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2021年7月4日 2:42 CAT :

オボロ影の術で消えてしまいたい中二病患者の戯言

チョッと前に少しだけ触れたお話しだけど、ここ最近、実家に行く度、親父がオレに漫画とか小説とかの本を押し付けてくる。

もう先が長くなくて、どうせ死んだら読めないから、遺産整理の一環として本を貰ってほしいと。

この前、あと20年生きて娘の子どもを見るぞ。とか言ってたくせに、何を言ってるのか・・・めんどくさい性格のおっさんだけど、少なくともオレは、まだまだ長生きしてほしいと思ってるのにな。

まぁ、あの親にしてオレありな訳で、考えてみれば、オレのばあちゃんも「死ぬ死ぬ詐欺」ばっかりやってたな。

オレも含めて、3代にも渡って死ぬ死ぬ詐欺を繰り返す、メンヘラ一族でございます。

さてさて。

そんな親父がオレに渡してくれた漫画の中に、白戸三平の「ワタリ」があった。

幼い頃から、親父には「面白いから読んでみろ」といろんな本を結構無理くり読まされた。

その中で一番最初に読まされたマンガがこの「ワタリ」だったように覚えている。(ちなみに、一番最初に読まされて小説は横溝正史の「本陣殺人事件」だったと思う)

オレが小学3年生くらいだったか・・・漫画と言うものを手に取り始めたんだよ。初めて買ったマンガは、ボンボン版のスーパーマリオの「ヨッシーのたまご」で、次に買ったのは、大長編ドラえもんの「のび太の恐竜」(但しセルコミックの方)だったはず。

そんな漫画を読み始めたオレを見た親父が、「漫画読めるようになったのか。じゃあ、面白いのを貸してやる」と言って渡してきたのが、この「ワタリ」と言うマンガだった。

ちなみに、今娘が小学3年生なんだけど、娘にオレはこの「ワタリ」を読ませようとは、到底思えない。

如何に親父が頭おかしかったか。と言う話ですよ。そりゃあ、オレも頭おかしくなりますよ。

「ヨッシーのたまご」 ⇒ 「のび太の恐竜」  ⇒ 「ワタリ」

この変遷・・・本当にいかがなものか。

ボンボン系マンガやコロコロ系マンガしか読んでなかった小学生が、ガロ出身の白戸三平を読むと言う事が、どれほどの衝撃だった事か。

とは言え、それ以来読んでなかったので、今回本当に久々に読み返した。

詳細はほとんど覚えてなかったんだけど、やっぱり小さい頃強烈に記憶していたシーンについては、しっかり覚えていたよ。

そして、凄い事に気が付いてしまった。

オレはかねがね、人生において衝撃を受けた漫画は「寄生獣」「カイジ」「無限の住人」だと思ってたし、周りにもそう吹聴してた。

でも、黴臭くて、ホコリの溜まった「ワタリ」を1ページめくる度に、オレの記憶の奥底に眠ってたマンガにおける原風景が次々と呼び起こされるんだよ。

自分のマンガの原点は「寄生獣」じゃなかった。

オレのマンガの原点は「ワタリ」だった。

小学生の頃、そりゃあやっぱり「ドラゴンボール」見てましたよ。「ドラゴンボール」の悟空に子ども特有の変身願望を重ね合わせて、カタルシスを体験しましたよ。

でも、ドラゴンボールのストーリーにどこかしらの薄っぺらさを感じていた。

「違うそうじゃない。」という想いが強かった。

「寄生獣」を手にするまで、ジャンプとかマガジンのマンガばっかり読んでたけど、どれを読んでも「違う。そうじゃない」と言う想いが消えなかった。

その全ての原因がこの「ワタリ」にはあった。

簡単にだけ、この「ワタリ」と言うマンガについて説明しておくと、この漫画はまず「忍者漫画」。それも「NARUTO」みたいなただ忍者と言う言葉を使っただけの似非格闘マンガじゃなくて、ゴリゴリの歴史もの(もちろんフィクションたっぷりだけど)。

伊賀忍者たちが住む百地の里と言う所がある。

その里では、非人(要するに被差別部落で生活に困窮している人ら)から育てられなくなった子どもを格安で買ってきたり、盗んできたりする。

その子どもたちが忍者になるんだけど、子どもたちには帰る場所がないので、忍者になるか、拒否した場合は死ぬかしかない。

例え忍者となったとしても、忍者は存在してはいけないから、村に戻る事は当然、自分の名前を語る事も許されない。死ぬ時は、自分で自分の顔を切り刻んでから死ぬ。

子ども達は、急に連れてこられて泣きわめくんだけど、1週間ほどご飯も与えず放置することで瀕死状態になって泣かなくなる。そこから洗脳を初め、忍者としての心得を教え込んだりする。

と言う、この超ハードな話がまず、基本の設定。

その上で百地の里には、忍者たちを縛る絶対の「死の掟」があり、その為、忍者たちは音羽の城戸と言う上忍の命令に歯向かう事は許されない。

そんな百地の里に、伊賀でも甲賀でもない、謎の第3の忍者「ワタリ」族がやってくるところから物語は始まる。

今のオレが読む分には、これメチャクチャ面白いけど、これを果たしてまだ歴史の授業も始まっていない小学3年生が読んで、どこまで理解できるのか・・・

もちろん理解なんて出来る訳がない。

しかも、この「ワタリ」と言うマンガ、こんなゴリゴリの忍者漫画でありながら、話のメインとなる部分は、忍者の悲哀でも、戦闘でもなく、前述の「死の掟」をはじめ、謎が謎を呼ぶと言うミステリー展開だったりするんだよ。

物語の根幹に圧倒的な謎が存在していて、その謎を解き明かしていく中で、どんどん他の謎が出てきて、一つずつその謎が明らかになっていくんだけど、圧倒的な謎については、本当に最後の最後まで分からないようになっている。

何重にも張り巡らされて謎は、到底1度読んだだけで理解できるようなものではない。

しかも物凄く重厚でどんどん謎も解明されていく第1部、第2部が実は、第3部の序章でしかなかったと言う途轍もない衝撃と、絶望的な終わり方。是非未読の人は読んで欲しいもんだ。

そんな漫画。これが「ワタリ」だ。と言うより、これが白戸三平のマンガだ。

今読んでも、遜色のない圧倒的なストーリー。

そして、これこそが、オレのマンガの原風景に他ならなかっただよ。

そりゃあ、「ドラゴンボール」のストーリーでは物足りないよな。

何より凄いのが、この圧倒的なストーリーが、ちゃんと伏線を回収しつつ5巻で完結する。

読み始めた少年が自分が読み始めた年と同じ子どもを持つ親になっても、まだ完結しないワンピースとは違うのだよ。ワトソン君。

ワンピースを読むなら、望月峯太郎大先生の「万祝」を読みなさい。同じ海賊ものでも、構成力の圧倒的違いを見せつけてくれるさ。

オレはジャンプのマンガとは違う、「寄生獣」とも違うマンガを描いてるつもりだった。

ひとつの大きな謎が物語の根幹にあって、その謎を解いていく中で、どんどん謎が出てきて、それを一つ一つ解明していくことで最終的に、大きな謎が解明される。

そんな物語を描きたかった。

そしてそんな物語が何故か好きだった。

その理由がひとえに、人生で一番最初に衝撃を受けたマンガにあったと言う。まぁね。そんな話ですよ。

所詮オレなんて、「ワタリ」の幻影を追って、真似してるだけの猿真似野郎ですよ。

人生において、途轍もない影響を受けた作品はやっぱりたくさん存在する。

一番最近では多分「さくらの唄」がそうだと思うけど、一番古いものがこの「ワタリ」だったと言う事らしい。

どうでも良いけど、白戸三平と言うと「ガロ」だとばっかり思ってたけど、この「ワタリ」の掲載紙は少年マガジンだった。

時代もあるっちゃあるけど、(↑)みたいなストーリーが少年マガジンに載ってたのか・・・まぁ、あの時代は「はだしのゲン」がジャンプに載ってた時代だもんな。

そう考えると、今のマンガってこれで良いのか?とか、そんな事もチョッと考えてしまう。

もう少し知識をつけようや。

同じような顔した女に囲まれてハーレムやっててもしょうがねえぞ。

(↑)ワタリはこんなマンガ。

生前、いかりや長介(志村けんだったかも・・・)がこんな言葉を言っていた。

「コントを笑ってくれるのは常識がある人。常識的な知識がない人はコントをしても笑ってくれない」

なんか、こんな感じの事。

基本的な知識がないと面白くない昔のマンガも同じことが言えるかもしれない。

なんか偉そうな上から目線の話になってしまった。

かく言うオレも、誰よりも白痴だからなぁ。

意識的に意欲​された自分自身の目的を追うことにより結果はどうあれ、我々は歴史をつくるのだ。

ロックンロ~ル!!!!!!!!!!!!

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2021年6月27日 4:38 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり2021 その5

先週はどうしてもラジオのお話描きたかったのあたし。

でも今週は、それとなくいつも通り(かどうかは知らんけど)の1週間だったので、いつも通りな感じで。

今週思ったり思わなかったり、オナったりオナらなかったりした、日々の徒然なる小話でも・・・

と言う、変な感じですよね。

まぁ、それはそれとして良いか。

 

 

 

〇骨伝導イヤホンを買った

先日のラジオの件で、もう少しましなマイクでも買うか。と、思い直して、チョッとだけお金出してマイク付きのヘッドセットを購入した・・・話は、前回を参照してもらうとして・・・

その時ついでに、前から気になってた骨伝導イヤホンも買ってみた。

先日のAmazonプライムデーで、前から気になってたやつが3000円引きになってたものでな。

元々はイヤホンが苦手な嫁に、「これなら使えるんじゃね?」と言うつもりで買ってあげたんだけど、どうもあまり合わなかったようなので、勿体ないのでオレが使う事にした。

いや、これ凄いな。

普通に声が聞こえるのに、頭の中で音楽とか鳴ってやがる。

何でこんな事になっているのか、良く分からないけど、結構感動しつつ、使っております。

耳を塞がないから、人の気配におびえることなく、大音量でAV見て大っぴらにオナニーできる、画期的なアイテムなのではないかとも思っております。

嫁に見つかる分にはそのまま押し倒すだけなので別に良いんだけど、一応まだ小さい子どもとかもいる身なのでな。チョッと、気を使ったりするんですよ。そう言う事にも。

 

 

 

〇ピアスを開けた

詳細と言うか、過程については、この記事にちょっと触れている感じ。

そして、遂に今週、実際にピアス開けてきましたよ。

アラフォーと呼ばれるお年頃のおっさんが。

その時の描写については、かなり忠実に4コママンガで描いてた(↓)

まぢでこんな感じだった。

実際には、もっとビビってて、看護婦さん(と言う表現は、今はダメらしいけど)には、かなり気を使ってもらった。

「こわいよぉ~」って言ってたら、「じゃあ、1・2・3ハイで開けますね」とか色々フォローして貰った。そんなんされたら吊り橋効果も相まって惚れてまうやろ!って言う位、優しくしてもらった。

それなのに、開けた瞬間はホントに分からないくらいだった訳で、「え?あいたんですか?」って聞き返した感じ。(開ける場所を冷やしてくれたりとかしてたのもあるかも知れないけども)

その後、細かい説明とか聞いてる間にはじわじわと痛みと言うか、耳に違和感が出てきて、それがその後1日は続いたけど、今はもう(これ書いてるのはあけてから4日後?)何にもない。

ただ、忘れてて、手でガリっとやったり、服が引っかかったりした瞬間「いって~」とはなる。

これが、まだちゃんとピアスホールが出来たら無くなるのか、それとも、ピアスつけてる時はずっとこうなるのかは、今のところ不明。

整形における「ダウンタイム」みたいな感じの話があれば、またどこかの機会にでも書きたいけど、多分、今のところ、そんなものは無さそう。

 

 

 

〇あと10話

今現在、「G」の84話まで描き終わってるんだけど、このまま順調に構想通りにいけば95話で完結。つまりは、あと10話で完結なんだよな。

ページ数にして150ページほど。

物語としては、もう完全に撤収の段階になってる。

なってるんだよ。

毎回思うんだけど、この撤収段階に入ってから、実際に完結するまでが一番力がいる。いやホントに。

新しい物語を考えたり、設定を練ってたり、キャラデザインするのって、勢いでざ~っと出来てしまうんだけど、これをちゃんと形にするのはかなり大変。

そして、それをちゃんと終わらせるのが一番大変。

でも、これやらないんじゃあ、物語考えてる甲斐がないってもんですよ。だんな。

一つも物語を作り切ったと言う感慨は、何回味わっても、何とも言えない気持ちになる。語彙力が貧弱過ぎてこの気持ちを表現できる言葉を持ち合わせていない。

あと10話ほどで、またあの感覚を味わう事が出来る訳ですな。

ワクワクしながら、今日も漫画を描いております。

「G」を描き始めて2年ほど。

チョッとは画力が上がったと信じて、いつもの前の絵を最新の絵を並べるやつもやっておこう。そう。公衆の面前でやる、公開オナニーですよ。気持ちいい奴ですよ(↓)

大体同じ構図探して並べてみた。意外と言うか、ジューアツ君の正面のアップの顔が初めて出てくるのは13話だった。

そう言えば、ジューアツ君は最初のデザイン時は、たれ目のイメージだったんだよな。

いつも間にか、あんまりたれ目じゃなくなってた。

何しかあと10話、気合入れて風呂敷畳んでいくぞぉ~!

 

 

 

〇映画も見てる

「G」を描いてる間は、基本的に邦画しか見ない事にしてるので、相変わらず邦画ばっかりだけど、ここの所いくつか映画を見た。

簡単に一言感想をそえて・・・(↓)

【彼女がその名を知らない鳥たち】
阿部・蒼井の両コンビの演技が素晴らしい。白石監督の演出の凄さをまざまざと見せつけられた感じ。結末を知ってからもう一度見た時、初めて涙が止まらなくなる感動があると言う多重構成で出来たストーリーも実に秀逸。

【孤狼の血】
役所広司さんの演技にただただ脱帽。北野映画がヤクザ映画のアウトサイダーなら、こっちはヤクザ映画の本筋のような印象かな。実際物語は刑事目線で進むんだけども。これも白石監督。「凶悪」でもヤクザの描写あったけど、こっちは、古き良き日本のヤクザ映画を意識的に踏襲してて、それはそれですげぇってなった。

【累】
原作のマンガはメッチャ好き。かなり原作の空気感を再現できてる名作だと思う。ただ、誰からも忌み嫌われる「累」の役者さんが「ニナ」の役者さんに匹敵と言うか、むしろ食ってしまう位美人なのはいかがなもんだろうか。ただ、ラストは原作の作者の描きたかった事から離れてしまった気がする。

【惡の華】
これも原作マンガはメッチャ好き。ただこっちは無理やり原作に忠実にしすぎて、漫画だから許されるリアリティーのある非現実感が、ただの痛々しい感じになってたのは残念。実写でやるなら、もう少し共感性羞恥を感じさせる方向でリアルにしても良かったかも。

【望み】
物語はオレも他人事じゃない感じで、共感できるし凄く良かった。でも、要所要所に見られるいつもの堤演出が・・・だから、堤監督にこういう作品はダメだって・・・関係ないけど、この前深夜に「自虐の唄」をテレビで放映してた。思わず見入ってしまって、最後はやっぱり感動した。この映画では、ホント堤演出が素晴らしくはまってるんだけどなぁ~

【犬神家の一族】
石坂金田一の金字塔的作品。さすがに非の打ち所のない素晴らしい作品だった。前見た時は古臭い演出も多いなと思ったけど、一周回って今回見た時には、全編を通してオシャレなレトロ映画のフィルターも追加され、完全無欠映画になってた。

【スマホを落としただけなのに】
話題になってたので見てみたけど、これは、チョッと色々どうしようもない感じだった。特に、最後の主人公の過去の秘密とか必要かあれ?典型的な「話題性で金をかき集めたいです映画」のニオイプンプンで、オレはダメだった。好きな人はごめんなさい。

【それでもボクはやってない】
周防監督による社会問題を提起するための映画。是枝作品の場合は社会問題の提起の皮を被りつつ明らかに監督の本来の思惑が見えるんだけど、これはもう完全に問題提起に振り切った作品。ドキュメンタリーとして見る分には面白いけど、エンターテイメントとしては少し厳しいかな。

【亜人】
評価が良かったので見てみたけど、チョッときつかった。「アイアムアヒーロー」見て、邦画でもこういうの出来るようになったんだ!って感動したけど、あれはあの映画が凄かったと言う事らしい。ただ、綾野剛さんが演じる佐藤の「ながいく~ん」はなぜか癖になる。

などなど・・・

前に書いてからだと、この位かな?洋画もこれ以外にチョコチョコとは見てるけども・・・

チョッと前までは、園子温監督にぞっこんだったけど、最近は、白石和彌監督が良い感じ。

園子温監督は正直に言うと、とてつもない作品がある反面、「??」ってなるような作品もある。(もちろん、どの作品にも強烈な同系統の血が流れてはいるんだけれども・・・)

白石監督の作品は、今のところ見た映画は確実に全部めっちゃ面白い。

タランティーノとリュックベッソンみたいな感じだろうか。

いや、邦画監督を洋画監督で例えるなんて、邦画の監督を冒涜してるみたいでなんか嫌だな。

個人的には、邦画が大好きなんだよ。

今回の中で、特に心を揺さぶられたのは「望み」だった。

ただまぁ(↑にも書いた通り)内容は面白かったけど、相変わらずの堤演出が全開だったのがね・・・どうもね・・・

これ是枝監督だったら、どうなってたんだろうなとか素直に思ってしまった。

やっぱり、堤監督にはコメディー映画を・・・そして、三池監督にはバイオレンスを・・・

リアリズムを追及する映画は是枝監督でお願いしたかったです。

また機会があったら観た映画について、一つ一つレビュー書きたいな。

いつもの書く書く詐欺です。

 

 

 

今回はなんか知らんけど、1つ1つのトピックが長くなったので、こんなもんでさようなら。

ここ最近、ナスにアレルギーが出ております。

でも、実家からいっぱいナスをいただいております。

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2021年6月21日 3:30 CAT :

セーラー服が好きなのではなく、良い歳してセーラー服を着せられていると言う辱めが好き

事の初めは、とある夜。

いつものように、夜も寝ないで昼寝してお仕事をしていた時の話。

ここ最近、新都社の作家さん方がなんか知らんけど、ラジオ形式とか、作画配信とか、そういうのをよくやってるらしい。いや、実際やってる。

その中で個人的に、作品を愛読してる「甘納豆」と言う先生さんもラジオ形式での配信をやってて(むしろ、先駆け的な感じかも・・・)、それをお仕事しながら聴いてた。

で、その中で、「素人が連載とか調子に乗ってても『うわ~』とか言わない。皆OK!優しい世界!」みたいな事を話してた。

ここ最近、このブログでもめっきり語る事なくなったけど、かつて、ずっと一緒に創作活動をしてた「くろすけ」といつだったか、似たような話をしてたんだよね。

「素人だろうが、才能が無かろうが、調子に乗っていいじゃねえか」

「誰にも見向きもされなくても、好きな事やって行こうや~」

「最低でもオレだけはずっと読んでるから」

みたいな話だったと思う。

まだ嫁とも出会う前、一番中二病全開だった時だ。

もう何もかも嫌になって死んでしまおうと思って、当時住んでたところの近くにあった飛び降りにもってこいの海辺までフラフラと歩いていった。

海について、ふと最後に「くろすけ」の声を聴いてから死のうと思って、唐突に電話をかけたんだよ。深夜2時か3時くらいに。

起きてたのか、起こされたのか知らんけど、普通に電話に出た。特に迷惑がるそぶりも見せずに。

その後、太陽が昇るまで何時間か電話で話てた。その時アイツがオレに言ってくれたんだよ。(↑)みたいなことを。

オレは死ぬ死ぬ詐欺ばっかりやってた中二病患者なので、もちろんその時も死ぬどころか、飛び込みもせずに、なんだか満足して明るくなった道を歩いて家まで帰った。

もう何年前の話だ?これ。

ふと、ラジオ配信聴きながら、その時の事を思い出してた。

丁度、窓の外は明るくなってきてて、窓を開けると湿っぽい空気が入ってきた。

季節も同じくらい。

あの野郎。ある日突然いなくなりやがって。

ずっと読むんじゃなかったのか!。

一緒に音楽やるって言ってたから、未だに手付かずで取ってある曲だって、結構あるんだぞ。

とか思いつつ・・・

徹夜明けで脳みそも腐りきってたオレは気が付いたら、その「甘納豆先生」に「オレと話をしてくれぇええええええええええええ」って連絡を取ってた。

上記のような、甘納豆先生にとっては、多分相当「なんのこっちゃ?」ってなったと思う経緯で、そのラジオにゲスト的な感じで出させていただけることになった。

なんかもうこんな感じな上に、新都社でもトップクラスの不人気なオレなのに、相手にしてくれて、どんだけ良い人なんだろう。

感謝しかねえですよ。

これ、文章に書き起こしてみたら、とんでもなく失礼な話だよな・・・ホントごめんなさい。

数日後、なんかもう遠足前日の小学生張りにドキドキして眠れなかったまま、約束の時間の1時間くらい前からスタンバってお話ししてきた。

実際の録音してたのは、1時間くらいかな?もう少ししたのかな?

好き勝手に、しかも一方的にダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラと、自分本位な事ばっかり話させてくれて、それをうんうん聴いてもらってしまった。

直接会いに行けるはずもなく、当たり前のようにリモートだったんだけど、多分、オレの機材が尋常じゃなく貧弱だったせいで、色々ご迷惑もかけてしまった。

本当に申し訳ない。

これに関しては、ここ最近リモートの打ち合わせも増えてきたりなどの思う所も色々あったので、チョッとだけ良い値段のマイク付きヘッドセット買った(もう購入済み)。今後、ラジオとか本格的にするなら、オーディオインターフェース買ってレコーディングの時に使ってるマイクとか引っ張り出してきても良いかもしれないけど、そんな予定もつもりもないし、今はまだその段階じゃ絶対ないと思う。

何しか、良い感じに編集して貰った奴を聴いたところ、「まぢで、何調子に乗ってんだ?クソムシが」と仲村さんに罵倒されたくなるほど、調子に乗ってた。凄い恥ずかしい。ボードレールの方の「惡の華」読んで、出直したい。

オレみたいなクソムシは、地べた舐める位謙虚に生きるんだ。と、いつも言い聞かせて生きてたはずなのに・・・なんか、「先生」って呼ばれて、「作品のお話ししてください」みたいに言われたことが嬉しくて嬉しくてつい・・・(どうでも良いかも知れないけど、嫁にその事を話したら「よかったねぇ~」って涙ぐんでた)

思い出すと、ホント恥ずかしい。

何が悪いんだ。

そうだ。

普段から、オレに話をさせてくれない世の中が悪いんだ!

だから、舞い上がっちゃうんだ!

世の中が悪いんだ!

オレは悪くないんだ!

馬鹿野郎!

そういう話ですよ。プンスカ。

あと、「ちゃんと標準語でしゃべろう」と思ってたとは1ミクロンも思えない位、物凄く方言が出てた。

昔、演劇の役者をしたときに、皆から「標準語全くできない奴だな」と言う烙印を押されてたのを思い出したよ。オレの本業は台本とか演出だ!って開き直ってたな。

とは言え、お話ししてる間は、めっちゃ楽しかったし、今回の一連の事に一切後悔はしてない。

なんかチョッと普段と違う体験も出来て良かったし、そんな機会を貰えたことにも感謝しかない。いや、迷惑かけてしまったことに対しては、申し訳なく思ってるけども。

そもそもさ、演劇してた頃とかさ、羞恥プレイ大好きだったよな。

あえて、人前で恥ずかしい事してなんぼみたいな生き方してたよな。

と言う事で、今回のそのお話しもYOUTUBE上にアップされておりますので、万が一、気になった方がいれば(↓)こちらから・・・

または、共感性羞恥心を心の底から感じてみたい方は、(↓)こちらから・・・

今更ながら、このブログも、少ししたらまた「やっちまったなぁ~!」ってなるかもしれないな・・・

まぁ良いか。

人生なんて、そんなもんか。

だてに、空気読めない、友達いないわけじゃねえんだよ。

折角なので、勝手にチョットだけ宣伝・・・

相手にしてくれたからみたいな忖度は無しに。

そういうの嫌いなんだよオレわ。

今回、お話聞いてもらった「甘納豆先生」は、新都社で今「ペッペガクエスト」ってマンガを描いてる。

あぁ。はいはい。ファンタジーってこういう展開ですよね。と言う、何となく想定できる想像の展開のはるか斜め上を行くバカ王子的な漫画(誉め言葉だよ)。読んでて、良く「嘘やん~」ってなるので、毎回楽しみにしてる。

ペッペガクエストはこちらから読めるよ(↓)

【ペッペガクエスト】

あと、個人的に先生のマンガで好きなのが「CMYK」。

これもなんか、最初は「あぁ、こういう雰囲気の4コマね」と思ってたら全然裏切られていく。たった5話なのに・・・どんだけ自由なのやら・・・

最終話の「目に指がぁあああ」はいつ読んでも笑ってしまう。

一言で表現するなら、「日常系4コマの皮を被ったつの丸系ギャグ」・・・かなと。どうでも良いけど、オレが人生において一番好きなギャグマンガは多分、つの丸先生の「モンモンモン」だ。次点で「岸和田博士の科学的愛情」だ。ホントにどうでも良いな。

CMYKはこちらから読めるよ(↓)

【CMYK】

ちなみに、オレは普段、風呂の温度は45度~47度くらい。子どもと一緒に入った時は42度くらいにしてるけど、それでも「ゆでだこにされる~」って言われてたりするんだよね。

おっさんの風呂事情は以上になります。

あと、来週いよいよピアス開けます。

多分ね。

そっちはそっちでドキドキ・・・

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2021年6月16日 1:38 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり2021 その4

記事書いて、日曜日にアップしようと思ってたのに、なんか知らんけどカレンダー見たら水曜日だって。

へんなの~

世の中変なの~

不思議いっぱい。

不思議の国のアリスでございます。

ルイス=キャロルでございます。

と言う事で、書いてた内容を一部書き直したりしながら、今週もチョッとここ最近思ったことをちらほらと・・・

 

 

 

〇えがちゃん復帰の手紙

エガちゃんねるでの、江頭2:50分のお手紙。

なんか、この人真面目なんだな。と思うと同時に、年甲斐もなく感動してしまった。

本人が否定しているので作り話だろうけど、都市伝説になってる話のほとんどが今でも語られるのは、この人の人柄が100%なんだと思った。

取り合えず、辛くなった時は、このチャンネル見る事にするか。あとは、カニササレアヤコさんのチャンネルを…

生き甲斐がったメグさんのチャンネルが、もう笑える事なくなっちゃったからなぁ~

 

 

 

〇オリンピック開催の有無について

やるべきかどうかと言う問題もそうなんだけど、いつも思うのが、やるとどうなる、やらなければどうなるの話が何ででないのかと言う事。(いやすでに出てて、無知すぎて知らないのかも知れないけど)

やったとしたら、この位の感染者数が増えて、この位の経済損失がでるけど、この位の収益が見込めますよ。

やらなかったとしたら、この位に感染者数が抑えられるけど、この位の経済損失が出てしまいますよ。

とか、そういう具体的な話がないままに、「この状況でやるなんておかしい」とか「無観客でやればいいじゃん」とかそういう話ばっかり出てきても、良く分かんない。

あと、やらなかったら物凄い罰則とか出たりするんだろうか?

もう延期は出来ないって事なんだよね。

情報が分からなさ過ぎて、やるべきなのかやらないべきなのか良く分からない感じがする。

来年は、中国で冬季五輪あるんだよな。

コロナ抜きにしても、第二次世界大戦中に匹敵するようなジェノサイドを敢行中で、且つ、第3次世界大戦を仕掛けようとしてた証拠まで表に出された中国で平和の祭典をやるかどうかも、凄く気にはなっている所。

 

 

 

〇ワクチン接種のスピード

決めるまではメッチャちんたらするけど、決まってからはすごいスピードらしい。

それもこれも多分、日本人ってちゃんと順番守るし、大人しく出来るからなんだと思うんだ。

震災の時の炊き出しでも、ちゃんと並んでて、海外から絶賛されたとか何とか、そんな話も記憶にある。

こういう話を聞くと、何となく日本人っていいなぁ~って思える。

そして、新幹線とかで並んでた時に割り込んでくる中国人の団体には、毎回尋常ならざるほどにムカついてる。

いや、その話は置いておこう。

 

 

 

〇物語のフィクションの話について

ワイドナショーでやってた、アニメでの原付2ケツシーンに批判殺到したと言う話。

物凄くどうでも良い。

こんな事にやかましい奴がいるから、世の中生きづらくなるんだよね。

そのうち、時代劇で日本刀で人を切り殺すシーンは、殺人事件を助長するとか訳分からない事言われ始めるぞ。これ。

フィクションをフィクションとして見られない奴が多いって言うのは、単純に日本人の読解力が著しく低下してることの証明なんだと思ってる。

悲しいことだ。

寺山修司は「書を捨てよ町へ出よう」って言ってけど、今の時代は多分「書を抱え部屋で読もう」なんだろうね。

今の時代に「北斗の拳」が放送されたら、「子どもたちが真似して秘孔を付いたせいで、頭はじけ飛んで死んでしまったらどうするんだ!」とか批判が殺到するのかな。

 

 

 

〇所詮親子か・・・

最近、実家に行く度に親父が「どうせ死んだら読めないから、今のうちにやる」とごっそり本をくれようとする。

オレも本好きで、結構な量を持ってるけど、親父もそれに匹敵するくらいの本を持ってるわけで、今度の新居には本棚だけの図書室を作ろうとしているけど、だとしても、本の置き場所確保できるんだろうか・・・

オレの本好きの原点がこの親父のせいなのは間違いない。

ただ、自分が子育てをしていると、いかにこの親父が頭おかしかったと言う事も分かってくる。

親父がオレに対して、横溝正史の「本陣殺人事件」の小説を読ませようとしていたのは、オレが小学4年生の頃。

娘がその年に近くなってきたけど、「ちゃお」読んで淡い恋愛にトキめいているこの娘が、後数年後には、いきなり指が3本しかないおっさんが出てくる陰鬱とした殺人事件の小説を読むとは到底思えない。

オレが小学生の頃、親父が面白いから読んでみな、と貸してくれた本は、「横溝正史」「江戸川乱歩」「赤川次郎」「大江健三郎」・・・赤川次郎が可愛く見えてくるラインナップだ。

あと漫画では、「白戸三平」を筆頭に、「矢口高雄」や「雁屋哲」「藤子不二雄A」か。

「ドラゴンボール」を手にする前に、オレは「黒いセールスマン」を読んでいたんだよ。

まだ精通もしてないような小学生に、「白戸三平」の「カムイ伝」とか「ワタリ」とかを読ませてるんじゃない。

「オレは自分の子どもにそんな事はしないぞ!」と思ってたけど、今、子ども達に対して音楽で同じような事をやっている。

果たして、いま日本に「ストロベリーソングオーケストラ」と「モケーレムベンベ」と「水中。それは苦しい」に激ハマりしている小学生や幼稚園児がどの位存在しているかと言う話でございます。

所詮、親子だったよ。お父ちゃん。

 

 

 

〇「進撃の巨人」完結

1巻を読んだ時のあのとてつもない衝撃からもう10年以上経ってたと言う事が信じられない。

とにもかくにも、恐ろしく作りこまれた、尋常ではない素晴らしい物語が、作者がベルセルクしないで完結してくれたことにまずは感謝しかない。

その上で、何だろう。

物凄く色々考察をしたい。

ダラダラとネタバレを含みつつ、オレなりの解釈を垂れ流したい。

同じ土俵で語るつもりは毛頭ないんだけど、「G」でループ物を描きたくて悶々してたオレとしては、やっぱりあの物語自体が、「ループもの」もしくは「多元宇宙もの」だとしか思えないんだ。

そうとしか思えない根拠となる描写も多々ある。

その辺も含めた解釈を垂れ流したいんだよ。

あと、もう一つ。

実は、ループ物だからこそできる「過去の要因が未来にある」と言う設定。これも、ネタバレになるけど、「G」と言うか、オレの描く漫画の世界で結構重要なファクターなんだよ。

だからこそ、「似たような思考に行きついて物語を考えたおっさんが考える解釈」と言う、メッチャ調子に乗った偉そうなことを近いうちに書くかもしれない。

最近、書く書く詐欺が著しいので保証はしない。

 

