「気分」カテゴリーアーカイブ

2025年5月5日 12:12 CAT :

僕が僕であることに気が付かなくちゃね

時々Xで見かける「画力を上げるために努力します」ってポスト。

別にそれ自体についてどうこう言うつもりはないけど、画力上げるために努力してるやつはきっとうまくいかないんだろうな。と思ってる。

そんな意地悪な気持ちでニタニタ見てる。

性格が悪い事は自覚しているので、そこについては、まぁ大目に見ていただいたとして・・・

努力ってね・・・続かないんだよ。

どんなに頑張ったって人間努力は続かない。

だから、絵が上手くなりたくて、画力を上げるために努力してるやつは努力が続きやしないから、絵がうまくはならないと思う。

世の中に絵が上手い人っていっぱい居るけど、その人たちってみんな努力してないと思うんだよね。

絵を描くのが楽しくて楽しくて、毎日何時間も絵を描いて、どうすれば自分の思い通りの絵が描けるか考えて、ずっと実践してるだろう。

でも多分ご本人さんに聞いた時に、それを努力と言わないような気がする。

楽しくてしょうがないからずっと描いてるだけなんだよ。

絵を描く事が楽しくなくて、努力しないと絵を描く事に対して向き合えない奴はきっと絵なんて上手く描けないよ。

オレは絵を描く事自体が楽しいと思わないままここまで来た。

でも、漫画を描くのは楽しくてしょうがないから、こんなに才能が無いのにずっと漫画描き続けてる。

オレがもし面白い漫画を描くために努力する人間だったら、こんなに長い間漫画を描き続ける事は出来なかった事は想像に難くない。

漫画に関するほぼ全ての事柄に関して全く才能なかったんですよ。まぢで。

それでも、子どものころからずっと漫画描き続けてる。

結果として数万ページの漫画が手元にある。

でもそれは楽しいから描いてるだけで、「漫画を上手く描けるように血の滲むような努力してきた」みたいに思ったことは全くない。

高校3年間。どんな時でも毎週1話を欠かさず描き続け、3年間で5000ページほど漫画を描いた。

1日も欠かさず、毎日5ページくらい描き続けた訳で、こんなの努力で出来る量じゃねえよ。

って言うか、オレは努力では出来ない。

楽しくて夢中でやってたら、気が付いたらこんな感じだった。が正しい。

「努力してる」とか「頑張ってる」とか思ってるから、対価として誰かに認めてもらいたいし、認められないと止めてしまうんだよ。

最近息子がサッカーを始めた。

最初サッカーの練習をすることを努力してたから、ホント10分くらいで「今日は練習頑張った!」とか言ってた。

それがチョッと上手くなってきてサッカー自体が楽しくなってくると、練習とか努力じゃなくて、普通に楽しんでボールを蹴るようになった。

今では「ちょっとサッカーしてくる」って勝手に外出て行って毎日2時間くらいボールを蹴ってる。

でも、息子がサッカー上手くなるために毎日何時間も耐え忍んで努力してるのかと言えば、そうは思えない。

単純にサッカーを楽しんでるだけにしか見えないんだよなぁ。

結局ね、楽しんだもの勝ちなんですよ。

みたいな話をサッカーしてる息子を見ながら思ってた。

努力ってね、続かないから、方向間違えると本当に無駄な時間になりますよ。

みたいな話です。

この記事を見てみる  ⇒
2025年5月4日 12:12 CAT :

ただ思う事は君が言いかけた事の中から本当の事だけを残したら何が残るかと言う問題だけだ

絶賛ADHDのおっさんでございます。

あんまりこの話を売りにしない方が良いんだろうことは良く分かっているんだけども、それはそれとして、何か知らんけど最近色々その手の話を聞いたりしている。

その中の一つに、「発達障害」と言うのであればなぜ人類の中にこんなにADHDの人間が存在しているのか。と言う実に面白そうなネタがあった。

2024年にアメリカの大学でとある実験が行われたらしい。

ベリーを採集するゲームを不特定ランダムに選んだ人たちにやってもらった。

ルールは、「同じ場所でずっと採集してると少しずつとれる量が減っていく」「別の場所に移動する際には1~5秒の採集できない待ち時間が発生する」と言う2つのルール。

その結果、ADHD傾向の強い奴ほど、沢山のベリーを採集できたらしい。

他にも色々面白い話があったんだけど、つまり「狩猟採集生活」においては、ADHDの特徴と言われている過集中やじっとしていられない、色んな事柄に意識が持っていかれると言った事がむしろプラスに働くと言う結果が出たと言う事ですよ。

ADHDは狩猟採集生活においては、むしろ優遇されるべき能力だった。

でも、その後農耕が始まり、大きい社会が出来ていく過程で、かつて狩猟採集生活では必要だった能力がマイナスに働くようになってしまった。

何とも目から鱗なお話。

このオレが子どもの頃から四苦八苦してきた奴は、現代社会において勝手に「発達障害」などと言われているけど、かつては群のリーダーになるために必要だった能力だったと言うことなのか。

だから何だと言われたら、まぁ、別になんてこともないんだけどね。

オレスゲェだろ!と言う話でもないし。

面白い話を聞いたよ。

って言う、それだけですよ。

思う所も色々あるけど、長くなりそうなので今日のところはこの辺で。

すごい勢いで尻すぼみになったな。

この記事を見てみる  ⇒
2025年5月3日 12:12 CAT :

人はそれを「現実逃避」もしくは「さぼりたいための言い訳」と判断する

水木しげると言う漫画家がとあるエッセイで「明日で良い事は今日やるな。今日しかできない事を今日やるべきだ」と書いていた。

今日しかできない事は一体何かを考え、今日しかできない事を精一杯やる事こそ、最も人生を実感できる生き方だと言うのだ。

今日と言う日は、自分の人生において1度しかやってこない。

その1度しかやってこない1日において、その日にしか出来ないことは何かを考える。

その日、オレはお仕事に追われていた。

納期は明日まで。

今日中には何としても形にして、クライアントさんに提出、確認してもらい、明日には納品しなければいけない。

そんな中、不意に息子が仕事部屋にやってきた。

「今日久しぶりに家族みんないるから一緒にゲームをやろう」と言う誘いだ。

社会的に考えれば、息子の提案に乗るわけにはいかない。

1人の大人としてはもとより、一企業の社長としても自社にいただいたクライアントからの要望には最大限応えるべき事は誰に目にも明らかだろう。

仕事と家庭。どちらを取るべきなのか。

それは高度経済成長期以降の日本と言う国の発展過程において、度々議論され続けた云わば永遠のテーマである。

オレはこの永遠のテーマに対して、冒頭の水木御大の言葉を当てはめて考えてみた。

今やらなければいけない仕事は、本当に今日やらなければいけない仕事なのか。

そもそも納期自体は明日であり、作業自体はおそらく明日着手しても完結するだろう。

且つ、納期自体もなし崩し的に決めたものではあるが、例えば「その日を過ぎれば全てが台無しになってしまう」と言った類のものでもない。

つまり調整できる余地が十分にあるのだ。

反面、ここ最近自我が芽生えてきた息子は自分のやりたい事も増え「一緒に何かをやろう」と言う事自体が少なくなってきた。

サッカークラブに所属し、休みの日はサッカーの練習に参加、家族で出かける事もなくなった。

娘も中学生になり部活動や友達との約束で家を空ける事が多い。

そんな中、今日は珍しく娘が家にいて、息子はサッカーの練習も無いようだ。

嫁も自分の手持ちの仕事がひと段落ついていて、家事もある程度終わって手が空いている。

今日しか出来ないとは言えないがここ数ヶ月で言えば、家族で一緒にゲームが出来る数少ないタイミングであることは明白だ。

そして、今日を逃せば、成長する子どもたちと共有できる時間は更に取りづらくなる事だろう。

答えは出た。

仕事と家庭どちらを取るか。と言うテーマに明確な答えはおそらくない。

ただ、今、この瞬間においてどちらを取るべきかと言う暫時的な答えは出せるだろう。

今日の答えは「家庭」だった。

オレは、やりかけの仕事をそのままにおいて、家族でスマブラをひとしきり楽しんだ。

明日きっとクライアントに対して、謝罪を行いつつ、納期の再調整を行い、一心不乱に作業を行うだろう。

だが、明日それが出来るのであれば、今日家族で幸せな時間を過ごせたことに後悔はない。

水木御大の言葉の偉大さを実感することが出来た1日だった。

・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

昨日の記事で書いた通り、弁論大会に出せそうな文章を書いてみた。

これで1200文字丁度でした。

オレなら、この一発書きの文章を推敲もせず、弁論大会用に提出するだろうな。

でも、真面目な娘はきっと何度も推敲すると思う。

オレと娘の決定的違いはそこにあるんだと思います。

娘の将来に幸多い事を本気で願って終わり。

この記事を見てみる  ⇒
2025年5月2日 12:12 CAT :

綱渡りみたいな2人の人生はサンフランシスコで繰り返される

娘が学校の課題の作文でメッチャ苦戦していた。

ついつい横から色々言いたくなってしまうので、基本的に娘の課題とかに関しては見ないふりをしてるんだけど、思ってるより苦労しているみたいだった。

何か、1200文字くらいで弁論大会の議題になる文章を書くと言うものだったらしい。

1200文字って、そんなオレが毎日書いてるこのブログの1記事分にチョッと毛が生えたくらいじゃねえか。

って言うか、1200文字超える事もままよくありますがな。

その位の文章を書くのに苦労するのか・・・と思ったりした。

文章って普段書かないとやっぱりなかなかどうして文章力って育たないし落ちていくものだよな。

オレも高校生から大学生くらいの間、とにかく文章を書きまくった期間があって、その期間があったから今、文章を書く事に特に苦労しないんだし。

かと言って、じゃあ今「オレの文章はめっちゃすばらしぃぜ!」と声高に言えるかと言えば、全然そんな気はしない。

自分で読む分には面白いなと思うけれども、じゃあ、他の人が読んで面白い文章が書けるのかと言われると、そんなもん知らねえよ。としか言えない。

文章が上手ければ、もう少し文章関係のお仕事とか出来てただろうから、多分文章は上手くないんだろう。

そう言えば、漫画から派生したデザインや、イラスト、漫画のお仕事はやってるけど、文章を書くと言うお仕事はやってない事に気が付いた。

そりゃあデザインをしていく過程でライティングもやってほしいと言うご依頼もあって、文章書いてるけど、それって「文章を書くと言うお仕事」ではないよね。

以前、YOUTBEのシナリオライターをホント少しだけやってたけど、あれは「文章を書くお仕事」と言って良いのだろうか。

文章を書くお仕事はほぼしてない。

でも、社会的に評価されたと言うか賞を貰ったりしたものは、演劇にしろ、小説にしろ、文章ばっかり。

漫画とかイラストで何らかの賞をもらったとか認められたと言う事は皆無。

このギャップは一体何なんだよ。

社会的に評価されるものを作ることと、それがお仕事に結びつくかどうかは全く別問題だとそう言う事なんだろうか。

そもそも、オレが描いてる漫画自体がお仕事になってる訳でもないから、それはまた全然別ベクトルの話なのか。

結局、お仕事として求められるクオリティと言うのは、あくまでも社会通念的に見て許容されるものであって、社会的に評価されるクオリティとはまた違うものなのかもしれない。

オレはクリエイティブなお仕事をしたかったと言うよりは、きっと認めてほしかったんだと思う。

今で言う承認欲求が強かったのかも知れない。

承認欲求の為なら、自分が本当に書きたいものでなくても良かった。

そして今、イラストならお仕事で、文章なら何らかの賞を取ってある程度認められた気持ちでいるんだろう。

だから、評価とかあんまり気にしないで、自分の好きなものを好き勝手に描いて楽しんでいる。

とは言えだ、それを「面白かった」と言ってもらえたら、それはそれでやっぱり嬉しいよねぇ。

人間なんて結局褒められたら喜ぶ生き物なんですよ。

はい。

これで大体1200文字です。

ただ、今日の内容が弁論大会に提出できるかと言えば、それは出来ない気がする。

明日は、弁論大会に提出できるような議論立てた文章を1200文字くらいでまとめてみたいと思いました。

覚えていれば。

この記事を見てみる  ⇒
2025年5月1日 12:12 CAT :

年老いた価値観かなぐり捨てて 新時代の到来に踊り狂え~サードシーズン~

先日嫁と話をしていた時「社会的ものさし」と言うものはあるのかと言い話題になった。

何でそんな話になったのかみたいな過程については長くなるので割愛するとして、取り合えず「ものさし」って言葉はどちらかと言うと自分主体として使う言葉のような気がするから「社会的物差し」と言う言葉自体が矛盾してんじゃね?と思ったり思わなかったり・・・

まぁ要は自分のものさしを持ってない奴が、自分の評価基準を社会に求めた結果、社会の評価基準に無理やり自分を当てはめてしまう。

そんな歪な状態を「社会的ものさし」しか持ってない。と表現しましょう。と言う話で落ち着いた感じ。

過去に書いた「ホムンクルス」って漫画の考察の時に書いた奴ですよね。

それと同じような話を1年越しに嫁が話始めるんだから、結局は似た者同士と言う事なんだろうか。

良い悪いは置いておいたとしても、結局大体同じ結論にやがて行きつくと言う事なんだと思う。

自分が好きだと思うものを「好きなんですよ。」と紹介できるようになったら、きっと「社会的ものさし」なんて物は無くなるのかも知れない。

そして、そんな社会なら「クロワッサン症候群」で泣きわめく人なんて生まれなかったんだろうな。

「クロワッサン」とか言う雑誌に認めてもらわなければ不安になると言う変な「社会的ものさし」で肯定しようとするから、おかしくなるんだよ。

別に結婚してなくても良いじゃないか。

子どもが居なくても良いじゃないか。

自分がそれを良いと思って、そう言う人生を歩んでいるんだとしたら、もうそれで良い。

1人1人が生きてきたその人生自体は、どんな形であれ素晴らしいんだって。

そこに良い悪いなんてある訳ない。

皆さん「多様性」って言葉お好きなんでしょ?

