すぎて・・・これじゃあ、まずいと言うことも、少々分かってはいるんだけれども…
はい。

行きつけのインドカレーのお店で、「いつものでよろしいでしょうか?」的な事を言われて、テンションが上がった志茂田さんです。

実は、そんな事を言われることが夢だったりしてた学生時代以降、ついに、その夢を30歳目前のこの時期に、叶える事に成功した。

ここから、オレの人生は、好循環に入るんだ。

知らんけど。

そんな愛の伝道師、志茂田さんが男と女についてなどなどお話します。

不愉快な事でしょう。

ケセラセラ。

実にキモイ事に先日、弟ともツラツラと語っていた内容の重複です。

結婚して2年と半年ほど…付き合い始めてからで言えば、十年にもう少しで手がかかる感じの期間、一人の女性と時間を共にした結果、最近随分と考え方が変わってきた。

・・・ような気がする。

学生時代。

(と言うか、童貞自分にかも?)
「女=まんこ」の時期が実に長かった。

いやホントに。

「女」と言う存在が実に特別なものだと言う認識が強かった。

でも、最近。

別にまんことか、そんな大切じゃあないよな。

むしろ、そんなものはおまけだよな。

と思い始めた。

女なんて、この星の人間の半分は居るわけで、街に出れば、そこかしこにまんこなんてありふれてる。

それを、何だかメディアとかが、持ち上げたりするから、なんだか、凄いもので、貴重なものな風潮になってる。

そして、ついでに女もその気になって粋がりだしたりする。

いやいや。

そんな、貴重じゃないから。

別に、どこにでもあるから。

もちろん。

「女性」って凄いと思う。

だって、命を産むことが出来るんだもん。

それは、凄まじいことだと思う。

その点では、とてつもなく尊敬している。

でも、だから、まんこは凄いと言う話にはならない。

だって、男がいて、初めて成り立つ話なわけで、一方的に、女ばっかり貴重だと思われるのはおかしい。

むしろ、男女が一つになることで命が生まれる。

と言う、この感じが奇跡に近いと言うか、凄いことなんだと思う。

大切なことは、やっぱり、相手の女に対して、どれだけ、尊敬できるとか、一緒にいられるかとか、そんな事だと思うんだぁ~
で、そいつは女だから、おまけにまんこもあるわけで、セックスだって出来ちゃうんだよ。

つまり、まんこなんておまけだ。

そんな話ですよ。

体をひさぐ事で関係をつなぎとめようと案が得るメンヘラ女は一生幸せにはなれないし、やる事が目的で、我慢して女との関係を保とうとする男もきっと一生幸せになれない。

いつかは気付かなきゃあいけない。

まんこなんておまけだ。

ついでに、顔の可愛いもおまけだ。

だって、可愛い子でやれると言う、そこ基準で生きてる男と女は、歳とった時、必ず相手の事を邪魔に思うようになる。

一緒にいる事で満足できる相手で、しかも、そいつは、可愛くて、まんこもあって、子供だって作れちゃう。

これがきっと、一番の理想なんだと思う。

いや。

ほんと、女なんてそんな良いものじゃないっすよ。

そう考えないと、ただメンド臭いだけだから。

まぁ、やりたい盛りのうちはそれで良いと思うけれども、早い段階で、気が付けるかどうかなんだろうなぁ~。

ちなみにオレは、中学時代から、毎晩寝る前のオナニーをほとんど欠かしておりません。

もちろん未だにな。

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2012年5月10日 22:58 CAT :