 

 

〇アポトーシス

いずれ、描き直そうと思ってる「marionette」と言うマンガ。

高校生の頃に、演劇の台本として描こうとして、当時の先輩に「BOØWY」じゃないんだから。と変な突っ込みをされたあの話だ。

先日、あの話のリメイクのネタが突如下りてきた。

元々この話では、テロメアがダメになった細胞が死ぬ現象「アポトーシス」を操る事で死なない人間を作ると言う部分がメインの流れ。

所がこの「アポトーシス」が、「marionette」を描いた数年後「名探偵コナン」と言う超超超超超超超超国民的マイナーマンガの中で「アポトキシン4869」と言う薬のネタとして使われてしまった。

「いやオレの方が先にこのネタ考えて書いてたしぃ~」って、有名なバンドを無名時代から応援していた事をなぜかアイデンティティにしてる高校生みたいなことを言っても詮無い事なので、話自体を無かった事にしてしまおうと思ってた。

でも、この物語の敵役である「ラームアイ」くんは、「八神」に匹敵する物語全部を通した最重要人物な訳で、出来ればやっぱり形にしたい。

そう考えてたので、このネタを思いついたときには、「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」ってなったよ。ええ。そりゃあ、なりますとも。

タイトルは多分「あやつり」とかそんな感じになると思う。

ちゃんと主人公は「唯ちゃん」のままで、「BLAMEか!」って突っ込まれるような、ガチ目なSFになるような気がしている。

あぁ、でもこの話に着手できるのは、一体何年後なのやら、

前回のブログで「死ぬ」と言う事象について、チョッとだけ触れたけど、あれがきっかけになった事は、言うまでもなかろうて。

 

 

 

本当は、「お家を建ててみよう 第2話「雑念を振り払ってみよう」 を更新しようと思って、そっちはそっちで3000文字くらい書いてたんだけど、なんか嫁に「そう言う事書いてたら、嬉しくて自慢してるみたいでしょ」と言われて、なんか心が折れた感じでして・・・

そもそも空気読むのが何より苦手なので、多分、嫁が言ってる事が正しいと思う。

アイツがオレにそう言う事を言う時って、オレの思惑は関係なしに、大体周りはその通りに思ってるんだよ。

オレが今回の家建てる時に、実際に建てた人の話を読み漁って凄い役に立った。

でもオレみたいな立場の人の体験談が皆無だったから、そういう人のために記録を残しておこうと思ったんだけどな。

だから調子に乗って自慢してるイタイ奴だと思われるのも本意ではないのだよ。

どのみちイタイ奴ではあることは否定しないけれども。

このシリーズは取り合えず書き溜めておいて、しばらくしてからそっと少しずつリリースしていこう。

と思ってるけど、どうするかは気分次第。良く分かんない。

そんな感じで、皆様おやすみなさい。

オレはもう少しお仕事してから寝るよ。

もうこの歳になってくると、全裸より、水着とか下着とかで見えてない方が興奮するようになりました。

どうせ、脱いだってその先にあるのは毛が生えたまんこと乳首なんでしょ。とか、そういう気持ちになるようになりました。

これはこれで成長だと信じております。

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2021年6月6日 4:00 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり2021 その3

なんか思ったことをその場で吐き出せると言う意味で、twitterって便利だなぁ~って思ってたけど、ここ最近、思ったことをその場で吐き出すってどうなのよ。と考えが改められつつある。

と言う建前もあるんだけど、なんか呟けばフォロワー数が減って、放っておけばフォロアー数が増えていくと言うのも、なんかモチベーション維持にはマイナスでしかない。

しばらくは、リツイートと、週1回の「極ニュースチョクホー」で凌いでいこうかなと。

と言う事で、ここ最近の自分周りのお話しでも・・・

 

 

 

〇アホみたいな怪我をした

ムスコとその友達とかけっこ競争してて、こんなコケ方するの何年振りよ。と言う位、爽快に思いっきりこけた。

しかも、片手に息子の服持ってたせいで、手が付けなくて、肩から思いっきりこけたので、左肩がえらい事になった。

正直、鎖骨ぶち折れたと思った。

打ち身なのに、内出血が凄すぎて毛穴から血がにじんで出てきてると言う、経験したことない痛み。そして、血が冷えて体の内側ら寒くなっていくと言う経験したことない感覚。

正直、膝とか手とかの傷は、これまで何度の経験したことあるやつだけど、この肩だけはマジで初めての痛さだったので、病院行ってレントゲン撮ってもらってきた。

その結果、オレの骨はメッチャ太くて頑丈で、今回程度ではビクともしないとの事。

こんな頑丈な体に産んでくれてありがとうお母ちゃん。

ただ、打ち身が凄くて、「2~3週間は痛いよ」と言われた。

あれから、2週間。

大分マシになったけど、まだ真っ赤で痛い。

そして、膝小僧のかさぶたのけるのが楽しすぎて、一向に全治しない・・・

 

 

 

〇大阪なおみ選手の会見拒否の話

まぁあれだよね。

プロとしてお金をもらっている以上、今回の事はどうなんだろうとは思う。

その意味では、先日の武井荘さんの言ってた「利益背反行為」が実に的を得ている気がする。

オレだって、お金をもらってるお仕事では、どんなに気が乗らなくても、嫌でも、ニコニコして人前に出て行って、お話ししてくる。

帰ってきたら数時間寝込むほどダメージ受けるけど、それがお金をもらってお仕事をすると言う事だから。

アマチュアでズッとスポーツしてるなら問題なかったのかも知れないけど、そこに金銭の関係が絡んでくると、そうも言ってられない。

アスリートさんって、そういうメンタル面も含めて、凄いなと尊敬できる人たちなんだと思ってたけど、そうじゃない人も居ると言う事か。

逆に、イチローとかやっぱりめっちゃ凄い人なんだなと、凄いミーハーな感想を持ったです。

 

 

 

〇AV見るなら金払えの話

ぐうの音も出ない正論だと思う。

「AV見るお金がない人は、AV見るなと言う事ですか?」と言う反論もあるらしいけど、そりゃあそうだろ。

今日日安ければ数百円で変えるんだから、そのお金も出せないような奴は精子出してる場合じゃねえだろ。

それ、チョッと自販機でジュース買うのをやめて、ドラッグストアでジュース買えば捻出できるレベルですよ。

逆に、そんなお金でAVが見られる素敵な時代だと言う事だ。

一つだけ問題があるとすれば、それはモザイクの問題。

金出して正規で手に入れたAVでは性器が見られないと言うこのねじれ構造はどうなのかと。

ただ、童貞の内はまんこはモザイクの向こう側で妄想を膨らませてる方が幸せだと思うんだけどな。個人的には。

オレも高校生の頃とか、AV見ながらあのモザイクの向こう側には、どんな素敵な世界が広がってるんだろう。と、そんな妄想が止まらなかったもんだ。

あと、やっぱりお金出して、後ろめたさ無しでやるオナニーは良いもんだと思うよ。

 

 

 

〇ピアス開ける

4コマのネタで少し描いたけど、ピアスを開けようと思ってる。

全く興味なかったんだけど、今年の初めくらいから、ずっと嫁に「ピアス開けなよ。」「この歳で初めてのピアス開ける男の人って、カッコいいと思うな。」と洗脳され続けた結果、なんか確かに35歳超えてピアス開けるって、チョッと良いんじゃないか。いや、今開けないと、いつ開けるんだ。開けよう。開けさせてください。となってしまった。

ただ・・・怖い。痛いの怖い。

思えば高校生の頃、演劇部の皆さんが部室でゴリゴリ開けてた時に、一緒に開けてもらえば、何にも怖くなかったのになぁ。あの頃は、ピアスどころかリストカットとかしてた訳で、痛みに強い女の子だったんだよ。

でも、良い歳したおっさんとなった今では、怖いよ。

穴を開けるってどういう事だよ。

処女膜破るような感じか?

まぁ、でも決意がぶれる前に開けようとは思ってる。

それだけの話です。

 

 

 

〇ライブとか行きたい

そろそろまぢで、ライブハウスとか行きたい。

そもそも人混みとか嫌いだから、行楽地とかいけなくなっても、大してダメージ無いんだけど、ライブハウスの楽しさはやっぱり好きらしい。

それともし、ライブが出来ないと言う理由で大好きなバンドさんが活動できなくなると言う事があるなら、それが一番辛い。

と言う事で、ここ最近はCD買ってても、出来るだけサブスク経由で曲を聴くようにして、少しでもアーティストさん方にお金が流れるようにしてる。

こんな微々たるもので効果が有るのかは分からないけど・・・

 

 

 

〇「G」が最終局面まで来た。

ここに来て、本来「G」の中で語るつもりなかった、オレのマンガの世界観の根幹にかかわる話をぶっ込む1話を思いついたので、更に1話追加することになった。

構成上では、94話で完結だったけど、95話で完結に伸びた。

この1話については、描かなくても良いような気がしないでもないんだけど、でも、思いついちゃったんだよ。

ただ、お仕事他諸々がありがたいことにクソ忙しい事と、G‐ゲームシリーズがとにかく作画コスト高くて、時間がかかりまくるので、予定では、完結まで一気に行けると思ってたんだけど、G-ゲームリリーズ終わり辺りで、一旦ストップしないといけないかもしれないなと思ってたりする。

もうほぼストックがない。

あんなに描きためたのに・・・

 

 

 

〇朝倉未来さんの言ってた話

ある意味、永遠の課題とも言えなくもない、「いじめは虐められる方にも原因あるんじゃね?」問題の話。

オレは、学生時代、ホントにギリギリのところで虐められることはなく、クラスの中で存在してない扱いをされてた。

どっちかと言うと、虐められてる奴を見ながら「いいなぁ~みんなに相手にして貰えて」と思ってた。

とは言え、これはオレがいたクラスでのいじめが、所謂「いじめ」よりの「いじり」だったからそう思うのであって、旭川と言う修羅の国の標準レベルのいじめだったら、絶対そんな事は思わなかっただろうて。

今となると、あの当時のオレ自身を今、すっげえ嫌い。あんな奴は、そりゃクラスで浮いてて、誰からも相手にされねえよ。と思う。

だから、いじめは虐められる方にも原因・・・とは言わないけど、選ばれる要因があったとは思う。

クラスの中で、そいつが選ばれる要因はあったはず。

でも、だったら虐めて良いと言う話にはならない。

もうね。原因だろうが要因だろうが何だろうが、もういじめたやつが100%悪くて、いじめをやった奴は人生が終了するくらい重い罰を与えられれば良いと思う。

虐める側にも原因があった。とか、そんな殺人に対する情状酌量みたいな話が、いじめにあるはずない。

で、最初の朝倉未来の話に戻るけど、この人も一切いじめを肯定してる訳じゃあないし、発言の真意としては「どうせいじめとかしてる奴はヘタレのクソ野郎なんだから、格闘技とか習って強くなれば虐められなくなるよ」って言う事だと思うんだ。

これは、本当にその通りだと思う。

格闘技やってて、ゴリゴリの強そうなやつは絶対にいじめのターゲットには選ばない。選べるほど根性ある奴はいじめとか、そんなアホみたいな事しない。

 

 

 

〇「死ぬ事」

死ぬと言う現象について、掘り下げた面白いお話を聞いた。

生物が進化して、反映していくために「死」が如何に重要かと言う話。

ざっくりいえば、細胞は分裂を繰り返していくほどにエラーが蓄積されて粗悪な存在になって行く。(これが老化現象だとする)

粗悪なものが存在することは種族として繁栄していく上でマイナスでしかないから、そんな存在を取り除くことで常に良い状態の細胞を持った個体が中心になる事で種族を繁栄させるためのシステムが寿命による「死」だと。

そして、地球の歴史において、反映したほとんどの種族がこの「寿命による死」を採用していると。

反映するために死ぬと言う、この発想は、「サピエンス全史」を読んだ時近いくらいの目からウロコな話だった。

そして、地球上で今、この本来の寿命による「死」がちゃんと機能してない唯一の種族は人間なんだと。

「老害」と言う言葉が出てきて久しいけど、まさに、この「老害」を寿命と言うシステムで種族から消すことで、生物は繁栄してきたんだって。

これを否定した時、その種族は緩やかに滅んでいく。

さよなら人類。

 

 

 

他にも色々お話しあるんだけど、しばらくはこういう思ったことをtwitterじゃなくて、ブログで書いていくってどうかなと思ったりした次第でございます。

取り合えず、やりたい事ばかり増えるけど、時間は増えないと言う現状を打破する方法を誰か教えてください。

こうやって、まんこ見えないように足組んでる写真とかイラストってこの角度以外からだと丸見えだと言う事に、ムカつく日々を過ごしております。

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2021年5月18日 21:42 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり2021 その2

まぁね。こういう事になるんじゃねえのかと思ってたんだけど、思った通りになりやがった。このくそ野郎。

ただ、なってしまったものはしょうがない。

「週に1回くらいブログ更新できるっしょ」って思ってたけど、全然余裕じゃなかった。

気が付けば、「ああ~今週更新できなかった」から「ああ~今週も更新できなかった」になってしまってた。

これはこれで恐ろしい。

言い訳ついでに言えば、思いついたネタを忘れないように・・・という想いで、チョッとだけ書きかけてる下書き記事も何件かあるんだけど、それも結局は、描き切ってないので、ダメなものはダメですね。

ダ~メダメダメダメ人間ございます。

その辺の書きかけの記事については、また、今週末からコツコツと書き進めていこう。

 

 

 

と言う事で、ここ最近の自分周りのお話しでも・・・

 

 

 

「アーバンギャルド」と言うバンドさんに激ハマりした。

なんか、spotifyのオススメでたまたま流れてきた「くちびるデモクラシー」を聴いて、「これめっちゃいいじゃないの!!」となったわけでございまして・・・

急いでYOUTUBEでMV見漁った結果、珍しくと言うか何と言うか、全部良かった。

早速CDアルバム収集を開始。

今のところ、手にできる全アルバムを手に入れました。

そしたら、「鬱くしい国」ってアルバムの1曲「戦争を知りたい子ども達」って曲の語り部分から、聞いた事のあるおっさんの声が。

やっぱりこういうサブカルな人たちとは絶対どっかで絡んでるんだね。オーケン・・・

ついでに、復帰後キンショーのアルバムではかなり良かった「Show Must Go on」の中にあった「霊媒少女キャリー」にアーバンギャルドの女性ボーカル浜崎さんが参加してたって。

結局オレが好きなのはどこまで行ってもナゴムの系譜と言う事か・・・

 

 

 

「G」の世界を再開して以降、マンガを描きまくってる。

イヤ、描きまくってると言うと語弊があるな。

でも、ちゃんと1週間に1話は描きてる。

しかも、「G」描き始めた頃から、早く書きたくてしょうがなかった「G-ゲーム」のところまでついに来た訳で、そうなると作画の方も知らんうちに凄い気合が入ってしまって・・・なんか物凄い作画時間がかかっております。

なんか、そういうんじゃなかったじゃん。と言う気持ちもありつつ、この「Gゲーム」でやっと、いつものインフレが始まって描きたい表現がいっぱいできるんだよ。

逆にここまでの「人間らしい動きをしないといけないよな」と言う窮屈でしょうがなかった制約がなくなるので、今は、描きたいシーンが次々出てきて描いてる分には楽しくて仕方がない。

もっと漫画描く時間をください。神様。

 

 

 

おうちを建てようとしている。

このオレが。

ただ、そうなるとやっぱり色々と問題が出てくる訳で、色んな所にある埋蔵金には手を出さずに、スタート時、かなり低い予算でハウスメーカーさんめぐりなどを開始した。

・・・はずだったんだけど、それでも、どうしても必要な事がやっぱり後から多々出てきた結果、かなり余裕のあった各所の埋蔵金も枯渇しつつある。

イヤね。予想外の出費が尋常じゃなく多いのよ。

そして気が付いた。

無意識だったんだけど、オレ、結構な豪邸を阿保みたいな敷地で建てようとしていた。

いや、建てる予定で現在進行している。

是非建った暁には、色んな人に見ていただきたい。「いや、こんな豪邸建ててお前は何してんの?」って言われると思う。言ってほしい。

家が建った後は、また死に物狂いでお仕事頑張るしかない。コツコツとね。

 

 

 

上記の話とチョッと被るんだけど、会社が出来た。

なので、なんとこのオレが社長になってしまった。

大学生の頃、嫁と(まだ結婚もしてなかったけど)「2人で自分たちの好きな事をやっていきたい。その為の会社とかお店とか2人でやりたいね。」と話していた。

その当時、周りの誰もが「夢ばっかり見ないで、就職しろ」と思ってただろうし、そう言う事を言われ続けてきた。

サラリーマンとしてみんな頑張ってるんだから、変な事言わないでとにかく頑張れと。

その時、嫁と二人で決めた会社名。

それから20年近い時間が流れた。

そして今、その時から考えていた名前の会社を2人で立ち上げる事が出来た。オレが社長で、嫁が副社長の会社だ。

結局、変わる事のなかった思いがついに成就したんだよ。

今、実はその事については物凄く感慨深いものがあって、それについては、別の記事で書くつもり。

ちなみに、会社の事務所とか駐車場も込みの自宅にしようとしてるので(↑)の通り軽い豪邸を建てる方向になったと言う経緯があったりする。

 

 

 

お仕事が阿保ほど忙しい。

いや、これについては本当に感謝してもしきれない。

ただただ、ありがとうございます。と、声高に言い続けるしかない。

その反面、正直キャパオーバーが甚だ凄いことになっている。

なんかね、クライアントさんが皆優しい人ばっかりで、こんな状況でも大目に見てくれているんだけど、にしても、それに甘えすぎてる。

そのうち1人キレられ、2人キレられ・・・そして誰も居なくなった。って絶対なる。

ホント、オレ自身が糞過ぎて自分で呆れてる。

取り合えず、社員雇ってバリバリに回していくか、丁寧に出来るようにもう少し仕事を制限するか、そう言う事も考えていく必要があると思う。

 

 

 

奇蹟に近いことが起こり続けている思ってる。

ここ数年、出会う人出会う人が、まぢでビックリするほど皆いい人ばかり。

何にも出来ない、本当にどうしようもないちっぽけな人間なのに、困った事があると相談に乗ってくれるめっちゃいい人と本当にここ最近よく出会えてる。

学生時代、砂漠の中の砂鉄のような扱いを受け、虐められてる奴を見ながら「相手にして貰えていいなぁ~」と思ってたオレが。

中学時代とか女子との総合計会話時間が10分にも満たなかったこのオレが。

片手の収まるくらいしかいない友達にさえ「学生時代のお前には近寄りたくなかったわ」と断言されるこのオレが。

色んな人に相談に乗ってもらって、困ったら助けてもらって、今、この瞬間を生きている。

こんな奇跡のようなことが起こってて良いのか。

なんか、実は裏で全員が繋がって、ウシジマくんのフリーターくんシリーズみたいに、オレから金を搾取するためにはめてるんじゃないのか。と、不安になるくらい、人に恵まれてると思う。

今オレにできる事は、出来るだけ一方的に助けられるばかりにならないように、少しでもお返しできるようにすることか。

と思いつつ、結局、そんな事全くできないまま、今日もまた助けられて生きております。

会社の事も、仕事の事も、それ以外の事も全部、人に恵まれまくった奇蹟の上での出来事だと思う。

どうすれば良いんだろう。

ただただ、感謝してる。

ありがとうございます。

 

 

 

上記の事と少し関連するんだけど、ここ最近、特に気を付けてる事として「人の事を極力悪く言わない」と言う事をめっちゃ心がけてる。

人に対してムカつくことはある。

あるんだけど、オレも絶対色んな人をムカつかせてるし、そのムカつくやつだって、絶対に良い所もあるし、なんか理由があるんだと思うようになった。

そもそもオレだって、人をムカつかせようとして生きてる訳じゃあない。

あと、変な達観みたいな事が起こり始めてて、あほな事やってる人を見てると、過去の自分と重ねて「きっと、人から相手にされなさ過ぎて寂しくて、やさぐれてるだけなんだろうなぁ~」みたいな生温かい目で見る事が出来るようになった。

そういう人の事でも、例え心の中で思ってても悪くは言わない。

って言うか、それよりは、自分が凄いなと思う人の事を考えたいし、誰かに話したい。

誰かと話をするときにでも、「アイツホンマクソだよな。死ねばいいのに」と言う陰口じゃなくて、「あの人はホントすげえよな」と言う話をしたい。

これ実は、数年前位に言霊の力みたいなものにはまってて、自分の気の流れをよくするためにはプラスの言霊の力を借りたらいいと言うのを見たんだよね。

で、それをチョットだけ試してみたのがきっかけだったりする。

今では割とそれが常態化してるんだけど、これが意外とストレスがたまらねえんだよな。

ムカつくことがあったら、吐き出さないとストレスがたまる。と思ってたんだけど、そもそもそういう負の感情に侵食されること自体がストレスなのでは・・・と思いつつある。

まぁ、この辺もまた、別の記事で詳しく書いてみる。

あともう一つやってる、字を書く時に気を付ける事の話も含めて・・・

 

 

 

とまぁ、ここ最近の自分周りの話をチョットだけ。

なんか、自分語りが過ぎる気がするけど、そもそもこのブログ自体がオナニーでしかないので、オレが気持ちよくなるための文章を、オレが気持ちよくなるようにスコスコこすって出してるだけなので、これで良い事にしておこう。

メッチャ時間かけて描いた「G」の1ページ。

でも、効果音と吹き出しのせいでなんか、絵が隠れてしまったので、隠れる前の絵をここにだけ載せておこう。

こんなに頑張って描いたのに、効果音と吹き出し入れるとこうなる。

イヤ、良いんだ。

オレは、絵を描いてるんじゃない。マンガを描いてるんだから。

効果音も、吹き出しも、もちろん絵も、コマ割りも全て含めて漫画なんだから。

あと、こういう見えないところに力を注ぐのも好きなので。

でも、見えないところもちゃんと描いてますよと言う事も知ってほしい。

そんな複雑な乙女心・・・

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2021年4月25日 16:21 CAT :

バリウム飲んで白濁うんこ野郎

4月入ってから、普通のお仕事に合わせて、会社設立についてのあれこれや、家を建てるためのあれこれが重なって、なんかあっという間に時間が過ぎていってる。

そのくせ、何と言うか、打ち合わせばっかりで全然実際に何かが動き出したわけじゃないからなのか、虚無感的なものも凄い。

やっと、会社の印鑑が出来上がり、定款が出来上がり、会社の方は外枠がぼんやりと見え始めた。

家の方も、いくつかのハウスメーカーさんからプランと見積もりを出してもらい、土地の方は契約を交わしたので、ぼんやりと形が見え始めた。

ただ、お仕事は今月はあんまり進まなかったな。

これは収入に直結するので、それはそれで戦々恐々。

要約すると、めっちゃ毎日なんだかんだと動いてたのに、成果としてはイマイチとぼんやり見え始めた程度。

行ってしまえば、虚無感的なものの正体だよな。

とは言え、全く何も進んでいないわけじゃあなくて、確実に前には進んでいるはず。

今年の初めに立てた目標で見れば、「ブログを週に1回は書く」「『G』を完結させる」「法人を設立する」「家を建てる」の4つは、本当に達成できそうな感じ。(家については、完成は来年に持ち越しそうだけど)

それでもう十分じゃないか。

その為の助走だったんだ。4月は。

5月はもっと頑張ります。

色々頑張ります。

・・・って、ブログを書こうと思ってたのに、日曜日にアップするの忘れてた。

まだ、週1回更新の枠内だ。

今週中に、もう1つ記事を更新すれば。

自分には甘い人間でございます。

 

 

 

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2021年4月18日 4:26 CAT :

命(なんて)短(い)し(どうせなら)恋(でもして無意味な人生に意味でも見い出)せよ人類

「痩せたい!」って言うと、嫁が健康に良いけど、太らないような食事をいっぱい作ってくれて、そのお陰で、1週間で3㎏ほど落とすことが出来た。特に苦も無く。

でも、週末にオレが「うどん食べたい!」「焼肉食べたい!」って好き勝手食べた為に、体重が元に戻ってしまった。

申し訳ない気持ちも含めた情けない感じで、今はお腹いっぱい胸いっぱい。

食の欲望には抗えないです。

地下に監禁されて、ペリカで生活しているわけでもないのに。

さてさて。

本を読むのが昔から大好き。

基本的には、漫画が多いけれども、なかなかどうしてそれ以外の本もなくはない。

読む本の傾向としては、下記の3つがある。(と思う)

 

〇知的好奇心を満たすための本

〇娯楽的快楽を満たすための本

〇社会的欲求を満たすための本

 

「知的好奇心を満たすための本」って言うのは、興味があって知識を深めるために読んでる本。

今は、「サピエンス全史」と言う本を読んでる。

元々、大学では考古学を先行していて、文化人類学もチョッとかじっていたりするので、この「サピエンス全史」は物凄く興味深い。

考古学的な視点を交えつつ、文化人類学的な立場から、そもそもこの地球の生物史における「サピエンス」の存在について考察していると言う、もう好きものにとっては垂涎の本。

特に、有史以前の虚構を信じることができるようになった認知革命、人間が麦の家畜となってしまった農業革命のあたりはメッチャ興味深かった。

いや、まだ全部読んでないんだけど・・・これについては、全部読破してから、またチョッと自分なりの意見とか書きたいなと思ってる。

ちなみに、その前は「サンカの最新学」と言う本を読んでいた。

日本の山奥に存在していたと言う、日本の原住民族「サンカ」についての研究をまとめた本で、こちらも非常に興味深かった。

そんな話をし始めると、「日本」と「倭国」の話とか、そういう話にもなってくるんだけれども・・・

閑話休題。

次。

「娯楽的快楽を満たすための本」は、単純にオレが好きで読んでるマンガとか小説。

漫画では、今、心がざわめきまくってるのは「チェンソーマン」「血の轍」「望郷太郎」辺りだろうか。

ずっと大好きだった「進撃の巨人」「亜人」が相次いで完結してしまって、最後まで読める喜びと、心にぽっかり穴が空いた感が寂しい今日この頃。

「ハンターハンター」と「ヒストリエ」については、無の境地で待っている次第でございます。

「ヒストリエ」も11巻出たばっかりだと思ってたけど、あれからもう2年近く経つんですね。

小説では、エッセイじゃないオーケンの物語の小説、江戸川乱歩辺りがもう好きで好きでしょうがない。寺山修司も大好き。

夢野久作の「ドグラマグラ」は、何度も読もうと試みるんだけど、いつも上巻の途中位で力尽きてしまう。弟曰く、「我慢して上巻読めば、下巻は面白すぎて一気に読める」らしいけど、その我慢が出来ないままです。うむむむ。

考えてみれば小説ってもう、江戸川乱歩はもとより、オーケンも新作の小説書いてくれないから、ほとんど新しいものに手を出してないな。

でも、なぜかマンガと違って小説って、何回でも何回でも同じ話繰り返し読める。

何でだろう・・・多分、小説の方が妄想できる余地が大きいからだろうかね。

再び閑話休題。

最後の「社会的欲求を満たすための本」。

一応、こんなでも社会生活の真似事のような事をしていて、その上で、知っておくべきことを知るために読んでいるヤツ。

言ってしまえば、読みたくて読んでいると言うよりは、しょうがなく手にしてる感じの本ですよね。

今は、事業の法人化に合わせて、資金の運用とか節税について知りたくて、「橘玲」って人の「黄金の羽根の拾い方」と言う本を読んでる。

あと、家を建てるための「新築のススメ」みたいな本も先日買ってきたな。ほとんど読んでないけど。

チョッと前は、「SDGs」についての本、もう少し前はゴールドラットとか言うおっさん書いたの「toc理論」についての本とかを読んでた。

とか、偉そうに言ってるけれども、これらの本については、本当に興味がないので、尋常じゃなく読めない。

とにかく読めない。

1ページすら読むのにめっちゃ時間がかかる。ほとんどの本が「置き本」「積み本」になってしまっている。俗にいう「積読」と言うヤツだ。

でもなぁ~やっぱり、知っておくべき内容なんだろうな。

こういう事については、読むより詳しい人に教えてもらう感じの方が気が楽でいいんだけどね。

 

 

とまぁ、色んな本を読んでたりするんだけれども、実は、昔と比べて本当に本を読まなくなってしまった。

読みたくないんじゃなくて、読む時間が無くなってしまった。

朝起きてから、寝るまでほとんどPCの前にいて、ベッドに入ると力尽きて本を開くことなく寝てしまう。

もっとインプットしていかないとダメだよな。

ただ、本は出来るだけたくさん持っていたいので、今度家を建てる時には、オレの大好きな本が所狭しと置かれた書斎と言うか、書庫を一部屋作る予定。

これは、結構昔から憧れてた事で、実家にあるホントかも全部がっつり持ってきて、そして、その中にこもって本が読める生活になればいいなぁと。

そんな事を妄想しております。

ちなみに、唯物論者という訳じゃないけど、電子書籍は不満。

やっぱりね、紙とインクのニオイとか、ページをめくる感じとかが好きなんだよ。あれがないと、チョッとどうしても寂しい・・・

まぁ、そんな感じで、今日はおしまい。

オーケンの小説で(半分エッセイだけど)一番好きなのは、やっぱりこの「リンダリンダラバーソール」。

このラストは、何度読んでも泣いてしまう。

あと、江戸川乱歩で一番好きなのは、圧倒的に「蟲」。

これもラストの、柾木愛造が河原で土下座するシーンは、何度読んでも号泣してしまう。

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2021年4月11日 4:00 CAT :

お家を建ててみよう 第1話「土地を買ってみよう」

今の生活でオレは自分の欲しいものはほぼ全て手に入っている。

これは、オレがめっちゃ金持ちになったという訳じゃあない。物欲に恐ろしいほど低いんだよね。

車とか、服とかにも全く興味ないし、趣味はマンガ描いたりギター弾いたりすること。

マンガなんて、デジタルに移行した今となっては、電気代さえ払えばずっと描いていられるし、ギターはオレの愛する「てっちゃん」さえあれば十分。

あとは、本とかCDを月に数千円くらい買えれば、もうオレの人生はOKだ。

ギャンブルはもちろん、酒もたばこも一切やらない。

こんな生活でオレは満足してる。

そんな志茂田さんが、この度、なんと家を買う事を決断しまして・・・

その経緯も色々あるにはあるんだけど、それも含めて、家が建つまでをチョッとだけ、このブログでレポートしていってやろうかな。と思い立った次第です。

今日は、その第1回目「土地を買ってみよう」をお届けいたします。

 

 

 

さてさて。

そもそもの経緯から話すと、一番の原因は弟が結婚したことだったりする。

一応、オレは長男だったのでいずれ実家に帰って、親の面倒を見るんだろうと思ってたし、考えた。あと、その旨を親にも伝えてた。

で、その際オレが帰ってきた時に住む家として、実家の離れがあって、そこをリフォームして住むような話もしていた。

オレは、本当なら娘が小学校に行くタイミングで実家に戻る事も検討したんだけど、まだ弟が実家にいた為、オレが家族で実家に住み始めると肩身が狭いかなみたいな事や、娘の学区が変わってしまうと言う事もあって、それはやめて賃貸でもうしばらく粘る事にした。まだ、両親も介護が必要なとかそんな緊急性のある感じでもなかったし。

そして、去年。弟が結婚した。

結婚自体はおめでたい事極まりないんだけど、その際に弟は収入が無さ過ぎて、実家を出る事が出来なかったらしく苦肉の策でオレが住む予定だった実家の離れをリフォームし始めた。

オレに何の相談もなしに。

「さすがにそれはないんじゃねえの?」って事で、去年の夏辺りに弟とは、まぁまぁ懇々と話をして、「勝手な事してすみませんでした」と謝罪もされたでの、まぁ、この件については、もう水に流すことにした。

したんだけど、そうなると、もう今の賃貸で住んでる意味って何なんだよ?

オレは見知らぬ大家さんに毎月数万円。年間だと100万円近いお金を渡し続けてる。

それやめても良くね?

オレに残された道はあと3つ。

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

 

1.今のまま賃貸に住み続ける。

2.弟がいずれお金が貯まったタイミングで家を出たりして、その後に、その弟がこねくり回した家に入らせてもらう。

3.両親と同じ家で同居する。

 

正直に言おう。

なんでやねん!

どれもお断りじゃい!