みたいな話でした。

丁度今から2年前のGWに「クロワッサン症候群」の話の記事を書いてた。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月30日 12:12 CAT :

新緑の読書感想文「THE FIRST SLAM DUNK」を見ての感想 6年ザクロ組 しもたろうに

と言う事でね、連続して映画の感想になってしまいました。

あい、すいません。

とは言え、こっちの話も書かずにはいられませんよ。

きっかけは先日の甘納豆先生とのラジオだったんだけど、それはそれとして前から見たかった映画だったんですよね。

正直「映画作る前に、バガボンド完結させろよ」と思う気持ちもなくはなかった。

いや結構あった。

でも、それを思いっきり謝罪したい。

この映画ねぇ・・・

メッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッチャ面白かった。

昨日の「岬の兄弟」みたいな云々言う必要はない。

単純にメッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッチャ面白かった。

イノタケ先生が、90年代のスラムダンクのアニメに対して結構な嫌悪感を持ってるのは有名な話なんだけど、多分それに対して「アニメでバスケの試合をやる時に、本当のバスケの試合みたいなスピード感では書けないし、それじゃあ面白くない」的な事を散々言われたんだろうね。

この「THE FIRST SLAM DUNK」では、バスケのシーンのほぼ全てがマジのバスケの試合くらいのスピード感で描かれてる。

例えば、山王戦冒頭の宮城と花道が奇襲を行うシーンとかも、まぢで普通の試合くらいのスピードでさっくり描かれてるんだよ。

そのスピード感に最初は「え?こんなあっさり描いてていいの?」と思ってしまった。

それはオレがアニメ的な演出での面白さに慣れてしまっているからなんだと言う事を後半思い知らされた感じ。

だってオレが人生で一番感動したプロレスの「三沢vs小橋」のGHCマッチで、声が枯れるほど叫んだ断崖絶壁からのタイガースープレックスだって、別にその瞬間がスローでゆっくり何度も行われた訳じゃあないし。

勝手に脳内でそのシーンがスロー再生されて、一瞬時が止まった事を感じて、気が付くと叫んでいた。

みたいな感じ。

その感覚をまさか映画で体験できるとは思わなかった。

映画としても面白い。

でも、この作品は「バスケの試合」として面白かったんだよ。

これはスポーツアニメと言う観点で見た時、まぢで革命的だったと思う。

「THE FIRST SLAM DUNK」。

凄すぎるよ。

声優変更も、CGアニメも、モーションキャプチャーも全部どうでも良い。

だってめっちゃ面白かったんだもん。

あれだけの批判的前評判を全部ぶっ飛ばして、とんでもない大ヒットをしたのも頷ける。

「面白さ」と言う一点を突き詰めた最強の力技で全てをねじ伏せた感じ。

「バスケットボールをそのままアニメにしたら面白くない?なにバカな事言ってんの?バスケの試合はリアルで感動できるんだよ!」と言うイノタケ先生の魂の叫びが聞こえてくるかのような感じ。

ただただ脱帽ですよ。

これはねぇ・・・「あぁだ」「こぉだ」と言えない。

面白いんだよ。

あと、今は亡きチバユウスケさん率いる「The Birthday」の「LOVE ROCKETS」ね。

最初のあのシーンのカッコよさはヤバイ。

終始鳥肌が止まらなかった。

この映画を前にすると、ほとんどの人が語彙力なくすと思う。

もうね。うぉおおおおおお!ってなって、おもしれぇえええええええええええ!!ってなって、鳥肌ぶつぶつになって、あぁあああああああ凄かったぁああああああってなって終わると思う。

そんな圧倒的力を持った映画でした。

いちいち細かい感想とか書かねぇよ。

取り合えず面白かったよ。それで良いだろ。

と言う映画でした。

あと、スラムダンクの原作が読みたくなりました。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月29日 12:12 CAT :

新緑の読書感想文「岬の兄弟」を見ての感想 4年ザクロ組 しもたろうに~後編

前回までのあらすじ。

と言う事で、引き続き「岬の兄弟」の感想を書いていきしょうかね。

この物語は本当に重要なファクターだけに焦点を当てて作られている。

ぶっちゃけ、兄妹2人以外の登場人物なんて、友人の「はじめくん」と小人症の男くらいしかいない。

後は全員モブだ。

そしてこの「はじめくん」こそが監督が最も訴えたかった事なんだと感じてしまった。

「はじめくん」は、普通の生活を営んでいる中年のおっさんで、なぜか主人公の良夫と仲良くしているし、真理子にも優しい。

でもね、何もしてあげないんだよ。

お金も貸してあげないし、生活について手助けしてあげる訳でもない。

しかも自分の常識を良夫たちに押し付けてくる。

妹に売春させてる良夫を激しく非難し、「お前は足が悪いんじゃない!頭が悪いんだ!」と罵倒する。

この「はじめくん」の言動とセリフって、完全にオレを含めたこの映画を鑑賞している人の視点だと思うんだ。

この映画を胸糞だと思ってるお前だ。お前。

この兄妹2人の生活を一切改善させることもできないくせに、一生懸命生きている2人に対して自分たちに常識と倫理観だけを無理やり押し付けて非難してるお前だ。

罵倒された果てに良夫がほぼ初めてはじめくんに声を荒げたセリフ「オメエみてえなやつを、偽善者っていうんだよ!」。

これこそが監督が一番言いたかったセリフなんだろうね。

オレの心にもぶっ刺さりましたよ。

良夫と真理子と言う本当にド底辺の生活をしてる2人。

頭も悪いし、多分教養もないんだと思う。

1人はカタワで、1人はキチガイ。

そんな2人が懸命に寄り添って生きているんだよ。

2人なりに一生懸命考えぬいて出した生き方に対して、手前勝手な倫理観で「胸糞」とか言ってるお前みたいな奴を世間では「偽善者って言うんだよ」って事でしょうね。

その証拠と言ってはなんだけど、作中の2人生活描写はなぜか至る所で美しいし、クスッと笑える。

本当に食べるものが無くなってしまい、ティッシュを食べる真理子に対して良夫が「何食べてるんだ?」と聞いて真理子が「甘いよ」と言うと、良夫もティッシュを食べて「ホントだ」って。

クスッとするし、何かチョッと朗らかになってしまう。

変なフィルターをかけず、状況を鑑みなければ、悲壮感もなく幸せそうな2人にすら見えるんだよ。

どんどん追い込まれて行って遂に絶望した良夫に対して真理子が自分が何よりも大切にしている貯金箱を差し出すシーンなんて、思い出しただけでも涙が溢れてくる。

真理子は自閉症だけど、多分良夫がやってる事が本当は良くない事だってことくらいは分かってたはず。

それでも、自分たちのために心を殺して今の生活を作ってくれている良夫の事が大好きだったんだと思う。

これねぇ・・・オレがこのブログでも何度も書いてる「ものの哀れ」なんだよ。

オレが最も美しいと思う情景だったんだよ。

真理子が良夫の作ったチラシを高台から投げ捨てて遊ぶシーンとか、チラシは妹を売春させる内容だし、やってる事は本当最低だけどメッチャ美しかった。

読み解ける予知を残したラストシーンも良かった。

振り向いた時の知性的な真理子の顔から分かるのは、真理子はキチガイなんかじゃない。

確かに自分の気持ちを整理するのは苦手だったかもしれないけど、全部分かってる。

分かった上で、大好きなお兄ちゃんと一緒に今の生活を続けるようと決めたんだよ。

あの最後の電話は物凄く希望的観測で見ると、元の職場の人からで、良夫が元の職場に就職出来て真理子が体を売らなくてよくなるみたいな事かも知れない。

でも多分あの電話は、売春のお客さんからだったと思うんだよなぁ。

そして、結局良夫は許諾して、その人のところに真理子を行かせた気がする。

最期の真理子の顔はその意味をすべて理解した表情だ。

真理子の役者さんの演技が素晴らし過ぎる。

作中真理子が泣き叫んだのは、小人症の男の家から出てきた良夫に対してと貯金箱を壊された時だけだったことに気が付いただろうか。

真理子は見知らぬ男に体を売らされる時、絶対に泣き叫んだりしなかった。

真理子が泣き叫ぶのは大切なものが無くなる時だけなんだよ。

じゃあ、小人症の男の所から出てきた良夫の前で泣き叫んだ時、真理子は何が無くなると思ったのか。

そんなもの良夫に決まってる。

「おしごとするからいっしょにいて」と言いたくて泣き叫んだんだよ。

みたいなことを考えた上で、もう一度この映画を見直して、それでも「このお兄ちゃんはクソだな」とか「胸糞悪い映画だ」と言う感想が出る人とはきっとオレは相容れないと思う。

長くなってしまったけど、この映画は決して胸糞映画ではないよ。

人が生きると言う事について凄く考えさせられる素晴らしい映画だった。

「胸糞映画だから見たくない」と敬遠してた人にこそ見てもらいたい。

「子宮に沈める」とか「誰も知らない」とかとは全然違う何度もみたくなる素敵な映画だと思う。

この真理子の表情が本当に最高ですよ。

「まだこの生活を続ける事が出来る安堵」とか「お兄ちゃんの為にこれからも体を売っていこうと言う決意」とか色んな感情が交じり合ってるんだと思う。

ラストまでずっと良い映画だったなぁ。

まだまだ出るぞぉ!

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月28日 12:12 CAT :

新緑の読書感想文「岬の兄弟」を見ての感想 4年ザクロ組 しもたろうに~前編

Amazonプライムさんで、あと数日で配信停止になるリストの中に前から見たいと思ってた「岬の兄弟」があったので、「これは逃すわけにはいかない!」と言う事で視聴した。

世間一般の評価としては「胸糞映画」的なものが多い気もするので、前からすごく気になってたんだよね。

まぁ、ざっくりあらすじを書くと「片足が不自由なお兄ちゃんが自閉症の妹に売春させる物語」なので、それだけ聞くと便所のネズミもゲロ吐くぐらいどす黒い胸糞映画っぽいよね。

実にオレ好みじゃあないか。

と言う訳で、早速視聴。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

いつも思うんだけど、オレの思う胸糞悪いと世間一般で言われる胸糞悪いって物凄く剥離してないか?

この映画のどの部分に胸糞悪い要素があったんだろう。

むしろチョッと感動と言うか、涙腺に来る感じの素敵な映画だったんですけど・・・

と言う事で、チョッとだけ久々に映画の感想でも書いてみましょうかね。

一応、ネタバレするので気にする方はここでさようなら。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

まず、この映画。映画としての演出とかがすげぇ上手かったと思うんだよね。

当たり前だけど、兄妹2人の視点で物語が進んでいくんだけど、唐突に全然関係ない人の視点での映像を入れてきたりとにかく飽きさせないような工夫がなされている。

そして、ただの陰鬱な映画になってしまわないように要所要所で敢えてキレイな映像美をだしたり、くすっと笑えるシーンを入れてきたりするので、視聴後に謎の爽快感みたいなものがある。

あと、邦画によくあるチョッと分かりにくい感じも全くない。

冒頭からちゃんとこの映画における重要人物全員の境遇とキャラ設定などを紹介してくれるし、その後の展開もしっかり説明してくれてて、物凄く分かり易い。

そのくせ「説明くさい感じ」が全くないから、視聴10分くらいですんなり世界観に没頭できる。

そう言う意味では面白いと言うよりは、凄い映画と言った感じ。

この監督の人、相当演出が上手いと思うんだ。

と思ったら、前に見てめっちゃ面白かった「さがす」の監督さんだった。

あの映画も面白かったもんなぁ。とチョッと納得。

で、内容についてなんだけど、これはまぁ前述の通り「片足が不自由なお兄ちゃんが自閉症の妹に売春させる物語」なんですよ。

これだけ聞くとどんだけ胸糞悪いんだと言う話なんだけど、映画を見ていくとそれが全然胸糞でもなんでもなくなってくる。

ではその辺りについて書いていきましょうかね。

・・・と、思ったけど、すでに1000文字を超えてしまったので、内容についての感想は明日の記事で。

先日ハンターハンターでやっちまったばっかりなので気が引けるけど、水増しします。

と言う事で・・・

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月27日 12:12 CAT :

さよなら人類献杯

と言う事でね。

今月もありがたい事にラジオなどさせていただきました。

何か毎月チョッとドキドキしながらお話してるんだけど、それでも月1回のこのラジオがなかなかどうして、創作のモチベーションにはなっているので、ぜひ引き続き相手してもらえたら嬉しいな。

で、だ。

甘納豆先生がせっかく「ぺっぺが」を更新してくれてたのに、その話をほぼしないままラジオが終わっちまったのが、今、非常に自己嫌悪でして・・・

今回の最新話で、大好きな漫画太郎大先生の如き華麗な使いまわしをしてたのが、まぁ面白くてですな。

読みながらずっとニヤニヤしてたよ。

ラジオ終わってから読んだのを後悔したわ。

この話。

覚えたら来月のラジオの時に、色々語り倒したい所だったりするんだよね。

チョッとここの所プライベートな方でいくつか思う所があったり、体調がうんこだったり、うんこに行きたかったり、親父の手術があったりで、何かもう全部「どうでも良いや!」ってなりかけてた。

その辺りも、昨日のラジオでチョッピリ持ち直したような気がしないでもない。

あと、花粉症ですよ。

鼻がジュルジュルになってて、まぁ何事にも集中できない。

毎年この感じになるのは3月頃なんだけど、今年は4月後半になってもジュルジュルしてる。

今年は花粉の時期が遅いのか?

ラジオ中も、ジュルジュルなってしまってたような気がする。

何か人生って上手くいきませんな。

それでも、今の現状については非常にありがたい事になっていることは間違いない。

感謝を忘れないように頑張ります。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月26日 12:12 CAT :

WE ARE SO CUTE NICE FACE YERH!

息子が最近、地理のお勉強で日本の都道府県を覚えていたんだけど、凄い苦戦していたので「じゃあ一緒に桃鉄やる?」と言う話になった。

で、ここ最近チョクチョク一緒に桃鉄やってるんだけど、息子が相当面白いらしく激ハマりしてる。

それ自体は実に良い事なんだけど、問題なのは全く都道府県の事は覚えないで単純にゲームとして楽しんでいるらしい。

そんなはずじゃなかったんだけどな・・・

まぁ、楽しんでるから良しとするか。

何か以外にも、物件買って収益を増やすと言う事に頭を使うのが凄く新鮮で楽しいらしい。

まぁ、そりゃあ楽しいわな。

せっかくなので、どうすればお金が増えるか、リスクヘッジとは何か見たい話を色々教えつつ一緒に楽しんでおります。

これまでやった事のない事があって、それに対して全力で楽しむと言う事は子どもの時だけの特権だったりするので、それを全身で享受して日々を楽しく生きている子どもたちを見ているのが何とも嬉しい。

オレ自身は、もうなかなかどうしてそう言う経験は少なくなってしまった。

自分が経験できなくなってしまった頃には、代わりに経験してる子どもたちを眺める事が出来る。

そう考えると人生のタイミングって色々上手く出来てるんだなと思ったり思わなかったり。

先日、久々に占い師としてのお仕事が入りそうになった。

結局連絡の行き違いなどで、お仕事自体ぽしゃってしまったけど、これはオレの数少ない新しい経験になりそうだったので少し残念。

ただ、人見知りが凄いので、多分楽しめなかった気がしないでもないか。

ちなみにやってたのは、「桃鉄happy」。

switch2が発売されようとしているご時世に親子でスーファミでございます。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月25日 12:12 CAT :

引き続きハンターハンターを読み解いてみたい令和7年度~後編

前回までのあらすじ!