光と影のトッカータ

幸せなことや、嬉しいことがある。

その裏で必ず、悲しいことや虚しいことがある。

光があれば、また闇もあると話していたのは、ゾーマだったか。

心の中に、秘めておく必要のある事柄が多すぎてヤキモキする日々を過ごしていたりもする訳、それがもしかしたら、大人になると言うことかも知れない。

気がつけば、オレももう30歳に近付いてきている。

ある程度自分の人生を評価しようと思えば、もしかすると出来るかも知れない年齢に到達しようとしていると言う。

子どものころ、自分の未来について驚くほど何も見えてはいなかった。

自分がどうなるのか、そんな事も何も分からない。

でも、今、もちろん、これから自分がどうなるのかと言う確定的なものは分かりはしないけれども、取りあえず、自分の嫁については分かった。

もう、コイツと離れる事はないだろうと心のどこかで確信している。

(ケンカしたりはするだろうけれども。)
併せて、家族ももう大体分かってきた。

あとは、増えるかも知れない家族が何人か居るかも知れないけれども・・・

自分の出来る事も大体分かってきた。

子どもの頃の漠然とした「オレは天才だ。」と言う確信は、実のところ大半の部分で、思いこみによるものだった。

死ぬ事を考えるには、まだ早いかもしれない。

ただ、生きる事を考えるには遅すぎるかもしれない。

これからも、幸せなことや嬉しいことが沢山あり、それに比例して、悲しいことや虚しいこともあるのだろう。

明日、起きたとき、それでも死なずに、生きていたのなら、あとは、その日一日を生きていくだけらしい。

それでも、未来は、無限大だとのたまうことが出来るかと問われれば、実は、難しい問題。

少なくとも、まだ答えは出ていないと言う体たらくぶりでございます。

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2012年5月8日 0:20 CAT :

汚れた心に囚われた首を刈れ

WBS見てたら、東電に対抗するために、東京都が電力の地産地消を考えているとか、そんな話をやってた。

尖閣諸島の購入もそうだけど、東京都ってなんだかんだ言っても、今の政府よりよっぽどしっかりやってるように見えてしまう。

オレは、政治について偉そうに語れるような知識をまったく持ってないので、あくまで、素人目だけれども。

取りあえず、東電は、ある程度痛い目を見た方がいいと思う。

それは、今、最前線で頑張ってくれてる末端の罪もない(と言うと語弊があるかも知れんけど)社員じゃなくて、上層部のお偉いさんがと言う意味で。

日本人として、あの企業の存在は、もう怒りとかそんな対象じゃなく恥ずかしい。

そんな気分です。

さてさて。

昨日のライブの物販で、色々ご購入した中に「されど闇の深さを知る」がある。

実はこの写真集、2年ほど前に、活動15周年を記念して販売されたものだけれども、なかなか、機会がなくて買っていなかったものだったりする。

で、物販で初めて見かけたので、お買い上げした。

(ちょっとだけ、割り引いてくれたし。)
そもそも、物販で買った方が、犬神サーカス団へ入るお金も多くなるだろうから、そんな意味でも、今回のご購入で良かったと思ってる。

ジンちゃんから直接手渡してもらえるって言う、特別な喜びもあるわけですからね。

サインも貰っとけば良かったとチョッと、後悔してるけど、本人前にすると、舞い上がってしまうもので…(メンバーの中でも、一番ジンちゃんのファンなもので・・・)
で、今日、時間があったので、ツラツラと読んでみた。

うぬぬうぬ・・・・ただの写真集じゃなかったのね。

面白いじゃあないか。

何か、全身のバンド「犬神サーカス団!」の頃の話とか、もっと前の結成についてのいきさつなどなど、意外とこれまでしっかり語られることのなかった内容が盛りだくさんだったりした。

一番面白かったのは、「最近、犬神サーカス団としての設定を忘れかけてるから、それを、どう生かしていくかがこれからの課題だ」と言うくだり。

・・・まさかの設定を作った事を後悔しているとは!!!
メンバーそれぞれが、自分の好きな曲とか、酷いなと思う曲とかを挙げてるのも何か秀逸だと思った。

(まぁ、この手の本の基本ちゃあ基本だけど。)自分の好きな曲への思いとかとも併せて、「そうか、団員の皆さんもこう思っていたのか・・・」とかね。

ファンならではの楽しみ方と言いましょうか・・・

ついでに、「御霊前」の制作秘話とか読んでしまうと、今度から、「御霊前」を聴く時、ちょっと違った気分で聴けるような気がするよ。

うんうん。

と言うことで、オレも勝手に、本の中と同じように、好きな曲とかを挙げて終わりにしよぉ~
○一番テンションの上がる曲
いっぱいあるけど、一番と言えば、そりゃあ、「白痴」以外に考えられないだろ!!
○一番難しいと思う曲
まぁ、オレが演奏するわけじゃあないけど、何気に「バビロニア恋物語」とか、演奏がカッコいいけど難しそうな気がする…あと、ライブで「餓鬼」を聴いてみたいとか思ったりする・・・