(↑)こんな気分。

勝手に、何の相談もなしでやったんだから、その責任くらい自分で取りやがれ。

オレは、もう実家に戻る気は失せた。

そして、その為に妥協してたココ10年くらいのお住まい事情に対して、未だにムカついてる。

もうオレも、好き勝手するよ。何の相談もなしにな。

お仕事がありがたいことに増えてきて、事務所をちゃんと作ろうと思ってた事。

来客や、お仕事を手伝ってくれている人が来てくれても止める駐車場がない事

今の家では、仕事の事務所をちゃんと取って、子どもたちの部屋を取る事が出来ない事。

などなど、いくつかの複合的な理由もあって、だったら家を買ってしまおう!と言う事になった。

流れとしては、そんな感じでございます。

 

 

 

まず考えたのは、嫁ともども古いものが好きなので、中古物件を買って好き勝手にリフォームすると言う計画。

実際に、何件か内見もして、リフォーム業者さんに見積もり作ってもらう所まで行ったりもした。

したんだけど、立地条件、建物の雰囲気、希望通りのリフォームになるかの3点全てを満たしてくれる要件はなかなかなかった。

終いには、工務店の人に「リフォームより新築の方が安くて良いものになりますよ」と言われる始末。

いや、それはオレの希望が多すぎたせいなのかもしれないけれども・・・

家なんて、そうホイホイ買い替えるものじゃあない。

どうせなら、今現状で希望していることくらいは叶えたいじゃあないか。

希望してるのは、「車が数台止められる駐車場」「来客と従業員のスペースが取れる事務所」「子どもの学区が変わらないで、人が周りにほとんど住んでないところ」の3つ。

あとは、まぁ正直どうでも良い。

それ以外のところは全面的に嫁の好きに作ってくれていいです。予算内なら。

でも、この希望をかなえられるものが本当にない。

お仕事で付き合いのある社長さんとかにも、色々相談した。

その中で「そんなでかい予算で考えてるんなら、どんな希望の新築でも建ちますよ。志茂田さん!」と、とある社長さんに言われた。

それまで全く新築を建てると言う事を考えてなくて、選択肢にも入ってなかった。

無知すぎて、家を建てる事に対してどのくらいの予算が必要かも良く分かってなかった。

そうか。そう言うものなのか・・・

早速、「新築を建てる」と言う選択肢を増やすために、ネットで物件情報サイトにアクセス。売りがかかっている土地を調べてみた。

すると、数日前に売りに出たばっかりのひとつの土地が目に留まる。

普段嫁と散歩してる時によく通る場所。嫁と「ここ雰囲気いいねぇ~こんなところに住みたい」と話してた場所。

周りが畑で住宅密集地からちょっと離れた所。

でもちょっと行けば大きい道路があって個人的にはアクセスもかなり良い感じ。と言うか、横に幹線道路とか、近所にコンビニがあるような場所が嫌い。

もちろん、今住んでる所の近くなので、子どもの学区も変わらない。

広さもかなりある。駐車場5台くらいとって、大きな庭作って、別宅で事務所建ててもまだ余るくらい。

そして、坪単価でもめっちゃ安い。

周りが田んぼで道路から少し入ったところにある土地は、総じて坪単価が安いんだけど、それに輪をかけて安い。

土地を買う場合、やっぱりに気にしてたのは災害とかの関係と、土地の雰囲気と、前は何に使われていた土地なのかみたいな事だと思う。

その辺も調べてみた。

自治体が出しているハザードマップとかで調べてみた感じでは、津波とか土砂災害、水害などは全部大丈夫。

雰囲気は前述のとおり嫁ともどもお気に入りの場所。

見渡せる景色もディモールト良い。

取り合えず、電話するの苦手なので嫁に不動産屋さんに電話してもらうと、その翌日担当の人が家までやってきた。

早速、その土地の状態を聞いてみた。

不動産屋さんに聞いた話では、このコロナ禍でキャッシュが必要になった町内の企業さんが知り合いだったその不動産屋さんに格安で売ったものらしく、以前は、資材置きなどに使っていたけど、ずっと農地だったらしい。

価格が安かったのは、元々買値が安かった事と、以前農地で今は宅地にはなっているものの、地盤を作る外構工事が数十万かかる為だったらしい。

不動産屋さん的には、取り合えず出してみて、売れなかったらちゃんと地盤調整して、値上げしてもう一度売りに出すつもりだったとか。

そもそも、あんなアクセスの悪いぽつんと田んぼの中にあるような土地が売れるとは思ってなかったって。

いやいや。オレは、ずっとそう言う土地を探していたんだよ。

これは運命だと思った。

次の日には、その土地の仮手付金を払っていた。

こうして、オレは本当に誰にも相談しないで土地を手に入れてしまったという訳だよ。ワトソン君。(もちろん、嫁や子どもたちとはよく相談したけど)

 

 

なんか、こういうのって直感とタイミングだと思うんだよね。

最高の立地でめっちゃ広い土地は手に入った。

あとは、この上にどんな理想のマイホームを建てるかと言う話。

人と会う事が何よりも嫌いなんだけど、今がんばって、ハウスメーカーさんめぐりを行っております。

と言う事で、次回は「雑念を振り払ってみよう」。

家を建てるために考えないといけない悲喜こもごも。

ハウスメーカーさんに丸投げは出来ない。

色々と飛び交う雑念に振り回され続ける志茂田さんを救ってくれたのは、とある一人の社長さんの一言だった。

(いつになるか知らんけど)次回を待て!

 

 

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2021年4月1日 12:31 CAT :

11デノナルーフルリプイエ

オレが生まれた時、実は双子だったとこを知っているのは、両親と嫁だけだったりする。

生まれた時オレは、無頭症と言う所謂脳がない状態だった。

そして、一緒に生まれてきた兄は、体のほとんどを欠損した状態だった。

つまり、兄は首から上が正常で、オレは首から下が正常な状態。

このままではどちらも命は保証できない。

そう説明された両親は、オレの体に兄の首から上をすげ替え、一人の人間にすることを決断した。

成功率はほぼ0に近かったが、それでも藁にも縋る想いで下されたこの首のすげ替えと言う決断の結果、今オレはこうして、日々を当たり前に過ごしている。

生まれたばかりの体だった事、遺伝子的に同じだった双子だった事が幸いだったと言う事を随分後になって聞かされた。

兄は死産と言う事にされ、戸籍上オレが存在してる。

長い時間が流れ、そんなオレも結婚し、子どもを授かり、曲がりなりにも家庭を持つことが出来た。

首と体がよくなじんだ為、今では手術跡が気が付かれる事もほとんどない。

ここ最近思う事がある。

この人生は、オレの人生だったのか・・・

オレは誰なのか・・・

今ついている脳みそは本来兄のモノだった。

だとしたら、今オレが考え、感じ、見ている世界は、兄が考え、感じ、見ている世界なんじゃないだろうか。

確かに体はオレのものだから、子どもたちは間違いなくオレの血が流れているだろう。

でも、その子どもたちに対して、なんだか不思議な感情を抱いてしまうのは、モノを考える脳がオレのモノじゃないからかもしれない。

人は良く、心のある場所として心臓の位置をイメージする。

だが、物事を感じ取る場所はどう考えたって、脳だ。

心がある本当の場所は、脳なのか、心臓なのか。

脳であるのならオレの心だと思ってたものは、兄の心だったのかも知れない。

何十年と思い悩み、苦悩しながら、それでも前を向いて生きてきた。

その悩みは兄の悩みだったのだろうか。

夜そんな事ばかり考えて、最近眠る事が出来なくなってしまった。

また、今日も眠らないまま夜明けを迎えた。

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2021年3月28日 4:00 CAT :

月に行くつもりじゃなかった

生徒会の役員とかやって高校生の頃の話。

オレの通っていた高校では、クラス対抗の球技大会が毎年行われていた。

種目は野球だった。

そして、何でか主審を生徒会の役員がやると言う変な決まりがあった。

クラスで、信じられない位浮いてて、嫌われ者だったオレにとっては、それはそれは苦痛な経験だったんだけど、その中でまぢでもう、どうしようもなく泣きそうになったことがある。

それは、同学年の別のクラスの試合の時。

1点差で負けていたクラスに、オレを中学校の頃にいじめる・・・とまではいかないけど、普段から見下しててスキさえあればボコボコ暴力をふるってくる、めっちゃ嫌いな奴がいた。

試合終了時に「お前の権限で、あと1回延長しろ。このままじゃオレのクラスが負けちまうだろうが。」的な事を言われた。

それに合わせて、そのクラスの他の生徒も詰め寄ってきて「あと1回!あと1回!」みたいに煽ってきた。

ビビってた事が半分、あと、ノリが悪い奴だと思われたくないという想い半分で、オレはこの時・・・「じゃあ、あと1回だけ延長します!」とやってしまった。

予想できるかもしれないけど、結果その1回で逆転が起こった。

オレに詰め寄ってきてたクラスは狂喜乱舞してたけど、今度は、勝ってたのにオレの一存で勝手に延長された挙句負けた、もう一つのクラスが「ふざけんなよ!もう1回延長しろ」と詰め寄ってきた。

今考えたら、そりゃあそうだ。

でも、虐めてたやつがいた方のクラスは「もうこれで終わり。オレらの勝ち!」ってなってる。

物凄い責められて、あたふたしてた。と言うか、本当に、泣きそうになった。

結局、この時オレは「公平にするために、あと1回だけ延長する」と言う事にした。

その回は逆転は起こらず、「もう1回」って言う声もあったけど、「公平に1回ずつ延長したので、もうこれで終わり」と無理やり試合を終わらせた。

後で、先生からも「勝手に延長して、引き伸ばすな」と叱責されるし、負けた方のクラスはどうしたって納得がいかずに、クラス全員から多分物凄く嫌われたと思う。結構な禍根も残った。

あの時の事を思い出すと今でも、お腹のあたりがきゅ~ってなるのを思い出す。

さてさて。

遂に聖火ランナーがスタートしたらしい。

いよいよオリンピックは開催に向けて、舵を切り始めた。

オリンピック開催の是非についてって、実際に物凄く色んな意見がある。

そもそも誰もオリンピックが本当に政治的な面を排除して、本当の意味で国家間の思惑をすべて排除した平和の祭典だなんて思ってない。

利権と言うか、金の話もかなりあるだろうて。

でもそれと、本当に人生をかけてこのオリンピックにかけてきたアスリートさんの気持ちは全く別問題。

国家間の思惑とか、利権のためなら、中止にした方が良いけど、アスリートさんのためには、開催するべきだと思う。

と言う事で、オレは「開催した方が良いような気がしている。けど、開催のやり方は考えた方が良い」と思っている。

具体的に言うと、今後オリンピックは本当の意味で、政治に左右されず、国家間の軋轢とかも関係ない、クリーンに純粋にスポーツだけを競う平和の祭典となる。

開催国となった国は、人生をかけた世界中のアスリートたちを全力で本当の意味で応援する。国民がその為の負担も理解して招致に賛成した場合にのみ、開催国として名乗りを上げる事が出来る。

金もうけに利用されないために、広告費用などで利益を上げる行為もなし。運営に必要なお金については、世界中からの寄付と開催国が負担をする。

世界最大のチャリティーイベントみたいな感じかな。

24時間テレビみたいな嘘くさいものじゃない、本当のチャリティーイベント。

日本が、その最初の開催国になる事で、歴史に名前を残すと言うのはいかがだろうか?

来年のオリンピックからも、もちろんこの超絶クリーンな世界的平和の祭典となる。

政治的プロガバンダには一切させない。ジェノサイドのための利益も与えない。

そうすると何となく、来年オリンピック開催されない気がする。コロナ関係なくボイコットしそうな気がする。

そんな国がお隣付近にあったりするのですよ。

このご時世にジェノサイドを行っているようなお国がね。

まぁ、それはそれとして、これを続ければ、今みたいに招致合戦は多分なくなると思うんだ。代わりに開催国を擦り付け合うようになると思う。

もし、政治的プロガバンダとしても使えず、利権も絡まない、負担があるだけのチャリティーイベントでも招致合戦がこれから先ずっと行われるのであれば、オレの考え方が悪意に満ちていただけで、世界は思っていた以上にクリーンで美しいものだったと言う事なんだろう。

絶対そうはならないだろうけどな。

この話は絶対現実にはならない。

そんな事は分かっている。

取り留めが無い話ではないです。

オリンピックの開催を巡っての意見って、誰の意見も間違っていないと思うんだ。

こんな時期に開催するなんて馬鹿じゃねえのと言う意見も正しい。

アスリートの気持ち考えれば中止なんてできる訳ないと言う意見も正しい。

無観客でやって膨大な赤字を出したら経済が死ぬわと言う意見も正しい。

海外から人を入れてコロナが拡大したらどうするんだと言う意見も正しい。

そして、結論を出すのは、最終決定権を持っている人だよね。

その人が様々な意見を考慮しつつ、最終的に決定を下す。

意見は全て正解だから、全方位100%納得させることができる決定は物理的にない。

規模が違い過ぎて、もう恐縮しきりではあるんだけど、この現状で決定をする人の気分って、冒頭のオレの審判の時の状況とチョッと似てると思うんだよね。

あっちに良い顔して決定をすると、こっちから叩かれる。こっちに良い顔して決定すると、あっちから叩かれる。

両方に良い顔することは出来ない。

このどう考えても叩かれる中で、この決断に心血を注いでいる人は、本当に凄いと思う。

今一番大切な事は、その人が出した決定に対して、それが自分の考えに合う合わないに関係なく、全力で手伝う事じゃないんだろうかね。

開催することが決定したのであれば、もう反対の立場の人も成功するように全力を尽くすべきだし、中止になるのであれば、開催に賛成だった人も中止になるために起こるであろう諸問題に対して善処していくべきだと思う。

本来日本人として、日本でオリンピックが行われるとなれば(↑)の思考になるでしょ。

「ほら見ろ!オレの言った通りだろうが」とか、何の責任もない所から声を上げて邪魔する事にどれだけの意味があると言うのだろうか。

これについては、色々思惑と言うか、陰謀があるんだよね。

その辺についてあんまり詳しく書くつもりはないけど。

今、日本で一番邪魔しているのが、マスコミの皆さんなのは誰の目にも丸わかり。

あとは、何も考えないで、マスコミさんの言う事を鵜呑みにしてる、声だけはでかい頭の悪い人もか・・・

では、何でマスコミは足を引っ張り続けるのか。

開催が決まった上で足を引っ張って失敗させる事で喜ぶ国はどこなのか。

チョッと考えれば、今、オリンピックの周りで渦巻いている陰謀について、誰でも分かると思う。

そう言う事を色々知ってくると、自分で描いてるマンガの世界に渦巻いてる陰謀なんて、実にチープなものだと思ってしまう。

現実は小説よりもオレのマンガよりも奇なりだ。

だから、オレの思ってる上記の、開催方法を変えた上での開催も絶対に実現しない。

そんな事になると困る来年オリンピックを開催する国がお隣付近に存在しているからね。

自分で調べる事が出来るようになったこのご時世。

まだ、受け身で与えられた情報だけに踊らされている奴はもう駄目だよね。

ネットに散らばってる情報って、取捨択一が大変ではあるけれども。

取り合えず、森さんの失言を歪曲して取り上げた人たちと表現を不自由だと言ってる人たちが同じようなメンバーの別名義のグループ内で繋がってたりすることは、たまたまの偶然なんだよね。

結局、うまく繋がったのかどうかは分からないけど、色々怖い世の中になったもんだとは思う。

信じるか信じないかは・・・

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2021年3月21日 4:25 CAT :

処女の奇妙な冒険 第3部 未来への遺産

毎晩、ほぼ徹夜するくらいの時間お仕事してる。

それに対して「大変ですね」とか「お忙しいですね」とかよく言われる。

そうやって声かけてもらえる事には、ディモールト感謝しかない。

感謝しかないんだ。

その上で、非常に申し訳ないのだけれども、今の生活にオレは物凄く満足している。

そもそも、この夜中まで起きてないといけないのだって、眠くなったらお昼寝したり、マンガ描いたり、マイクラしたり、好きな事をやってる結果、時間が無いから睡眠時間を削っているだけで、言ってみれば、好きでこんな生活をしているきらいもあったりなかったりするあったりする(多分ある)。

なので、本当に恐縮してしまう。

好き勝手やってるのに、ご心配おかけする感じになっちゃってすみません。いや、ホントに。

会社勤めしてた頃のあの首を絞められるような息苦しさは、今はもう本当にない。

つくづく会社勤めとかに向かない人間なんだと思う。

それはそれとして、何でオレは、こうやってお仕事してるんだろう。とか、ふと考えてた。

これに関しては、もう100%家族の存在があるからだろう。

断言しても良いけど、オレが結婚もしてなくて、今でも実家で子ども部屋おじさんをしていたとしたら、オレが遊べるだけのお金をチョッと何かして稼いで、それでズッとダラダラしてたと思う。

まぁ、今の仕事をオレに提案したのが、嫁なので、嫁がいなければ、そもそも論として今の生活になるはずはないんだけども・・・

結婚した時には「これから二人で生活するんだ!ちゃんと会社勤めとかしてお金稼ぐぞ!」みたいなちょっとした責任みたいなものを背負った気がした。

娘が生まれた時には「この子だけは、何があってもオレが守り抜かないといけないんだ!」みたいな結構大きな責任を感じた。

息子が生まれた時には「こいつは、いよいよ頑張らねえといけねえな!」みたいなさらに大きな責任を感じた。

今の毎日は、この大きな責任と、やりたい事をやりたくてしょうがないオレ個人の自我のせめぎあいだと思ってる。

もし、オレに自我・・・と言うか、やりたい事とか、変な欲求とか一切なければ、多分、本当に延々と仕事してるんだろう。その結果、もっといっぱいお金を稼いで、お金持ちになっていたかもしれない。

ただこれはサラリーマン時代からズッと考えてた事なんだけど・・・

「オレは何のために仕事してるんだろう」

と言う疑問がある。

サラリーマンしてた頃は、繁忙期とかになると、本当朝の4時とか5時まで仕事して、帰ってきてから仮眠取ったら会社に行ってた。その上、月に1~2回は休日出勤もあった。

あまりにも寂しくなった娘が、オレの昼休みの時間を狙って会いに来てて、その為にオレも20分くらいだけ仕事を抜け出して、娘に会ってた。

その時間しか子どもと触れ合えないみたいな時期も長かった。

チャイルドシートに縛り付けられて長時間車に乗るのが大嫌いだった娘が、それでも、ぐっと我慢して、オレに会うために30分以上車に乗ってきてくれてたのを見て、胸が張り裂けそうになったのを覚えてる。

家族のために仕事を頑張ってるつもりだったけど、これは本当に家族のためなのか?

家族を最優先に出来ないような仕事の仕方で、本当に家族のためになるのか?

そんな事をばかり考えてた。

今の生活では、オレは家族の誰よりも家にいる。

仕事部屋にこもりっきりだけど、めっちゃアップアップしてる時でもなければ、誰で勝手に入ってきて、色々話も出来るし、息子なんて「マイクラしよう」って誘ってきてくれて、そうしたらチョットの時間位なら一緒に遊べる。(まぁ、マイクラやり始めてチョットで終わる事なんてまずないんだけれども・・・)

収入で見ても、あの頃よりはかなり増えた。

(ただそれに関しては、あくまでも副次的なもので、収入が減っていたとしても、今の生活が良かったんじゃないだろうか)

何のために仕事しているのか。

そんなもの、家族でニコニコ生活するために決まってんじゃねえか。

家族がニコニコ出来ないほど、仕事ばっかりしてまでお金持ちにならなくても良いと思うんだよ。

大金持ちになって、豪邸に住んで、ブランドもので身を固めて、高い車乗りましたところで、生憎うちの家族はニコニコしなんだよ。

うちの家族がニコニコするのは、ほどほどの生活だけどいつもみんな一緒に居る事なんだよ。

取り合えず、今、オレが基準にしていることは、子どもたちの希望を応援できるかどうかと言う事。

それは、もちろんおもちゃとかを何でも買って甘やかす的な意味じゃあない。

例えば、娘が習い事をしたいと言い出した時に「行かせてあげたいけど、お金が無いからゴメンね」と言う事だけは絶対に避けたい。

今のところは、そう言う意味でのお金の苦労を子ども達が一切感じずにノビノビ育っていってくれている。

オレも、子どもの頃「うちは貧乏なのよ」と親にずっと言われてきたけど、世に言う「お金での苦労」を全くしたことがない。

本当に必要だと思うものに対して、買ってもらえなかったり、無理だったりした事は一度たりともなかった。

今になれば分かる。

両親も、今のオレと同じような気持ちだったんだろう。

オレも、子どもたちには「お父さんは、お金が全然ない貧乏だから」と事あるごとに言ってるけど、一応、今のところ、子どもたちが望むものは全て叶えてあげられてはいる。

オレが今、急に死んだとしても、最低でも、子ども達が成人するまでは、騙し騙し生きていける程度には準備出来ていると思う。

これに関しては、オレなんかにお仕事をくれている皆々様に対して本当にどれだけ感謝してもしきれない。

後の問題は、この生活がいつまでも続くように、日々を出来るだけ丁寧に生きていくと言う事だけなんだよ。

チョッとだけ愚痴を言うのであれば、オレも、嫁みたいに子どもたちともっとずっと一緒に居たい。

いつも家で仕事しているとは言っても、メインで子育てしている嫁とは比べるまでもない。

しょうがないし、嫁は嫁でもちろん、色々苦労してるんだけど、それでも、時々「オレもああやって子どもの成長を間近で見続けたいな」と思う。

それでも、サラリーマン自体とは比べられない位、そばに居られてるんだけどね。

ひとつの欲求が当たり前になると、更にどん欲になってしまう。

人間、欲求は本当に底なしだ。

と、変な所に着地したところで、おやすみなさい。

でも、仕事は家族より軽い。

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2021年3月14日 4:04 CAT :

言葉を殺すな 声を殺すな デモクラシー

先日、とある女性とお話をしてきた。

その人は、長年勤めていた仕事を退職して、今後の身の振り方で悩んでいるらしく、「うちの事務所で雇うって言うのは難しいけど、フリーでやっていくのであれば、仕事回すことはできますよ」みたいなお話をしてきた。

その時のお話し。

どうも、社会保障とかの観点からも、どこかに勤めたい(と言うか、雇ってほしい)っぽいことを話してた。

なんか、チョッと前にもこんな話する人いたような気がする既視感もあるけれども・・・

一応「フリーでやっていくとか、自分で事業立ち上げるとかは考えないんですか?」って聞いてみたら、「女の私が一人で、そんな事やっても舐められるだけでうまくいかないですよ」と。

うむむむ。

それ、男が同じ事言ったら、本意は別としても、森さんのように世界中からバッシングされるレベルの話だよね。

前職の職場がそういう今時、思いっきり男尊女卑な職場だったのかも知れないけど、その話に、オレとその場にいたもう一人の社長さんは、チョッと固まってしまってた。

と言うのも、オレも、その社長さんもそういう「女だから」と言う部分で、人を見た事がほとんどなかったからなんだよね。

チョッと話はずれるけど、最近「女性役員の割合を〇%まで増やす」みたいな話をちょくちょく耳にする。

この話に対して、オレはすごく違和感を感じる。

何と言うか、そういう問題じゃねえと思うんだ。

男だろうが女だろうが、凄ければ役員でも社長でもなんでもすればいいし、無能ならずっとお茶くみとか受付とかしておけばいいんだよ。

「女なんだからお茶くみしておけ」って言うのは絶対間違ってるけど、「女だから役員しましょう」って言うのも同じレベルで間違ってると思う。

こういう事を言うヤツって、結局世間体気にはしてても、本質は何にも変わってない。

チョッと前に、盛大な親子喧嘩で話題になった大塚家具の娘社長。

一瞬で会社をボロボロにしたあの人に対しても、「だから、女がトップに立つと碌なことがない」と言う批判を見たりするけど、それは大間違い。あれは「無能な女が勘違いして社長なんかするから碌な事がない」だけであって、大事なところは「女」ではなくて「無能」の部分だと思う。

だって、大塚家具の場合あれが、無能な男が勘違いして社長してたとしてもどうせ、碌な事になってないって。

たまたま、ホント脳みそが入ってないピーマン頭脳の女ばっかりいる職場で、「女性役員の割合を〇%まで増やす」と言う理由で、アホみたいな女が役員をしたって良い事なんかない。

まぁ、そんな状態の会社なら、すでに役員がピーマン頭脳の男ばっかりなんだろうけど。

「女だから」と言う理由で見下される事はあってはならないけど、「女だから」と言う理由で優遇されるのもオレは差別だと思ってる。でも、どうも世のクソ似非フェミニストさんたちは、優遇される方の差別を迎合してるきらいがあるような気がしてならない。

だから薄っぺらで、似非なんだよ。

先日も少し触れたけど、日本でフェミニスト気取ってた女が、男女差別のない北欧の国に移住した時の話。

女性が重いもの持ってる横で、男性が何もしないのを見て「男性に持ってもらわないですか?」と聞くと「自分のに持ち物なんだから自分で持つのは当たり前でしょ」と言われて衝撃を受けて、自分の男女差別の考え方が如何に歪だったか思い知ったらしい。平等と言う事は、そう言う事。

本当に差別をなくしていいんだな。

例えば、女性専用車両と言う発想だって、あれ、本来のフェミニストの考え方からすると、とんでもない差別思考なんだからな。

そんなこんなで、オレは冒頭の人の「女が一人でやってもうんぬん」の話に対しては、「オレは、そう言う事全く考えてないですよ。男だろうが女だろうが、納品できるレベルのものを持ってきてくれたら問題ないですよ。」と話しておいた。

オレは、「女だからちょっと甘いところあっても大目に見て~ウッフン殺して~」みたいな態度のヤツの方が死ぬほど嫌いなので、その部分では本当に一切差別はしないです。

出来ない奴は、男でも女でもガン詰めするし、オレがダメなときは男だろうが女だろうが年上だろうが年下だろうがガン詰めされてもしょうがないと思ってる。

オレがダメだったら、年下の女にガン詰めされたって、土下座する勢いで平謝りする。

そりゃあそうだよ。

気に入らなければ、女でも手を上げるし、物凄い罵倒もする。全然しますよ。「女は弱い生き物だから優しく守って」とか知るか。男女平等を望んでるんだろ?

「生理痛が辛い。女の子は調子がいい日は月に数日しかない」とか知るか。それで、稼働日が減るんなら、その分給料減らすわい。男女平等ですからね。

とは言え、そんなオレでも結婚しておりまして、もう嫁とホントに20年くらいずっと一緒に居るので、女性のその辺りの辛い部分も多少は分かってるつもり。

嫁が今日体がだるいと言う日には、「無理しないで休んでな」って気遣って、出来る家事とか子どもの迎えとか代わりにやってたりする。でも、別にそれで遅れた仕事とか、減った収入分の補填を嫁に求めたりなんかする訳ない。その分徹夜で仕事してる横で、嫁が辛そうに横になってても、心配こそすれ、それ以上に何も思うことはない。

それは、オレと嫁が2人で1人。出来ないところをお互い補って生きていこうと誓い合った仲だからであって、この話と男女平等の話は全く別。

あと、嫁はもとより、数少ない友人の誰かが助けを求めてきたら、オレは多分全力で何とかしようとするよ。それだって男とか女とか関係なし。でもこの話も男女平等の話は全く別。

なんでオレが見知らぬ女のために不利益を被らにゃあならんのだよ。

じゃあ、その見知らぬ女は、オレが体調崩して寝込んだ時に、代わりに仕事してその収入をオレにくれるのか?

くれないのであれば、そんなものは男女平等でもなんでもない。ただ自分を優遇したいと言う糞みたいなエゴの押し付けでしかないよね。

いや。ダメだ。

なんか、余計な事色々書きすぎたか。これじゃあ、森さんになってしまう。

取り合えず、そんなこんなでしばらくはその冒頭の女性ともチョッと一緒にお仕事してみようと思っております。

もちろん、仕事のパートナーとして。

本人が言ってたような女だからと舐めるようなことは一切ないけど、女だからって大目に見ること事も一切ない感じで。

イヤしかし、ここ最近のアホフェミニストのせいで、差別はダメだけど優遇してほしいと言う都合の良い変な考え方が、世論に影響を与え始めてるのが、やりづらい世の中になったよな。

どうでも良いけど、(↑)の森さんの例の女性蔑視発言。

あれ、全文読んだら「女性がいると会議が長くなると言う人がいますが、私の組織の女性はそんな事はない素晴らしい人たちばかりです」と言う女性賛美としか取れない発言だったのビックリした。

撤回するって言う事は「私の組織の女性はダメダメばっかりですよ」っていう話にならないのかな?