と言う事で、素直にこれまでに出された内容を並べて、多分起こるであろう確定イベントを並べてみました。

ただ、そんな素直に並べてしまって良いのだろうかと言う懸念があったりする。

その中の一つを後編として書いておきます。

それは、あまりにもツェリードニヒがビヨンドの息子だと分かり易く描いている点。

第1王妃ウンマの子どもは「ベンジャミン」と「ツェリードニヒ」だったけど、あとから実は「ハルケンブルグ」がウンマの子どもだったことが示された。

単行本のキャラ紹介(↓)

で、第一王妃ウンマ(↓)

「ベンジャミン」と「ハルケンブルグ」は鼻の形が「ウンマ」と待ったく同じですやん。

それに対して「ツェリードニヒ」だけは鼻の形が「ウンマ」と全然違う。

兄弟で顔が似ていると言う点で行くのなら「ベンジャミン」と「ハルケンブルグ」は確実に兄弟だけど、「ツェリードニヒ」はホントに兄弟?ってなる。

って言うか、見れば見るほど若い頃のネテロによく似ている。

若い頃のネテロ。

ツェリードニヒ。

こんな分かり易い事をする場合、ミスリードの可能性も十分あるんじゃないか。いや、あるに決まってる。

つまり、まだ詳細が出ていないで生きている王子の中にビヨンドの息子がいる可能性があるのでは・・・みたいな話ですよ。

それで行くとまだ守護霊の詳細が分かってないのは、第5王子ツベッパと第14王子ワブルくらいしかいない。

ただ、ワブルは年齢的にビヨンドの息子の可能性は低いよなぁ。

それだったら、オイト王妃がビヨンドの娘だったと言う方が可能性は高いと思う。

401話でビヨンドがカンザイに会いたいと言ってた人物が実はクラピカで、ビヨンドが「オイト王妃はオレの娘だ」とクラピカに告白するみたいな展開もあり得るかも知れない。

あとは、意味ありげに要所要所で描写が出て来つつも全く展開に絡んでこない「ルズールス」なんかも怪しいと言えば怪しい。

特にカチョウからの手紙を受け取った時の「ルズールス」の反応とか、ビヨンドがやりそうな反応だと言われるとそうとしか思えない。

しかも、ルズールスがケツモチしているのは、裏の目的をまだ隠しているっぽい上に、モレナと繋がってる可能性が濃厚なシャ=ア一家。

もしかしたら、ツェリードニヒを消そうとして今の偽モレナを使って旧エイ=イ一家を滅ぼした張本人が「ルズールス」だったと言う可能性すら出てくるよね。

みたいなところまでは読めるので、更に斜め上の展開をご用意しました。

と言う事すら全然あり得るハンターハンターですので、結局のところ一読者如きが答えにたどり着くのは無理なんだと思う。

でも、こうやって悶々と妄想できると言うだけでも、やっぱり面白い漫画なんですよ。

何か、Xの方では420話までは人物のペン入れ終わってるとか昨年末に投稿されてたはずなので、今年もどこかでの連載再開を心待ちにしております。

3日もかけて、特に何の答えもない妄想を繰り広げてしまった・・・・

ただ、後悔はない。

取り合えず、スラムダンクの映画見ます。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月24日 12:12 CAT :

引き続きハンターハンターを読み解いてみたい令和7年度~中編

前回までのあらすじ!

と言う事で、昨日の記事を踏まえて410話まで読んで、多分今後の展開で確定したことを上げてみようか。

どう考えても、ツェリードニヒはビヨンドの子どもだろうから生き残り確定で、ベンジャミンは410話を見る限り脱落確定。

ベンジャミンが特殊戒厳令を出したことが契機で船内の一般人が一気に暴動モードになとかもあり得るかも。

再開411話でそれが起こるとしたら相当インパクトがあるしなぁ。

そもそも410話時点のベンジャミンが本当にベンジャミンではない可能性もあるよね。

バルサミコの中にあったハルケンブルグの意識がうつってきたとしてもおかしくない。

ベンジャミンが時間が無いと言ってたのは、細菌兵器に感染しているからっぽい。(ボダバイが「顔色が悪いな」とベンジャミンに尋ねるシーンもあったし。)

ハルケンブルグの死でベンジャミンのバルサミコへの疑いが晴れ、バルサミコが戻ってくる
⇒バルサミコ(中身はハルケンブルグ)がベンジャミンに細菌兵器を感染させる
⇒ベンジャミンがバルサミコを殺害する
⇒バルサミコの中のハルケンブルグがベンジャミンの中に入り込み特殊戒厳令を出す

みたいな動きがあったのだろうか?

この辺りは次の連載再開を待つしかない。

あと、モレナがボールセンを仲間にした事で、この後、ツェリードニヒ陣営とエイ=イ一家が戦う事はほぼ確定だろう。

リンチをボノレノフが殺害した事で、ヒンリギ、と言うかシュウ=ウ一家が旅団を敵を見なす事もほぼ確定。

そしてシャ=ア一家にはまだ裏の目的があるっぽい描写がされている。

若頭オウがモレナと繋がっている事を匂わせているし、旅団に対して「ジョーカー」なるものを出す事もにおわせている。

単純に考えると「ジョーカー = ヒソカ」かも知れないけど、そんな安易な事はしないような気もする。

シュウ=ウ一家、シャ=ア一家と旅団の抗争も確定している。

下手したら、旅団はクロロだけが生き残るくらいの壊滅的なダメージを受けるんじゃないだろうか。

カキンの3種の神器もおそらく暗黒大陸由来のものな感じも出てきたし。

昨年9月くらいに「ハンターハンター」連載再開を記念して考察した内容も併せて考えてみると、もうそれはそれはワクワクが止まらないですよ。

暗黒大陸上陸後になるのか、その前になるのか分からないけど、きっと壊滅状態の旅団(もしくはクロロのみ)とクラピカの共闘はあると思いたい。

ツェリードニヒはこれだけ詳細な能力が出てきたので、多分王位継承編のあとにゴン、ジンたちと戦う展開もあるんじゃないかと思ってるんだよね。

ツェリ、ビヨンドと、ジン、ゴン(もしかしたらドンも?)の親子対決とかになると激熱レベルがヤバい事になるよね。

あと、先日メチャクチャ面白い考察を見かけた。

今、V5によって隔離されているゾバエ病のハンターが実は本当のビヨンドであり、今のビヨンドは暗黒大陸出身の厄災であるというもの。

だとすれば、カキンに送り込まれたビヨンドの子どもたちも軒並み暗黒大陸由来の存在になる。

ビヨンドと息子ツェリードニヒが、暗黒大陸由来の親子。つまり「コルド大王」と「フリーザ」だとしたら・・・

上記の昨年9月の考察で、オレは「ゴン」は暗黒大陸出身だと思ってるって書いたけど、ジンとゴンも暗黒大陸出身だったのであれば、結局はサイヤ人だった悟空と悟飯の親子と、コルド大王とフリーザの戦いと言う事になって、何だかキレイにまとまる気がしないでもない。

さて長くなってきたので、この辺りで終わりにしようか・・・

「・・・と、普通に読んでる読者なら想定するだろうな。」とか言いながら、この後全然違う展開を持ってくるかもしれない冨樫先生のエンターテイナーっぷりについて、明日の記事でもう少しだけ触れておこうと思う。

あと少しだけ続くんじゃ。

次回を待て!

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月23日 12:12 CAT :

引き続きハンターハンターを読み解いてみたい令和7年度~前編

先日、不意にハンターハンターの王位継承編を読み始めた。

そしたら、まぁ面白くて面白くて読む手が止まらねぇんですよ。

蟻編と比べられて、あんまりおもしろくないんじゃないか的な話がチラホラ聞こえてるけど、全然そんな事ないよ。

むしろスケールが物凄くでかすぎて、ここから先の話が楽しみでしょうがなくなる。

ただ、話が複雑すぎる。

何度も何度も読み直して、理解していく必要があるので、もうこんなもの完全に少年漫画じゃねえわな。

ジャンプでの最新連載分まで全部読み直したけど、正直昨年末にあったジャンプの連載分を追ってる途中では「何で10話しかないのに、モレナとボークセンの交渉ゲームに4話も使ってんだよ」とか思ってた。

今回読み直してて、あの意味も何となく分かったよ。

結構前振りとして、モレナがボークセンを仲間にしたかったと言う描写があったし、あれはボークセンの勧誘と同時にモレナの過去、目的などを読者に説明するという意味があったんだね。

読めば読むほど無駄な展開とか一切ないのが分かってしまった。

この先どんな展開になっていくのか全く読めないけど、まぁ起こるべくして起こるイベントとしては、5~3階層の一般客20万人の大暴動は起こるような気がする。

そしてブラックホエール号は限界境界線に行きつくまでか、行きついた段階で沈没するんだろうね。

その後、行方不明になったレオリオとクラピカ達を探すため、パリストンやジンと一緒にゴンが暗黒大陸を目指す。みたいな展開があるんだと思う。

以前、岡田斗司夫って言う変な人が「ハンターハンターは悟飯視点で見るドラゴンボールだ」的な発言をしていた。

「蟻編はピッコロ編、もしくはベジータ編であり、暗黒大陸編はドラゴンボールで言うナメック星編」だとも言ってた。・・・気がする。

だとすれば、先にナメック星に行った奴らを助けるために主人公がナメック星に行くと言う展開になるのは何となく分かるよね。

問題なのは、それにこの王位継承がどう関係してくるかと言う点。

と言う所で、長くなってしまったので、一旦切りましょうかね。

ここまで読んでみた感じで、今後の展開で確定的なことなどを含めて、明日以降の記事で書いていきますか。

はい。

水増しですよ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月22日 12:12 CAT :

もう若くないさと君に言い訳したね 君もみるだろうか「いちご白書」を

先日、お仕事の関係の人と久々に色々お話をした。

その中で体調の話がまぁまぁあった。

10年くらい前までは、おっさんは集まるとすぐ「体調がどうの」とか、「病気がどうの」とかそんな話ばっかりしてる。もう少し有意義な話しろよ。みたいなことを思っておりました。

で、先日お話してると「最近は、徹夜できないですね。夜しっかり寝ないとパフォーマンスに影響で出るんですよ」とか「最近病院に行ったら、首がヘルニア気味になってて左手に痺れが・・・」とか「体がきつくて月に2~3日は寝込む日が出来てきましたね。」みたいな話で盛り上がってしまった。

アラフォーなった今、オレも結局は「体調がどうの」とか「病気がどうの」みたいな話を普通にしてたみたい。

結局の話、40代くらいからまぢで体にガタが来ると言う事なんだよ。

20代、30代の頃は「んな訳ない。オレは健康に気を使ってるし、体も頑丈だからお前らとは違う。」と思うかもしれない。

オレもそう思ってた。

でも、全然ダメですぜ。

全然ガタ来るよ。

ホント笑うくらい。

これから先をさらに長い期間色々やろうと思うと、無理はしない方が良いと言う事が本能的に分かってしまう。

オレはこれからもいっぱい漫画描きたいし、お仕事もしていきたいし、それ以外にもやりたい事が沢山ある。

だからこそ、ここはひとつあまり無理はしない方向で頑張って行きましょうね。

と、そんな事を思いました。

はい。

もう若くはない。と口に出すと負けだと思ったけど、心で思うなら口に出しても一緒だと思う。

それよりはいつまでこのパフォーマンスをキープできるかと言う感じで考えていきたいもんですな。

まずは軽い運動を習慣づけましょうね。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月21日 12:12 CAT :

想像してごらん この世界の全ての人が争いもなく手品をしているところを

先日、娘が「水曜日のダウンタウン」を見ながら「まっちゃんは帰ってこないのかな」とつぶやいてた。

やっぱりあの番組にはダウンタウンのお二人がいないとね。という思いが強いみたい。

オレもそうだけど。

正直な話、オレの好きなものに中居正広氏はほぼほぼ入ってないので、特に何もない。

まぁ女好きだったんですね。

変態プレイが好きだったんですね。

くらいなもんですよ。

とか言ってるうちに今度は、とんねるずの石橋がセクハラだって。

あのさぁ・・・

90年代にテレビにかじりついて見てた世代からしたら、ダウンタウンもとんねるずもテレビの前でアレなんですよ。

別にプライベートで同じような事してても、1ミリも何も思わねぇよ。

テレビのコントで、まだ若手だった松嶋菜々子に「外で出して!外ならどこでも良いの」とか言わせてゲラゲラ笑ってた人達なんだよ。

そりゃあやってるでしょうよ。

むしろやってなかったとしたら、それこそ「まぢか!凄すぎる!」ってなるわ。

この変な流れが続いて「志村けんのお笑いは人を傷つけていた」とか訳の分からない死者の冒涜みたいな事にならない事を切に切に祈る。

と言うか、チョイチョイSNSとか出見かける「志村けんは人を傷つけない笑いをやっていた」みたいな論調とか「お前は志村けん、いやドリフの何を見てきたんだ?」と小一時間問い詰めたくなる。

お前はノータリンなのか?ノータリンなんだろうな。

ミスチルの「名もなき詩」は「僕はノータリン」なので許してあげて欲しい。

一体ドリフのコントのどこに「人を傷つけない笑い」があったんだろうか?

そもそも笑いって人を傷つけるもんだと思うんだよね。

こんなアホな主張してるやつらは90年代の「だいじょうぶだぁ」とか「バカ殿」とか見たら卒倒するんじゃねえの。

バカ殿なんて腰巻役の女をはべらして、おっぱい丸出しにした上でカルタにして遊んでなかったっけ?

あれが「人を傷つけない笑い」なら、とんねるずもダウンタウンも1ミリも人を傷つけてないと思いますよ。あたくしは。

とにかく、重箱の隅をつつくだけでは飽き足らず、過去の所業まで掘り起こしてバッシングしようとする今の流れには、ホント辟易してる。

オレは「ドリフの大爆笑」で育った世代なんだよ。

ちなみに「ダウンタウン」は教育に悪いので禁止で、「ごっつええ感じ」は見ておりません。

「ガキの使い」は夜中にこっそり見てました。

あと「金八先生」も教育に悪いので禁止だった。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月19日 12:12 CAT :

絶望の乱れ雪月花

先日、息子のサッカーの試合を応援に行っていた。

その日は、まぁ物凄い雨で「こんな雨の中で試合なんてやるの?」と思ってたんだけど、コーチ曰く「雷が落ちない限りやる」とのことだった。

県リーグの初戦。

信じられない豪雨の中で、息子たちのチームはもちろん、相手チームも当たり前のように試合をやってたよ。

サッカーってすげぇ。

と思ってた。

オレも一応小学生の頃はソフトボールをやってた。

何か知らんけど4番バッターとして物凄くしょぼい活躍をしてたような気がする。

その時を考えてみたら、まぁ、県大会とかになると雨が降っててもやってたわ。

んで、「この雨の中でやってるオレかっけぇ」みたいに悦に入ってたわ。

多分息子もそんな気持ちだったんだろう。

実際、かなり楽しそうにしてたし。

そう考えると、意外と普通の事だったのかも知れない。

た~だぁ~!!