○一番泣ける曲
結構多いんだけど、やっぱり「サーカスの人魚」か・・・「黒髪」とか、「血の償い」とかもあるけど、一番と言われればやっぱり「サーカスの人魚」が・・・

○一番酷いと思う曲
「でもわざとじゃない」かと・・・あんな酷いことしといて「わざとじゃない」とかで、許される気でいる所が怖い。

「最初の扉」とかも酷いと思うけど、あれは、教訓染みた前向きなメッセージが込められてるような気もするし。

○好きな楽曲ベスト3
「地獄の子守唄」
まさに、犬神サーカス団の代名詞と言うか、犬神サーカス団ってどんな曲やってんの?って言われた時に、まず聴いてもらいたい一曲だと思う。

「兄の病の特効薬は死臭漂う血の池地獄のような人肉スープの形而上学」
この曲ほど、心持を揺さぶられる曲はないと言うくらい好き。

「籠の鳥」の時の奴も良いけど、昔の奴も大概に心をわしづかみにされてしまう。

「籠の鳥」
15年の集大成だと思う。

初めて聞いた時に、「15年やって、今こんな曲を書けるとか、どれだけ底知れないバンドだ」と感動した事は、まだ記憶に新しい。

と言うか、好きな曲なんて言い出したら、むしろ嫌いな曲とかが一切ないんだよ!!と言う話になってきてしまうけどな。

何しか、こう考えてみれば、オレの好きな曲ってどちらかと言えば、抒情と哀愁溢れるアングラな楽曲が多いような感じなので、そう言う意味でも、秋からの新展開も実に実に楽しみだ。

たまたま「残酷暗黒劇場」を手に取った学生時代。

あまりの衝撃に、夜興奮して眠られなかった、あの時並の衝撃を期待していたりするわけです。

今は、頭の中が「犬神サーカス団」一色なもので、2日続けてそんなネタをば・・・

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2012年5月7日 2:09 CAT :

このまま連れ去って死ぬまであなたを離さない~さいならサーカス団~

と言う訳で、遠路はるばる広島まで「さいならサーカス団」ツアーに参戦してまいりました。

なんせ、今回は、犬神サーカス団のエンターテイメント路線最後のツアー。

そして、犬神サーカス団はこの秋から、新バンド「犬神サアカス團」として活動していくらしい。

(なんか、結局大して変わらないんじゃとか、ちょっと思い始めているけれども…)
そんな最後のツアー。

気合い入れて、香川から参加してきたっつ~の!!
犬神サーカス団のワンマンは、「ビバアメリカ」のレコ発以来。

あの時は、CD発売延期だったのに、アルバム楽曲中心で、犬神サーカス団なのし、知らない曲ばっかりのちょっとしょんぼりライブだった。

でも、今回は、そんな事はない。

新曲も手に入れて、アホみたいにヘビロテ。

しっかり予習もしていったので、問題なしだった。

結論からいえば、最高の時間だったですたい。

今回のツアーは、過去にやってきたツアーのコンセプトに沿って会場ごとに異なるセットリストになる・・・らしく、広島は「サマーオブラブ」編だったりした。

と言う事は、結構レア曲とか聴けるのかなぁ~とか、そんな期待も膨らませながら、基本的に、新曲とサマーオブラブの曲を中心にツラツラ聞きながら、ライブ会場へ。

(片道高速道路通って約4時間?!)
ライブハウス近くに行った時に、不思議に思う事が。

香川のライブなら、駅からライブハウスまでの道筋に、(多分)諸事情でリストバンドをした、メンヘル臭漂うゴスロリファッションのお嬢さんとかを結構見かけるのに、広島じゃあ、一人も見かけない。