この発言の前半部分を悪意を持って歪曲して切り取り報道してるマスコミってホント糞だよなぁ~

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2021年3月7日 4:08 CAT :

絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ「映画」

前回やってから気が付けば、半年近く経っておりましてん。

時間の流れのスピードにはいつもドキドキしてしまう。

一応、同じ前口上を少しだけ・・・

生きていくと言う事は出会いの連続。

その出会いは時に、人生そのものを変えてしまうかもしれない大きな力があったりなかったりあったりする。

数々の素晴らしい出会いは、そのどれか一つを取ったとしても、全てに思い入れがある。

と言う前置きの上で、絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ。

第2弾は「映画」でございます。

映画。

実は、結構大好き。

そりゃあマンガや小説と比べれば母数は少ないかも知れない。いや、巻数で言えば、そうなんだけど、作品数と言うくくり(例えば、ジョジョを全部含めて1作品とする)で考えれば、一番多いかも知れないか。

だからなのか、人生において影響を受けたと言う意味でも、映画はかなり凄い事になってると思う。

一番映画を見た時期はいつだろうか。

中学から高校生くらいの頃は、インプットの意味を込めて、それはそれは映画を見ていた気がする。

あの頃は、テレビの地上波でいっぱい映画が見れた。木曜洋画劇場と日曜洋画劇場と金曜ロードショーとテレ東の深夜にやってる映画(と、ギルガメッシュナイト)は、ほぼ毎週見てた。

あと、BSで深夜に時々やってるマイナーな映画もよく見てた。

週に3~5本程度。年間100作品くらいかな。そのくらいは見てた。

恣意的に選んだものじゃなくて、勝手に選ばれたものを見る訳だからそれはそれは満遍なくいろんなジャンルが見れたと思う。

ここ最近、お仕事の傍ら映画を見ると言う習慣が出来てきて、最近も、まぁ、1日に1本くらい見てる。

とはいえ、お仕事の合間にBGMとしての役割もありつつなので、同じものを繰り返し見てる場合が多くて、新しいものに手を出すのは、大体週に1本程度だとは思う。

それでも、まぁ、少なくはないんじゃないかなと思っております。

そんな映画の中で、人生1番。

これは、また「音楽」とは違った意味で難しい。

やっぱりジブリは外せないのか・・・

ちっちゃい頃、アホみたいに繰り返し見た「グレムリン」なのか・・・

幼少期に見て、解体シーンがトラウマになった「ロボコップ2」なのか・・・

天才過ぎてチョッと引いてしまったリュック・ベッソン監督作品なのか・・・

大好きな三木聡監督の作品なのか・・・

人生で一番繰り返して見ただろう「タナカヒロシの全て」なのか・・・

自分自身の青春そのものでしかない「グミチョコ」なのか・・・

人生で一番号泣した「ライフイズビューティフル」なのか・・・

あまりの完成度に呆然としてしまった「メトロポリス」なのか・・・

学生時代物凄く好きで繰り返し見てた「UMA(レイク・プラシッドの方ね)」とか「26世紀青年(現代はイデオクラシー)」なのか・・・

初めて似た時あまりの恐怖で夜寝られなかった「猿の惑星」なのか・・・

深夜に見て、良く分からない感情にとらわれて死にたくなった「ベント」なのか・・・

ぬるぬる動く作画と前衛的過ぎる音楽に呆然とした「AKIRA」なのか・・・

一時期どうしようもなく被れてしまった「アンダルシアンの犬」なのか・・・

などなど・・・言い出したら、ホントキリがない。

その中でもやっぱりこれだろ。ってなったのは、あまりにも好きすぎて唯一DVDを購入して持っている「バタリアン」か、あまりにも好きすぎてフジテレビ吹き替え版が収録されているディスクを今絶賛探している「ターミネーター2」・・・このどちらかだ・・・

・・・どっちだろう・・・

と、悶々と考えた内に、半年経っておりました。

半年間、両方の映画を何回か繰り返して見た結果、結論。

オレが人生で一番好きな映画は「ターミネーター2」に相成りました。

ここで、一番好きな映画は「アンダルシアンの犬」だ。と言いたい中二病的な感情はある。

世界の北野映画です。特に「ソナチネ」です。と、通ぶりたい感情もある。

でも、ここはやっぱりどうしようもなくメジャーで、どうしようもなく王道なこの映画を選ぶことにした。

実は、オレの場合、先に「2」の方を見た。あとから「1」の方を見たチョッと変則的な感じではある。正直に言えば、ちゃんと順番を通して見たかった気はする。

それはそれとして、「ターミネーター2」の好きな所でも語ろうか。

まず設定は、多分SF界隈ではそこまで斬新ではない・・・はず。もちろん、公開当時であっても。

展開自体も、斬新だったり、難解だったり全くしない。ホント王道のいい意味でも悪い意味でも、「ハリウッドの超大作!!」と言う感じ。

勧善懲悪もはっきりしてるし、恥ずかしいくらい分かりやすい機械文明への風刺も入ってる。

「1」の時、メチャクチャ強かった敵キャラが、味方になってくれたけど、それ以上に強くてどうしようもない「液体金属のアンドロイド」が無双すると言う展開も、強さがインフレし過ぎてなくて物凄く程よい。

そして、この絶対勝てないだろう敵の倒し方も、多少のご都合主義に目をつむれば、実にうまく考えられてる。

「1」が男女の恋愛に片足を突っ込んでいたのに対して、「2」が親子の愛情に片足を突っ込んでる感じも本当にうまい具合に対比になってる。

どう考えても、ジェームスキャメロンは、2つで一つの作品として考えてたとしか思えない位の、圧倒的完成度。

1ミクロンも中だるみしないで走り続ける展開。脚本も演出も正直、非の打ち所がない。完璧と言っていい出来の映画なんだよ。本当に。

だからこそ、この映画は未だに世界的に燦然と輝く名作なんだ。

でも、それだったら他にもたくさんあるんだよ。「バックトゥザフューチャー」だってあるじゃないか。と声高に言いたい。

何で、「ターミネータ2」なのか。と言うと、あとの諸々は多分、想い出補正と主観にまみれた話になる。

いや、だって、これはオレが人生で一番好きな映画の話なんだから、それで良いんだよ。

このブログでも何度か話に出ているように、オレには兄弟のように育った年の離れた「従兄」がいた。

オレは、ほぼすべての事において、その従兄の真似をして、背中を見て育ってきた。

その従兄が、「これは絶対に面白いから見てみな」と貸してくれたのが、この「ターミネーター2」だったんだけど、正直この時は、これが嫌だった。

その前に、「これ面白いから」と言われて安易に見たのが前述の「ロボコップ2」で、その中の解体されるシーンが本当にもうどうしようもないほどトラウマ級にショックだった。あまりにもショックで、しばらく夜寝る事が出来ないほど。

この「ターミネーター2」でも、そうなったらどうしよう…と。

でも、貸してもらった手前「見た?どうだった?」って絶対聞かれるから見ないわけにはいかないし、そもそもオレが心底崇拝してて、全てにおいてマネマネしてた従兄が面白いものをオレが見ないわけにはいかない。

正直、気乗りしないながらも見た。

それから2時間くらいか。

瞬きどころか、息もしてなかったんじゃないのか。

その位とてつもなく面白かった。

今思えば、ドラえもんの映画位しか見た事のなかったクソガキがいきなりこんな、今見ても「完璧じゃねえか!」と思う映画を何の知識もなしで見たんだから、そりゃあ衝撃も凄いわな。

1回見たくらいだと、正直あまり理解できてなかった。

ただただ面白かった。

この時の衝撃を超えるものにオレは未だに出会えていない。

正直な話、多分、映画と言う文化だってどんどん進化しているわけで、今、何の知識もなしに見たとしたら、この「ターミネーター2」より凄い映画はいっぱいあるかも知れない。

でもそれは、「ワンピース」と「ドラゴンボール」を比べて、ドラゴンボールには、キャラクターの過去に深みが無いから、ワンピースが凄いと言ってるようなものだ。

「ワンピース」は、「ドラゴンボール」に勝つために、「ドラゴンボール」にはなかったキャラクターの過去の話などを深堀することで、対抗しようとしたとか、尾田先生もどっかで行ってたけど、それと同じ話なんだよ。比較対象とするべきものじゃあない。

そんなもの手塚治虫と藤子不二雄を比べるレベルの詮無いことだ。

時を 話を戻そう

見た当時はまだマンガとかも描いてなかったけど、その後色々と描き始めたほとんどの物語は、凄惨な未来が待ち構えていることが分かった上で、時間をさかのぼって、何とかしようとすると言う話になってる。

「us」なんて思いっきりそのままだし、「G」だって、「ランナ」だって、その部分は変わらない。

その後、色んな作品に出会って、色々脚色され続けてきているけど、結局一番の根幹にあるものは、この「ターミネーター2」で、あの幼少期の圧倒的衝撃の呪縛から全く抜け出せていない。

オレは、頭の中にある物語を漫画とかいろんな形でずっと描いてる。多分、これは一生続けていくんだと思う。

全ての最後にある情景は、すでに頭の中にある。

その情景に向かう、いくつかの物語はどれも時系列を行き来しつつ、世界の真実を知って、それに対して抗おうとするものだ。

尾田先生が、ドラゴンボールにキャラクターのバックボーンがあればなと思って、ワンピースでキャラクターのバックボーンを深堀したのと多分同じ。

ジェームスキャメロン監督は、物凄い大きな世界が頭の中にあったけど、あえてその部分を断片的に見せて、一番面白い部分だけを「ターミネーター」2作としてまとめる事で、作品としての完成度を高めたんだと思う。だからオレは逆に、大きな世界に起こる事象をもっとたくさんすくい上げて世界の形を明確にしようとしてるだけなんだと思う。(まぁ、世界的監督と同列に語るなと言う話ではあるけれども)

オレは、映画に受けた衝撃を30年近く経った今でも引きずり続け、そして、多分一生その呪縛の中で物語を描き続ける。

オレの人生はそんな感じなんだと思う。

・・・

と言う、観点からオレが人生で一番に選んだ映画は文句なしで「ターミネーター2」に相成ったわけでございます。

この映画を見た事がないって人は、多分存在しないと思うんだけど、もしいるのであれば、絶対に見た方が良いと思う。

少なくとも、この映画を見たせいで、未だに抜け出せないおっさんが一人はいるんだから。

ちなみに、その時貸してくれたビデオは、フジテレビで放送したものを録画したものだった。

そのビデオを擦り切れるまで繰り返して見たので、今、手元に持ってるソフト版の「ターミネーター2」にはどうしても違和感がある。

「地獄で会おうぜ!ベイビー」じゃねえよ。「さっさと失せろ!ベイビー」なんだよ。

このバージョンの吹き替えが入ったBDとか、いずれ手にしたい。

しかし、このシリーズは、思いが強すぎて、毎回長くなりそうだな。

次回は、ほぼ100%答えが出ている「漫画」で書きたいと思っております。

また半年後とかに。

それまで生きていれば・・・

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

さよなら。さよなら。さよなら。

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2021年2月28日 3:46 CAT :

肉欲棒太郎の逆襲

芸能人の不祥事が多い今日この頃・・・

それはそれとして、バンドマンが不倫したとかで活動休止とか、果たしてどうなんだろうと思ってたりする。

問題なのは、キャラの問題だと思うんだ。

ファンキー加藤を例に挙げよう。

純愛とか、友情とかを歌ってるから、寝とったり、不倫したりして叩かれるんだ。

ベッキーを例に挙げよう。

好感度の高いいい子キャラで売り出すから、裏の顔がばれた時に叩かれるんだ。

別にピエール瀧が薬やってたところで、「どう考えても薬やってるとしか思えないおっさん」が実際に薬やってただけの話。それで、「幻滅した。もう、オレは電気の音楽は一切聞かない」なんてなる訳ない。

オーケンがバンドブーム時代、ライブツアー先で、未成年とやりまくってたからと言って、今更、「オーケンはそんな人じゃないと思ってた。もう、筋肉少女帯はオレの中でなかったことにする」なんてなる訳ない。

人間素直に生きていけば、それが一番なんだよ。

まぁ、やっちゃダメな事をやったのであれば、それはそれで、その分しっかり償えばいいじゃないか。

そりゃ人を殺したとか、テロを起こしたとかまでいけば、話は別かも知れないけど、不倫くらいいいじゃん。

そもそも、一般的な社会で生きていけない社会不適合者ばっかりなんだから。

償いもしないで、無かった事にして、当たり前のように人前に出ているカジサックとか言う人もいるんだし。

自分を隠して生きていくとか、きっとそれは、凄く苦しい事なんだと思う。いずれどこかでひずみが出るのは当たり前と言えば当たり前。

ただひとつ、どうかと思う事があるとすれば、その人となりを知らないくせに、敏感に反応して、その人を破滅に追い込もうとしている暇人の存在だよね。

多分、普段の生活で思い通りにならないことが物凄く多くて、うっぷんが溜まってる可哀そうな人たちなんだとは思うけれども、そんな人たちのために、多くの素晴らしい才能が無駄になって行くと言う事はいかがなもんだろうか。

昔は、もみ消しが出来たからかもしれないけれども、野球賭博で謹慎を受けた志村けんや中本工事、出版社に殴り込みをかけたビートたけし、ドラッグで捕まった井上陽水とか、脛に傷を持った人はいっぱいいる。

不倫に至っては多分昔の大物俳優さんとかしてなかった人の方が少なかったんじゃないのかな。

でも、その人たちのどうしようもない圧倒的な才能を賞賛してるじゃあないか。

最近、志村けんが「誰も傷つけない笑いをやってた」とか神格化されてるのなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ。まぢで、志村けんと言うか、ドリフターズの何を見てそんな事を言ってるんだ?って話だ。

今の時代だったら、ドリフターズは謹慎では済まされずに引退とかになってたかもしれない。

ドリフターズがいなかったとか、多分、芸能界の歴史はかなり大きく変わってと思うんだよね。

今現在やってる、心底くだらない言葉狩りや、炎上騒動は、未来におけるその位とてつもない損失だと言う事にいい加減気が付くべきだと思う。

多分、昔からそう言う事にやいやい言う暇人はいたはず。

問題なのは、それを向けられる側が貧弱になった事なんだろうね。

炎上とか言ってるけど、実際に、批判してるのなんか1%にも満たない。ただ、そいつらがキチガイだから声がでかいってだけ。

そうは言っても、オレも多分、炎上の渦中になってしまったらそうも言ってられないかもしれないよなぁ~。

取り合えず、そういうキチガイの人たちの目に、才能あふれるオレの好きな天才の皆さんが見つかりませんように。

と祈る日々になってしまったと言う事に、なんだかモヤモヤしながら、今日のところはおしまいにしておこう。

おやすみなさい。

肉欲棒太郎(↑)はこの人。

「ナニワ金融道」のネーミングセンスは素晴らしいけど、中でも、この「肉欲棒太郎」のゴロの良さは、尋常じゃないと思う。

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2021年2月18日 23:12 CAT :

生首と踊り狂う夜の足音について

ダム建設反対して、原発に反対して、地球温暖化に警鐘を鳴らしつつ、電気料金が高いっていうヤツがいるとする。

まぁ、こんな奴は大体何も考えてなくて、何でも良いから批判してみたいだけのアホなんだと思うんだ。

この世の中は、大体リスクとコストの割合で出来てる。

リスクを軽減するためにはコストがかかり、コストを減らすためにはリスクを背負う必要がある。

なんか昔は、オレも何とか出来ないものかと考えてた時期はあった。

でも、独立して自分で仕事を始めると、この辺りの事に関して、ホントに考える内容が変わってきたんだよね。

時間的に節約できるなら、その分コストがかかるのは当たり前とか、コストを削減したいけどその分、手間がかかったり、リスクが増えるのはしょうがないとか、そういう風に思うようになってきた。

金はかけたくないけど、最高のサービスが欲しいとか、訳分からんことを考えるから、世の中の色んな所にひずみが出来てくるんだと思うんだよね。

私が原発に反対してしまったために、使えなくなった電力分は、私が変な棒みたいなの回してなんとか用意します。

とか言ってる人を見た事がない。

原発は危ないから、止めて下さい。は分かる。

でも、その為に不足してしまった電力をどうするんだ?その分かかるようになったコストはどうするんだ?についての代替案が必要でしょうが。

そこでこのタイプのヤツが良くやる事は、「そもそも原発に頼ってきたこの国のやり方が悪い」的な事を言いだすアホみたいな理論のすり替え。

そして、そんな奴は当たり前だけど、文句は言うけど、それによる不利益については一切責任を取らない無責任な奴が多いような気がする。

取り合えず、文句言うなら、代替案位もってこい。

否定だけするけど、根拠もないし、自分の意見もない奴の意見は聞かなくても良い。

と思うんだけど、いかがなもんなんだろう。

まぁ何しか、同調して意味も分からず声だけでかい奴が一番性質が悪いと言う。そんなお話ですよ。

ちなみに沖縄の基地問題に関しては、また全然別の話だと思ってる。

あれは、日本に不利益な事をあえて行ってるプロ市民の皆さんと、何も考えないでそれに乗っかったるアホだけが騒いでる事なので・・・

どうでも良いけど、この前チラッと見た「男女平等を求めてジェンダーフリーな国に行って、男女平等の真実を知った女の話」は面白かった。

結局日本で喚いてる似非フェミニストが如何に薄っぺらくて、どうしようもないかが非常に良く分かる内容だったわ。

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2021年2月11日 10:39 CAT :

空想ルンバをポリリズムで踊り狂う

ここ最近、知り合いの社長さんとかから何人か「この子、志茂田さんのところで雇ってあげてよ」と言うお話をいただいた。

正直、お仕事に関しては、超絶ありがたいことに手に余って、お断りしたり、待ってもらったりしている位の状況なので、お仕事をいくつか渡してやってもらうと言う事は出来る。

出来るんだけど、雇うとなると、それはまた話は別。

オレも雇われでいた頃は知らなかったけど、人を雇うとなると、単純な給料以外にも色々と経費が掛かってくるんだよね。

雇用保険だのなんだのから始まって、健康保険も年金も・・・と、多分、給料の2~3倍くらいのお金がかかってくる。

言ってみれば、月に20万の給料を渡す場合、その人が、大体100万円くらい稼いでくれないのであれば、ぶっちゃけ、オレの方からすると雇うメリットはない。

オレなんて、結構安い単価で仕事を引き受けてたりするので、月に100万稼ぐって、結構大変だと思うんだよね。

せいぜい、30万とかその位までだと思う。(オレも最初の頃はそんなもんだったし・・・)

ノウハウを時間をかけて伝えて、環境を整備してあげて、それで、自分の給料分くらいしか稼いでくれない上に、辞められたら全部無駄になる。とか、そんなリスクをこの超弱小企業主のオレが背負えるわけがないじゃあないですか。

と言う事で、その人たちに「個人でやっていくと言う選択肢はないですか?それなら、仕事回すことはできるんですけど・・・」と聞いてみた。

そしたら「会社に入って安定しておきたいんです」と・・・

まぁ、そうか。そうだよね。

これは結構難しい問題だよ。

オレは、ここ最近色んな人に言われた通り、多分重度のADHDらしい。それも、社会生活に支障をきたす程度に。

自由がいい。

毎朝同じ時間に同じ場所に通うなんて無理だし、ホントアホみたいなミスもめっちゃ多い。

会社員時代は、いつも遅刻して会社に行って、アホみたいなミスをしては、クソほど叱責されて、うつ病になって、本当に廃人みたいになってた。

今は、好きな時に起きて、好きな時に好きなお仕事だけやってる。

それなのに、収入では会社員時代とは比べるべくもないほど増えた。

その代わり、色々リスクはありますよ。もちろん。

クライアントさんがお仕事くれなくなった瞬間、何の保証もなしで収入無しになっちゃう(まぁ、多少の対策はしているけれども)。

相変わらずミスもめっちゃ多いから、個人的に、あまり高い単価でお仕事を受けるのは怖いけど、「ミスも多いし、納期もメチャクチャだけど、安い!」と言う変なおっさんとして、一応、ご依頼はまぢで沢山いただいている。これに関しては、本当にありがたい。

もちろん、ミスが多すぎて、ぶちぎれて去って行ったクライアントさんもいるけど、全体で言うと9割くらいのクライアントさんが、継続して仕事を依頼してくれてる。

まぢで、ここに関しては本当に感謝しかない。

オレは、今の形態じゃなければ生きていけなかっただろうて。

世の中には、そういうアホなミスを全くしなくて、組織の中にいる事が出来る人種の方が多いらしい。

そして、そういう人たちは、組織の中にいる上での嫌な事より、安定を望むらしい。

オレは、その安定とリスクはあるけど今の生活だったら、リスクを取ってでも今の生活が良い。

どっちが良いと言う話をしたいわけじゃないし、オレが100%正しいなんて1ミリも思っていない。

ただ、考え方に相違があるので、そういう場合はバンドで言う所の「方向性の違い」で解散すると思うんだ。

だから、止めておこう。

オレはもう何かに我慢したり、耐えたりする生活には戻りたくない。

その労力を、今の生活を守る事に注ぎたい。

とは言え、そういうお話に関しては、まぁ少し気には留めておく必要はあるとも思ってる。

この先、どう転ぶかは分からない。

会社を大きくしたいと本気で思いだしたら、それは絶対オレ一人の力では無理だから・・・

ただ、今はこの好きな事しながらののほほん生活を続けたい。

いつまで続くかは知らないけど、出来れば一生続けたい。

今はそう願っております。

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2021年2月3日 4:40 CAT :

戻れない過去の落書きは僕と影との1ページ

やりたいことがたくさんありすぎて、時間が足りなくてしょうがない。

と言う話を、もうずっと話してるけど、ここ最近、また、物凄く思うようになった。

もう少し若い頃って、やりたいことがたくさんある自分にチョッと酔ってると言うか、それがカッコいいみたいに思ってる時期があった。

人生における計画みたいなものも、学生時代に考えていた。

例えば、オレは30歳までに「us」と言うマンガを完結させるんだ!と決めて、高校生の頃に第1話を描き始めた。

20歳くらいまでは予定通りのペースで描けてたけど、その後、就職・結婚などのライフイベントをこなしていくうちに、どんどん時間が無くなっていき、「あ!このままじゃ、usを描き切る前に30歳になってしまう!」とふと気が付いたのは、30歳になる半年前だった。

それから半年間、狂ったように「us」を描き続けたけど、結局、間に合わなくて、最後のロバートとの決戦部分を予定よりかなり端折って無理やり30歳までに完結させた。

ロバートが自分の過去を語るシーンとか、予定では、4話くらい使うつもりだった部分を1話にまとめたりしてる。

その頃のオレが思っていたのは「オレは死ぬまでにやりたい事が、腐るほどあるんだ!予定を変える訳にはいかない」と言う気持ちだった。

で、今。

かつてとは少し違うベクトルで、焦っている。

「このままのペースで行くと、確実に、やりたいこと全部やり終わるまでに死んでしまう」

頭の中にあるものを吐き出し切る事さえできないで死んでしまう。

死んでしまった後の世界がどうなのかなんて、オレにはわからない。

だから、死ぬまでになんだよ。死ぬまでに全部出し切りたい。

死ぬ間際に、頭の中にある妄想を全て、誰かに伝えて、その人の手を借りて形にしたとしても、オレが死んじゃってたらそれは意味がないんだよ。

そんなこんなで、少しずつ、色んな所で折り合いを付けつつ、やりたい事を進めていくことにした。

20歳ころから、何度か試みつつ、何度も挫折したことが、日々4コママンガを描き続けると言う事。

日記として毎日書いていた事も、続けるためにブログで公開してた事もあったけど、そのどれもが続かなかった。

でも、オレはどうしてもこの日々4コマを続けたい。

それはオレの最愛の嫁が、オレの描くどんな物語より喜んでくれるから。

今年に入ってから、出来るだけ時間をかけて4コマ風の日記を書き始めた。

取り合えず、1カ月は続いてる。

このペースで、まず1年だ。

この何の才能もないおっさんが、唯一出来ることはどれだけ不格好でも、それを続ける事だけ。

あと、今更ながら今年の目標に考えている事。

このブログを最低でも週に1度は描く。

「Gの世界」を完結させる。

新作「始まりは終末」を描き始める。または、「風を切る日々」をちゃんと定期更新できるような体制を作って、完結を目指す。

今の事業を法人化させて、ちゃんと回していく。

事務所兼新居を手に入れる。

こんな所でしょうかね。

これを、お仕事をやりながらこなしていくと言う、到底無謀な感じ。

でも、このペースでやっててもどう考えても、死ぬまでにやりたい事が全部できない。

生き急ぐわけじゃないけど、このやりたい事を何とか消化したい日々を過ごしております。

死ぬほど気が重かった、「Gの世界」の71話のネームは完成したので、今、執筆中。

元ネタも含めて1度も描くことのなかった、八神の母親をビジュアル化した。

これを描いたら、あとは、もう残りのページ描き進むだけでございます。

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2021年1月23日 4:00 CAT :

「Do Get The Star」と書いて「どげざすたぁ」と読んで土下座して感謝する

先日書き上げた「Gの世界」の最終話までのざっくりとしたプロットを基に、1話単位で内容を振り分けてみた。

実際に原稿を描いてる途中で、もっと良いものが思い浮かぶかもしれない。意外とコメントとかでもらった事で内容が微妙に変わったりすることもあるので、これで決定という訳じゃあない。

ただ、大体1話でやる内容は決まった感じ。

71話では、こんな事描く、72話ではこんな事とこんな事を描くみたいなざっくりした内容だけなんだけれども、それですでに1万文字以上ある。今まで溜めてきたものを全部吐き出そうとしてるので、1話の濃度が結構なことになりそうなんだよな・・・

あとは、これにある程度沿いながら、ネームを描いて、原稿を描いてを繰り返していくだけだ。(ネーム切ってみたら、全然13ページで収まらなくて、話数増やすかもしれないけども・・・)

この話づくりの部分についてはホントはもっと時間をかけてやるつもりだったんだ。でも、やっと一番描きたかった場所だ!ってなった関係上、次々と内容が浮かんできて、全く止められないまま最終話まで一気に書き上げてしまった。

ラスト10話分くらいは、もう少し煮詰めようと思ってるけど、そこに至るまででも、まぁ、「これは面白いぞぉ~」ってなるシーンばっかり。

いや、他の人がどう思うかは知らない。そこはごめんなさい。

ただオレは、相当良いんじゃないかなと思っております。はい。

先日「おもちゃはおもちゃばこへ」書き上げた時も、相当テンション上がって、変な感じになってしまっているので、今日のところはこの辺りにして「うむむむ」って我慢しておこう。

さてさて。

と言う事で、この「Gの世界」の話を少しだけ。

一部、ネタバレ含むので、もし「Gの世界」を読んでて、ネタバレいやだと言う神様がいらっしゃったら、ご遠慮くださいな。

ちなみに内容は・・・と言うと、この「Gの世界」について、いただいたコメントを参考にしてがっつり設定を追加してしまった。と言う話です。

これをネタバレと言うかは微妙な所なんだけども・・・

 

 

 

 

 

 

 

この位の行間でよろしいでしょうかね。

いやね。この話、実は、前からチョッと書いておきたかった話でもあるんだよ。ホント、コメントいただけることも、それ以前にチラ見でもオレの書いたマンガを読んでいただけると言う事も、ただただ感謝しかないわけで・・・そう言う事を、もう少し伝えたかったと言うか・・・まぁ、そんな感じだ!

で、話は戻る。

そもそも発端となったコメントがこちら。

[142] キタキタキタ!あの人来ましたァ! 横にいるのは立ち位置的にエミリアか でもリズっぽくもあるし又はモブかもしれないけど 意識か無意識かチョイチョイ話の横繋がりを感じます 今回は『これまでの二人同様諦める可能性』って所とRDの滅びの村の事をチョッと後で『だから最後はいつも面白い』みたいな台詞があったと思う アレも今回も運命の因果率的な絶対数とかを感じます。。 楽しみぃぃぃぃぃ <2020/02/03 13:40:55> 5CGKbu71P

丁度1年くらい前にもらったやつですな。

まぢでこのコメントを読んだ時には、クールポコより「なあああああああにいいいいいいいいい」ってなった。

と言うのも、実は元ネタのネームでは、美和ちゃんと八神は兄弟じゃなかったし、重圧くんと慶斗も含めて、5兄弟と言う設定自体がなかった。

元々の話では、八神たちはそれぞれ別に親に捨てられ行くとこもない孤児たちで、その孤児たちが山で自分たちのだけの国を作っていた。と言う、そんな設定だった訳でございます。

物語において、かなりキーとなるこの設定に対して、元ネタを描いている時から何となく違和感があった。

だって八神は、結構平気で仲間も見捨てるし殺したりもする。

なのに、なぜか美和だけはいつも横に置いておいて、特別扱いしてた。

幼い頃あの山で一緒に過ごした仲間と言う理由だけだと、なんか弱いし、「重圧や慶斗との関係はじゃあどうなのよ?」と。

それが、「G」のラストに納得がいっていない一番の理由でもあったと思う。

で、このコメントを見た時、本当に目からウロコだったんだよね。

usにおける、ロバートとエレノアのつながりは、前世からの恋人と言う事がひとつと、エミリアと言う、最高神の名前が付いた兄弟の肉体と言う大きな理由があった。

使いまわしと言われればそれまでだけれども、これだったんだよ!と。

そう考えた瞬間、元ネタでは曖昧に1話で書いてた山での「あるひとつの国」の生活が、物凄くリアルになってきた。

あともう一つ、ロバートとエレノアで言う前世からの恋人と言う設定と同じようなものも必要だなと思って、「姫子を食べた」と言う共犯意識を追加してみた。

「漠然と親に捨てられた子どもたちが集まって集落を形成してた」と言う話から「親に捨てられたけど、自分の仲間を食べてまで生き残ろうとした兄弟が寄り添って生きた」物語になる事で、これまでチョッとグラグラして弱かった「G」と言う物語全体に、強固な大黒柱が通った気がしたんだ。

そうなった結果、「だったら結末も納得のいく形にしないといけないよな」となり、今回のラスト丸々変更と言う流れに相成ったわけでございます。

もしこのコメントを貰ってなければ、多分、「G」の元ネタと全く同じ内容のままでラストまで描き切っていたと思う。

んで、「なんかこのラスト納得いかねえんだよな」と思いつつ、次の物語を描き始めてただろう。

ぶっちゃけると「ランナ」と「G」はコメントでもらった内容を読んで、シーンを追加したりとか、セリフを変えたりとか、そう言う事をこれまでもチョコチョコはしてた。(「US」は元ネタのネームをそのままアップしてたから、どうしようもなかったけど、)

ただ、これはそんなレベルの話じゃないよね。

がっつり設定変えたどころか、物語の結末さえ大きく変えてしまったんだから。

まぁ、何が言いたいかと言うと、自分で好き勝手に描いてるだけでは、決して生まれなかった凄くお気に入りのラストが描けたことに、本当に感謝しておりますと言う事です。

人に見せると言う行為が、物語をこんなにもいい形にしてくれると言う事を思い知らされた。

そう言えば、昔なんかの本で、「作った作品はとにかくできるだけ多くの人に見てもらえ」って読んだな。

実際、面と向かって誰ばりに「読んで!読んで!」ってやるのはすごく抵抗があったけど、今は良い時代になったもんだ。

こういう機会がもらえた「新都社様様様様」には本当に感謝しかねえや。

足向けて寝られねえわ。

もちろん、毎週でも、時々でも関係なくオレの書いたマンガと言う、この世で最も最底辺に位置する落書きをちらっとでも見ていただける皆様にも。

これを承認欲求と言うのかどうかは知らないけど、ここ最近、本当にマンガとか描くの楽しくて仕方がない。

これからも、まだまだ描きたい事いっぱいあるので、どんどん描いていく次第でございます。

良ければお付き合いいただければ、恐悦至極と存じます。

な感じで、おやすみなさい。

それとは別で、先日嫁からリクエストされた短編のネームも描いてる。

創作が止まらねえ日々だ。

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2021年1月22日 4:39 CAT :

ジョージオンリーでさようなら

更新頻度が上がれば偉いという訳ではないんだけれども、出来るだけ毎日更新したいなとか思っております。

で、今日書いてた内容が、結構長くなってしまうので、それは明日にして、今日は、こんな繋ぎの記事でも書いておこうかと・・・

何の才能も持ち合わせていないおっさん。

唯一出来ることは、続ける事。

ただそれだけ。

それに何の意味があるのかは分からない。

ただ、続ける。

新しくやりたいことができると、取り合えずやってみる。

そして、それもただ続けてみる。

とは言え、ずっとという訳じゃあない。

断続的にと言う言葉が、最もしっくりくる。

断続的だけれども、ずっと続ける。

ふと思い立って、やり始めると言う事は、意外と誰にでもできる事なんだけれども、それを断続的であっても続けることは意外と難しい。

途切れなく続けるのはもっと難しい。

一番難しいのは、それを形にすること。

マンガであれば、設定を考えたり、キャラクターをデザインしたり、取り合えず、冒頭の数ページから数話描くのは、比較的簡単。

それをある程度形になるまで描き続けるのは結構難しい。

そして、当初の構想に近い形で最後まで描き切る事が一番難しい。

音楽であれば、楽器をはじめたいなと思って、取り合えず楽器を手に入れて、チョッと簡単な曲を弾いてみる位は比較的簡単。

少し弾けるようになって、バンドとかを結成してみたり、人前で披露するのは結構難しい。

そして、自分のオリジナリティーを出して、音源を完成させるのは一番難しい。

みたいな感じかな。

やっぱりね、続けることが一番なんですよ。

努力したからと言って花開くとは限らないけど、花開いた人は全員努力している。と言う耳の痛いお言葉がありまして・・・

結局は、自分を信じ抜けるかどうかと言う話なんだろうね。

これですね。

ただ、ここ最近の「はじめの一歩」の迷走具合はいかがなもんなんだろうか。

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2021年1月21日 4:17 CAT :

オナニーマシーンを聴いてイノマーに思いを馳せたりしてみる

このブログと言うものを書き始めたのはいつか・・・と言うと、多分、2005年かもっと前位までさかのぼると思う。

今の形に移行してからで見るのであれば、2005年9月と言う事になっている。

今年で16年目に入った。時々、過去の記事を振り返って読んでいくと、チョッとセンチメンタルなおっさんになってしまうんでございます。

あっという間のような15年だった。

けれども、こうやって振り返ってみれば、ちゃんと一歩ずつ歩んできた15年だったんだな。としみじみ思うんだ。

本当に色んな事があったよな。

良い事も悪いこともたくさんあった。

でも振り返って見返してみれば、結果的に良い人生だったと思う。

今のところは。

これから先は分からない。でも、大丈夫なんじゃないかなと、漠然と思っております。

さてさて。

子どもの成長をお父さんのふりして、ずっと見続けている。

先日、「おもちゃはおもちゃばこへ」の原稿を描いてる所を娘に見られて「へんたいだ~!」って言われました。

嫁からは、「中学生くらいだったら間違いなく嫌われてたね」と言われました。

なんか、そんな感じらしい。

娘が生まれた時、まぢで「オレの人生はこの子のためにあったんだ」とか、柄にもなく本当に思った。

嫁であっても絶対に上げる事はなかった、大事にとっていた大好物の食べ物も、子どもたちに「欲しい」と言われると、泣く泣く半分こする。

今でも、自分と嫁の血を分けた命がこの世に存在していると言う事が、イマイチ理解できていない。

頭では理解できていないけれども、なぜか、体が全力でこの小さな2つの命を守ろうとしてるんだ。

オレは子どものためなら多分死ねる。

でも、子どもたちが悲しんでくれるうちは、死ぬわけにはいかないと思ってしまう。

何なんだろうね。この気持ち。

昔のブログとかを読み返してて、結局、いつになっても自分の中にあるものって変わりはしないと思う。

「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもんだ。

そんな中、一つだけ変わった事があったとしたら、それは、子どもの存在が大きかったんだろう。

不思議なもんだ。

人生と言うものは。

と言う、倒置法を使った所で今日のところはさようなら。

オナマシで多分一番聞いたアルバムはこれだと思う。

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2021年1月20日 4:20 CAT :

帰ってきた「うずうずにぼし」の怨念に取りつかれたのは気のせい

嫁に、この前書いた短編「おもちゃはおもちゃばこへ」を読ませた結果・・・

「良いんだけど、そろそろ他のものが見たい」と言われた。

「グロ、エロなしで、作中一切人が死なない、高校生とかのキラキラした恋愛ものを描いてみて欲しい」と。

いやいや。

そんなもの描いた事ないし、そもそもそんな話描くのテンション上がらん。

「仕事で依頼されたと思って描いてみて」と言われたので、チョッと考えてみようかなとは思っております。

多分、次回作は、胸キュンな恋愛ものになるはず。

描ける気がしないけれども・・・

さてさて。

また「G」の原稿ストックが切れてしまったので、また描きためしようと思ってるんだけれども・・・前にもちょっと触れたように、ここから先の展開が実は、過去に描いていた内容とは大きく変わると思う。

最初に描いた展開が全然ダメだという訳じゃあない。

ただ、何と言うか、当時描いている時にも、これで本当に良いのか?と思う所が多々あった。

そういう意味では、「このラストしかなかったよな」と納得できたのって、本当に「us」のラスト位なんだよね。

そこで今回は、丸々書き換えて、全く違う結末にしようと思ってる次第でございます。

目指め「us」だ!こん畜生!