観戦してる側のオレは地獄だったよ。

物凄い雨と風で傘も役に立たないような状況の中でずぶ濡れになり、且つ、別に運動するわけでもないので、どんどん体温だけは奪われて行く。

ガクガク震えが止まらない。

視界も最悪な上に、眼鏡が雨に濡れて息子の活躍も良く分からない。

息子も少しは活躍してたらしいけど、ほぼ認識できなかった。

ただ雨に打たれて、震えるだけの1日。

保護者にとっては地獄のような県リーグだった。

結果は1勝1敗。

まだまだ県リーグは始まったばかりなので、これからの息子たちの活躍に期待しましょう。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月18日 12:12 CAT :

無垢な赤子の濡れた布で 口塞ぎ息の根を止める

バガボンドと言う漫画を読んでから、何か「生きるとは何なのか?」みたいな根源的と言うか、哲学的と言うか、そんな事を色々考えるようになってしまった。

読む側ですらそう思うんだから、描いてる側はさだめし苦しかっただろうことは想像に難くない。

余りにも息苦しくなってきたので、山田芳祐先生の「望郷太郎」とか「へいげもの」とかを読んでいたら、何かそんな事を考えるのが至極ばからしい気がしてきた。

自分の思うがままに生きて行けばいい。と言う強烈なメッセージが伝わってきた。

両先生を対極に置く気はさらさらないけれども、何かホント正反対な作風なんだろうなと思ったり思わなかったり・・・

何を小難しい事を考えてるんだ。

せっかく生まれてきたんだから、生きたいように生きればいいとか、そんな感じだよね。

今の社会では、とにかく生きたいように生きるのが難しい。

と思ってはいるんだけど、結局のところは生きたいように生きないと決めているのは自分であって、別に生きたいように好き勝手生きてる人も結構たくさんいると言う事実もある。

その辺りから、目を背けずに、生きたいように生きて行く事が出来れば、きっと思い悩むことなんてなくなるのかも知れない。

などなど、簡単に書いているけど、結局オレもそんな事は全然出来てない訳で、それがいかに難しいかと言う事を改めて考えさせられた。

難しくなってくると、生きるとは何かと言う話に舞い戻ってしまう。

結局アレだ。

目的を見つけないと生きるのが苦しいんだよ。

目的ってなんだよ。

目的が必要なのか。

自分がやりたい事は一体何なのか。

そんな事をまず考える事から始めるべきなのかもしれない。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月16日 12:12 CAT :

人生の意味を噛み染みて 空をかける

先日も少し触れたけれども、ここ最近色んな事が雑になってきている。

何とかしなきゃと思ってるんだけど、何とかできないまま、あれからまた数日過ぎてしまった。

どうすれば良いのか今もまだ思案中なんだけど、取り合えず、嫌な事とかやりたくない事から目をそらさないと言う事が一番重要なんだろうなと思ってる今日この頃。

きっとこの問題に正解はないんだと思う。

正解がないから、色々と足掻いていくしかないと言う事も何となく分かっている

何より、こんなオレを信頼してお仕事をくれているクライアントさん方に対して、申し訳なさが尋常じゃない。

何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。何とかしなくちゃ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月15日 12:12 CAT :

2025年の謝罪行脚

若気の至りと言う言葉では済まされないような「おいた」もいくつかしてきた。

以前にも書いたかもしれないけど、このブログは今日(4/15現在)で3478件の記事が公開されているんだけど、記事全部では3512件ある。

要は35件ほど非公開の記事がある訳でございます。

理由はいろいろあるんだけど、この中のいくつかは過去の「おいた」について言及しており、その当事者の人から「てめぇふざけんな。ぶち殺すぞ」的な事を言われて急いで非公開にしたものだったりする。

その詳細についてここでツラツラと書ける訳もないんだけど、まぁそんなものもあるんですよ。

で、それを久々に先日読み直してた。

余りにも過激な事を書き過ぎた記事や、突っ込んだことを書き過ぎた記事に関しては、自分で読む分には面白いんだよね。

あと、これを非公開にしておこうと思えた冷静さが当時の自分にも備わっていて良かった。と言う変な感慨もあると言えばある。

ただ上記の理由で非公開にした記事に関しては、読むとやっぱりドキドキしてしてしまう。

何件かあって、何人かの人から似たような事を言われて非公開にしてるんだけど、その内の誰かがたまたま今日の記事を見かけて「お前、全然反省してねぇな。やっぱりぶち殺す」と言う旨の内容のコメントがこの記事に付けられたら、この記事もきっと非公開になるんだろう。

オレにも言い分が無いことは無い。

色々言いたい事もあるんだけど、だとしても、その内容の詳細をブログに書いて公開したことに関しては、どう考えても120%オレが悪い訳でただただ謝罪するしかないだよ。

みたいな話をブログで書いてる段階で、本当に心から反省しているのかと問われると「超反省してます!」と言えるかちょっと難しいかも知れない。

だって、オレにだって言いたい事があったんだもん!言い訳したかったんだもん!

・・・いや、そんな話じゃないんだ。

何が言いたいかと言うと、ホント喧嘩を売ってる訳ではなくて、ブログに変なこと書いてすみませんでした。と今更ながら、ちゃんと謝らないといけないな。と思った次第なんです。

誰に対してとかも詳しく書けないけど、今は本当にそう思ってる。

あと、その内のあの人とあの人には直接久々にお会いしてお話したいなとか、あの人とは申し訳ないけど絶対会いたくないなとか色々・・・

そう言うのが余計な一言なんだろうね。

そして、当時SNSが無くて本当に良かったと心から思った。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月14日 12:12 CAT :

泣いたところで天使は許さない

先日、Xでポストした奴。

チョッと記憶が曖昧なんだけど、多分とんねるずの石橋さんが、下半身露出してフジの女子アナに対してセクハラかなんかしてたと言う話に対しての事なんだと思う。

内容はどうでも良い。

ただ、「プリベート」ってなんだよ。「プリベート」って。

多分「プライベート」と打とうとしたんだと思う。

まぁ、面白いからこのまま消さずに誤字を楽しんでいただけたら良いかな。

みたいな話じゃないんですよ。

元々、誤字脱字が尋常じゃなく多い病にかかっている。

それはもう本当に子どものころから尋常ない量だった。

数年前にそれが「ADHD」と言う発達障害の影響だったことが分かったけど、学生時代とか酷いもんだった。

漢字テストなんて、毎回1点とかしたとれないし、どれだけ勉強したとて、テストで100点など取った事ない。

問題は全部わかってたとしても、誤字脱字で三角が付けられ97点の横に「おしい!」と書かれていたことが何度かある。

それに加えて、ここ最近、左手が痺れて何か動きが悪いんだよね。

何か首のヘルニアが発症しかけてて、首の神経を圧迫していて、左手に痺れが来ているとか。

前は右手が動かなくて難儀してた。

それが落ち着いたと思ったら、左手ですよ。

オレの首の神経は右に出っ張ったり、左に出っ張ったりしてるのか?

実に自由奔放な奴じゃあないか。

そんなこんなで誕生したのが「プリベート」なんですよ。

尋常じゃなく頻発するタイプミスに、細かい事に注意を払えない「ADHD」が重なって新しい日本語を次々と生み出しているのだとしたら、そこはもう諦めて、それを楽しもうじゃないかと。そんな話。

問題は、これがお仕事の方でも頻発してると言う事で・・・誰か納品前にチェックしてくれる人はいないもんでしょうかね。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月13日 12:12 CAT :

素晴らしい世界がそこまで来てる

この「超コツコツ日記」は「日記」と銘打ってるけど、ブログですよ。

ブログとは、「web log」の略語でウェブ上に残したログ。

なので、日記ではないんだよね。

いや、何が言いたいのかって言うと、先日、旅行の時の話をツラツラ書いたんだけど何か「日記」って書けねぇなと思ったんですよ。

そもそも、オレの日常なんて何にもない。

仕事して、漫画描いて、お仕事して、ブログ書いて、寝たら終わり。

・・・日記・・・

書けねぇなぁ。と改めて思った。

ついでに言えば、自分語りは好きなんだけど、自分の日常を話すのはあんまり得意ではないかもしれない。

日常に起きた何かから思ったことをツラツラと自分語りするのが好きなだけ。

そんな事に、20年以上ブログ書き続けて、今更気が付いた。

今日こんな事があったんですよ。

とみたいな、本当の意味での日記を書いてる人って凄いなと思った。

そんな話。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月12日 12:12 CAT :

人生の意味をかみしめて空をかけろ

トランプ関税と言われている謎の関税をアメリカが発表した。

嘘か本当かトランプさんは「関税は諸外国が支払うもの」と思っていたとか言う報道も目にした。

さすがにそんなアホではないと思うので、「関税分値段を下げろ」と言う圧力をかけさせるみたいな事を考えてるのか、と課題解釈などもしてみた。

結局のところはどうなんだろうね。

それに対して、諸外国は早速「報復関税」とも言える対アメリカ政策を発表。

日本はお得意の遺憾砲を発動させたんだろうか・・・

中国何か、80%を超える関税を米国製品にかけて、その報復として、Microsoftのofficeの利用制限をかけられたとか・・・

報復に次ぐ報復は戦争へのチキンレースになりそうで、戦々恐々としている。

これはねぇ・・・相当恐ろしい事が起きようとしている気がする。

最近お仕事の時のもあったんだけど、圧力をかけて値引きさせたり、要求をのませようとするみたいな駆け引きをしてくるクライアントさんは、どうしたって少なからずいらっしゃるみたい。

基本的には、そう言う人とはお付き合いを制限する方向でやってはいるんだけど、そうはいかない時もやっぱりある。

駆け引きとか、何でやりたがるんだろう・・・

そんな事を考える時、いつも「望郷太郎」と言う漫画を読むようにしております。

あの漫画を読むと、経済と文明の成り立ちと言うか、人間心理が歪んでいく様が実に丁寧に描写されている。

面白くて、勉強になる漫画を読みつつ、では自分はどうするべきなのか。それを考える事こそ肝要だと思ってる。

学んでおしまいでもそれはそれで面白いけど、更に面白くなるんですよ。

多分ね。

ここ最近では最も読み応えのある漫画だと思ってる。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月11日 12:12 CAT :

いつも仲良くしてるけど本当はお前なんて体だけが目当ての最低な男だ

先日の旅行でUSJに行った時の話。

まぁ、円安の影響もあるのかインバウンドの影響か、入場者の半分くらいは海外の人だったような印象だった。

とにかく色んな言語が飛び交う。

体感的には、中国語と英語が多かったような気がするけど、時折全く分からない言語も聞こえてきた。

そんな中、不意に2人組のお姉ちゃんから声かけられた。・・・当たり前だけど、英語で。

多分、「Could you take a picture for me?」って言われたんだと思う。

そして、「whole body and include castle.OK?」と。・・・後ろのホグワーツのお城を入れて全身の写真を撮ってほしい・・・と言ってるんだと思う。多分。

合ってるのか?合ってるよな?

取り合えず「OK!」とだけ言って写真撮影。その後、「Please check it, right?」と言いつつ、スマホを渡した。

確認した彼女たちは「OK!thanksful.」って言ってたから「Your welcome.」とだけ返したら、ニコニコしながらどこかへ行ってしまった。

「Have a nice trip」とでも言えれば100点だったんだろうけど、それはそれとして、普通に見知らぬ外国人のお姉ちゃんと英語で会話してしまった。

メッチャドキドキした。

内容としては、中学生英語のレベル。

でも、英会話始めてから初めて「あ、英語が出来るようになってる!?」と少なからず実感できた訳でございますよ。

少なくとも、英語の勉強をはじめる前だったら、確実にこんな対応は出来てなかったと思う。

ついでに言えば、あんなに人が居た中であのお姉ちゃん達はなぜオレに声をかけたのか。

明らかにアメリカ人です!みたいな人もいっぱい居たと言うのに。

せっかく日本に来てるんだから、普段見かけない中肉中背の小汚い日本人のおっさんに声をかけたかったとか、そんな感じだろうか?

理由は分からないけど、一応会話が出来た事が何だか嬉しくてしょうがない。

まだまだ語学勉強は始めたばかり。

道半ばもどころの話ではない。

それでも少しでもこういう経験が出来たことはありがたいよね。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月10日 12:12 CAT :

邪神が支配する街は荒れ果てて 凍り付く太陽は明日を閉ざす

ここ最近、チョッと身の回りの色んな事に対して雑になってきている気がする。

特にお仕事に対するモチベーションが地に落ちすぎてて、どうしようもない感じ。

何が原因かって、お金がね・・・ないんですよ。口座の中に。

家を建てるにあたってこれまであったお金のほとんどが消えてしまった。

ついでに、それだけじゃあどうしようもなかった部分を借金してる訳で、その返済もあって、これまでのようにお仕事した分に対して、お金が貯まらない。

むしろずっと減ってる感じ。

お仕事いっぱいしてるのに、お金が減ってるってなるとなると、何やってんだか・・・って気持ちにもなるってもんですよ。

あと、体の色んな所にガタが来てるみたい。

昔みたいに徹夜しても平気って訳でもなくなったし、先日の首と腕のしびれは首の神経のヘルニアみたいな奴が原因で、それも手術一歩手前みたいな感じ。

無茶できないお年頃になったと言う事も関係している。

ついでに、今、過去最高レベルで創作意欲が湧いてきてる。

そんな感じで、モチベーションが地を這うが如しなんです。

仕事なんかしてる場合じゃねえよ!みたいな感じだろうか。

所が、そんなオレに対して、ありがたい事に、お仕事がそれはもう本当にたくさん頂けているんだよ。

ありがとうございます。

こんな状態のオレなんかを信頼して、お仕事をくれている。

ただただ、ありがたい。

こんなありがたい事ないよ。

そんな凄い状態なのに、何をくすぶってるんだ。このアホ男は。

と言う事で、心を入れ替えて、今目の前にある状況に感謝しつつ、頑張って行こうと思ってる感じ。

まずは、ここ最近雑になってきていた色んな事を見直して、ちゃんとした形に整えよう。

来月で、会社も5期目に入る。

起業した会社の70%が創業5年以内に廃業すると言われている昨今において、無事5期目に入ろうとしているんだよ。

それだけでもありがたい事この上ない。

ここからさらに厳しい生存競争が始まるらしい中、オレに出来る事は、やっぱり目の前にある現状に感謝して、一つ一つを丁寧にやって行く事だけなんだと思う。

おっさんは頑張るよぉ~

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月9日 12:12 CAT :

時が流れて誰もが行き過ぎても トランク一つだけで浪漫飛行へ ~後編

前回までのあらすじ!