それどころか、人がいない。

本当に、ここであってんのか?と思いつつ、ライブハウスへ。

ハコ自体は、香川でいつもやってるトコよりも小さい感じ。

そして、お客さんも何だか少ない…今回、中四国は、広島だけだから、さぞかし、凄い熱気を期待してただけにちょっと肩すかし。

お客さんも、何か普通な人ばっかり。

香川のライブで見かけるような、普段は何処で生存していらっしゃるんですか?と聞きたくなるような、凄い人がいない。

あれ~・・・

ちなみに、割合は大体香川と一緒で、若い女7割、目が死んでるおっさん2割、お前別に犬っ子じゃねぇ~だろな斜に構えた男1割。

そして、いつも通り同年代はいない。

なぜか、犬神サーカス団のファン層には、若い男と、年重ねた女はいないらしい。

だから、いつもオレと弟は、何か浮いてるんだよなぁ~
まぁ、そんな人目とか、気しないで、ライブ始まったら首もげるまで振りまくるんですけどね。

そして、いざ開演。

いきなり、大好きな「デストピア」と「光と影のトゥーカッター」のメドレー。

どっちも大好きな曲なもんで(そもそも、嫌いな曲などないけれども。)テンションもいきなりマックスだ。

もう、あとはテンションあがりすぎて、セットリストとか、あんまりはっきり覚えてない。

ジンちゃん歌ってなかったっけ・・・?とか?ジミヘンとシド・ビシャスがゲストで来てなかったか?とか?
「洗脳」とか結構古い曲もやってくれたのは凄い良い感じ。

MCは相変わらずうまくはないんだろうけど、何か、凄くメンバーが仲良しで、聴きてて嬉しくなってくる。

今回のは、何かMCと言うか、メンバー皆でコントしてたような感じでもあったけど。

ただノリが良いだけじゃなくて、ホロリときたり、ゲラゲラ笑ったり、ほっこりしたり出来る事が、犬神サーカス団のライブの真骨頂だと思う。

ライブのMCでコントやってる人たちなんて、あんまり聞いたことないし。

「神の犬」のころのMCがあったり、狂子先生があったり、なんか、ホント今回のライブは凄い贅沢な感じだった。

コンセプトは「サマーオブラブ」だから、その時期のレア曲が多かったんだけど、何か、色んなところから小出しに懐かしいヤツや、見たかったヤツが垣間見えて、何回もライブに行ったかのような得した気分になれたし。

そうそう、メジャー時代の曲も何曲かしてくれた。

「都合のいい女」とか、良かったなぁ~
何よりうれしかったのが、犬神バラードでトップクラスに大好きな「サーカスの人魚」(聴いてて、泣いてしまいそうになった。)と、まさかの「黄泉の国」(ラップもちゃんとやってくれたし)。