本来の「G」の結末の方は、最近めっきり更新してない漫画堂のノートマンガの方ででも、こっそり更新するかも知れないし、もう表には出さないかも知れない。

と言う事で、この描きためで、最終話までの全てのプロットを練り直して、全部のネームを作ってから、作画作業かなと思っている。

多分、これまでで最長の作画期間になると思う。

そんな事情も相まって、今回、新都社さんの方は状態を「連載」から「休載」にしておいた。

あんなマンガでも、もしかしたら続きを待ってくれている神様のような人がいてくれるかもしれない。

その人のためにも、しばらくは休載と言う事にしておいて、ちゃんとしたものを描きためられたら、また再開しようかと・・・

別に、描くのをやめる訳じゃなくて、ずっと描き続けるんだけども。

まぁ、そんなこんな言いながら、最終話までの展開については、元ネタの部分も絡ませつつ、もうほぼ出来上がってる。

あとは、これを時系列に並べて、ネームを切っていく作業になる。

一つだけ問題がある。

次の話が、八神の過去を八神目線で振り返ると言う展開なんだけれども、そこでは当初から予定していた感じだと、まぁ、ぶっちゃければ一番下の妹、姫子が衰弱して死んでいく過程とかをがっつり描くんだよね。

そのモチベーションが今、無い。

だから、「あぁ~次のネームかきたくねえなぁ~」とかなってる感じ。

これ以降も描きたい話がてんこ盛りなので、止めるつもりは一切ないけれども、しばらくは、他の話とかから手を付けるようになるのかなと思ってたり思ってなかったり・・・

目標の今年中に完結のためには、3月か4月には再開したいので、それまでには何とか・・・最終話まで形になってたらいいな。

で、出来れば、もう完結まで描きため期間無しでいければ一番理想だよな。

その次は、「始まりは終末」を描き始めるか、「風を切る日々」をちゃんと描き進めるか・・・

やりたい事は、ホントいっくらでもあるんだけどな・・・

これは昔、「サナダムシより細く長く」と言う4コマブログで公開してた四コマ漫画。

こういうのまた始めようかな。と思ったりもしてる。

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2021年1月19日 4:23 CAT :

親父にいっぱい殴られた記憶しかない

先日車の運転中、めっちゃ眠くなったので、嫁に「なんか面白い事ない?」って聞いたら、「100の質問」なるものを出された。

それが意外と、頭を働かせてくれて、眠気は結構吹き飛んだ。

あと今更、100の質問に答えたとて、そのほとんどに対して嫁は「あぁ~あれね」とか「だと思った」ばっかりだった。

いや、そりゃあそうでしょうな。

自慢じゃないけど、嫁に対して隠し事とか、多分、去年の夏ころにめっちゃ変態な音声データを買い漁ってた事くらいしかない。

本当に何にもない。

今更、100個質問に答えたところで、知らなかった姿が垣間見える余地なんてないってもんだ。

・・・と思ってた。

その中で一つだけ「うそ!!これは意外だった」と言われた質問があった。

その質問は「好きな芸人は?」と言う質問。

多分、嫁の思ってた回答は「鳥肌実」「脳みそ男」「goヒロミ44」辺りだったと思う。

確かに、その辺りの地下芸人さんめっちゃ大好きですよ。

でも、オレが心の底から大好きな芸人さんと言えば・・・そう。「FUJIWARA」のお2人しかいない。

これが、嫁にとってはメッチャ意外だったらしい。と言うか、「どこか面白いの?あの2人の・・・?むしろ嫌いな部類の芸人さんだと思ってた」と、ビックリしてた。

そうでしょうな。

正直に言うと、フジモンがヘキサゴンファミリーに入ってた頃、FUJIWARAのお2人については、オレも、「あぁ・・・大好きだったのにな・・・」と思ってたよ。

ゆっきーなとか言う、超地雷の韓国人を嫁にもらったり、とにかく「何やってんだよ!主にフジモン!」とずっと思ってた。

でも。

でもだ!

オレは、12月の頭位に(↓)このYOUTUBEチャンネルを見つけた。

これ見た時、まぢで泣きそうになった。

ああああああああああ!大好きだったころのFUJIWARAが帰ってきてますやん!!

これだよ!これが見たかったんだよ!!

って、なった。

オレが、まさに青春時代に一番大好きで、一番応援してた芸人さんは、この2人だった事を物凄く思い出した。

あたくし、「吉本超合金」世代ですのん。

友達と「~~祭り」って言いながら、意味もなく罰ゲームばっかりやってた世代ですのん。

なもんで、特に、2丁拳銃がゲストに来た回なんて、面白すぎてなのか、嬉しすぎてなのか、ひっさびさに、泣きながら声枯れる程笑った。

2丁拳銃が東京に行ってしまって「超合金F」になってからも、ずっと見てたけど、やっぱり「F」よりも前が好きだったんだよな。

この4人はやっぱり最高だ。

なんだよヘドロパパとか。そう言うんじゃねえんだよ。

このYOUTUBEチャンネル見てたら、懐かしい面白企画が満載。

2丁拳銃と、牛乳祭りして「またみこし」やってたりとか、ホント感涙ものですよ。

とは言え、やっぱり90年代のしかも大阪ローカルと、今ではコンプラが違い過ぎて、色々出来ない事も多々あるんだろうね。

全身白タイツの黒人ガンダムがシバキにこないし、息できへん祭りみたいな危ないもの無くなったし・・・

それでも、このチャンネルの一番初めお二人が「今のテレビではやりたい事が出来ない」とか「本当にやりたい事をやるために始めた」とか、そう言う事を言ってたのを聞いて、オレの世代でテンション上がらない奴いないと思うんだ。

思い返してみれば、オンエアバトルにFUJIWARAが出た時には、なんか嬉しすぎて録画して何回もみたし(一番繰り返して見たのは、「人形劇のネタ」だと思う・・・)、それこそ、全国区になっていくFUJIWARAをメッチャ応援してた。

いつからだろうかね。

何となく興味なくなっていってたのは・・・

何しか、こんなうれしい事はない。

やっぱり最高に面白い。

オレが大好きな芸人さんは間違いなくこの2人だったわ。

と言うのが、冒頭の話に繋がってくる訳ですよ。

なんかね、見てたら元気になれるんだよな。

まぁ、今の時代にこの芸風ってあってるのかどうか分かんないけど、それでも、オレはこれからも応援し続けますよ。

この回とか、まぢで超合金世代には、たまらんですよ。

どうでも良いけど、今回、ケツバットしに来てた全身白タイツの黒人ガンダムの画像探そうと思ったんだけど、検索とかに一切引っかからなかった。

超合金で、バット持って殴りに来る黒人ガンダムいたよね?

今では、問題になってなかったことにされてるんだろうか。

と言うか、オレの記憶違いか?

じゃあ、ミスタービーンの3巻ばっかり買ってたのは気のせいか?

息ができへん祭りは夢だったのか?

フジモンが待ちゆく人に鼻くそ付けてたのは妄想だったのか?

ブリーフ姿で物乞いししてたのは見間違いか?

などなど、チョッと腑に落ちない感じもするんだけども・・・

取り合えず、早くコロナが収束して、ロケ系のネタが加わったらまぢで最強のYOUTUBEチャンネルになると信じております。

せっかくなので、モビルスーツで一番好きなサザビーの画像でさようなら。

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2021年1月17日 22:14 CAT :

さびれた店の中にだって ポリバケツの中にだって  公衆便所の汚物入れの中にだって朝は訪れる

先日のブログでふれた「おもちゃはおもちゃばこへ」の話で、過去にこんな記事を書いてたたらしい

なんか、関連記事で出てきた。

そういう機能があったりするのか。ふむふむ。

先日の記事を、後になって読み直してみた。

まぁ、あれですね。

深夜テンションと、良い漫画が描けたテンションで、尋常ならざる恥ずかしい文章になってる気がしないでもない。

これが・・・夜に描いたラブレターと言うやつか。

え~と・・・

何と言うか、そんなすごいもんではないですよ。

自分では、面白いと思ってるけど、究極的に自画自賛するほどの物語なのかと言われれば、ただただ「すみません」と言う感じ。

これからもコツコツマンガ描いていきます。はい。精進します。

それはそれとして、先日の記事もそのまま残しておくけどな。

さてさて。

先日の自画自賛の記事を見てて、まぁ、恥ずかしいんだけど、ひっそりと心の中で思ってる事もある。

自分で言うのもなんだけど、今回作画については本当に時間かけたんだ。

で、時間かけた結果、チョッとだけだけど「絵がうまくなってる」ような気がしたんだよね。

絵に対しては、それはそれはコンプレックスがある。

本当に、絵が下手。

壊滅的にセンスもないし、才能もない。

物凄く長い時間、絵の練習をひたすら繰り返してきたけど、結局、全く成長しなかったし、どうしようもないままだった。

・・・

・・・と思ってたんだよ。

でも、「Gの世界」を描き始めて、まだちゃんと絵がうまくなってる気がする。

そりゃ、普通に絵が描ける人から見たら鼻で笑らうレベルだろうけど、それでも、「壊滅的にセンスのないオレが」と言う枕詞が付けば、チョッとは絵が描けるようになった気がするんだ。

昔っから、小説であったり、演劇台本であったり、音楽であったり、何だったら物語自体は色んな所で褒められるんだけど、絵に関しては、本当に歯牙にもかけられない。

唯一、嫁だけがオレの書く絵を好きだと言ってくれるけど、それは、絵が良いと言うのともちょっと違うように思うし。

だから絵の才能は1ミクロンもないと思い込んでた。

いや実際にないのは無いんだろうけど、めっちゃ絵の練習してると思ってた。

果たして、オレはそんなに絵の練習をしていたのか・・・

あの頃の事を振り返ってみると、確かに毎週1話何らかの長編のマンガを描き続けながら、毎月短編を1~2話描いてたよ。実際、今なんて、その頃描きためたネタを原稿にしてるだけみたいなもんだし。

でも、それは絵の練習をしていた事とイコールじゃない気がしてきた。

当時、1日中妄想の世界に入り浸ってた。

そして、その妄想の中の出来事を掬い取っては、それを演劇の台本にしたり、小説にしたり、詩にしたり、漫画にしたりしてた。

本当に1日中物語の構想ばっかり考えてたし、インプットも必要だと思ってたから、映画見倒して、漫画も小説も読み倒した。

それをオレはずっとマンガを描くための練習だと思ってた。そしてそれがいつの間にか絵を描く練習も付いてるもんだと思いこんでた。

オレ、絵を描く勉強・・・一切してなかったよ。

確かに、ネームノートは数万ぺージ描いた。

でも、それはあくまでネームであって、絵としては書き殴っただけのもの。

絵を描くためにパースの練習したり、デッサンの勉強とかっていえば・・・全くしてなかった。

そもそも友達も彼女もいないし、極度の人見知りなので人の顔や体つきを見る事すらほとんどなかった。

物語は作るため、色んなものを読み倒して見倒してインプットしまくったし、起きてる間は本当にずっと考えてたんだよ。

音楽だって、子どもの頃からピアノを習ってて楽譜の読み書きとかは普通に出来たし、曲を作るために音楽の理論とかはちゃんと勉強した。

楽器の練習だってちゃんと毎日何時間かやってたんだよ。

それに比べて絵については、才能云々言う前に、やるべきこと全くやってなかったわ。

いや、別に才能があるんだ。とは思わない。

何と言うか、その辺については、壁を感じる事は物凄くあるから。

でも、ここ2年くらい毎週1話13ページほど原稿を仕上げてる。

ネームの時はあくまでも雰囲気をつかめればOKだと思ってたけど、ちゃんと原稿として絵を描こうと思うと、顔の歪みやバランスが気になったり、表情がイマイチだったり、体つきが変だったり、背景との対比が気になったり、パースの狂いが気になったり・・・やっぱりしてしまう。

気が付けば、この2年くらいは、表情とか、体つきとか、角度による見え方とかをメッチャ色んな参考資料を集めまくって勉強してる。

嫁のお陰で、人見知りも本当に少しだけだけど解消されて、人のことも見られるようになってきた。

あわせて、13ページ分・・・大ゴマ多用してるとは言え、大体50コマ位は毎週描いてる。

多い日でも3時間くらいとは言え、2年間で4000コマ位は描いたんだよね。

全然少ない方だとは思うけど、この位やっただけで、過去最高に絵が描けるようになってきてる気がする。

結局、楽器も、文章も、絵もめっちゃ努力したけど、絵だけは全く伸びなかった。んじゃなくて、圧倒的に絵だけ何にも努力してなかったと言うお話ですよ。(まぁ、他をめっちゃ努力してたのかと言うことは置いておいたとしても)

取り合えず、絵については才能ある人を色々見たので、才能があるとは微塵も思えない。あとそもそも、色々と気が付くのが遅すぎるわ。

ただまぁ、漫画家になるために頑張る!とかそういう話でもないので、これからも、コツコツ描き続けて、絵もうまくなれたらそれに越したことはないと言う話。

「G」描き終わった後だって、まだまだ先が長い「RD」があって、その後にも「FE」も「マリオネット」もあって、最長の物語「やみ。世界」が待ち構えてる。

これ全部描き終わった頃には、人並みには絵も描けるようになってると信じたい。

一つ気になるのは、これがアナログ環境じゃないと言う事で、うまくなってるのはPCを使った作画作業のような気がすることだけど・・・それはそれとして、まぁ今は今でお絵描きを楽しみます。

やっと少しだけ、頭の中の情景を絵にすることの楽しさが分かってきた気がするので。

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2021年1月17日 1:50 CAT :

「おっぱいを描く」と言う名のリハビリテーション

twitterの方では、ちらっと触れたけど、9月に「虐殺の恋文」を描いて以来、4カ月ぶりに短編を一つ描き上げる事が出来ました。

なんか、「オレは100%自己満足だけでマンガを描いてる」とかずっと思い込んでたけど、ここ最近のモチベーションは完全に誰かに読んでもらえてると言う部分に尽きる感じがしております。

その上ホント一言でもコメントとか頂ける。と言う事にたいして、本当にもう・・・どうしようもなくモチベーションが上がっておりますよ。おっさんは。

お陰様で、ここ数年、近年稀にみるなかなかのペースで色んなものを作りだしてる感じがする。

まぁ、そんなこんなで今年1発目の短編。

出来れば、年に数本は短編を書き続けたい。

短編って、長編と比べると構成とかで色々頭使うんだけど、やっぱり描くの楽しいんだよね。

その上、読んでいただけてコメントいただけたりした日には・・・って、もうしつこいな。

さてさて。

結構前からどうしても読んでみたいマンガがあった。

「さくらの唄」って言う、古いマンガなんだけど、それがたまたま全巻手に入った。

こんなマンガね。

性描写と暴力描写がまぁまぁ多めなので、最終巻はR18指定を受けているそうで・・・(その最終巻が、プレミアも付いてなかなか手に入らないので、ずっと探してたんだよ)やっと読むことが出来たと言う感じ。

読んでみた結果、とてつもない衝撃を受けた。

それに合わせて、尋常じゃない創作意欲が湧いてくると言うか、衝動に突き動かされた。

もうこれは、実際手に取って読んだ人にしか分からないかもしれないけど、この漫画凄い心を揺さぶられるんだよ。まぢで。

個人的に、性描写とかをマンガではあんまり描かない。

なんて言うか、オレみたいなもんが、性描写を描こうなんておこがましいみたいな良く分からない気持ちが強くて・・・

ただその反面、この世の中にあるほぼ全ての事象は結局のところ性衝動に由来すると思ってたりもするんだよね。

(その辺の事を最近ぶちまけたこんな記事も書いたりもした ⇒ 「愛とか何かその辺の色んなものを取り戻せ」)

だから、歌詞であったり小説であったりでは、そう言う物語もたくさん描いてる。

単純に絵にすることに抵抗があったんだよ。ホント絵に対しては尋常じゃないコンプレックスがあるもので。あと、チョッと苦い思い出もあったりして・・・(この辺の詳細は、後で書くかもしれない・・・)

でも、「さくらの唄」を読んでそんな気持ちが全部吹き飛んだ。

描きたいものを全力で描くべきなんだ。みたいな良く分からない決意が、体の中から沸々と湧き出てくる実に不思議な感じ。

別に誰かに頼まれて描いてる訳じゃあない。

別にお金をもらって描いてる訳じゃあない。

頭をよぎったのは、これまで考えた中で、個人的に最も美しい情景を描写できたと思っているひとつの物語だった。

8年ほど前に製作したアルバム「王道軽傷」に収録した1曲の歌詞になった「おもちゃはおもちゃばこへ」と言う物語。

今、オレが描きたいと思う全ての衝動がこの物語にはあるように思った。

この物語は、性描写も残酷描写もある程度必須で、だからこそ、これまでずっと敬遠してきた。

でも、今なら描ける気がする。

そう思って、「さくらの唄」を読み終わってからホント1時間くらいで一気にネームを描き上げた。

年明けてからは「Gの世界」描いてる合間に時間を見つけて、コツコツを作画作業を進めてきた。

(↑)みたいな理由もあるので、作画は本当に時間かかってしまったんだよ。

多分、「G」1ページ分の労力で、1コマ描きあがるくらいの感じ。

ネームから換算すれば1ヶ月弱ほど。

やっと、完成しましたよ。

へっぽこなりに、今描ける一番きれいな絵で描けたとは思う。

久々に、本当にちゃんと原稿を描いたような気がしている。

出来上がった後は、いつもみたいに紙に印刷して、何度も何度も読み直した。

間違いなく面白いと思う。

あまりにも嬉しくて、部屋の中をグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル回りながら読み直してたので、目が回ってチョッと胃液が上がってきた。

本当に面白いと思う。

いや、これは面白いじゃねえか。

オレが自分で思うところの、日本人にとって最も美しく感じる情景として心の奥そこにある「もののあはれ」をこれでもかと表現できたと言う感じだ。

好き嫌いはあるだろうから、受け付けない人は本当に受け付けないと思う。

別にそれは気にしない。

オレにとって最も素敵なラブストーリーになったと思うんだ。

人生において、最も美しいと思う物語がある。

小説で言うのであれば、江戸川乱歩の「蟲」(もしくは「芋虫」)。

マンガで言うのであれば、日野日出志先生の「臓六の奇病」(もしくは「白い世界」)。

音楽で言うのであれば、筋肉少女帯の「サボテンとバントライン」(もしくは、犬神サアカス團の「サーカスの人魚」)。

この辺りになるんだろうか。

あまりにも美しすぎる、その目くるめく情景に、オレも本当に少しだけでも近づけたなら、これ以上嬉しい事はないんだけどな。

今回は、一生懸命絵を描いたからと言うか、ページ数が少ないからと言うか、扉絵もカラーで描いてみまして・・・

こんな感じ。

乳首の色塗ってる時とか、これまで感じた事のない不思議な気持ちになったもんだ。

思ってたよりちゃんと描けた気がするんだけどなぁ~

いやぁ、年明けから実に面白かったと思う。まぢで。まぢで。

来週からは、またこれまで通り、「G」の続きを描いていくけど、なんか少しだけ大人になれたような気がするんだ。あたい。

学生時代。

一度、全裸の女を漫画に出そうとして挑戦したことを思い出す。

「Marionette」と言うマンガで、prot1と言う人口生命体の少女が、ユニオンと言う会社のラームアイと言う人から逃亡してくるところ。

研究所から全裸で逃げてきて、主人公の唯の前で倒れ込んだシーンだ。

いまでも、めっちゃ覚えてる。

その絵を描いてるとき、(なんにでもムラムラする思春期真っただ中だったけど)自分の絵になんか興奮してオナニーしたんだよな。

してる最中は「オレはついに、自分の絵でオナニーできるようになった」と、良く分からない嬉しさがあったけど、逝ったあとの賢者タイムに、物凄く悲しくて、情けなくなった。

あれ以来だよ。

あれ以来、漫画で性描写を描くのに抵抗が出てきたんだよ。

今回、この短編を描くことで、そのトラウマは払拭できたような気がする。

そうか。

これ、無意識のリハビリだったんだな。

さすがに今回は自分の絵でオナニーしなかったけど、リハビリだったんだ(思春期真っただ中と、嫁も子どももいるおっさんを同一線上に置くのもどうかとは思うけれども)。

まぁ、そんな感じで、今は、完成品読みながら最終の微調整してる。

多分、来週頭月曜日に「G」の定期更新と同じタイミング位でアップできるはず。

チラッとでも見ていただければ、何よりでございます。

コメントでも・・・いや、何でもないです。

今回については、なんか「ここまで読んでいただいて、ありがとうございました」と言いたくなりました。

それでは、皆様。

おやすみなさい。

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2021年1月6日 23:08 CAT :

捕まってないだけの詐欺師

こんな面白い記事を見つけた(詳細はクリック)

12年前のはなし。

この超コツコツ日記、内容は置いておいて、取り合えず、若かった志茂田さんは「まんこ」と言う言葉を、本文からタイトルまでゲシュタルト崩壊するくらいの勢いで使いまくってた。

その結果が、こんな素敵な状態だったと言う事らしい。

で、それはそれとして、この時代を比べて、今はキーワードとかもアナリティクスさんとサーチコンソールさんを連動させて、こねくり回さないと分からないめんどうな時代になってしまいました。

別に調べようと思えば、調べられるんだけど、面倒くさいので、今回は、2020年の年間人気記事ランキングトップ10を、チョッと所感とかも付けて、書き出してみようと思った次第でございます。

何となく、新年っぽいからいいかなと思ったのと、これを参考に、今後のブログ運営をしていこうとみたいな、ユーザーフレンドリーな感覚もあったりなかったりなかったりなかったりしております。

この記事がなんか、ブログは初めてから17年。2700件目の記事らしく。それもそれとして、記念になるかなとかね。そんな事も思ったりしたわけですよ。

と言う事で、早速、2700件の記事の中で2020年アクセス数トップ10を書き出していく。

 

 

第10位 2020年3月7日更新 ティッシュ品薄への対抗策がオナ禁しか思いつかない生活

去年の3~4月頃って、転売糞野郎が社会に物凄く迷惑をかけてたんだよね。

そのせいでティッシュが品薄になってしまってたと言う・・・

ただ、この記事自体はほとんどその事には触れてないみたいだけれども・・・

 

 

第9位 2020年1月6日更新 明けましておめでとうございます~サムネで釣られろエロ男2020

ただただホントにサムネにつられたんでしょうね。世の中エロ男が多いと言う事か。

内容なんて、皆無の記事だし。

 

 

第8位 2020年2月28日更新 洗面器いっぱいに溜まった悪夢のようなあたしの命の中に切り落とされた乳首が浮かぶ

これは何でだろう?

ただ、ここで転売糞野郎をメッチャ批判した上で、「ティッシュとか生活必需品に手を出したら殺す!」みたいなことを書いててて、しばらくしたら本当にそうなったから、その関係かな?

 

 

第7位 2016年3月10日更新 何しとんじゃい!!コラ!!(「コラ」は「コインランドリー」の略)

これこそ何でだろう?

5年くらい前の記事。

しかも、内容は、近所のコインランドリーで変なおっさんを見たと言うだけの話。

何でなんだろう・・・

 

 

第6位 2020年9月1日更新 いつか死ぬとしても今はまだ死ぬ時ではないかもしれないかもしれない

ネット上でマンガをアップしてる「新都社」さんで、初めてhotitem(コメント数トップ3)に入った事を喜んだ奴だ。

これはきっと、新都社さんでオレのマンガを読んでくれているありがたい方のお陰なんだろう。

多分。

オレも、めっちゃ嬉しかったし。

 

 

第5位 2008年3月1日更新 24人の堤さやか

今回のランキングで一番古い記事。

これは多分あれだよね。

「堤さやか」の検索出来た人だよね。

「堤さやか」と「桃井望」は大好きなAV女優さんでした。

 

 

第4位 2020年9月19日更新 夢想の中で生きるセルロイドを舐めたげる~加勢大周もびっくり~

カラーイラストとかの話を描いたからなのか・・・加勢大周の検索から来たのか・・・

ただ、加勢大周の検索で来た人には申し訳ないけど、本文とは関係ないんだよ。

これは、ストロベリーソングオーケストラと言うバンドさんの曲を聴きながら記事を書いてて、その時に流れてた曲の歌詞だ。多分ね。

 

 

第3位 2017年9月13日更新 ちんこに真珠を入れてみた

「冷たい熱帯魚」「凶悪」と言うクソ素晴らしい2本の映画についてのレビュー。

これは、完全にこの2つの映画で検索した人だよな。

この記事は、この2つの映画についてしっかり感想書いてるので、がっかりしたとしたら、その人とは仲良くなれないと言うだけの話だ。

 

 

第2位 2016年1月8日更新 作画監督・原画は菖蒲隆彦

「伊達巻」が食べたくて、焼いたと言う記事。

何でこれが・・・な気もしないでもないけど、伊達巻の作り方を調べてる人が行きついたのか・・・

もしくは、「菖蒲隆彦」さんの名前での検索だったのか・・・

ちなみに「菖蒲隆彦 だてまき」だと、この記事が検索1位になるらしい。

 

 

そして、栄えある第1位は、なんと2位にトリプルスコア。

圧倒的アクセス数で1位。

 

 

それは・・・・

 

 

第1位 2016年2月11日更新 フロリダバスと言う幻のロマンを僕はいつまでも求め続ける【糸井重里のバス釣りナンバーワン】より

「糸井重里のバス釣りナンバーワン」ってゲームにめっちゃはまってた頃の記事だ。

その中でも、最も連れにくい「フロリダバス」を釣り上げるまでの愛と友情の日々を、感動的に記述したこの記事が圧倒的アクセス数で1位。

これはもう完全に、バス釣りナンバーワンのプレイヤーさんが、攻略のために探してるよな。

間違いなく。

実際、「バス釣りナンバーワン フロリダバス」で検索1位にこの記事が出てくるし。

ちなみにフロリダバス釣りあげた時の画像。

 

 

とまぁ、そんな感じですよ。

今回書き出してみて分かった事は、基本的に、このブログは、タイトル詐欺ということか。

昔から「無修正」とか「まんこ」で引っ掛けてたけど、今でも、言葉こそ違えども、結局は固有名詞で検索した人を騙してアクセス数を稼いでる詐欺ブログと言う事でございます。

そもそも、アフィリエイトしてるわけでもないので、アクセス数を稼ぐ必要1ミリもないんだけど・・・そこはどうなんだろう。

愉快犯と言う事か。

そんな感じ、今日のところは、さようなら。

けっこう時間かかったんだよ。

さて、これが今後のブログ運営に何か役に立つのか・・・

 

 

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2021年1月5日 21:41 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり2021

「一年の計は元旦にあり」と言う言葉がある。

取り合えず、今年の計は立てられないままに、仕事始めになってしまったようですな。

まぁ、それはそれとしてしょうがないか。

毎日ブログ書くって、言葉では簡単だけども、実行するとなると難しい。

取り合えず、先日と同様に、ここ数日の事を少しずつ・・・

 

 

年末年始、ほとんどテレビを見てない。

今年は、ずっと息子と「ペーパーマリオRPG」をクリアしてた。

こんな年越しは初めてだ。これでいいのか。2021年。

 

 

今年のお正月は、数年ぶりにホントにお仕事に追われることなく、チョッとまったりすることが出来た。

で、嫁とゆっくりお話とかもした。

これからどうなりたいのか。と言うお話。

今の現状に対して思いの他、満足している。自分の子どもの頃想像していた未来をはるかにぶち超えたとっても素敵な毎日。

取り合えず、嫁がクソあげまんだったことだけは間違いないらしい。

オレの人生のターニングポイントは、嫁と出会った時・・・らしい。

いや、多分、それは間違いない。

と言う事を、昔、記事でも描いてたらしい → 揚げたまんこ

 

 

2度目の緊急事態宣言が本当に出るのか・・・

もうその前に、コロナ自体を5種指定にしてしまえよ!とも思わないでもない。

でも、まだ色々イヤな話も聞こえてきたりするし、そう簡単な話でもないんだろうな。

「また今年もコロナの季節か。ワクチン打っておこう」位のテンションになる事を切に祈る。

 

 

10年以上前の自分のブログを何となく読み返してた。

なんかギラギラしてたんだな。と。

読む分には面白いんだけど、今もう一度あの頃のような文章はもう書けないな。角が取れたおっちゃんになってしまった。

そして、その当時一緒にブログやってたブロガーさんは、その全てが行方不明になってしまっているらしい。

yuuaさんとか、タキオさんとか、今もこの空の下で元気にしてくれているんだろうか。

 

 

今年の年始は、例年になくゆっくり家族と過ごすことが出来たので、お金には糸目をつけずに子どもたちのやりたい事を好きだけやらせてあげた。

結果的には、軽い旅行行ったくらいのお金が吹っ飛んでいったけど、まぁ、そんなお正月があっても良いよね。

何だか、今年の3ヶ日はすごく楽しかった。

コロナが無ければ、もっと思いっきり色んな所に出かけられたのに、チョッと無念。恨むはコロナ。

 

 

一家に一台ではなく、もう一人に一台の時代になったみたいで。

息子はDS持ってたんだけど、娘も欲しがったのでDSを買ってあげた。

2人で対戦とかしてめっちゃ遊んでる。

オレが子どもの頃なんて、ゲームボーイのちっちゃい画面を皆でのぞき込んで見ながら、代わりばんこでゲームやってたのに。

んで、DSLLって、まぁ、画面でかくてびっくり。

 

 

先日更新したブログのサムネの画像。

この乳首まで見えそうな角度・・・物凄く好きだわ。

適当に引っ張ってきた画像なのにな。

 

 

年末年始にかけて、過去に書いたイラストをカラーにしてた。

主に「G」の絵なんだけども。

あと2話くらい描いたら、多分、また少し描きための時期に入る。

その後には、遂に、一番描きたかった「Gゲーム」シリーズだ。

そしてその後には、元ネタとは全く違う「G」完全版ともいうべきラストがあるんだよ。

2021年中に「G」を完結させるんだ。

以前書いた、黒川さんの緊縛イラストを着色。最後の良心でブラはつけておきました。

一番エロいと思ってる、子宮のあたりが実に良い感じに 濡れた 塗れたと思う。

物語の根幹となる「Gレポート」も塗ってみた。

これが、こまごましてて思った以上に時間かかったんだよ。

顔の部分塗ってるときは、ノリノリだったんだけどな。

 

 

それ関係で、また描きための時期に合わせて、短編を考えている。

今度は、「おもちゃはおもちゃ箱へ」と言う話だ。

今、ネーム作ってるけど、どう考えてもR18になりそう。

だとしたら、吹っ切れて、クソエロくしてやろうかとか、色々考えてる感じ。

 

 

アニメを色々見倒してた。

「NHKにようこそ」「MONSTER」「ヒカルの碁」「暗殺教室」辺りを全話見た。

相変わらず、最終話の最後の最後は見ていないけれども。

「NHKにようこそ」はマンガよりアニメ版の方が個人的に好き。最終話で「赤ちゃん人間」が流れるとこは何度見ても鳥肌が立つ。

「MONSTER」は本当によくできたストーリー。浦沢直樹はどんだけ天才なんだろうな。

「ヒカルの碁」今見ても、めっちゃ面白い。王道の展開と言うヤツの素晴らしさだよな。囲碁なのに、最後まで面白かった。アニメを見て改めて、北斗杯はやっぱり無くてもよかったんじゃないかと思う。なので、伏線になる伊角さんの中国留学のくだりもなくても良いか。

「暗殺教室」は、漫画版読んだ時も、殺せんせー殺すシーンでウルウルしてたけど、アニメ版の方がヤバかった。見始めた頃は、殺せんせーの声に違和感あったけど、後半は、この声以外ありえないように感じてきて、殺される直前の名前呼ぶシーンでは、涙が止まらなかった。