と言う事で、一路大阪から淡路島へ。

神戸とかでホテルを予約する選択肢もあったんだけど、娘が温泉を希望した事と、広い和室が良いと言う事だったので、「だったら淡路島とかにする?」と言う事になった感じ。

ホテルは物凄く良い感じで、温泉もかなり良かった。

何より良かったのは、ホテルのご飯。

これがまぁ、メッチャ美味しくてですな・・・結局、この旅行中にオレの体重は3㎏も増えてしまった。

どうしてくれるんだろうか。

翌日。

実に心地よい空間を提供してくれたホテルとお別れして、前から行きたかった「おのころ島神社」へ。

神話で一番最初に出来た日本と言われている「おのころ島」と言う丘にある神社で、「伊弉諾命」(イザナギのみこと)「伊弉冉命」(イザナミのみこと)を祀っていると言うなんかすごい神社。

この2柱は、天照大神の両親で、国生み神話のもとになった場所なので、ぜひ一度行って見たかったんだ。

お分かりいただけるだろうか。

とにかくでかい鳥居が非常に目を引く感じに仕上がっております。

あと、前日ホテルで、オレについてくれている守護龍の「くろべぇ」がずっと「ほうのうほうのう」って言ってんだけど、神社に入ると、この鳥居の塗り直しのための奉賛を募っていた。

くろべぇが言ってた「ほうのう」とはこの事だと思ったので、一応1万円だけ奉賛してきた。

神社自体は凄く良い感じのパワースポットで、お散歩して、桜見て、ご機嫌な感じ。

良い神社だった。

まぁまぁ遠いので、そんなしょっ中は来れないけど、小豆島の龍水のお寺くらいの頻度では来たいもんだ。

おのころ島神社のあとは、帰りがてら「うずの丘」と言う所でお土産買ったり、ご飯食べたり・・・

映えなど意識してみたり・・・

そんな感じで、今回の一泊二日の娘卒業旅行は終わり。

当初の不安はどこへやらと言う感じで、メッチャ楽しい旅行だったです。

何より、子どもたちがメチャクチャ喜んでくれてたのが、すごく嬉しかった。

さて、めっちゃ散財したので、気持ち切り替えてお仕事頑張るです。

また旅行行けるように、ファイトぉおおお!

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月8日 12:12 CAT :

時が流れて誰もが行き過ぎても トランク一つだけで浪漫飛行へ ~中編

前回までのあらすじ!

と言う事で、一路大阪へ。

家族旅行としてはおそらく初めての都会への旅行ですよ。

大阪自体、サラリーマン時代いやいや行かされた、怪しい研修以来だから15年ぶりくらい。

今回は、車で行ったれと言う事で、自宅から一路「ユニバーサルスタジオジャパン」へ。

ケチくさい話だけど、10万円も払っておいて何も楽しくなかった時の喪失感はえぐいよなぁ~みたいな不安がずっと頭の中をよぎっていた。

子どもたちにとっては、まぢで初めての都会な訳で、テレビとかで見るイメージで何かキラキラ輝いて見えていたかもしれないけど、実際は凄い人混みの中で、何にもやりたい事もやれなくて、大してうまくないジャンクフードを高い金払って食べて、不満ばっかりぐちぐち言う旅行になったらどうしよう。みたいな事ばっかり考えていた。

ユニバまでは、2時間半くらいでついた。

意外と近い。

これだったら、日帰りでもいける距離だったわ。

しかも道中、娘とずっと漫画とかの話をしてて、凄い楽しかった(嫁と息子は後ろの座席で寝てた)。

最近会話が少なくなってた娘と楽しくおしゃべり出来ただけで、何かお父さんとしては凄く満足できたけど、ここからが本番。

取り合えず、入り口の自販機でジュースを買おうと思ったら「い・ろ・は・す」が1本300円・・・

まぢか・・・

と震える手で、ジュースを1本購入し、「早速、田舎者への都会の洗礼」を受けた気になりながら、入場ゲートへ。

まぁ凄い人ですよ。

東京駅とかと比べると全然大したことないけど、これまでのマックスが夏休みのレオマワールドレベルのうちの家族からすれば、異次元レベルの人。

人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。

しかも、外人がめっちゃ多い。

息子が「田舎者でごめんなさい。って土下座しようか。」とか、良くわかない事を言い出す中、問題なく入場。

入った瞬間、別世界に入ったような錯覚を得た。

初ユニバで、ディズニーランドに最後に行ったのももう20年以上前。

いや、これは凄いよ・・・と思いつつ、子どもたちの顔を見ると、キラキラした目で「うああああああああああああ」って。

キョロキョロしながら、2人とも携帯で色んなものを撮影しまくってる。

田舎者丸出しでいいじゃないか。

こんな2人に対して「ちょっとやめろ」なんて言えるはずもなし。

そして、オレもメッチャテンション爆上がりだ。

最大の目的であった「ハリーポッターゾーン」へ急ぐ。

今回は入場確約付きのエクスプレスパスを持ってるので、絶対入れるんだけど、入場時間が迫ってたので。

入口の所につくと、娘が一番好きな「アズカバンの囚人」に出てくる岩山が・・・

見た瞬間の娘のテンションの爆上がり具合は過去最高だった。

って言うか、オレも嫁も息子もテンション爆上がり。

更に森を抜けていくと、「9と4分の3番線」が見えて、その奥には「ダイアゴン横丁」が。

ホントに、ハリーポッターの世界に迷い込んだかと思った。

これは楽しすぎる・・・

あまりの感動で、動けなくなってる娘・・・

中に入ってからなんて、尋常じゃない早口で、それぞれのお店やらなんやらの解説をずっとしゃべってる。

そして、その奥にホグワーツが。

まぢか・・・このスケール感・・・

テーマパークのひとつのコーナーのレベルじゃないですよ。

凄すぎる。

しかも、今からこの中に入れるんですよね。

みたいな感じで、いざ中へ。

しかも、エクスプレスパスを使って、2時間以上待ちをしている人の列を横目に、キャストさんにエスコートされて入城するこの快感は、プラス1万5千円以上の価値はあったように思った。

ただ、ここで問題発生。

何と身長制限で息子だけが入れない事態に。

取り合えず、娘と嫁だけ中に入ってもらい、オレと息子は諦める事にした。ルールはルールなのでね。

と息子に言い聞かせつつ、チョッとしょんぼりしていると、代わりにジョーズにエクスプレスパスで乗れるように配慮してくれた。

なに?この神対応?

息子と二人でめっちゃ喜びながら(息子なんて小躍りしてた)ジョーズの方へ移動。

ここでも2時間待ちの列を横目に、一気に乗り物口まで誘導してもらう。あぁ~この快感まぢでヤバい。

息子と2人ジョーズに乗る。

これがまためっちゃ楽しかった。

しかも戻ってきたら、そのまま同じくエクスプレスパスでヒッポグリフのコースターへ。もちろん待ち時間なし。

そして、家族4人でハリポグッズを色々購入。

グッズお高いけど、ここでケチってもしょうがないので「欲しいものは買って良し」と言う事にした。

今回の旅行に際して、実は息子は消極的で「人がいっぱいのとこなんか行きたくない」と言ってた。

で、「ニンテンドウワールド」行かないの?と聞くと「行きたくない」と言うので、今回のエクスプレスパスに「ニンテンドウワールド」の確約はつけてなかった。

その事に対して「こんなに楽しいなら行きたかったよぉ~」って息子がめっちゃ後悔してた。

一応、入場抽選券は申し込んでみたけど、残念ながらはずれ。

息子はそれでも十分に楽しんでたけど、お土産にマリオの帽子を買ってそれをこの旅行中ずっと被ってるのを見て「行きたくない」と言ってたとは言え確約チケットにしなかったことを後悔したよ。

まぁ、オレもどのくらい楽しめるか分からなかったしね。

次があれば、絶対に両方の確約チケットを取るわ。

って、気が付けばメチャクチャ長い記事になってた・・・

そんなこんなで人生初ユニバは信じられないくらい楽しかったです。

一応、こんな写真も撮りました。

あと、こんなのも。

細かく書いてると1万文字くらいになりそうなので、こんな感じで。

ただ、キャストさんの対応とかも含めて、全てが楽し過ぎて、何一つ嫌な思いをしないで1日を過ごすことが出来た。

息子がヒッポグリフコースターに乗った時に、持たせてたGPS発信器を落っことしっちゃったんだけど、それもわざわざキャストさんが拾って遺失物センターに届けてくれてて、問い合わせたら「ヒッポグリフがいたずらしちゃったんですね。すみません」って言いながらすぐに出してきてくれた。

どんだけ対応良いんだよ。

まぢですげぇ。

ディズニーランド行った時は「もう2度と来なくて良いかな」と思ったんだけど、今回のユニバに関しては「絶対また来よう」と思った。

何が違うのかと思ったけど、圧倒的にエクスプレスパスの影響がでかかったような気がする。

今回4つ乗り物に乗ったけど、このエクスプレスパスが無かったらこの4つ乗るだけで8時間待ち時間があった訳で、それを全部待ち時間なしで乗れたから、お買い物やその他の事も全部メッチャ堪能できた。

帰りの車の中で、「10万円の価値があったか?」みたいな話になったんだけど、満場一致で「これで10万円なら安い!」と言う結論になった。

沖縄旅行の時と同じ感想になったと言う事は、みんな満足してくれたんだろう。良かった良かった。

そしてこれ、まだ1日目の前半なんですよね。

と言う事で、旅館での話と、翌日の話は、明日にでも・・・

まぁ、今回の旅行のメインはユニバだったので、明日はそんな長い記事にはならないだろう。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月7日 12:12 CAT :

時が流れて誰もが行き過ぎても トランク一つだけで浪漫飛行へ ~前編

娘が今年小学校を卒業したので「お祝いに卒業旅行に行こう!」と言う事になった。

で、希望を聞いたら「ハリーポッター」が大好きなので、「ユニバーサルスタジオジャパン」か、「ハリーポッターツアー」に行きたいと。

つまりは、大阪か東京・・・

基本的に人がいっぱい居る所は嫌いで、これまで家族旅行でも都会だけは避けてきたけど、遂に都会に旅行に行く時が来てしまったようだ。

どちらにしようか旅行プランを練ってたんだけど、どっちに行ったとしても多分20~30万円くらいはかかりそう。

予算は大体一緒くらい。

凄い出費・・・こんなお金払って、なんで都会に行かにゃあならんのか。みたいな気持ちも、頭をよぎったけど、娘の卒業旅行にオレの思想を押し付けるなんて最悪だし、その前に娘の希望をかなえてあげたい。

色々相談した結果、大阪に行く事になった。

人生初のユニバですよ。旦那。

でも、まずチケットの取り方から分からない・・・

ネットで調べてみると、入場券とパスポートで1万円くらい。

それに、エクスプレスパスとやらも買った方が良いけど、それが一人1万5千円くらいかかるらしい。

家族4人で10万円くらい。

ほほう・・・安いじゃないか。でも、オレの収入はもっと安いんだよ。

と鳥肌実的な気持ちになりつつ、チケットを購入。

ついでにホテルは温泉大好きな娘が「温泉に入れる和室の旅館が良い」と言う事で、そっちも、オレの懐事情からすればかなりの高級旅館を手配した。

湯水のように溶けていくお金を見ながら、もうどうにでもなれ。と言う気持ちになってきた。

そんなこんなの娘の卒業旅行で、一路大阪へ。

行ってきましたよ。

と言うお話を書こうと思ったんだけど、前置きだけで随分長くなったので、続きは明日の記事にしておこう。

果たして、10万円も払う価値がユニバにあったのか!みたいなお話です。

めっちゃ長くなるだろうけど、次回を待て!

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月6日 12:12 CAT :

唾液塗れにした蒼冷めた体は視界にへばりついた歪めた残酷絵

息子が友達をサッカークラブに誘いたいと言う話をしてた時、嫁から「友達を習い事に誘うのはあんまりよくない」と言おう話を聞いた。

意味があんまり分からなかったんだけど、どうも、ママ友界隈では「習い事マウント」なるものが存在しているらしい。

子どもにどのくらいの習い事をさせているか。どんな習い事をさせているのか。などなど、年収などと繋がって色々ややこしいとかなんとか。

ちなみに、ダンスと音楽系の習い事がその最上位に位置しているんだって。

本当は習い事をさせてあげたいけど、収入の問題で習い事に行けない子もいるから、気楽に誘うのは良くない。と。

何と言うくだらない話なのか・・・

てっきり「誘ってしまったら、自分が辞めにくくなるから」とかそんな理由かと思ってた。

何でもマウントとって、他の人より優位に立とうとすると言う事なんですね。

子どもがやりたいと言った習い事はさせてあげると言うのは分かるけど、マウントの為に習い事に行かせると言うのは全く理解不能。

ママ友界隈でイニシアチブを取るために、子どもにダンスレッスンを受けさせるとか、どんな子育てなんだよ。

オレは小学生の頃やってたソフトボールと比べると、サッカーの方が金かからねぇな~と思ってたので、友だち誘ったらいいじゃん。くらいにしか思ってなかった。

お金がかからねぇって言っても、始めるにあたってswitch2買えるくらいのお金は飛んでいったし、遠征やら、月謝やら色々かかるから、それを考えると確かに気軽には誘えないか。

オレもお金なさ過ぎて、どうしようってなってるのは事実。

ただそれでも、オレが親から「親の経済的問題で、子どものやりたい事が出来なくなる事だけは避けたい」的な事を言われて育ったので、オレも子どもたちにそれだけはしないように心がけてるんだよ。

プレステ2買い直したかったけど、息子が硬筆を始める事になって、その準備にお金がかかったので断念した。

でも、それで良いと思ってる。

オレのプレステ2よりは、息子の硬筆の方がきっと重要だよ。

これを自由に使えるお金が無いから、結婚もしたくないし、子どももいらねぇって言う人とは、一生分かり合えないと言うだけの話ですよ。

長くなりそうになってきたので、この辺りで切り上げる事にしよう。

うんこでもしてくるか。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月5日 12:12 CAT :