あの振り付けを出来る日が来るとは・・・

最後にはお決まりの「犬神天国」。

これも、もう次からは見られないのかと思うと、ちょっと感極まりそうになった。

犬神天国は「Its showtime」(念仏谷)と「最後のアイドル」。

「最後のアイドル」って、これも結構レア曲なような気が・・・しっかり、踊ってきましたよ!!ええ。

ええ。

アンコールでは、恒例(?)の物販グッツ紹介。

と、ソフトカツアゲが・・・

そして、最後はもちろん「白痴」で終わり。

「白痴」のころには、もう声も枯れかけてたけど、もう、明日声でなくなってもいいや。

という気分で叫んでた。

もう、首の筋もおかしい事になってたけど、明日からコルセットつけて生活してもいいや。

という気分でヘッドバンキングだ。

ジャンプしすぎて足もパンパンだし、背中も痛いし、手首まわし過ぎでエライ事になってたけど、それもこれも全部どうでもいい。

今、この瞬間を楽しみたかったんだよ。

最後には、情次お兄さんが投げてくれたピックも拾えたし、ちゃんと物販では、ジンちゃんと色々お話も出来た。

全体として、キンメダイ以降の作品を思った以上に万遍無くやってくれたし、部分的に、メジャー時代や、それ以前の曲もあって、凄いいいライブだったと思う。

一つ思ったのは、広島のファンはマナー凄く良いね。

何か、香川だったら、「犬神天国」の時とか、どんだけ頭にエルボーして来てんだよ。

ゴルァ!!ってなりながら、オレも前の奴に突っ込んで行ったりするのに、広島の皆様は、しっかり、前後に空間をとって安全に楽しんでる感じ。

そして、香川ではよくいる「凄い人」がホントにいなかった。

筋肉痛以外の痛みがない感じで、ライブの終了を迎えましたよ。

香川って、もしかして、変態の巣窟なのか?
それとも、広島が聖人君主の巣窟なのか?
とにかく、夢のような時間でございました。

そして、秋からの新展開を心躍らせながら待ちましょう。

ジンちゃんが行ってた「今度は、香川行きたいんだよね。」の言葉を信じて、次のライブを待つ。

約束通り、美味いうどん屋案内するからさぁ~

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2012年5月5日 15:22 CAT :

ここは何処の細道じゃ

香川県にもついに「タワレコ」が出来た。

これで、もう岡山とか新居浜までえんやこら~と旅に出なくても、欲しいCDが手に入ると思ってた・・・

なのに、ショック。

あんなものは、「タワレコ」じゃない。

そもそも、キンメダイレコードのCDを取り扱ってないCDショップに用などないのだよ。

くそ韓流なCDになぞ1ミクロンも興味がない。

思うに、CDが売れなくなったんじゃなくて、CDを販売する側が、購入する側の事を無視して、売れもしないCDをステマよろしく、さも売れているかのように置いている事が一番の原因だと思う。

オレは、CD買ってるって。

ただ、近くのCDショップで昔みたいに、欲しいCDが手に入らないだけ。

基本的に、書籍にしたって、音楽にしたって、手元に残しておきたい。

だから、データとしての配信になど興味ない。

でも、オレが欲しいものを売ってる店がないから、しょうがなく、amazonとかで買うことになる。

CDショップがつぶれるのは、CDショップが悪いと思う。

何度も言うけれども、クソ韓流のCDなど1枚たりとも置く必要はない。

あいつらが、日本で偉そうな面をするのは、竹島の占拠を辞めて、従軍慰安婦の件では調子こきすぎましたと土下座した後だ。

ついでに、在日も全員今すぐ日本から出て行けばいい。

これは、「ネトウヨ」じゃなくて、純日本人なら当然に思う感情だっつ~の。

・・・と言うことで、不本意ながらも、amazonさんの力を借りて手に入れた。

犬神サーカス団最後のシングル。

「ここは何処の細道じゃ」。

犬神サーカス団らしい。

実に、らしい曲で、有終の美を飾ったと言う感じがする。

「籠の鳥」に通じるような、日本の音楽を取り入れた正真正銘の和風ロックバンド「犬神サーカス団」がここにある。

と言う感じ。

そして、新バンド「犬神サアカス團」への布石にも(多分)なっているんだろう。

名曲だ。

でも、何より凄いのは、スクリーミング・マッド・ジョージ監督のPV。

めちゃめちゃ凄い!!
スクリーミング・マッド・ジョージ監督と言えば、「光と影のトゥカッター」もおぞましく良い出来だったけど、今度の方がはるかに凄い。

もうこれは、見ないと、凄い勢いで後悔すると思う。

TVなどで放映することなぞ、一切考えてない潔さと、放送禁止な作品なのに、一応モザイクが入っていたりする遊び心と完成度の高さは尋常じゃない。

ジン兄さんがYOUTUBEに挙げてくれないとなると、買うしかない。

でも、このPVの為だけに買う価値がある。

素晴らしい作品だ。

んで、この新曲と、サマーオブラブの楽曲群を携えて、明日は、広島まで赴いてくるぜぇぇ!!