素晴らしいアニメをたくさん見る事が出来たよ。

アマプラで「進撃の巨人」が全話見られることが分かったので、これからそれを見る予定。

あと、「鬼滅の刃」も見ようかと。

そして、「チェンソーマン」がアニメ化らしいので、物凄く期待しております。

 

 

そんな感じで、まぁ、今年は結構やらないといけないことが目白押しではあるんだけど、のんびり頑張っていきますよ。

はい。

と言う事でもう一度。

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2021年1月1日 20:58 CAT :

明けましておめでとうございます~サムネで釣られろエロ男2021

2020年は、コロナでしたな。

なんか、もう本当にコロナだった。

何にもしないまま1年終わってしまった感が強い。

いや、日々は当たり前に続いている。

ずっと何らかの形で、日々は続いている。

でも、こんなに記憶に残らなかった1年が過去にあったんだろうか・・・

取り合えず、2021年は、記憶に残る1年になるように。

そんな気持ちを込めて・・・

毎年恒例のやつですな。

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2020年12月16日 4:29 CAT :

発達障害おっさん毎日がエブリディ

少し前に、息子の健康診断みたいなやつがあって、そこで発達障害の疑いがあると言われた。

娘の時には、全くそんな話もなかったし、あと、息子を見てる分には、1ミクロンもそんな感じしなかったので、ちょっとびっくりした。

いや、別に障害があるって事に対して、差別的な気持ちがあったり、拒絶的な気持ちがあったりとか、恥ずかしいから隠さなきゃとか、そう言う話じゃない。

ただ、家で息子と遊んでいる分には、全くそんな気がしてなかったので、「まぢで?」って思ったと言う話。

で、「息子なんて、オレの子どもの頃に比べると全然マシですよ。むしろ、オレが子どもの頃なんて、じっと座っていることも出来なかったし、一日中ティッシュ噛み続けたりして、親が幼稚園に呼び出されたりもしてましたよ?」と言うと、「これまで、お辛い経験たくさんされたんでしょうね。この機会に、お父さんも病院にかかってはどうですか。」と言われた。

ほほう。

そう来たか。

と言う感じ。

ちなみに、今現在でも、嫁に言わせれば、「うちには子どもが3人いて、一番上のおっさんが一番面倒見るの大変」と言われている。

多分、診断で引っかかった息子より、もう少しでアラフォーと言われるようになるだろうオレの方が、日常生活において支障をきたしているんだろうて。

もちろん、この先生が「あたおか」だとか思う気持ちは全くない。

正直、思い当たる節がない訳でもない。

チョッと前に、ロンブーの淳さんが「自分はHSPと言う病気だ」と告白してた。

たまたまそのテレビ見てて、その番組で出されてたHSP診断のテストでは、当たり前のようにオレもほぼ全て当てはまってた。オレはHSPの可能性が濃厚らしい。

そして、オレは発達障害なんだって。

子どもの頃、クラスの中で一番ダメな奴的な感じで先生によく吊し上げられてた事も、友達がいなかったことも、皆から嫌われてた事も全部、病気のせいなんだって。

先日、多分片手で収まるくらいしかいない、友人の家族と一緒に今年最後のバーベキューをした。

その時に、昔の話でチョッと花を咲かせてたんだけども、その話の中でも、子ども時代のオレが如何にヤバいか、チョッとエピソードを語ると、その友人の嫁さんも物凄いドン引きしてた。

嫁も、エピソード自体は全部知ってたけど、改めて、オレ以外の第三者からその話を聞いて、今まで聞いてたより引いたらしい。

普段から、オレもまぁまぁ話を盛る癖があるので、嫁としては「また大げさな話にして」くらいに思ってそうで。ところが、他の人から聞いたら、もっとすごい話だったとかそんな感じ。

今でこそ、自分で事業初めて、金持ちとは言わないけど、欲しいものは何でも手に入る程度には中流家庭な生活をしてる。

ただ、ここまで本当に紆余曲折あったんだ。

職場で言えば、江戸川乱歩もびっくりなくらい、色んな所を転々とした。

学校の先生、ホテルのフロント、訪問販売の営業、総務、工場のライン、弁当配達、売店の売り子などなど・・・結婚までだけでも10以上の職場を転々として、その10倍くらい色んな所の面接を受けたりした。

その前にはニートの期間もあって、お金もないし、行く所もないから、冬に公園で震えながら座ってた時期も結構長かったな。

営業回ってた時に、あまりにもストレスを受けすぎて、半身不随になって長期間入院してた事もあった。

会社で結構なパワハラ受けて、鬱になり、精神病院に通院もしてた。いまでも、その時の事を考えると気分が悪くなるし、その会社のある道を車で通ると、めまいがして運転できなくなる。

でも、オレは自分では普通な人間だと思ってたから、他の人と比べて頑張れないからダメなんだ、我慢できないからダメなんだと言い聞かせて、ひたすら色んな事に挑戦し続けてきた。

本当に本当に色んな事があった。

当時を振り返ると、悲しい事ばっかりで本当にきつかったけど、あの当時があったから、今のオレがある訳で、そう思うと、自分の人生もそうそう悪くないものだと。今はそう思ってる。

まぁ、この社会人になってからの紆余曲折も、学生時代と比べるとそんなに辛いものでもなかったというのもあるんだけどね。

そして、大学卒業してからのその色々あった時、今の嫁がずっと横でいてくれたって言う事もかなり大きいと思う。

人にはあんまり言わなくても、2人でビックリするくらい長くて濃い時間、苦楽を共にして過ごしてきた。

実は、来年あたりに今の事業をより本格的にやるために法人化する準備を進めている。

嫁と出会った20年くらい前に、いつか2人でやりたい事を好きにやれたらいいね。と話しながら、二人で付けた名前がある。

その名前を使った法人を立ち上げることができる所まで20年かけてやってきたんだ。

少なくとも、子どもの頃学校に行くことよりは、お金がなくて寒さに震えているニートの方がマシだった。寒さに震えているニートよりは、馴染めなくて転職を繰り返してた頃の方がマシだった。定職につけなくて疲弊してた頃よりは、自分のペースで自分の好きな仕事が出来る今の方がはるかにマシだと思う。

この先どうなるかは分からないけど、あの小学校に通ってた子どもの頃と比べれば、どう考えても、マシだと思う。

長くなったけど、そんな今、ここに来て、息子の発達障害の検診において、まさかの「これまで、お辛い経験たくさんされたんでしょうね。」と言う言葉をかけられて、なんだか戸惑ってしまったと言う話ですよ。

今になって思うんだけど、もし、今の時代にオレが子どもだったら、息子ですら引っかかるんだから、オレなんて即養護学校行きだっただろう。奇蹟的に免れても、特別支援学級行きは間違いなかっただろう。

それ自体が良いとか、悪いとかは分からない。

でも、確実に言えるのは、オレと言う人間は、「病気ですよ」と言われて、他の人から隔離されて成長していたら、今とは違う人生を歩んでいたと言う事。

その方が、学生時代辛くなかったかもしれない。

でも、あの時代があったから今がある訳で、嫁と家庭を築いて、娘や息子とも出会えた。

人生には、タイミングと選択が物凄い量ある。

オレは実にいいタイミングと選択の妙で、今の状況にいる。

ホント責める訳ではないけれども、それを簡単に「お辛い経験」とか言わないでは欲しいかな。

あと、今更病気認定もしないで欲しいかな。

今、公私それぞれに付き合ってくれている人は、ありがたいことにほとんどオレの人間性を分かってくれた上で、相手にしてくれている人たちだから、今更「オレって重度の発達障害なんだって」と話したところで離れていく人はいないだろうと思う。

いたとしたら、そんな人は離れてくれて結構。

でも、オレが絶対にしちゃいけないのは、この今の奇蹟としか言いようがない周りにいてくれる人たちに対して「オレ、病気だから」とか理由付けをして、これまでとは違う付き合い方をすることだと思ってる。

そりゃあね。

人と会うのは今でも物凄く体力を使う。知らない人と数時間打ち合わせしたら、その後、頭痛が激しくて寝込んでしまったりする。

それでも、これまでは普通の人もそうやって頑張ってるから、オレも頑張るべ。な精神でやってきた。

それが、「オレ病気だから」って、これまで信頼してくれてた人をがっかりさせるのは違うと思う。

これからも、同じように頑張りますよ。ええ。頑張りますとも。

なんか取り留めのない感じになっちゃったな。

取り合えず、息子にしても、発達障害でも別にいいんだ。

でも、病気ってのは、普通の社会生活を送らない理由にはならないと思う。

病気だったら人を殺しても良いのか?

病気だったら人を殺しても許されるのか?

みたいな話にもなってくる。

色々大変かもしれない。

でも、出来るようになるって。

息子なんて自分と重ねてみていると、どう贔屓目に見ても、現時点でオレよりちゃんと色んな事が出来てるんだからな。

オレでもできたことが、息子にできないわけがない。

理由付けや、レッテル貼りにだけはならないように気を付けつつ・・・

今日もおっちゃんはいつも通り、楽しんで生きていきますよ。

テレビで見たhspのテストはこれですな。

こんなもん誰でも、ほぼ全て当てはまるだろうと思うんだけど、世の中はそうでもないらしい。

くわばらくわばら。

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2020年12月4日 10:30 CAT :

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしオナニーにふけりけり

たまたま見た楽天のサイトで、switch本体を定価で売ってた。「お!ネットでも、普通に変えるようになってきたのか?」と思ったら、30分後には販売停止、いつも通り1万円くらい上乗せの糞業者だけになってた。

まだネットではそんな感じか…まぁ、オレはもう買えたからどうでも良いけどね。

未だに、転売考えてるアホが群がってるのか?

 

 

「化粧しないと怒られるなら、化粧品代を会社で出せ」と言う女。その理論で行くなら、髭剃ってこいって言われた男の髭剃り購入費も認めて欲しいわ。それ言い出したら、スーツ購入費用も欲しいわ。昔、営業してた時に「営業する奴がみすぼらしいカッコでは駄目だから、チョッと位、良い時計買え」って言われたけど、その時計の購入費用も欲しいわ。

こういう事言う女は、まぢでしょうもない。

 

 

ついでに、脱コルしようとしてる女。

女の権利かなんか知らないけど、人として当たり前の身だしなみすら整えられないなら、それはもう、社会人として終わってるから。

 

 

ここ最近、「「G」の世界」のページに載せる登場人物紹介用にアナログで色々絵を描いてる。

で、気が付いた。デジタルで絵を書いてても、アナログでの画力は変わらない。むしろ、前よりバランスとかとるの下手くそになってた。

なんか、描き終わった後、「チョッと目が大きくて、上に描きすぎたな。小さくしてバランス整えるか」みたいなことを考えてしまう。

もう少し、アナログ環境でお絵描きいっぱいしたい。

 

 

アンジャッシュ渡部の会見。

去年の吉本社長の会見に匹敵する・・・それ以上にどうでも良い感じだった。

あれはいじめじゃねえよな。多分、事務所的なやり方として、いじめられてるから許してやってに世論を向けるためにわざと辛辣にさせてるよね。

それも含めて、まぢでどうでも良いよ

 

 

もう12月!?2020年もう終わり?!

ふざけんな。

 

 

ありがたいことにお仕事物凄くたくさんいただけております。

マンガ描いたりもしたいので、最近は、週に1回くらいしかまともに寝てない。あとは、仮眠とモンスターぐい飲みで繋いでるけど、これどう考えても体に悪いよな。

 

 

「ナニワ金融道」を読んだせいで、お仕事に対する向き合い方がえぐい方向に向かいつつある。

 

 

自分の常識が、他人の常識だとは思わない事。

これが結構難しいけど、結構重要な事らしい。

 

 

「静かなるドン」が欲しい。

でも、買えない。お金もそうだけど、そもそも売ってない。

あのマンガ結構レアなのか。だから、中古でも高いのか?「ナニワ金融道」なんか、全巻セットで2000円で買えたのに・・・

 

 

Amazonで購入した中華製の糞パチモンに、驚くべきチラシが。

「レビューで☆5書いてくれたら、1000円分のアマギフプレゼント」だって。

中国人のアホ日本語が減ってきたけど、今度はこういうのに引っかかるアホ日本人のせいで、結局サクラは減らない。

アマゾンで物買うの嫌になってきた今日この頃・・・

 

 

ちなみにこれがその同梱チラシ。

これの画像アップして、Amazonのレビュー書いてやろうかとも思ったけど、そんなことしたって、どうせこう言う糞業者は、アカウント変えたり、商品を出し直したりするから、ブログに載せておこう。

何が正直な売り手だ。

クソ中のクソだったわ。

もちろん商品もクソ品質で、使い物にならなかった。

まぢで、こういう業者ばっかりになってきたな。Amazonさんは。

 

 

などなど、ここ最近ふと思ったことをば・・・

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2020年11月30日 1:45 CAT :

近藤静也とかデューク東郷とかによろしく

ここ最近「静かなるドン」を読んでおります。

あと「ナニワ金融道」とか、他にも、「野原ひろしの昼飯の流儀」とか…

ゴラクとか、アクションとかその辺のマンガだよね。

正直な話、20代の頃とかは、「こんなマンガ誰が読むんだ?」と思ってたおっさんご用達マンガ。

これがここ最近まぢで面白くて仕方がない。

土山しげる先生のマンガとか、絶対生涯手にすることはないと思ってたけど、今では「喰いしん坊」も「食キング」も「喧嘩ラーメン」もめっちゃ大好きな漫画になってしまった。

失礼を承知で言ってしまおう。

「ナニワ金融道」はチョッと違うかもしれないけど、この辺のおっさんマンガで、本当の意味で「毒にも薬にもならない」。

ただ、だらだらとずっと読んでいられる感じ。

若い頃って、「テーマ性がどうのこうの」とか「社会風刺がどうのこうの」とか「心に刺さる何かがどうのこうの」とか色々思ってた。

そう言うものこそが至高のマンガだと思ってた。

でも、自分で事業起こして、日々お仕事に追われて毎日必死で夜遅くまでお仕事してると、そんな疲弊した脳みそで読むマンガにまで、社会風刺とかいらなくなってきたんだよ。

社会の現実を描く漫画とか言うけど、そういうのが好きなのは、社会に出てない、もしくは出たばっかりの子どもとか、チョッと前にはやった「アダルトチルドレン」とか何だと思うんだ。

どうでも良いけど、最近、アダルトチルドレンって言葉聞かなくなったなと思ったけど、この言葉いつの間にか精神病の一種みたいな扱いになってたんだね。また病気か。便利な言葉だよな。精神病。

いや、この話は、また近いうちに。言いたい事色々あるし。

話を戻して・・・取り合えず、社会の中で疲れ切ったおっさんの脳みそを癒してくれるのは、更に頭をぐるぐる回転させなければいけない小難しいマンガじゃないんだよ。

延々とダラダラ読み続けられるマンガなんだよ。

何処から読んでも大体面白くて、そして、深いテーマ性とか社会風刺とかが無くて、それでいて何となく社会情勢とかを知る事が出来る。

そんなマンガが一番いい。

そう思った時、この世で一番当てはまるマンガを見つけた。

「ゴルゴ13」だった。

これをもう少し年齢層下げた場合は「こち亀」だ。

この辺のマンガが、いつまでも愛されている理由が分かった。

「ゴルゴ13」なんて半世紀の間、家族のために頑張って奮闘しているお父さん方の疲れ切った脳みそにとっての癒しだったんだね。

クソガキでしかなかったオレは、そんな事も分かってなかったよ。

そして、この歳になってやっとその事に分かったよ。

誤解のないように言っておきたいこともある。

それは、「オレはお前らみたいなクソガキとは違う。大人なんだ」みたいな良く分からない事を言いたいわけじゃあない。

嫁には「うちには子どもが3人いる。そして、一番上の子どもが一番面倒くさい」と言われている。

精神年齢のテストで15歳以上になった事ないし、先日なんて息子が発達障害のテスト受けてる横で「お父さんの方が深刻です」って言われた。

この歳になっても好きな事ばっかりやって、嫌いな事がどうしても人並みに出来なかったから、しっかり社会からはみ出してしまってる。

ただな。

そんなどうしようもないおっさんでも、家族のために日々小難しい社会と向き合って頑張ってるんだよ。

その結果、疲弊してしまった脳みそには、おっさんマンガが本当に程よい。

何だったら、ここ最近の何にもドキドキハラハラしない「カイジ」とかだって、ダラダラ読めて良い感じなんだ。

初めて「カイジ」に出会った頃。

あまりの衝撃に夏休みの読書感想文を「賭博黙示録カイジ」で書いて、当時の先生にドヤされた学生時代だったら、今のカイジには本当に卒倒したと思う。

それでもまだ、「カイジ」が人気があり続ける理由は、「ゴルゴ13」のポジションに近づいているからなんだろう。

まぁ、カイジの場合、今の作風を受け入れられない若い昔ファンがいるから、そういう若い子がウロウロしてるAmazonさんとかでは酷評されてるんだろうけれども。

そんなこんなで、今、このお仕事につかれたおっさんは「静かなるドン」を全巻買おうか悩んでるんだよ。

ただなぁ、全巻セットだと中古でも3万円以上するんだよな。

今月と言うか、ここ最近、チョッと色々お金使いすぎてるから、悩んでる所。

普段なら迷わず全巻大人買いするところなんだけども・・・

あと、土山しげる先生のマンガは全て集めたい。

もっと広い家に引っ越そうと画策しておりまして、引っ越し完了した暁には、オレのマンガとかだけを置いた蔵書部屋を作るんだ。

きっとその部屋には、おっさんマンガが溢れる事になるだろうと思う。

まぢで面白い。

早くこの最終巻を読みたい・・・

ちなみに、「美味しんぼ」は前半面白いんだけど、結婚した後辺りから思想の押し付けとか、説教が多くなるから、読まなくなった。

40巻くらいまでは、良い感じなんだけど。

 

 

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2020年11月26日 21:28 CAT :

怒るとハリを飛ばして刺してくる奴ら

先日、家の植物たちをまぁまぁ土をほぐして植え替えした。

オレの家は、半ジャングルかと言う位植物がいっぱいいて、全ての植物を植え替えする訳にも行かないので、少しずつローテーションでやってたりする。

とは言っても、今回の植え替えでも土だけで5000円以上費用が掛かって、1日仕事だったんだけども・・・

始まりは、嫁がまだ彼女だった時にくれたひとつのサボテンだった。

仕事柄ずっとPCの前に座ってるオレに対して、電磁波に強いサボテンとして一時期よく売られていた「セレウスサボテン」。オレはこいつに「千田」と言う名前を付けて、育て始めた。

それから、少しずつ植物は増えていって、気が付けば、家の中が半ジャングルになるほど植物に囲まれて生活している。

今回もあまり元気のなかった奴らを優先して、植え替えた。みんな喜んでるようにも見えるけど、クワズイモの一部はちょっと元気がない気もする。なんでだろう。ちょっと心配。

クワズイモの「イモ太」と「イモ細」は、「千田」の次に買ってきた奴で、当時別々に住んでた嫁と一つずつ持って帰って育ててた。

その「イモ太」と「イモ細」が何だかチョッと元気が内容で心配しているわけでございます。

さてさて。ここまでが前提として・・・

オレは、ヴィーガンな人が凄く嫌い。

嫌いな理由はいくつかある。思想を人に押し付けてる事とかもあるんだけど、最大のムカつくポイントは「植物を軽く見てる」事。

ここでいうヴィーガンってのは、「植物しか食べない」理由のメインが「健康」じゃなくて「命が可愛そう」と言うアホみたいな思想を持ってる奴の事ね。ある意味、シーシェパード的な感じよ。

動物は命があって、意識があるから可哀そう。とか寝ぼけた事を言ってる奴に対して、そして、肉を食べてる人に対して「虐待だ」と喚き散らしてるキチガイの皆さん。

植物は、下手したらその辺の動物よりはっきりとした意識があるちゃんとした命なんだよ。

まぢで植物だって、話が出来るし、気持ちがある。

これは、植物を大切に育てたことがある人なら、誰だって分かって貰えると思う。

もし本当に命を無残に殺すんじゃないと言う理由で、肉を食べないのであれば、植物を無残に殺して食べるんじゃない。

植物だって、ちゃんと意識はあるし、最近の研究では痛みを感じることが分かってきてるんだ。

例えば、19世紀とかには、人間以外の生き物は痛みを感じないと考えられていた。

犬を蹴り飛ばすと鳴き喚くのはあくまでも「反応」であり、痛みを感じているわけじゃあない。それが常識だった。

それと同じで、多分あと100年もすれば、21世紀までは植物が痛みを感じないと考えられていた。とか紹介されるようになるはず。

って事を知った上で、それでも「動物の虐待が」とか言うやつは、もう我を忘れた鯨波兵庫と同じだからどうしようもない。知らなかったと言うヴィーガンさんは今すぐ、痛みを感じる植物を食べるのをやめればいい。

「じゃあ何を食べればいい?」って思うかもしれないけど、命を奪いたくないんだったら、何も食べないで餓死しかないよね。

もしくは、自称プラーナだけ食べて生きてる、この嘘くさいおっさんみたいになるしかない。

生きると言う事は、命をいただいく行為であって、その行為自体を否定するなら、それはもう死ぬしかないと思うんだ。

それを何様か知らないけど、命にランクを付けて、「こいつは痛みを感じるからダメ」「こいつは痛みを感じないからOK」みたいな判断をしてんじゃねえよ。

オレは植物大好きだけど、全然植物食べるし、もちろん肉だって物凄い食べる。

でも、食べ物を無駄にしない事と、出されたものを残さない事は絶対決めてる。

ちゃんと美味しくいただいて、血肉にするんだ。

人間が生命活動をしていく上で、アホみたいなことを言ってんじゃねえよ。

あと、それを人に押し付けるな。

自分が植物の意識すら感じる事が出来ない、出来損ないの感覚しかないから、「植物は何をしてもOK」とか思ってるんだろうか。

まぁね思想って言うのは自由で良いと思う。

「植物は痛みを感じないから葉っぱをむしって食べてもOK」だと思うなら、それはそれでいい。

ただ、思想が自由だと言うのなら、そのアホみたいな思想を人には押し付けないでもらいたい。

あとこういうと時々返ってくる反論として、動物を家畜にして虐待している的なやつ。

これもめっちゃ的外れだからな。

それを言うなら植物だって、無茶苦茶な環境で大量生産されてるし、それどころか、種屋の都合だけで、次世代を残すことのできない断種みたいな処理まで強制的にされてるんだよ。

植物だって、流通に乗せるためにメチャクチャ可哀そうな虐待をされてるからな。

まぁ、そんな話ですよ。

なんで、こんな話しようと思ったのかはよく分からない。

別にむっちゃい買ってるわけでもないんだけどね。

何となく。

ホント何となくですよ。

セレウスサボテンってのは、こいつね。

これがまた可愛いんだよ。

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2020年11月25日 22:59 CAT :

ガスで爆発したバスに乗っていたブス

「Gの世界」と言うマンガを、昨年の7月くらいから、新都社さんで連載しております。

元々は、オレが高校生の頃~大学生の頃にノートに書き殴ってた「G」と言うマンガ。(もっと言うと、中学生の頃に描いてた「first end」と言うマンガの余ったページに描いてた「G」と言う、何度も殺され→転生を繰り返しながら行われる戦争のマンガが一番の原型)

それをクリスタさんの力を借りてフルデジタルで原稿に仕上げて行ってる感じ。

1年以上かけて、65話くらい。ページにしたら、750ページくらい描いた。

んで、やっと最終決戦が始まった感じ。とはいえ、この最終決戦がまぁまぁ長いんだよ。

ダイの大冒険でいう所のバーンプレスに乗り込んでいったところ位。ダイの大冒険が全37巻で、バーンパレスに乗り込んだのは20巻くらいなので・・・まぁ、そう言う事だよね。

順調にいけば、あと1年くらいでキレイに完結できるんじゃないかなと思う。

そんなところなので、ここらで一旦、人間関係を整理してみようと思い立ち、先日から、登場人物紹介なるコンテンツを作り始めた。

実際の原稿執筆とは別に、1日1枚、「G」のキャラクターをアナログで描いて、それを基にして、キャラクター紹介コンテンツを更新いております。

何で、こんな事になったかと言うと、下記のような流れ。

 

 

〇スマホ版のクリスタを発見して使ってみる。

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〇使ってみたは良いけど、全然使えないので、練習がてらに1日1枚何か絵を描こうと試みる。

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〇その為に、サクラレビューに騙されてAmazonで中華性のタッチペンを購入

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〇全然これが使えなくて、ムカついたのでスマホ版クリスタをやめてアナログ環境で1日1枚絵を描くようになる。

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〇クリスタと違って、取り込んだりが色々めんどくて、その労力が惜しくなる。

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〇せっかくなら、これを何かコンテンツに使えないかなぁ~

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〇「G」も佳境だし、キャラクター紹介コンテンツに転用しよう

 

 

前に、「us」のアップをしてた時にも同じことをやろうしたんだけど、途中で力尽きたんだよな。「us」は登場人物が多すぎるんだよ。

「us」は一つの星を旅する物語なので、登場人物が必然的に多くなってしまうけど、「G」の方は、閉塞された空間での話なので登場人物もそこまで多くない。

今度こそ、ちゃんと全登場人物を網羅できる・・・と信じて、毎日更新しております。

ただ、キャラクターの紹介文を書いてて、「あれ?この名詞って作中で出してたっけな?」みたいな記憶が曖昧なものも多々あったりする。

設定上はもちろんあるんだけど、色々作中で出し忘れているものがある事にも気が付いている今日この頃。

そのうち補完するか、「キャラ紹介部分で出したからいいか」と満足するかは今のところ未定。

あんまりやる事を増やすと、更新が滞ってしまう。それが一番不本意だからな。

取り込んだまま未加工の絵。

やっぱりアナログで絵を描くの楽しいと思う。

インクのにおいが良いんだよ。

手が汚くなるけどな。

筆ペンの使い方がめっちゃ下手になってて、ショックだった。

この1年ホントデジタルでしか絵を描いてなかったもんな。

また、色々お絵描き楽しみます。

やりたいことが尽きない日々だ。

ホント。

あ、一応、リンク張っておこう。この文字をクリックすると、キャラクター紹介ページに飛べるよ。

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2020年11月24日 0:37 CAT :

メンヘラきらい死ね その2

先週、仕事のやり方を教えて欲しいと言う事で、お付き合いのある会社の新人さんが、事務所に来てた。

仕事自体は、まぁまぁ普通に教えて、何とか形になったんで良かったんだけど・・・その子が、なんか色々凄かったんだよ。

イヤ、いい子だとは思うんだ。

でも、何と言うか、色んな常識的な部分で「??????」ってなる事が結構あった。

時々、その会社の新人さんの教育係がやらせてもらうんだけど、こんな事は今までなかったように思うんだけど…

色々話してて気が付いた。

言い方悪いかも知れないけど「ゆとり世代のど真ん中」の年頃だ!!

オレ本当に、丁度その世代の人より上か下としたお仕事したことなかったみたい。

昨年とか、高校卒業したばっかりの18歳くらいの子も仕事場に来てたけど、その子見ながら「最近の若い子は、めっちゃちゃんとしてるな。オレなんて、18の頃とか大学生で、学校さぼってゲーム狂いだったのに」と思ったもんだ。

その子は、もうゆとり教育ほぼ終わってた世代だったんだよな。

これがゆとり世代と言うやつらしい。

「まぢかこいつ!」と思える事が短い期間でまぁまぁあった。いや、お仕事なのでそれはそれで、ちゃんとやる事はやりましたけどね。(変な意味じゃなくて)

とは言え。だからと言って、それで切り捨てるのはどうかと思って、じっくり色々話してみた。

そしたら、「まぢかこいつ!」と思う部分は確かにあるんだけど、それはそれとして、凄くちゃんと頑張っていることも分かった。

その子自体は、本当にとってもいい子。真面目だし、一生懸命だし。

なのに、時々見え隠れする「まぢかこいつ!」な部分の方がむしろ違和感がある。

ゆとり世代じゃなかったら、物凄くしっかりしていたのではないのか。とすら思えてくるほどに。

そう考えると、ゆとり教育と言うのは、実に罪深い。

この子なんてあれが無ければ、社会的見て「まじかこいつ!」と思われる事なんか何もなかったんだろう。

オレの方がよっぽど「まじかこいつ!」だったんだろう。

変な人とか、頭のおかしい発想する人とは良く一緒に仕事するんだけど、ちゃんとしてて、真面目で一生懸命なのにところどころ「まじか!」ってなる人は初めてだったので、結構衝撃的だった。と言う話ですよ。

何しかね、どんな人でもじっくりお話しして、人となりが分かれば、絶対に良い所ってあるもんだと思った。

その人の事を好きなれるように思って接するのと、拒絶して接するのとでは全然結果が違ってくる。

人と人が繋がって、社会生活をこなしていく。

人の存在自体を尊く思って、一人ひとりとの出会いとかを大切にしていきたい。

そんな大切な事を学んだ数日間だった。

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2020年11月23日 22:51 CAT :

ぬるま湯ガリクソン

こんなご時世だからこそ、脱短文を図りたいなとか思ったり思わなかったりしている。

プロバガンダを作ると言うと、変な感じだけど、まぁ、そんな感じの空気を作るために、一番簡単な事は、分かりやすい単語を広める事らしい。

つまりは、世論操作として最も使いやすいのが、いま世界中ではやっているSNSと言うものなんだよ。

だとしたら、おっちゃんはそれに逆らってみると言うのはどうだろうか。

あえて、長文。

しっかり、文章をしたためて、自分の気持ちをしっかり何かの形で残していく。

ウェブでログを残すんだ。

ブログで書くんだ。

と言う感じで、いつまで続くか分からんけど、しばらくはアプトプットの方法をブログと漫画に限定してみようかと。

まぁ、お仕事的な部分は別として。

忙しくなったら知らぬ。

まぁ、ネタはなくならないよね。生きてる限り。

死んだら、それも知らぬ。

大好きなYOUTUBERのメグさんは毎日動画投稿を再び始めた。

オレも、毎日ブログ投稿位やってみたいよ。

数年前まではやってたんだからな。

それはそれとして、ぬるま湯人生を目指していきたい。

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2020年11月22日 2:33 CAT :

軍曹と言えば「アシダカグモ」ではなく「ジョンソン」派

学生時代、気が狂ったように遊んだゲームが2つある。

ひとつは「カプエス2」。

もう一つは「HALO」。

大学でオレは、物凄い慕ってた先輩が一人いて、その人は名前を綱島先輩と言うので、伏字でT先輩とする。

つな…T先輩は、大学の演劇部にいた人で、オレが演劇部に入った時から先輩が卒業するまで、ホントによく遊んだんだよ。

こいつが、もう、本当に気持ち悪い変態で、当時、部屋にこもってマンガ描くくらいしか能がなかったオレは、色んな事を教えてもらった。

初めて自分のパソコンを手に入れたのも、このT先輩が組み立てたPCだった。

伊駒一平のマンガにはまったのは、このT先輩のせいだった。

んで、この先輩がまた格ゲー糞強くかったんだよ。

オレも格ゲー全盛期にゲーセンに入り浸ってたので、そこそこ格ゲーとか出来ると思ってた。実際に、ゲーセンで乱入しても、勝ち越した感じ。

なのに、まぁ、これが笑う位勝てない。KOFやれば、30回対戦して、1回も一人目すら倒せなかった。

何としても勝ちたい。でも、KOFでは正直絶対勝てないと思ったオレは、T先輩に「お前に絶対勝ちたいけど、KOFじゃ、卒業までに勝てる気がしない」と謎の相談をした。

あいつはオレに「じゃあ、カプエスやるか。あれはオレほとんどやった事ないから、もしかしたら負けるかもな」と言った。

オレは急いで、ゲームショップに行き、そこで売ってたカプエス2を買った。

その日から、部活が終わったらT先輩はオレの家に来て、2人で延々カプエス2で対戦し続けた。

キャンセルの時のフレームの話とか、立ち回りのコツとか、本当に基礎からちゃんと教えてもらった。

「キャラ変えてたらうまくなれないから、自分の相性のいいキャラを選んで、ずっとそいつを使い続けな。」と言われ、それから、T先輩が卒業するまでオレは、Cグルーブのテリー(レシオ1)、覇王丸(レシオ2)、E本田(レシオ1)の不動のメンバーで挑み続けた。順番はおろかレシオすら変えたことはなかった。