薄れていく意識の中で少年は カラカラと回る映写機の音を聞いた

良い事と悪い事がまぁまぁ交互に置きまくってて、どうしたもんかと言う今日この頃。

なかなか難しいもんですな。

人生という名の列車は・・・

良い事の方に出来るだけフォーカスしていきたいんだけど、なかなかどうして、元々がネガティブな性格なので、悪い事ばっかりが頭の中でぐるぐる回りやがるんだよ。

現状について考えてみれば、本当に今の状況はありがたい限り。

良いお話もいっぱい貰えてるし、何か知らんけど、創作活動もいっぱい出来ている。

この状態でさらにどんな文句があると言うんだ。ちみちみぃ。と言う話なんだよ。

これ以上の何かが欲しい訳じゃあないけど、面倒なことや嫌なことが起きないで欲しい。

みたいなことを考えているんだけど、良い事がいっぱい起こると、バランスを取るかのようにあんまりよくない事もチョコチョコ起こる。

で、結局、トントン。

あぁ・・・平均すると、真っ直ぐなのか。

何か危ういバランスだよなぁ~

とは言え、最終的には全部なんとかなって、結局上手くいくと言う事は、これまでの人生で何度も経験してきているので、そこまで不安視はしてない。

嫁とも「あの時と比べたらねぇ~」みたいな話で落ち着く。

過去と今を比べて、現状に満足すると言うやり方は「下見て暮らせ」的なやり方であんまり褒められたものじゃないのかも知れない。

でも、自分より下の人間を認定して見下してる訳じゃあないから、それはそれで良いんじゃないだろうか。

今考える事は、この先どうなっていきたいかと言う話なんだと思う。

かつて理想としていた状況がほぼ実現しつつある今、次に知ろうとするべき状況を考えると言うのは、意外と難しいものかもしれないな。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月3日 12:12 CAT :

年が14で気が違ってて だけど可愛くて

「タイパ」と言う言葉が大嫌い。

「タイムパフォーマンス」と言う事自体は、オレもメッチャ意識してるし、会社に新人さんが研修に来たりしたり、オレが外部で新人研修してる時には口を酸っぱくしてこの話をしてる。

一定時間におけるパフォーマンスは常にマックスであるべきだし、そうなるためにこそ、思考を使ってほしい。

でも、今世間的に使われている「タイパ」は意味が違うんじゃないかなと感じる事が多々あるんですよ。

少し話がそれるけど「コスパ」と言う言葉も世間的に使われている「安くていいもの」と言うニュアンスは違うよね。

「コストに見合った価値がある」事がコスパであり、「コスパ」の反対語は「高級」ではなく「ムダ」だと思ってる。

2年ほど前(もう2年も前になるのか・・・)沖縄旅行に行った時、総額で100万円くらいかかったけど、オレはめっちゃコスパの良い旅行だったと思ってる。

それは、あんな素晴らしい体験が出来た1週間のバカンスが100万円で出来たなんて、良い旅行だった。と言う意味で最高にコスパが良かった。

コスパってのは、その価格に見合った価値があったのかと言う点に焦点を当てるべきであって、そういう意味で「安かった」は正解だけど、「安い」=「コスパが良い」では決してない。

で、「タイパ」なんて、もっとこれに当てはまると思う。

先日、ニュースで「タイパ最高!30分で感動結婚式」とか言う話題を見かけた。

アホですか。

お金が無くて結婚式をあげる事はできなかったけど、それでも結婚式に憧れていたから、こんな形であっても結婚式があげられて嬉しい。みたいな人の需要としては素晴らしい形式だと思う。

でも、それは完全に「タイパ」じゃないよね。

長時間やるのは面倒くさいから、30分でサクッと良いとこ取りして、感動したいんです。これ、タイパ最高です。ってやつがアホですかって言ってんの。

長けりゃあいいってもんじゃないけど、30分で受ける感動は、多分ちゃんとフル尺でやった結婚式の感動とは違うものだと思う。

映画はあらすじだけ10分くらいにまとめられてるヤツを見るのがタイパが良いみたいな話もあるけど、それもアホかって話。

10分であらすじだけ追う事に何の意味があるんだよ。

映画に限らず、漫画でも小説でもゲームでも、物語を追うって事は、その物語についての何かが自分の人生を少なからず豊かにしてくれるものであって、その感慨を他の人や自分のこれまでの人生と共有できてこそ、初めて意味があるもんだと思ってる。

上辺だけの付き合いの為に、短時間であらすじだけ知って、上辺だけの薄い会話を続けると言う行為が、人生においてどれだけ無駄なのかと言う事を考えるべき。

そんなモノには1ミリも意味はない。

世間的に言われている「タイパ」と言う認識は、上記の「コスパ」的な考え方で言うと、最も無駄な時間でしかないとオレは思ってるよ。と。

まぁ別に世の中の悲喜こもごもについて批判したい訳じゃあないんだけど、何でも「コスパ」とか「タイパ」とか言ってるヤツ見ると、あぁ、そんな人とは相いれませんな。みたいに感じてしまう、厭世ひきこもりおっさんの戯言だよ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月2日 12:12 CAT :

桃子がすごいスピードでお前らの頭の上に落ちてくるぞ

先日「この世界の片隅に」を見直していた。

相変わらずいい映画ですよ。

特に、最後のシーンではいつも涙腺が崩壊してしまう。

個人的には、「さらにいくつもの」よりただの「この世界の片隅に」の方が泣いてしまう。

りんさんの話とかより色々考えさせられて、ストーリー的に面白いのは絶対「さらにいくつもの」の方なんだけど、物語の焦点が浦野家だけになっているからなのか、最後のシーンで感動するのは「この世界の片隅に」の方なんだよね。

物語って難しい・・・

まぁ、それはそれとして素晴らしいんだけど、今回ふと作中に出てくる「玉音放送」の事が気になってググってた。

そしたら意外な事が分かってしまった。

多分玉音放送って、「堪えがたきを堪え忍び難きを忍び~」の部分しか知らない人が大多数だと思う。

オレもそう。

で、この「堪えがたきを堪え忍び難きを忍び~」は戦争中、辛い思いをさせてしまったと言うニュアンスで学校でも習って様な気がするけど、実は違うと言う事を知った。

この部分「燃れども朕は時運の趨(おもむ)く所、耐え難きを耐え忍び難きを忍び以て万世の為に太平を開かんと欲す」と仰られていたらしい。

つまり、戦時中の事を言ってるんじゃなくて、戦後の事を指してるんだよ。

ここまで戦争を共に戦ってくれた真の忠臣たちにこんな事を言うのは非常に辛いけど、このまま戦争を続けると日本と言う国が無くなってしまう。
だから、私が白旗をあげ、ポツダム宣言を飲む事を許してほしい。
敗戦後には様々な苦難があると思うけど、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、これからさらに日本が長く太平になる事を私は願っている。

と言う事らしい。

全く解釈が違ってた。

これも日教組と言ううんこ組織により洗脳教育の一環なんだろうかね。

実際に戦時中の資料などを色々読んでみてみても、当時の人々が、戦争中に国や政府、天皇陛下について恨んでいると言うようなものはあんまりない。

「この世界の片隅に」って言う映画も改めてみると、そんな描写は全くないんだよね。

ついでに言うと「火垂るの墓」でもそういう描写って全くない。

こう思いこんでるのは、まぢで学校での自虐史観教育のたわものなんだろうね。

この玉音放送を本来の意味で理解して、もう一度映画を見直すと、「この世界の片隅に」のラスト15分くらいが全然違う意味で見えてくる。

更に涙腺を刺激してくる。

この国を守ってくれたご先祖様たちの意志だけは、例え「うわ!こいつ右翼的思想を持ったヤバい奴だ」と言われたとしても、受け継いでいきたいと思った。

そんなお話です。

「この世界の片隅に」は2000年以降で最高のアニメ映画だと思ってる。

この記事を見てみる  ⇒
2025年4月1日 12:12 CAT :

41デノナルーフルリプイエ

人を殺してみたいと思ったことは一度もないけれども、人を食べてみたいと言う欲求だけは幼いころからずっと持ち合わせていた。

食べたものが消化され血肉となる事で、本当の意味で一つになれると言う真実を考えると、勃起が止まらない。

それを異常だと思ったことは無い。

そんな当たり前の事実を理解できない凡百の思考こそ、理解できない。

倫理的問題があると言うのであれば、今すぐ全ての命を奪い食する行為をやめるべきだ。

オレは命を差別しない。

全ての命は平等。

全ての命がオレと血肉になるために存在している。

それは目の前の販売店で売られているパック詰めの豚であろうと、畑に栽培されている野菜であろうと、目の前を歩く女であろうと変わりはしない。

財布片手に相引ミンチをカートに入れる主婦のように、その女に握っていたナイフを突き立てた。

別に特別な事だとは思っていない。

内臓を腑分けする。

中でも「コブクロ」が一番好みの味わい。

医学的な呼び方をするなら「子宮」と言うのだろうか。

コリコリとした内膜部分を軽く火であぶり、いつまでも口の中で転がしている時ほどの幸せな心持ちがこの世にあるとは思えない。

おそらく30歳ほど生きたであろうこの女の人生がつまった「コブクロ」を少しづつ噛み砕き、胃の中へ送り込む。

胃の中で消化された「コブクロ」はオレの血肉となり、そしてオレの体を形成していく。

セックスなど比べ物にならない快感に全身が包まれる。

震えが止まらない。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月31日 12:12 CAT :

目の前には境界線 未来は近くはてなく遠い

先日、日本を代表するマンガ「バガボンド」について、「なんか絵に動きなくね?」と恐れ多くもダメ出しをしてしまった。

そしたらね、その記事の関連記事に「御辺の描く世界では大の字で眠る事など出来るはずもなく」ってのが出てきたんですよ。

ほぼ同じ感想を17年前に書いていたみたい。(言葉のチョイスがアレっちゃアレだけど・・・)

全く記憶になかったけど、要はここ20年くらい感性がほぼ変わってないらしい。

まぁ、これを喜ばしく思うべきなのかは、思案が必要な気がしないでもないけれども。

当時「バガボンド」については、ぶっちゃけ、小次郎編の途中くらいで一旦離脱したんだよ。

それ以来読んでなかったんだけど、ここ最近ふと思い立ち残り全巻を大人買いして、今読み直していると言う感じ。

なので、17年前の記事の時も宍戸梅軒と闘ってるとこら辺まで読んで、そしてほぼ同じような内容を同じブログに書いていたと言う訳ですな。ケセラセラ。

今回、初めて小次郎編を全部ちゃんと読んで、その次の所に進み始めたところ。

それでですな。

今更こんな事言うのは非常に恐縮なんだけど、小次郎編の途中から「嘘だろ?」ってくらい絵のレベルが上がりまくってる気がする。

何が違うのか良く分からないけど、絵の生き生きしてる感が段違いになった。

小次郎が伝七郎とあったとこの、伊藤一刀斎の顔面度アップとか度肝を抜かれる位凄かった。

あの辺りから「アレ?」って思い出して、その後もどんどん度肝を抜かれる絵が頻発するようになっていく。

元から絵が超絶美味いのは当たり前として、この急激な変化は一体何なんだろう・・・

オレが人生で最も好きなマンガの一つに「無限の住人」と言うものがある。

この漫画に関しては、絵、構図、展開、セリフ回し、キャラ全てにおいて何一つとして文句のつけようがない最高の漫画だと思ってる。

で、15巻以降くらいの「バガボンド」が、この「無限の住人」に近い感じの絵になってるんだよな。

意味わからんな。

漫画の感想に漫画を使うと言う相変わらずの低い語彙力に辟易する。

何しか、刀と着物の漫画の最高峰はやっぱり「無限の住人」な訳で、それに匹敵するような動きのある絵の連続にページをめくる度心が躍るんですよ。

参考動画(↑)

コレだけ面白い漫画が描けて、クソ絵が上手いのに、こんな一皮どころかズル剥けになっていくところをまざまざと見せつけられると、もう脱帽するしかないよね。

まだ15巻くらい残されているので、ワクワクしながら続きを読んでいくよ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月30日 12:12 CAT :

生まれてきた事自体ga親不孝

過去の自分に対して何か言いたい事があるか。

ここ最近読んでいる、ピースの又吉大先生の本「月と散文」の一節に、10年前の自分に向けたメールと言う話があった。

ここはひとつ、10年前の自分に対して少しだけオレも文章を書いてみようと思う。

ちなみに10年前のオレの戯言も一応、このブログに残っている。

この辺りだ。

で、当時のブログの記事をちょっと読んでて、あぁ特に言う事ねえな。ってなってしまった。

何かこの「10年前のオレへ」みたいな話って、不遇でどうしようもない時期の自分に対して、未来の自分が「何とかなるよ」って言ってあげるものなんだと思う。

10年前のオレは、結婚してて、娘が生まれてて(息子はまだだけど)、新都社にマンガを投稿してたんだよね。

ただ、絶賛鬱病で、社会復帰も出来ず、家族でただただ貯金を食いつぶして、無くなっていくお金に震えていた時期だったりはするけど。

「一生童貞だと確信していた17歳のオレへ」なら、「ちゃんと結婚して、子どもも出来るから安心しろ」ってなるだろう。

「安定した仕事が見つからず、ニートみたいな生活していた25歳のオレへ」なら、「結局どこへ行っても居心地の悪い思いばっかりでのび太くんみたいに結局自分で会社を作るけど、そこで思ってるより好き勝手にのんびり出来るから安心しろ」ってなるだろう。

って事で、「10年前のオレへ」で言うなら、「鬱病はPTSDと言う名前に変わって、生涯治る事のないトラウマになるけど、それはそれとして何とか楽しくやって行けるよ」くらいなもんだろうか。

思ってるより盛り上がりに欠ける人生かも知れないな。

ただ「4年前のオレへ」なら「今、メチャクチャムカついてる不動産屋はとんでもない事になるから楽しみしておけ」と言えるような気がする。

平凡な道こそ素晴らしいと思うお年頃になってきたのですよ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月29日 11:11 CAT :

さよならこの世界 わが身わが夢殺しました

先日お仕事に追い詰められて、久々に明け方までお仕事しておりました。

その結果、今、超絶的に眠くて、だるくて、やる気が出ない。

昔と比べると、随分と睡眠を必要とするようになったようですな。

何なんだろうね。

無茶が出来ない年頃になってきてしまったと言う事なんだろうか。

暴飲暴食は止めて、健康的な生活を送って、それで生き永らえて、一体何の意味がある。

とか、思ってた時期もありましたよ。

でも今は、何かそんな感じでもなくなってきた。

「無事是名馬」とはよく言ったもんだ。

子どもたちがね、大人になるまでは見届けたいんですよ。

頭の中にある構想を漫画なり小説なり音楽なりで出し切りたいんですよ。

まだ経験してない事、行ってない場所、見てない映画、聴いてない音楽、読んでない本などが山積みなんですよ。

むしろ、時間をもっとくれ。

I wish I need more timeですよ。

1日が24時間じゃなくなって、100年以上生きられて、寝なくてもずっと遊んでられたら良いのになぁ。

メッチャ遊べるベニクラゲになりたい・・・

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月28日 11:11 CAT :

時の回廊をさまよい歩く変なカエルの物語

ここの所、1つの記事の文章がタラタラ長くなっていたので、今日は短めで。

人と話をすることがとにかく苦手で、会話において自分の思ってる事の1割ほどしかお話しすることが出来ない。

ただ、それは別に頭の中で何にも考えていないって訳ではなくて、ない頭を絞ってホントメチャクチャ色んな事を考えておるのですよ。

なので、こうやって好き勝手に自分で言いたい事をダラダラ書き始めると、止まらなくなる。

正直いっくらでも書いてられる。

1つの記事(と言うかネタ)で5千文字くらいダラダラ書けるんだよ。

毎日更新はじめる前の記事なんて、1つの記事がアホみたいに長かったし。

今は、極力短くまとめるように心がけて、大体1記事800文字まで。

大体原稿用紙2枚分くらいを目安として書いてる。

それでも、気を抜くと1000文字とか2000文字とか書いてしまうんですよ。

そんなこんなで帳尻併せの意味でも、今日はここまでだ!