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2012年5月2日 21:45 CAT :

ブルセラ通いの潔癖症

と言う訳で、ついにスマホデビューすることになってしまいました。

はい。

エクスペリアと言うやつです。

アクロと言うやつです。

HDと言うやつです。

しかしまぁ、使いにくいな。

これ。

まぢで。

今気になっているのは、これによって、前の携帯で大切に育てていた「クリノッペ」と「オンプクシー」がどうなってしまったのか…と言う事か・・・

まぁ、取り合えず、twitterとかのアプリ入れて、後は、何が便利か良く分からんので、のんびり学んでいきますよ。

びっくりしたのは、月々の利用料が、ガラケーの時より安くなったこと。

びっくりして、ドコモのお姉さんに「安くなるの?何で?何が起こってんの?」とか、問い詰めてしまった。

それについては、何だか未だに納得してないけれども、まぁいいか。

取り合えず、オレもまた一つ現代人らしくなってまいりましたよ。

知らんけど。

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2012年4月30日 0:52 CAT :

あまりのショックによる失禁と生理中の血でブレンドされたオレンジジュースがこぼれている

「もののけ姫」を見た。

なんじゃ?あの素晴らしく面白い物語は?
何か、この話を見ると、これ以前の話は全て、この話を作るために存在してたんじゃないかと感じてしまう。

そして、これ以降の話は、書くものがなくなった上で、惰性で作られてんじゃないかと感じてしまう。

それくらい、突出して面白かった。

オレも、このくらいの話が書ければ・・・とか、あまりにも無茶な妄想にかき立てられている最中でございます。

さてさて。

今日は、朝から、嫁とお弁当を作って(オレは、おにぎりを握っただけだけど)、ピクニックに出かけた。

場所は、オレの大学時代の思い出の場所「門入ダム」。

オレは、大学時代、何かあると、このダムの出ぱった変な場所で昼寝をしてた。

んで、よく、ブーと夜中にここにきては、朝までどうでもいい話を語り合った・・・{ような気がする)
嫁と初めて一緒に花見に来たのもここだった。

そんな思い出の場所に、結婚した今になって、2人で作ったお弁当を持ってピクニックに来たわけだ。

何だか知らんけど、それはちょっと感慨深い。

こんな生活って・・・実は、世に言う「リア充」なんじゃないのか?とか思ってしまった。

そもそも、ネット上で「非リア充」とか、声高に言う奴に限って、ネット上でのお友達はたんまりいたり、それ所か、オフ会すらも開催してたりすると言う、ただの「ネットを通じた知り合いが多いだけのリア充」なんだけれども、オレはそんな事はない。

ネット上でも、友達が出来ない。

そして、現実の世界でも友達が出来ない。

と言うか、増えない。

まぢで。

(まぁ、必要ないと思ってるオレも悪いのかも知れないけれども・・・)
だから、オレこそが、本当の意味での「非リア充」だと思ってた。

でも、今日なんか、ゴールデンウィークに、お弁当とか持ってピクニックに行ったりしてる。

これじゃあ、ネット上で、何だかよく分からないいつでも切れるような関係を増殖させて、「いいね」ボタンを押すことや、リプライの強迫観念に迫られて、結局、実社会並に周りに気を使ってるよく分からない人たちに、「リア充」がとか、言われてしまうじゃないか・・・・

ただ、そんな今だからこそ、ちょっぴり思う。

ネットでのつながりを否定はしない。

けれども、そんなところでつながり作る暇があったら、リアルの世界で、つながり作る方がよっぽど大切なんだろう。

例えば、ある日、すべてのインフラが突然死亡したとしたとき、ネットの向こうにいた顔も知らないフォロワーはきっと助けてくれない。

リアルの世界でのほとんど知らない隣人の方が心強い。

どんなにその関係が拙くても・・・それが、もっと強い絆だとしたら。

いま社会に溢れている、金もうけのための「絆」じゃあなくてな。

「友達申請」や「フォロー」がなければ、どうしようもないと思うかもしれないけれども、そんなものなくても、ただ、顔合わせた時に、あいさつでもしておけば、それだけで、実は、十分だと言うことに気が付くべきだと思う。