T先輩が卒業するころには、チョッと良い勝負が出来るようになってた。さすがに、30戦して一人も倒せないとか言う事も無くなった。

T先輩は、本気じゃなくて、遊びながらだけど、本当に1年近くずっと付き合ってくれた。

結局、マジでやって1度も勝てなかった(遊びで変なキャラとか使った時にまぐれで勝つ事はあったけど)。

T先輩は、響が愛キャラで、響のオリコンはそれはそれはやばかったな。

もう一つの「HALO」だ。

オレにX-BOXを教えてくれたのも、綱…T先輩だった。

ある日、めっちゃ面白いゲームが、X-BOXで出た。と言って、教えてくれたのが「HALO」だった。FSPなんかやった事もなかったので、初めてやった時は、3D酔いが酷くて、どうしようもなかった。

そもそも、オレはカプエスで忙しかったので、他のゲームなんかやってる暇はない。

時々、連れみんながT先輩の家に集合して、HALOしてる時に呼ばれていった時とかにはやったけど、オレは、遠くからスナイパーライフルでうち殺されるだけの的だった。

当時、T先輩は自分の仲間や後輩皆にX-BOXを買わせて、それを全部繋げて、16人対戦をすることにはまってた。

そんなときの数合わせでオレもよく呼ばれたんだよ。

「お前も、ぺけ箱(X-boxの事をそう呼んでた)買えよ。一緒にHALOやろうぜ」と何度も誘われたけど、オレは「お前の言う事聞いて買わされるのめっちゃ癪だから絶対いや。カプエスで勝てたら、考えてやるわ」みたいなことを言ってたと思う。

結局、T先輩が卒業するまで、オレはX-boxは買わなかったし、カプエスでも勝てなかった。

T先輩がいなくなって、オレはマジで心にぽっかり穴が空いたようになってしまった。

(毎日一緒にゲームしてたけど、このゲーム以外にも面白い事一杯やったんだよ。それは、また別の機会に…でも。)

オレはもうカプエスも、やらなくなってた

ある日、当時組んでたバンドでドラムをしてたヨワヨワさんから「今度X-boxのHALO同梱パックが出るんやけど、かなりお得ななんよ。本体価格だけで、HALO込みで4つくらいのソフトが付いてくる限定セット。これ買う?」と聞かれた。

アイツは、当時大学近くのTSUTAYAでバイトしてて、そこでバイト特権で特別に予約を回してくれるとか何とか・・・

X-boxにもHALOにも何の興味もなかったけど、オレはその話に乗って、X-boxを購入した。

何でだったのか良く分からない。あんなに、T先輩に誘われてもかたくなに断ってたのに。

手に入れたX-boxでHALOをプレイした。まずは、イージーモードで。

ただ撃ち殺される的でしかなかったのに、一人でやり始めると、めっちゃ面白かったよ。

それから、どんどんのめり込んでいった。

レジェンドモードでもクリアー出来る程度にうまくなった頃、ヨワヨワさん含めて4人で対戦をした。

まだ、全然ヨワヨワさんたちにボコボコにされるだけだけど、少しは立ち回れるようになってた。そして、その尋常じゃない面白さに気が付いてしまった。

と同時、「これT先輩としたかったな」と言う不思議な後悔にすごく襲われた。

オレは、何をやっても絶対に勝てないと分かってるT先輩に対して、悪態をつくことで、自分のどうでもいいプライドを守ろうとしてたんだと思うんだ。

T先輩は、別の専門学校を卒業してから、4年制の大学に入り直した変わり者だったので、オレより6歳~7歳くらい年上だった。

そんな人が、高校卒業したばっかりのガキ相手の戯言に付き合ってくれて、悪態ついてもいつもニコニコしてた。多分、敬語とか使ったこともなかったんじゃないかな。

T先輩とは、ホント大っぴらに語るにはぎりぎりアウトな事も含めて、大学時代の半分くらいはずっと一緒に居た。(残りの半分は、屠殺されてしまったぶーと一緒に居る事になるんだけども)

今なら素直に尊敬して、もう少しうまく付き合えたんだろうなとは思う。

でもまぁ、それはそれ。

別に後悔とかしてるわけでもないんだよ。

結局、その後オレはHALOに激ハマりして、ネット対戦も含めて廃人の1歩手前になるほど遊び倒した。

何日徹夜したことか。

どれだけ学校さぼったことか。

学校さぼりすぎて、部活に引っ張ってこようと当時一人ぐらししてたオレの家まで迎えに来た部員のやつを部屋に連れ込んでそのまま、「HAMADA」と名付けた独自の対戦ルールで遊んだりもした。

大学卒業してどうしようもない糞ニートと化した後も変わらずやり続けた。

でも、結局、HALO3が出る事には、熱が冷めちゃって、一応HALO3まではやったんだけど、あんまり記憶が無いんだよね。

オレが一番やり倒したに残ってるのは、「オータムからの脱出」と「知られざる大地」なんだよな。あと、2の「武器庫」と「ハイチャリティ」も好きだったな。

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやね。

何でこんな話をしたかと言うと、PC版で「Halo: The Master Chief Collection」なるものが2019年に発売されたらしいのよ。

ナンバリングの1~5までと、おまけの6作がセットになって5000円くらいだそうで。

これ見た瞬間、当時の記憶がありありと浮かんできましてですな、めっちゃ欲しくてしょうがない。

だってぺけ箱のコントローラー込みでも10000円くらいで帰る訳でしょ。

ただ、これを買ってしまうと、多分、オレは今から来年の春位までお仕事関係の人と全て音信不通になる可能性が非常に高い。

自制出来るのか・・・買ってしまうのか・・・

明日はどっちだ。

そんな話なんですよ。

マスターチーフに会いたい・・・

 

 

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2020年11月20日 5:51 CAT :

愛とか何かその辺の色んなものを取り戻せ

自称フェミニストと呼ばれる人たちが最近、凄い暴走しているような気がしてならない。

こんな事を言うと怒られそうな気がしないでもないけど…

そもそもフェミニストと言うのは、フェミニズムと言う言ってみれば「女性に権利を!!」な考え方を持った人の事を言うんだな。確か。

今の時代、もうかつてフェミニズムが掲げていた権利を持ってない女性なんていないようになってきている。

そうなんだよ。

今は、「女性だから」と言う理由で出来ない事なんてなくなった。

例えば、女性は仕事面で不利だと言う人も居るかもしれないけど、今日び「女だから」と言う理由で、不採用とかお茶くみしかさせないとか、そんな企業あるかい!

あるとしたら、その会社は多分男も色々イヤな思いをしてる、つぶれてしまえばいいブラック企業だよ。

例えば、女性だから選挙権はないし、選挙に立候補してはいけませんとか、そんな国あるかい!

あるとしたら、その国は発展途上国で、男も含めてみんな苦しんでる早く革命が起きたらいい国だよ。

問題なのは、このフェミニズムと言う考え方を過大解釈してる似非フェミニストがたくさんいる事だと思う。

本来は、「女性だから」と言う理由で言われない差別を受ける現状から女性を解放しようと言う事だった。

でも、ここ最近のを見てると、自分の無能さを「女性だから」と言う言い訳で許してもらうために、フェミニズムを気取ってるようにしか思えない。

イヤね。

「女性だと言う理由で採用して貰えなかった」と言う話があったとして、それは本当に、そういう理由だったのか。と言う話ですよ。

自分がただ無能だっただけの可能性は本当にないのか。

可愛い子ばっかり採用されると言うのなら、自分は人に好かれるように身なりをしっかり整えているのか。

こう言うと、「女ばっかりそう言う事を要求される」と、似非フェミニストは言うんだよ。

でも冷静に考えて欲しい。

男であったとしても、身なりがちゃんとしているイケメンと、見るからに不潔そうな不細工野郎では、明らかに採用率なんか違う。

これは別に女に限った話じゃねえんだよ。

大体、オレみたいなおっさんでも、人と会う時には、1時間くらいムダ毛処理とかしたり身なりを整えてるし、一応最低限の体型維持のために、運動したりとか、食事に気を遣ったりとかしてるんだよ。

オレがひげボウボウ髪ぼさぼさで、汚いカッコして、クライアントの女と会って、仕事がうまくいかなかったからと言って「男だから仕事もらえなかった」とは絶対思わない。

ちゃんとムダ毛処理して、美容院にも行って、こぎれいな身なりしてて仕事もらえたからと言って「あの女に性的消費された」とは絶対思わない。

これは、男だからとか、女だからとか言う話じゃなくて、社会人として、社会活動していく上で最低限必要な事なんだよ。

これを怠って、自分の思い通りにいかなければ「私が女だから」とか言い出すような似非フェミは、断言しよう。絶対クソブスだと思う。

この場合のクソブスって言うのは、顔の作りとかの話をしてる訳じゃあないよ。心根が歪んじゃったせいで、顔にもそれが出てしまって、ブスになってる状態の事だよ。

大体、女なんか基本装備として、まんことおっぱいがあるじゃねえか。あとは、髪型とか体系とかを気にすることと、笑顔で人としっかり話をすると言う、男でも女でも当たり前のことをやってりゃ、多分、おっさんのオレより、よっぽど色んな事がやり易いと思うんだけどな。

そして、一番ヤバいのは「性的に消費された」と訳の分からない事を言ってる似非フェミ。

こいつらだよ。

大体、人間の行動原理の9割は性的消費だ。男でも女でも。

当たり前の話。

オレは、大好きな嫁と素敵な家族を作って、その家族で生活するために頑張ってるんだ。

究極的に言えば、これだって性的消費ですよ。

嫁に対して性的に見てますよ。

んで、嫁からは性的に見て欲しいですよ。

付き合う前の他人だった時だって、そんな目で見てたって。

当たり前の話。これダメなら、もう恋愛結婚とか出来ないし、下手したらお見合いも「性的な目で見てきた」とか言い出すだろ。

落ち着け。お見舞いって言うのは、「お互いに性的消費をしあえる仲を探す行為」だぞ。

そもそも、今、日本で流れている音楽の9割、映画やドラマの9割は、男女であろうとも、家族であろうとも愛情モノじゃねえか。

これだって性的消費なんだよ。

多分だけど、この性的消費云々でやいのやいの言ってる人は、心の奥底では「可愛いね」ってちやほやされたいけど、現実では全くちやほやされないから、かわいい子がちやほやされてるこの現状に対して、不満をぶつけてるんだと思う。

グラビアアイドルに対して、批判する似非フェミもいっぱいいるけど、ああいう人は、本当に凄まじい努力をした上で、女性としての美しさを獲得してるんだよ。

それに対して、大して努力とかもしないもんだから、周りからも相手にされてない「本当は可愛いね」って言って欲しい拗らせちゃった奴が批判してるんだと思う。

どうせ勝負しても勝てないから、難癖付けてノーゲームにしてやろうって言う精神でしかない。

そもそも、勝負挑んでないくせに。

本当に本当に心の底から男にそういう目で見られたくないと言うのであれば、今後一生、めっちゃタイプの男に「可愛いね」って褒められたとしても、「性的に消費しないでください」って断り続ければいい。

そうやって、一人で寂しく生きていけばいい。

問題なのは、自分が寂しいもんだから、他の人にいちゃもん付けまくってる事なんだよ。

あんたが、誰からも性的消費されないで一人で死んでいくのは勝手だけど、素敵な人と結婚して、幸せな家庭を築きたくてめっちゃ努力してる可愛い女の邪魔しなくてもいいだろ。って話。

取り合えず、オレが一番言いたいのは、人にどれだけ難癖付けても、自分自身の心は絶対晴れないし、しあわせにもなれないよ。と言う事です。

あと、自分が幸せじゃないから、他人も不幸にしてやろう。って言う考え方はやめた方が良いよ。と言う事ですよ。

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!!」と昔、自分のために大きなお墓を作ってた偉い人が言ってた。

それを性的消費だと言って否定する生き方は、苦しまなくて良いかも知れないけど、多分つまらない生き方だと思うんだ。

そんな話。

うむ。・・・なんか、長くなってしまったな。

まぁいいか。

では、さようなら。

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2020年11月19日 0:41 CAT :

心は寂しい夜行列車のように汽笛を鳴らす

クリップスタジオと言うソフトを使って、漫画描いております。

この人ね。(↑)

基本的には、アナログが好きなんだけ、どう考えても原稿執筆には、時間的なものも含めたコスパで、デジタルになってしまう。

と言うか、デジタルじゃねえと、仕事しながら週に1話は描けないと思う。

そんなクリスタさんのスマホ用アプリがあると言う事で、早速使ってみる事に。

インストールしてみたんだけど…これは、タッチペンいるね。

調べてみたら、100均のヤツで、結構良いのがあるらしい。早速買ってきて、使ってみた。

うむ。使いにくいけど、後は慣れですな。

なんか、無料では1日1時間と言う使用制限があるらしい。

PCの方はちゃんとお金出して使ってますので、スマホの方はあくまでも暇つぶしと言う事で、1日1時間までの時間制限を設けて、1枚イラストを描こう。

そう思って、取り合えず、久々にアスを描いてみた。

ああ。全然描けない。

でも、これがなかなかどうして面白いじゃないか。

翌日。

「よぉ~し。今日も1枚スマホで描いちゃうぞ!」って、チョッと描き始めると、ペンが死亡しました。

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや

100均とは言え、耐久性!!!

しょうがないので、Amazonさんで2000円くらいのチョッとマシなタッチペンを購入してみた。

まだ届いてないけど、届いたら、それを使ってみよう。

さすがに、1時間くらい使っただけで壊れる事はないと信じたい。

これ、iPanとかだったら、もうマジで、液タブいらねえってなりそうな。そんなポテンシャルを持ってるとは思うんだけどな。

周りの進化スピードにおっちゃんはついて行けないです。

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2020年11月17日 23:22 CAT :

振り向くな 涙を見せるな うんこ野郎

11月上旬だけで、弟の結婚があり、祖母の葬儀があった。

悲しみと喜びが同時進行で来た場合には、悲しみの方が強いと言うこれまでにない経験をいたしました。

ばあちゃんの最期を看取るどころか、今年1年一切お見舞いも出来なかったことがめっちゃくちゃ悔やまれる。

コロナを初めて本気で憎いと思った。

病院の対応自体は、間違ってないんだよ。

分かってる。分かってるけれども、それでもどうしてもやるせない。

他にもまぁ、色々思う所があったりしてて、メンタルが持たない感じの11月。

もう今年も終わりらしい。

今年は本当にコロナ野郎のせいで、なんだか分からないまま1年が終わってしまった感じがする。

ただただ、色んな悲しみが積もるだけの1年だったような気がする。

いや、まだ1年を総括するには早い。

残りの1カ月半の間に、ちびり倒すほどいい事が起こる事を祈っておこう。

それでも生きていかなくちゃあいけないんだ。

オレには、まぢで目に入れたら痛くてしょうがない子どもがいて、家族がいるからな。

人は簡単に死ねないんだよ。

戦前と今、日本の情勢が物凄く同じような経緯をたどっていると言うのは、陰謀論的には有名な話。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

1923年 大震災
1925年 治安維持法
1940年 東京オリンピック
1941年 太平洋戦争

2011年 東日本大震災
2013年 秘密保護法案
2020年 東京オリンピック
2021年 第3次世界大戦?

↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 

これですよ。

これ。

そして、これを見越しているかのような、新札発行。

戦争が始まる事で、デフォルトが起きる。ってことまで想定しての、一連のgotoキャンペーンなのか?

みたいなね。

デフォルトが起こるって言うの、そう言えば、2ちゃんねるで話題になったタイムトラベラーさんも言ってたような気がするよな。

戦争なんか絶対嫌だけど、本当に起こるのなら、お父さんは家族を守るために、人殺しになるよ。

この歳になっても、この世界はオレと言う存在を主人公にしたドラマのような感覚に襲われております。

永遠の中二病で生きていこうじゃないか。

これでも見てテンション上げやがれ!

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2020年11月16日 3:37 CAT :

ファイティンコ

どっかの誰かが実にうまい事言ってた。

水のない所に水を売りに行くのが小売業で、水道が整備されている所の水道管をぶった切った上で高額で水を売りつけるのが転売野郎

みたいな感じ。

そうなんだよ。誰が何と言おうが、転売糞野郎は、社会悪以外の何物でもないです。

存在しない方が社会がうまく回るし、みんな幸せになる。

あいつら絶対税金とかも払ってないと思う。偏見だけども。

そんなこんなで、あいつらにはビタ一文金を渡してやるもんか!と言う強い信念のもと、息子が欲しがるswitchを探してた。

そして遂に、手に入れる事が出来た。

近所のGEOで売ってた。

学生時代、予約してなかったけど、どうしても「ファイナルファンタジー7」が欲しくて、お友達の広瀬君と二人で香川県内のゲームショップを走り回った事を思い出した。

夜までチャリで走り回り、フラフラになりながら、偶然は言ったお店で、キャンセルでだぶついた「ファイナルファンタジー7」を店員さんが持ってきてくれた時、あのソフト自体が光り輝いていて見えたんだよ。

なんかうろ覚えだったんだけど、あの時、確か1本しかなくて、広瀬君は、その1本をオレに譲ってくれたような気がするんだよな。

ホント良い奴だったよ。

めっちゃ仲良かったのに、中学校卒業式以降会ってないような気がする。

惜しい奴を無くしたもんだ。

多分、まだどっかで生きてるだろうけども。

まぁいいや。その時を思い出す感じだったわ。店員さんに「switch在庫ありますか?」って聞いたら「ありますよ」って言って、店の奥から持ってきてくれた時、switchの箱が光り輝いてた。

このワクワク感って、どうしたってネットで買うと味わえないような気がするんだよね。

抽選で当たって、ネットで購入するだけでは味わえないドキドキだよ。

懐古主義のおっさんと嘲ればいいさ。

それでもおっさんは感動したんだよ。

しかしまだ、Amazonとか楽天とかでは、定価に上乗せした価格で転売野郎が売りつけてるみたいで。これ、買う人本当にいるんだろうかね。

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2020年11月12日 22:51 CAT :

無題のドキュメント

少しだけ、生存報告を。

まぁ、毎週マンガ更新して、つぶやいてるので、死んでると思うやつもいないように思うけれども。

それはそれとして、ここ数日、夜になると、心がざわついてしょうがない。

吐露したら多少はマシになったりしないもんだろうかね。

そんな話です。ちょっとだけ。

これまでの人生において、本当の意味で後悔した、今も後悔していることは一つしかない。

オレは、妹がすぐ下にいた事と、両親が共働きだった事の関係で、幼稚園に入るまで、じいちゃんばあちゃんちで預けられて育てられた。

オレの子ども時代、下手したら両親よりもオレの中で割合がでかかったのは、そのじいちゃんばあちゃんだったかもしれない。

いや、それはもうホントに大事にしてもらった。今でも感謝しかない。

そんなじいちゃんが、倒れたのはオレが小学5年生の時だった。

とは言え、入院先で検査した感じでは大事はなかった。

その週末に母親の職場の旅行に兄弟で付いて行くことになっていたので、母親はその事を告げるついでにお見舞いにじいちゃんのところに行った。

母親はオレもお見舞いに連れて行こうとしたが、オレは「大したことないんでしょ?また、旅行から帰ってきたらお土産でも持って、顔見に行くわ」と、そのお見舞いに行かなかった。

その時やってたゲームが面白かったので、お見舞いがめんどうくさかった、と言うのが本音だったように思う。

そして、旅行に出かけた

2泊3日の旅行の2日目の朝、泊まっていた旅館に母親あてに電話がかかってきた。

入院していたじいちゃんが、夜に急死したと言う知らせだった。

夜、突然容体が急変したらしく、朝、巡回に来た時に死んでいるのが見つかったとか、そんな感じだったと思う。

信じられなかった。

それからしばらくは、パニックになっていて、断片的な記憶しかない。

新幹線の移動中に降りた駅のキヨスクでじいちゃんが大好物だった赤福をお土産に買った。

火葬の時、棺に一緒にいれたため、その包装紙の赤色が骨に染みて、腰のあたりの骨が赤くなってたのをぼ~っと見ていた記憶はある。

それが人生で初めて経験した葬式だった。

行ってたらどうなってたと言う話じゃあない。

行かなかったからどうだと言う話でもない。

でも、あの時ゲームなんかほっぽり出して、じいちゃんのお見舞いに行っておけば。

今でも、時々ふと思い出しては、涙が溢れてくる。

あの日の行動をオレはもう20年以上経つ今でも、ずっと後悔している。

あと一言だけでも、話したかったなぁ。と。ずっと思ってる。

なぜ、苦しんで生まれてきて、人生を頑張って生きてきたのに、最後にあんなに苦しまないといけないんだろう。

どの死に方を選んだとしても、苦しむんだよ。

楽に死ねると言う事は無いんだよ。

本当に最後の最後まで苦しいんだよ。

だから最後くらい、家族みんなに見守られて、少しでも心安らかになってほしい。少しでも感謝を伝えたい。どうせ伝えきれないだろうけれども。

ちょっとでも、苦しみが和らぐように出来ることは全てしたい。

その希望さえ奪われて、初めてコロナ禍の現状に対して、どうしようもない絶望を覚えた。

あと一年早ければ、あと一年遅ければ。

 

 

 

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2020年10月27日 1:29 CAT :

「世界の中心で愛を叫ぶ」を見ての感想 6年ザクロ組 しもたろうに

先日「スイスアーミーマン」と言う映画を見た。

まぁこれが何だ。久々に、心をグンと引き寄せられるような感覚になるほどの衝撃を受けた。

そして「いや~映画って本当に良いものですね」と水野晴郎のように思った次第です。

その結果、久々にここ最近は、映画見倒してた。

流れは下記の通り。

「ヒミズ」を見て、最後の「住田頑張れ」で涙が止まらなくなった。号泣した。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

泣ける映画つながりで「さとうきび畑の唄」を見て、森山良子さんの歌声とさんまさんの演技で隣の寝室で寝ていた嫁に「めっちゃ泣いてたね」と言われるほど嗚咽を漏らして号泣。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

「さとうきび畑の唄」がTBSオンデマンドだったことから、つながりでアマプラで「世界の中心で愛を叫ぶ」を発見。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

これ、そう言えば見た事なかったよな。アマプラで今月中に配信終了か。これも、めっちゃ泣けるドラマらしいので、これを見てみるか。

と言う事で、先週末からドラマ版11話を一気見した。

本当なら、「スイスアーミーマン」の感想をつらつら描きたかったんだけど、あの話はあれだ。一回流し見したくらいでは到底語る事は出来ないので、また、その内もう1回くらい見てから書くことにして、今日のところはもう一つの「世界の中心で愛を叫ぶ」の感想でも書こうと思った次第です。

さてさて。

という訳で、11話全部見たよ。

考えてみたら、ドラマを全話通して見たのって結構久しぶりだった気がする。

前に見たのは「帰ってきた時効警察」だったか。・・・その位ぶりだ。

先に結論を書いておこう。

正直、全く泣けなかった。

何だこのドラマは。となった。

なぁ~にが純愛ドラマだ。馬鹿野郎。これだったら「ヒミズ」の方がまだ純愛映画だ。

ドラマ版を今回見た理由としては、映画版では感情移入しづらいとか、じっくりエピソードを重ねるドラマ版こそ至高。と言った「なるほどな。なるほどなるほどなるほどな」な感想が散見したらなんだけど、それは確かにそうだった。

いや、映画版見てないけど、ドラマ版でもその部分については否めなかったので、これが2時間程度の映画尺なら何をいわんやと言う感じ。

ただ、そのじっくり重ねたエピソードがぬるくて、死ぬほどかったるい。

こんな言い方して良いのかどうか分かんないけど、命を懸けた、しかもその後の人生をずっと揺さぶるほどの大恋愛とは思えないほど、二人の付き合ってる描写が超希薄。

まぁ、地上波ゴールデンのドラマなのでと言う部分はあると思う。淡い高校生の恋愛なんだらかね。

実際見ようによっては、「このシーンでセックスしてますけど、それはわざわざ描写しませんよ。大人の方は分かりますよね」と言う演出が部分的にあるので、まぁ、この2人は男女の関係ではあったんでしょうね。と言う事は分かる。それはそれでいいんだよ。

でも、お互い告白して、好きになって、チョッと付き合ってる風なエピソードを重ねて、その後セックスしました。程度じゃねえか。と。

いやいや、それだったらオレと嫁がこれまで積み重ねてきたエピソードの方がよっぽど濃ゆいつ~の。こんな一般人が普通に嫁と過ごしてきた年月と比べても「う~ん。恋愛ごっこ」と思えるようなでしかないんだよな。

あと、主人公のサク君に対して、もう、これはホントに自分本位過ぎてただただムカつく。

何だこいつ。まぢで、周りの人の気持ち全く考えないで自分の事しか考えてない。

それにムカついてしょうがなかった。

今回、ドラマを見ていく上で、気が付けばオレは2つの目線で物語を追ってた。

ひとつは、結婚前の自分とサク君を重ねた見方。

もう一つは、娘を持った父親として三浦友和扮する亜紀ちゃんのお父さんに自分を重ねた見方。

自分が、高校生の頃の彼女が病気で死にかけていたとしても、「何考えてんだ?こいつは?」と思う。

自分の娘に彼氏が出来て、その彼氏が死にかけの娘を連れまわされて、症状を悪くさせているとしても「何考えてんだ?こいつは?」と思う。

これ結局のところは、高校生の頃の思春期特有な「自分がこの世界と言う物語の主人公」だと思い込んでいるヤツが、自分の事だけを考えて、周りを振り回した結果、一人の女の子を死なせちゃったと言う物語なんだよね。

サク君も亜紀ちゃんも全く相手の事や、周りの事を考えてないままに、ヒロイックな感情に浸って自己満足で死んでいったり、殺したりしてるだけだろう。

ただ、そういう荒唐無稽でも若い男女の恋愛もののドラマに仕立てたい上の人と、それに抗うかのような物語としての完成度を求める監督さんの矜持かなんかだろう、「そうじゃないんだ」と言う意図での演出があって、それはすごく良かったと思う。

大人の人のそれぞれの感じが凄く良いんだよ。

演者さんがやっぱり素晴らしいよね。

そんなこんなで、前半はムズムズするような淡い恋愛ものとして、後半は感動ものとして見れる。いや、見れてたんだ。だから、最後まで見る事が出来た。

問題なのはラストの2話。

こんな事をド素人のオレが言うのはどうかと思うけど、演出のセンスがあまりにも無さ過ぎて、一番いいところで全部台無しにされた気がする。

いやね。上記に言ったような粗について言えば、それは「さとうきび畑の唄」でも散見されるんだよ。結婚式の日に赤紙が届くようなご都合主義だったり、無理やりな説明口調だったり。

それでも、あのドラマが嗚咽を漏らすほど感動するのは、それを気にさせない位、物語に没入させてくれる演出の力が大きいと思う。

実際に、序盤のじいちゃんが死んじゃう付近とか、8話辺りの結婚届を出すあたりのシーンではウルウルしてたんだ。

8話なんて、かずきくんのシーンでもウルウルして、現代、過去両方のシーンでジーンとしてた。

特に9話なんて、すごく良かったと思う。高校自分と父親自分どちらから見ても、「そんなんずるいわ。こんなの泣くわ」と思ってしまう。この辺りでは、前述の物語の粗とかどうでも良くて、それぞれのキャラクターに感情移入して没入できてた。

なのに、10話で突然現実に引き戻された。

10話、11話ではご都合主義な展開で、冷静に見れば「お前ら何やってんの?バカじゃねえ?」と思わせる要所要所のシーンで、監督の「ほら、このシーンでこういう事すれば、お前ら泣くんだろ?泣くよね?」と言う意図が露悪趣味的に出てくる。そのせいで没入できないので、変に冷静になっちゃって、ご都合主義な展開が気になって、物語に集中できない。

くっそひどいのは10話の空港シーンでの「助けてください」のシーンで、なぜか二人の周りをぐるぐるカメラが回ってる演出とか。いや、そこは、淡々と俯瞰からシーン映すだけでもいいじゃん。

無音で倒れる → 音楽が盛り上がってくる → 最高潮のところで二人の周りをカメラがグルグル回る。

どれだけ物語に没入してて、感動してたとしても、耳元で監督が「こういう演出したら泣きたくなるよね?ほら、泣きなよ。泣きなよ。カメラぐるぐる回ってるよ」ってずっと語りかけられたら、冷めるっつ~の。

極めつけは最終話。

亜紀ちゃんのお葬式に行くことを拒否するサク君。

このシーンでもさ。お葬式のシーン自体は物凄くいいんだよ。(読経してる時に「この棺桶には亜紀が入ってますよ」と説明するために顔が出てるとか、「今お葬式にサク君来てませんよ」と説明するお葬式なのにサク君の座るイスが空いてたりとか、視聴者を「バカ」と決めつけたくどいほど説明調な演出は多少あるけれども…)

両方のお父さんが頭を下げあうシーンとか、すけちゃんが棺桶にブルーハーツのテープを入れてるシーンとか、松下由樹さん「がんばったね」のシーンとか。ホント良いシーンがいっぱいある。

あるんだけども、そのチョッと感動するシーンを細切れにして、その合間合間にお葬式に行かなかったサク君のシーンを入れ込む。

サク君はなぜか、どこかへ向かって走ってる。

なぜ走る?