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月27日 11:11 CAT :

カエルのテーマ

先日、新都社さんのプロフ帳アンソロと言う自己紹介をするアンソロジーに投稿してきた。

その時に「好きなゲーム3つ」を挙げると言う枠があって・・・好きなゲーム・・・と、悩み始めてしまった。

漫画はね、もうトップの方が決まってるんですよ。

「寄生獣」「無限の住人」「カイジ」・・・だったけど、最近キレイに終わった感じと読んでる時のワクワクで「へうげもの」が入ってきた感じ。

この辺りのお話ですね。

でも、ゲームか・・・

人生で一番心を動かされたゲームは何かと言われると、間違いなく「グランディア」だよ。

人生で一番長い時間プレイしたゲームは何かと言われると、「HALO」ような気がする。

人生で一番繰り返しクリアしたゲームはと言われるとほぼ同数で「ファイナルファイト」と「超魔界村」。

人生で一番繰り返しクリアしたゲームは「ドラクエⅤ」か?

「クロノトリガー」もマルチエンディング全部見るまで繰り返したけど、あれは全部クリアではないしな。

あと、「FFⅦ」も初めてやった時の感激とクリアした時の感動は凄かった気がする。

64の「スマブラ」とか「三国志Ⅴ」辺りも病的にやりこんでた。

格ゲーならどう考えても「KOF97」なんだよな。

単純に大好きで何度もやってたと言う意味では「ブレスオブファイア2」と「ロマサガ1」と「ロマサガ2」も物凄い事になってると思う。

これね・・・3つには絞れないですよ。

と言う事で、この中から勝手にジャンルを分けて、子どもの頃やりまくったゲーム、一番好きな物語、一番長時間熱中したゲームを1つずつ上げる事にした。

ファイナルファイト、グランディア、HALOの3つですね。

いつも思うんだけどゲームに関しては恵まれた世代だったよなぁ。

物心ついた事マリオ3をやってて、スーファミの登場に心を躍らせ、スーファミの全盛期を堪能した後、プレステとサターンに触れて「FFⅦ」と「グランディア」をやりつつ、ゲーセンでストⅡやKOFやってたんだ。

一番多感な時期に、この流れをリアルタイムで経験できたことって本当に幸運だったと思う。

高度経済成長からバブル期を経験したオレの親の世代を羨ましいと思ったこともあったけど、オレの方が良い世代だったんじゃないだろうかね。

ちなみに、ゲーム音楽で一番好きなのは、クロノトリガーの「カエルのテーマ」だよ。

そして今でも心躍る一番好きなオープニングは「グランディア」ですよ。

スーファミしか知らなかったガキンチョがゲーム屋でこのOPを見た時の衝撃は凄かったよ。

そして全部クリアしたと見直したらこのオープニングだけで泣いてしまうんですよ。

チラッと出てくるリーンを見るだけで涙腺が崩壊するわ。

今の皆さんには若い人には分からんかもしれんけど・・・

ええ。ええ。おっさんと戯言ですよ。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月26日 11:11 CAT :

あいつの瞳は光り失せた 燃えくるう心は操れない

ここ最近、「バガボンド」を読み直している。

人間と言うか、人生と言うかそんな壮大なものを何だか見直すきっかけになるようなスゴイ物語。

イノタケ先生は途轍もなく壮大なものを描こうとしていたんだろうな。

そりゃあ10年の休載もうなずけますよ。

まだ宍戸梅軒と闘ってるところだけど、それでコレだけの世界観出してしまったら、最後どうなるのやら・・・

ちなみに、原作の吉川英治版は読んでおりませんので、どこまでが「バガボンド」オリジナル設定なのかは分からない。

多分、小次郎の設定はオリジナルなんだろうなと思うけど。

そんな感じで、心をぐわんぐわん揺さぶられているんだけど・・・なんかこの漫画を読んでると違和感を感じる。

その正体が一体何なのか良く分からない。

何なんだろう・・・

何か違和感があるんだよなぁ。

と思ってたんだけど、答えが分かった気がする。

絵に動きがないんだ。

当たり前の話だけど、イノタケ先生なんて画力で言えば日本でトップクラスなのは誰も異論はないはず。

実際に1コマ単位で芸術レベルの絵が展開されている。

でも、その全てが1枚絵なんだよ。

何と言うんだろう・・・オレが漫画を読むときに「うおおおおおおおおおおおお!!」ってなるカッコいい動きのある絵がない気がする。

1枚1枚の絵は本当に素晴らしい。

均整の取れた肉体美と細部まで書きこまれた緻密な絵、そして構図。

全てが「これ週刊連載?嘘だろ?」と言うレベル。

ただ、オレが好きなのは多分マンガのコマの中で動いてる絵なんだと思う。

マンガに描写する瞬間に、コマの中でキャラクターが動いてしまっているので当然パースはおかしくなるし、バランスも変になる。

でも力が乗ってて、明らかにキャラクターが動いてる。

そんな絵が好きなんだと思う。

「バガボンド」ではそう言ったバランスの崩れた絵が全くない。

まぁ意図してそうしてるんだとは思うけど、個人的にはもっとハチャメチャにキャラクターが動き回ってる絵の方が好みなんだろうね。

そういう意味で一番大好きな絵は「山田芳祐」先生だよねぇ。

あと(↑)の話をしておいて矛盾するかも知れないけど、バランスが取れてるのにキャラクターが動いてる漫画ありましたわ。

「ドラゴンボール」。

鳥山明は別格と言う事か・・・

ここまで書いてて「じゃあAKIRAはどうだったんだろう・・・」と気になりだしたので、バガボンド読み終わったら、次は「AKIRA」読もうかなぁ~

「誰が言ってんだ」と言うツッコミはご容赦いただきたい。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月25日 11:11 CAT :

ダイヤモンドはただの「意思」

先日、娘の卒業式があった。

もちろん卒業式には嫁と2人で出席してきたよ。

娘は、赤ちゃんの頃から本当に見た事ないくらい臆病で泣き虫。

家族親族郎党に「どしたの?この子?」と言われるレベル。

実家に連れて行くときに、実家への道を曲がり始めるくらいでは泣き始め、その後実家でいる間ずっと泣き続ける。

余りにも皆から「いつまで泣いてるの?」と言われるので、親戚の集まりとかに行くのが辛くてしょうがなかった。

初めての子育て。

当時読んでた育児本に「30分以上泣き続けた場合には体に異常がある場合があるので病院へ」と書かれていた。

娘が1時間以上泣き続けて顔色が悪くなって救急外来に連れて行った事も何度かあったけど、毎回異常はない。

ただただよく泣く子だっただけらしい。

あの頃は、子育ての事何にも分からなくて、嫁と2人で良くパニックになってたな。

抱っこ紐して階段を上り下りするとなぜか良く寝てたので、当時住んでた家の階段を毎晩何百回も往復してたのも記憶にしっかり残っている。

息子が生まれた時には「こいつ全然泣かないんだけど、まさか痛みとか感情がない障害でもあるのか?」と真剣に悩んだもんですよ。

そのくらい臆病で、泣き虫だった娘。

小学校に入学してもそんな性格だからクラスメイトに嫌がらせされたりして、いつも帰ってきては泣いてた。

それでも「がんばって学校にいく」と涙をこらえて、口をへの字にして、大きいランドセルを背負って学校に行く姿をずっと見ていた。

親バカだと言われるかもしれないけど、小学校での娘の頑張りはまぢで凄かったと思う。

運動が苦手だったからと毎日マラソンするようになり、体操教室や硬筆の塾に通い始め、先生から「やってみない?」と言われる色んな事に挑戦しまくった。

オレは塾とかに行くのが大嫌いだったから子どもたちに強制したことは無いと言うのに、勝手に学校で話を聞いてきては「コレをやってみたい」と言ってくる。

クラスのはみ出し者で皆から嫌われて嫌がらせをされていたは泣いていた娘が、6年生になった頃には毎年学級委員に選ばれて、児童会の役員をして、学校の運営委員会に入って、学校の代表として市長さんとの討論会に出席したり、習字で県から表彰されたりするようになった。

「どしたの?この子?」と言ってた親戚からは「あなたの子とは思えない」と言う良く分からない賛辞を貰うようになってた。

友だちもいっぱいでき、いつもみんなと楽しそうに笑っている。

そんな娘を見ながら、これまでの過程を思い出すと、涙が止まらなくて式中に号泣してしまった。

嫁の話ではオレは泣くのを我慢してる時「うぅぅううううう・・・」って唸る癖があるらしく、式中ずっとオレの「うぅうぅぅぅううぅ」って唸り声が体育館中に響いていたらしい。

こんなの我慢できるわけない。

人生にはまだまだ全然困難がたんまりあるだろう事は分かってる。

まだ娘の人生は序盤も序盤。

これから更に大変な事が沢山あるんだろう。

それでも、ひとまず卒業できたことを今はお祝いしたい。

そんな気分で、久々に夜お酒を飲んでおりました。

嬉しい事があった夜に飲めないお酒で晩酌をする。

すっかりおっさんになったもんだ。

でも、今日くらいは良いじゃあないか。

そんな気分の夜。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月21日 11:11 CAT :

イート・チョコレート・イート~後編

前回までのあらすじ!

と言う事で、家族それぞれの妄想したお話を描いていこう。

 

 

まず、オレの話。

【シチュエーション】
留守中に泥棒が入ってきた

【アイテム】
・死者を見る能力
・社長

【切り抜け方】
超絶ブラック企業に務めているオレは、その日、一人で会社内で留守番をしていた。
そこに泥棒が入ってきた。
社長には以前かこっていた愛人がいたが、妻に不倫がバレたため、面倒くさくなって愛人を殺したと言う過去がある。
死者を見る能力を持っていたオレは、その愛人の魂が会社内にまだいる事を知っていたため、コンタクトを取り、社長に対して恨みをいただいている者同士意気投合。
愛人に裏金をたんまりため込んだ金庫の開け方を教えてもらい、泥棒にその中のお金を全て渡して事なきを得た。

 

 

嫁の話。

【シチュエーション】
漫画の新人賞を取らなければいけない

【アイテム】
・のこぎり
・ほうき

【切り抜け方】
どうしても漫画の新人賞を取らなければいけないのに、全く漫画のネタが浮かんでこない。
そこで、家に先祖代々伝わる鋼鉄のほうきを使って、その辺を歩いている通行人を5人ほど撲殺。
死体の四肢をのこぎりで切り離して、別の死体にくっつける。
それを基に誰も経験した事のない経験を描いたエッセイ漫画で新人賞受賞。

 

 

娘の話。

【シチュエーション】
止まると爆発する爆弾が設置されたバスに乗っている

【アイテム】
・うどん
・ほうき
・不気味な人形

【切り抜け方】
不気味な人形で魔法を使えるようになって、空飛ぶほうきをバスの後ろにくっつける。
これでバスがガス欠になっても、ほうきの推進力で止まる事無く走り続ける事が出来る。
うどんを魔法でメッチャ大きくして、麺でバスを囲んで爆発させれば、周りへの被害は最小限になるはず。

 

 

息子の話。

【シチュエーション】
ヒーローになったがスーツのサイズが小さすぎて着れない

【アイテム】
・ダンススキル
・タクシー
・東京タワー

【切り抜け方】
持ち前のダンススキルで生配信を行い投げ銭を貰う。
その投げ銭でタクシーに乗って東京タワーに行き、東京タワーに観光で来ていたドラえもんにビッグライトでヒーロースーツを大きくしてもらう。

 

 

結論。

個人的に優勝は息子の話だと思ってる。

あと、嫁のサイコパス具合が際立ってたと思う。

それでは、また。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月20日 11:11 CAT :

イート・チョコレート・イート~前編

先日本屋さんに行った時、息子が「キャット&チョコレート」と言うゲームを持ってきて「これやりたい」と言ってきた。

・・・?

聞いた事もないゲーム・・・

どうせ、いつもみたいに買うだけ買って、全くやらない奴でしょと思いつつ、裏面を見ると、非日常的に起こるシチュエーションをアイテムを使って切り抜けるゲームと。

こちらですね。

今回息子が持ってきたのは「非日常編」。

・・・面白そう・・・何か知らんけど、面白そう・・・

と言う事で、買ってきて早速家族でやってみた。

オレに関しては、何か普段から妄想に浸り腐りまくっているので、シチュエーションのカードとアイテムを見た瞬間、色んな物語がもわもわと浮かんできた。

でも特に娘とか息子は、以外と苦戦していた。

そういう妄想って普段からしてないとなかなか難しいのかも知れない。

取り合えず、今回はカードを引いた後シンキングタイムを90秒ほど設けてやってみた。

結論から言うと、相当盛り上がって面白かったです。

そんなのありかよ!とか、それはうまいな!みたいな話もいっぱい出てきた。

物語の構成とか、話し方とかでは自分で言うのもなんだけど、多分オレが一番まともにできてたと思う。

ただ、どう考えても子どもたちが考えた話の方が発想力があって面白い。

小手先で何となく誤魔化してはいるけど、ひっそりととんでもない敗北感を味わってしまった。

何か、もっとオレも色々な発想で物語作れてたような気がするんだけどなぁ~

頭が固くなっちゃったのかなぁ~

などなど思いつつ、せっかくなので、その中でも面白かったと思う話をそれぞれ描いていこう。

と思ったけど、長くなりそうなので、久々に水増しをさせていただこうかな。

と言う事で、次回を待て!