今日、素敵な幟を見つけた。

「誰とでも あいさつすれば お友達」
と書いていた。

この標語の最後に「創価学会」とか「幸福の科学」と言う、一言が付け加えられるだけで、尋常じゃなく距離を置きたくなる。

そんな魔法の言葉だね。

つまりは、そう言うことなんだよ。

ジョニー。

何だかよく分かんなくなってきたけれども、つまりは、ピクニック楽しかったよと言う話です。

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2012年4月29日 0:46 CAT :

ジル・ド・レに寵愛された少年のように

「永遠の向こうにある果て」。

あんなに頑張って書いた物語だったのに、残念な結果だった。

取りあえず、あんな内容の話を純文学の賞に出したのが間違ってたんだろう。

と言う、強がりでも言っておく。

で、これにめげずに、次に新作をさっさと完成させよう。

一発目から認められるなんて思ってない。

こちとら、誰にも相手にされないまま20年以上漫画描いて来てんだ。

さてさて。

「ジョン・タイター」と言う人物をご存じだろうか?
オレは、ご存じなかった。

オカルトにはとっても興味がある人です。

尊敬する人は「並木伸一郎」と「あすかあきお」と「南山宏」です。

なりたい人は「韮澤さん」です。

最近はご無沙汰だけれど、結構長い時期「月刊ムー」を愛読しておりました。

でも、機会に恵まれなかったのか「ジョン・タイター」については、知らなかった。

彼は、一言で言うなら、「2036年から来たタイムトラベラー」らしい。

彼は、2000年ごろ突如として、アメリカの「2ちゃんねる」的な掲示板に姿を現し、安価に答える形で、未来の世界についてツラツラを語ったとかなんとか・・・

そして、次々と予言を的中させていったらしい。

と、ここまでの話だけなら、割とよくある話だ。

そんな事を言うなら、ノストラダムスが実は、未来人だったと言う説だってあるような世界なんだから。

彼になんだかリアリティーを感じたのは、まず、タイムトラベルを行う時に、自分の居た世界の過去には戻ることが出来ないと言う理論だと思う。

パラレルワールドについては、今更説明する必要もないけれども、この「ジョン・タイター」の話では、過去にタイムトラベルする時、「ワールドライン」(世界線)と呼ばれるモノをまたぐことになり、別のパラレルワールドに来てしまうらしい。

そして、移動する時間が長ければ長いほど、「ワールドライン」は大きくなる。

だから、自分のいた世界と限りなく近いパラレルワールドに移動するためには、60年以上の時間の行き来は出来ないらしい。

40年くらい時間を逆流した結果、今の世界は「ジョン・タイター」の居た世界とは、ワールドラインが2.5%ずれたパラレルワールドなのだとか・・・

よく分かるような、良く分かんないような話だけど、何か説得力があるように感じてしまうのは、オレだけなのか?
んで、もう一つ。

すごいのは、「ジョン・タイター」の居た世界では、2000年問題が、世界的に重大な問題を引き起こし、それが原因で、2015年くらいに第3次世界大戦が勃発、世界は退廃的な終末世界になると言うのだ。

ところが、「タイムライン」が2.5%ずれたこの世界では、2000年問題は、ほとんど何も起こらなかった。

その事について、「ジョン・タイター」本人が、ショックを受けていたこと。

そして、それを告白していること。

それが、なんともリアリティーがあるように思う。

だって、あれの話は、予言の類じゃなくて、自分の世界で過去に起こった出来事を話しているだけなんだから。

そして、その自分の記憶と違う事が起こる事に対してショックを受けてるんだから。

つまり、「ジョン・タイター」の話は、どこまで当たっているかは誰にもわからない。

「ジョン・タイター」本人の世界なら、100%当たっている(と言うか、実際に起こったことなんだから)だろうけれども、この世界は2.5%「ワールドライン」がずれたパラレルワールドなのだから・・・

上記のことを頭に入れた上で、この地図を見てもらいたい(↓)
158-chizu.jpg
これは、「ジョン・タイター」が2000年当時、に書いた2020年の日本の地図。