どこへ走る。

で、雨で振り出したら糞サブいよなと思いつつ見てたら、やっぱり降る雨。

って事は、コケて血とか流すんだろうな・・・と思ったら、やっぱりコケる。そして、血が出る。

なんか、昔、「魔法使いグルグル」ってマンガで語ってた、作者の江藤ヒロユキさんの「大人の人に言われて書いてけど、自分で見るとこっぱずかしくなる扉絵」の話を思い出した。

そうなんだよ。

絶望して走り出してると、雨が降ってその中でコケるって言うのは、スポンサー受けいいんだよ。物語とか全然どうでもいい大人たちからしたら、そういう「それっぽいシーン」があると喜ばれるんだよ。物語としては、糞サブいけどな。

物語としての完成度とか、視聴者の没入感とかを全無視して、物語を台無しにしてでも、えらい大人たちの方を向いてるなきゃこの演出はないだろ。

クレヨンしんちゃんの大名作「大人帝国の野望」のラストのシーンで、しんちゃんがただただ走るシーンを30秒以上連続して映すと言う演出をしてる。

このシーンで、原監督が「しんちゃんが走るシーン」を細切れにして「エレベーターで昇るケンチャコ」や「ボロボロになったヒロシたち」をチョコチョコ出した方が、偉い人の反応が良い事は分かってたはず。それでも、そのシーンを一切省くことで、しんちゃんの感情と見る人の感情を同一化させて、その後の「大人になりたいから!」のシーンが一番盛り上がるように作ってるんだろう。

実際に、「大人帝国の野望」はえらい人たちの評判はすこぶる悪かったらしいし。

そう言う計算じゃなくて、「カメラぐるぐるとか、走ってたら雨が降るとかって何か感動するだろう?」とか「細切れにしとけば、なんか画面持つし、緊迫感でるだろ?」とか「流し見しかしないえらい人たちでもこういう事しとけば、評価されるだろう」とか、そういう意図で演出されたら、どんな素敵な物語でも萎えるんだよ。バカ野郎。

そんな感じで、最後まで見切って、監督のクレジットに「堤幸彦」とあって、全てを理解した。

あぁ、そう言う事か。と。

あとで、見直してみれば、メインの監督は堤幸彦さんだけど、オレが「いいな」と思った話は全部、別の人が監督してた。

唯一最終話で良かったのは、高橋克実さん演じるお父さんが「好きなだけ周りを振り回して、悲劇のヒーローは大威張りだな。なさけねえ。」とサク君に吐き捨てるシーン。

あのシーンは良かった。ホント、ずっと心の中にあったわだかまりを全てさらけだしてくれた。

あのシーンで、最終話、萎え萎えな気分になってたお父さん目線なオレにやっとカタルシス的なものを味合わせてくれた。

でも、そのシーンでもバストアップを多用して、構図を切り換えまくり。

「淡々とした会話だから、飽きさせないよう構図切り換えまくってたら、偉い人達も気に入ってくれるよね」と言う意図が見え見えでげんなりだけどな。

あんなに高橋克実さんが素晴らしい演技で、それこそ11話全部をひっくるめた最大のカタルシスを与えてくれようとしてたんだから、その演出は邪魔なんだよ。切替最低限に抑えて、引いた構図から淡々とシーンを流してたら、後ろにうっすら写ってる仏壇からおじいちゃんも優しく眺めてくれてる最高にいい構図だったんじゃねえのか。

その上で、演者さんの細かい所作だってシーンに残ってたはずだ。

最高の素材で作られたディナーの最後の締めに出されたデザートに「デザートって甘い方が良いでしょ?」って、山盛りの砂糖をぶっかけられて、それまでのディナーの余韻も、デザートの味も全部台無しにされた気分。

まぁ、そんなこんなで長々と書いたけれども、ドラマとしては、良いドラマだと思うんだ。

最終話まで見切れるドラマなんてなかなか無いようなオレですので。

ただ、世間の評価程ほど泣けない。

泣けない一番の理由は、よく言われている「堤演出」の賜物であることはまごう事ない。

物語自体は、強引でご都合主義な所はあるけれども、よく言えば超王道で、やっぱり王道っていいなと思わせてくれる素敵なお話しだと思う。

あと、最後に。オレは堤監督の演出方法自体が別に嫌いってわけじゃないとだけ。

そもそも「trick」とか、死ぬほど大好きなドラマな訳だし、あのドラマなんて、堤演出が無ければホントグダグダでどうしようもないものになってたのは、誰がどう見たって間違いない。

「自虐の唄」って映画も、大好きで何度見ても泣いてしまう。

カメラぐるぐる演出だって、「自虐の唄」の最後の幸恵ちゃんと熊本さんの再開のシーンでは、グルグル回るほど感動できてた。

堤演出だと泣けないという訳でもない。

ただ、「世界の中心で愛を叫ぶ」と言う物語と堤幸彦と言う監督の相性があまりにも悪かっただけだと思う。

ホント、使い方なんだよ。

三池監督と堤監督と言う偉い人達から見た、評価の高いものを撮ってくれる2代巨頭監督。

コケる事が許されない鉄板のコンテンツだっただろう「世界の中心で愛を叫ぶ」だったからこそ、この偉い人受けの良い堤監督が抜擢されちゃったんだろうね。

そして、堤監督自体は本当にすごい人だから、その偉い人受けの良いものを作っちゃうんだよ。

期待に応えることが100%出来る監督なんだよ。

ただそれだけが、非常に残念。

この物語だったら、もう少し徹底したリアリズムを追及するタイプの監督さんだった方が良かったのかも知れない。

と言う事で、しばらくしたら、映画版の方も見てみようかなと。

行定監督だそうなので、もしかしたら!!とチョッと思いつつ、「濱マイク」の監督だよな・・・とも思っております。

いや、「濱マイク」めっちゃ好きだけれども・・・

あぁ、長々書いた。

では皆様。

また次回。

このドラマ見ると、綾瀬はるかさん好きになるよね。

そして、山田孝之さん…ウシジマくんとか「凶悪」の藤井記者とか、この人ホント演技力えぐいよね。

 

 

 

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2020年10月20日 3:20 CAT :

高校生作家を夢見るアイツにおっちゃんがモノ申すイメージ

ご無沙汰しております。

ブログ書くのって、習慣にしないとすぐに描かなくなるもんだよね。

いや、別にいいんだけど、文章書いてないとどんどん文章力が落ちていると言う事に危機感を抱いているわけで、そういう意味で、やっぱりできる限り書いてたいんだ。

出来るだけね。

さてさて。

ただただ言う事は一つ。

時間が無いです。

な~んで、こんなに時間が足りないんだろう。

やりたいことは、たくさんあるのに全く出来ないうちに一日が終わっていく。

とは言え、9月は、お仕事しながら「G」の描きためをしつつ、短編を一つ描き切ったので、まぁ、それでも頑張った方かもしれないか。

10年ぶりに新作の短編を描いた。

これ。

「虐殺の恋文」と書いて「ジェノサイドラブレター」と読む。

元ネタは、もう7年くらい前に作ったアルバム「王道軽傷」のナンバーのひとつ。

曲が出来上がった当初から、「これはマンガの短編として掘り下げてやるぜ!」と思いつつ、全然着手できないままだったんで、今回、この話が描けたこと自体はすごく感慨深い。

そもそも、短編描いたのが「夜誘う麦わら帽子」以来10年ぶりと言う事も、なんだかなな感じですよ。

今後は、半年に1つくらいは短編を書いて「漆黒の青空」にアップしていきたいもんだ。

思い返してみると、人生において、一番創作活動をしていたのは間違いなく高校時代だよな。

あの頃と今と、本当に同じ24時間を過ごしているんだろうかね。と、いつも思ってる。

自分の高校生の頃を思い出すと・・・

バンドやって、演劇やって、漫画描いて、小説書いて、ゲーセン通ってたよな。

バンドではライブ用のコピー曲の練習と音源用のオリジナル曲の制作。しかも、キーボードとベースとギターを弾いてた。実際バンドでのパートはキーボードで、時々ベースも弾いてた。ギターは主に作曲用だったかな。(今は、ギターがメインになっちゃったけど)

作曲ペースも月に5~10曲くらいか。そのくらいは作ってた。

漫画では、毎週最低でも1話は仕上げつつ、短編を月に1話のペースでは描いてた。

演劇用の台本は、年に2回の定期公演とそれ以外に練習用と自主公演の台本として、没案含めて、1カ月に1~2本描き下ろしてた。

その合間を縫って小説とかも書いてたし、当時格ゲーブームで暇見つけてはゲーセンに通ってたし、それ以外でもめっちゃゲームしてたよな。

あと最低でも週に1本は映画見てたし、漫画も高校3年間で1000冊以上は買って読み漁った。

一応勉強もしてた。大していい成績じゃなかったけど、まぁまぁの進学校でそこそこの順位にはいた。一応、文系人間なので、国語とか社会(と言うか歴史)とかは、校内では1桁とかにもチョイチョイ食い込む感じ。

対して今は・・・と言うと、お仕事しながら、週に13ページほどマンガを描くだけ。チョッと、短編とかに手を出してみれば、ブログの更新すらままならない感じ。

本当に同じ24時間なのだろうか。

取り合えずあの頃と今の違いを考えてみると、あの頃は、とにかく寝てなかったよね。

寝るのが本当に勿体なかった。

家ではたぶん1日1時間も寝てなかったんじゃねえかな。

寝るのは、学校での授業中だけ。それも、ずっと寝てたら成績に影響するから、色々ローテ組んだりしてたと思う。

それで学校終わったら部活して、部活終わりにゲーセン行ったりして、行かなければ家でゲームして、8時頃から12時くらいまで漫画描いたり台本書いたりして、4時くらいまで楽器の練習して、それから元気だったら小説とか書いたり映画見たりして、ベッドに行ってから漫画読んで6時くらいに寝る。

まともに寝るのは、土日だけ。

それでも、全然元気で走り回れてた。

そうなんだよ。

若さゆえの体力があったんだよ。

今、午前3時で、ブログ書いてるけど、今のオレは明日多分10時前くらいまで寝て、それからのそのそと動き出して、午前中はほぼぼ~っとして終わる。んで、お昼ご飯食べて頭動かすために漫画2ページくらい書いて、2時くらいからお仕事を始めるだろう。

この差だよ。

多分高校生の頃のオレなら、今から6時くらいまで今日描けなかった分のマンガを描くだろう。

そして、朝8時には動き始めるはず。

この決定的などうしようもない差が、今感じている時間の足りなさに直結してるんだと思う。

でも、これはもうどうしようもない。

もう若くないおっちゃんなんだよ。

結果、今のオレは、学生時代に作った物語の遺産を消費しつつ創作活動に勤しんでいる。

オレが今描いている「G」の原型は、中学生の頃に落書きノートに書いてた物語だ。

それを大学生になった頃にネームの形にし始めて、そして、おっさんになってから原稿に仕上げているだけの話。

中学生の頃にはもうすでに全体の構成がある程度できてた訳で、それを描き切るための物語の割り振りを毎日考えてた。

そうなんだよ。

今、高校生とかで、ちょっとでも創作活動をしている奴がいるのなら、おっちゃんは声高に言いたい。

 

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 

 

いくらでも思い浮かぶと思ってても、クリエイティブな発想自体が出てくるのは、まぢで、高校生くらいまでだぞ。と。

それ以降はあくまでも多少、小手先が器用になるだけだぞ。と。

だから今、寝てる暇なんかねえぞ。と。

人生における創作のほぼ全てがその期間にしか作れないぞ。と。

一生ネタが溢れ続けるような天才はこの限りではないけど、多分お前は天才じゃない側だぞ。と。

 

 

出てこなくなったおっさんの頭では、一つの物語を考えるだけでも、物凄い時間を要するようになってしまった。

毎月短編描いてたのに、今なんて、10年ぶりの1本だ。ばかやろぉ。

そんな事実に抗うように、無理やりネタをひり出している。あえて、新作考えてる。「G」のラストもあえて変えてやる。

出来ないと認めたくない。あの頃のように出来ないと認めたくない。

でも、あの当時のスピード感に叶うはずもなく…

「FE」を描き切った後、「ランナ」と「マリオネット」を同時に描きながら、「G」の構想を考えながら、毎月1本短編を描いてた、あの当時には勝てる訳ないんだよ。

だからと言って今、高校生の頃に戻りたいかと言うと、戻りたくなんかない。

今、オレは、その思春期の頃に考えた世界観をやっとある程度満足のいく状態で形に残せるようになってきたことで、日々楽しくて仕方がないんだ。

ただ、時間がない。

結局そこに戻るんだよ。

もういいや。

おやすみなさい。

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2020年9月19日 3:56 CAT :

夢想の中で生きるセルロイドを舐めたげる~加勢大周もびっくり~

なんだかなぁ~と思う事があった。

本当に、なんだかなぁ~と言う感じ。

取り合えず、声がでかい奴が優遇される世の中と言う事らしい。

イヤね。そんな事、分かってるんだよ。そんな社会だ。でも、「お前もそうなのか。」と言うがっかり感が実に強い。

我慢すれば、我慢した分だけ踏みにじられるらしい。

なんだかなぁ~。もう何も考えないようにしよう。

さてさて。

忘れようとしても、ずっと悶々と考えてしまう難儀な性格でございます。

なので、それはそれとして心の奥に引っ掛けておいて・・・イラストを2点描いた。

漫画も色々描いてるんだよ。取り合えず。

過去に色んな所に出したりしてて、新都社さんの規約的に、これは載せれないな・・・と思ってた短編がいくつかある。その辺を「まんがおきば」と言うサイトさんの方へ、加筆修正して載せる事にした。

併せて、本当に久々に新作の短編のネームを切ってる。

アルバム「王道軽傷」に収録してる「虐殺の恋文」と言うお話。これは、かなり以前から、短編漫画にしたいと思ってて、やっとそのネームを切り始めた。「G」の方描きためしてて、週に1回の更新と言うノルマがないうちに、この短編も描き切ってしまいたいなとか思ってたりする。

もちろん「G」の方も描いております。

漫画いっぱい描くのは楽しいんだけど、本当に時間がねえんだよな。

どうしたもんか。

で、今回描いた2点のイラストがこちら

 

 

▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 

 

 

ひとつは、「まんがおきば」さんの方で今後アップしていくだろう短編を、1作ごとに登録するんじゃなくて、短編集として1つの作品として登録しようと思って、その表紙用に…

この短編集のタイトルは「漆黒の青空」。

知ってる人は知ってるかもしれない。

オレが、過去に沼レコのサイトで、詩を載せる時に使ってたタイトルの使いまわしでございます。

その「漆黒の青空」をイメージして描いてみた。

アルバム「夢喰いバクヲ」収録の「レイ=プレイpart1」って曲の中の一説。

ただただ悲しみの中で静かに空を見上げ
絶望の青い空はどこまでも透き通るように青く
あたしはその深さの分だけ悲しみに途方にくれ
泣き叫びました

レイプされた少女が、空を見上げて思う描写なんだけど、この空の色と情景こそ、まさに「漆黒の青空」のイメージにピッタリだと思って、それをイメージして描いた。

自分で言うのもなんだけど、女の子の表情がなかなか良い感じに描けてると思う。

 

 

もう一つのイラストがこちら。

これは、八神の過去の話も終わって、いよいよ最終決戦に突入すると言う事で「G」のトップ絵を描き下ろした感じ。

「G」を読んだことある人ならわかるだろう。

そう。あそこだよ。あそこのシーンを描いたんだよ。

早くあのシーンを描きたい。

そして、その先の話を描きたい。

その話を描くために、1年以上かけて、コツコツと伏線張り巡らして、描いてきたんだ。

と言う事で、「G」も最後に向けてラストスパートしていくと思う。

ただ、最近またクッソ忙しいし、他に色々やりたいことも出てきてるし、短編1本描き下ろそうとかしてるし・・・

時間がいくらあっても、ホントたりませんな。

 

 

何しか最近、カラーのイラスト描くのが楽しくなってる。

もっと色々書きたいんだけど、とにかく、こいつは時間がかかるんだよ。

1枚書くと、その日はもう漫画1ページも描けなくなる位。

なので、描きたい衝動は自重しつつ、どんどん描いていきますです。

どうでも良いけど、「G」のトップ絵、久々に、デジタルを離れて、鉛筆で紙に書いた。

その絵を取り込んで、ペン入れと着色はデジタルでした感じ。

ちなみに「漆黒の青空」の方は全部デジタル。

下書きだけでも、アナログの工程が入ると絵に力が出るような気がする。

何でなんだろう。

 

 

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2020年9月17日 0:38 CAT :

絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ「音楽」

生きていくと言う事は出会いの連続。

その出会いは時に、人生そのものを変えてしまうかもしれない大きな力があったりなかったりあったりする。

数々の素晴らしい出会いは、そのどれか一つを取ったとしても、全てに思い入れがある。

と言う前置きの上で、絶対に選べないのに無理やり選んで人生で1番を決めるシリーズ。

第1弾は「音楽」だ。

これが意外と書いてて面白ければ、この後も「漫画」とか「映画」とか「小説」とか「ゲーム」とか「絵画」とか色々続けていきたいなと思っております。

あくまで、オレが書いてて面白いかどうかと言う観点で。

で。

でだ。

音楽は、これまで本当に人生を色々と変えてくれた。

多分、一番人生が変わったターニングポイントとなったのは、間違いなく音楽だと思う。だからこそ、一番最初にした訳だけれども・・・

そんな訳で、これは選ぶこと出来ねえよ。まぢで。

音楽の良さを教えてくれたサザンか?

初めて組んだバンドで初めてライブをやった時にコピーしたGLAYか?

手首を切りながら狂ったように聞いてたディルやジャンヌダルク辺りのビジュアル系か?

涙とともに聞き続けてた野狐禅か?

生きる希望になった筋肉少女帯や犬神サアカス團か?

今現在、何度となく立ち上がる力になってくれてる苺楽団や、スキッツォイドマン、モケーレムベンベ、水中。それは苦しいか?

などなど・・・考えだしたら、こればっかりは本当に決められないや。

バンド単位でも決められない。

更にその中から、1曲を選ぶ。

そんな事できるはずがない。

はずがないんだけれども、ここはひとつ無理やり1つを選ぶ。

選んだんだよ。

それは、やっぱり筋肉少女帯だ。中でも一番好きなアルバム「キラキラと輝くもの」の中で、更に一番好きな曲。

「ベティー・ブルーって呼んでよね」。

オレが、人生におけるもっとも好きな1曲は、これだ。まぢで。もうこれしかない。

イヤね、人生の節目節目とか、人生観が変わった曲とか色々候補に挙がったんだけど、もう、こればっかりはどう考えても、やっぱりこの曲しかなかった。

この曲自体、あんまりメジャーじゃないかも知れない。そもそもバンドブームが終焉を告げて、筋肉少女帯自体も、歴代最悪とも言える酷い状態で、作られた奇蹟の名盤「キラキラと輝くもの」。

このアルバムには「機械」「小さな恋のメロディー」「サーチライト」のような、今でも筋肉少女帯を代表するような名曲がそれこそキラキラと輝いている。

元々捨て曲などない筋肉少女帯なんだけど、このアルバムは本当に素晴らしい。

熱量でいえば、そりゃあ「仏陀L」や「シスベリ」から「月光蟲」くらいまでにははるかに及ばない。

当たり前だけど。

単純に、「筋肉少女帯と言えば?」みたいな話になれば、そりゃあ「釈迦」でしょ。「いくじなし」でしょ。「サンフランシスコ」でしょ。「高木ブー」でしょ。

でも違うんだよ。絶望と苦しみ中にいながらも、思春期のような熱量を出すことも出来ず、どうしようもなくなった大人が苦しんで苦しんでやっとひり出した、哀愁と優しさがこのアルバムには本当に詰まっているんだ。

まぁいいや。この曲の思い出を描いていこう。

オレがこのアルバムに出会った時、筋肉少女帯は凍結状態。うっちーとおいちゃんが体裁だけを守ってると言う、本当にひどい状態。

当時、たまたまテレビで「特撮」の曲(多分、アベルカイン)を聴いて「おお!カッコいい!」って思って、「大槻ケンヂ」と言う人を調べてた。前は筋肉少女帯と言うバンドを組んでた事を知って、そのアルバム売ってないかなと中古のCDショップに行った時、100円でたたき売りされたのがこの「キラキラと輝くもの」だった。

これ幸いと買って帰って、家で聴いた瞬間の衝撃は今でも忘れない。

特に「サーチライト」を聴いた時の衝撃よ。

正直レベルとか、そういう話じゃなかった。次元が違ってた。そして、まさに自分そのものだった。

誰からも見向きもされず、彼女はもちろん、友達もおらず、鬱屈としたまま一人部屋で、誰にも読ませないマンガを描いてニヤニヤしてるだけだったオレの事を歌ってるように感じた。

なんで、この大槻ケンヂって人は、こんなにオレの事を知ってるんだろう?

そんな不思議な衝撃。

衝撃が体を突き抜けた後、突然やってくる「そして人生は続く」「ザジ」と言う優しい音楽。

その極めつけが「ベティー・ブルーって呼んでよね」だった。

この3分くらいの短い曲を聴いている途中、オレは涙が止まらなかった。

世の中には絶望しかないと思ってた。

誰からも認めてもらえないまま、一人孤独にそれでも死ぬことが出来ないまま、生き続けることがほぼ確定していると思ってた。

「夢をあきらめるな」的な曲を聴いては、追い詰められていた。

「素敵な恋愛」の曲を聴いては、自分の存在価値に疑問がわいていた。

そんな中、初めてこのアルバムが、この曲が初めて「生きてていいんだよ」と、それも強く背中を押す訳じゃなくて、横に寄り添うようにそっと言ってくれたような気がしたんだ。

こんな糞みたいなオレだけど、その後一人の女性を付き合って、結婚して、子どもが出来て、家庭が出来た。

ここ数年になって、漫画とかこれまで誰にも見せた事のなかったものを、人前に出すようになった。

でも、ずっと誰にも見せずに悶々と作ってきたものなんて、独りよがりでしかなくて、当たり前だけど、ほとんどの人からは見向きもされなかった。

その事を嫁に話した時、「別に誰からも見向きもされなくてもいいじゃない。私は大好きだから。これからも描き続けてね。絶対やめちゃあだめだよ。」と言われた。

「ベティー・ブルーって呼んでよね」だ。

あの時、「ベティー・ブルーって呼んでよね」と言う曲を聴いて、「生きてていいんだよ。」と言ってもらった。

それから10年以上経って、オレも「ベティー・ブルーって呼んでよね」になった。

相変わらず、誰からも見向きもされないけど、オレは「ベティー・ブルーって呼んでよね」になれた。

人生の意味なんてものは、未だにさっぱり分からない。

多分、オーケンもこの曲に対して、こんな事思ってないような気がする。

でも少なくともオレは、この曲のお陰で人生に彩りと意味が生まれた。それは、間違いない事実だと思う。

人生のいろんな場面において、その時々に寄り添ってくれた音楽がある。

その音楽があったから乗り越えられた。そんな音楽がたくさんある。

ただ、「ベティー・ブルーって呼んでよね」はそういう話とは、少し次元の違う所にあるんだよ。・・・多分。

こういう大切な曲があると言う事自体が、凄くありがたい事だと思う訳ですよ。

この曲に対する思い入れとか言い出したら、もう尋常じゃなくある訳で、もうすでに長くなってしまった。

そろそろこのお話しは終わりにしよう。

アルバムは、この曲で感情を最高の状態に持っていったあと、「お散歩モコちゃん」で少し落ち着かせて「冬の風鈴」でキレイに終わる。

構成も含めて、本当に完璧なアルバムだよ。

未聴とか勿体ないを通り越して、「あの衝撃をこれから体験できるのか」と羨望するわ。

再発版もあるけど、あっちはボーナストラックが入ってしまってるので、オリジナル版を聴いた人が買うものだと思ってる。

なので、是非、持ってない人は中古CDででもオリジナル版の方を聴いてほしいな。

多分500円くらいで買えるだろう。

ちなみに、「ベティーブルー」はまだ見ていない。

と言う、なんだかなぁ~な感じ。

映画見たら、この曲に対する見方も変わるんだろうか。

でも、この曲だけは、見方を変えたくない。

だから、「ベティーブルー」は多分一生見ない。

 

 

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2020年9月15日 0:08 CAT :

一歩踏み出した瞬間に石ころに躓き続ける人生part2

いよいよと言うか、何と言うか地味に外堀が埋まりつつある今日この頃。

状況的なものを色々鑑みた結果、事務所が法人化の段階に入りつつあるらしい。

と言うか、多分もう法人化するだろうと思う。

いつになるかはまだ未定。

でも、何となく、記念日にしたいなと思っているので、来年の4月22日かな。

今年で、地味に結婚して10年目。

11年目を歩みだすと同時に、自分の会社を設立すると言うのは、なかなか素敵な事じゃあないかと思う。

まぁ、会社と言っても、独立して、自分の事務所を立ち上げてから5年以上やってきたことをそのまま継続していくだけなんだけどね。

節税とか、経費の管理とかその辺の事がめんどうくさくなってきたので、法人化することで、お金の流れを分かりやすくしてしまおうと言う話ですよ。

たくさん人を雇って、本格的に事業を拡大しようとかそういう事はほとんど考えてない。

何と言うか、どうしても自分で納得のいくものを作っていきたい気持ちが強い。

仕事を渡したくないとか、そういうニュアンスともちょっと違うんだけども・・・オレに対してお仕事もらえたのに、それを他の人に渡して、オレが納得できないクオリティになって、それを納品するのは、申し訳ないんだよ。かと言って、じゃあ、人にノウハウとかを手取り足取り伝えていくと言うのもどうなんだろうと・・・

それをやるのは、嫁だけで良いかな。と思ってる。

将来的には分からないけど、今のところの構想としては、スーパー家族経営。で、時々手伝いに来てくれる人が数人いると言う形態。

ぶっちゃけ、今の形態そのままでございます。

事務所を法人化してしまうって言う行為に対して、後戻りできない感が強くて、確定的な理由もなくダラダラと先延ばししてた。

でも、いつまでもその場で足踏みってのはなかなかできないもんだ。

世の中には前進か衰退しかないらしい。

現状維持と言う選択が実は一番難しい。

前進しようした結果衰退してしまう事はある。

前進しようした結果前進できることも間々ある。

現状維持をしようとした場合、ほぼ確実にそれは緩やかな衰退でしかない。

人間の思考には「安全領域」と言うものがあるとか何とかと言うお話を聞いた事がある。

安全領域とは、「今できることを今の環境のままで続ける」思考の事で、ルーティーン化した物事を繰り返すことが人間にとって一番楽な生き方なんだって。

この安全領域を抜け出す。つまりは、やった事ない事をやったり、今までと違う環境に自分の身を置くと言う行為は、物凄く力がいる生き方。

でも、この安全領域を抜け出し続けなければ、成功はないらしい。

安全領域の中に居続ける事は、少しずつ安全領域を削られていく事とほぼ同意で、いつか強制的に安全領域を追い出されてしまう。

だから、安全領域を抜け出して、新しい場所に次の安全領域を作る。それを延々繰り返す。

獲得した安全領域が消滅する安全領域より多ければ、それがきっと安定した生活なんだろう。

確かに、独立してからこっちは、ずっと何かに挑戦し続けてきた気がする。

ここ最近、少し安定してきて、「今の生活メッチャいいなぁ~」と思ってた。

でも、そろそろこの安全領域からでないといけない時期が来たと言う事か。

今日打ち合わせ来た社長さんは、オレの親父より10歳くらい年上。

77歳なのに、まだまだ新しい面白い事にどんどん挑戦していってる。

正直、バイタリティはオレより何倍もあると思う。

よぉ~し。負けないようにオレも色んな事にチャレンジするぞぉ~と、強く思えないところが情けない所だよな。

果たしてオレにとっての成功とはなんなんだろうかね。

 

 

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2020年9月9日 23:40 CAT :

メンヘラきらい死ね

チョッとばかり…とは言えないけれども、以前の自分を鑑みる。

何と言うか、人の不幸とか苦労とか、絶望とか、悲しみを見るのが好きだった。

苦しんでる人を見てはニヤニヤしてた。

そのくせ、自分に対しては、分不相応な賞賛を求めて、それがない(当たり前だけど)ことに対して不満をまき散らしてた。

結構長い期間、そんな感じのままだったんだよね。

なのに最近。

気が付けば、そんな感じでもなくなってしまってた。

人の不幸とか、悲しい話とかに対しての興味が凄く薄くなってきた。前みたいに、覗き込むようにそう言う事にあえて首を突っ込むこともしなくなった。

あと、人が頑張ってることに対して素直に「すげえな」と思えるようになってきたし、頑張ってる人に対して応援したくなってきた。

自分に対しては、賞賛がないとか、そう言う事でひがむ事も無くなったし、現状に対して感謝できるようになった。

180度変貌した感じ。

でも、24時間テレビは大嫌い。

こんな事になってしまった原因を、ただ年取って丸くなったからな。と言ってしまうのは簡単だけれども、意外とそうでもないような気がしている。

自分の今の生活とか、状況に対して不満がなくなってきたからじゃあないだろうかと思ってる。

自分が不幸だと思ってるうちは、多分、人の不幸を見たがるし、自分の現状に不満を漏らしまくるし、ついでに言うと人に対して攻撃的になるんじゃないかな。と。

問題なのは、本当に不幸なのかどうか。と言う点だよな。

そもそも幸福とか不幸って言うのは、あくまでもその人の感覚でしかない。

お金があれば幸福なのか。

家族がいれば幸福なのか。

セックスできれば幸福なのか。

仕事が出来れば幸福なのか。

美味いものが食えれば幸福なのか。

生きていれば幸福なのか。

死んだ人は幸福なのか。

障害があれば幸福なのか。

などなど…何をもって幸福と言うのか。

年収600~900万くらいの世帯収入の人が一番幸福度が高いと言う調査があるらしい。

それは、その位の年収が一番生活しやすいとかそういう話じゃなくて、幸福度の高い考え方をしている人はその位の年収になりやすいと言う事だと思ってる。

いやね。オレ自身の話だけど、お金があるに越したことはないけれども、その為に、家族とか遊びとか趣味をすべて放棄してまで、一心不乱に仕事をするのは違うと思ってる。

自分の時間があって、子どもたちを遊べる時間もあって、家族で過ごす時間もあった上で、お金が稼げると一番良いと思うんだよ。

で、今、まさにそんな状態になってる。

多分オレは幸福度が高いんだ。

だから、昔と比べて、僻んだり、不満ぶちまけたりすることが減ったんだと思う。

ただ、これ逆の可能性もある。

特に、独立してからこっち、自分の事務所にお仕事をくれる人に対しては本当に感謝しかないんだよ。だから、人に対して不満をぶちまける事が少なくなった。

あと、サラリーマンしてた頃と比べて圧倒的にストレスのない生活をしてる。

ストレスなく、自由な時間が多くて、んで、感謝することが増えた結果、僻んだり、不満をぶちまけなくなって、気が付けば、幸福度が上がってきた。

どっちが正解かは分からないけども。

一つ言えることは、やっぱり人の悪口言ってたり、人の不幸を楽しんだり、不満ぶちまけたりしてる間は、状況がどうなっても幸福度は上がらない。と言う事だと思う。

自己啓発本とかに良く載ってそうな話で、サラリーマン時代のオレは、「反吐が出るわ。そんなの金持ちのたわごとだ!」と思ってたけど、今になって考えてみると意外とその通りかもしれない。

今もオレは全く金持ちではないけれどもな。

やっぱりね。人のことを悪くいうヤツはダメだよ。

少しでも感謝できることを探して、その事を口にしていくことから幸福度を上げる循環は始まる。

・・・と、ここ最近のオレは信じております。

 

 

 

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2020年9月8日 0:18 CAT :

「中指のペンだこ」酢漬けで晩酌一献の夜は嵐

オレが書いたシナリオがマジで映像化されて公開された。

現在進行形のお仕事なので、今後もコツコツと書いていくだろうし、すでに書いたやつも今映像化されているんだろう。知らんけど。

すごく不思議な気分で、それを見ていたんだけど、一つ思ったことがある。

あ・・・これ、人気でないわ。ごめんなさい。と。

メッチャ面白いと思う。

やっぱり、自分で書いたものは面白い。

世界一面白い。

ただし、オレの感覚でなら。なんだよね。残念ながら。

はまる人は、はまってくれると思うんだけど、絶対万人受けはしない。

あんなに、個性殺して日和見な感じで書いたのに、形になったものを見たら全然いつものオレの書いた奴だった。

ここで紹介とかしないけど、多分、オレの書いた何某かを見た事ある人が見たら、一発でばれるんだろうな。

さてさて。

今週も何とか「Gの世界」1話分、13ページ描き切る事に成功した。

ホントギリギリだった。

色々忙しいけど、それでも、あと1話は描かねばならない。

区切り良い所までは、更新途切れさせたくない。誰のためにかは知らん。オレのためだ。多分。

そんな良く分からない矜持で、コツコツ絵を描いております。

前述のシナリオはお金もくれるお仕事だけど、この漫画を描くと言う行為は当たり前だけど、1円も貰えない。

100%趣味でやっている。

でも、何でか、お仕事よりも強いこだわりを持ってやってる。

何なんだろうね。

この自分の頭の中にある妄想を形にすると言う行為と、それを自分で褒めちぎると言う行為こそが、鬱屈とした思春期において、唯一アイデンティティを保つ方法だったんだと思う。

だから、今でもその行為にだけは妥協しないんだと思う。

人のために描く絵じゃない。自分のために描くものだからこそ、こだわっております。

なので、描き終わった後、少し時間をおいて読み直してみると、どうしても気に入らない絵が出てくる。

流れ的にこういう演技じゃねえんだよ。

演劇をやってた時は、脚本、演出、監督をやってた。

その時の感じに近い。

キャラクターに対して、この流れでその演技は違うよ。ここは、こうだろう?と。ね。

今回の「Gの世界」55話では、2か所あった。

たまには、その没の方も紹介したいと思った次第であります。そういう羞恥型オナニーであります。

まず、10ページの八神を慶斗が追いかけるシーン。

最初は、横のコマとの対比で叫んでる口のアップを描いてた。

でも、あとから読み直して、これじゃあイマイチ慶斗くんの感情が分かりにくいなと思い、表情が付いた顔に書き直した。

うん。

すごく良くなったと思うよ。ワトソン君。

もう一つ。

で、このあと、ラームの誘いを受けて、八神が兄弟と決別するときのシーン。

チョッとネタバレになっちゃうけど、このシーンで、八神は、兄弟を切り離したくないけど、兄弟のために自分の魂を売ってラームに協力を仰ぐ。そんな心情なんだ。

それを言葉にしちゃうとなんか軽くなるので、顔だけで表現したかった。

最初は、凄く迷いがあって、本当にこれでいいのか悩みつつ、弱みを見せないために必死。そんなイメージで描いた。

これはこれで、個人的には渾身の表情だと思ったんだけども、読み直してみたところ、ふと思った。

決別のシーンで、八神が悩むのか?と。

最初は、そんな八神でも悩むほど強烈な出来事。的なニュアンスも入れたかったから、この表情しかないと思った。

思ったんだけども、やっぱり違う。

コイツは、どんな時でも弱いとこは見せちゃダメなんだ。

だから、圧倒的に強い決意をするけれども、その奥に少しだけ迷いがある。そんな表情に出来ないかと描き直した。

さっきのも良かったけど、正解はこっちだったと思う。

強い決意の中に迷いを唯一見せるシーンだ。

唯一迷い、悩むシーンじゃなかった。

と、まぁ、こんな感じで、毎回何度も読み直して、気に入らないカットは描き直して、気持ちいいオナニーに浸っているわけですよ。

でも、先日の話通りほめてもらえたらやっぱり嬉しいことも分かったし、たくさんの人に呼んでもらいたいとも思っているみたい。

難儀な性格だと言う事ですな。

しかし、表情描くのって難しい…

全然描けない…

 

 

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