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月19日 11:11 CAT :

雨にうたれて 肉は解け いつか真っ白な骨になる

うんこしか産めない男です。

ここ最近聞いたパワーワードの中で一番印象に残った言葉がこれな気がする。

どうしようもなく品がなくて、頭の悪さ全開だとは思うけど、コレだけ印象に残る言葉をひり出せるんだから、なかなかの才能なのかもね。

それこそうんこのように。

いい意味で「うんこ女」さんだ。

ただ問題は、「女は子どもが産めるけど、男が埋めるのうんこだけ」と言う表現ですよ。

じゃあ子どもが産めない女は女じゃないのかとか、子どもを産まない選択をした女は女じゃないのかみたいな話になりますよ。

この表現だと。

正直、この手のアホフェミが何言おうが、それに対して心を痛める男はこの世にほぼ居ないと断言できる。

発想が気持ち悪!とか、下劣極まりないな・・・とか、せいぜい見下してネタにする程度だろうて。

でも、本当に子どもの事で悩んでいる女性、もしくは不妊で悩んでいるご夫婦とかは、ホントにこの発言で心を痛めているんじゃないかと思ってしまう。

強い言葉を使いたいだけなんだろうし、この言い方をすれば男が傷つくだろうと思うとこが、如何にも短絡的で軽率な女の感じが出てて嫌いじゃないんだけども、もう少し同性の事を考えてあげた方が良かったんじゃないだろうかね。

って言うか、政治とか社会的地位の向上のために活動してると思い込んでるフェミニストを気取るなら、女の価値が子どもを産むことしかないと思ってる段階でおかしいよね。

それってチョッと前に炎上した「女は産む機械」と言う思想とあんまり変わらないじゃなのか。

まぁ、この手の人たちは、論理的な思考が出来ないんだろうから、その辺については生温かい目で見るのが正解なんでしょうな。

何しか、この件で心を痛めた人が居ない事を切に願う次第でございます。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月18日 11:11 CAT :

三国志を全巻揃えてるヤツは誰だ!

女性配信者がライブ配信で場所バレて殺されたと言う事件が、今、何となく騒がれているらしい。

あと、ついでにこれについて「金を返さなかったんだから、殺されて当然」と言う意見と「どんな理由があったとしても人を殺すのは間違っている」と言う意見があるとかなんとか・・・

何となくこの話を見ていて思ったんだけど・・・「金を返さなかった」と言う部分はそんな重要じゃ無くね?

これ一番ダメなのは、被害者のお姉ちゃんがあまりにも人を舐めた態度を取り過ぎたと言う一点だけでしょ。

人間って、多分、人としての尊厳を踏みにじられた場合には、立ち上がらなくてはいけなくなる生き物なんだよ。

お金を借りたけど返すことが出来なかった。ではなくて、返す気もないどころか適当にあしらっておいて、またお金をたかろうとする。で、その金を使って他の男と豪遊してた。その上、それを誰でも見られる形で見せびらかしてた。

これがダメなんだと思うんだよ。

凄い良く分かる気がする。

大抵の事は笑って許せるけど、コレだけはやってはいけないと言うラインがあって、そこを何度も超えて踏みにじりまくった結果、ブチ切れられたと。

もちろん借りたお金を返さないと言う事を肯定する訳ではないけど、それだけの事で人は人を殺したりは出来ないと思う。

物凄いサイコパスな奴は知らんけど。

後どうでも良いけど、最近よく聞く「無敵の人」って怖いよねぇ。

守るものも失うものも何もなくて、どうでも良いと言う状態って、無敵と言えば無敵だわ。

ただそんな人生、絶対にクソつまんねぇだろうから、無敵だろうと何だろうとオレは絶対にゴメンこうむりたい話だけどね。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月17日 11:11 CAT :

見つめ合う瞬間 時が止まった

と言う事で、無事(と言うか、まぁまぁ無理やりだったけど)再開第1話を描ききることが出来た。

不動産売買であった怖い話 第2部 法廷闘争編でございます。

ここから読めるよ。

アホなおっさんが頭の悪いムーブしてオロオロしてる滑稽な様を、是非うんこしながらダラダラ読んで、ゲラゲラ笑ってくださいな。

などと言いながら、実はこの話に関しては、割とセリフとか注釈の部分でおかしい事を書かないように配慮したり、ノンフィクションにならないようにフィクションを混ぜたりと、ネームが他の漫画の何倍も時間かかる。

適当な作画で雑に描いてるように見えるけど、意外と時間がかかるんだよ。

まぁ、作画が雑なのは間違いないけど。

そんなこんなで、第2部の方もよろしくお願いいたします。

擦りまくってたメインのイメージも昨日の通り、ちゃんと新しく書き下ろしましたよ。

今後よく見るようになるだろう絵はこちら。

当たり前だけど、この話に関しては、結末まで決まっている。

ただその終わり方についてこれで大丈夫なのかと言う不安もあったりする。

するんんだけど、こればっかりは実際起こった事なのでしょうがないよなぁ~と言う事で、予め勘弁してもらいたい。あい、すみません。

正に、事実は小説よりも、いや、漫画よりも奇なりと言った所。

どれだけ一生懸命うんうん唸って漫画のストーリーを考えても、結局のところは、実際に起こる出来事の方がよっぽど漫画っぽいし面白いと言うね。

何なんでしょうね。

そんなもんなのかな。

いや、それを超える面白ストーリーを考えられないオレがダメなんだ。

と言う事にして精進します。

何しかこれで今年の初めに予定していたやりたい事が取り合えず、全部スタートできた。

後は、これらを全て定期更新できるかと言う問題だよな。

付喪神のコミカライズとかは、一旦見なかった事にしようと言うスタイルで頑張ります。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月16日 11:11 CAT :

まだ醒めそうに無い日陰に咲く 企み

昨年末から描く描く詐欺を繰り返していた「不動産売買であった怖い話 第2部」を本格的に描こうとしている。

何かね、「新都社20周年の3月13日にみんなでいっぱいアップしようぜ祭り」があるらしく、その闇に紛れてならひっそり再開できるんじゃないかと思ったんだよ。

こんなに色んなものを描いてるのに、この話に関してはもう忘れ去りたい過去なのか、なぜか描く気が起きなかったので、こういうイベントにかこつけたら出来るかなと言う思惑もあったりする。

そんなこんなで新しい扉絵を書き下ろした。

誰がどう見ても「逆転裁判」の パクリ オマージュですね。ありがとうございます。

ついでに、今後描いていく予定の10話分のプロットを何となくここで公開しておこう。

忘れないように、備忘録として。

=========================

第12回 裁判にはそもそもお金がかかる
第13回 嫌な電話は嫌なタイミングでしかかかってこない
第14回 言ってる事がおかしい人は指摘されても理解できない
第15回 牛歩戦術は誰も得しない愚策
第16回 あの日恫喝したかしてないか論争
第17回 第3者目線の意見を聞く事は重要
第18回 人生とはあまりにもあっけないものだった
第19回 業者さんのつながりを甘く見てはいけない
第20回 裁判は終わったけどモヤモヤは残る
第21回 そして人生は続く その2

=========================

と言う全10話でお送りする予定でございます。

第1部の時にもこんな感じで10話のプロット作ってたけど、結局11話になったので、もしかしたらチョッと伸びるかも知れないけど・・・

前と比べて、今は色んなものを描きたいので、月に1話くらいのんびり更新して、今年中に完結出来たら良いかなぁ~と思ってるよ。

それよりなにより、13日の更新までに1話目を書き切れるかが不安。(この記事書いてるのは3月12日)

まぁ作画カロリーは高くない漫画だし、何とかなるでしょ。

取り合えず、ネームは出来上がってる。

今年はホント色んな漫画描いてる気がするわ。あたい。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月15日 11:11 CAT :

ナイフを握ってるな また殺っちゃったかい?

今月も甘納豆先生とのラジオをやってきました。

先月と同じく何かPCからの接続が上手く出来ないみたいで、もうその辺は諦めてスマホからのアクセスに切り替えた方が良いのかなと思ったりしてる。

何かね「よしやるぞ!」ってタイミングでトラブルが起きたりすると、パニックになってしまっていつものペースで色々お話が出来ないのですよ。

こう言うラジオするとかでも「じゃ、やるか~」みたいなテンションで、サクッと始められない人間なんだ。

なんだバカヤロー。

全然落ち着いてお話しできなくて、レスは拾えないわ、先生の話は遮るわ、自分勝手に語り出すわで、あとからまぁまぁ自己嫌悪になる感じだったと思う・・・いや、まぢで。

そんな感じで、毎回「甘納豆先生に不愉快な思いをさせてやしないだろうか・・・」とビクついてはいるんだけど、それでも、ネットで繋がった縁と言うものも大切にしていきたいと思っておる次第。

そう言えば、時間のお約束忘れてた・・・このまま立ち消えにならないように、4月に入ったら連絡するの忘れないようにせねば・・・

何しか、ただ一人黙々を絵を描く事に対してのモチベーションの保ち方がチョッと良く分からなくなっている今日この頃、そう言う意味でもこういう機会は非常に貴重なんだよね。

自分の事ばっかりで恐縮しきりながら、出来たら続けていきたいよなぁ~。

とは言え、相手のある事。

甘納豆先生にも色々事情があるだろうし。

ただ、コレだけはここで改めて言っておきたい。

毎回ありがとうございます。

今月のラジオで、このブログ読んでくれてるというお話を伺ったので、敢えてここで言わせてもらうぜ。げへへへへ。

あとは、今貰ってるお題の漫画を描こう。

あと、何か不意に昔の「うんこクッキング」の話をした時、気持ち悪くなった人が居たらしい。

不特定の人が聞いている場所だと言う事を忘れかけていたよ。

その人がここを読んでるかは分からないけど、不快な思いをさせてしまって非常に申し訳ありませんでした。

色んな人に存在を不快に思われて生きてきた人間なのです。

でも、極力不快に思われないように心がけていくので・・・

と言う事で、来月の事も考えながら、まずは今日、目の前にある事をこなす日々を頑張って行こう。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月13日 11:11 CAT :

過去の自分を見つめ直すと言う名の水増しシリーズ第13弾「気がついたら死んでたわ」

こんなおっさんですが、実は教員免許を持っております。

教育実習に行って学生たちに先生を呼ばれていたこともあります。

教育実習に行った時、小学生の時の初恋の相手の妹が担当したクラスにいた。

本当はダメなんだけど、その子と連絡先を交換して色々やり取りをする中、「先生は漫画家としてのペンネームを持ってる?」と聞かれた事があった。

その時に「持ってないよ。せっかくだから良い名前頂戴よ。」と言ったら、その子が「しもたろう2世」と言う名前を付けてくれた。

オレが当時下ネタ漫画を良く描いていたから「下ネタ太郎2世」と言う意味があったらしい。

これが今も使っている「しもたろうに」と言う名前の由来でございます。

いつかこの辺りの話も「ニュースチョクホー番外編」と言う形で小説か漫画で書こうとは思ってる。

と言う事で、そんな教育課程のお勉強の時の話を15年くらい前に書いた記事が(↓)になります。

本文中で使ってる「確信犯的に」は誤用のような気がするけど、ご愛嬌と言う事で。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

不適切な表現をやめる事。

それは結局、臭いものに蓋をする行為と等しいものだと、何か知らんけど考えてる。

大学時代。教職の講義での出来事。(こんなオレだけど、実は教員免許持ってたりするので・・・)

「生徒に命について教える」と言う、課題が出てきた。

色々と考えて見た結果、オレが出した結論は「リストカット体験実習」。

要するに、実際に手首でも切ってみればいい。

そこから流れ出る温かい血液を感じ取れば、それで、言葉では絶対に伝わる事の無い「命」を学ぶ事が出来るはず。

昔の子どもたちは、虫やさかな、あとカエルとかを捕まえては残虐に殺す事で何だか分からないけど、命ってものを学んだだろう。

ただ、いくら生徒に命について教える為とは言え、罪も無い命を奪うのは何だか気が引ける。

そう考えての「リストカット体験実習」だった。

・・・のに。

その講義の教授には、「君は教師には向いてないかな。やっちゃいけない事と良い事の区別くらい付けられるようになる事が先だ。」と言われた。

オレは、ヨハンか。

大きく勘違いしている部分がある。

良い事、悪い事の判断くらいついてる。

ついた上で、やってる訳ですよ。

確信犯的に。

リストカットをなぜやっちゃあいけないか。それについて、オレなりの答えを一応持ってる。

ただそれは、教師が口をすっぱくして言っていた言葉に感化されたわけじゃあない。

実際、それに反発して、授業中、手の甲にカッター刺してた事だってある。

そうやって、未だにうっすら残る切り傷の果てに、何だか言葉では伝えられない答えを見つけ出したんだと思ってる。

不適切な表現と言うものは何なのか?

そもそも、見てはいけないものとは何なのか?

見てもないのに、見てはいけないものかどうかの判断なんてつくわけがない。

結構、色々と見たり呼んだり、実行したりしてきた。

その結果、良い事、悪い事の判断はある程度つくようになったと思う。

その上で、あえてやってる。

その事を一番念頭において、作品を作ってるんだけど・・・例えば、CDで音楽を聴いた奴の中の9割くらいからは「ギリギリと言うか、完全にアウト」と言う評価をされる。

いや・・・だからですね。

「完全にアウト」を狙って作ってるんですよ。

と、だけを何か、書いておきたかった。

ただ、意味もなく不謹慎なだけではなく、オレなりのテーマとか意味とかは一応あっての上で。

この記事を見てみる  ⇒
2025年3月12日 11:11 CAT :

少女王国の崩壊について

毎日ブログを書くと言う事がなんか当たり前になってきた気がする。

厳密には、毎日は書いてない。

いくつかストックを作っておいて、時間がない時は放置していたりする。

ただ、毎日更新と言う意味では続いている。

これを始めたのが2年前の2023年3月からなんだよ。

その時の記事がこちら ⇒ 【口だけ男から口裂け男にランクアップしたい話】

あれから2年が経った。

2年間本当に毎日毎日コツコツ書き続けてきた訳で、単純計算で700記事くらい書いてる。

大体1記事500~700文字くらいを目安にしてるので、この2年で50万文字くらいの記事を書いたことになるみたい。

50万文字って・・・とんでもねえぞ。これ。

継続こそ力なりって言うのは、本当だねぇ。

もし、50万文字の文章を書こうと思ったら、それはもう相当大変な事ですよ。

とは言え、別に、今こうやってブログを書いている分には、特に大変な感じもしない。

何で以前は、あんなにブログを書けなかったのか逆に良く分からない。

このブログを書き始めたから、仕事をする時間が減ったと言う訳でもない。むしろ漫画とかを描く時間は増えてる。

一体何が変わったのか。その辺りが良く分からないんだよね。

同じ24時間。

ここ最近の生活では、夜出来るだけ寝るようにしてるし、ゲームもしてるし、ブログも毎日更新して、漫画や小説もいっぱい書いてる。

それなのに、お仕事でこなしてる量はあんまり変わってない。

一体何が起きているんだろう。

学生時代、どうやって24時間でコレだけの事をやってたんだろうとかずっと思ってたけど、最近、それにチョッと近い感じになりつつある。

若返ったとは言わないけど、もしかしたら時間の使い方で学生時代の頃に近づいているのかも知れない。

唯一違う事は、夜寝ないとしんどいと言う事だけか。

まぁ、そこは老いもありますので、ご愛嬌と言う事で。

時間がないって言うのは、意外と思い込みなのかもしれないな。

この記事を見てみる  ⇒