・・・を、分かりやすくかなんかしたもの・・・らしい。

(ネットから拾ってきた)
東北、関東一帯が立ち入り禁止区域になっている・・・

その理由については、特に言及されていないらしいけれども、これって、どう考えても、福島原発の影響じゃないのか・・・?
ちなみに、「ジョン・タイター」の世界では、日本は、中国の属国になり下がっているらしい…
それについても、シナチクどもが、尖閣諸島を占拠した後には、沖縄、九州と領土を広げてくると指摘する専門家も結構いるような、今になってこそ、そこそこ、リアリティーのある話のような気がする。

この話を信じる、信じないについては、賛否両論があるのだけれども、個人的には、珍しく、かなり白に近いグレーなんじゃないかと思っている。

いや、まぢで、この話に異常な恐怖を感じてしまう。

こんな気持ち、小学生の時に「MMR」のノストラダムスの予言を読んで震えてた以来だ。

ただ、この話を信じるなら、マヤ文明の終末予言2012年に世界が滅びる事はなくなってしまう。

どちらを信じればいいのやら・・・オカルト界の難しいところですね。

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2012年4月28日 20:03 CAT :

嘘の精子をぶちまける鬼畜

ゴールデンウィークには、犬神サーカス団のライブに行くことになった。

何と、犬神サーカス団は今年、活動を休止してしまい、新バンド「犬神サアカス團」になってしまうらしい。

と言う事は、憧れの「犬神天国」を見れるのも最後なんじゃないのか・・・

そんな懸念をちょっぴり抱いてしまった上での「さいならサーカス団」ツアー参戦なんだ。

今回、四国に来ないので、わざわざ橋を渡ってまで行くよ。

ホントは、移動に使う金があったら、その分、物販とかかって、お布施にしたいところだけれども、まぁ、しょうがないよな。

さてさて。

東京都が尖閣諸島を買い取るために動き出したら、本気で寄付をしようかと考えている志茂田さんです。

先日、実に普通なニュースを耳にした。

日本海と言う海がある。

ところが、その海を、自分たちがこの星の中心にいると思っている尋常じゃない勘違い国家の皆さんが、その海の名前は「東海」だと、主張していた。

つまり、自分の国の東にある海だから「東海」だと。

んで、アホみたいに到る所で、駄々をこねるように、その主張を展開してきたわけだけれども、先日「国際水路機関」が、「いやいや、お前ら粋がんなよ。

あそこは、日本海だから」と正式に決定した。

実に、当然の結果。

あいつらは、ありもしない「従軍慰安婦」とか言う謎の呼称を、戦後何十年か経ってから捏造し、それで、賠償金を請求するような可哀そうな脳味噌しか持ち合わせていない。

そんな、脳みそだから、この当然な結果でさえ、予め予見できなかったんだろう。

(関係ないけど、アメリカでは、すでに従軍慰安婦の問題での提訴自体認められていない。

そもそもねつ造なんだし。)
だから、「日本の大地震をお祝いします」とか、平気で書いたりするんだろう。

北の方のミサイルが、その国に落ちれば良かったのに。

民族同士で、殺し合いでもすればいいのに。

まぁ、これから少しずつ、こいつらの余りにもアホな主張に対して、世界的に「調子に乗んな」と言う決定が下されていくことを切に願う。

ただ一つ。

勘違いしてはいけないのは、国民自体がカスだと言う話じゃあないと言う点。

国民性と言うよりは、ありもしない事を熱心に子どもに教え込むことで既成事実を作り上げられると思っている安易な思考の国家に問題があるんだろう。

ある意味、国策の犠牲者何だろう。

多分。

なんせ、左翼のふりした日教組として、日本国内でさえも同じことをやろうとしてるアホちょんどもなのだからして、自国内なんて、それはそれはひどいことになっている事はなんとなく想像できる。

取りあえず、農心なんぞと手を組むことになったアホ企業亀田製菓はもう、死ぬしかないだろう。

ハッピーターン大好きだったけど、しょうがない。

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